(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5797836
(24)【登録日】2015年8月28日
(45)【発行日】2015年10月21日
(54)【発明の名称】シートベルト装置
(51)【国際特許分類】
B60R 22/24 20060101AFI20151001BHJP
【FI】
B60R22/24
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-511162(P2014-511162)
(86)(22)【出願日】2013年4月3日
(86)【国際出願番号】JP2013060186
(87)【国際公開番号】WO2013157389
(87)【国際公開日】20131024
【審査請求日】2014年7月7日
(31)【優先権主張番号】特願2012-94938(P2012-94938)
(32)【優先日】2012年4月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503358097
【氏名又は名称】オートリブ ディベロップメント エービー
(74)【復代理人】
【識別番号】110000349
【氏名又は名称】特許業務法人 アクア特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】503175047
【氏名又は名称】オートリブ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】若林 新一
(72)【発明者】
【氏名】山口 俊志
【審査官】
梶本 直樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−211863(JP,A)
【文献】
特開2003−170807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60R 22/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乗員を座席に拘束するシートベルト装置であって、
帯状のウェビングと、
車室内の壁部へ取り付けられるスルーアンカと、
を備え、
前記スルーアンカは、前記ウェビングを通すガイド孔であって、少なくとも下縁が、緊急時に該ウェビングが急激に引っ張られた場合に該ウェビングとの摩擦によって削られ、または該ウェビングとの摩擦熱によって溶解する樹脂で被覆されたガイド孔を有し、
前記ウェビングは、該ウェビングの長手方向に沿って、少なくとも、乗員による当該シートベルト装置の装着状態において前記ガイド孔を通過し得る領域に、他の領域よりも前記樹脂に対する動摩擦係数が小さい潤滑領域を線状に設けた少なくとも1本の潤滑線を有し、
前記潤滑線は、ワックスを含んだ樹脂材料によって設けられていることを特徴とするシートベルト装置。
【請求項2】
乗員を座席に拘束するシートベルト装置であって、
帯状のウェビングと、
車室内の壁部へ取り付けられるスルーアンカと、
を備え、
前記スルーアンカは、前記ウェビングを通すガイド孔であって、少なくとも下縁が、緊急時に該ウェビングが急激に引っ張られた場合に該ウェビングとの摩擦によって削られ、または該ウェビングとの摩擦熱によって溶解する樹脂で被覆されたガイド孔を有し、
前記ウェビングは、該ウェビングの長手方向に沿って、少なくとも、乗員による当該シートベルト装置の装着状態において前記ガイド孔を通過し得る領域に、他の領域よりも前記樹脂に対する動摩擦係数が小さい潤滑領域を線状に設けた少なくとも1本の潤滑線を有し、
前記潤滑線は、フッ素樹脂を含んだ樹脂材料によって設けられていることを特徴とするシートベルト装置。
【請求項3】
乗員を座席に拘束するシートベルト装置であって、
帯状のウェビングと、
車室内の壁部へ取り付けられるスルーアンカと、
を備え、
前記スルーアンカは、前記ウェビングを通すガイド孔であって、少なくとも下縁が、緊急時に該ウェビングが急激に引っ張られた場合に該ウェビングとの摩擦によって削られ、または該ウェビングとの摩擦熱によって溶解する樹脂で被覆されたガイド孔を有し、
前記ウェビングは、該ウェビングの長手方向に沿って、少なくとも、乗員による当該シートベルト装置の装着状態において前記ガイド孔を通過し得る領域に、他の領域よりも前記樹脂に対する動摩擦係数が小さい潤滑領域を線状に設けた少なくとも1本の潤滑線を有し、
前記潤滑線は、二硫化モリブデンを含んだ樹脂材料によって設けられていることを特徴とするシートベルト装置。
【請求項4】
1または複数の前記潤滑線の幅の合計が前記ウェビングの幅の半分以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のシートベルト装置。
【請求項5】
1または複数の前記潤滑線の幅の合計が前記ウェビングのうち潤滑線以外の領域の幅の合計よりも小さいことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のシートベルト装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウェビングを使用して乗員を座席に拘束するシートベルト装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両の座席にはシートベルト装置が設置されている。シートベルト装置は、車両に急停止や衝突などによって大きな減速度が作用した際に、慣性力による乗員の前方への飛出しを防ぐための安全装置である。シートベルト装置は、帯状のウェビングを利用して乗員を座席に拘束している。ウェビングは、その根元側が座席横に設置されたリトラクタに収納されている。一方、ウェビングの先端側はリトラクタから上方へ引き出されていて、そこから車室内の壁部に配置されたスルーアンカを通って下方へ折り返され、着脱用のタングプレートが通され、そしてフロア付近のアンカプレートに固定されている。
【0003】
現在のシートベルト装置には、その安全性能が落ちないよう様々な工夫がなされている。例えば、ウェビングが急激に引っ張られた際などに、ウェビングがスルーアンカのガイド孔(ウェビングを通している孔)の片側の端に片寄ってしまう「ジャミング」と呼ばれている現象がある。このようなジャミングが起こると、ウェビングの引出性は低下してしまう。そこで、例えば特許文献1では、スルーアンカ(特許文献1内ではガイドアンカと称されている)のガイド孔内の下縁に、幾筋もの「突条」と呼ばれる凸形状の部位が設けられている。この突条はウェビングが強く引っ張られてスルーアンカが傾いた際などにウェビングの縁に接触する構成となっていて、これによってウェビングの幅方向の移動を阻んでジャミングを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−89345号公報
【発明の概要】
【0005】
上述したように、ジャミングは、緊急時においてウェビングが急激に引っ張られた場合など(例えば、プリテンショナ(巻取装置)やエネルギ吸収機構(ウェビングによる急激な拘束を緩和する機構)が作動した場合など)に起こり得る現象である。その点、特許文献1の突条は通常時においても存在していて、この構成では通常時におけるウェビングの引出性に影響が出ないとも限らない。
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような課題に鑑み、緊急時においてはジャミングの発生を防ぎ、通常時においてはウェビングの引出性に影響を与えないシートベルト装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明にかかるシートベルト装置の代表的な構成は、乗員を座席に拘束するシートベルト装置であって、帯状のウェビングと、車室内の壁部へ取り付けられるスルーアンカと、を備え、スルーアンカは、ウェビングを通すガイド孔であって、少なくとも下縁が樹脂で被覆されたガイド孔を有し、ウェビングは、ウェビングの長手方向に沿って、少なくとも、乗員による当該シートベルト装置の装着状態においてガイド孔を通過し得る領域に、他の領域よりも前記樹脂に対する動摩擦係数が小さい潤滑領域を線状に設けた少なくとも1本の潤滑線を有することを特徴とする。
【0008】
上記のウェビングは、潤滑線が描かれた部位と、そうではない部位とで、動摩擦係数に違いが生じている。このウェビングは、スルーアンカのガイド孔の下縁を滑って引き出される。そして、緊急時において、ウェビングが急激に引き出されると、ウェビングとの強い摩擦によってガイド孔の下縁の樹脂は削れる(溶解する)。しかし、潤滑線が描かれた領域は動摩擦係数が小さいため、潤滑線が接触した個所の樹脂はほとんど削れない。したがって、ガイド孔の下縁には凸形状が現れる。この凸形状によって、ウェビングはガイド孔内において自体の幅方向への移動が阻まれ、ジャミングの発生が防止される。またこの凸形状がガイドの役割をすることで、ウェビングは長手方向へより引き出しやすくなる。この凸形状は、上記構成では緊急時においてのみ現れるため、通常時においてはウェビングの引出性になんらの影響も与えず、好適である。
【0009】
上記の1または複数の潤滑線の幅の合計がウェビングの幅の半分以下であってもよい。凸形状は、潤滑線以外の領域がガイド孔の下縁を削ることで現れるため、潤滑線の領域が多すぎては凸形状を形成しにくくなってしまう。そこで上記構成では、凸形状を効率よく形成できるよう、潤滑線を設ける領域を制限している。
【0010】
上記の1または複数の潤滑線の幅の合計がウェビングのうち潤滑線以外の領域の幅の合計よりも小さいとしてもよい。この構成によっても、潤滑線の領域を制限することで、凸形状を効率よく形成することが可能になる。
【0011】
上記の潤滑剤は、ワックスを含んだ樹脂材料であるとよい。または、フッ素樹脂および二硫化モリブデンを含んでいてもよく、これらの構成によって、動摩擦係数の小さい潤滑線を効率よく描くことが可能になる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、緊急時においてはジャミングの発生を防ぎ、通常時においてはウェビングの引出性に影響を与えないシートベルト装置を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態にかかるシートベルト装置を例示した図である。
【
図3】
図1のスルーアンカの下縁とウェビングとの接触の様子を例示した図である。
【
図4】実施試験における試験後のスルーアンカを例示した図である。
【符号の説明】
【0014】
L1・L2 …潤滑線、100 …シートベルト装置、102 …座席、104 …ウェビング、106 …リトラクタ、108 …スルーアンカ、110 …アンカプレート、112 …タングプレート、114 …バックル、116 …センタピラー、118 …ガイド孔、120 …ボルト、122 …下縁、124 …芯、126 …樹脂、130a・130b …凸形状、132a・132b …縁
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0016】
図1は、本発明の実施形態にかかるシートベルト装置100を例示した図である。
図1に例示しているように、シートベルト装置100は、座席102に備えられた安全装置であって、帯状のウェビング104を使用して乗員を座席102に拘束する。なお、シートベルト装置100は、車両緊急時にウェビング104を急速に巻き取るプリテンショナ(図示省略)を備えている。また、ウェビング104の急激な拘束を緩和するエネルギ吸収機構(EA機構)も必要に応じて備える。
【0017】
ウェビング104は、根元側がリトラクタ106に巻き取られていて、先端側は上方のスルーアンカ108を通って下方へ折り返されてアンカプレート110に固定されている。スルーアンカ108とアンカプレート110との間にはタングプレート112が備えられていて、このタングプレート112を乗員がバックル114に挿し込むことで装着状態となる。
【0018】
スルーアンカ108は車室内の壁部の一部であるセンタピラー116に取り付けられている。スルーアンカ108にはガイド孔118が設けられていて、このガイド118にウェビング104が通されている。スルーアンカ108はボルト120によってセンタピラー116に取り付けられていて、ボルト120を中心にして車両前後方向に回転するように動くことができる。
【0019】
当該シートベルト装置100では、ジャミング(スルーアンカ108のガイド孔118内でウェビング104が片寄る減少)の発生が防止できるよう、ウェビング104を主として独自の構成が備えられている。
【0020】
図2は、
図1のウェビング104の拡大図である。
図2(a)は、
図1のA部拡大図である。
図2(a)に例示しているように、ウェビング104には、長手方向に沿って2本の潤滑線L1・L2が描かれている。潤滑線L1・L2は、それ以外の領域よりも動摩擦係数が小さい線状の領域(潤滑領域)である。本実施形態では、この潤滑線L1・L2を、ウェビング104のうち、少なくとも、乗員による当該シートベルト装置100の装着状態においてガイド孔118を通過し得る領域に設けている。通常、ウェビング104には表面にシリコン樹脂等が塗布されているが、本実施形態ではさらにその上に、ワックス(ロウ)やフッ素樹脂(例えばPTFE)、および二硫化モリブデンを樹脂材料に配合して製造された潤滑剤を塗布することでこれら潤滑線L1・L2を設けている。潤滑剤の塗布の方法としては、転写や捺染などが挙げられる。
【0021】
図2(b)は
図2(a)のB部拡大図、
図2(c)は
図2(b)の潤滑線L1・L2以外の領域であるC部拡大図である。
図2(b)と
図2(c)とを比べると、
図2(b)の潤滑線L1の領域には、ウェビング104の繊維の隙間に潤滑剤が入り込んで入ることが分かる。この構成によって、潤滑線L1はそれ以外の領域に比べて動摩擦係数が小さくなっている。
【0022】
図3は、
図1のスルーアンカ108の下縁122とウェビング104との接触の様子を例示した図である。
図3(a)では、スルーアンカ108とウェビング104とを部分的な縦断面として例示している。
図3(a)に例示しているように、ウェビング104は、スルーアンカ108のガイド孔118の下縁122に接触していて、この下縁122を滑るようにして引き出される。
【0023】
ここで、スルーアンカ108は、金属製の芯124を樹脂126(例えば、PA,POM,ABS,PP等)で被覆することで形成されている。緊急時においてウェビング104が急激に引っ張られた場合(リトラクタ106内(
図1参照)においてプリテンショナやエネルギ吸収機構(EA機構)が稼動した場合など)に、下縁122を覆っている樹脂126は、ウェビング104との摩擦によって削れ、または摩擦熱によって溶解する。この時、ウェビング104には、他の領域と比べて動摩擦係数の小さい潤滑線L1・L2が設けられているため、
図3(b)に例示しているように、潤滑線L1・L2と接触した個所の樹脂126はほとんど削れず、下縁122には凸形状130a・130bが現れる。
【0024】
凸形状130a・130bが現れると、これら凸形状130a・130bが干渉することで、ウェビング104はガイド孔118内において自体の幅方向への移動が阻まれる。これによって、ジャミングの発生が防止される。またこの凸形状130a・130bがガイドの役割をすることで、ウェビング104は長手方向へより引き出しやすくなる。
【0025】
図4は、実施試験における試験後のスルーアンカ108を例示した図である。
図4(a)は、試験後のスルーアンカ108の全体図である。
図4(a)に例示しているように、ガイド孔118の下縁122の樹脂126(
図3(a)参照)が削られ、凸形状130a・130bが現れていることが分かる。また、ガイド孔118の両端付近にも、樹脂126が削られたことによって縁132a・132bが形成されている。
【0026】
図4(b)は
図4(a)のD部拡大図である。
図4(b)に例示しているように、この実施試験で形成された凸形状130aの高さh1は約0.3mmであった。また、
図4(c)は
図4(a)のE部拡大図である。
図4(c)に例示しているように、この縁132aの高さh2は約0.5mmであった。すなわち、ウェビング104の端付近では、約0.5mmの樹脂126が削られたことがわかる。
【0027】
再び
図2(a)を参照する。本実施形態では、潤滑線L1・L2の計2本のみ設けているが、さらに複数設けてもよく、または1本のみ設ける構成であってもよい。いずれの場合においても、各潤滑線の幅の合計が、ウェビング104の幅の半分以下であると好適である。凸形状130a・130b(
図3(b)参照)は、潤滑線以外の領域がガイド孔118の下縁122を削ることで現れるため、潤滑線の領域が多すぎては凸形状130a・130bを形成しにくくなってしまうからである。
【0028】
別の表現で言い換えると、各潤滑線の幅の合計が、ウェビング104のうち潤滑線以外の領域の幅の合計よりも小さくなるよう設けるとよい。これらの構成によって、凸形状130a・130b(
図3(b)参照)を効率よく形成できるよう潤滑線の領域を制限し、これによって上述したジャミング防止効果などを効率よく得ることができる。
【0029】
潤滑線L1・L2は、ウェビング104のうち、乗員による当該シートベルト装置100の装着時においてガイド孔118を通過し得る領域にのみ描いた構成としてもよい。すなわち、必要な個所にのみ潤滑線L1・L2を設けてもよく、これによればジャミングの防止効果を効率よく得ることが可能になる。
【0030】
以上説明したように、当該シートベルト装置100では、緊急時においてのみ、スルーアンカ108に凸形状130a・130b(
図3(b)参照)を形成させることでジャミングの発生を防いでいる。そして通常においては、ガイド孔118の下縁122は凸形状130a・130bが存在することなく平坦であるため、通常時におけるウェビング104の引出性にはなんらの影響も与えない。
【0031】
本実施形態の構成であれば、ウェビング104の引張り方向に沿って凸形状130a・130bが形成できるため、言い換えると、使用環境(車種や車内レイアウト)が異なってもそれぞれの状況に応じた凸形状が形成できる。そのため、事前に凸形状を設けておく場合に比べて、使用環境が違ってもジャミング防止効果に差が生じない。したがって、当該シートベルト装置100は車種に応じて仕様を変える必要がない。また、ウェビング104およびスルーアンカ108ともに従来品の基本構成が流用でき、これらのことから当該シートベルト装置100の汎用性は非常に高く、得られる経済的効果も著しい。
【0032】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施例について説明したが、以上に述べた実施形態は、本発明の好ましい例であって、これ以外の実施態様も、各種の方法で実施または遂行できる。特に本願明細書中に限定される主旨の記載がない限り、この発明は、添付図面に示した詳細な部品の形状、大きさ、および構成配置等に制約されるものではない。また、本願明細書の中に用いられた表現および用語は、説明を目的としたもので、特に限定される主旨の記載がない限り、それに限定されるものではない。
【0033】
したがって、当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、ウェビングを使用して乗員を座席に拘束するシートベルト装置に利用することができる。