特許第5797633号(P5797633)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5797633アーク溶接装置、定電圧特性溶接電源及びアーク溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5797633
(24)【登録日】2015年8月28日
(45)【発行日】2015年10月21日
(54)【発明の名称】アーク溶接装置、定電圧特性溶接電源及びアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/095 20060101AFI20151001BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20151001BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20151001BHJP
   B23K 9/02 20060101ALI20151001BHJP
   B23K 9/038 20060101ALI20151001BHJP
   B23K 9/022 20060101ALI20151001BHJP
   B23K 37/06 20060101ALI20151001BHJP
【FI】
   B23K9/095 501E
   B23K9/12 350E
   B23K9/173 B
   B23K9/02 F
   B23K9/038 Z
   B23K9/022 B
   B23K37/06 P
【請求項の数】10
【全頁数】32
(21)【出願番号】特願2012-239986(P2012-239986)
(22)【出願日】2012年10月31日
(65)【公開番号】特開2014-87832(P2014-87832A)
(43)【公開日】2014年5月15日
【審査請求日】2014年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100104880
【弁理士】
【氏名又は名称】古部 次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100125346
【弁理士】
【氏名又は名称】尾形 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100166981
【弁理士】
【氏名又は名称】砂田 岳彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 励一
(72)【発明者】
【氏名】山崎 圭
【審査官】 水野 治彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭59−130689(JP,A)
【文献】 特開平09−262672(JP,A)
【文献】 特開平10−109165(JP,A)
【文献】 特開昭58−141855(JP,A)
【文献】 特開昭57−022875(JP,A)
【文献】 特開昭52−119450(JP,A)
【文献】 特開平10−118771(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/095
B23K 9/02
B23K 9/022
B23K 9/038
B23K 9/12
B23K 9/173
B23K 37/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら溶接開先面を1パス施工で充填させる立向上進溶接を行うアーク溶接装置であって、
前記被溶接鋼板の開先内で溶接ワイヤから前記アークを略鉛直下方向に発生させて前記溶融池を形成することによりアーク溶接を行う溶接手段と、
前記溶接手段を、前記被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させる上昇手段と、
前記溶接ワイヤに電流を給電して前記アークを発生させる溶接電源と、
前記溶接電源から出力される出力電流をモニターし、当該出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、前記溶接手段の上昇速度が低くなるように前記上昇手段を制御し、当該出力電流の値が前記設定電流値よりも大きい場合に、前記溶接手段の上昇速度が高くなるように前記上昇手段を制御する速度制御手段と、
前記速度制御手段により前記上昇手段が制御された結果、前記溶融池の表面と前記溶接ワイヤとの間の距離が安定的に保たれた状態で、溶接時に前記溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、当該出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、当該回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、当該出力電圧の値が高くなるように当該溶接電源を制御し、当該回数又は時間に関する情報が前記設定基準を下回っている場合に、当該出力電圧の値が低くなるように当該溶接電源を制御する電圧制御手段と
を備えたことを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項2】
前記判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報は、当該判定電圧を下回った単位時間当たりの回数であり、
前記設定基準は、単位時間当たりの回数として予め設定された設定回数であることを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
前記判定電圧が15Vである場合に、前記設定回数は3回/sec以上60回/sec以下の何れかの回数であることを特徴とする請求項2に記載のアーク溶接装置。
【請求項4】
前記判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報は、予め定められた回数分の当該判定電圧を下回り続けている時間に基づいて求められた時間であり、
前記設定基準は、予め設定された設定時間であることを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項5】
前記判定電圧が15Vである場合に、前記設定時間は0.1msec以上1.0msec以下の何れかの時間であることを特徴とする請求項4に記載のアーク溶接装置。
【請求項6】
前記速度制御手段は、前記溶接手段の上昇速度が180mm/min以下に抑制されるように前記上昇手段を制御することを特徴とする請求項3又は請求項5に記載のアーク溶接装置。
【請求項7】
被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら溶接開先面を1パス施工で充填させる立向上進溶接を行うアーク溶接装置であって、
前記被溶接鋼板の開先の裏側に設けられたルートギャップに設置された裏当て材と、
前記被溶接鋼板の開先の表側に配置され、当該開先内に溶接ワイヤを供給する溶接トーチ、当該溶接トーチを当該開先幅方向へ揺動させるウィービング機構、及び、前記被溶接鋼板の表面を相対的に略鉛直上方向に摺動する摺動銅板を含み、当該開先内で当該溶接ワイヤから前記アークを略鉛直下方向に発生させて前記溶融池を形成することによりアーク溶接を行う溶接手段と、
前記溶接手段を、前記被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させる上昇手段と、
前記溶接ワイヤに電流を給電して前記アークを発生させる溶接電源と、
前記溶接電源から出力される出力電流をモニターし、当該出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、前記溶接手段の上昇速度が低くなるように前記上昇手段を制御し、当該出力電流の値が前記設定電流値よりも大きい場合に、前記溶接手段の上昇速度が高くなるように前記上昇手段を制御する速度制御手段と、
前記速度制御手段により前記上昇手段が制御された結果、前記溶融池の表面と前記溶接ワイヤとの間の距離が安定的に保たれた状態で、溶接時に前記溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、当該出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、当該回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、当該出力電圧の値が高くなるように当該溶接電源を制御し、当該回数又は時間に関する情報が前記設定基準を下回っている場合に、当該出力電圧の値が低くなるように当該溶接電源を制御する電圧制御手段と
を備えたことを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項8】
被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら溶接開先面を1パス施工で充填させる立向上進溶接を行うアーク溶接装置であって、
前記被溶接鋼板の開先内で複数の溶接ワイヤの各々からアークを略鉛直下方向に発生させて1つの前記溶融池を形成することによりアーク溶接を行う溶接手段と、
前記溶接手段を、当該被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させる上昇手段と、
前記複数の溶接ワイヤの各々に電流を給電して前記アークを発生させる複数の溶接電源と、
前記複数の溶接電源のうちの1つの溶接電源から出力される出力電流をモニターし、当該出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、前記溶接手段の上昇速度が低くなるように前記上昇手段を制御し、当該出力電流の値が前記設定電流値よりも大きい場合に、前記溶接手段の上昇速度が高くなるように前記上昇手段を制御する速度制御手段と、
前記速度制御手段により前記上昇手段が制御された結果、前記溶融池の表面と前記溶接ワイヤとの間の距離が安定的に保たれた状態で、溶接時に前記複数の溶接電源の各溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、当該出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、当該回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、当該出力電圧の値が高くなるように当該各溶接電源を制御し、当該回数又は時間に関する情報が前記設定基準を下回っている場合に、当該出力電圧の値が低くなるように当該各溶接電源を制御する複数の電圧制御手段と
を備えたことを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項9】
被溶接鋼板の開先内で溶接ワイヤからアークを略鉛直下方向に発生させて溶融池を形成することにより溶接を行う溶接機を、当該被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させることにより、溶接開先面を1パス施工で充填させる立向上進溶接を行うアーク溶接装置において用いられる定電圧特性溶接電源であって、
前記溶接ワイヤに電流を給電して前記アークを発生させる電源手段と、
前記電源手段から出力される出力電流をモニターし、当該出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、前記溶接機の上昇速度が低くなるように制御し、当該出力電流の値が前記設定電流値よりも大きい場合に、前記溶接機の上昇速度が高くなるように制御する速度制御手段と、
前記速度制御手段により前記上昇速度が制御された結果、前記溶融池の表面と前記溶接ワイヤとの間の距離が安定的に保たれた状態で、溶接時に前記電源手段から出力される出力電圧をモニターし、当該出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、当該回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、当該出力電圧の値が高くなるように制御し、当該回数又は時間に関する情報が前記設定基準を下回っている場合に、当該出力電圧の値が低くなるように制御する電圧制御手段と
を備えたことを特徴とする定電圧特性溶接電源。
【請求項10】
被溶接鋼板の開先内で溶接ワイヤからアークを略鉛直下方向に発生させて溶融池を形成することにより溶接を行う溶接機を、当該被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させることにより、溶接開先面を1パス施工で充填させる立向上進溶接を行うアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤに電流を給電して前記アークを発生させる溶接電源から出力される出力電流をモニターし、当該出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、前記溶接機の上昇速度が低くなるように制御し、当該出力電流の値が前記設定電流値よりも大きい場合に、前記溶接機の上昇速度が高くなるように制御するステップと、
前記上昇速度を制御するステップでの制御の結果、前記溶融池の表面と前記溶接ワイヤとの間の距離が安定的に保たれた状態で、溶接時に前記溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、当該出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、当該回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、当該出力電圧の値が高くなるように制御し、当該回数又は時間に関する情報が前記設定基準を下回っている場合に、当該出力電圧の値が低くなるように制御するステップと
を含むことを特徴とするアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接装置、定電圧特性溶接電源及びアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
立向上進溶接に特化し、溶接開先面を1パス施工で充填させることで高能率が得られるアーク溶接法は、装置込みでエレクトロガスアーク溶接法とも呼ばれ、既に多く実用化されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
本装置の基本的なメカニズムは、溶接トーチ、ワイヤ送給モータ、ガス供給口及び冷却管を有する摺動銅板、上昇モータ等を備えた専用装置(溶接機)を、鋼板上に開先長手方向に沿って這わせたレールに取付け、開先内を溶接しながら、溶融池面の上昇に合わせて溶接機自体を上昇させる、というものである。
【0003】
このような溶接法に関し、溶融池面の上昇と専用装置の上昇とをリンクさせる手法は幾つか考案されている。
第1の手法として、リンク機構が存在しないものがある。つまり、完全手動型であり、常時溶融池面を観察しながら、上昇モータの速度を人手で調整する。装置としては最もシンプルであるが、常時観察が必要であり、数mから数十mもの溶接長を施工するには、労働負荷が非常に高く、得られる溶接品質も不安定である。
【0004】
そこで、労働負荷が小さくなり、溶接品質が安定するように、自動上昇機構が考案されている。
即ち、第2の手法は、溶融池面の上昇に伴ってアーク光強度が変化する機構を利用し、光センサを装置に取り付け、上昇速度とリンクさせ、制御する手法である。
しかしながら、アークは常時安定しているわけではないので光強度も影響を受け、また同時に発生するヒューム(煙)もまた光を不規則に遮るため、この手法も安定とは言えない。
【0005】
そこで、第3の手法として、電流値を利用した上昇速度へのフィードバックを行う手法が考えられる。この手法は、現在最も多く普及している手法である。
この手法では、溶接電源として、定電圧特性溶接電源を用い、この定電圧特性溶接電源は、ワイヤ送給速度が決まると、それを溶融するに足る電流を出力させる特性を有する。溶接ワイヤは、電流及びアーク間電位差(アーク電圧)の積に比例するアーク熱と、溶接ワイヤ自身の電気抵抗率、通電間距離、及び電流の2乗の積に比例する抵抗発熱との合算エネルギーによって溶融し、結果的に電流と通電間距離とがバランスする。ここで、溶融池面が上昇すると通電間距離が短くなり、抵抗発熱が減少するので、溶接電源は溶融エネルギー不足を補うべく電流出力を上昇させようとする。そこで、この電流出力の上昇変化を即座に読み取り、溶接機の上昇速度を高めれば、通電間距離は再び長くなり抵抗発熱が増大して、溶融エネルギーが過剰となるため、電流出力は下げられ、上昇速度は再び抑制される。これを常時繰り返せば、溶融池面の上昇と溶接機の上昇とはリンクし、監視は不要となる。
即ち、従来は電流と上昇速度とのフィードバック制御のみが実用化されており、溶接品質に強い影響を与える大きな因子であるアーク長については、定電圧電源による自己制御特性以外には何ら制御はされていなかった。尚、この定電圧電源による自己制御特性とは、適切、不適切にかかわらず、設定されたアーク長を維持する機能と言うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭59−130689号公報
【特許文献2】特許第3596723号公報
【特許文献3】特開2004−167600号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、溶接パラメータである電圧は、アーク長とほぼ等価だと考えてよいが、長尺の立向上進溶接においては、アーク長及び電圧について下向溶接又は水平溶接よりも厳格に考えなければならない。その理由は、アーク力方向と溶込み方向との違いにある。
【0008】
図11は、溶接姿勢ごとの溶接進行方向、アーク力方向及び溶込み方向を示した模式図である。(a)は下向溶接について、(b)は立向上進溶接についてそれぞれ示し、白抜き矢印は溶接進行方向を、点線の矢印はアーク力方向を、太い実線の矢印は溶込み方向をそれぞれ示す。
【0009】
(a)に示すように、下向溶接では、アーク力方向と開先の溶込み方向とが平行である。従って、本質的に深い溶込みが得られ易く、溶込み不良が発生し難い。アーク長がアークの集中性を左右し、溶込みに影響を及ぼすことは既知であるが、次の立向上進溶接に比べればその影響度は小さい。
【0010】
一方、(b)に示すように、立向上進溶接では、アーク力方向と開先幅方向の溶込み方向とが直交している。即ち、アーク力は直接的には溶込みに影響を及ぼさない。立向上進溶接の場合は、アーク直下の溶融池内で発生する対流によって幅方向の溶込みが得られる。従って、対流の強さが溶込みを支配し、入熱エネルギーの割には溶込みが浅い。しかも溶融池内対流はアーク力の分布の影響を敏感に受ける特性があり、微少なアーク長のバラツキが溶込み不良をもたらす。つまり、立向上進溶接ではアーク長の適切な管理が溶接品質確保のために非常に重要なのである。
【0011】
尚、(a)の下向溶接ではアーク長が短い方が一般的に深く溶込むのに対し、(b)の立向溶接ではアーク長が長い方が深く溶込む。これは上述のメカニズムの違いによる正反対の特性である。
【0012】
しかしながら、上述したように、従来はアーク長及び電圧については何ら制御されてこなかった。一般的にはアーク長は電圧と等価と理解されていることから、ある電流に対する電圧値を模範条件として管理することが多いが、ここで問題になるのが、電圧の絶対値の信頼性である。
図12は、電源出力電圧、アーク電圧及びケーブル消費電圧の関係を示した図である。
図示するように、溶接電源が出力する電源出力電圧Vpowerは、アーク間電位差であるアーク電圧Varcだけでなく、溶接電源と溶接トーチ及び溶接電源と母材を結ぶ2次側ケーブル又は結線箇所で消費するケーブル消費電圧ΣVcableを含んでいる(Vpower=Varc+ΣVcable)。
【0013】
即ち、2次側ケーブル又は結線箇所では、電圧損失(ΣVcable)により、電力の一部が熱損出となっている。この電圧損失は、2次側ケーブルが短い場合は無視できる程度であるが、本発明が対象とする造船、橋脚、タンク等は長尺の溶接であり、溶接電源を地面に置いたまま数十mに及ぶ長いケーブルを搭載して溶接機を上昇させるので、無視できない値となる。
例えば、37Vを良好な溶接条件となる電源出力電圧Vpowerとして定めても、2次側ケーブルの長さによってアーク電圧Varcは変動する。(a)のように2次側ケーブルが長くて電圧消費が多い場合、差分であるアーク電圧Varcは小さくなり、溶融池内対流が弱くなって溶込みは減少する。一方、(b)のように2次側ケーブルが短くて電圧消費が少ない場合、差分であるアーク電圧Varcは大きくなり、溶融池内対流が強くなって溶込みは増加する。このように溶込みは管理されているとは言えないのである。更に、アーク電圧が高くて溶込みが確保される場合でも、過剰になると、アーク内での酸化反応が著しくなったり、不可避的に巻込まれる大気の侵入によって溶接金属の成分が不適切になったりし、溶接金属の機械的性質が劣化することに繋がる。
【0014】
また、そもそも2次側ケーブルの長さの影響を考慮しなくとも、下向溶接ではアークが開先面に当たっていればほぼ溶込み不良は防げていると考えられ、溶接中に作業者が調整することが可能であるが、立向溶接の場合は、アークが開先面に当たることはないため、適正な溶込みが得られているかを作業者が判断することが難しい。つまり、最初から不適切な電流条件又は電圧条件になっていても、それを汲み取ることができないのである。結局、最悪の場合、全線に渡って溶込み不良や溶接金属の性能不良が起きる場合もある。
【0015】
以上のように、従来は立向溶接装置において上昇速度の制御のみが実用化されており、言い換えれば、溶接部の形状面だけが管理されているだけであり、もう1つの重要な溶接条件であるアーク長及び電圧の適正化については何ら制御されていなかった。従って、溶込みや溶接金属の機械的性質の品質安定性については無管理に等しく、作業者の経験的な勘に頼っていたことから、更なる自動化、無監視化、品質安定化を目的として装置面からの改善が望まれていた。
【0016】
尚、特許文献1の技術では、溶融池面上昇に伴うアーク長及びその定量値である電圧の変化を読み取り、それを上昇モータの制御に用いているが、これは上述の電流変化と上昇モータとの間のフィードバック制御と何ら変わらなく、アーク長の絶対値が適切かどうかを制御するものではない。
また、特許文献2、3の技術も同様に、アーク長の絶対値が適切かどうかを制御するための手法を何ら提示するものではない。
【0017】
本発明の目的は、被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら上進溶接を行う際に、アーク長が常時一定に保たれる可能性を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
かかる目的のもと、本発明は、被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら上進溶接を行うアーク溶接装置であって、被溶接鋼板の開先内で溶接ワイヤからアークを略鉛直下方向に発生させて溶融池を形成することによりアーク溶接を行う溶接手段と、溶接手段を、被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させる上昇手段と、溶接ワイヤに電流を給電してアークを発生させる溶接電源と、溶接電源から出力される出力電流をモニターし、出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、溶接手段の上昇速度が低くなるように上昇手段を制御し、出力電流の値が設定電流値よりも大きい場合に、溶接手段の上昇速度が高くなるように上昇手段を制御する速度制御手段と、溶接時に溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、出力電圧の値が高くなるように溶接電源を制御し、回数又は時間に関する情報が設定基準を下回っている場合に、出力電圧の値が低くなるように溶接電源を制御する電圧制御手段とを備えたアーク溶接装置を提供する。
【0019】
ここで、判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報は、判定電圧を下回った単位時間当たりの回数であり、設定基準は、単位時間当たりの回数として予め設定された設定回数であってよい。そして、判定電圧が15Vである場合に、設定回数は3回/sec以上60回/sec以下の何れかの回数であってよい。
また、判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報は、予め定められた回数分の判定電圧を下回り続けている時間に基づいて求められた時間であり、設定基準は、予め設定された設定時間であってよい。そして、判定電圧が15Vである場合に、設定時間は0.1msec以上1.0msec以下の何れかの時間であってよい。
更に、速度制御手段は、溶接手段の上昇速度が180mm/min以下に抑制されるように上昇手段を制御するものであってよい。
【0020】
また、本発明は、被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら上進溶接を行うアーク溶接装置であって、被溶接鋼板の開先の裏側に設けられたルートギャップに設置された裏当て材と、被溶接鋼板の開先の表側に配置され、開先内に溶接ワイヤを供給する溶接トーチ、溶接トーチを開先幅方向へ揺動させるウィービング機構、及び、被溶接鋼板の表面を相対的に略鉛直上方向に摺動する摺動銅板を含み、開先内で溶接ワイヤからアークを略鉛直下方向に発生させて溶融池を形成することによりアーク溶接を行う溶接手段と、溶接手段を、被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させる上昇手段と、溶接ワイヤに電流を給電してアークを発生させる溶接電源と、溶接電源から出力される出力電流をモニターし、出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、溶接手段の上昇速度が低くなるように上昇手段を制御し、出力電流の値が設定電流値よりも大きい場合に、溶接手段の上昇速度が高くなるように上昇手段を制御する速度制御手段と、溶接時に溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、出力電圧の値が高くなるように溶接電源を制御し、回数又は時間に関する情報が設定基準を下回っている場合に、出力電圧の値が低くなるように溶接電源を制御する電圧制御手段とを備えたアーク溶接装置も提供する。
【0021】
更に、本発明は、被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら上進溶接を行うアーク溶接装置であって、被溶接鋼板の開先内で複数の溶接ワイヤの各々からアークを略鉛直下方向に発生させて1つの溶融池を形成することによりアーク溶接を行う溶接手段と、溶接手段を、被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させる上昇手段と、複数の溶接ワイヤの各々に電流を給電してアークを発生させる複数の溶接電源と、複数の溶接電源のうちの1つの溶接電源から出力される出力電流をモニターし、出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、溶接手段の上昇速度が低くなるように上昇手段を制御し、出力電流の値が設定電流値よりも大きい場合に、溶接手段の上昇速度が高くなるように上昇手段を制御する速度制御手段と、溶接時に複数の溶接電源の各溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、出力電圧の値が高くなるように各溶接電源を制御し、回数又は時間に関する情報が設定基準を下回っている場合に、出力電圧の値が低くなるように各溶接電源を制御する複数の電圧制御手段とを備えたアーク溶接装置も提供する。
【0022】
更にまた、本発明は、被溶接鋼板の開先内で溶接ワイヤからアークを略鉛直下方向に発生させて溶融池を形成することにより溶接を行う溶接機を、被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させることにより、上進溶接を行うアーク溶接装置において用いられる定電圧特性溶接電源であって、溶接ワイヤに電流を給電してアークを発生させる電源手段と、電源手段から出力される出力電流をモニターし、出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、溶接機の上昇速度が低くなるように制御し、出力電流の値が設定電流値よりも大きい場合に、溶接機の上昇速度が高くなるように制御する速度制御手段と、溶接時に電源手段から出力される出力電圧をモニターし、出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、出力電圧の値が高くなるように制御し、回数又は時間に関する情報が設定基準を下回っている場合に、出力電圧の値が低くなるように制御する電圧制御手段とを備えた定電圧特性溶接電源も提供する。
【0023】
一方、本発明は、被溶接鋼板の開先内で溶接ワイヤからアークを略鉛直下方向に発生させて溶融池を形成することにより溶接を行う溶接機を、被溶接鋼板に対して相対的に略鉛直上方向に上昇させることにより、上進溶接を行うアーク溶接方法であって、溶接ワイヤに電流を給電してアークを発生させる溶接電源から出力される出力電流をモニターし、出力電流の値が予め設定された設定電流値よりも小さい場合に、溶接機の上昇速度が低くなるように制御し、出力電流の値が設定電流値よりも大きい場合に、溶接機の上昇速度が高くなるように制御するステップと、溶接時に溶接電源から出力される出力電圧をモニターし、出力電圧の値が予め判定基準として定められた判定電圧を下回った回数又は時間に関する情報を把握し、回数又は時間に関する情報が予め設定された設定基準を上回っている場合に、出力電圧の値が高くなるように制御し、回数又は時間に関する情報が設定基準を下回っている場合に、出力電圧の値が低くなるように制御するステップとを含むアーク溶接方法も提供する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、被溶接鋼板の開先内でアークを発生させて溶融池を形成しながら上進溶接を行う際に、アーク長が常時一定に保たれる可能性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】短絡回数をアーク長制御パラメータとして用いる場合について示した図である。
図2】短絡時間をアーク長制御パラメータとして用いる場合について示した図である。
図3】第1の実施の形態における溶接装置の概略構成図である。
図4】第1の実施の形態の溶接装置に対応する比較例としての従来の溶接装置の概略構成図である。
図5】第2の実施の形態における溶接装置の概略構成図である。
図6】第2の実施の形態の溶接装置に対応する比較例としての従来の溶接装置の概略構成図である。
図7】第1の実施の形態における速度調整回路の動作例を示したフローチャートである。
図8】第1の実施の形態における電圧調整回路の第1の動作例を示したフローチャートである。
図9】第1の実施の形態における電圧調整回路の第2の動作例を示したフローチャートである。
図10-1】本発明を適用可能な溶接の例を示した図である。
図10-2】本発明を適用可能な溶接の例を示した図である。
図11】溶接姿勢ごとの溶接進行方向、アーク力方向及び溶込み方向を示した模式図である。
図12】電源出力電圧、アーク電圧及びケーブル消費電圧の関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本実施の形態の目標は、如何なる場合でも最適なアーク長(アーク電圧)が常時一定に保たれるように制御することにある。この目標を達成するために、発明者らはまず適正溶接条件に関する研究を進め、立向上進溶接において、溶込みの確保と良好な溶接金属性能が得られるアーク長条件では、適当間隔で短絡現象が起こることに気付いた。短絡とは、アークが瞬間的に消失して、溶接ワイヤの先端が溶融池面と接触する現象である。
一定時間あたりの短絡回数が多い場合は、アーク長が短いことになるので、溶込み不良が生じた。一方、短絡回数が少ない場合は、アーク長が長いことになるので、溶接金属性能の劣化が生じた。
また、発明者らは、短絡回数ではなく、短絡が起きている時間(短絡時間)を測定して制御すれば、より高精度にアーク長を適正値に保てることも見出した。
この現象を利用し、溶接装置において、電圧をサンプリング、解析、判定し、溶接電源に出力電圧指令を発生する仕組みを発明するに至った。
【0027】
さて、実際の制御であるが、短絡は極めて短い時間の現象であり、アーク消失した電圧ゼロ近傍のタイミングを観測することが技術的に難しいため、電圧がある閾値を下回った時に短絡が発生したとして解析する。本実施の形態では、この閾値を判定電圧Vshortと定義するが、2次側ケーブルの長さ、溶接条件、溶接材料、シールドガス等に応じて、最もアーク長制御が安定する適正値とすればよい。但し、一般的には10〜18Vの間に設定すれば問題なく、ここではVshort=15Vとしている。
【0028】
図1は、短絡回数をアーク長制御パラメータとして用いる場合について示した図である。
この場合は、図示するように、Vshortを下回ってから再び超えるまでを短絡を1回としてカウントし、一定時間Tsあたりに発生した短絡回数をTsで除算することによってNshort[回/sec]を求める。尚、Tsを具体的に如何なる値に設定するかは、制御が最も有効となる値を見出すべく自由である。Tsの値としては、0.1〜1sec程度が有効であるが、0.5sec程度で問題ない。但し、過度にTsが小さければ、Nshortのばらつきが大きくなり、制御が不安定となり易い。一方、過度にTsが大きければ、制御の応答速度が遅くなり、急激なアーク長変動が起きた場合に、即座に対応できずやはり不安定となる。
図1において、Tsが0.5secならば、Nshortは8回/secとなる。算出されたNshortを設定回数Nsetと比較してそれに応じた電圧出力指令を発し、これをルーチンとして連続的に行うことでアーク長は常に適正に保たれる。
【0029】
図2は、短絡時間をアーク長制御パラメータとして用いる場合について示した図である。
この場合は、図示するように、Vshortを下回ってから再び超えるまでの時間をTshort1、Tshort2、…として計測し、適当回数分の平均値を算出し、平均短絡時間AveTshortとして比較に供する。具体的には、Tshort1、Tshort2、…の合計値ΣTshortを短絡回数で除算することによってAveTshortを求める。尚、平均値の算出に用いる短絡回数は制御が最も有効となる値を見出すべく自由である。この短絡回数の値としては、3〜20回程度が有効であるが、5回程度で問題ない。但し、平均値の算出に用いる短絡回数が過度に少なければ、AveTshortのばらつきが大きくなり、制御が不安定となり易い。一方、平均値の算出に用いる短絡回数が過度に多ければ、制御の応答速度が遅くなり、急激なアーク長変動が起きた場合に、即座に対応できずやはり不安定となる。
図2において、算出されたAveTshortを設定時間Tsetと比較してそれに応じた電圧出力指令を発し、これをルーチンとして連続的に行うことでアーク長は常に適正に保たれる。
【0030】
次に、このような制御の実現方法について、詳細に説明する。尚、エレクトロガスアーク溶接法には、代表的なものとして、1電極型と2電極型とがあるので、ここでは、前者を第1の実施の形態とし、後者を第2の実施の形態として説明する。
【0031】
まず、第1の実施の形態における制御の実現方法について述べる。
図3は、第1の実施の形態における溶接装置1の概略構成図である。
図示するように、第1の実施の形態における溶接装置1は、電極からアークを発生させて溶接するエレクトロガスアーク溶接用の溶接ロボット10と、溶接ロボット10に関する操作及び情報表示を行うための操作表示ボックス20とを備えている。また、溶接装置1は、溶接のための電力を供給する溶接電源30と、溶接電源30から出力される電流を流す2次側ケーブル40とを備えている。更に、溶接装置1は、2次側ケーブル40を流れる電流に基づいて溶接ロボット10における溶接機の上昇速度を調整する速度調整回路50と、溶接電源30から出力される電圧に基づいて溶接電源30による出力電圧を調整する電圧調整回路60とを備えている。
【0032】
溶接ロボット10は、1対の鋼板からなる母材Bの鉛直又はそれに近い方向に延びる開先Gに溶融池Pを形成するための溶接トーチ11と、電極として機能する溶接ワイヤを溶接トーチ11に送給するワイヤ送給モータ12と、開先Gの裏側に装着された裏当て材13と、開先Gの表側に装着された摺動銅板14とを備えている。また、溶接ロボット10は、溶融池Pの表面の上昇により溶接トーチ11とワイヤ送給モータ12と摺動銅板14とからなる溶接機にリンクして上昇するキャリッジ15と、指示された速度でキャリッジ15を上昇させる上昇モータ16と、キャリッジ15の上昇をガイドするレール17とを備えている。
【0033】
溶接トーチ11は、溶接ワイヤを有し、この溶接ワイヤは溶接電源30から電圧が印加されることでアークを発生させる。また、溶接トーチ11は、図示しないウィービングモータにより、矢印Wで示す方向にウィービング可能になっている。
ワイヤ送給モータ12は、溶接ワイヤが巻かれた図示しないワイヤリールから溶接ワイヤを開先Gへ送るために溶接トーチ11に送給する。その際、ワイヤ送給モータ12が溶接ワイヤを送給する速度Fは、後述する設定電流値Isetを換算することによって決められる。
裏当て材13は、開先Gの裏のルートギャップ部分に装着される部材であり、その材質は金属であっても非金属であってもよい。或いは、裏当て材13は設けずに、母材Bが接触するように突き合わせてもよい。
摺動銅板14は、開先Gの長手方向に沿って開先Gに対して相対的に摺動可能な銅板である。この摺動銅板14にはガス供給口141が設けられており、ガス供給口141から供給されたシールドガスがアークを覆うことによって溶接雰囲気内に空気が侵入することを防止する。また、この摺動銅板14には冷却管142も設けられており、冷却管142から流通された水が摺動銅板14を介して溶融池Pを冷却し溶接金属Mとすることを可能にしている。
キャリッジ15は、レール17にガイドされて開先Gの長手方向に上昇する。これにより、溶接トーチ11、ワイヤ送給モータ12、摺動銅板14も開先Gの長手方向(図中白抜き矢印Uの方向)に上昇する。
上昇モータ16は、速度調整回路50からの指令に基づく速度でキャリッジ15を上昇させる。
レール17は、母材B上に開先Gの長手方向に沿って這わせられた鋼材である。
【0034】
操作表示ボックス20は、溶接ロボット10に作業させる際に、例えば溶接条件を指令するために用いられる装置である。ここで、溶接条件には、まず、設定電流値Iset及び判定電圧Vshortが含まれる。また、一定時間内の短絡回数の閾値である設定回数Nset又は平均短絡時間の閾値である設定時間Tsetも含まれる。尚、操作表示ボックス20は、図示しないが、液晶等により構成された表示画面と、入力ボタンとを備えている。或いは、操作表示ボックス20は、例えば、低圧の電界を形成したパネルの表面電荷の変化を検知することで指が触れた位置を電気的に検出する静電容量方式や、互いに離間する電極の指が触れた位置が非通電状態から通電状態に変化することによりその位置を電気的に検出する抵抗膜方式等の周知のタッチパネルであってもよい。
【0035】
溶接電源30は、定電圧特性溶接電源であり、ワイヤ送給モータ12が溶接ワイヤを送給する速度Fが決まると、溶接ワイヤを溶融するに足る電流を出力する。
【0036】
2次側ケーブル40は、溶接電源30と、溶接トーチ11が有する溶接ワイヤ又は母材Bとをつなぐケーブルである。2次側ケーブル40は、溶接電源30のプラス側と溶接ワイヤとを接続し、溶接電源30のマイナス側と母材Bとを接続する。
【0037】
速度調整回路50は、2次側ケーブル40を流れる電流をサンプリングする電流サンプリング回路51と、電流サンプリング回路51によりサンプリングされた電流を判定して上昇モータ16に上昇速度指令を発する判定回路52とを備えている。
電流サンプリング回路51は、溶接電源30から出力され2次側ケーブル40を流れている電流Ipowerをモニターする。
判定回路52は、電流Ipowerが設定電流値Iset未満であればキャリッジ15の上昇速度Supを低下させる指令を発し、電流Ipowerが設定電流値Isetと同じであればキャリッジ15の上昇速度Supを維持する指令を発し、電流Ipowerが設定電流値Isetより高ければキャリッジ15の上昇速度Supを高める指令を発する。
【0038】
電圧調整回路60は、溶接電源30から出力される電圧をサンプリングする電圧サンプリング回路61と、電圧サンプリング回路61によりサンプリングされた電圧の波形を解析してその解析結果を出力する波形解析回路62と、波形解析回路62による解析結果に応じて溶接電源30に出力電圧指令を発する判定回路63とを備えている。
電圧サンプリング回路61は、溶接時に溶接電源30から出力される電圧Vpowerをモニターする。
波形解析回路62は、電圧Vpowerが所定の判定電圧Vshortを下回った単位時間当たりの回数Nshort[回/sec]をカウントする。或いは、電圧Vpowerが所定の判定電圧Vshortを下回り続けている時間の適当回数分の平均時間AveTshort[sec]を求める。
判定回路63は、回数Nshortが設定回数Nsetを超えていれば電圧Vpowerを高める指令を発し、回数Nshortが設定回数Nsetと同じであれば電圧Vpowerを維持する指令を発し、回数Nshortが設定回数Nset未満であれば電圧Vpowerを下げる指令を発する。或いは、適当回数分の平均時間AveTshortが設定時間Tsetを超えていれば電圧Vpowerを高める指令を発し、平均時間AveTshortが設定時間Tsetと同じであれば電圧Vpowerを維持する指令を発し、平均時間AveTshortが設定時間Tsetを下回れば電圧Vpowerを下げる指令を発する。
【0039】
図4は、第1の実施の形態の溶接装置1に対応する比較例としての従来の溶接装置1の概略構成図である。
この従来の溶接装置1は、図3に示した第1の実施の形態の溶接装置1において、電圧調整回路60を設けず、操作表示ボックス20で指令する溶接条件に、判定電圧Vshort、設定回数Nset、設定時間Tsetを含めず、設定電圧値Vsetを含めたものに過ぎないので、各構成要素の詳しい説明は省略する。
【0040】
尚、第1の実施の形態では、電圧調整回路60を溶接電源30とは独立した所謂制御ボックスとして構成したが、この限りではない。溶接電源30に電圧調整回路60を内蔵させて専用電源とすると、可搬性、接続性に優れ、より使い易くなる。
【0041】
また、図3には示さなかったが、電圧調整回路60を制御ボックスとするか、電圧調整回路60を溶接電源30に内蔵するかに関わらず、通常の溶接電源30に必須となっている出力電圧を設定電圧値Vsetに調整する電圧調整機能(ダイヤルつまみ又はデジタル式設定による)は、アークスタート時のみ有効とする。なぜならば、一般的に電圧調整機能はアーク長を作業者が意識的に調整させるための機能であるが、本実施の形態ではアーク長が自動で最適に調整されるため、作業者の判断と官能による調整作業は不要となる一方、アークスタート時の瞬間に限っては、その計算機構上、本実施の形態における制御が機能しないからである。即ち、本実施の形態における電圧調整機能はアークスタート電圧を決めるために存在する。但し、電圧調整機能は溶接品質に殆ど影響を与えないので、その重要性は従来の溶接装置1に比べて著しく低下している。
【0042】
次に、第2の実施の形態における制御の実現方法について述べる。
図5は、第2の実施の形態における溶接装置1の概略構成図である。
図示するように、第2の実施の形態における溶接装置1は、電極からアークを発生させて溶接するエレクトロガスアーク溶接用の溶接ロボット10と、溶接ロボット10に関する操作及び情報表示を行うための操作表示ボックス20とを備えている。また、溶接装置1は、溶接のための電力を供給する溶接電源30a,30bと、溶接電源30aから出力される電流を流す2次側ケーブル40aと、溶接電源30bから出力される電流を流す2次側ケーブル40bと、溶接電源30a,30bから出力される電流を流す2次側ケーブル40cとを備えている。更に、溶接装置1は、2次側ケーブル40aを流れる電流に基づいて溶接ロボット10における溶接機の上昇速度を調整する速度調整回路50aと、溶接電源30aから出力される電圧に基づいて溶接電源30aによる出力電圧を調整する電圧調整回路60aと、溶接電源30bから出力される電圧に基づいて溶接電源30bによる出力電圧を調整する電圧調整回路60bとを備えている。
【0043】
溶接ロボット10は、1対の鋼板からなる母材Bの鉛直又はそれに近い方向に延びる開先Gに溶融池Pを形成するための溶接トーチ11a,11bと、電極として機能する溶接ワイヤを溶接トーチ11a,11bにそれぞれ送給するワイヤ送給モータ12a,12bと、開先Gの裏側に装着された裏当て材13と、開先Gの表側に装着された摺動銅板14とを備えている。また、溶接ロボット10は、溶融池Pの表面の上昇により溶接トーチ11a,11bとワイヤ送給モータ12a,12bと摺動銅板14とからなる溶接機にリンクして上昇するキャリッジ15と、指示された速度でキャリッジ15を上昇させる上昇モータ16と、キャリッジ15の上昇をガイドするレール17とを備えている。
【0044】
溶接トーチ11a,11bはそれぞれ溶接ワイヤを有し、これらの溶接ワイヤはそれぞれ溶接電源30a,30bから電圧が印加されることでアークを発生させる。また、溶接トーチ11a,11bは、図示しないウィービングモータにより、矢印Wで示す方向にウィービング可能になっている。
ワイヤ送給モータ12a,12bは、溶接ワイヤが巻かれた図示しないワイヤリールから溶接ワイヤを開先Gへ送るためにそれぞれ溶接トーチ11a,11bに送給する。その際、ワイヤ送給モータ12aが溶接ワイヤを送給する速度Fは、後述する設定電流値Iset1を換算することによって決められ、ワイヤ送給モータ12bが溶接ワイヤを送給する速度Fは、後述する設定電流値Iset2を換算することによって決められる。
裏当て材13、摺動銅板14、キャリッジ15、上昇モータ16、レール17については、第1の実施の形態で説明したものと同じなので、説明を省略する。
【0045】
操作表示ボックス20は、溶接ロボット10に作業させる際に、例えば溶接条件を指令するために用いられる装置である。ここで、溶接条件には、まず、設定電流値Iset1及び判定電圧Vshort1と、設定電流値Iset2及び判定電圧Vshort2とが含まれる。また、一定時間内の短絡回数の閾値である設定回数Nset1又は平均短絡時間の閾値である設定時間Tset1も含まれる。更に、一定時間内の短絡回数の閾値である設定回数Nset2又は平均短絡時間の閾値である設定時間Tset2も含まれる。尚、操作表示ボックス20は、図示しないが、液晶等により構成された表示画面と、入力ボタンとを備えている。或いは、操作表示ボックス20は、例えば、低圧の電界を形成したパネルの表面電荷の変化を検知することで指が触れた位置を電気的に検出する静電容量方式や、互いに離間する電極の指が触れた位置が非通電状態から通電状態に変化することによりその位置を電気的に検出する抵抗膜方式等の周知のタッチパネルであってもよい。
【0046】
溶接電源30aは、定電圧特性溶接電源であり、ワイヤ送給モータ12aが溶接ワイヤを送給する速度Fが決まると、溶接ワイヤを溶融するに足る電流を出力する。また、溶接電源30bは、ワイヤ送給モータ12bが溶接ワイヤを送給する速度Fが決まると、溶接ワイヤを溶融するに足る電流を出力する。
【0047】
2次側ケーブル40aは、溶接電源30aと、溶接トーチ11aが有する溶接ワイヤとをつなぐケーブルであり、2次側ケーブル40bは、溶接電源30bと、溶接トーチ11bが有する溶接ワイヤとをつなぐケーブルであり、2次側ケーブル40cは、溶接電源30a,30bと、母材Bとをつなぐケーブルである。2次側ケーブル40a,40bは、溶接電源30a,30bのプラス側と溶接ワイヤとを接続し、2次側ケーブル40cは、溶接電源30a,30bのマイナス側と母材Bとを接続する。
【0048】
速度調整回路50aは、2次側ケーブル40aを流れる電流をサンプリングする電流サンプリング回路51aと、電流サンプリング回路51aによりサンプリングされた電流を判定して上昇モータ16に上昇速度指令を発する判定回路52aとを備えている。
電流サンプリング回路51aは、溶接電源30aから出力され2次側ケーブル40aを流れている電流Ipower1をモニターする。
判定回路52aは、電流Ipower1が設定電流値Iset1未満であればキャリッジ15の上昇速度Supを低下させる指令を発し、電流Ipower1が設定電流値Iset1と同じであればキャリッジ15の上昇速度Supを維持する指令を発し、電流Ipower1が設定電流値Iset1より高ければキャリッジ15の上昇速度Supを高める指令を発する。
【0049】
電圧調整回路60aは、溶接電源30aから出力される電圧をサンプリングする電圧サンプリング回路61aと、電圧サンプリング回路61aによりサンプリングされた電圧の波形を解析してその解析結果を出力する波形解析回路62aと、波形解析回路62aによる解析結果に応じて溶接電源30aに出力電圧指令を発する判定回路63aとを備えている。
電圧サンプリング回路61aは、溶接時に溶接電源30aから出力される電圧Vpower1をモニターする。
波形解析回路62aは、電圧Vpower1が所定の判定電圧Vshort1を下回った単位時間当たりの回数Nshort1[回/sec]をカウントする。或いは、電圧Vpower1が所定の判定電圧Vshort1を下回り続けている時間の適当回数分の平均時間AveTshort1[sec]を求める。
判定回路63aは、回数Nshort1が設定回数Nset1を超えていれば電圧Vpower1を高める指令を発し、回数Nshort1が設定回数Nset1と同じであれば電圧Vpower1を維持する指令を発し、回数Nshort1が設定回数Nset1未満であれば電圧Vpower1を下げる指令を発する。或いは、適当回数分の平均時間AveTshort1が設定時間Tset1を超えていれば電圧Vpower1を高める指令を発し、平均時間AveTshort1が設定時間Tset1と同じであれば電圧Vpower1を維持する指令を発し、平均時間AveTshort1が設定時間Tset1を下回れば電圧Vpower1を下げる指令を発する。
【0050】
電圧調整回路60bは、溶接電源30bから出力される電圧をサンプリングする電圧サンプリング回路61bと、電圧サンプリング回路61bによりサンプリングされた電圧の波形を解析してその解析結果を出力する波形解析回路62bと、波形解析回路62bによる解析結果に応じて溶接電源30bに出力電圧指令を発する判定回路63bとを備えている。
電圧サンプリング回路61bは、溶接時に溶接電源30bから出力される電圧Vpower2をモニターする。
波形解析回路62bは、電圧Vpower2が所定の判定電圧Vshort2を下回った単位時間当たりの回数Nshort2[回/sec]をカウントする。或いは、電圧Vpower2が所定の判定電圧Vshort2を下回り続けている時間の適当回数分の平均時間AveTshort2[sec]を求める。
判定回路63bは、回数Nshort2が設定回数Nset2を超えていれば、電圧Vpower2を高める指令を発し、回数Nshort2が設定回数Nset2と同じであれば電圧Vpower2を維持する指令を発し、回数Nshort2が設定回数Nset2未満であれば電圧Vpower2を下げる指令を発する。或いは、適当回数分の平均時間AveTshort2が設定時間Tset2を超えていれば電圧Vpower2を高める指令を発し、平均時間AveTshort2が設定時間Tset2と同じであれば電圧Vpower2を維持する指令を発し、平均時間AveTshort2が設定時間Tset2を下回れば電圧Vpower2を下げる指令を発する。
【0051】
図6は、第2の実施の形態の溶接装置1に対応する比較例としての従来の溶接装置1の概略構成図である。
この従来の溶接装置1は、図5に示した第2の実施の形態の溶接装置1において、電圧調整回路60a,60bを設けず、操作表示ボックス20で指令する溶接条件に、判定電圧Vshort1,Vshort2、設定回数Nset1,Nset2、設定時間Tset1,Tset2を含めず、設定電圧値Vset1,Vset2を含めたものに過ぎないので、各構成要素の詳しい説明は省略する。
【0052】
尚、第2の実施の形態では、電圧調整回路60aを溶接電源30aとは独立した所謂制御ボックスとして構成し、電圧調整回路60bを溶接電源30bとは独立した所謂制御ボックスとして構成したが、この限りではない。溶接電源30aに電圧調整回路60aを内蔵させ、溶接電源30bに電圧調整回路60bを内蔵させてそれぞれを専用電源とすると、可搬性、接続性に優れ、より使い易くなる。
【0053】
また、図5には示さなかったが、電圧調整回路60a,60bを制御ボックスとするか、電圧調整回路60a,60bを溶接電源30a,30bに内蔵するかに関わらず、通常の溶接電源30a,30bに必須となっている出力電圧をそれぞれ設定電圧値Vset1,Vset2に調整する電圧調整機能(ダイヤルつまみ又はデジタル式設定による)は、アークスタート時のみ有効とする。なぜならば、一般的に電圧調整機能はアーク長を作業者が意識的に調整させるための機能であるが、本実施の形態ではアーク長が自動で最適に調整されるため、作業者の判断と官能による調整作業は不要となる一方、アークスタート時の瞬間に限っては、その計算機構上、本実施の形態における制御が機能しないからである。即ち、本実施の形態における電圧調整機能はアークスタート電圧を決めるために存在する。但し、電圧調整機能は溶接品質に殆ど影響を与えないので、その重要性は従来の溶接装置1に比べて著しく低下している。
【0054】
図7は、図3の速度調整回路50の動作例を示したフローチャートである。
図示するように、速度調整回路50では、まず、電流サンプリング回路51が、2次側ケーブル40を流れる電流Ipowerをサンプリングする(ステップ501)。
次に、判定回路52が、電流Ipowerを設定電流値Isetと比較する(ステップ502)。その結果、電流Ipowerが設定電流値Iset未満であれば、キャリッジ15の上昇速度Supを低下させる指令を上昇モータ16に発する(ステップ503)。一方、電流Ipowerが設定電流値Isetより高ければ、キャリッジ15の上昇速度Supを高める指令を上昇モータ16に発する(ステップ504)。また、電流Ipowerが設定電流値Isetと同じであれば、キャリッジ15の上昇速度Supを維持する指令を上昇モータ16に発する(ステップ505)。
【0055】
尚、図5の速度調整回路50aの動作例もこれと同様である。但し、その場合、図7のフローチャート及び上記説明における速度調整回路50、電流サンプリング回路51、判定回路52、2次側ケーブル40、電流Ipower、設定電流値Isetは、それぞれ、速度調整回路50a、電流サンプリング回路51a、判定回路52a、2次側ケーブル40a、電流Ipower1、設定電流値Iset1と読み替える必要がある。
【0056】
図8は、図3の電圧調整回路60の第1の動作例を示したフローチャートである。この第1の動作例では、図1に示したように、短絡回数をアーク長制御パラメータとして用いるものとする。
図示するように、電圧調整回路60では、まず、電圧サンプリング回路61が、溶接電源30から出力される電圧Vpowerをサンプリングする(ステップ601)。
次に、波形解析回路62が、電圧Vpowerの波形を解析することにより、電圧Vpowerが判定電圧Vshortを下回った単位時間当たりの回数Nshort[回/sec]を求める(ステップ602)。
次いで、判定回路63が、回数Nshortを設定回数Nsetと比較する(ステップ603)。その結果、回数Nshortが設定回数Nsetを超えていれば、電圧Vpowerを高める指令を溶接電源30に発する(ステップ604)。一方、回数Nshortが設定回数Nset未満であれば、電圧Vpowerを下げる指令を溶接電源30に発する(ステップ605)。また、回数Nshortが設定回数Nsetと同じであれば、電圧Vpowerを維持する指令を溶接電源30に発する(ステップ606)。
【0057】
尚、図5の電圧調整回路60aの動作例も、短絡回数をアーク長制御パラメータとして用いるときはこれと同様である。但し、その場合、図8のフローチャート及び上記説明における電圧調整回路60、電圧サンプリング回路61、波形解析回路62、判定回路63、溶接電源30、電圧Vpower、判定電圧Vshort、回数Nshort、設定回数Nsetは、それぞれ、電圧調整回路60a、電圧サンプリング回路61a、波形解析回路62a、判定回路63a、溶接電源30a、電圧Vpower1、判定電圧Vshort1、回数Nshort1、設定回数Nset1と読み替える必要がある。
【0058】
また、図5の電圧調整回路60bの動作例も、短絡回数をアーク長制御パラメータとして用いるときはこれと同様である。但し、その場合、図8のフローチャート及び上記説明における電圧調整回路60、電圧サンプリング回路61、波形解析回路62、判定回路63、溶接電源30、電圧Vpower、判定電圧Vshort、回数Nshort、設定回数Nsetは、それぞれ、電圧調整回路60b、電圧サンプリング回路61b、波形解析回路62b、判定回路63b、溶接電源30b、電圧Vpower2、判定電圧Vshort2、回数Nshort2、設定回数Nset2と読み替える必要がある。
【0059】
図9は、図3の電圧調整回路60の第2の動作例を示したフローチャートである。この第2の動作例では、図2に示したように、短絡時間をアーク長制御パラメータとして用いるものとする。
図示するように、電圧調整回路60では、まず、電圧サンプリング回路61が、溶接電源30から出力される電圧Vpowerをサンプリングする(ステップ651)。
次に、波形解析回路62が、電圧Vpowerの波形を解析することにより、電圧Vpowerが判定電圧Vshortを下回り続けている時間の適当回数分の平均時間AveTshort[sec]を求める(ステップ652)。
次いで、判定回路63が、平均時間AveTshortを設定時間Tsetと比較する(ステップ653)。その結果、平均時間AveTshortが設定時間Tsetを超えていれば、電圧Vpowerを高める指令を溶接電源30に発する(ステップ654)。一方、平均時間AveTshortが設定時間Tset未満であれば、電圧Vpowerを下げる指令を溶接電源30に発する(ステップ655)。また、平均時間AveTshortが設定時間Tsetと同じであれば、電圧Vpowerを維持する指令を溶接電源30に発する(ステップ656)。
【0060】
尚、図5の電圧調整回路60aの動作例も、短絡時間をアーク長制御パラメータとして用いるときはこれと同様である。但し、その場合、図9のフローチャート及び上記説明における電圧調整回路60、電圧サンプリング回路61、波形解析回路62、判定回路63、溶接電源30、電圧Vpower、判定電圧Vshort、平均時間AveTshort、設定時間Tsetは、それぞれ、電圧調整回路60a、電圧サンプリング回路61a、波形解析回路62a、判定回路63a、溶接電源30a、電圧Vpower1、判定電圧Vshort1、平均時間AveTshort1、設定時間Tset1と読み替える必要がある。
【0061】
また、図5の電圧調整回路60bの動作例も、短絡時間をアーク長制御パラメータとして用いるときはこれと同様である。但し、その場合、図9のフローチャート及び上記説明における電圧調整回路60、電圧サンプリング回路61、波形解析回路62、判定回路63、溶接電源30、電圧Vpower、判定電圧Vshort、平均時間AveTshort、設定時間Tsetは、それぞれ、電圧調整回路60b、電圧サンプリング回路61b、波形解析回路62b、判定回路63b、溶接電源30b、電圧Vpower2、判定電圧Vshort2、平均時間AveTshort2、設定時間Tset2と読み替える必要がある。
【0062】
尚、本実施の形態は、本発明を平板の立向姿勢の突合せ継手溶接に適用した例であったが、本発明はあらゆる立向上進溶接に適用可能である。
図10−1及び図10−2は、本発明を適用可能な溶接の例を示したものである。
即ち、本発明は、図10−1(a)に示す平板の立向姿勢の突合せ継手溶接の他に、同図(b)に示す角溶接、同図(c)に示すT字継手のすみ肉溶接、同図(d)に示すT字継手の開先溶接、図10−2(e)に示す丸パイプとフランジの開先溶接、同図(f)に示す丸パイプ同士の円周突合せ溶接等にも適用可能である。図10−1(a)〜(d)では、各図中の白抜き矢印の方向に溶接を進めることにより立向上進溶接となる。一方、図10−2(e),(f)では、溶接トーチを時計の約3時の位置に固定して各図中の白抜き矢印の方向に母材を回転させながら溶接を進めることにより、相対的な立向溶接と捉えることができる。但し、この相対的な立向溶接では、電流値による上昇モータによる上昇速度の制御は、電流値による母材の回転速度の制御に置き換えられる。
【0063】
一方、発明者らは、本実施の形態の仕組みを最も汎用的な下向溶接及び水平溶接でも試したが、上手く機能せず、本実施の形態における仕組みは、立向上進溶接で特に有効であることが分かった。それは以下の理由によるものと考えられる。即ち、立向上進溶接では、開先G、裏当て材13、摺動銅板14により四方から挟まれて溶融池Pの逃げ道が無く、かつ、上昇速度が小さいため、溶融池Pの表面と溶接ワイヤとの間の距離が安定的に保てることから、制御が収束に向かい、効果的になり易い。これに対し、下向溶接及び水平溶接では、図11(a)から分かる通り、アーク進行方向に物理的に遮るものがないため、重力によって溶融池が不規則にアーク前方に流れ込み易く、都度、溶接ワイヤと直下の溶融池面との間の距離が変動するため、制御がその影響を受けて発散してしまい、むしろ大きなアーク長変動を招くことになってしまうからである。つまり、本実施の形態における仕組みは、溶融池面が安定位置を保てることが前提条件となっている。そのため、本実施の形態では、電圧の制御だけでなく、電流のサンプリングによる上昇速度の制御も同時に行うことが望ましい。
【0064】
また、本実施の形態を適用する溶接法としては、最も一般的なガスシールドアーク溶接法が挙げられる。このガスシールドアーク溶接法では、溶接ワイヤをソリッドワイヤ又はフラックス入りワイヤとし、炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをアーク及び溶融池Pの表面に吹き付けて大気から遮断することで健全性を保つ。一方、ノンガスシールドアーク溶接法に本実施の形態を適用してもよい。ノンガスシールドアーク溶接法はセルフシールドアーク溶接法とも呼ばれ、溶接ワイヤを専用のフラックス入りワイヤとすることで、シールドガスを不要とする。ヒューム発生量が多く、溶接金属の靭性もガスシールドアーク溶接に比べると低いという短所はあるものの、ガスの送給系及びその吹き出し口のメンテナンス、ガスボンベ又はタンク設備等が不要となり、簡便であるという長所もある。ノンガスシールドアーク溶接法は、風の強い箇所ではガスシールドアーク溶接法よりも好適である。
【0065】
以上述べてきたことから、本実施の形態の効果は、次のようにまとめることができる。
即ち、従来の立向溶接装置では、設置された環境に応じた設備変更、作業者の技量や無意識的な溶接条件の設定ミス等が起きた場合には、溶接品質に対する悪影響が避けられず、都度作業者による試行錯誤の調整が余儀なくされていた。そのため、作業者は長時間の溶接において付きっきりであった。しかしながら、本実施の形態における立向溶接装置では、溶接品質に大きな影響を及ぼすアーク長を自動的に最適化収束させることができる。従って、作業者は、アーク発生及び装置稼働の後は、自動調整機能のおかげで無監視とすることができ、品質向上とコストダウンを両立し、その価値は多大である。
【0066】
ここで、本実施の形態で用いたパラメータ等の数値限定及びその理由について説明する。
まず、設定回数Nsetについて説明する。
設定回数Nsetが小さいということは短絡が少なくなるように制御する、即ち、アーク長が長くなるように狙うことを示唆する。アーク長が長ければ、溶込みは深くなる。しかしながら、アーク長が過大であれば、溶接金属合金元素の過度な酸化消費、大気のアークへの巻込みといった現象が起こり、溶接金属の性能が低下する。Vshort=15Vとすれば、設定回数Nsetが3回未満ではこれらの現象が起きる。
一方、設定回数Nsetが大きいということは短絡が多くなるように制御する、即ち、アーク長が短くなるように狙うことを示唆する。アーク長が短ければ、溶接金属の機械的性質は改善される。しかしながら、アーク長が過小であれば、溶融池P内の対流が弱まり、溶込み不良が発生する。Vshort=15Vとすれば、設定回数Nsetが60回を超えるとこの現象が起きる。
従って、設定回数Nsetは3〜60回/secが望ましい。尚、更に範囲を狭めて設定回数Nsetを5〜20回/secにすると、溶接金属の性能と深溶込み性のバランスがより良くなる。
尚、設定回数Nset1、Nset2についても同様である。
【0067】
次に、設定時間Tsetについて説明する。
設定時間Tsetが小さいということは短絡が短時間で解消する(微少な短絡しか発生しない)、即ち、アーク長が長くなるように狙うことを示唆する。アーク長が長ければ、溶込みは深くなる。しかしながら、アーク長が過大であれば、溶接金属合金元素の過度な酸化消費、大気のアークへの巻込みといった現象が起こり、溶接金属の性能が低下する。Vshort=15Vとすれば、設定時間Tsetが0.1msec未満ではこれらの現象が起きる。
一方、設定時間Tsetが大きいということは短絡が長時間持続する(短絡の規模が大きい)、即ち、アーク長が短くなるように狙うことを示唆する。アーク長が短ければ、溶接金属の機械的性質は改善される。しかしながら、アーク長が過小であれば、溶融池P内の対流が弱まり、溶込み不良が発生する。Vshort=15Vとすれば、設定時間Tsetが1.0msecを超えるとこの現象が起きる。
従って、設定時間Tsetは0.1〜1.0msecが望ましい。尚、更に範囲を狭めて設定時間Tsetを0.2〜0.5msecにすると、溶接金属の性能と深溶込み性のバランスがより良くなる。
尚、設定時間Tset1、Tset2についても同様である。
【0068】
次いで、上昇モータ16による上昇速度Supについて説明する。
本実施の形態では、アーク長の安定化を目的として、電圧サンプリング、解析、判定、溶接電源30(30a,30b)への出力電圧指令というルーチンと、電流サンプリング、判定、上昇モータ16への上昇速度指令というルーチンとを同時に繰り返すので、溶融池Pの表面が平滑で安定なほど効果的である。溶接機及び溶融池Pの表面の上昇方向とアーク長の方向とは同一なので、上昇速度Supが大きくなるほどルーチン期間でのアーク長短縮度合いが大きくなる。従って、本実施の形態における制御の結果として補正される幅が大きくなって粗くなり、アーク長が収束し難くなる。
以上のメカニズムから、上昇速度Supは小さいほどアーク長安定化制御が良好に作用する。具体的には、本実施の形態における制御は、上昇速度Supが180mm/min以下のときに有効に作用する。また、上昇速度Supを120mm/min以下とするとアーク長はより適正に保たれるので、望ましくは、上昇速度Supは120mm/min以下とするとよい。尚、この上昇速度Supは、立向溶接としては必要十分な実用領域である。
【実施例】
【0069】
次に、本発明の実施例について、本発明の範囲から外れる比較例と対比して説明する。尚、この実施例及び比較例は、上述した数値限定の根拠を与えるものでもある。
【0070】
[実施例1(1電極型)]
鋼板として板厚12mmの炭素鋼鋼板JIS G3106 SM490Bを用い、50°V型、ルートギャップ5mmの開先加工を施して立向上進溶接を行った。ガスシールドアーク溶接法を適用し、溶接ワイヤはフラックス入りワイヤJIS Z3319 YFEG−22C規格材の1.6mmφ径とし、シールドガスはCOとした。溶接装置としては、図3又は図4の構成を用いた。溶接条件や判定条件を変えて溶接長500mmの溶接を実施し、溶接後に、溶込み性の評価のための超音波探傷試験、及び、溶接金属の性能評価の1つである断面中央部のシャルピー衝撃試験を行った。超音波探傷試験では、溶込み不良が全く無かったものを◎とし、溶込み不良が1〜3箇所にあったものを○とし、溶込み不良が4箇所以上にあったものを×とした。シャルピー衝撃試験では、試験温度−20℃において、47J以上を◎とし、27J以上47J未満を○とし、27J未満を×とした。
下記表に試験結果を示す。尚、表では、ベースとなる条件に対して変更した条件を斜体の太字で示し、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験の結果のうち問題となるものを太枠囲みの太字で示している。
【0071】
【表1】
【0072】
No.A1は、図3の構成を用い、アーク長を短絡回数に基づいて制御した場合である。No.A2は、図3の構成を用い、アーク長を平均短絡時間に基づいて制御した場合である。No.A3は、アーク長を制御する電圧調整回路が設けられていない図4の構成を用いた場合である。これらNo.A1〜A3では、2次側ケーブルが25mでアーク長が最適となるように設定しており、何れも溶接後の超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。
【0073】
No.A4〜A6は、この設定を基準として、2次側ケーブルを50mに延長した場合である。図3の構成を用いているNo.A4,A5では、2次側ケーブルが25mのときの溶接条件のままであっても自動的にアーク長制御が働くので、アーク長は最適なままであり、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。一方、No.A6のように図4の構成を用いた場合は、2次側ケーブルが長くなり、2次側ケーブルにおける消費電圧が高くなったので、相対的にアーク電圧が低くなった。そのため、溶融池内対流が弱まり、溶込みが浅くなって超音波探傷試験で欠陥が多く発生した。
【0074】
No.A7〜A9は、逆に2次側ケーブルを10mに短縮した場合である。図3の構成を用いているNo.A7,A8では、2次側ケーブルが25mのときの溶接条件のままであっても自動的にアーク長制御が働くので、アーク長は最適なままであり、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。一方、No.A9のように図4の構成を用いた場合は、2次側ケーブルが短くなり、2次側ケーブルにおける消費電圧が低くなったので、相対的にアーク電圧が高くなった。そのため、アーク長が過大となり、溶接金属合金元素の過度な酸化消費、大気のアークへの巻込みといった現象が起こり、溶接金属のシャルピー衝撃性能が低下した。
【0075】
No.A10〜A12は、No.A1〜A3の条件に対して、電圧設定を間違えて低く設定してしまった場合である。No.A10,A11のように図3の構成を用いた場合、電圧設定はアークスタート条件としてしか作動しないため、アークスタートの瞬間こそややアーク不安定であるが、すぐにアーク長制御が働き、最適アーク長で溶接が進行する。従って、溶込みや溶接金属の健全性は保たれる。一方、No.A12のように図4の構成を用いた場合は、間違えて設定された低電圧条件のまま溶接が進行するので、溶融池内対流が弱まり、溶込みが浅くなって超音波探傷試験で欠陥が多く発生した。
【0076】
No.A13〜A15は、No.A1〜A3の条件に対して、電圧設定を間違えて高く設定してしまった場合である。No.A13,A14のように図3の構成を用いた場合、電圧設定はアークスタート条件としてしか作動しないため、アークスタートの瞬間こそややアーク不安定であるが、すぐにアーク長制御が働き、最適アーク長で溶接が進行する。従って、溶込みや溶接金属の健全性は保たれる。一方、No.A15のように図4の構成を用いた場合は、間違えて設定された高電圧条件のまま溶接が進行するので、アーク長が過大となり、溶接金属合金元素の過度な酸化消費、大気のアークへの巻込みといった現象が起こり、溶接金属のシャルピー衝撃性能が低下した。
【0077】
No.A16〜A19は、No.A1の条件に対して、短絡回数の閾値である設定回数Nsetを変化させた場合である。設定回数Nsetが最も望ましい範囲にあるNo.A16,A18は、溶込み性能、溶接金属性能共に良好である。しかしながら、設定回数Nsetを低く設定したNo.A17では、アーク長が若干長めとなり、シャルピー衝撃試験が合格だがやや低めとなった。一方、設定回数Nsetを高く設定したNo.A19では、アーク長が若干短めとなり、超音波探傷試験で合格となるも少数欠陥が生じた。
【0078】
No.A20は、図3の構成を用いた溶接法において許容される上限の上昇速度を採用した場合である。アーク長制御は有効に働き、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験は比較的良好な値を示した。しかしながら、図3の構成を用いた溶接法において許容範囲を超える上昇速度を採用したNo.A21では、アーク長制御が溶融池面上昇速度に追いつかず、アーク長が不安定となったため、溶込みも不安定となり、超音波探傷試験で不合格となった。
【0079】
[実施例2(1電極型)]
実施例1と同様に、鋼板として板厚12mmの炭素鋼鋼板JIS G3106 SM490Bを用い、50゜V型、ルートギャップ5mmの開先加工を施して立向上進溶接を行った。ノンガスシールドアーク溶接法を適用し、溶接ワイヤはJIS Z3313 T49YT4−0NA規格材の2.4mmφ径とした。溶接装置としては、図3又は図4の構成を用いた。溶接条件や判定条件を変えて溶接長500mmの溶接を実施し、溶接後に、溶込み性の評価のための超音波探傷試験、及び、溶接金属の性能評価の1つである断面中央部のシャルピー衝撃試験を行った。超音波探傷試験では、溶込み不良が全く無かったものを◎とし、溶込み不良が1〜3箇所にあったものを○とし、溶込み不良が4箇所以上にあったものを×とした。シャルピー衝撃試験では、試験温度+20℃において、47J以上を◎とし、27J以上47J未満を○とし、27J未満を×とした。
下記表に試験結果を示す。尚、表では、ベースとなる条件に対して変更した条件を斜体の太字で示し、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験の結果のうち問題となるものを太枠囲みの太字で示している。
【0080】
【表2】
【0081】
No.B1は、図3の構成を用い、アーク長を短絡回数に基づいて制御した場合である。No.B2は、図3の構成を用い、アーク長を平均短絡時間に基づいて制御した場合である。No.B3は、アーク長を制御する電圧調整回路が設けられていない図4の構成を用いた場合である。これらNo.B1〜B3では、2次側ケーブルが25mでアーク長が最適となるように設定しており、何れも溶接後の超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。
【0082】
No.B4〜B6は、この設定を基準として、2次側ケーブルを50mに延長した場合である。図3の構成を用いているNo.B4,B5では、2次側ケーブルが25mのときの溶接条件のままであっても自動的にアーク長制御が働くので、アーク長は最適なままであり、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。一方、No.B6のように図4の構成を用いた場合は、2次側ケーブルが長くなり、2次側ケーブルにおける消費電圧が高くなったので、相対的にアーク電圧が低くなった。そのため、溶融池内対流が弱まり、溶込みが浅くなって超音波探傷試験で欠陥が多く発生した。
【0083】
No.B7〜B10は、No.B2の条件に対して、平均短絡時間の閾値である設定時間Tsetを変化させた場合である。設定時間Tsetが最も望ましい範囲にあるNo.B7,B9は、溶込み性能、溶接金属性能共に良好である。しかし、設定時間Tsetを低く設定したNo.B8では、アーク長が若干長めとなり、シャルピー衝撃試験が合格だがやや低めとなった。一方、設定時間Tsetを高く設定したNo.B10では、アーク長が若干短めとなり、超音波探傷試験で合格となるも少数欠陥が生じた。
【0084】
No.B11の条件は、No.B1の条件と似ているが、電流の極性を電極マイナス、所謂正極性とした場合である。極性が変わればワイヤ溶融速度が変わるので上昇速度も異なっているが、本実施の形態におけるアーク長制御は有効に働き、問題なく動作した。そして得られた溶込み性能や溶接金属の性能も問題なかった。
【0085】
[実施例3(2電極型)]
鋼板として板厚80mmの炭素鋼鋼板JIS G3106 SM490Cを用い、20゜V型、ルートギャップ8mmの開先加工を施して立向上進溶接を行った。ガスシールドアーク溶接法を適用し、溶接ワイヤとしてはフラックス入りワイヤJIS Z3319 YFEG−22C規格材の1.6mmφ径を2本用い、シールドガスはCOとした。溶接装置としては、2電極アークにて1つの溶融池を形成して同時上昇する図5又は図6の構成を用いた。溶接条件や判定条件を変えて溶接長500mmの溶接を実施し、溶接後に、溶込み性の評価のための超音波探傷試験、及び、溶接金属の性能評価の1つである断面中央部のシャルピー衝撃試験を行った。超音波探傷試験では、溶込み不良が全く無かったものを◎とし、溶込み不良が1〜3箇所にあったものを○とし、溶込み不良が4箇所以上にあったものを×とした。シャルピー衝撃試験では、試験温度−20℃において、47J以上を◎とし、27J以上47J未満を○とし、27J未満を×とした。
下記表に試験結果を示す。尚、表では、ベースとなる条件に対して変更した条件を斜体の太字で示し、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験の結果のうち問題となるものを太枠囲みの太字で示している。
【0086】
【表3】
【0087】
No.C1は、図5の構成を用い、2本のアーク長をそれぞれ独立して短絡回数に基づいて制御した場合である。No.C2は、図5の構成を用い、2本のアーク長をそれぞれ独立して平均短絡時間に基づいて制御した場合である。No.C3は、2本のアーク長の何れを制御する電圧調整回路も設けられていない図6の構成を用いた場合である。尚、溶接機の上昇速度は手前側電極と繋がる電力供給系からサンプリングされた電流値によって制御されている。これらNo.C1〜C3では、2次側ケーブルが25mでアーク長が最適となるように設定しており、何れも溶接後の超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。
【0088】
No.C4〜C6は、この設定を基準として、2次側ケーブルを50mに延長した場合である。図5の構成を用いているNo.C4,C5では、2次側ケーブルが25mのときの溶接条件のままであっても自動的にアーク長制御が働くので、アーク長は最適なままであり、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。一方、No.C6のように図6の構成を用いた場合は、2次側ケーブルが長くなり、2次側ケーブルにおける消費電圧が高くなったので、相対的にアーク電圧が低くなった。そのため、溶融池内対流が弱まり、溶込みが浅くなって超音波探傷試験で欠陥が多く発生した。
【0089】
No.C7〜C9は、逆に2次側ケーブルを10mに短縮した場合である。図5の構成を用いているNo.C7,C8では、2次側ケーブルが25mのときの溶接条件のままであっても自動的にアーク長制御が働くので、アーク長は最適なままであり、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。一方、No.C9のように図6の構成を用いた場合は、2次側ケーブルが短くなり、2次側ケーブルにおける消費電圧が低くなったので、相対的にアーク電圧が高くなった。そのため、アーク長が過大となり、溶接金属合金元素の過度な酸化消費、大気のアークへの巻込みといった現象が起こり、溶接金属のシャルピー衝撃性能が低下した。
【0090】
[実施例4(2電極型)]
実施例3と同様に、鋼板として板厚80mmの炭素鋼鋼板JIS G3106 SM490Cを用い、20゜V型、ルートギャップ8mmの開先加工を施して立向上進溶接を行った。ガスシールドアーク溶接法を適用し、溶接ワイヤとしてはフラックス入りワイヤJIS Z3319 YFEG−22C規格材の1.6mmφ径を2本用い、シールドガスはCOとした。溶接装置としては、2電極アークにて1つの溶融池を形成して同時上昇する図5又は図6の構成を用いた。溶接条件や判定条件を変えて溶接長500mmの溶接を実施し、溶接後に、溶込み性の評価のための超音波探傷試験、及び、溶接金属の性能評価の1つである断面中央部のシャルピー衝撃試験を行った。超音波探傷試験では、溶込み不良が全く無かったものを◎とし、溶込み不良が1〜3箇所にあったものを○とし、溶込み不良が4箇所以上にあったものを×とした。シャルピー衝撃試験では、試験温度−20℃において、47J以上を◎とし、27J以上47J未満を○とし、27J未満を×とした。
下記表に試験結果を示す。尚、表では、ベースとなる条件に対して変更した条件を斜体の太字で示し、超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験の結果のうち問題となるものを太枠囲みの太字で示している。
【0091】
【表4】
【0092】
No.D1は、図5の構成を用い、2本のアーク長をそれぞれ独立して平均短絡時間に基づいて制御した場合である。No.D2は、2本のアーク長の何れを制御する電圧調整回路も設けられていない図6の構成を用いた場合である。尚、溶融機構の上昇速度は手前側電極と繋がる電力供給系からサンプリングされた電流値によって制御されている。これらNo.D1,D2は、No.C2,C3とは電極極性の組合せが異なっているが、2次側ケーブルが25mでアーク長が最適となるように設定しており、何れも溶接後の超音波探傷試験及びシャルピー衝撃試験で問題ない値となっている。
【0093】
No.D3,D4は、No.D1,D2の条件に対して、電圧設定を間違えて低く設定してしまった場合である。No.D3のように図5の構成を用いた場合、電圧設定はアークスタート条件としてしか作動しないため、アークスタートの瞬間こそややアーク不安定であるが、すぐにアーク長制御が働き、最適アーク長で溶接が進行する。従って、溶込みや溶接金属の健全性は保たれる。一方、No.D4のように図6の構成を用いた場合は、間違えて設定された低電圧条件のまま溶接が進行するので、溶融池内対流が弱まり、溶込みが浅くなって超音波探傷試験で欠陥が多く発生した。
【0094】
No.D5,D6は、No.D1,D2の条件に対して、電圧設定を間違えて高く設定してしまった場合である。No.D5のように図5の構成を用いた場合、電圧設定はアークスタート条件としてしか作動しないため、アークスタートの瞬間こそややアーク不安定であるが、すぐにアーク長制御が働き、最適アーク長で溶接が進行する。従って、溶込みや溶接金属の健全性は保たれる。一方、No.D6のように図6の構成を用いた場合は、間違えて設定された高電圧条件のまま溶接が進行するので、アーク長が過大となり、溶接金属合金元素の過度な酸化消費、大気のアークへの巻込みといった現象が起こり、溶接金属のシャルピー衝撃性能が低下した。
【符号の説明】
【0095】
1…溶接装置、10…溶接ロボット、11,11a,11b…溶接トーチ、12,12a,12b…ワイヤ送給モータ、13…裏当て材、14…摺動銅板、15…キャリッジ、16…上昇モータ、17…レール、20…操作表示ボックス、30,30a,30b…溶接電源、40,40a,40b,40c…2次側ケーブル、50,50a…速度調整回路、51,51a…電流サンプリング回路、52,52a…判定回路、60,60a,60b…電圧調整回路、61,61a,61b…電圧サンプリング回路、62,62a,62b…波形解析回路、63,63a,63b…判定回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10-1】
図10-2】
図11
図12