【課題を解決するための手段】
【0008】
特許文献1のAl基軸受合金層は、マトリクスの結晶粒界にAl−Crの金属間化合物、結晶粒内の亜粒界にAl−Zrの金属間化合物が析出している。結晶粒内の亜粒界に金属間化合物が析出すると、マトリクスが強化され、耐疲労性は向上する。しかし、本発明者の鋭意実験により、Al基軸受合金層に繰り返し曲げ応力を作用させた場合、Al−Cr,Al−Zrの金属間化合物がマトリクスから離脱し、金属間化合物の存在による塑性変形の阻止を図れず、疲労に至ることがわかった。
【0009】
本発明者は、Al−Cr,Al−Zrの金属間化合物がマトリクスから離脱する原因が、これらの金属間化合物とマトリクスとの結合が弱いからであり、結合が強固であるならば、金属間化合物が離脱することはなく、曲げ疲労強度が向上するであろうと推測した。そして、本発明者は、この推測を基に、Al基軸受合金層に2種類以上の元素を添加してAlとそれら2種類以上の元素との多元系金属間化合物を形成するようにすると、その多元系金属間化合物がマトリクスと強固に結合し、離脱し難いことを究明した。この場合、マトリクスと強固に結合して塑性変形を阻止する機能は、粒径が小さく、且つ、ある密度以上で分布している必要があることも併せて究明した。
更に、本発明者は、Alと2種類以上の金属元素との多元系金属間化合物を含むAl基軸受合金層の硬さを調整することにより、高い耐疲労性を有しながらなじみ性が良好になることも究明した。
【0010】
本発明の請求項1のすべり軸受は、裏金層、Al基中間層及びAl基軸受合金層を備え、Al基軸受合金層に、Alと他の2種類以上の元素とから成る1種類以上の金属間化合物であって粒径が0.5μm未満の金属間化合物を8個/μm
2以上含み、金属間化合物を形成する元素X1,X2,・・・,Xn(nは自然数)の存在比の関係がX1≧X2≧・・・≧Xnであって、元素X1及び元素X2の存在比率X1/X2が1以上10以下であり、Al基軸受合金層の硬さがビッカース硬さで50以上80以下であることを特徴としている。
【0011】
元素X1,X2,・・・,Xnには、Alは含まれない。尚、本発明における存在比とは、各金属間化合物中における各元素X1,X2,・・・,Xnの質量比である。又、金属間化合物を例えば2種類生成する場合は、第1の金属間化合物を形成する元素X1(1),X2(1),・・・,Xn(1)の存在比の関係がX1(1)≧X2(1)≧・・・≧Xn(1)であって、元素X1(1)及び元素X2(1)の存在比率X1(1)/X2(1)が1以上10以下であり、第2の金属間化合物を形成する元素X1(2),X2(2),・・・,Xn(2)の存在比の関係がX1(2)≧X2(2)≧・・・≧Xn(2)であって、元素X1(2)及び元素X2(2)の存在比率X1(2)/X2(2)が1以上10以下である。即ち、金属間化合物をm(mは自然数)種類生成する場合は、第mの金属間化合物を形成する元素X1(m),X2(m),・・・,Xn(m)の存在比の関係がX1(m)≧X2(m)≧・・・≧Xn(m)であって、元素X1(m)及び元素X2(m)の存在比率X1(m)/X2(m)が1以上10以下である。元素の選択により、例えば元素X1(1)とX1(m)とを同じ元素とすることも異なる元素とすることもできる。しかし、例えば元素X1(1)とXn(1)とは異なる元素である。以下、(m)等を便宜上省略する場合がある。
【0012】
本発明のすべり軸受の基本形態を、
図1に示す。
図1のすべり軸受1は、例えば鋼から成る裏金層2と、裏金層2上にAl基中間層3を介して接着されて設けられたAl基軸受合金層4との3層構造である。
【0013】
本発明では、Al基軸受合金層に2種類以上の元素を添加して、これらの元素でAlと多元系金属間化合物を構成させるほか、Alのマトリクス中に固溶させる。上記多元系金属間化合物の2種類以上のAl以外の構成元素をマトリクス中にも存在させているため、多元系金属間化合物はマトリクスとの結合強度を高めることができる。このため、すべり軸受に繰り返し曲げ応力が作用しても、多元系金属間化合物はマトリクスから離脱し難く、Al基軸受合金層は塑性変形を生じ難く、すべり軸受の曲げ疲労強度は向上する。
【0014】
Alと結合して金属間化合物を構成する元素は、例えばMn,Cr,Ni,V,Zr,Ti,Mo,Fe,Co,W,Siの金属元素である。例えば、この金属元素の中でMn,Vを選択した場合、これらの元素はAl−Mn−Vの多元系金属間化合物、即ち3元系金属間化合物を生成するほか、Mn及びVがマトリクス中に固溶することができる。又、Cr,Si,Feを選択した場合、これらの元素はAl−Cr(X1(1))−Si(X2(1))−Fe(X3(1))の多元系金属間化合物、即ち4元系金属間化合物を生成するほか、Cr,Si及びFeがマトリクス中に固溶することができる。Al−Cr(X1(2))−Si(X2(2))やAl−Cr(X1(3))−Fe(X2(3))やAl−Si(X1(4))−Fe(X2(4))の3元系金属間化合物を生成することもできる。Cr,Si,Feの質量比が同じ場合、Cr,Si,FeのどれをX1(1),X2(1),X3(1)にしても良い。Ni,Zr,Ti,Moを選択した場合等も同様である。
【0015】
そして、金属間化合物を形成する元素の存在比の関係がX1≧X2≧・・・≧Xnであるときの元素X1及び元素X2の存在比率X1/X2を1以上10以下に制御することよって、多元系金属間化合物とマトリクスの強固な結合強度を確実に実現させることができる。好ましくは、存在比率X1/X2は8以下である。多元系金属間化合物がマトリクスの塑性変形を阻止する機能は、多元系金属間化合物が0.5μm未満の微細なもので、その分布密度が1μm
2当たり8個以上の場合に、効果的に発揮される。又、この範囲内の多元系金属間化合物であれば、マトリクスの伸びを損なわずに強靭化できる。分布密度は、1μm
2当たり15〜70個が好ましい。
【0016】
更に、Al基軸受合金層の成分、例えば多元系金属間化合物の成分の割合を変更することにより、Al基軸受合金層の硬さを変えることができる。そして、Al基軸受合金層の硬さを、ビッカース硬さで50以上にすることにより、Al基軸受合金層が高出力エンジンに適用された場合における高荷重の作用下でも疲労を生じ難くすることができる。又、Al基軸受合金層の硬さを、ビッカース硬さで80以下にすることにより、良好ななじみ性を得ることができる。耐疲労性及びなじみ性の面からAl基軸受合金層の硬さは、ビッカース硬さで60〜70が好ましい。
よって、上述の構成からなるすべり軸受なので、高面圧下で優れた耐疲労性及びなじみ性を同時に実現させることができる。
【0017】
本発明のすべり軸受は、鋳造工程、圧延工程、圧接工程、熱処理(焼鈍)工程、機械加工工程を経て製造される。即ち、鋳造工程では、Al基軸受合金(Al基軸受合金層)を溶融して板状に鋳造する。鋳造された板状のAl基軸受合金は、圧延工程で圧延し、圧接工程で鋼板(裏金層)に薄いAl基合金板(Al基中間層)を介して圧接して軸受形成用板材にする。その後、軸受形成用板材を焼鈍し、最後に、軸受形成用板材を機械加工して半円筒状又は円筒状の軸受に形成する。この製造工程において、鋳造後のAl基軸受合金の圧延から軸受形成用板材の焼鈍のプロセスを経て粒径が0.5μm未満の微細な金属間化合物を析出させることができる。
尚、この明細書でいう粒径とは、電子顕微鏡で解析して得られた金属間化合物の結晶1個当たりの最大長さのことである。
【0018】
本発明の請求項2のすべり軸受は、Al基中間層の硬さがAl基軸受合金層の硬さに対して70%以上90%以下であることを特徴としている。
【0019】
上述の特徴を有しながらAl基中間層の硬さを、Al基軸受合金層の硬さに対して70%以上にすることにより、Al基軸受合金層を介して受ける高荷重にもより安定して耐えることができ、又、すべり軸受の幅方向の端部からはみ出ることも無くなり、すべり軸受全体の耐疲労性を向上させることができる。又、Al基中間層の硬さを、Al基軸受合金層の硬さに対して90%以下にすることにより、Al基中間層を、Al基軸受合金層に加わる荷重が変化した時のクッションとして機能させることができ、Al基軸受合金層のなじみ性をより良好にすることができる。
【0020】
本発明の請求項3のすべり軸受は、Al基中間層及びAl基軸受合金層にFeを含み、Al基中間層に含まれるFeの成分量が、0.5質量%以上1.5質量%以下であり、且つ、Al基軸受合金層に含まれるFeの成分量の2倍を超えていることを特徴としている。
【0021】
Al基中間層及びAl基軸受合金層にFeを適切量含ませることにより、Al基中間層及びAl基軸受合金層の耐熱性が向上する。従って、すべり軸受の実使用時の高温環境下においても強度を維持することができる。又、Al基中間層及びAl基軸受合金層にFeを適切量含ませると、Al基中間層及びAl基軸受合金層は加工硬化し難くなる。そのため、Al基軸受合金層のなじみ性が向上し、Al基中間層及びAl基軸受合金層への金属疲労の蓄積を抑制させることができる。
【0022】
Al基中間層に含まれるFeの成分量を0.5質量%以上にすることにより、耐熱性及び耐疲労性をより向上させることができる。Al基中間層に含まれるFeの成分量を1.5質量%以下にすることにより、Al基中間層の硬さをビッカース硬さで75以下にし易くなり、なじみ性はより良好になる。
ここで、Al基軸受合金層の表面において相手材とAl基軸受合金層との摺動で発生する摺動熱は、Al基軸受合金層の表面から裏金層方向へ伝熱する。そのため、Al基中間層の硬さがAl基軸受合金層の硬さに対して70%以上90%以下にしたすべり軸受においては、摺動熱でAl基中間層が高温状態になると、特にAl基中間層の強度が不足することがある。そのため、本発明では、Al基中間層に含まれるFeの成分量をAl基軸受合金層に含まれるFeの成分量の2倍を超えるようにしている。これにより、Al基中間層は高温でも軟化し難くなり、Al基中間層の強度を維持することができる。
【0023】
本発明の請求項4のすべり軸受は、Al基軸受合金層に、粒径が0.5μmを超えているSi粒子を含むことを特徴としている。
【0024】
Al基軸受合金層に、粒径が0.5μmを超えているSi粒子を含ませることにより、Si粒子が相手軸に対してラッピング作用を発揮することを期待できる。これにより、すべり軸受の非焼付性が良好になる。又、Siは、金属間化合物を形成することもできるが、一般に、マトリクスに固溶し、或いは、硬いSi粒子として晶出する。従って、Al基軸受合金層にSiを含ませることにより、Al基軸受合金層の強度は高くなる。これにより、すべり軸受の耐疲労性は向上する。
【0025】
本発明の請求項5のすべり軸受は、Al基軸受合金層が、3〜20質量%のSnと、1.5〜8質量%のSiと、Cu,Zn,Mgの内から少なくとも1種類以上を選択して成る金属元素であって、その総量が0.1〜7質量%である金属元素と、Alとの金属間化合物を形成する元素X1,X2,・・・,Xn(nは自然数)と、残りが不可避的に含まれる不純物を含むAlとから成り、元素X1はMn,Cr,Ni,V,Zr,Siの内から選択して成り、Mn,Cr,Ni,V,Zrの内から選択する場合はその総量が0.01〜2質量%であり、元素X2はV,Ti,Zr,Mo,Fe,Co,W,Mn,Siの内の元素X1と異なる元素から選択して成り、V,Ti,Zr,Mo,Fe,Co,W,Mnの内から選択する場合はその総量が0.01〜2質量%であることを特徴としている。上記量は、Al基軸受合金層における質量%である。
【0026】
Al基軸受合金層にSnを3質量%以上含ませることにより、すべり軸受としてのなじみ性、非焼付性、異物埋収性等を良好にすることができ、Snの含有量を20質量%以下にすることにより、耐疲労性を良好にすることができる。
Al基軸受合金層にSiを1.5質量%以上含ませることにより、上記のSiの性能を十分に発揮することができ、Siの含有量を8質量%以下にすることにより、耐疲労性を良好にすることができる。上記のSi粒子としての効果をより効率的に発揮させるには、2質量%超えが好ましい。
【0027】
Cu,Zn,Mgの元素は、マトリクスに固溶する。これにより、マトリクス強度を高めることができる。又、Cu,Zn,Mgの内から少なくとも1種類以上を選択して成る元素の総量を0.1質量%にすることにより、上記作用を十分に発揮させることができ、総量を7質量%以下にすることにより、なじみ性を良好にすることができる。
【0028】
元素X1がMn,Cr,Ni,V,Zr,Siの内から選択して成り、元素X2がV,Ti,Zr,Mo,Fe,Co,W,Mn,Siの内の元素X1と異なる元素から選択して成る場合、元素X1及び元素X2は、Alと結合して、3元系(又はそれ以上の多元系)の金属間化合物を1種類以上生成する。Mn,Cr,Ni,V,Zrの内から選択する場合の元素X1及びV,Ti,Zr,Mo,Fe,Co,W,Mnの内から選択する場合の元素X2のそれぞれの総量を0.01質量%以上にすることにより、上述した金属間化合物の生成を多くすることができ、2質量%以下にすることにより、耐疲労性を良好にすることができる。焼鈍温度や焼鈍時間等を調整して、Siが元素X1等として金属間化合物を形成する量と固溶する量とSi粒子として晶出する量とを制御する。