【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、絶縁体マトリックスとnmサイズの金属グラニュールからなるナノグラニュラー構造を有する薄膜は、絶縁体中に微細な金属グラニュールが分散して存在する効果により優れた薄膜誘電体であることを見出して本発明を完成した。
【0010】
本発明の特徴とするところは次の通りである。第1発明は、組成が一般式Fe
aCo
bNi
cM
wN
xO
yF
zで表わされ,M成分はMg,Al,Si,Ti,Y,Zr,Nb,Hf,Taのうちから選択される1種又は2種以上の元素であり,組成比a,b,c,w,x,y,zは原子比率(%)で、0≦a≦60,0≦b≦60,0≦c≦60,10<a+b+c<60,10≦w≦50,0≦x≦50,0≦y≦50,0≦z≦50,20≦x+y+z≦70,a+b+c+w+x+y+z=100,で表わされるとともに、前記Fe,Co及びNiの少なくとも1種からなり、かつnmサイズを有する金属グラニュールが、前記M成分と前記N,O及びFの少なくとも1種とからなる絶縁体マトリックスに分散したナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体において、前記絶縁体の薄膜の誘電率より高い誘電率を有する
とともに、磁性と誘電特性が相互作用することを特徴とする。
第2発明は、第1発明に記載の薄膜誘電体において誘電率が外部磁界により調整可能であることを特徴とする。
【0011】
第3発明は、組成がFe−Co−Mg−Fであり、前記a+b=12〜45%(c=0)であることを特徴とする第1発明に記載の薄膜誘電体に関する。
【0012】
第4発明は、組成がFe−Co−Al−Fであり、前記a+b=38〜48%(c=0)であることを特徴とする第1発明に記載の薄膜誘電体に関する。
【0013】
第5発明は、基板上に成膜され、膜厚が5μm以下であるとことを特徴とする第1から
第4発明までのいずれかに記載の薄膜誘電体に関する。
【0014】
第6発明は、ガラス板、表面を熱酸化した単結晶シリコンウェーハ、又はMgOからなる基板に直接成膜されたことを特徴とする第1から
第5発明までのいずれ
かに記載の薄膜誘電体に関する。
以下、本発明を詳しく説明する。
【0015】
組成
本発明(第1発明)の薄膜誘電体の組成を表す一般式Fe
aCo
bNi
cM
wN
xO
yF
zにおいて、Fe,Co,Niの合計含有量が原子比率で10%未満すなわちw + x+y+z>90であると、これらの金属からなるグラニュールの体積が小さくなり、グラニュールの効果による誘電率の増加が小さい。また、膜の磁性が失われる。また、前記の原子比率が60%を超えるすなわち
40>w + x+y+zであると、これらの金属からなるグラニュールの粒径が大きくなって部分的に接触することにより、電気抵抗率が減少し誘電損失が増大するため、40≦w + x+y+z≦90の範囲に限定した。
図1には、後述の実施例で行った方法で成膜した、Fe,Co,Mg及びFからなる薄膜について、膜中のFe+Co量(100−w−z,
c=x=y=0)と誘電率の関係を示した。Fe+Co量が請求項1と一致する10〜60at%の組成範囲において誘電率の増加が確認でき、特にFe+Co量12〜45at%の範囲
(第3発明)では10以上の値を示す。また、
図2には、Fe,Co,Al及びFからなる薄膜について、膜中のFe+Co量と誘電率の関係を示した。同様にFe+Co量10〜60at%の組成範囲において誘電率の増加が確認でき、特にFe+Co量33〜48at%
(第4発明)の範囲では10以上の値を示す。
さらに、Fe−Co−Mg−F系組成(
図1)において、a+b=21〜24%、及びFe−Co−Al−F系組成(
図2)において、a+b=38〜40%において、誘電率がピーク値を示すのは、膜組成、特に金属と誘電体との存在比率によって、グラニュールの粒径や分布状態、またグラニュラー間の誘電体の厚みなどの膜構造が変化し、その最適構造によって誘電率の増加効果が得られるためであると考えられる。また、最適構造においては、分極に寄与する電子の増大、グラニュール及び誘電体の分極に伴う局所的な電界強度の増大が起きていると考えられる。
【0016】
M成分は、N、OあるいはFと結合し、誘電体のマトリックスを形成する。Mの含有量wが10未満であるとマトリックスを形成する十分な体積の絶縁体がないため、誘電特性は示さない。また、N,O,及びF量が50を超える場合は、MとN,O及びFとの化合物の化学量論比よりもN,O,及びFが過剰となり、過剰なN,O,及びFがグラニュールを形成するFe,Co又はNiと結合して金属グラニュールの形成を抑制することになるので、10≦w≦50,0≦x≦50,0≦y≦50,0≦z≦50,20≦x+y+z≦70とする。
【0017】
ナノグラニュラー構造
本発明のナノグラニュラー構造は、Fe,Co及びNiの少なくとも1種からなり、かつnmサイズを有する金属グラニュールが、M成分とN,O及びFの少なくとも1種とからなる絶縁体マトリックスに分散したものである。かかるナノグラニュラー構造は、本発明者らが、磁気抵抗素子に関する非特許文献1、特許文献2:特開2001−94175号公報、特許文献3:特開2002−344042号公報及び特許文献4:特開2003−258333号公報において発表しており、一軸磁気異方性に関しては特許文献5:特開平9−82522号公報において発表している。これらの特長を要約すると次のとおりである。
(イ)磁性金属と絶縁体セラミックスからなる金属―絶縁体ナノグラニュラー材料は、作製が容易であり、特性の再現性に優れている。
(ロ)粒径が数ナノメーター程度の微細な磁性金属グラニュールと、それを取り囲む薄い絶縁体の粒界相からなるナノグラニュラー構造を有している。
(ハ)それぞれのグラニュールは、誘電体(絶縁体)粒界相を挟んでほぼ均一に分散しており、電気伝導は粒界相によって分断されている。
(ニ)グラニュールの強磁性金属はナノサイズであるために、超常磁性を示す。
(ホ)1×10
4μΩcm以上の高い比電気抵抗を有する。
【0018】
誘電率
本発明の薄膜誘電体の絶縁体マトリックスは前記M成分とN,O及びFの少なくとも1種とからなるものであり、例えばSiO
2、MgO,Al
2O
3,TiO
2、MgF
2,AlF
3 などである。これらの物質は常誘電体であり誘電率が低く、また薄膜化によって更に誘電率が減少するが、これらの絶縁体がナノグラニュールを分散させたナノグラニュラー構造のマトリックスを構成している本発明の薄膜誘電体の誘電率は、上述の常誘電体のみの薄膜の誘電率より高くなっている。
本発明においては、有意高周波回路設計上の都合から膜組成を変えることなどの簡便な方法により、任意に高周波帯の誘電率など誘電特性を最適化できることを見出した。
【0019】
グラニュラー構造と誘電率
誘電体のみの薄膜は、成膜過程で避けられない種々の欠陥を含む等、バルク状態の(バルク状態と同じ)構造が得られないため、バルク材が有する誘電率より小さい値を示す。それに対して、本発明のナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体は、その構造が極めて微細、かつ緻密であるために、膜厚が薄くなるなど体積が減少しても、薄膜化による誘電率低下を補完して、マトリックス絶縁体が誘電体として本来有する値と同程度、或いはそれ以上の誘電率を発現できる。また、本発明の薄膜誘電体は、ナノグラニュラー構造な構造を維持している限り所定誘電率が現れ、成膜による欠陥などにより誘電率が影響されることがない。さらに、このような構造は、成膜される基板の結晶構造などに関係なく実現される。
【0020】
本発明者らの研究の結果、ナノグラニュラー薄膜は、誘電体として次の特性をもっていることが分かった。
特性1:誘電率の制御が可能である。
特性2:磁性と誘電特性が相互作用する。
なお、以下の説明では、「磁性と誘電の複合特性」、あるいは「磁化と誘電特性の複合機能性」ということもあるが、同じ意味である。
特性3:絶縁体マトリックスにおいて起こる電子の分極は十分に大きい。
これらの特性(1)〜(3)については以下さらに説明する。
【0021】
(1)
誘電率の制御
従来の誘電体は、BaTiO
3,SrTiO
3,Ba(Zr,Ti)O
2等種類が限られていたが、本発明の薄膜誘電体の組成について請求項1を規定する組成範囲は非常に広いので、膜の組成を調整する簡便な方法により、誘電率を自由に制御することができる。また、必要により、成膜後熱処理を行うかあるいは成膜中の基板を加熱することにより、誘電率を制御することができる。
【0022】
(2)
磁性と誘電特性の相互作用
図3は、後述の試料番号17について、実施例で説明しているLCRメータによる誘電率測定の際に試料に外部磁界を印加して、磁界中での誘電率の変化を計測した結果である。この薄膜は磁化を有しているので、外部磁界により磁化状態が変化する。一方、100kHzにおける誘電率は、外部磁界がゼロの基準誘電率に対して、磁界の正逆方向に対称的変化を表している。
【0023】
(3)
電子の分極
図1におけるFe+Co=0の組成及び、
図2におけるFe+Co=0の組成では絶縁体の分極により誘電率が定められる。これに対して、10<Fe+Co<60の範囲では誘電率の増大が見られ、分極した電子が多くなっていると考えられる。
続いて、本発明の薄膜誘電体の物性などについて説明する。
【0024】
飽和磁化
本発明の薄膜誘電体は、Fe,Co,およびNiからなるグラニュールを含むため、磁化が0.5kG以上の磁性を示す。
図4には、Fe,Co,Mg、及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100-w-z,c=x=y=0)と飽和磁化の関係を
図4に示した。Fe+Co量が10at%以上において0.5kG以上の磁化を有することが分かる。
図1,2に示される誘電特性の変化は、このような膜の磁化変化に対応しており、磁性と誘電の複合特性が発現する。磁化が0.5kG未満の場合は、磁性の効果は小さく、複合特性は示さない。
【0025】
電気抵抗率
本発明の薄膜誘電体は、前記した組成範囲では、1×10
4μΩcm以上1×10
15μΩcm未満の電気抵抗率を得ることができる。電気抵抗率が1×10
4μΩcm未満の場合は、誘電損失が著しく増大し、誘電特性が劣化する。また、電気抵抗率が1×10
15μΩcmを超える場合は、膜中のグラニュールの成分が少ないために、誘電率の増大効果及び磁性は失われる。
図5には、Fe,Co,Mg及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100-w-z,c=x=y=0)と電気抵抗率の関係を示した。電気抵抗率が1×10
4μΩcm未満の場合は、誘電損失が著しく増大し誘電特性が劣化すると同時に、多数の電子が伝導に寄与し分極に寄与する電子が減少するために、誘電率が低下する。また、電気抵抗率が1×10
15μΩcmを超える場合は、膜中のグラニュールの成分が少ないために誘電率の増大効果が損なわれ、また、磁化を担う磁性元素が少ないために磁化は失われ、磁化と誘電特性の複合機能性は現れない。
【0026】
膜厚
本発明の薄膜誘電体は、膜厚の薄い薄膜状態で用いることが好ましい。膜厚が5μmを超える場合でも本発明の効果は得られるが、薄膜プロセスを用いて厚い膜を作製するのは効率が悪く、膜厚が5μmを超える場合では実用的意義は薄い。本発明の薄膜誘電体は、従来材料では得られない薄い薄膜状態でその効果が発揮される
(第5発明)。
【0027】
基板
本発明の薄膜誘電体は、石英ガラス、コーニング社製♯7059(コーニング社の商品名、以下同じ)などのガラス板、表面を熱酸化した単結晶シリコンウェーハ、又はMgOからなる基板に直接成膜することができる
(第6発明)。
【0028】
製造方法
本発明の誘電体薄膜は、コンベンショナルなスパッタ装置、RFスパッタ装置で成膜することができる。スパッタ法又はRFスパッタ成膜装置を用い、純Fe、純Co、純Ni、あるいはFe,Co,Niのいずれかを含む合金円板上に、M元素を含む窒化物、酸化物、あるいはフッ化物の誘電体(絶縁体)のチップを均等に配置した複合ターゲットを用いて行なうか、あるいは金属ターゲットと誘電体ターゲットを同時にスパッタして行うと、nmサイズの超常磁性を示す磁性グラニュールが誘電体からなる絶縁相中に分散したナノグラニュラー構造膜が得られ、所望の誘電特性を示す。
【0029】
より具体的には、コンベンショナルタイプのRFスパッタ装置、RFマグネトロンスパッタ装置あるいはDC対向ターゲットスパッタ装置を用い、直径70〜100mmの純Fe、純Co、純NiあるいはFe,Co,Niのいずれか2種以上を含む合金円板ターゲット、さらにそれにM元素を含む合金ターゲットと、窒化物、酸化物あるいはフッ化物ターゲットを同時にスパッタすることにより、薄膜を作製する。スパッタ成膜に際しては、純Arガス、もしくはArとN又はOの混合ガスを用いる。膜厚のコントロールは成膜時間を加減することによって行い、約0.3〜5μmに成膜する。尚、基板は間接水冷あるいは100〜800℃の任意の温度に熱し、成膜時のスパッタ圧力は1〜60mTorrで、スパッタ電力は50〜350Wである。
【0030】
さらに、成膜後あるいは成膜中の100〜800℃の加熱により誘電特性を調整することができる。本発明の薄膜誘電体の誘電特性は、上述のように、誘電体からなるマトリックスにnmサイズの金属グラニュールが分散したナノグラニュラー構造に関連している。本発明の薄膜誘電体の誘電特性に微妙な影響を及ぼす条件としては次のものが考えられる。(1)金属グラニュールの粒径や分散状態、(2)マトリックス絶縁体の構造や状態、(3)誘電特性を担うマトリックスの結晶構造、(4)グラニュールとマトリックス絶縁体との接合界面、(5)マトリックスやグラニュール内の原子数個程度の不純物や界面での原子の配置や移動など、原子レベルでの構造変化などである。これらの条件は、成膜後の熱処理、及び成膜中の基板加熱によって変化する。それらの温度は、100℃未満では効果はなく、800℃を越えると構造が一様化してしまい、ヘテロ構造であるナノグラニュラー構造は得られない。
【0031】
{作用}
新たに発見された前記特性(1)、(2)、(3)を利用して新規な薄膜誘電体を得ることができた。