【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、プレス成形品などのマグネシウム合金部材の素材として、マグネシウム合金からなるコイル材を対象として、特に、巻き戻した状態の板状材の平坦性を高める手法を種々検討した。
【0010】
ここで、マグネシウム合金に圧延やプレス加工、その他種々の塑性加工を行う場合、マグネシウム合金の塑性加工性を高めるために、マグネシウム合金からなる素材が加熱された状態で加工を施す、いわゆる温間加工を行うことが好ましい。例えば、双ロール鋳造材などの素材に温間圧延加工を施して、薄く長尺な板材を製造することを考える。このとき、例えば、圧延工程において圧延が施された板状材を加熱状態で巻き取ると、上述のように塑性変形性が高められているため変形し易く、板状材に巻き癖(反り)が付き易くなる。
【0011】
また、特に幅が広い板状材を製造する場合などでは板状材の幅方向において厚さのばらつき(厚さ分布)が生じ易い。幅方向に厚さのばらつきがある板状材を順次巻き取ると、巻き取られたコイル材の径も、幅方向にばらつきが生じ、均一な円柱状にならない。例えば、板状材の幅方向の中央部分の厚さが縁部分よりも厚い場合、巻き取ったコイル材は、幅方向の中央部分が膨れた太鼓状になる。上述のように巻き取りを加熱状態で行なった場合、上記太鼓形状に沿った反りが板状材に永久変形として残留する恐れがある。この永久変形が幅方向の反りとなる。特に、コイル材を構成する外側のターンは、内側のターンの変形が累積されるため、巻回数が多くなるほど、コイル材の幅方向における径のばらつきも大きくなり易い。そのため、コイル材を構成する外側のターンほど、幅方向の反りが大きくなる傾向にある。
【0012】
幅方向に厚さのばらつきが少ない、或いは実質的に無い板状材であっても、温間圧延を行う場合、板状材の幅方向における両端部は、中央部に比較して冷え易いことから、この温度差により板状材における幅方向の熱膨張量が異なり、中央部が膨れた状態となり易い。即ち、厚さのばらつきが少ない板状材であっても、全体が均一な温度になるまでの間、一時的に厚さが異なる状態となり得る。このような厚さが異なる状態で巻き取ることで、上述のようにコイル材が太鼓状になる可能性がある。そして、巻取後にこの変形が維持されたままになる(永久変形となって残留する)と、上述のように幅方向の反りとなる可能性がある。
【0013】
板状材が短尺である場合、巻き癖による変形や幅方向の反りが問題とならない場合も有り得る。コイル材とするような長尺材では、上記変形や反りにより平坦性が低下し、コイル材やマグネシウム合金部材の生産性の低下(製品の歩留まりの低下)を招く。
【0014】
これに対して、温間加工を施した後、円筒状に巻き取る直前に板状材を特定の低い温度にしてから巻き取ると、コイル材の外形に沿った幅方向の反りを抑制したり巻き取った板状材に巻き癖をつき難くしたりすることができ、一旦巻き取ったコイル材を巻き戻しても、当該板状材は平坦性に優れる、との知見を得た。本発明は、この知見に基づくものである。
【0015】
本発明のマグネシウム合金コイル材は、マグネシウム合金からなる板状材が円筒状に巻き取られたものであり、このコイル材の内径が1000mm以下であり、以下の幅方向の反り量を満たす。
(幅方向の反り量)
上記コイル材を構成する板状材のうち、最外周側に位置する板状材を長さ:300mmに切断して反り量用試験片とし、この反り量用試験片を水平台に載置したとき、上記水平台の表面と、当該反り量用試験片の一面において上記水平台に接触しない箇所であって、当該反り量用試験片の幅方向における鉛直方向の最大距離をh、当該反り量用試験片の幅をwとし、(上記鉛直方向の最大距離h/上記反り量用試験片の幅w)×100を幅方向の反り量(%)とするとき、当該幅方向の反り量が0.5%以下である。
【0016】
本発明コイル材は、内径が1000mm以下と小さく、多層に巻回した場合でも小型にすることができる。しかも、このコイル材は、最も幅方向の反りが生じ易い最外周であっても反り量が小さく、平坦性に優れる。そのため、本発明コイル材は、幅方向の反りを是正するための処理を行う必要がない。
【0017】
本発明コイル材の一形態として、当該コイル材が以下の平坦度を満たす形態が挙げられる。
(平坦度)
上記コイル材を構成する板状材のうち、最内周側に位置する板状材を長さ:1000mmに切断して平坦度用試験片とし、この平坦度用試験片を水平台に載置したとき、上記水平台の表面と、当該平坦度用試験片の一面において上記水平台に接触しない箇所との鉛直方向の最大距離を平坦度とし、当該平坦度が5mm以下である。
【0018】
上記形態によれば、板状材の幅方向及び長手方向のいずれにも、変形や反りが少なく、平坦性に優れる。本発明コイル材は、上述のように内径が1000mm以下と小さく、本発明コイル材のうち、最内周側の板状材には、曲げ半径が500mm以下といった比較的きつい曲げが加えられた状態である。しかし、本発明コイル材を巻き戻すと、当該コイル材を構成する板状材は、上述のように高い平坦性を有している。即ち、上記板状材は、幅方向の反りだけでなく、巻き癖がつき難い、或いは実質的についていない。従って、本発明コイル材を巻き戻した板状材をそのまま、或いは簡単な矯正加工を行ったものを、プレス加工といった塑性加工や切断などの各種の加工を行う加工装置に供給する際、精度良く位置決めすることができる。
【0019】
このような本発明コイル材を利用することで、巻き癖などによる変形や反りを除去するための矯正工程自体を省略したり、或いは矯正時間を短縮したりできる。また、本発明コイル材を利用することで、素材を塑性加工装置に連続的に供給できることから、箱などの立体形状や板などの平面形状など、種々の形状のマグネシウム合金部材を生産性良く製造することができる。従って、本発明コイル材は、マグネシウム合金部材の素材に好適に利用できる上に、マグネシウム合金部材の生産性の向上に寄与することができると期待される。また、素材となる本発明コイル材が上述のように平坦性に優れるため、上述した各種の加工を精度良く行え、寸法精度に優れるマグネシウム合金部材が得られると期待される。
【0020】
本発明の一形態として、上記平坦度が0.5mm以下である形態が挙げられる。
【0021】
本発明者らが調べたところ、板状材の厚さ及び幅を特定の範囲としたり、後述するように特定の大きさの張力を加えた状態で矯正加工を行うことで、平坦度がより小さいコイル材が得られるとの知見を得た。上記形態によれば、平坦度が非常に小さく、平坦性により優れる。
【0022】
上記本発明コイル材や後述する本発明マグネシウム合金部材、後述する発明マグネシウム合金コイル材の製造方法に利用する素材を構成するマグネシウム合金は、Mgに添加元素を含有した種々の組成のもの(残部:Mg及び不純物)が挙げられる。添加元素は、例えば、Al,Zn,Mn,Si,Ca,Sr,Y,Cu,Ag,Ce,Sn,Li,Zr,Be,Ni,Au及び希土類元素(Y,Ceを除く)から選択される少なくとも1種の元素が挙げられる。添加元素が多いほど、強度や耐食性などに優れるが、多過ぎると偏析による欠陥や塑性加工性の低下により割れなどが生じ易くなることから、添加元素の合計含有量は20質量%以下が好ましい。不純物は、例えば、Feなどが挙げられる。
【0023】
本発明の一形態として、上記マグネシウム合金が添加元素にAlを5.8質量%以上12質量%以下含有する形態が挙げられる。また、本発明の一形態として、上記マグネシウム合金が添加元素にAlを8.3質量%以上9.5質量%以下含有する形態が挙げられる。
【0024】
Alを含有するMg-Al系合金は、耐食性に優れ、Al量が多いほど強度が向上し、耐食性にも優れる傾向にある。しかし、Alが、多過ぎると曲げを含む塑性加工性の低下を招き、圧延や矯正加工、その他種々の塑性加工の際に割れなどが生じる恐れがある。マグネシウム合金の塑性加工性を高めるために上記加工時のマグネシウム合金の温度を高めると、加熱のためのエネルギーや加熱時間が必要であり、生産性の低下を招く。従って、Alの含有量は、5.8質量%以上12質量%以下が好ましく、7.0質量%以上、特に8.3質量%以上9.5質量%以下であると、強度及び耐食性により優れて好ましい。Mg-Al系合金のAl以外の添加元素の合計含有量は、0.01質量%以上10質量%以下、特に0.1質量%以上5質量%以下が好ましい。
【0025】
本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の厚さが0.02mm以上3.0mm以下であり、上記コイル材を構成する板状材の幅が50mm以上2000mm以下である形態が挙げられる。また、上記コイル材を構成する板状材の厚さが0.3mm以上2.0mm以下であり、上記コイル材を構成する板状材の幅が50mm以上300mm以下である形態が挙げられる。
【0026】
上記形態によれば、例えば、携帯用電気・電子機器の筐体などの素材に好適に利用することができる。特に、厚さが0.3mm〜2.0mm、幅が300mm以下を満たす形態では、後述するように特定の大きさの張力を加えずに矯正加工を施した場合でも、平坦度が0.5mm以下といった平坦性により優れるコイル材を得易い。
【0027】
本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の室温(20℃程度)での引張強さが280MPa以上450MPa以下を満たす形態が挙げられる。或いは、本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の室温(20℃程度)での0.2%耐力が230MPa以上350MPa以下を満たす形態が挙げられる。或いは、本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の室温(20℃程度)での伸びが1%以上15%以下を満たす形態が挙げられる。或いは、本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材のビッカース硬度(Hv)が65以上100以下を満たす形態が挙げられる。
【0028】
上記形態によれば、強度や硬度、靭性といった機械的特性に優れる。従って、本発明コイル材は、プレス加工などが施されて形成される塑性加工部材の素材に好適に利用できる。また、得られた塑性加工部材(本発明マグネシウム合金部材)も、高強度、高硬度、高靭性である。
【0029】
本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の残留応力(絶対値)が0MPa超100MPa以下である形態が挙げられる。
【0030】
本発明コイル材が、圧延が施された圧延板で構成されている場合や矯正加工が施された加工板で構成されている場合、当該コイル材を構成する板状材は、平面の任意の方向に圧縮性の残留応力を有する。代表的には、上記形態のように0MPa超100MPa以下の圧縮性の残留応力を有する。残留応力を有することで、上記形態は、塑性加工時に動的再結晶化が十分に生じて塑性加工性に優れる。この残留応力の値は、上記加工板であることを示す指標として利用できる場合があると考えられる。
【0031】
上記本発明コイル材は、例えば、以下の本発明製造方法により製造することができる。本発明のマグネシウム合金コイル材の製造方法は、以下の準備工程と、温間加工工程と、巻取工程とを具える。
準備工程:マグネシウム合金からなる素材板が円筒状に巻き取られてなる素材コイル材を準備する工程。
温間加工工程:上記素材コイル材を巻き戻して上記素材板を連続的に繰り出し、繰り出された上記素材板の温度が100℃超である状態で当該素材板に加工を施す工程。
巻取工程:上記加工が施された加工板を巻き取って、内径が1000mm以下のコイル材を形成する工程。
そして、上記巻き取りは、上記加工板において巻き取り直前の温度を100℃以下にしてから行う。特に、巻き取り直前の温度は75℃以下が好ましい。
【0032】
本発明製造方法によれば、素材板が100℃超に加熱された状態で温間加工を行うことで、素材板の加工性を高められ、所望の加工を良好に施すことができる。また、素材板として、巻き取りが可能な程度に長尺なコイル材を用意することで、長尺な加工板が得られる。しかし、得られた加工板を巻き取るにあたり、上記加工時の熱が加工板に残存することで、加工板は、塑性変形し易い状態である。これに対して、本発明製造方法では、巻き取り直前の温度を100℃以下、好ましくは75℃以下とすることで、塑性変形し難くなり、巻取後の板状材が実質的に変形していない、或いは変形量が少ない。即ち、本発明製造方法は、幅方向の厚さのばらつきが少ない、或いは実質的に無い板状材は勿論、幅方向の厚さのばらつきがある板状材(加熱状態で巻き取るとコイル外形が太鼓状などの非円柱形状となる恐れがあり、幅方向の反りが顕著となり易い板状材)であっても、幅方向に大きな反りが生じ難く、円柱状のコイル材が得られ易い。このように上記本発明製造方法によれば、コイル材を構成する板状材の幅方向の反り・変形を低減できる上に、長手方向の反り・変形をも低減できる。
【0033】
巻き取り直前の温度とは、コイル材の1ターン目を構成する板状材の場合、板状材において巻取りリールに接する地点、コイル材の2ターン目以降を構成する板状材の場合、板状材において既に巻き取られたコイル部分に接する地点から上流側(温間加工を施す加工手段側)に向かって所定の範囲(0mm〜2000mm程度が好ましい)における表面温度であって、板状材の幅方向の平均温度とする。上記表面温度は、熱電対といった接触式温度センサ、放射温度計といった非接触式温度センサを利用して、容易に測定することができる。
【0034】
本発明製造方法の一形態として、上記温間加工工程では、繰り出された上記素材板の温度が150℃以上400℃以下である状態で当該素材板に圧延ロールにより圧延を施す形態が挙げられる。特に、この形態では、上記準備工程で用意する上記素材コイル材として、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材を巻き取った鋳造コイル材が挙げられる。
【0035】
上記形態によれば、特定の温度に加熱された状態の素材板に圧延を施し、得られた圧延板を巻き取る直前に特定の温度とする(低温とする)ことで、例えば、後述する矯正加工を施すことなく、平坦性に優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)が得られる。この形態では、矯正工程を省略してもよく、上記コイル材の生産性に優れる。この形態では、圧延板から構成されるコイル材が得られる。また、連続鋳造材から構成される鋳造コイル材を用いる形態では、圧延といった塑性加工性に優れることで、良好に圧延を施すことができる上に、圧延前の素材板が長尺であることから、より長尺なコイル材を得易い。
【0036】
本発明製造方法の一形態として、上記準備工程では、上記素材コイル材として、マグネシウム合金からなる圧延板を巻き取った圧延コイル材を用意し、上記温間加工工程では、上記圧延板の温度が100℃超350℃以下である状態で当該圧延板に複数のロールにより温間矯正加工を施す形態が挙げられる。
【0037】
上記形態によれば、特定の温度に加熱された状態の特定の素材板(圧延板)に矯正加工を施し、得られた矯正加工板を巻き取る直前に特定の温度とする(低温とする)ことで、平坦性に優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)が得られる。また、矯正時における圧延板の温度を特定の範囲とすることで、圧延板は塑性変形性に優れて矯正時に割れなどが生じ難く、かつ圧延により導入された歪み(せん断帯)が十分に残存できる。従って、この形態によれば、平坦性に優れる上に、表面性状や塑性加工性にも優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)が得られる。この形態では、矯正加工が施された加工板から構成されるコイル材が得られる。
【0038】
上記矯正加工を行う本発明製造方法の一形態として、上記矯正加工を上記圧延板に30MPa以上150MPa以下の張力を加えた状態で行う形態が挙げられる。
【0039】
上記形態によれば、平坦性に更に優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)、具体的には、平坦度が0.5mm以下を満たすものを製造することができる。
【0040】
上記矯正加工を行う本発明製造方法の一形態として、上記準備工程では、上記素材コイル材として、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材に圧延を施し、得られた圧延板を巻き取った圧延コイル材を用意する形態が挙げられる。
【0041】
上記形態によれば、上述のように連続鋳造材から構成される鋳造コイル材を用いることで、良好に圧延を施せる、長尺材を得易い、といった効果を奏する。