(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜4の何れか1項に記載のスタータにおいて、前記スタータは、車両の停止判定条件が成立したときに前記エンジンを自動停止し、車両の再始動条件が成立したときに前記エンジンを自動始動させるアイドリングストップ機構を備えた車両に使用されることを特徴とするスタータ。
【背景技術】
【0002】
自動車や自動二輪車、大型発電機等に使用されるエンジンは、電動モータを用いたスタータ(エンジン始動装置)によって起動されるのが一般的である。例えば、特許文献1には、モータの回転力によってピニオンギヤが軸方向に移動し、エンジンのリングギヤに噛合する形式のスタータが記載されている。
図3は、このようなスタータの要部構成を示す説明図である。
図3のスタータでは、自動車のイグニッションキースイッチがOFF状態のときは、ピニオンギヤ101は右方の離脱位置にあり、リングギヤ102とは噛み合っていない状態となっている(
図3の上半分の状態)。これに対し、イグニッションキースイッチをONすると、ピニオンギヤ101は、オーバーランニングクラッチ103と共に左方へ移動し、ピニオンギヤ101はリングギヤ102と噛合してエンジンを起動させる(
図3の下半分の状態)。
【0003】
このようなスタータでは、モータの回転は、遊星歯車を用いた図示しない減速装置を介して出力軸104に伝えられる。出力軸104には、クラッチアウタ105とクラッチインナ106を備えたオーバーランニングクラッチ103が取り付けられており、クラッチアウタ105は、ヘリカルスプライン部107を介して、出力軸104に取り付けられている。クラッチアウタ105とクラッチインナ106の一端側との間にはローラ108が介設されており、オーバーランニングクラッチ103は一方向の回転のみを伝達するようになっている。クラッチインナ106は、出力軸104上に軸方向に移動自在に取り付けられており、その他端側にはピニオンギヤ101が形成されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、スタータに使用されているオーバーランニングクラッチ103では、ローラ108を円滑に動作させるため、ローラ108の近傍にはグリスが塗布されている。ところが、従来のスタータでは、オーバーランニングクラッチ103の軸方向端部を単純にクラッチワッシャ109にて塞いだだけの構造が多く、ローラの揺動に伴うポンプ効果により、
図3の矢示Aのように、クラッチ内のグリスが部品の隙間を伝って外部に流出してしまうおそれがある。
【0006】
図4は、従来のオーバーランニングクラッチの構成を示す説明図である。
図4に示すように(矢示)、オーバーランニングクラッチ103では、クラッチのON/OFFに伴い、カム室111内にてローラ108が周方向に移動する。ローラ108が移動すると、カム室111内の容積、特に、グリス充填量の多いローラ側の部位の容積が変化する。すると、ローラ108の移動によるポンプ効果がカム室111内に生じ、ローラ近傍のグリスGが、カム室111外に押し出されてしまう可能性がある。自動車用エンジンスタータでは、始動の際、上下死点を境に駆動側と被動側が短時間に交代する現象があり、それに伴ってローラ108も微小に移動し、このポンプ効果が繰り返される。このため、グリスGは、エンジン始動のたびにポンプ効果の圧力を繰り返し受ける。
【0007】
図4に示すように、隣接するカム室111間には、クラッチアウタ105とクラッチインナ106の間にわずかな隙間112がある。しかしながら、ローラ移動による圧力は隙間112のみでは吸収しきれない。このため、
図3の矢示Aのように、クラッチワッシャ109−クラッチインナ106間などの微小クリアランスからグリスGがクラッチ外に漏れ出てしまい、クラッチグリスが枯渇するおそれがある。
【0008】
特に、アイドルストップ車では、車両が停止状態となったり、車速が所定速度以下に低下し、完全に停止はしていないものの停止状態とみなし得る状態となったりしたときなど、車両の停止判定条件が成立したときにエンジンを自動停止させる一方、ブレーキの解放やハンドルの操作など所定の発進準備動作が検知されたりしたときなど、車両の再始動条件が成立したときにエンジンを自動始動させる、という動作を繰り返す。つまり、エンジンの停止、再始動という動作が頻繁に繰り返され、エンジン始動動作回数が従来の車両よりも飛躍的に多くなる(約30万回:従来の約10倍)。このため、クラッチグリスの流出が生じると、従来の車両では大きな影響がない量であっても、アイドリングストップ仕様での耐久終期(従来の耐久回数の約10倍程度)に至ると、クラッチ内のグリスが枯渇してしまい、ローラの摩耗によりクラッチの機能不全が生じるおそれがある。近年、環境対策や自動車排ガス規制への対応策として、アイドリングストップ機構の採用が増加しており、アイドルストップ車におけるクラッチグリスの流出と、それに伴うグリス枯渇問題への対策が求められていた。
【0009】
一方、特許文献2には、クラッチアウタの端面に環状部材を圧入装着し、クラッチ内にグリス溜室やシール室を設ける構造が提案されている。特許文献2では、グリス溜室によってグリス充填量を確保しつつ、シール室とリップシールによってクラッチインナ側からのグリス流出を防止している。ところが、特許文献2の構成においても、ローラの揺動によってポンプ効果が発生するため、アイドリングストップ仕様の場合、耐久期間内にリップシールが劣化し、クラッチインナ側からグリス漏れが生じる。また、環状部材やリップシールを用いるため、部品点数や組付工数が増大し、その分、製品コストが嵩むという問題が生じる。
【0010】
本発明の目的は、アイドルストップ車用スタータにて、カム室内の容積変化によって発生するポンプ効果の圧力を逃がすことにより、オーバーランニングクラッチからのグリスの流出を防止し、スタータの耐久性を向上させる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のスタータは、電動モータによって回転駆動される出力軸と、前記出力軸に取り付けられ、前記出力軸上を軸方向に移動可能なオーバーランニングクラッチと、前記オーバーランニングクラッチを介して前記出力軸に接続され、前記出力軸の回転に伴って一方向に回転し、前記オーバーランニングクラッチと共に軸方向に移動するピニオンギヤと、を備え、前記ピニオンギヤを軸方向に移動させ、該ピニオンギヤをエンジンのリングギヤに噛合させることにより、前記エンジンを始動させるスタータであって、前記オーバーランニングクラッチは、前記出力軸上に
軸方向に移動可能に取り付けられ外周側にクラッチカバーが装着されたクラッチアウタと、該クラッチアウタと複数本のローラを介して接続され前記クラッチアウタと共に軸方向に移動するクラッチインナと、を備え、前記クラッチアウタは、前記ローラ及び該ローラを所定方向に付勢するクラッチスプリングが収容され
、軸方向の一端側が開放され他端側が閉鎖された複数個のカム室と、該カム室内に充填される潤滑用のグリスと、前記カム室の間を隔離する隔壁部と、隣接する前記両カム室間を連通接続するように前記隔壁部に形成され、該隔壁部の周方向の両端面に前記カム室に臨んで開口し、前記ローラの揺動に伴う容積変化によって
前記カム室内に生じる内部圧力により、前記グリスが前記クラッチインナと、前記カム室の軸方向一端側を塞ぐように前記クラッチカバー内に配されたクラッチワッシャとの間から前記オーバーランニングクラッチ外に流出するのを防止するよう、隣接する前記カム室内に前記グリスを流入させて前記内部圧力を逃がすと共に、該グリスを前記クラッチアウタと前記クラッチインナの間の隙間を介して元の前記カム室内に還送し、隣接する前記カム室間にて前記グリスを循環流動させる連通部と、を有することを特徴とする。
【0012】
本発明にあっては、クラッチアウタのカム室を隔離する隔壁部に、隣接するカム室間を接続する連通部を設けることにより、ローラの揺動に伴うポンプ効果によりカム室内に充填されたグリスが内部圧力を受けても、当該グリスは連通部に導入される。すなわち、カム室内の容積変化によって発生するポンプ効果の圧力を連通部によって逃がすことができ、オーバーランニングクラッチからのグリスの流出が抑えられる。
【0013】
前記スタータにおいて、
前記ローラの揺動により、前記ローラと前記隔壁部端面との間に存在する前記グリスが前記連通部内に誘導され、前記連通部に誘導された該グリスは、前記ローラの揺動に伴い、隣接する前記カム室内に流入するようにしても良い。また、前記連通部から隣接する前記カム室内に流入した前記グリスが、前記ローラの揺動に伴う更なる前記グリスの流入により、前記クラッチアウタと前記クラッチインナの間の隙間を介して元の前記カム室内に還送されるようにしても良い。さらに、前記連通部として、前記クラッチアウタの軸方向端面に、前記端面に開口する凹溝を形成しても良い。
【0014】
加えて、前記スタータを、車両の停止判定条件が成立したときに前記エンジンを自動停止し、車両の再始動条件が成立したときに前記エンジンを自動始動させるアイドリングストップ機構を備えた車両に使用するようにしても良い。
【発明の効果】
【0016】
本発明のスタータによれば、オーバーランニングクラッチのクラッチアウタに、ローラとクラッチスプリングを収容する複数個のカム室と、隣接するカム室を隔離する隔壁部と、該隔壁部に形成され隣接する両カム室間を接続する連通部と、を設けることにより、ローラの揺動に伴うポンプ効果によって発生する圧力を連通部によって逃がすことが可能となる。このため、カム室内にグリスが充填されている場合、当該グリスがポンプ効果による内部圧力を受けても、このグリスを連通部に導入することができる。従って、オーバーランニングクラッチからのグリスの流出を防止することが可能となり、オーバーランニングクラッチの耐久性向上が図られる。
【0017】
また、本発明の他のスタータによれば、アイドルストップ車に使用されるエンジンスタータにおいて、オーバーランニングクラッチのクラッチアウタに、ローラとクラッチスプリングを収容する複数個のカム室と、隣接するカム室を隔離する隔壁部と、該隔壁部に形成され隣接する両カム室間を接続する連通部と、を設けることにより、ローラの揺動に伴うポンプ効果によって発生する圧力を連通部によって逃がすことが可能となる。このため、カム室内にグリスが充填されている場合、当該グリスがポンプ効果による内部圧力を受けても、このグリスを連通部に導入することができる。従って、エンジンの始動回数が飛躍的に多くなるアイドルストップ車においても、オーバーランニングクラッチからのグリスの流出を防止することが可能となり、アイドルストップ車に求められる性能を十分にクリアできる耐久性を確保することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例であるスタータの構成を示す断面図であり、中心線より上側は静止状態を、下側は通電状態を示している。
図1のスタータ1は、アイドルストップ車(ここでは四輪自動車)のエンジン始動用の装置であり、駆動源として、電動モータ(以下、モータと略記する)2を備えている。モータ2は減速装置3と接続されており、モータ2の回転は減速装置3を介してドライブシャフト4に伝達される。ドライブシャフト(出力軸)4上には、オーバーランニングクラッチ5とピニオンギヤ6が軸方向に移動自在に設けられている。当該スタータ1は、マグネットスイッチ7がドライブシャフト4と同軸状に配置された1軸タイプのスタータとなっており、ピニオンギヤ6は、マグネットスイッチ7の作用によって、オーバーランニングクラッチ5と共に軸方向に移動し、エンジンのリングギヤ8と噛合する。
【0020】
モータ2は、円筒形状のモータハウジング21内にアーマチュア22を回転自在に配置した構成となっている。モータハウジング21はモータ2のヨークを兼ねており、鉄等の磁性体金属によって形成されている。モータハウジング21の右端部には、金属製のエンドカバー23が取り付けられる。一方、モータハウジング21の左端部は、ピニオンギヤ6が収容されるギヤカバー24に取り付けられる。エンドカバー23はセットボルト25によってギヤカバー24に固定され、モータハウジング21はエンドカバー23とギヤカバー24との間に固定される。
【0021】
モータハウジング21の内周面には、周方向に複数個のマグネット26が固定されており、マグネット26の内側にはアーマチュア22が配置される。アーマチュア22は、モータシャフト27に固定されたアーマチュアコア28と、アーマチュアコア28に巻装されたアーマチュアコイル29とから構成されている。モータシャフト27の右端部は、エンドカバー23に取り付けられたメタル軸受31によって回転自在に支持されている。一方、モータシャフト27の左端部は、ピニオンギヤ6等が取り付けられたドライブシャフト4の端部に回転自在に支持されている。ドライブシャフト4の右端部には軸受部32が凹設されており、モータシャフト27はそこに取り付けられたメタル軸受33によって回転自在に支持される。これにより、ドライブシャフト4は、モータ2のモータシャフト27と同軸状に配置される。
【0022】
アーマチュアコア28の一端側には、モータシャフト27に外嵌固定されたコンミテータ34が隣接配置されている。コンミテータ34の外周面には、導電材にて形成されたコンミテータ片35が複数個取り付けられており、各コンミテータ片35にはアーマチュアコイル29の端部が固定されている。モータハウジング21の左端部には、ブラシホルダ36が取り付けられている。ブラシホルダ36には、周方向に間隔をあけて、ブラシ収容部37が複数個配置されている。各ブラシ収容部37にはそれぞれブラシ38が出没自在に内装されている。ブラシ38の突出先端部(内径側先端部)は、コンミテータ34の外周面に摺接している。
【0023】
ブラシ38の後端側には図示しないピグテールが取り付けられており、ブラシホルダ36に設けられた導電プレート41の第1プレート41aと電気的に接続されている。導電プレート41は、この第1プレート41aと、電源ターミナル44と電気的に接続された第2プレート41bとから構成されており、両プレート41a,41bの間には両者間を絶縁する絶縁部41cが設けられている(以下、第1及び第2プレート41a,41bは、それぞれ、プレート41a,プレート41bと略記する)。絶縁部41cには、スイッチプレート43が対向配置されており、導電プレート41(プレート41a,41b)とスイッチプレート43の両電気接点によってスイッチ部42が形成されている。
【0024】
スイッチプレート43はスイッチシャフト45に取り付けられており、エンジンのイグニッションスイッチがONされてマグネットスイッチ7が通電されると、スイッチシャフト45が左方に移動する。スイッチプレート43がプレート41a,41bに接触すると、絶縁部41cが導通しスイッチ部42がON状態となる。これにより、図示しない給電ケーブルが取り付けられた電源ターミナル44とブラシ38との間が電気的に接続され、バッテリからコンミテータ34に電源が供給される。これに対し、イグニッションスイッチがOFFのときは、絶縁部41cが開放されてスイッチ部42がOFF状態となり、導電プレート41とスイッチプレート43の間には空隙が形成され、モータ2への給電が停止する。
【0025】
減速装置3の遊星歯車機構11には、インターナルギヤユニット46とドライブプレートユニット47が設けられている。インターナルギヤユニット46は、ギヤカバー24の右端部に固定されており、その内周側には内歯リングギヤ48が形成されている。インターナルギヤユニット46の中央にはメタル軸受49が内装されており、ドライブシャフト4の右端側が回転自在に支持されている。ドライブプレートユニット47は、ドライブシャフト4の右端部に固定されており、プラネタリギヤ51が3個等分間隔で取り付けられている。プラネタリギヤ51は、ベースプレート52に固定された支持ピン53に、メタル軸受54を介して回転自在に支持されている。プラネタリギヤ51は内歯リングギヤ48と噛合している。
【0026】
モータシャフト27の左端部には、サンギヤ55が形成されている。サンギヤ55はプラネタリギヤ51と噛合しており、プラネタリギヤ51は、サンギヤ55と内歯リングギヤ48との間で、自転しつつ公転する。モータ2が作動すると、モータシャフト27と共にサンギヤ55が回転し、サンギヤ55の回転に伴い、プラネタリギヤ51が内歯リングギヤ48と噛み合いながらサンギヤ55の周りを公転する。これにより、ドライブシャフト4に固定されたベースプレート52が回転し、モータシャフト27の回転が減速されてドライブシャフト4に伝達される。
【0027】
オーバーランニングクラッチ5は、遊星歯車機構11によって減速された回転をピニオンギヤ6に対し一回転方向に伝達する。オーバーランニングクラッチ5は、クラッチアウタ56とクラッチインナ57との間に、ローラ58とクラッチスプリング60(
図2参照)を配した構成となっている。クラッチアウタ56は、ボス部56aとクラッチ部56bとからなり、ボス部56aは、ドライブシャフト4のヘリカルスプライン部61に取り付けられている。ボス部56aの内周側には、ヘリカルスプライン部61と噛み合うスプライン部62が形成されている。これにより、クラッチアウタ56は、ドライブシャフト4上をヘリカルスプライン部61に沿って軸方向に移動可能となっている。
【0028】
ドライブシャフト4にはストッパ63が取り付けられている。ストッパ63は、ドライブシャフト4に装着されたサークリップ64によって軸方向の移動が規制されている。ストッパ63には、ギヤリターンスプリング65の一端側が取り付けられている。ギヤリターンスプリング65の他端側は、ボス部56aの内端壁66に当接している。クラッチアウタ56は、このギヤリターンスプリング65によって右方向に付勢されており、通常時(非通電時)には、クラッチアウタ56はギヤカバー24に固定されたクラッチストッパ67に当接した位置で保持される。
【0029】
クラッチアウタ56のクラッチ部56b内周には、ピニオンギヤ6と一体に形成されたクラッチインナ57が配置されている。
図2は、オーバーランニングクラッチ5の内部構成を示す説明図であり、クラッチアウタ56とクラッチインナ57の間には、ローラ58及びクラッチスプリング60が複数組配置されている。また、クラッチ部56bの外周にはクラッチカバー68が外装されており、クラッチ部56bの左端面とクラッチカバー68との間には、クラッチワッシャ69が取り付けられている。このクラッチワッシャ69によって、ローラ58及びクラッチスプリングは、クラッチ部56bの内周側に、軸方向の移動を規制された状態で収容される。
【0030】
クラッチ部56bの内周側には、カム室91が形成されている。カム室91には、ローラ58とクラッチスプリング60が収容されている。カム室91には、くさび斜面92と遊動部93が形成されている。ローラ58は、通常、クラッチスプリング60によってくさび斜面92側に押されている。クラッチアウタ56が矢示X方向に回転すると、ローラ58は、くさび斜面92とクラッチインナ57の外周面94との間に挟持される。これにより、クラッチインナ57はローラ58を介してクラッチアウタ56と一体に回転する。従って、エンジン始動時にモータ2が作動しドライブシャフト4が回転すると、その回転はクラッチアウタ56からローラ58を介してクラッチインナ57に伝達され、ピニオンギヤ6が回転する。
【0031】
これに対し、エンジンが始動し、クラッチインナ57がクラッチアウタ56よりも早く回転すると、クラッチスプリング60の付勢力に抗してくさび斜面92から離脱し、遊動部93側に移動する。これにより、クラッチインナ57はクラッチアウタ56に対し空転(オーバーランニング)状態となる。すなわち、リングギヤ8がピニオンギヤ6よりも早く回転する状態となると、ローラ58がくさび斜面92とクラッチインナ外周面94との間には挟持されないオーバーランニング状態となり、クラッチインナ57の回転はクラッチアウタ56側には伝達されなくなる。従って、エンジン始動後、エンジン側からより高い回転数でクラッチインナ57が回されても、その回転はオーバーランニングクラッチ5にて遮断され、モータ2側には伝達されない。
【0032】
一方、スタータ1では、
図2に示すように、クラッチアウタ56の端面56cに、グリス誘導溝(連通部)95が設けられている。グリス誘導溝95は凹溝となっており、端面56cに開口する形で、クラッチアウタ56の隔壁部96に凹設されている。グリス誘導溝95の両端は、隔壁部96の周方向の両端面96a,96bに開口しており、グリス誘導溝95は、隣接するカム室91同士を連通接続する形で設けられている。スタータ1においても、ローラ58近傍には、ローラ動作を円滑にすべくグリスが塗布されており、ローラ58が揺動すると(
図2矢示P参照)、カム室91内の容積変化によるポンプ効果が生じる。前述のように、従来のスタータでは、このポンプ効果により、カム室内のグリスが軸方向に押し出され、クラッチ外に流出してしまうおそれがあり、特に、アイドルストップ車では、クラッチグリスの流出によるグリス枯渇の問題があり、その対策が求められていた。
【0033】
これに対し、当該スタータ1は、隣接するカム室91の間に両室をつなぐグリス誘導溝95が設けられているため、ローラ揺動に伴うポンプ効果の圧力をそこで逃がすことができる。すなわち、スタータ1においても、クラッチ動作に伴ってローラ58が揺動しポンプ効果が生じるが、その際の圧力にて押されたグリスGは、矢示Qのように、グリス誘導溝95内に導かれる。この際、カム室91内のグリスGは、クラッチワッシャ69とクラッチインナ57の間のような狭いクリアランスの部位には入り込まず、まず、流入障壁の少ないグリス誘導溝95に入り込む。また、グリス誘導溝95内に押し込まれたグリスGも、ポンプ効果の圧力によって、やがて隣接するカム室91に流入する。その後、隣接するカム室91に流入したグリスGは、更なるグリスGの流入により、クラッチアウタ56とクラッチインナ57の間の隙間97から元のカム室91に戻る(矢示R)。つまり、グリスGは、グリス誘導溝95と隙間97を流路として、隣接するカム室91にて循環流動する。
【0034】
このように、オーバーランニングクラッチ5では、ポンプ効果の圧力によってグリスGが流動しても、その流れをクラッチ内にて循環させることができ、クラッチの内部圧力によってグリスGがクラッチ外に流出してしまうのを防止することが可能となる。従って、グリスの枯渇によるローラの摩耗や発錆を抑えることができ、クラッチの機能不全を防止し、製品の耐久性、信頼性の向上を図ることが可能となる。特に、エンジンの始動回数が飛躍的に多くなるアイドルストップ車においても、オーバーランニングクラッチからのグリスの流出を防止することが可能となり、アイドルストップ車に求められる性能を十分にクリアできる耐久性を確保することが可能となる。
【0035】
また、従来のオーバーランニングクラッチのようにスラスト方向にグリス溜りを設ける必要がないため、クラッチのスラスト方向の寸法を小さくすることも可能となる。さらに、グリス誘導溝95がグリス溜りとしても機能し得るため、従来のオーバーランニングクラッチのように、別部材を用いることなくグリス溜りを形成でき、部品点数や組付工数を削減することも可能となる。加えて、グリス誘導溝95により、グリス溜りをクラッチアウタ56内に設けることができるため、グリスGを効率良く使用でき、グリスGの使用量を少なくすることも可能となる。
【0036】
クラッチインナ57の左端側には、ピニオンギヤ6が一体に形成されている。ピニオンギヤ6(クラッチインナ57)は、冷間鍛造によって形成された鋼製部材であり、クロム鋼(例えば、SCr 420H)に浸炭処理を施したものが使用される。ピニオンギヤ6の内径側にはシャフト孔71が形成されており、シャフト孔71にはピニオンギヤメタル72が取り付けられている。ピニオンギヤ6は、このピニオンギヤメタル72を介してドライブシャフト4に回転自在に支持される。一方、クラッチインナ57の内径側にはスプリング収容部73が形成されており、そこには、ストッパ63やギヤリターンスプリング65が収容されている。
【0037】
マグネットスイッチ7は、遊星歯車機構11の左方にドライブシャフト4と同軸状に配置されており、モータ2や遊星歯車機構11とも同心状となっている。マグネットスイッチ7は、ギヤカバー24に固定された鋼製の固定部74と、ボビン78に沿って左右方向に移動自在、すなわち、ボビン78に対し相対移動可能に配置された可動部75とからなる。固定部74には、ギヤカバー24に固定されたケース76と、ケース76内に収容されたコイル77及びケース76の内周側に取り付けられたボビン78が設けられている。コイル77は、図示しないイグニッションスイッチと電気的に接続されている。可動部75には、スイッチシャフト45が取り付けられた可動鉄心79が設けられ、可動鉄心79の内周側にはギヤプランジャ81が取り付けられている。可動鉄心79の外周側(図中下端側)には、スイッチリターンスプリング86が取り付けられている。スイッチリターンスプリング86の他端側はギヤカバー24に当接しており、可動鉄心79は右方に付勢されている。
【0038】
可動鉄心79の内周にはさらに、ブラケットプレート82が固定されている。ブラケットプレート82には、プランジャスプリング83の一端がカシメ固定されている。プランジャスプリング83の他端側は、イグニッションキースイッチがOFFのとき(
図1の上半分の状態のとき)は、ギヤプランジャ81に当接しており、ギヤプランジャ81はプランジャスプリング83によって左方に付勢されている。ギヤプランジャ81はドライブシャフト4に軸方向に移動可能取り付けられており、可動鉄心79の内周面との間には摺動鉄心84が介設されている。
【0039】
ギヤカバー24はアルミダイカストにて形成されており、ギヤカバー24の左端部には、メタル軸受85を介してドライブシャフト4の左端側が回転自在に支持されている。ギヤカバー24内には、合成樹脂製(例えば、ガラス繊維強化ポリアミド)のクラッチストッパ67やケース76等が固定されている。また、ギヤカバー24の右端面側には、モータハウジング21やエンドカバー23がセットボルト25によって固定されている。
【0040】
次に、このようなスタータ1を用いたエンジン始動動作について説明する。まず、自動車のイグニッションキースイッチがOFFされているときは、
図1の上半分のように、ギヤリターンスプリング65の付勢力によって、クラッチアウタ56はクラッチストッパ67に当接した状態にある。このとき、スイッチプレート43は導電プレート41から離れており、モータ2への給電は行われない。また、ピニオンギヤ6は、右方の離脱位置にあり、リングギヤ8とは噛み合っていない状態にある。
【0041】
これに対し、イグニッションキースイッチをONすると、まず、コイル77に電流が流れ、マグネットスイッチ7に吸引力が発生する。コイル77が励磁されると、ケース76及びボビン78を通る磁路が形成され、可動鉄心79が左方に吸引される。可動鉄心79が左方に吸引されると、ブラケットプレート82が左方へ移動し、プランジャスプリング83が押し縮められる。このときのプランジャスプリング83の反発力は、ギヤリターンスプリング65の反発力よりも大きくなるように設定されており、ギヤプランジャ81は、摺動鉄心84に加わる吸引力と、プランジャスプリング83によって左方に押される。これにより、クラッチアウタ56がヘリカルスプライン部61上を軸方向に沿って移動し、それと共にピニオンギヤ6もまた左方へ移動する。
【0042】
一方、可動鉄心79がスイッチリターンスプリング86の付勢力に抗して左方に移動すると、スイッチシャフト45も左方へ移動し、スイッチプレート43が導電プレート41に接触して接点が閉じる。これにより、電源ターミナル44とブラシ38との間が電気的に接続され、コンミテータ34に電源が供給されてモータ2が作動する。モータ2が作動し、アーマチュア22が回転すると、遊星歯車機構11を介してドライブシャフト4が回転する。ドライブシャフト4の回転に伴い、ヘリカルスプライン部61に取り付けられたクラッチアウタ56もまた回転する。ヘリカルスプライン部61は、ドライブシャフト4の回転方向を考慮してねじり方向が設定されており、クラッチアウタ56の回転数が増大すると、その慣性マスによって、クラッチアウタ56がヘリカルスプライン部61に沿って左方に移動する。
【0043】
モータ2の回転に伴ってクラッチアウタ56が左方へ飛び出すと、ピニオンギヤ6もクラッチアウタ56と共に左方に移動し、ピニオンギヤ6はリングギヤ8とさらに深く噛合する。これにより、ピニオンギヤ6が
図1の下半分の状態のような作動位置に移動し、モータ2の回転がリングギヤ8に伝達され、リングギヤ8が回転する。リングギヤ8はエンジンのクランク軸に接続されており、リングギヤ8の回転に伴ってクランク軸が回転し、エンジンが起動する。エンジンが起動すると、リングギヤ8によってピニオンギヤ6は高回転で回転されるが、オーバーランニングクラッチ5の作用によりその回転はモータ2側には伝達されない。
【0044】
なお、クラッチアウタ56が左方に移動すると、ギヤリターンスプリング65もクラッチアウタ56に押されて縮められる。また、プランジャスプリング83は、ギヤプランジャ81を左方に押し出し、ピニオンギヤ6とリングギヤ8が完全に噛み合った状態となると解放され、自然長状態となる。このため、クラッチアウタ56に当接した状態のギヤプランジャ81とプランジャスプリング83との間には、
図1の下半分の状態のように、若干の隙間が生じる。
【0045】
エンジンが始動するとピニオンギヤ6は高回転で回転され、オーバーランニングクラッチ5は空転方向に回転される。オーバーランニングクラッチ5が空転方向に回されるとクラッチ内に空転トルクが生じ、クラッチアウタ56には切れトルクと呼ばれる回転力が働く。この回転力により、クラッチアウタ56にはヘリカルスプライン部61を介して右方へのスラスト力が生じ、クラッチアウタ56が右方へ移動しピニオンギヤ6がリングギヤ8から離脱するおそれがある。そこで、スタータ1では、摺動鉄心84に加わる電磁吸引力によって、ギヤプランジャ81を移動左端位置(
図1の下半分参照)にて保持し、クラッチアウタ56の移動を規制する。これにより、ピニオンギヤ6の右方への移動が規制され、ピニオンギヤ6の離脱が抑えられる。
【0046】
一方、エンジンが始動しイグニッションキースイッチがOFFされると、マグネットスイッチ7への通電も停止され、その吸引力も消滅する。すると、スイッチリターンスプリング86の付勢力によってブラケットプレート82が右方に押され、それまでボビン78による吸引力にて左方に保持されていた可動鉄心79が右方に移動する。可動鉄心79が右方に移動すると、スイッチシャフト45も右方へ移動し、スイッチプレート43が導電プレート41から離れ接点が開く。これにより、モータ2に対する給電が遮断され、ドライブシャフト4の回転が停止し、クラッチアウタ56の回転も停止する。
【0047】
クラッチアウタ56の回転が停まると、その慣性マスによる軸方向への移動力も消滅する。このため、押し縮められていたギヤリターンスプリング65の付勢力によって、クラッチアウタ56は、ヘリカルスプライン部61に沿って作動位置から静止位置へと右方へ移動する。このとき、ギヤプランジャ81もクラッチアウタ56に押されて
図1の上半分の状態となる。なお、ギヤリターンスプリング65の付勢力は、この時点におけるプランジャスプリング83の付勢力よりも大きくなるように設定されている。クラッチアウタ56が右方に移動すると、ピニオンギヤ6もまた右方に移動してリングギヤ8から離脱し、
図1の上半分の状態へと戻る。
【0048】
本発明は前記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
例えば、前述の実施例では、グリス誘導溝95をクラッチアウタ56の端面56cに設けた構成を示したが、カム室91間の連通部であるグリス誘導溝95の形成位置は端面56cには限定されず、隙間97に臨んだクラッチアウタ56の内壁面56dに形成することも可能である。また、連通部の形態は溝には限定されず、例えば、隔壁部96に、隣接するカム室91間を連通接続させる連通孔を設けても良く、隔壁部96の内端縁を面取りして隙間97を拡張し、面取り部を連通部としても良い。