(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
チタン合金は比強度が高く、かつ耐食性に優れているため、航空宇宙機器部材、化学プラント部材、自動車部材等、幅広い分野で使用されている。代表的なチタン合金としてTi−6Al−4V合金がある。このTi−6Al−4V合金は、ASTM Gr.5に828MPa以上の0.2%耐力が規格化されているように、強度特性には優れるものの、添加元素としてAlを多く含むため冷間圧延性が悪い。そのためコイル圧延による薄板製造が困難であり、一般的にパック圧延と呼ばれる方法で薄板に加工されている。このパック圧延とは、熱間圧延によって得られたチタン板を層状に重ね合わせ、軟鋼製カバーで包んで、所定の温度よりも下がらない様に保温しつつ圧延を行って薄板を製造する方法である。この方法は、冷間圧延に比べて作業が極めて煩雑で、かつ多大な費用を要する、といった問題点がある。更には、熱間圧延に適した温度域が限られているため加工上の制約も多い。
【0003】
これに対し、コイル圧延が可能な汎用チタン合金として、例えばTi−3Al−2.5V合金(ASTM Gr.9)が挙げられる。しかし、この合金の0.2%耐力は500MPa程度であり、上記Ti−6Al−4V合金と比較して強度がかなり低い。また特許文献1にも、冷間加工性に優れる耐熱Ti合金板が示されている。この合金板は、冷間加工性の向上を第一の目的にして開発された合金板であり、α相安定化元素およびβ相安定化元素のいずれの合金元素も添加濃度が低い。そのため、固溶強化による強度上昇が小さく、高強度の要求される用途には適用が難しい。
【0004】
一方、Ti−6Al−4V合金と同等の強度を有し、かつコイル圧延が可能なチタン合金として、KSTi−9(Ti−4.5Al−2Mo−1.6V−0.5Fe−0.3Si−0.05C、ASTM Gr.35、特許文献2)が開発されており、実際に冷延コイルも量産規模で製造されている。KSTi−9には、Ti−6Al−4V合金と同様にβ相強化元素としてMoとVが用いられている。
【0005】
また、高強度Ti合金として、Ti−4Al−2.5V−1.5Fe−0.25O(ATI425(米国登録商標))がある。このTi合金には、主要なβ相安定化元素(β相強化元素)としてVが用いられている。
【0006】
更に特許文献3には、冷間での加工性向上を目的として開発された合金が示されている。この特許文献3に示されたTi合金は、β相の残留により高加工性を得るため、β相安定化元素の添加濃度が高い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り、航空宇宙機器部材等に用いられるチタン合金には、高強度と共に冷間圧延性に優れる(コイル圧延が実施可能である)ことが求められる。冷間圧延性が著しく低い場合、冷間圧延の途中にチタン合金板の端部からき裂が入り、そのき裂が進展して破断につながる。冷間圧延(コイル圧延)が可能であっても冷間圧延性が著しく低い場合には、冷間圧延−焼鈍を繰り返し複数回行う必要があり、コストアップにつながる。また、チタン合金材の加工性が低い場合、冷間圧延を行うことができても、既存品レベルの加工(例えば曲げ加工等)が難しい場合がある。
【0009】
上記特許文献2および特許文献3に開示のチタン合金、ならびに上記Ti−4Al−2.5V−1.5Fe−0.25O合金は、上述の通り、高強度かつ冷間圧延性を具備したチタン合金であるが、いずれもβ相強化元素として、希少金属であり高価な合金元素(Mo、V、Nb等)を必須としており、コストがかかる。
【0010】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、既存のチタン合金材よりも強度レベルが高く、コイル圧延(冷間圧延)を良好に行うことができ、かつ既存品レベルの加工性(伸び、延性)を備えたチタン合金を、高価な合金元素(Mo、V、Nb等)を必須とせずに、コストを抑えて実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決し得た本発明の高強度かつ冷間圧延性に優れたチタン合金材は、(Al+10O(酸素))で示されるAl当量:3.5〜7.2%(質量%の意味。以下同じ)、Al:1.0%超4.5%以下、O:0.60%以下(0%を含まない)、および(Fe+0.5Cr+0.5Ni+0.67Co+0.67Mn)で示されるFe当量:0.8%以上2.0%未満を満たし、かつ、Cu:0.4〜3.0%、およびSn:0.4〜10%よりなる群から選択される1種以上の元素を含み、残部がTiおよび不可避不純物であるところに特徴を有している。
【0012】
上記チタン合金材は、更に、SiおよびCよりなる群から選択される1種以上を、下記式(1)を満たすように含んでいてもよい。
Si+5C<1.0 …(1)
[式(1)において、Si、Cはチタン合金材中の各元素の含有量(質量%)を示す。]
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、コイル圧延可能な既存合金であるTi−3Al−2.5V合金よりも高強度であり、かつ良好にコイル圧延を行うことのできる高い冷間圧延性を備え、更には加工性(一定以上の伸び)の備わったチタン合金を、上記V等の高価な合金元素を必須とせずに実現することができる。本発明のチタン合金は、Ti−6Al−4V合金に相当する強度レベルを達成することもできるため、航空宇宙機器部材、化学プラント部材、自動車部材等の製造に適用したときに、高強度の上記部材を、生産性良く安価に提供することができる。
【0014】
尚、本発明のチタン合金材によって達成できる強度レベルは、コイル圧延可能な上記Ti−3Al−2.5V合金よりも高く、Ti−6Al−4V合金に相当する強度である。
【0015】
Ti−6Al−4V合金およびTi−3Al−2.5V合金は、それぞれASTM Grade5およびGrade9として規格化されており、その0.2%耐力(YS)は、それぞれ828MPa以上、483MPa以上である。これらを考慮し本発明では、目標強度を、実用上、Ti−3Al−2.5V合金よりも十分に高強度と言える「0.2%耐力(YS)で700MPa以上」とした。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、前記課題を解決するため、α+β型チタン合金を対象とし、α相安定化元素および共析型β相安定化元素として上述した高価な合金元素を必須とせずに、高強度、冷間圧延性、および加工性(Ti−6Al−4V合金と同等以上の伸び)の全てを備えたチタン合金材を得るために鋭意研究を重ねた。
【0017】
その結果、特に下記(1)〜(3)に示す手段が有効であることを見出し、本発明に想到した。
(1)α相安定化元素であるAlとOで示されるAl当量:Al+10O(酸素)の範囲を規定した。このうちAlは、強度の向上に有効に作用するため必須とするが、一方で冷間圧延性や伸びの低下を招く元素でもあるため、その含有量(Al単独量)を、Ti−6Al−4V合金等の汎用合金よりも少なくした。
(2)高価なβ相安定化元素であるMo、Vの代わりに、比較的安価な共析型β相安定化元素であるFe、Cr等をβ相安定化元素として用いることとし、これら安価な元素で構成される合金組成として、Fe当量(Fe+0.5Cr+0.5Ni+0.67Co+0.67Mn)の最適範囲を見出した。
(3)更に、α、βの両相に固溶するCu、Snが、強度−伸びバランスの向上に有効であることを見出し、これらの元素の少なくとも1種を用いることとした。
【0018】
以下、本発明で上記元素の成分範囲を規定した理由について詳述する。
【0019】
〔(Al+10O(酸素))で示されるAl当量:3.5〜7.2%〕
AlおよびOはα相安定化元素であり、これらの元素はα相を強化する。本発明では、Al+10×O(酸素)で示されるAl当量の範囲を規定することによって、強度と、冷間圧延性および伸びとのバランスを図った。
【0020】
詳細には、上記Al当量(Al+10O)が3.5%未満の場合、強度不足となり、700MPa以上の0.2%耐力が得られなくなる。従って、Al当量の下限値を3.5%とした。Al当量は、好ましくは4.0%以上であり、より好ましくは、4.3%以上である。
【0021】
一方、上記Al当量が大きすぎると、伸びと冷間圧延性の少なくともいずれかが低下する。よってAl当量は、7.2%以下とする。好ましくは7.0%以下、より好ましくは6.5%以下である。
【0022】
〔Al:1.0%超4.5%以下〕
Alは、Oの単独添加に比べ、伸びを比較的低下させることなくα相の強化を図ることができる元素である。更に、β相からの変態において、脆化を促すω相を抑制する効果を有する元素でもある。よって本発明では、AlとOの複合添加が有効であることから、Alを必須とし、Alを単独で1.0%超とした。好ましくは、1.5%以上、より好ましくは2.0%以上である。
【0023】
一方、Alの過剰な添加は特に冷間圧延性を著しく損なう。よって、本発明ではAl量の上限を4.5%とした。Al量は好ましくは4.0%以下、より好ましくは3.5%以下である。
【0024】
〔O:0.60%以下(0%を含まない)〕
Oは、大きな固溶強化能を示す元素であるが、Al当量が上記範囲内であっても、O量が多くなりすぎると靭性が低下し、冷間圧延中に板が破断しやすくなり、安定した冷間圧延性が得られない。よってO量は0.60%以下とする。O量は、好ましくは0.55%以下であり、より好ましくは0.50%以下、更に好ましくは0.40%以下である。
【0025】
尚、一般的なチタン合金では、O量が約0.2%以下に抑えられているのに対し、本発明の組成とすれば、上記の通り0.60%まで含有させることができ、従来の一般的なチタン合金よりOを多く含んでいても延性が損なわれない。これは、O、Feなどの不純物を多く含む安価なオフグレードスポンジチタンやチタンスクラップを、本発明のチタン合金材の原料として使用することが可能であることを示しており、コストの更なる低減を図ることができる。
【0026】
〔(Fe+0.5Cr+0.5Ni+0.67Co+0.67Mn)で示されるFe当量:0.8%以上2.0%未満〕
Fe、Cr、Ni、Co、Mn等の共析型β相安定化元素は、少量の添加で強度を高める他、熱間加工性を向上させる効果を有する。本発明では、これらの元素を整理して得られるFe当量を制御することによって、強度向上を図る。
【0027】
このFe当量が小さすぎると、所望の強度レベルを達成できない。よって本発明では、Fe当量を0.8%以上とする。Fe当量は、好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.2%以上である。
【0028】
一方、Fe当量が多くなりすぎると、鋳塊製造時の偏析が顕著となり品質安定性を阻害する原因となる。また、平衡相である金属間化合物が生成しやすくなり、冷間加工性の低下や脆化が生じる場合がある。よって本発明では、Fe当量を2.0%未満とした。Fe当量は、好ましくは1.8%以下、より好ましくは1.6%以下、更に好ましくは1.5%以下、特に好ましくは1.4%以下である。
【0029】
前述の特許文献2と異なり、本発明においては、上述の通り、鋳塊偏析の抑制、および金属間化合物の析出による延性低下を抑制する観点から、β相安定化元素の添加濃度を低く抑えている。
【0030】
上記Al当量およびFe当量は、編:Rodney Boyer,Gerhard Welsch and E.W.Collings、「Materials Properties Handbook:Titanium Alloys」、ASM International、1994年、p.10のEq2.2を利用して得られたものである。Fe当量については、上記ハンドブックに示されたMo当量の式を変換したものである。
【0031】
上記Al当量およびFe当量の式において、含んでいない元素の項はゼロである。
【0032】
本発明において、上記Fe当量を構成するFe、Cr、Ni、Co、Mnの各含有量は特に限定されない。また、上記Fe、Cr、Ni、CoおよびMnの全ての元素が含まれている必要はなく、Fe、Cr、Ni、CoおよびMnよりなる群から選択される1種以上の元素を含み、かつ上記Fe当量が規定範囲内にあればよい。尚、上記文献「Materials Properties Handbook:Titanium Alloys」のp.7〜9には、合金元素の分類が示されており、Fe、Cr、Ni、CoおよびMnが、共析型のβ安定化元素と分類されることが示されている。また、これらFe、Cr、Ni、CoおよびMnが、同様の上記効果を発揮することは、特許第3297027号公報の特に段落0012および段落0013にも記載されている通りである。
【0033】
〔Cu:0.4〜3.0%、およびSn:0.4〜10%よりなる群から選択される1種以上の元素〕
Cuは、Feと同様に共析型のβ相安定化元素であるが、他のβ相安定化元素と比べてα相に多く固溶することで、冷間圧延性や伸びを大きく損なうことなく強度を上昇させる効果を示す。Snも、α、β両相に固溶する中性元素であり、強化に寄与する。また、Cuと同様に添加による伸び低下の程度が小さい(後述する実施例におけるNo.9とNo.10の対比から明らかな通り)。この様に、延性を損なうことなく強度を向上できる理由として、CuおよびSnのいずれも、α相に比較的多く固溶するためと推定される。更にSnは、脆化相であるω相の析出を抑制するといった効果も有する。
【0034】
上記効果を十分に発揮させるための各元素量について検討した。その結果、Cuを含有させる場合、後述する実施例のNo.5(CuなしでYSが671MPa)とNo.6(Cuが0.5%でYSが706MPa)のデータをもとに、YS700MPa以上とするためのCu量を求めたところ、0.4%以上であった。よってCuを含有させる場合、Cu量は0.4%以上(好ましくは0.5%以上、より好ましくは1.0%以上)とする。
【0035】
またSnを含有させる場合には、後述する実施例のNo.4(SnなしでYSが651MPa)とNo.9(Snが0.5%でYSが705MPa)のデータをもとに、YS700MPa以上とするためのSn量を求めたところ、0.4%以上であった。よってSnを含有させる場合、Sn量は0.4%以上(好ましくは0.5%以上、より好ましくは1.0%以上)とする。
【0036】
本発明では、Cu、Snのうち少なくとも1種を含有すればよい。
【0037】
一方、Cuが過剰に含まれると、Ti
2Cuが多量に析出して伸びや冷間圧延性の低下を引き起こす。本発明では、このTi
2Cuが過剰に析出しない程度のCu量として、その上限を3.0%とした。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。また、Sn量が10%を超えると、伸びの低下、比重の増加、コストアップの要因となる。よって本発明ではSn量を10%以下とする。好ましくは7%以下、より好ましくは4%以下、更に好ましくは2.5%以下、特に好ましくは2.0%以下である。
【0038】
本発明のチタン合金材の基本的な成分組成は上記の通りであり、残部はTiおよび不可避不純物である。
【0039】
また、上記元素に加え、下記の規定を満たすようにSi、Cを含有させて、更なる特性の向上を図ってもよい。
【0040】
〔Si+5C<1.0〕
SiとCはいずれも、α+β型チタン合金の冷間圧延性への悪影響が小さく、強度特性を高める作用を有する。Siは、化合物を形成し、組織の微細化に寄与することで優れた強度−伸びバランスを確保する効果を有する。更にSiは、耐酸化性および溶接性の向上にも有効な元素である。
【0041】
上述したSnはα、β両相に固溶して強度向上に寄与しているのに対し、Siは、析出物を形成し、析出強化、または結晶粒の粗大化を抑制することによって、強度−伸びバランスの向上に寄与している点でSnと異なる。
【0042】
またCは、固溶強化として寄与する元素であり、かつSiと同様に析出物を形成してSiと同様の効果を発揮する元素でもある。
【0043】
上記効果を発揮させるには、Siを含有させる場合、Si単独の量で0.05%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.10%以上である。またCを含有させる場合には、C単独の量で0.03%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。
【0044】
SiとCは、いずれか1種を用いる場合の他、SiとCの両方を用いてもよい。しかし、(Si+5C)が1.0%以上であると析出物量が過剰となり、伸びと冷間圧延性が低下する。よって、(Si+5C)は1.0%未満とすることが好ましい。(Si+5C)はより好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.6%以下である。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
表1に示す成分組成(表1において空欄は元素を添加していないことを意味する)のチタン合金を、アーク溶解法により溶製し、φ40mm、高さ20mmのボタン鋳塊を得た。このボタン鋳塊を1000℃に加熱して熱間鍛造した後、1000℃に加熱して板厚3.5mmまで熱間圧延した。次いで得られた熱延材に焼鈍(800℃×5分)を行った後、ショットブラストを行ってから酸洗し、板厚3.0mmの熱延焼鈍材を得た。その後、板厚1.8mmとなるまで(板厚1.8mmとなるまでにき裂が3mmに達する冷間圧延性の比較的低いものは、板厚2.1mmとなるまで)冷間圧延し、800℃×5分の焼鈍の後、いずれの例も板厚が1.7mmとなるまで酸洗(酸で溶解)し、再度、冷間圧延を行って板厚1.1mm(板厚1.1mmとなるまでにき裂が3mmに達する冷間圧延性の比較的低いものは、板厚1.2mm)の冷延板を得た。
【0047】
この冷延板に800℃×5分の仕上げ焼鈍を行ってから、脱スケール(酸洗)を施して、いずれの例も板厚1.0mmのチタン合金板を得た。上記いずれの焼鈍も、大気中で行い、焼鈍後の冷却方法は空冷とした。
【0048】
この様にして得られたチタン合金板を用い、下記の通り引張試験を行って強度特性を評価すると共に、冷間圧延性の評価を行った。
【0049】
〔引張試験(0.2%耐力と伸びの測定)〕
得られたチタン合金板から、引張荷重軸が圧延方向と平行となるようにASTM E8サブサイズ(平行部の幅6mm、長さ32mm)の引張試験片を採取し、室温引張特性を0.2%耐力(YS)、伸び(EL)で評価した。そして本発明では、0.2%耐力が700MPa以上の場合を高強度と評価し、かつ伸びが10%以上の場合を、既存品レベルの加工性を有している(所定の伸びを示す)と評価した。
【0050】
〔冷間圧延性の評価〕
冷間圧延によって生じたき裂が3mmを超えると、き裂の進展が急激に早まる。そこで冷間圧延性は、上記冷間圧延工程において、冷延板の端部から上記3mmを超えるき裂が生じるまでの冷延率で評価した。詳細には、上記板厚3.0mmの熱延焼鈍材を用いて板厚約2.1mmとなるまで冷間圧延を行うときに、冷延率30%以上の冷間圧延を行っても3mmを超えるき裂が生じなかった場合を、冷間圧延性に優れている(○)と評価し、冷延率が30%に満たない段階で3mmを超えるき裂が生じた場合を、冷間圧延性に劣っている(×)と評価した。
【0051】
これらの評価結果を表1に併せて示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1より次の様に考察できる。
【0054】
No.1は、本実施例においてベースとしたTi−3Al合金材(比較例)である。このNo.1は、伸びが23.0%であり延性に優れているが、0.2%耐力が449MPaであり強度が低い。
【0055】
No.2〜5は、No.1をベースに、共析型β相安定化元素(Fe、Cr)を規定の範囲内で添加した合金である。上記β相安定化元素の添加により強度は増加するが、No.2〜5の0.2%耐力はいずれも700MPa未満である。即ち、これらの例は、既存のTi−3Al−2.5V合金よりは高強度であるが、本発明の強度レベル(700MPa以上)に達していない。
【0056】
次に、CuやSnを添加したときの影響について検討した。まずNo.6〜8は、強度不足であった上記No.4や5のチタン合金材に対してCuを添加し、Cu添加による強度への影響を調べた例である。詳細には、No.6は、強度不足であったNo.5にCuを0.5%添加した例である。このNo.6では、700MPaを超える0.2%耐力が得られている。No.7およびNo.8は、Cuを1.0%含む本発明例である。No.7およびNo.8は、いずれも700MPa以上の高い0.2%耐力と20%程度の大きな伸び、更には良好な冷間圧延性が得られている。
【0057】
No.9は、No.4に更に0.5%のSnを添加した例であり、所望レベルの高強度と伸び、更には優れた冷間圧延性が同時に実現されている。
【0058】
No.10は、No.9よりもSn量を高め、2.0%のSnを含む例である。このNo.10とNo.9を比較すると、No.10ではNo.9よりも強度が上昇しているにも関わらず伸びは損なわれていない。このことから、上述した通り、Snが強度−伸びバランスの向上に有効な添加元素であることがわかる。
【0059】
一方、No.11に示すように、CuとSnの両元素を規定範囲内で含む場合も、両元素による効果は有効に発揮されることがわかる。
【0060】
No.12〜21は、Al当量(AlおよびOの添加量)を変化させて、引張特性に及ぼすAl当量の影響を検討した結果である。No.12は、Al当量が3.00%であり、本発明の規定範囲を下回るため、0.2%耐力が700MPaを大きく下回っている。これに対しNo.13は、Al当量が4.00%であり、0.2%耐力が700MPa以上を達成している。
【0061】
Al当量が増加すると、0.2%耐力は増加するが伸びは減少しやすい。No.13〜16は、Al当量が4.00〜7.00%であり、所定の伸びと優れた冷間圧延性を示しているのに対し、No.17では、Al当量が7.50%と大きく、伸びが10%を下回っている。
【0062】
一方、No.18は、Al当量が規定範囲内であるが、O量が過剰でありかつAlを含んでいない例である。このNo.18では、冷間圧延中に板が破断してサンプルを作製できなかった。その理由として特に、O量が過剰であることに起因して靭性が低下したためと推定される。
【0063】
No.19は、Al当量がNo.18と同じであるが、No.18の成分組成にAlを1.5%添加し、Oを0.15%減少させた例である。このNo.18とNo.19の対比から、同じAl当量でも、AlとOのバランスをNo.19の通りとすれば、高強度と、所定の伸びおよび優れた冷間圧延性を確保できることがわかる。
【0064】
No.21は、Al当量を規定範囲内とし、Al量を5.0%とした例である。Al量が5.0%であると、30%以上の冷延率が得られず、冷間圧延性に劣る。これに対し、No.20は、Al当量を規定範囲内とし、Al量を4.0%とした例である。Al量が4.0%であると、冷間圧延性も良好であることがわかる。
【0065】
No.22は、Fe当量が0.50%と小さい例である。Fe当量が小さすぎる、即ち、共析型β相安定化元素の添加量が少なすぎると、0.2%耐力が低く、所望の強度が得られない。
【0066】
No.23〜25は、Cu量の影響を調べた結果である。これらの例を対比すると、Cu量の増加により強度は上昇するが、伸びと冷間圧延性が低下し、No.25の様にCu量が3.5%の場合、冷間圧延が困難となっている。これは、Cuを大量に添加すると、析出物(Ti
2Cu)が大量に形成されて伸びや冷間圧延性が低下したためである。
【0067】
No.26は、更にCを所定量含む例であり、高強度、優れた冷間圧延性および所定の伸びを達成している。これに対しNo.27は、C量が過剰であるため、析出物が多量に分布して、伸びと冷間圧延性の不十分なものとなった。
【0068】
またNo.28は、SiとCを複合添加した例であり、No.29および30は、SiとCのうちSiのみを含み、かつSi量がNo.28よりも多い例であるが、いずれも高強度であり、かつ優れた冷間圧延性と所定の伸びを達成している。一方、No.31は、Si量が過剰であるため、析出物が多量に分布して伸びと冷間圧延性の不十分なものとなった。