【実施例】
【0030】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0031】
実施例1 ラミニンによる脂肪細胞の分化成熟促進効果
実験には、マウス前駆脂肪細胞由来細胞株3T3−L1細胞(ATCC)を用いた。通常の培地は、10%calf serumを添加したhigh glucose Dulbecco's modified Eagle's medium(DMEM)を使用し、37℃、5%CO
2条件下にて培養した。
ラミニンでコートした6穴ディッシュ(BD社)に3T3−L1細胞を撒き、100%コンフルエントになるまで通常培養した後、分化誘導培地に培地交換した。分化誘導培地は、通常培地に5μg/mlインスリン、1μMデキサメタゾン、0.115mg/mlイソブチルメチルキサンチンを添加したものを用いた。分化誘導培地に交換した日をday1とし、day3に再び通常培地に培地交換した。以後は2日おきに培地交換を行い、day10に細胞を回収した(ラミニン群)。対照として、ラミニンコートなしのディッシュを用いて同様の条件下で培養した細胞を回収した(コントロール群)。
【0032】
得られた細胞について、Total RNAを調製し、逆転写反応によりcDNAを得た。得られたcDNAを鋳型として、7500 Fast Real-Time PCR System(アプライドバイオシステム社)を用いた定量的PCRにより、Fabp4、PPARγ、GLUT4、LPL、ACC-1、FAS、DGAT、HSL及びATGLの各遺伝子の発現量を測定した。
Fabp4は脂肪細胞の分化成熟マーカーとして知られている。PPARγは脂肪細胞分化のマスターレギュレーターとして知られている。またGLUT4及びLPLは糖・脂質取り込みに関連する遺伝子であり、ACC-1、FAS及びDGATは脂質合成関連遺伝子であり、HSL及びATGLは脂質分解関連遺伝子であり、これらはいずれも、エネルギー代謝に関わる主要遺伝子として知られている。
測定した各遺伝子の発現量は、内部標準(36B4遺伝子発現量)により補正した。得られた値は平均値±標準誤差にてグラフ化した(n=3)。有意差検定はStudent’s t−testを用いて行った。
【0033】
結果を
図1に示す。脂肪細胞の分化成熟マーカーであるFabp4のmRNA発現量は、ラミニンにより有意に上昇し、コントロール群の2.4倍に達した。また脂肪細胞分化のマスターレギュレーターとされる転写因子PPARγのmRNA発現量も、ラミニンにより有意に上昇し、コントロール群の3.5倍に達した。さらに、エネルギー代謝に関わる主要遺伝子(GLUT4、LPL、ACC-1、FASおよびDGAT)の発現も、ラミニンにより有意に上昇した。これらの結果より、ラミニンが脂肪細胞の分化成熟を促進することが示された。さらに、GLUT4、LPL、ACC-1、FASおよびDGATは糖・脂質の取り込みや脂質合成に関わる遺伝子であることから、ラミニンが、脂肪細胞における脂肪蓄積を促進することが示された。従って、ラミニンシグナルを抑制することは、脂肪細胞の分化成熟及び脂肪蓄積を抑制することにつながり、またラミニンシグナルは、脂肪細胞の分化成熟抑制剤又は脂肪蓄積抑制剤の探索の指標として有効である。
【0034】
実施例2 ラミニンによる脂肪蓄積促進効果
実施例1と同様の手法にて回収された脂肪細胞を10%ホルマリンで固定後、細胞内の脂肪滴をOil−red O染色液により染色し、実体顕微鏡により観察、撮影を行った。Oil−red O染色液は、Oil red−Oストック溶液(0.5%Oil red−O/イソプロパノール)とDDWを3:2で混合し、0.5mmフィルターにてろ過したものを用いた。細胞の染色度(脂肪含有量)を定量するため、イソプロパノールにより細胞から色素を抽出し、吸光度OD450を測定し、コントロール群の吸光度を1とした相対吸光度を求めた。得られた吸光度は平均値±標準誤差にてグラフ化した(n=3)。有意差検定はStudent’s t−testを用いて行った。
【0035】
結果を
図2に示す。ラミニン群のOil−red O染色度は、コントロール群と比較し強く(
図2A)、染色度の定量解析でも有意な差が見られた(
図2B)。これらの結果より、ラミニンが脂肪細胞の脂肪蓄積を促進することが示された。従って、ラミニンシグナルを抑制することは、脂肪細胞の脂肪蓄積を抑制することにつながり、またラミニンシグナルは、脂肪細胞の脂肪蓄積抑制剤の探索の指標として有効である。
【0036】
実施例3 ラミニンによるインスリンシグナル応答性亢進効果
本実施例では、Akt、Erk及びIRS-1と、それらの活性化(リン酸化)形態p-Akt、p-Erk及びp-IRS-1をウエスタンブロッティングにて検出し、分子の活性化に対するラミニンの影響を調べ、ラミニンが細胞内シグナル伝達系に及ぼす作用を評価した。Akt、Erk、insulin receptor substrate(IRS)-1は、インスリン受容体の下流に存在し、そのリン酸化を介してインスリン刺激によるシグナルを伝達する、インスリンシグナル伝達分子である。
【0037】
ラミニンでコートした6穴ディッシュ(BD社)に3T3−L1細胞を撒き、100%コンフルエントになるまで通常培養した。無血清培地にて一晩培養後、インスリンを終濃度5μg/mlで添加した培地に交換し、細胞を所定の時間経過毎(5分、15分、30分、60分)に回収した(ラミニン群)。対照として、ラミニンコートなしのディッシュを用いて同様の条件下で培養した細胞を回収した(コントロール群)。
回収した細胞にLysis buffer(50mM Tris−HCl pH7.5、150mM Sodium Chloride、1% Triton X−100)を加え、25Gニードルにてよくホモジナイズした。氷上に15分間静置後、12000rpm、4℃で10分間遠心した。上清をタンパク質溶液として得た。
得られたタンパク質溶液をサンプルとして、以下の抗体を用いたウエスタンブロッティングを行い、上記各分子の検出を行った。
anti-Akt (cell signaling;#9272)
anti-phospho-Akt Ser473(cell signaling;#9271)
anti-Erk1/2 (cell signaling;#4695)
anti-phospho-Erk1/2 Thr202/Tyr204 (cell signaling;#9101)
anti-IRS-1 (upstate biotechnology;#06-248)
anti-phospho-IRS-1 Tyr895 (cell signaling;#3070)
【0038】
同様の手順で、但し、培地にインスリンを添加せずに、細胞を所定の時間(5分、10分、20分、30分、及び60分)培養して回収し、タンパク質溶液を調製し、Aktとその活性化形態p-Aktをウエスタンブロッティングにて検出した。
【0039】
結果を
図3A及びBに示す。Akt、Erk及びIRS-1はいずれも、ラミニン群及びコントロール群で同程度に発現していた。活性化形態の分子であるp-Akt及びp-IRS-1の発現は、コントロール群と比較してラミニン群で増加しており、ラミニンによりこれらの分子の活性化が促進されたことが示された(
図3A)。従って、ラミニンは、インスリン刺激に対する応答、特にPI3K/Aktを介した経路による応答を亢進する。これらの結果から、ラミニンによるインスリンシグナル伝達系の活性化亢進作用がその脂肪細胞の分化成熟促進効果、脂肪蓄積促進効果の一因となっている可能性があること、ならびに上記インスリンシグナル伝達分子の活性を指標に、脂肪細胞の分化成熟や脂肪蓄積を評価することができることが示唆された。
一方、ラミニンによる上記分子の活性化促進作用は、インスリンが存在しない場合には観察されなかった(
図3B)。従って、ラミニンはこれらの分子のリン酸化を直接的に誘導しているのではなく、インスリン刺激による分子のリン酸化を補助していると考えられることから、ラミニンに起因して活性化される他の細胞内シグナル伝達分子の存在が示唆された。上記のインスリンシグナル伝達分子だけでなく、ラミニンに起因して活性化されるその他の細胞内シグナル伝達分子の活性もまた、脂肪細胞の分化成熟や脂肪蓄積を評価するための指標とすることができる。
【0040】
実施例4 ラミニンシグナル抑制による脂肪細胞の分化成熟抑制効果
ラミニンが対応する受容体へ結合することを競合的に阻害するラミニン部分ペプチドYIGSR(Tyr-Ile-Gly-Ser-Arg:配列番号1、Graf et al, Biochemistry, 1987, 26(22):6896-6900、及び野水基義,蛋白質・核酸・酵素, 2000, 45(14):2475-2482を参照)のC末アミド化体を用いて、ラミニンシグナル抑制による脂肪細胞の分化成熟抑制効果を調べた。
ラット皮下脂肪由来の初代培養細胞を、配列番号1で示されるペプチドのC末アミド化体(終濃度100μg/ml)を添加した通常培地に懸濁し、37℃で30分間インキュベートした後、ラミニンでコートした6穴ディッシュ(BD社)に播種した。以後、全ての培地に上記ペプチドのC末アミド化体(終濃度100μg/ml)を添加した以外は、実施例1と同様の手法にて細胞を培養し、脂肪細胞を回収した(ラミニン+阻害ペプチド群)。比較対照として上記ペプチドを添加せずに同様の条件下で培養した細胞を回収した(ラミニン群)。陰性対照として、ラミニンコートなしのディッシュを用いて同様の条件下で培養した細胞を回収した(コントロール群)。
【0041】
得られた細胞について、Total RNAを調製し、逆転写反応により得られたcDNAを鋳型として、Fabp4発現について定量的PCRを行った。Fabp4遺伝子発現量は、内部標準(36B4遺伝子発現量)により補正した。得られた値は平均値±標準誤差にてグラフ化した(n=3)。有意差検定はStudent’s t−testを用いて行った。
【0042】
結果を
図4に示す。脂肪細胞の分化成熟マーカーであるFabp4の発現はラミニン存在下で増加するが(ラミニン群)、ラミニン部分ペプチドのC末アミド化体でラミニンとその受容体の結合を競合的に阻害するとその発現量は有意に低下した(ラミニン+阻害ペプチド群)。ラミニンによる脂肪細胞の分化成熟促進作用は、ラミニンシグナルの抑制、例えばラミニンとその受容体との結合を阻害することなどにより、抑制することができる。