(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5796991
(24)【登録日】2015年8月28日
(45)【発行日】2015年10月21日
(54)【発明の名称】サイレントチェーン伝動装置
(51)【国際特許分類】
F16G 13/02 20060101AFI20151001BHJP
F16G 13/04 20060101ALI20151001BHJP
F16G 13/06 20060101ALI20151001BHJP
F16H 55/30 20060101ALI20151001BHJP
【FI】
F16G13/02 E
F16G13/02 C
F16G13/04
F16G13/06 B
F16H55/30 D
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2011-90013(P2011-90013)
(22)【出願日】2011年4月14日
(65)【公開番号】特開2012-220009(P2012-220009A)
(43)【公開日】2012年11月12日
【審査請求日】2014年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000143260
【氏名又は名称】株式会社江沼チヱン製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100090712
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 忠秋
(72)【発明者】
【氏名】志賀 光男
(72)【発明者】
【氏名】上月 洋明
【審査官】
高吉 統久
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−049928(JP,A)
【文献】
特開2001−193803(JP,A)
【文献】
特開平11−114721(JP,A)
【文献】
特開2002−106652(JP,A)
【文献】
特開平08−074940(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16G 1/00−17/00
F16H 55/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対のV字状のリンク歯を有する多数のリンクプレートを連結ピンで連結する無端のサイレントチェーンと、該サイレントチェーンと噛み合うスプロケット歯を有する複数のスプロケットとを備えてなり、前記各スプロケットは、前記サイレントチェーンの内側フランクとピッチ、圧力角が共通のラック形状のホブカッタを用いて、前記サイレントチェーンの進入方向ピッチラインと前記スプロケットの中心との距離Hが(D/2)・cos (π/2z)≦H≦(D/2)・cos (π/4z)となるような歯切り転位量で歯切りされたスプロケット歯形を有するとともに、前記サイレントチェーンの外側フランクは、前記サイレントチェーンの巻き付き着座時に歯数の異なる前記スプロケットのすべてのスプロケット歯形の歯先部、歯元部に接する外側に凸の上下の曲線部を含むことを特徴とするサイレントチェーン伝動装置。ただし、zは、前記スプロケットの歯数であり、Dは、前記サイレントチェーンが前記スプロケットに巻き付き着座時のピッチ円の直径である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、サイレントチェーンを使用するサイレントチェーン伝動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一対のV字状のリンク歯を有する多数のリンクプレートを屈曲自在に連結する無端のサイレントチェーンをスプロケットに巻き掛けて構成するサイレントチェーン伝動装置は、たとえば4サイクルエンジンのカムシャフトやバランサシャフトの駆動用などの用途に広く使用されている。
【0003】
サイレントチェーン伝動装置は、サイレントチェーンのコーダルアクションに起因する騒音を抑制するために、各リンクプレートの内側フランクの中央部を膨出させ、サイレントチェーンがスプロケットに進入する際にリンクプレートを一時的に持ち上げている。しかし、これでは、スプロケットの歯数が変化してもリンクプレートの持上げ量が変わらないため、歯数が異なるスプロケットを組み合わせるとき、騒音の抑制効果が不十分である。
【0004】
そこで、サイレントチェーンの内側フランクとピッチ、圧力角が共通のラック形状のホブカッタを用いてスプロケットを歯切りするとともに、歯切り転位量を適切に設定することにより、コーダルアクションによる騒音を最少に抑えることが提案されている(特許文献1)。すなわち、サイレントチェーンの進入方向ピッチラインがサイレントチェーンの巻き付き着座時のピッチ円に接するように、スプロケットの歯数に合わせて歯切り転位量を設定すると、スプロケットの歯数に拘らず、サイレントチェーンのコーダルアクションを実質的に消失させることができる。なお、サイレントチェーンの外側フランクは、歯数が異なるすべてのスプロケット歯形に接する包絡線によって輪郭形成し、すべてのスプロケット歯形に対して円滑に着座させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−106652号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる従来技術によるときは、サイレントチェーンの内側フランクとスプロケット歯の先端部との間に余裕隙間がなく、外側フランクとスプロケット歯との接触面積が小さいため、サイレントチェーンの内側フランクに過大な摩耗を生じたり、スプロケットに対するサイレントチェーンの着座が不安定になったりして、耐久性が低下することがあり得るという問題があった。
【0007】
そこで、この発明の目的は、かかる従来技術の問題に鑑み、サイレントチェーンのリンクプレートの歯形、スプロケットのスプロケット歯形を改良することによって、コーダルアクションによる騒音を抑えながら、耐久性を向上させることができるサイレントチェーン伝動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するためのこの発明の構成は、一対のV字状のリンク歯を有する多数のリンクプレートを連結ピンで連結する無端のサイレントチェーンと、サイレントチェーンと噛み合うスプロケット歯を有する複数のスプロケットとを備えてなり、各スプロケットは、サイレントチェーンの内側フランクとピッチ、圧力角が共通のラック形状のホブカッタを用いて、サイレントチェーンの進入方向ピッチラインとスプロケットの中心との距離Hが(D/2)・cos (π/2z)≦H≦(D/2)・cos (π/4z)となるような歯切り転位量で歯切りされたスプロケット歯形を有するとともに、サイレントチェーンの外側フランクは、サイレントチェーンの巻き付き着座時に歯数の異なるスプロケットのすべてのスプロケット歯形の歯先部、歯元部に接する外側に凸の上下の曲線部を含むことをその要旨とする。ただし、zは、スプロケットの歯数であり、Dは、サイレントチェーンがスプロケットに巻き付き着座時のピッチ円の直径である。
【発明の効果】
【0009】
かかる発明の構成によるときは、サイレントチェーンの進入方向ピッチラインは、スプロケットに対するサイレントチェーンの巻き付き着座時のピッチ円に対し、進入方向ピッチラインに直角のピッチ円の半径からスプロケットの1/8〜1/4ピッチ角度相当だけ手前で到達することになり、結果的にサイレントチェーンは、スプロケットの1/8〜1/4ピッチ角度相当の小さなコーダルアクションを生じる。一方、サイレントチェーンの内側フランクとスプロケット歯との間には、このコーダルアクションに基づき、たとえば歯数16〜100の範囲のスプロケットについて、少なくとも大むね15μm程度の最小隙間を確保することができ、リンクプレートやスプロケットに過大な摩耗を生じたりすることがない。さらに、外側フランクとスプロケット歯との接触面積を十分大きくすることができるため、外側フランクやスプロケット歯に過大な摩耗を生じたり、スプロケットに対するサイレントチェーンの着座が不安定になったりすることがなく、コーダルアクションによる騒音を小さく抑えながら、必要な耐久性を容易に実現することができる。
【0010】
なお、サイレントチェーンの進入方向ピッチラインが、それに直角のピッチ円の半径から1/8〜1/4ピッチ角度相当だけ手前でピッチ円に到達するようにする理由は、次のとおりである。すなわち、1/8ピッチ角度未満では、内側フランクとスプロケット歯との間に必要な最小隙間を確保することができず、リンクプレートやスプロケットの加工精度や使用中の摩耗などに対処できなくなるおそれがあり、1/4ピッチ角度超過では、サイレントチェーンのコーダルアクションが大きくなり、騒音が過大になる可能性がある。ただし、サイレントチェーンは、スプロケット歯に対し、まず内側フランクによって噛合いを開始し、その後、外側フランクで噛み合ってスプロケットに巻き付き着座しながら動力伝達するものとする。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を以って発明の実施の形態を説明する。
【0013】
サイレントチェーン伝動装置は、無端のサイレントチェーン1と、スプロケット2とを備えてなる(
図1)。ただし、
図1において、サイレントチェーン1は、歯数zが同一または相違する2枚以上のスプロケット2に巻き掛けるものとし、スプロケット2の矢印K2 方向の回転に伴って矢印K1 方向に進入し、スプロケット2に噛み合いながら回転走行することができる。
【0014】
サイレントチェーン1は、連結ピン1a、1a…を介し、多数のリンクプレート10、10…を指組み状に編成し、長手方向に屈曲自在に連結して構成されている。各リンクプレート10は、一対のV字状のリンク歯11、11と、一対の連結ピン1a用のピン穴12、12とを有する(
図2)。各リンク歯11の内側は、圧力角αの直線状の内側フランク13となっており、外側は、曲線状の外側フランク14となっている。サイレントチェーン1をピッチラインPLc 上に直線状に張ると、各リンクプレート10の外側フランク14は、隣接する他のリンクプレート10の内側フランク13によって隠されるものとする(
図2の実線、点線)。ただし、
図2において、サイレントチェーン1のピッチP、内側フランク13、13のピッチラインPLf が併せて図示されており、ピッチラインPLf 上の内側フランク13、13の間隔P/2、ピッチラインPLc 、PLf の間隔Hc となっている。
【0015】
スプロケット2の外周には、サイレントチェーン1と噛み合う歯数zのスプロケット歯2a、2a…が等ピッチに形成されている(
図1)。スプロケット2のスプロケット歯2a、2a…は、サイレントチェーン1の内側フランク13、13…とピッチP、圧力角αが共通のラック形状のホブカッタ30を用いて歯切りすることができる(
図3)。
【0016】
ホブカッタ30は、圧力角αの切れ刃付きの歯形31、31…をピッチPごとに歯形のピッチラインPL3a上に形成し、ピッチラインPL3aの上下には、適切なアデンダムa、デデンダムbが設定されている。このようなホブカッタ30は、歯数zが異なるすべてのスプロケット2に共用して使用することができ、歯数zに従って、歯形のピッチラインPL3aから適切な歯切り転位量Xだけ離れた歯切り用のピッチラインPL3bに基づいてスプロケット2を歯切り加工する。なお、このようにして歯切りされるスプロケット2は、歯数zにより、歯切りピッチ円径Dp =P・z/πが決まり、各スプロケット歯2aの歯形、すなわちスプロケット歯形は、歯数z、歯切り転位量Xによって決まるインボリュート曲線から形成されている。
【0017】
各リンクプレート10の各外側フランク14は、外側に凸の上下の曲線部14a、14bと、曲線部14a、14bの間を滑らかに結ぶ外側に凹の中間の曲線部14cとを含んで形成されている(
図2、
図4)。上下の曲線部14a、14bは、それぞれ歯数zが異なるすべてのスプロケット2のスプロケット歯形の歯先部、歯元部に接するものとし、このような曲線部14a、14bは、それぞれすべてのスプロケット歯形の歯先部、歯元部に接する包絡線と近似の円弧状の曲線として形成することができる。また、中間の曲線部14cは、歯数zが最小のスプロケット2のスプロケット歯形のインボリュート曲線を避けるように定めるものとする(
図4(A))。ただし、
図4(A)〜(D)は、それぞれ歯数z=16、32、50、100のスプロケット2のスプロケット歯2aに対するリンクプレート10の外側フランク14の接触状態を示す要部模式図である。
【0018】
図1のように、サイレントチェーン1がスプロケット2に噛み合って多角形に巻き付いて着座するとき、連結ピン1a、1a…が通るピッチ円の直径Dとすると、半径D/2=(P/2)/sin (θp /2)=(P/2)/sin (π/z)である。ただし、θp =2π/zは、歯数zのスプロケット2のピッチ角度である。
【0019】
一方、スプロケット2に進入するときのサイレントチェーン1のピッチラインPLc の位置、すなわち、サイレントチェーン1の進入方向ピッチラインPLc とスプロケット2の中心との距離Hは、サイレントチェーン1のピッチラインPLc 、PLf の間隔Hc と、スプロケット2を歯切りする際のホブカッタ30の歯切り転位量Xとの相対関係によって決まる。そこで、H1 ≦H≦H2 となるようにスプロケット2の歯切り転位量Xを設定することができる。ただし、
H1 =(D/2)・cos (π/2z)=(D/2)・cos (θp /4)
H2 =(D/2)・cos (π/4z)=(D/2)・cos (θp /8)
である。
【0020】
いま、距離H=H1 となるように歯切り転位量Xを設定した場合に、サイレントチェーン1の特定のリンクプレート10に着目して、スプロケット2に対するサイレントチェーン1の進入から着座までの一連の動きを図示すると、
図5、
図6のとおりである。
【0021】
リンクプレート10は、サイレントチェーン1の進入方向ピッチラインPLc 上を進行して来ると(
図5(A)の矢印K1 方向)、進行方向前方側の内側フランク13に特定のスプロケット歯2aが接触してスプロケット2との噛合いが開始される。なお、
図5(A)において、符号Cp は、スプロケット2に巻き付き着座するサイレントチェーン1の連結ピン1a、1a…が通るピッチ円を示す。符号Rp は、サイレントチェーン1の進入方向ピッチラインPLc に直角のピッチ円Cp の半径であり、符号Lp は、進入方向ピッチラインPLc と平行なピッチ円Cp の接線である。
【0022】
サイレントチェーン1の進入方向ピッチラインPLc は、それに直角のピッチ円Cp の半径Rp から角度θ1 =θp /4=π/2z相当だけ手前においてピッチ円Cp に到達している(
図5(B))。そこで、リンクプレート10の前方側の連結ピン1aが半径Rp から角度θ1 =θp /4だけ手前にまで進行すると(
図5(B))、その後、前方側の連結ピン1aは、ピッチ円Cp に沿って進行し、したがって、リンクプレート10、サイレントチェーン1は、スプロケット2に進入する際の最後のコーダルアクションδ1 =D/2−H1 を生じる。そこで、前方側の連結ピン1aがピッチ円Cp の半径Rp 上にまで進行して進入方向ピッチラインPLc がピッチ円Cp の接線Lp に一致すると(
図6(A))、リンクプレート10は、
図5(B)の位置から角度θ1 =θp /4相当分だけ上昇して最も高く位置することになる。
【0023】
つづいて、リンクプレート10の後方側の連結ピン1aがピッチ円Cp の半径Rp から角度θ1 =θp /4相当だけ手前の位置(
図5(B)の前方側の連結ピン1aの位置)にまで進行すると(
図6(B))、リンクプレート10は、外側フランク14、14を介し、スプロケット2の1枚飛びのスプロケット歯2a、2aに着座し、以後、ピッチ円Cp に沿ってスプロケット2とともに回転する。なお、このときのリンクプレート10のピッチラインPLc とスプロケット2の中心との距離Hp =(P/2)/tan (π/z)となっている。また、リンクプレート10に後続する他のリンクプレートは、
図5(B)の位置にあり、以後、同様に動作することができる。
【0024】
次に、サイレントチェーン1の進入方向ピッチラインPLc とスプロケット2の中心との距離H=H2 となるようにスプロケット2の歯切り転位量Xを設定すると、そのときのリンクプレート10の挙動は、
図5、
図6において、距離H1 が距離H2 に変更され、角度θ1 =θp /4=π/2zが角度θ2 =θp /8=π/4zに変更され、コーダルアクションδ1 =D/2−H1 がコーダルアクションδ2 =D/2−H2 に変更される点を除き、特に変わるところがない。
【0025】
すなわち、リンクプレート10は、H1 ≦H≦H2 となるように、ホブカッタ30によるスプロケット2の歯切り転位量Xを設定することにより、
図5(A)の噛合い開始時から
図6(B)の巻き付き着座までの間に角度θ1 〜θ2 相当の小さなコーダルアクションδ1 〜δ2 を経由するため、スプロケット2の歯数zや、ホブカッタ30のデデンダムbの大小に拘らず、スプロケット歯2aの先端部と内側フランク13、13との間に必要な最小隙間を確保し、内側フランク13、13に過大な摩耗を生じるおそれがない。加えて、スプロケット2に着座中のリンクプレート10は、スプロケット2の歯数zに拘らず、各外側フランク14の上下の曲線部14a、14bを介してスプロケット歯2a、2aに接触するため(
図4、
図7)、十分大きな接触面積を実現することができ、着座が不安定になることもない。なお、着座時のリンクプレート10は、内側フランク13、13がスプロケット歯2aの先端部に接触することがなく(
図7)、外側フランク14、14だけが対応するスプロケット歯2a、2aに接触する。
【産業上の利用可能性】
【0026】
この発明は、エンジンのカムシャフトやバランサシャフトの駆動用のみならず、他の任意の用途に対しても広く好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0027】
P…ピッチ
α…圧力角
X…歯切り転位量
Cp …ピッチ円
PLc …ピッチライン
1…サイレントチェーン
1a…連結ピン
2…スプロケット
2a…スプロケット歯
10…リンクプレート
11…リンク歯
13…内側フランク
14…外側フランク
14a、14b…曲線部
30…ホブカッタ
特許出願人 株式会社 江沼チヱン製作所