【実施例】
【0026】
以下に、本発明に係るガス検知装置による実施例を示し、本発明をより詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0027】
半導体式ガス検知素子として、酸化スズを感応材料に用いた熱線型半導体式センサを用い、(1)実験室内の空気、(2)被検知ガスとしてエタノールを20ppm含む実験室内の空気、(3)被検知ガスとしてエタノールを50ppm含む実験室内の空気、(4)被検知ガスとしてエタノールを100ppm含む実験室内の空気、のそれぞれの雰囲気下における半導体式ガス検知素子の出力特性変化を調べた。その結果を
図1及び
図2に示している。
【0028】
なお、
図1及び
図2に示す実験結果は、5ppmのヘキサメチルジシロキサンと、20ppmのイソプロパノールと、3ppmのフタル酸ジエチルとが共存する環境中にガス検知装置を放置し、経過時間に対する実験室内の空気中の出力値(ベース値)とエタノールに対する感度を追跡した結果である。この試験条件は、実際にガス検知装置を設置する環境中に共存し得るガスを選定し、その濃度を実際の環境中での濃度よりも高く設定したものである。この実験は、ガス検知装置を実環境に設置する場合の加速試験と見なすことができる。また、
図1においては、使用開始後の経過時間に対して半導体式ガス検知素子によるセンサ出力としての電流値(出力値)をプロットしている。
図2においては、エタノールの対数表示での濃度に対して半導体式ガス検知素子による出力値をプロットしている。
【0029】
図1及び
図2から良く理解できるように、エタノールの濃度が一定であっても、ガス検知装置の使用開始後の比較的早期の期間(図示の例では、少なくとも0〜25時間単位の期間)は、ベース値の上昇に対してより大きな変化幅で出力値が上昇することが分かる。本発明者らの検討によれば、このような早期段階における出力特性変化は、主に環境中の雑ガス成分との反応(触媒被毒)の進行に伴って半導体式ガス検知素子の表面が短期間のうちに適度に劣化し、その結果として被検知ガスが半導体式ガス検知素子の内部に拡散し易くなることに起因しているものと考えられる。なお、環境中の雑ガス成分としては、例えば、シロキサンや硫黄化合物、或いは難酸化性の有機化合物ガス等を例示することができる。このような出力特性変化は、「高感度化特性変化」と称することができる。
【0030】
一方、使用開始後にある程度の時間が経過した後(図示の例では、少なくとも25〜60時間単位の期間)は、ベース値が略一定に保たれたままで、各被検知ガスの濃度が一定であっても時間の経過と共に出力値が徐々に低下することが分かる。本発明者らの検討によれば、このような所定時間経過後における出力特性変化は、主に感応材料粒子の熱ストレスの累積に伴う焼結(シンタリング)の進行、及び、環境中の雑ガス成分等との反応に伴って半導体式ガス検知素子の自然劣化が進行し、十分な応答性が得られなくなることに起因しているものと考えられる。このような出力特性変化は、「低感度化特性変化」と称することができる。
【0031】
以上の現象を総合的に考慮すると、半導体式ガス検知素子においては、時間の経過に伴って高感度化特性変化と低感度化特性変化とが同時並行的に起こり、いわゆる動的平衡状態が形成されていると解釈できることが分かった。早期段階における出力値の上昇は、低感度化特性変化に対して高感度化特性変化が優位となっているためであり、やがて高感度化特性変化に対して低感度化特性変化が優位となった後は、時間の経過と共に出力値が徐々に低下するのである。
図3には、出力特性変化を生じさせる2つの要因である高感度化特性変化と低感度化特性変化とを、概念的に分割して模式的に示している。
【0032】
なお、上記の実験とは別に、通常の室内環境下に設置したガス検知装置を用いて、同様にエタノールに対する感度を追跡した。この性能追跡結果により、
図1に示すような現象が長い時間をかけて現れることが確認された。これらの事実は、半導体式ガス検知素子が設置環境から受ける影響の違いを、時間を変数とする関数で表せることを意味している。
【0033】
本発明者らは、高感度化特性変化及び低感度化特性変化のそれぞれによる影響を打ち消すべく、出力値を補正することを試みた。そして、低感度化特性変化に起因する出力変化相当分を、低感度化用比例係数aを用いて経過時間に比例して加算することで、低感度化特性変化による影響を打ち消し得ることを見出した。同様に、高感度化特性変化に起因する出力変化相当分を、高感度化用比例係数bを用いて初期ベース値を基準とするベース値の変化量に比例して減算することで、高感度化特性変化による影響を打ち消し得ることを見出した。ここで、低感度化用比例係数aは、半導体式ガス検知素子を清浄空気中に設置したときの感度の追跡データに基づいて算出することができ、高感度化用比例係数bは、苛酷環境中での加速試験の結果に基づいて算出することができる。
【0034】
この考え方に基づき、半導体式ガス検知素子の出力特性変化による影響を打ち消すように補正した後の出力値を数式で表すと、以下の関係式で表せることが分かった。
[数3]
Vc=Vs+a・t−(Bt−B0)・b (I)
(式中、Vcは補正後の出力値、Vsは補正前の出力値、tは経過時間、B0は初期ベース値、Btはt時間単位後のベース値、a及びbは定数を示す。)
【0035】
次に、加速試験等により上記の式(I)における各比例係数a,bを実験的に算出し、低感度化用比例係数a=0.15、高感度化用比例係数b=20とした。そして、これらと実測による初期ベース値B0とを用い、上記の式(I)に基づいて、先に
図1及び
図2に示した実測による出力値を補正した。その結果を
図4及び
図5に示している。なお、
図1及び
図2と同様、
図4では使用開始後の経過時間に対して補正後のセンサ出力としての電流値(出力値)をプロットしており、
図5ではエタノールの対数表示での濃度に対して補正後の出力値をプロットしている。
【0036】
図4及び
図5から良く理解できるように、各濃度における補正後の出力値の経時変化量は、長期間に亘って小さく抑えられていることが分かる。特に
図5を参照すれば、エタノールの濃度範囲を10ppm〜100ppmとした場合には、補正後の出力値自体はエタノールの濃度に応じて異なっているものの、その変動量は60時間単位以上もの期間に亘って2.5mA〜3mAの範囲内に抑えられていることが分かる。
図2を参照して、補正前の状態では10〜24時間単位の期間に出力値が増大してその変動量が6mA〜6.5mAの範囲にまで拡大していることを考慮すれば、本発明による出力値補正が、経時変化量を抑制する上で優れた効果を発揮していることが理解できる。
【0037】
このように、低感度化用比例係数a及び高感度化用比例係数bをそれぞれ適切な値に設定することで、少なくとも10ppm〜100ppmの濃度範囲内では補正後の出力値の経時変化量が長期間に亘って小さく抑えられている。そのため、本実施例に係るガス検知装置は、エタノールを被検知ガスとする場合におけるガス警報装置の用途に、格別な有用性を有する。すなわち、10ppm〜100ppmの範囲内の所定値をしきい値とし、当該しきい値を超える濃度のエタノールガスを検知した場合にその旨を利用者に報知するガス警報装置において、長期間に亘って警報濃度を安定させることが可能となる。
【0038】
なお、
図4及び
図5では、被検知ガスをエタノールとした場合について示したが、被検知ガスのガス種はエタノールに限定されるものではない。エタノール以外のガスを被検知ガスとした場合であっても、ガス種に応じて低感度化用比例係数a,高感度化用比例係数bをそれぞれ適切な値に設定することで、各ガス種の出力値の経時変化量を長期間に亘って小さく抑えることができる。
【0039】
但し、本実施形態に係る補正手段によって上記のような補正を行った場合には、空気中でのセンサ出力値(ベース値)は、
図4に示すように時間の経過に伴って初期値から次第に上昇することになる。そこで、ベース値(Bt;本例では1つ前の一定期間中でのセンサ出力値の最低値)を監視しておき、このベース値が所定値(例えば、10mA)を超えたときに異常を報知する構成とすることができる。すなわち、ベース値が所定値を超えたことに基づいてセンサ異常又はセンサ寿命を判定し、利用者に対してセンサの交換時期を通知するように構成すれば、ガス検知装置の健全性の維持を図ることが容易となる。
【0040】
別実施例において、半導体式ガス検知素子として、酸化亜鉛を感応材料に用いた熱線型半導体式センサを用い、被検知ガスをメチルエチルケトンとして、上記の実施例と同一の条件で加速試験を実施した。この場合における式(I)による補正の効果を確認した結果
を、
図6及び
図7に示す。ここで、
図6は出力値の実測データによる結果を示しており、
図7は出力値を式(I)に基づいて補正した場合の結果を示している。なお、式(I)に
おいては、各係数a,bをそれぞれa=0.17,b=20とした。この結果からも明らかなように、式(I)により、環境中の外乱物質に起因する半導体式ガス検知素子の高感
度化特性変化と、長期間の使用に伴う感応材料自体の劣化に起因する低感度化特性変化とを、同時に補正できることが分かる。これにより、本例では、メチルエチルケトンを被検知ガスとする場合におけるガス警報装置の用途に、格別の有用性が確認された。すなわち、20ppm付近(例えば、15ppm〜25ppm)の所定値をしきい値とし、当該しきい値を超える濃度のメチルエチルケトンを検知した場合にその旨を利用者に報知するガス警報装置において、長期間に亘って警報濃度を安定化できることが確認された。