(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金ダイカストは、軽量高強度,高生産性,高寸法精度などの特徴のため自動車産業を中心に適用範囲が広がり、生産量は増加している。近年、より複雑な形状の部品への適応が求められている。例えば、内燃機関のシリンダブロックのような水冷用のウォータージャケットなどへの適用が求められている。しかしながら、このような中空構造や、アンダーカット形状を有する鋳造品の成形は、容易ではない。
【0003】
このような中空構造や、アンダーカット形状の成形には、鋳造の後に取り除くことができる崩壊性の中子が不可欠である。従来より一般には、砂中子が用いられてきた。ただし、ダイカストによる鋳造で用いられる中子には、高速・高圧で射出される溶湯の衝撃に耐える高い強度が必要となる。具体的には、NADCA(The North American Die Casting Association)の推奨値であるゲート速度38.7m/s、あるいはNADCAのPQ2マニュアルに推奨される25.4m/sから40.6m/sの溶湯の衝撃に耐えることが重要となる。また、ブローホールに起因する断熱性中子との界面に発生しやすい鋳巣を潰すため、75Mpa以上の射出圧力に変形しないことが、ダイカスト用の中子に求められる条件となる。
【0004】
このような背景の中で、塩により構成された中子が検討されつつある。塩は水溶性であり、高速高圧流水により容易に除去することが可能である。また、塩を用いた中子(塩中子)は、高強度化を行っても、著しく除去性を損なうことが少ない。これらのことにより、塩中子は、ダイカストプロセスへ適していると考えられる。ところで、塩は、セラミックスと同様の脆性を有する材料であり、高強度化には、高緻密化や結晶粒微細化などの組織制御が有効であることが知られている。
【0005】
発明者らは、塩中子のアルミニウムダイカストへの応用を目的に、溶融成形した塩の機械的性質と凝固組織等を系統的に研究してきた。例えば、ホウ酸アルミニウムウィスカが、アルカリ塩化物を用いた塩中子の分散強化に有効であることを示している(特許文献1参照)。また、アルカリ塩化物とアルカリ炭酸塩の混合塩による塩中子が、ウィスカなどの強化材をもちいることなく、20−30MPaと非常に高い強度を示すことを明らかにした。また、計算状態図と凝固組織の比較から、KCl−NaCl−K
2CO
3−Na
2CO
3の多元系混合塩において、高強度材料となる条件を明らかにしている(特許文献2参照)。
【0006】
また、発明者らは、型を0.52×Tmより高く0.7×Tmより低い温度の範囲としたダイカスト法により、ある程度バラツキを抑制した状態で、実用的な高い強度の強度の塩中子が得られる製造方法を提案している(特許文献3参照)。なお、Tmは、塩中子の材料となる混合塩の液相線温度を絶対温度(K)で表したものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態における鋳造用塩中子の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【
図2】
図2は、カリウムイオン,ナトリウムイオンの陽イオン比および炭酸イオン,塩素イオンの陰イオン比と、液相線温度との関係を示す状態図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施の形態における実験で作製した試験片を得るための成形品の状態を示す写真である。
【
図4】
図4は、本実施の形態の試験片の曲げ試験における累積破壊確率と曲げ応力の関係を示すワイブルプロットである。
【
図5】
図5は、染色浸透探傷法により試験片の表面欠陥を目視観察した結果を示す写真である。
【
図6】
図6は、染色浸透探傷法により試験片の表面欠陥を目視観察した結果を示す写真である。
【
図7】
図7は、熱処理の温度と試験片の破壊靱性値および平均抗折強度との関係を示す特性図である。
【
図8】
図8は、試作した多気筒クローズドデッキ型シリンダブロック用塩中子を示す写真である。
【
図9】
図9は、試作した多気筒クローズドデッキシリンダーの断面を、X線CTの画像で示す写真である。
【
図10】
図10は、塩中子を溶出させて取り除いた加工終了後の多気筒クローズドデッキシリンダーの状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
図1は、本発明の実施の形態における鋳造用塩中子の製造方法を説明するためのフローチャートである。まず、ステップS101で、混合塩を加熱して溶湯を作製する。次に、ステップS102で、中子成形用の型を0.52×Tmより高く0.7×Tmより低い温度の範囲に加熱する。なお、Tmは、混合塩の液相線温度を絶対温度(K)で表したものである。このように型温度を制御することで、ある程度バラツキを抑制した状態で、実用的な高い強度の強度の塩中子が得られる(特許文献3参照)。
【0015】
次に、ステップS103で、上述したように加熱した型に上記溶湯を圧入する。次に、ステップS104で、型の内部で溶湯を凝固させて鋳造用塩中子を成型する。次に、ステップS105で、凝固させた鋳造用塩中子を型より取り出した直後に、120〜270℃の範囲の温度で加熱する。
【0016】
ここで、混合塩は、原料として塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、炭酸ナトリウム(Na
2CO
3)、および炭酸カリウム(K
2CO
3)を用いて作製する。このとき、ナトリウム陽イオン分率が0.7、炭酸陰イオン分率が0.538となるように、上記各原料を混合すればよい。なお、ナトリウム陽イオン分率は、「[Na
+]/([Na
+]+[K
+])」により表されるものである。また、炭酸陰イオン分率は、「[CO
32-]/([CO
32-]+[Cl
-])により表されるものである。
【0017】
図2の状態図上では、Na
+のサイトフラクション比は、「[Na
+]/([Na
+]+[K
+])」、CO
32-のサイトフラクション比は、「[2*CO
32-]/([2*CO
32-]+[Cl
-])により表されるものである。なお、Na
+:K
+=70mol%:30mol%、Cl
-:CO
32-=46.2mol%:53.8mol%の組成である。この組成とした場合、型は、225℃〜250℃の温度範囲に加熱すればよい。
【0018】
以下、実験例を基により詳細に説明する。
【0019】
以下では、K,Na,Cl,CO
3系混合塩をダイカスト法で鋳造成形し、型から取りだした直後の加熱処理の条件による曲げ強度への影響を調査するとともに,実使用例としてアルミニウム合金による多気筒クローズドデッキ型シリンダブロック用塩中子の試作を行った結果について示す。
【0020】
[実験方法]
[試験片の作製]
純度99.5%のNaCl, KCl, Na
2CO
3, K
2CO
3を素材とし、これらをナトリウム陽イオン分率が0.7、炭酸陰イオン分率が0.538となるように混合し、抵抗加熱炉を用いてアルミナルツボ中で溶解を行った。この組成は、
図2の状態図に白丸で示すところとなる。溶融温度は、上記組成における液相線温度(630℃)より50℃高い温度とした。
【0021】
ダイカスト鋳造機は、型締め力110トンのコールドチャンバー式を用いた。また、
図3に示すように、矩形試験片が2本得られる金型で鋳造した。鋳造条件として、まず、金型温度は、220〜250℃の範囲とした(特許文献3参照)。また、射出圧力は、74.8MPaとした(特許文献3参照)。他の成型条件は、スリーブ径50mm、射出速度34mm/秒、充填率約60%であった。低速充填のため、空気巻き込みの問題は少ないものと考えられ、一般のダイカストで行われるような2段射出は行っていない。
【0022】
また、上述した条件で鋳造し、金型より取り出した直後に、70℃、120℃、170℃、220℃,270℃の各温度条件で各々1時間加熱した複数のダイカスト材を作製する。また、金型より取り出した後、室温(25℃程度)に放置したダイカスト材も作製する。
【0023】
なお、上述した試験片となるダイカスト材の成型では、スリーブ表面に生成するチル層(破断チル)を除くために、スリーブの後(湯口)に仕切板を挿入している。スリーブで発生する破断チルが型内に浸入すると、成形品の抗折強度に大きなバラツキを発生させる要因となる。この破断チルの型内への浸入を抑制するために、スリーブの湯口に、湯口の周端部に突出する仕切板を挿入している。仕切板の挿入により、成形品の抗折強度のバラツキを抑制できるようになる。なお、金型温度は、2つの試験片の間の上型および下型の各々に熱電対を挿入して温度測定を行い、この温度測定の結果で制御した。また、スリーブ温度も、金型温度と同じになるように制御を行った。
【0024】
[試験方法]
次に、試験方法について説明する。上述したように鋳造したダイカスト材をゲート部で切断し、断面ほぼ矩形の棒状とした形状の試験片を得る。このようにして得られた試験片の機械的強度(抗折強度)を、4点曲げ試験(JIS R1601規格)で評価する。曲げ試験機のクロスヘッド速度は1mm/minとし、支点直径は4mmとした。力を加えていく中で試験片が破断したときの最大荷重F[N]から、曲げ強さσを以下の(1)式より求める。
【0026】
(1)式において、L
1は下部支点間隔であり、50mmである、また、L
2は上部支点間隔であり、10mmである。また、Wは試験片の幅であり、18mm、Tは試験片の高さであり20mmである。上述した各鋳造条件で10〜20本程度試験片を作製し、各々の条件において平均曲げ強さを算出した。
【0027】
また、曲げ試験を各条件において20回行い、脆性材料の分野で用いられるワイブル統計により、曲げ強度を解析する。この解析では、メジアンランク法を用いてワイブルプロットを作成し、作成したワイブルプロットより各条件の試験片における抗折強度を評価する。ワイブルプロットにおいては、x軸が抗折強度の対数を示し、y軸が累積破壊確率(累積不良率)の対数を示している。抗折強度の結果は、ワイブルプロット上に以下の式(2)に示される直線に近似される。
【0028】
ln{ln(1/(1−F(σ)))}=mlnσ−mlnσ
0・・・(2)
【0029】
なお、F(σ)は、累積破壊確率(%)、σは抗折強度(MPa)、mはワイブル係数、σ
0は尺度母数である。mが大きい場合、強度のバラツキが小さいことを示し、σ
0が大きい場合、平均強度が高いことを示している。理論解析により、mは、表面欠陥および内部欠陥により変化するものとされている。また、σ
0は、破壊靱性値と欠陥数により変化する値とされている。
【0030】
図4は、前述した試験片の曲げ試験における累積破壊確率と抗折強度のワイブルプロットである。
図4において、黒三角による直線(a)は、凝固させて型より取り出した後、室温に放置した試験片の結果を示している。黒丸による直線(b)は、凝固させて型より取り出した直後より、70℃・1時間の熱処理をした試験片の結果を示している。白三角による直線(c)は、凝固させて型より取り出した直後より、120℃・1時間の熱処理をした試験片の結果を示している。
【0031】
また、黒四角による直線(d)は、凝固させて型より取り出した直後より、270℃・1時間の熱処理をした試験片の結果を示している。菱形による直線(e)は、凝固させて型より取り出した直後より、220℃・1時間の熱処理をした試験片の結果を示している。白四角による直線(f)は、凝固させて型より取り出した直後より、170℃・1時間の熱処理をした試験片の結果を示している。
【0032】
図4のワイブルプロットの結果を以下の表1にまとめている。
【0034】
型より取り出した直後の熱処理の温度条件が、120〜270℃で、mの値が4以上で、かつ、σ
0も30MPa以上であり安定して実用的な強度が得られることがわかる。また、温度条件120〜270℃であれば、全ての試験片において、中子に求められている溶湯からの衝撃に耐える強度15MPa以上が得られている。また、型より取り出した直後の熱処理条件が170℃・1時間において、最もバラツキがない状態で、高い強度の中子が得られていることがわかる。また、上記熱処理の温度条件と得られた中子の強度との関係を見ると、170℃、220℃、270℃、120℃、70℃、室温の順に、安定して高強度に形成されていることがわかる。なお、熱処理の温度条件を500℃とした試験片では、表面にふくれが発生して実用に供しにくい状態になることが確認されている。
【0035】
上述した強度の変化は、脆性材料における表面欠陥および内部欠陥に起因するもの、および破壊靱性値に関連するものがあるが、これらが熱処理によって変化している結果によるものと考えられる。
【0036】
この中で、表面欠陥について調査した。この調査では、染色浸透探傷法により表面欠陥を目視観察することで行った。
図5は、染色浸透探傷法により試験片の表面欠陥を目視観察した結果を示す写真である。図中、着色している部分(白くない部分)がひび割れの部分である。
図5の(a)は室温で冷却した試験片、(b)は170℃・1時間の熱処理をした試験片、(c)は220℃・1時間の熱処理をした試験片である。いずれの試験片も、抗折強度が30〜35MPaと強い強度が得られているものである。このように、熱処理の条件が異なっていても、結果として高い強度が得られている試験片では、表面の亀裂の状態に差は見られない。
【0037】
一方、測定された抗折強度に差がある場合、
図6に示すように、表面の亀裂の状態に差が見られる。
図6は、染色浸透探傷法により試験片の表面欠陥を目視観察した結果を示す写真であり、(a)は抗折強度が26MPaと測定された試験片、(b)は抗折強度が33MPaと測定された試験片、(c)は、は抗折強度が40MPaと測定された試験片である。この結果より、抗折強度が低いほど、表面亀裂が多く、表面亀裂が深いことがわかる。
【0038】
次に、各試験片について、破壊靱性値の測定をした結果について説明する。破壊靱性値の測定では、各試験片より断面の形状が3×4mmの矩形で、長さ50mmの試料を取り出し、SENB法を用いた予亀裂つき3点曲げ試験(JIS R1607規格)により評価する。試料が破断したときの荷重(破壊荷重)から、破壊靱性値K
ICを以下の(3)式より求める。
【0039】
K
IC=1.5PS・Y(α)・(α)
1/2/(BW
3/2)・・・(3)
【0040】
なお、Pは破壊荷重、Sは2つの支点間距離、Bは試験片の幅、Wは試験片の厚さ、αは亀裂長さaを試験片の厚さWで割った値である。また、Y(α)は、「Y(α)=1.964−2.837α+13.711α
2−23.250α
3+24.129α
4」である。
【0041】
熱処理の条件に対応する破壊靱性値の変化について
図7に示す。
図7において、黒丸が破壊靱性値の変化を示している。なお、
図7には、白丸で、熱処理の条件に対応する平均抗折強度の変化についても示している。破壊靱性値および平均抗折強度には有意な差はみられず、ほとんど同じ値であった。この結果より、熱処理は、表面や内部の割れに影響していることが明らかとなった。
【0042】
割れの状態が熱処理により変化した要因として、第1に、射出成形時に残留応力が発生し、この残留応力が、試験片を室温で放置した場合の割れの原因と考えられる。熱処理は、これら残留応力を焼きなます効果があると考えられる。
【0043】
次に、多気筒クローズドデッキ型シリンダブロック用塩中子の試作を行った結果について示す。この試作では、
図8の写真に示す塩中子を作製した。塩中子の製造条件は、前述した試験片における熱処理の加熱条件を170℃・1時間としたものである。この塩中子を用い、超高速射出ダイカストにより、多気筒クローズドデッキシリンダーを試作した。ダイカスト射出条件は、高速射出時のプランジャー平均速度4.84m/s、ゲート速度44.4m/sとし、鋳造圧力は81.4MPaとした。
【0044】
図9は、試作した多気筒クローズドデッキシリンダーの断面を、X線CTの画像で示す写真である。ここでは、塩中子が存在しており、写真において、より白い部分がAlより構成された多気筒クローズドデッキシリンダーであり、より暗い灰色の部分が塩中子である。
図9に示されているように、高速射出にもかかわらず、塩中子が破壊されることなく鋳造できていることが確認できる。また、
図10は、塩中子を溶出させて取り除いた加工終了後の多気筒クローズドデッキシリンダーの状態を示す写真である。崩れや乱れなどなく正常な状態で、多気筒クローズドデッキシリンダーが作製されている。
【0045】
以上に説明したように、本発明によれば、凝固させた鋳造用塩中子を型より取り出した直後に熱処理を加えるようにしたので、ナトリウムを含む混合塩を溶融させてダイカスト法により成形する鋳造用塩中子の実用的な強度が、より安定して得られるようになる。
【0046】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、上述では、混合塩の溶湯を型に投入するとき、過熱度50℃の状態としたが、これに限るものではない。溶湯の温度を低下させて半凝固(固液共存)の状態とし、半凝固の状態の溶湯を塩中子用の金型に高圧注入してもよい。半凝固は、溶湯の中に粒状の初晶が晶出し、晶出した粒状の初晶と溶解している部分とが同時に存在する状態である(特許文献4参照)。また、上述した塩の組成に限るものではなく、他の組成とした塩中子においても、強度のバラツキがより抑制され、より高い強度が得られるようになる。