(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5798718
(24)【登録日】2015年8月28日
(45)【発行日】2015年10月21日
(54)【発明の名称】有機化合物の脱水素反応器および水素製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 3/26 20060101AFI20151001BHJP
C01B 3/00 20060101ALI20151001BHJP
B01J 23/42 20060101ALI20151001BHJP
B01D 53/22 20060101ALI20151001BHJP
H01M 8/06 20060101ALI20151001BHJP
C07C 5/367 20060101ALI20151001BHJP
C07C 15/06 20060101ALI20151001BHJP
C07C 15/04 20060101ALI20151001BHJP
H01M 8/00 20060101ALN20151001BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20151001BHJP
【FI】
C01B3/26
C01B3/00 Z
B01J23/42 M
B01D53/22
H01M8/06 G
H01M8/06 Z
C07C5/367
C07C15/06
C07C15/04
!H01M8/00 Z
!C07B61/00 300
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2010-1208(P2010-1208)
(22)【出願日】2010年1月6日
(65)【公開番号】特開2011-140411(P2011-140411A)
(43)【公開日】2011年7月21日
【審査請求日】2012年12月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】JX日鉱日石エネルギー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】小堀 良浩
【審査官】
佐藤 哲
(56)【参考文献】
【文献】
特開平05−317708(JP,A)
【文献】
特開平03−217227(JP,A)
【文献】
特開2006−225169(JP,A)
【文献】
特開平11−319521(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0202023(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 3/00 − 3/58
B01D 53/22
B01J 21/00 − 38/74
C07C 5/367
C07C 15/04
C07C 15/06
H01M 8/06
C07B 61/00
H01M 8/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素を選択的に透過する水素分離膜と、脱水素反応により水素を放出可能な有機化合物の脱水素反応を促進させる脱水素触媒を具備し、
気体状の該有機化合物が流通する、該脱水素触媒を含む領域である反応側領域と、
水素分離膜によって該反応側領域から区画された、水素分離膜を透過した水素が流通可能な領域であり、圧力が前記反応側領域の圧力より低くかつ0.01MPa以上2MPa以下である透過側領域と、
を有する流通式反応器であって、
該有機化合物の流通方向に沿って、水素分離膜が存在し脱水素触媒は存在しない部分Bと、水素分離膜と脱水素触媒とが存在する部分Aとを、この順に含み、
前記部分Bの反応側領域と前記部分Aの反応側領域とを連通する配管を更に有する
有機化合物の脱水素反応器。
【請求項2】
前記有機化合物の流通方向に沿って、前記部分Bの最も上流の端より上流に前記脱水素触媒が配されないことを特徴とする請求項1記載の脱水素反応器。
【請求項3】
前記有機化合物がシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン、テトラリン、2−プロパノールおよびこれらの混合物から選ばれることを特徴とする請求項1または2に記載の脱水素反応器。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項に記載の脱水素反応器を用い、
a)前記部分Aの反応側領域において前記有機化合物の脱水素反応によって生成した水素を、前記水素分離膜を通して前記透過側領域に移動させる工程、および、
b)工程aで透過側領域に得られた水素を、前記水素分離膜を通して前記部分Bの反応側領域に移動させる工程、
を並行して行うことを特徴とする水素製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機化合物を脱水素することにより水素を製造する脱水素反応器および水素製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は石油精製、化学産業などをはじめとしてあらゆる産業分野において広く用いられている。特に近年、将来のエネルギー媒体として水素が注目されてきており、燃料電池を中心に研究が進められている。しかしながら、水素の輸送・貯蔵が困難であることが水素エネルギーの普及に大きな障害となっている(非特許文献1)。
【0003】
水素ガスは熱量あたりの体積が大きい嵩張る燃料であり、1気圧(0.1MPa)の水素の持つ燃焼熱は同体積のガソリンの1/3000でしかない。そこで35MPaや70MPaなど極めて高圧にしてエネルギー密度を高めることで輸送・貯蔵が行われているが、高圧容器あるいは圧縮機など周辺機器のコストが高く、安全を担保できる供給インフラの整備には膨大なコストがかかると予想されている。
【0004】
液化水素も水素の輸送・貯蔵媒体として注目されている。しかし−253℃と非常に低い温度が必要なため極めて高性能の、従って高価な、断熱容器が必要であり、さらに液化に必要なエネルギーも大きいのでエネルギー効率の低下も問題となっている。
【0005】
このような水素の輸送・貯蔵に関わる問題点を克服するため、水素貯蔵合金など種々の水素貯蔵材料の開発検討が進められているが、満足すべき性能の材料は未だ見出されていない。
【0006】
一方、ある種の有機化合物は脱水素反応に付すことで不飽和結合を形成すると同時に水素を発生する。この代表的な例が、メチルシクロヘキサンを一例とする有機ハイドライドであり、常温で液体の媒体に水素を貯蔵できるため、輸送・貯蔵インフラ構築のコストが低減できると予想され注目されている(非特許文献2)。
【0007】
ここで、脱水素反応を行うに際して脱水素触媒が使用されるのが一般的であるが、この触媒の活性低下、特に炭素析出による活性低下を防止する目的には、有機化合物原料に5〜20モル%の水素を添加することが有効である(非特許文献3)。しかし、これまでこの目的で用いる水素は外部に供給源を求めざるを得なかったため、水素ステーションなどと違い圧縮機、蓄圧器などを装備することの難しい燃料電池自動車や水素エンジン車など移動体に、この技術を適用することは困難であった。
【0008】
そこで、装置外に水素源を求めることなく脱水素反応に水素を共存させる方法が望まれていた。
【0009】
一方、非特許文献4には、多孔質支持体状にパラジウム層を形成した水素分離膜を、メチルシクロヘキサンなどの脱水素反応と組み合わせて、効率的に水素発生と水素の精製を行う提案が成されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「水素エネルギー社会」山地憲治編著、エネルギー資源学会(2008)
【非特許文献2】市川勝、「工業材料」、2003年、第51巻、第4号、p.62−69
【非特許文献3】岡田佳巳ら、「水素エネルギーシステム」、2006年、第31巻、第2号、p.8−13
【非特許文献4】伊藤直次ら、「工業材料」、2003年、第51巻、第4号、p.74−76
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、有機ハイドライド等の脱水素反応を水素分離膜と組み合わせて水素を製造する場合において、簡便に脱水素反応の原料に水素を混合させ、脱水素反応触媒の性能低下を抑制することができる水素製造方法および脱水素反応器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一形態により、
水素を選択的に透過する水素分離膜と、脱水素反応により水素を放出可能な有機化合物の脱水素反応を促進させる脱水素触媒を具備し、
気体状の該有機化合物が流通する、該脱水素触媒を含む領域である反応側領域と、
水素分離膜によって該反応側領域から区画された、水素分離膜を透過した水素が流通可能な領域であり、圧力が前記反応側領域の圧力より低くかつ0.01MPa以上2MPa以下である透過側領域と、
を有する流通式反応器であって、
該有機化合物の流通方向に沿って、水素分離膜が存在し脱水素触媒は存在しない部分Bと、水素分離膜と脱水素触媒とが存在する部分Aとを、この順に含む有機化合物の脱水素反応器が提供される。
ただし、本発明の脱水素反応器は、前記部分Bの反応側領域と前記部分Aの反応側領域とを連通する配管を更に有する。以下において、これ以外の脱水素反応器の形態について言及する場合、それは参考用である。
【0013】
前記有機化合物の流通方向に沿って、前記部分Bの最も上流の端より上流に前記脱水素触媒が配されないことが好ましい。
【0014】
前記有機化合物がシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン、テトラリン、2−プロパノールおよびこれらの混合物から選ばれることが好ましい
。
【0015】
本発明の別の形態により、
上記脱水素反応器を用い、
a)前記部分Aの反応側領域において前記有機化合物の脱水素反応によって生成した水素を、前記水素分離膜を通して前記透過側領域に移動させる工程、および、
b)工程aで透過側領域に得られた水素を、前記水素分離膜を通して前記部分Bの反応側領域に移動させる工程、
を並行して行うことを特徴とする水素の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、有機ハイドライド等の脱水素反応を水素分離膜と組み合わせて水素を製造する場合において、簡便に脱水素反応の原料に水素を混合させ、脱水素反応触媒の性能低下を抑制することができる水素製造方法および脱水素反応器が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の脱水素反応器の一形態を示す模式的断面図である。
【
図2】本発明の脱水素反応器の別の形態を示す模式的断面図である。
【
図3】実施例で用いた脱水素反応器を示す模式的断面図である。
【
図4】比較例で用いた脱水素反応器を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は有機化合物の脱水素反応により水素を発生させる技術に関する。さらに詳しくは、有機化合物の脱水素反応により水素を発生させる場合において、脱水素触媒の活性劣化を簡便な装置で抑制する技術に関する。なお、特に断らない限り、以下圧力に関する記載においては絶対圧を用い、上流下流は有機化合物(原料)の流通方向について考える。
【0019】
有機化合物を脱水素し水素を発生させるとき、一般に脱水素触媒の劣化を防ぐために水素を有機化合物に添加する。従来の技術ではこのような水素の添加は別途高圧化した水素を用いてなさざるを得なかった。つまり、圧縮水素タンクなどの高圧水素源を用意する必要があった。これは水素ステーションでは可能であるが、燃料電池自動車など車載用途では困難であった。本発明によれば特別な装置を用いることなく、脱水素反応に供する反応流に水素を含ませることができるため、車載用途にも適した方法および装置が提供される。
【0020】
〔有機化合物〕
本発明の脱水素反応器は、有機化合物の脱水素反応を促進させる脱水素触媒を具備する。この有機化合物は、脱水素反応により水素を放出可能である。この有機化合物として、脱水素反応により水素を放出して不飽和化合物に変化可能な有機化合物を用いることができる。当該有機化合物を再生(水素化)して再利用できる点で、水素の放出は可逆的であることが好ましい。しかし、水素の放出が不可逆的であってもよい。
【0021】
前記有機化合物としては一般に有機ハイドライドと称される一群の化合物が好ましい。有機ハイドライドは、脱水素反応により水素を可逆的に放出して不飽和化合物に変化可能である。有機ハイドライドとしてシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、テトラリン、デカリンなどを例示できる。しかしこれ以外でも脱水素反応により水素を放出し不飽和化合物に変化することができる有機化合物を好適に使用できる。このような化合物の一部を例示するならば、エタノール、2−プロパノール、2−ブタノール、ピペリジン、ピペラジン、ヘキサヒドロピリミジン、ヘキサヒドロ−1,3,5−トリアジン、デカヒドロキノリン、デカヒドロイソキノリン、などを挙げることができる。
【0022】
これらの化合物は、脱水素反応により水素を放出し、シクロヘキサンであればベンゼン、メチルシクロヘキサンであればトルエン、2−プロパノールであればアセトンのように不飽和化合物を与える。
【0023】
〔脱水素触媒〕
脱水素反応には触媒が用いられる。触媒としては前記有機化合物の脱水素反応を促進させることのできる公知の任意の触媒を用いることができるが、Pt、Ni、Ru、Rh、Pd、Ir、Osなどの金属あるいはこれらの合金が好適に使用できる。さらにこれらの金属(合金を含む)はアルミナ、シリカ、マグネシア、シリカアルミナ、ゼオライト、ジルコニア、など適当な担体に担持された形態も好適に使用でき、必要であればアルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素あるいはLaおよびLa系列元素など適当な添加物が加えられたものであることも可能である。さらに触媒の形状にも特に制限はなく、粒状、粉末状、ハニカム状などいかなる形状のものでも使用が可能である。
【0024】
〔水素分離膜〕
本発明では以上に述べた脱水素触媒と共に水素分離膜が用いられる。水素分離膜としては水素を選択的に透過する機能を持つものであれば適宜用いることができ、例えば、多孔質アルミナ膜、多孔質シリカ膜、多孔質ジルコニア膜、ゼオライト膜、多孔質ガラス膜、多孔質炭素膜など多孔質セラミックス膜が好適に使用できる。また、Pd、Pd−Cu、Pd−Agなどのパラジウム膜あるいはパラジウム合金膜、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Niなどの金属を含む卑金属合金膜などの金属膜を使用することもできる。卑金属合金膜を使用する場合必要であればこの膜の表面にPdの薄膜を蒸着などの方法で形成させることもできる。
【0025】
〔脱水素反応器〕
図1は本発明の脱水素反応器(以下、反応器と称することがある。)の一形態を模式的に表した断面図である。原料は図において左から右へと流通する。反応容器1の内部に水素分離膜2が設けられる。反応容器および水素分離膜の形状はそれぞれ適宜決めることができる。また、一つの反応容器の中に、一つもしくは複数の水素分離膜を設けることができる。例えば、円筒状の反応容器1の内部に、一つもしくは複数の円筒状の水素分離膜を設けることができる。
【0026】
反応器は、原料である有機化合物が流通する反応側領域4と、反応側領域4と水素分離膜2により隔てられた、水素分離膜2を通過した精製水素が流通する透過側領域5とを有する。
【0027】
また、反応側領域と透過側領域との区別とは別に、反応器は、水素分離膜2と脱水素触媒3とが共に存存する部分Aと、水素分離膜が存在し脱水素触媒は存在しない部分Bとの二種類に区別された部分を含む。部分Bの原料流通方向下流側に部分Aが配置される。部分Bの反応側領域と部分Aの反応側領域とが連通し、部分Bの透過側領域と部分Aの透過側領域とが連通する。
【0028】
部分Bおよび部分Aのうち上流側に存在する部分Bには水素分離膜は配置されているが、脱水素触媒は配置されない。反応側領域は、脱水素触媒3を含む。
【0029】
この形態では、部分AおよびBの両者が、連続した反応容器および連続した水素分離膜によって構成され、部分Aと部分Bとは、原料流通方向に沿って、脱水素触媒の有無によって区別される。
【0030】
図2に脱水素反応器の別の形態を示す。この形態では、部分Aと部分Bとが別々の反応容器1aおよび1bとして形成される。部分Bの反応側領域と部分Aの反応側領域とは配管11を通して連通している。水素分離膜の透過側領域5に得られた水素を、反応容器の外部を経由して、部分Bに供給する配管10が設けられる。透過側領域5で得られた水素は、配管10を経由し、部分Bの水素分離膜2を透過して、部分Bの反応側領域に供給される。この形態は、部分Aと部分Bとが分離された形態である。
【0031】
なお、反応側領域と透過側領域とを区画する壁の全てが水素分離膜からなる必要はない。本発明では、水素分離膜を、脱水素触媒層3(部分Aの反応側領域)で生成した水素を透過側領域5に透過させるためと、透過側領域内の水素を部分Bの反応側領域に逆流させるためとに用いている。この点に鑑み、反応側領域と透過側領域とを区画する壁のうちのどの部分を水素分離膜で構成するかを決めることができる。
【0032】
脱水素反応器に含まれる全ての脱水素触媒について、より確実に失活やコーキングを防ぐ観点から、脱水素反応器において、原料流通方向に沿って、部分Bの最も上流の端より上流に、脱水素触媒を配置しないことが望ましい。一方、部分Bの下流に水素分離膜と脱水素触媒が共存する部分Aが配置されるが、それ以外に部分Bの下流に、水素分離膜が存在し脱水素触媒が存在しない部分(図示された部分Bに追加して設けられる部分B)あるいは脱水素触媒が存在し水素分離膜が存在しない部分を配置しても差し支えはない。
【0033】
部分Bが複数箇所設けられていても、部分Aが複数箇所設けられていてもよい。いかなる場合でも、部分Bの上流の端より上流に脱水素触媒が配されないことが好ましい。つまり、部分Bが一つの場合にはその部分Bより上流側に、部分Bが複数ある場合には最も上流にある部分Bより上流に、脱水素触媒が存在しないこと、したがって部分Aが存在しないことが好ましい。
【0034】
ガスの流配などのために、脱水素反応器が、水素分離膜および脱水素触媒が共に存在しない部分を適宜有することができる。
【0035】
脱水素触媒が配置されない部分Bに機械的強度を担保するためなど必要であれば石英、シリカ、アルミナなど脱水素触媒活性を持たない充填物を詰めることも可能であるし、ステンレス鋼など反応に影響を及ぼさない材質の構造体などを設置することもできる。
【0036】
部分Aの反応側領域4においては脱水素触媒により水素が発生しその少なくとも一部が水素分離膜2を透過する。水素分離膜の透過側領域5は適当な圧力(以後透過側圧力と称する)に設定され高純度水素で充たされている。一方、部分Bの反応側領域4には脱水素触媒が無いうえにフレッシュな原料有機化合物が連続的に流入するため水素分圧は低い。しかし、この部分の水素分離膜の内側(透過側領域)は透過側圧力の水素が存在するため、部分Bにおいては透過側領域の水素分圧が反応側領域の水素分圧より高い状況が生まれる。このため、この水素分圧差によって、水素は部分Bにおいて透過側領域から反応側領域に移動し反応側領域に水素が供給される。
【0037】
水素分離膜は部分Aに含まれる部分と部分Bに含まれる部分に分けることができる。その比率については通常、部分Aに含まれる水素分離膜の面積S
Aと部分Bに含まれる水素分離膜の面積S
Bの比率(S
A:S
B)として、好ましくは1:99〜99:1、より好ましくは5:95〜95:5、さらに好ましくは10:90〜90:10の範囲である。この比率が1:99以上であれば、水素分離膜を通して反応側領域に供給される水素量を好ましい量とすることができ、一方この値が99:1以下であれば脱水素反応で生成した水素が透過側に移動する量を好ましい量とすることができる。
【0038】
以上のような脱水素反応器の運転条件について述べる。温度については部分Aおよび部分Bを独立に制御することもできるし、部分AおよびBをまとめて制御することもできるが、その範囲はどちらの場合においても好ましくは50℃〜500℃、より好ましくは100℃〜450℃、さらに好ましくは150℃から400℃の範囲で行われる。なお、ここでいう温度は反応側領域の温度を意味し、必要であれば反応側領域の適当な位置に熱電対を挿入するなどして温度をモニターすることができる。
【0039】
圧力については反応側領域の圧力は好ましくは0.1MPa〜10MPa、より好ましくは0.2MPa〜5MPa、さらに好ましくは0.3MPa〜2MPaの範囲である。反応側圧力が0.1MPa以上であれば、透過側圧力との差圧をとることが容易であり、水素分離膜の能力を容易に発揮させることができる。一方、水素分離膜の破壊防止の観点から、10MPa以下が好ましい。
【0040】
次に、透過側領域の圧力について述べる。これは一般に反応側領域の圧力より低い圧力が採用されるが、好ましくは0.01MPa〜2MPa、より好ましくは0.05MPa〜1MPa、さらに好ましくは常圧(大気圧)〜0.6MPaが採用される。0.01MPa以上であれば、好ましい量の水素が反応側に移動し、脱水素触媒の劣化抑制効果を容易に得ることができる。一方、2MPa以下であれば、好ましい量の水素を反応側領域から透過側領域に移動させることが容易である。
【0041】
脱水素触媒への有機化合物の供給量は、脱水素触媒1gあたりかつ一時間当たりのミリモル数として、好ましくは0.1〜1000(mmol/触媒g・h)、より好ましくは0.5〜500(mmol/触媒g・h)、さらに好ましくは1〜100(mmol/触媒g・h)である。この値が0.1以上であれば、生産性の低下を容易に防止でき、この値が1000以下であれば転化率を良好にすることが容易であり、水素収率を良好にすることが容易である。
【0042】
脱水素反応器には、原料導入口もしくは原料導入配管、水素分離膜出口もしくは水素排出配管、および、反応側出口もしくは脱水素後の原料排出配管を適宜設けることができる。
【0043】
本発明の脱水素装置を用いれば、
a)部分Aの反応側領域において有機化合物の脱水素反応によって生成した水素を、水素分離膜を通して透過側領域に移動させる工程、および、
b)工程aで透過側領域に得られた水素を、水素分離膜を通して部分Bの反応側領域に移動させる工程
を並行して行うことが容易である。
【0044】
工程bによって部分Bの反応側領域に水素が供給され、つまり脱水素触媒の上流で原料に水素が添加され、それによって脱水素触媒の劣化が抑制される。
【0045】
本発明によれば、簡便な装置により脱水素触媒の劣化を抑制する反応条件を実現することができる。しかし、一点指摘すべきは、本来そのまま製品水素と成るはずであった水素の一部を反応側領域に逆流させるため、同一量の触媒を用い逆流を行わない場合に比較して水素の収量が若干減少する場合もあると言うことである。しかし、この欠点は脱水素触媒の劣化を抑制できる効果により十分に補うことができる。
【0046】
本発明によれば、部分Aの透過側領域で得られた水素をその上流にある部分Bの反応側領域に供給するために、すなわち、水素を脱水素触媒層の上流に戻すために、水素分圧の差を利用しており、昇圧手段を必要としない。つまり、極めて簡便に、触媒劣化のための水素を触媒層に供給することができる。
【実施例】
【0047】
以後、実施例を示すことでさらに詳しく本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではないことは言うまでもない。
【0048】
〔実施例1〕
図3に、本例で用いた脱水素反応器の模式的断面を示す。内直径25mmのステンレス鋼製円筒(反応容器1)に、外直径10mmの円筒形Pd−Ag合金製水素分離膜(合金膜厚さ20μm)2を挿入して成る反応管を用意した。この水素分離膜は円筒形の多孔質アルミナ成型体の外表面にPd−Ag合金膜を無電解メッキにより析出させ製作されたもので、この合金膜の長さは120mmである。また、漏れを防ぐために必要に応じ、多孔質アルミナ成型体表面の合金膜を有しない部分はガラス膜によりシールした(
図3には記載していない)。
【0049】
このステンレス製円筒1とPd−Ag合金製水素分離膜2で挟まれる空間の上流側40mm(部分Bの反応側領域)には平均粒径1mmの石英球を充填し、下流側80mm(部分Aの反応側領域)には嵩密度0.8、粒径1〜2mmの2質量%アルミナ担持白金触媒を充填し、触媒層3とした。
図3には記載していないが部分A反応領域側出口付近に熱電対を設置し、これにより示される温度を反応温度とした。
【0050】
この反応器の原料導入口8から33.0mL/hの速度で液状のメチルシクロヘキサンを供給した。この時、全てのメチルシクロヘキサンが触媒層に入る前に気化するように導入口8には十分なスペースを取り、温度も200℃以上に維持した。上記触媒層にはこのように気化した原料が導入され、反応温度を330℃、触媒層3内の圧力を1MPa、水素分離膜透過側領域5の圧力を0.1MPaに保持し、試験を実施した。試験を開始して1時間後に生成物を測定した。
【0051】
まず、水素分離膜出口6で分析を行ったところ11.0L/h(0℃、1気圧(0.10MPa)基準。以下同じ。)の速度で純度99.9モル%以上の水素が得られていた。また、反応側出口7で分析を行ったところ、メチルシクロヘキサンの転化率は78%であった。
【0052】
さらにこのまま反応を継続し、100時間後および300時間後に同様の分析を行った。その結果水素分離膜出口6からは純度99.9モル%以上の水素が100時間後には10.3L/hで、300時間後には10.0L/hで得られていた。また反応側出口7における分析からメチルシクロヘキサンの転化率はそれぞれ、75%および73%であった。
【0053】
〔比較例1〕
図4に示すように、水素分離膜の部分Bにガラスコーティング12を施し不活性化した。つまり、この例では、実施例1における部分Bに相当する箇所に水素分離膜は存在しない。それ以外は実施例1と同様の試験を行った。
【0054】
まず、試験を開始して1時間後に水素分離膜出口6で分析を行ったところ11.7L/hの速度で純度99.9モル%以上の水素が得られていた。また、反応側出口7で分析を行ったところ、メチルシクロヘキサンの転化率は80%であった。
【0055】
さらにこのまま反応を継続し、100時間後および300時間後に同様の分析を行った。その結果水素分離膜出口6からは純度99.9モル%以上の水素が得られたが、その量は100時間後には8.0L/h、さらに300時間後には4.3L/hまで減少した。また反応側出口7における分析からメチルシクロヘキサンの転化率はそれぞれ、56%および32%であった。
【0056】
このように、本発明を用いない場合、初期の水素収量は多いものの急速に触媒活性が劣化してしまうことがわかった。
【0057】
〔実施例2〕
メチルシクロヘキサンの替わりにシクロヘキサンを用いたこと以外は実施例1と同様の試験を行った。
【0058】
その結果、まず、水素分離膜出口6で分析を行ったところ12.6L/hの速度で純度99.9モル%以上の水素が得られていた。また、反応側出口7で分析を行ったところ、シクロヘキサンの転化率は74%であった。
【0059】
さらにこのまま反応を継続し、100時間後および300時間後に同様の分析を行った。その結果水素分離膜出口6からは純度99.9モル%以上の水素が100時間後には12.1L/hで、300時間後には11.8L/hで得られていた。また反応側出口7における分析からシクロヘキサンの転化率はそれぞれ、70%および68%であった。
【0060】
〔比較例2〕
メチルシクロヘキサンの替わりにシクロヘキサンを用いたこと以外は比較例1と同様の試験を行った。
【0061】
まず、反応を開始して1時間後に水素分離膜出口6を分析したところ13.3L/hの速度で純度99.9モル%以上の水素が得られていた。また、反応側出口7を分析したところ、シクロヘキサンの転化率は78%であった。
【0062】
さらにこのまま反応を継続し、100時間後および300時間後に同様の分析を行った。その結果水素分離膜出口6からは純度99.9モル%以上の水素が100時間後には2.8L/h、さらに300時間後には0.6L/hまで減少した。また反応側出口7の分析からシクロヘキサンの転化率はそれぞれ、16%および4%であった。
【0063】
比較例1と同様、本発明を用いない場合、初期の水素収量は多いものの急速に触媒活性が劣化してしまうことがわかった。
【符号の説明】
【0064】
1:反応容器
2:水素分離膜
3:脱水素触媒
4:反応側領域
5:透過側領域
6:水素分離膜出口(水素排出配管)
7:反応側出口(脱水素後の原料排出配管)
8:原料導入口(原料導入配管)
9:石英球
10:配管
11:ガラスコーティング