特許第5799312号(P5799312)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5799312
(24)【登録日】2015年9月4日
(45)【発行日】2015年10月21日
(54)【発明の名称】薄膜誘電体
(51)【国際特許分類】
   H01B 3/02 20060101AFI20151001BHJP
   H01B 3/00 20060101ALI20151001BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20151001BHJP
   C01G 51/00 20060101ALI20151001BHJP
   C01G 49/00 20060101ALI20151001BHJP
   H01G 4/33 20060101ALN20151001BHJP
【FI】
   H01B3/02 Z
   H01B3/00 F
   C01G53/00 A
   C01G51/00 C
   C01G51/00 B
   C01G51/00 A
   C01G49/00 E
   !H01G4/06 102
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2010-214360(P2010-214360)
(22)【出願日】2010年9月24日
(65)【公開番号】特開2012-69428(P2012-69428A)
(43)【公開日】2012年4月5日
【審査請求日】2013年3月18日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000173795
【氏名又は名称】公益財団法人電磁材料研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100077528
【弁理士】
【氏名又は名称】村井 卓雄
(72)【発明者】
【氏名】小林 伸聖
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 忠義
(72)【発明者】
【氏名】横井 敦史
(72)【発明者】
【氏名】大沼 繁弘
【審査官】 山下 裕久
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−094175(JP,A)
【文献】 特開2002−344042(JP,A)
【文献】 特開2003−258333(JP,A)
【文献】 特開平10−275320(JP,A)
【文献】 特開平05−213696(JP,A)
【文献】 特開2004−103769(JP,A)
【文献】 特開2010−101658(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 3/00−02
C01G 49/00
C01G 51/00
C01G 53/00
H01G 4/33
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が一般式FeaCobNicwxyzで表わされ,M成分はMg,Al,Si,Ti,Y,Zr,Nb,Hf,Taのうちから選択される1種又は2種以上の元素であり,組成比a,b,c,w,x,y,zは原子比率(%)で、0≦a≦60,0≦b≦60,0≦c≦60,10<a+b+c<60,10≦w≦50,0≦x≦50,0≦y≦50,0≦z≦50,20≦x+y+z≦70、a+b+c+w+x+y+z=100で表わされるとともに、前記Fe,Co及びNiの少なくとも1種からなり、かつnmサイズを有する金属グラニュールが、前記M成分と前記N,O及びFの少なくとも1種とからなる絶縁体マトリックスに分散したナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体において、前記絶縁体の薄膜の誘電率より高い誘電率を有するとともに、磁性と誘電特性が相互作用することを特徴とする薄膜誘電体。
【請求項2】
誘電率が外部磁界により調整可能であることを特徴とする請求項1記載の薄膜誘電体。
【請求項3】
組成がFe−Co−Mg−Fであり、前記a+b=12〜45%(c=0)であることを特徴とする請求項1又は2記載の薄膜誘電体。
【請求項4】
組成がFe−Co−Al−Fであり、前記a+b=33〜48%(c=0)であることを特徴とする請求項1又は2記載の薄膜誘電体。
【請求項5】
基板上に成膜され、膜厚が5μm以下であることを特徴とする請求項1からまでのいずれか1項に記載の薄膜誘電体。
【請求項6】
ガラス板、表面を熱酸化した単結晶シリコンウェーハ、又はMgO板からなる基板に直接成膜されたことを特徴とする請求項1からまでのいずれか1項に記載の薄膜誘電体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜誘電体に関するものであり、さらに詳しく述べるならば、本発明者らが、非特許文献1:日本金属学会報「まてりあ」Vol.37(1998)、No.9, p745-748、グラニュラー系トンネル型巨大磁気抵抗−高次のスピン依存トンネル効果―において、巨大磁気抵抗(GMR)材料として発表したいわゆるナノグラニュラー磁性材料が薄膜誘電体として優れた性質をもつこと発見し、この発見に基づいて提案する新規な薄膜誘電体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
携帯電話、パソコンなどの電子機器においては、BaTiO,SrTiO,Ba(Zr,Ti)O等の様々の材料系からなる誘電体を用いた電子部品が数多く使われており、近年、その電子機器の小型・軽量化、省電力化、また多機能・高機能化に伴い、より高機能、もしくは多様な性能を有する誘電材料が求められている。特に、小型化や高密度化に対応するために、材料の微小サイズ化、薄膜化が必要である。例えば、特許文献1:特開平4−133369号公報は、PbTiOなどの酸化物薄膜誘電体に関するものであり、絶縁体基板と誘電体薄膜の間にTiを含む酸化物バッファー層を介在させることにより、密着性及び誘電特性を改良することを提案している。
【0003】
一方、情報通信技術においては、信号処理速度の高速化が急速に進展している。このような高速信号伝送においては、信号配線として、例えば、半導体基板上に実装されたインピーダンス整合のためのマイクロストリップ線路、コプレーナ線路等の高周波伝送に対応したCPUを搭載した基板の高速伝送回路など伝送線路の回路設計が必要であり、高周波特性には伝送線路の誘電特性が大きく影響するため、絶縁層などに高周波誘電特性に優れた薄膜誘電材料を用いる必要がある。
非特許文献2: 福岡県工業技術センター研究報告第13号(平成14年度)No.11,第1〜4頁、「高周波誘電体薄膜の作製と応用」においては、Ba/Ti比率を変化させたBa-Ti-O系誘電体薄膜をゾルゲル法で成膜し、GHz帯の誘電特性を測定している。但し、薄膜の誘電特性測定法は述べられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−133369号公報
【特許文献2】特開2001−94175号公報
【特許文献3】特開2002−344042号公報
【特許文献4】特開2003−258333号公報
【特許文献5】特開平9−82522号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本金属学会報「まてりあ」Vol.37(1998)、No.9, p745-748、グラニュラー系トンネル型巨大磁気抵抗−高次のスピン依存トンネル効果―
【非特許文献2】福岡県工業技術センター研究報告第13号(平成14年度)No.11,第1〜4頁、「高周波誘電体薄膜の作製と応用」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
誘電材料を用いた電子デバイスの小型化には、誘電材料の小型化・薄膜化が不可欠である。BaTiO,SrTiO、CaTiO,(Zn,Sn)TiO,Ba(Zr,Ti)O等の誘電体材料は粉末を焼結したバルク状態で優れた誘電特性を示す。また、これらの材料を、物理的蒸着法などの種々の薄膜作製プロセスが提案されている。しかし、薄膜化により、通常、大幅に誘電特性が劣化する。これは種々の薄膜作製プロセスに作製される誘電体薄膜においてはバルクと同じ構造が得られないためであって、この原因は、誘電特性を発生する結晶構造自体にあり、例えば、特許文献1で考察されている誘電体層と基板の格子定数不整合も誘電体の結晶構造の一つの局面ということができる。
またコランダム系Alやケイ酸塩系SiO、MgSiなどの常誘電特性を示す絶縁体においては、誘電率が小さく、また薄膜化した場合にその絶縁性を維持するのは容易ではない。
尚、薄膜材料とは真空蒸着法、電子線蒸着法、スパッタ法、ゾルゲル法、めっき法等の成膜法によってガラス、石英、Siウエハ、MgO等の基板上に、厚さ数ミクロン程度に堆積された材料である。
【0007】
ところで、伝送線路設計においては、伝送線路上に作製できる絶縁膜や誘電体膜の選択肢が限られており、伝送線路設計に制約がある。例えば、伝送線路の高周波特性は、線路の断面形状と絶縁層の誘電特性で決まるため、信号配線として、インピーダンス整合のためのマイクロストリップ線路、コプレーナ線路等の高周波伝送に対応した伝送線路構造の最適化する必要がある。しかしながら、薄膜化により誘電率が低下することは、そのこと自身が問題であるのみならず、誘電率低下程度は薄膜の厚さの減少による絶縁性の劣化などに依存するので、任意の誘電特性を選択することの制約になっている。
【0008】
よって、本発明は、半導体基板、絶縁体基板など各種基板あるいは半導体もしくは絶縁体の層上に薄膜として成膜した際に高い誘電率を示すとともに、多様な伝送路設計を可能となる薄膜誘電体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、絶縁体マトリックスとnmサイズの金属グラニュールからなるナノグラニュラー構造を有する薄膜は、絶縁体中に微細な金属グラニュールが分散して存在する効果により優れた薄膜誘電体であることを見出して本発明を完成した。
【0010】
本発明の特徴とするところは次の通りである。第1発明は、組成が一般式FeaCobNicwxyzで表わされ,M成分はMg,Al,Si,Ti,Y,Zr,Nb,Hf,Taのうちから選択される1種又は2種以上の元素であり,組成比a,b,c,w,x,y,zは原子比率(%)で、0≦a≦60,0≦b≦60,0≦c≦60,10<a+b+c<60,10≦w≦50,0≦x≦50,0≦y≦50,0≦z≦50,20≦x+y+z≦70,a+b+c+w+x+y+z=100,で表わされるとともに、前記Fe,Co及びNiの少なくとも1種からなり、かつnmサイズを有する金属グラニュールが、前記M成分と前記N,O及びFの少なくとも1種とからなる絶縁体マトリックスに分散したナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体において、前記絶縁体の薄膜の誘電率より高い誘電率を有するとともに、磁性と誘電特性が相互作用することを特徴とする。第2発明は、第1発明に記載の薄膜誘電体において誘電率が外部磁界により調整可能であることを特徴とする。
【0011】
第3発明は、組成がFe−Co−Mg−Fであり、前記a+b=12〜45%(c=0)であることを特徴とする第1発明に記載の薄膜誘電体に関する。
【0012】
第4発明は、組成がFe−Co−Al−Fであり、前記a+b=38〜48%(c=0)であることを特徴とする第1発明に記載の薄膜誘電体に関する。
【0013】
第5発明は、基板上に成膜され、膜厚が5μm以下であるとことを特徴とする第1から第4発明までのいずれかに記載の薄膜誘電体に関する。
【0014】
第6発明は、ガラス板、表面を熱酸化した単結晶シリコンウェーハ、又はMgOからなる基板に直接成膜されたことを特徴とする第1から第5発明までのいずれに記載の薄膜誘電体に関する。
以下、本発明を詳しく説明する。
【0015】
組成
本発明(第1発明)の薄膜誘電体の組成を表す一般式FeaCobNicwxyzにおいて、Fe,Co,Niの合計含有量が原子比率で10%未満すなわちw + x+y+z>90であると、これらの金属からなるグラニュールの体積が小さくなり、グラニュールの効果による誘電率の増加が小さい。また、膜の磁性が失われる。また、前記の原子比率が60%を超えるすなわち40>w + x+y+zであると、これらの金属からなるグラニュールの粒径が大きくなって部分的に接触することにより、電気抵抗率が減少し誘電損失が増大するため、40≦w + x+y+z≦90の範囲に限定した。
図1には、後述の実施例で行った方法で成膜した、Fe,Co,Mg及びFからなる薄膜について、膜中のFe+Co量(100−w−z,=x=y=0)と誘電率の関係を示した。Fe+Co量が請求項1と一致する10〜60at%の組成範囲において誘電率の増加が確認でき、特にFe+Co量12〜45at%の範囲(第3発明)では10以上の値を示す。また、図2には、Fe,Co,Al及びFからなる薄膜について、膜中のFe+Co量と誘電率の関係を示した。同様にFe+Co量10〜60at%の組成範囲において誘電率の増加が確認でき、特にFe+Co量33〜48at%(第4発明)の範囲では10以上の値を示す。
さらに、Fe−Co−Mg−F系組成(図1)において、a+b=21〜24%、及びFe−Co−Al−F系組成(図2)において、a+b=38〜40%において、誘電率がピーク値を示すのは、膜組成、特に金属と誘電体との存在比率によって、グラニュールの粒径や分布状態、またグラニュラー間の誘電体の厚みなどの膜構造が変化し、その最適構造によって誘電率の増加効果が得られるためであると考えられる。また、最適構造においては、分極に寄与する電子の増大、グラニュール及び誘電体の分極に伴う局所的な電界強度の増大が起きていると考えられる。
【0016】
M成分は、N、OあるいはFと結合し、誘電体のマトリックスを形成する。Mの含有量wが10未満であるとマトリックスを形成する十分な体積の絶縁体がないため、誘電特性は示さない。また、N,O,及びF量が50を超える場合は、MとN,O及びFとの化合物の化学量論比よりもN,O,及びFが過剰となり、過剰なN,O,及びFがグラニュールを形成するFe,Co又はNiと結合して金属グラニュールの形成を抑制することになるので、10≦w≦50,0≦x≦50,0≦y≦50,0≦z≦50,20≦x+y+z≦70とする。
【0017】
ナノグラニュラー構造
本発明のナノグラニュラー構造は、Fe,Co及びNiの少なくとも1種からなり、かつnmサイズを有する金属グラニュールが、M成分とN,O及びFの少なくとも1種とからなる絶縁体マトリックスに分散したものである。かかるナノグラニュラー構造は、本発明者らが、磁気抵抗素子に関する非特許文献1、特許文献2:特開2001−94175号公報、特許文献3:特開2002−344042号公報及び特許文献4:特開2003−258333号公報において発表しており、一軸磁気異方性に関しては特許文献5:特開平9−82522号公報において発表している。これらの特長を要約すると次のとおりである。
(イ)磁性金属と絶縁体セラミックスからなる金属―絶縁体ナノグラニュラー材料は、作製が容易であり、特性の再現性に優れている。
(ロ)粒径が数ナノメーター程度の微細な磁性金属グラニュールと、それを取り囲む薄い絶縁体の粒界相からなるナノグラニュラー構造を有している。
(ハ)それぞれのグラニュールは、誘電体(絶縁体)粒界相を挟んでほぼ均一に分散しており、電気伝導は粒界相によって分断されている。
(ニ)グラニュールの強磁性金属はナノサイズであるために、超常磁性を示す。
(ホ)1×10μΩcm以上の高い比電気抵抗を有する。
【0018】
誘電率
本発明の薄膜誘電体の絶縁体マトリックスは前記M成分とN,O及びFの少なくとも1種とからなるものであり、例えばSiO、MgO,Al,TiO、MgF2,AlF などである。これらの物質は常誘電体であり誘電率が低く、また薄膜化によって更に誘電率が減少するが、これらの絶縁体がナノグラニュールを分散させたナノグラニュラー構造のマトリックスを構成している本発明の薄膜誘電体の誘電率は、上述の常誘電体のみの薄膜の誘電率より高くなっている。
本発明においては、有意高周波回路設計上の都合から膜組成を変えることなどの簡便な方法により、任意に高周波帯の誘電率など誘電特性を最適化できることを見出した。
【0019】
グラニュラー構造と誘電率
誘電体のみの薄膜は、成膜過程で避けられない種々の欠陥を含む等、バルク状態の(バルク状態と同じ)構造が得られないため、バルク材が有する誘電率より小さい値を示す。それに対して、本発明のナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体は、その構造が極めて微細、かつ緻密であるために、膜厚が薄くなるなど体積が減少しても、薄膜化による誘電率低下を補完して、マトリックス絶縁体が誘電体として本来有する値と同程度、或いはそれ以上の誘電率を発現できる。また、本発明の薄膜誘電体は、ナノグラニュラー構造な構造を維持している限り所定誘電率が現れ、成膜による欠陥などにより誘電率が影響されることがない。さらに、このような構造は、成膜される基板の結晶構造などに関係なく実現される。
【0020】
本発明者らの研究の結果、ナノグラニュラー薄膜は、誘電体として次の特性をもっていることが分かった。
特性1:誘電率の制御が可能である。
特性2:磁性と誘電特性が相互作用する。なお、以下の説明では、「磁性と誘電の複合特性」、あるいは「磁化と誘電特性の複合機能性」ということもあるが、同じ意味である。
特性3:絶縁体マトリックスにおいて起こる電子の分極は十分に大きい。
これらの特性(1)〜(3)については以下さらに説明する。
【0021】
(1)誘電率の制御
従来の誘電体は、BaTiO,SrTiO,Ba(Zr,Ti)O等種類が限られていたが、本発明の薄膜誘電体の組成について請求項1を規定する組成範囲は非常に広いので、膜の組成を調整する簡便な方法により、誘電率を自由に制御することができる。また、必要により、成膜後熱処理を行うかあるいは成膜中の基板を加熱することにより、誘電率を制御することができる。
【0022】
(2)磁性と誘電特性の相互作用
図3は、後述の試料番号17について、実施例で説明しているLCRメータによる誘電率測定の際に試料に外部磁界を印加して、磁界中での誘電率の変化を計測した結果である。この薄膜は磁化を有しているので、外部磁界により磁化状態が変化する。一方、100kHzにおける誘電率は、外部磁界がゼロの基準誘電率に対して、磁界の正逆方向に対称的変化を表している。
【0023】
(3)電子の分極
図1におけるFe+Co=0の組成及び、図2におけるFe+Co=0の組成では絶縁体の分極により誘電率が定められる。これに対して、10<Fe+Co<60の範囲では誘電率の増大が見られ、分極した電子が多くなっていると考えられる。
続いて、本発明の薄膜誘電体の物性などについて説明する。
【0024】
飽和磁化
本発明の薄膜誘電体は、Fe,Co,およびNiからなるグラニュールを含むため、磁化が0.5kG以上の磁性を示す。図4には、Fe,Co,Mg、及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100-w-z,c=x=y=0)と飽和磁化の関係を図4に示した。Fe+Co量が10at%以上において0.5kG以上の磁化を有することが分かる。図1,2に示される誘電特性の変化は、このような膜の磁化変化に対応しており、磁性と誘電の複合特性が発現する。磁化が0.5kG未満の場合は、磁性の効果は小さく、複合特性は示さない。
【0025】
電気抵抗率
本発明の薄膜誘電体は、前記した組成範囲では、1×10μΩcm以上1×1015μΩcm未満の電気抵抗率を得ることができる。電気抵抗率が1×10μΩcm未満の場合は、誘電損失が著しく増大し、誘電特性が劣化する。また、電気抵抗率が1×1015μΩcmを超える場合は、膜中のグラニュールの成分が少ないために、誘電率の増大効果及び磁性は失われる。
図5には、Fe,Co,Mg及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100-w-z,c=x=y=0)と電気抵抗率の関係を示した。電気抵抗率が1×10μΩcm未満の場合は、誘電損失が著しく増大し誘電特性が劣化すると同時に、多数の電子が伝導に寄与し分極に寄与する電子が減少するために、誘電率が低下する。また、電気抵抗率が1×1015μΩcmを超える場合は、膜中のグラニュールの成分が少ないために誘電率の増大効果が損なわれ、また、磁化を担う磁性元素が少ないために磁化は失われ、磁化と誘電特性の複合機能性は現れない。
【0026】
膜厚
本発明の薄膜誘電体は、膜厚の薄い薄膜状態で用いることが好ましい。膜厚が5μmを超える場合でも本発明の効果は得られるが、薄膜プロセスを用いて厚い膜を作製するのは効率が悪く、膜厚が5μmを超える場合では実用的意義は薄い。本発明の薄膜誘電体は、従来材料では得られない薄い薄膜状態でその効果が発揮される(第5発明)
【0027】
基板
本発明の薄膜誘電体は、石英ガラス、コーニング社製♯7059(コーニング社の商品名、以下同じ)などのガラス板、表面を熱酸化した単結晶シリコンウェーハ、又はMgOからなる基板に直接成膜することができる(第6発明)
【0028】
製造方法
本発明の誘電体薄膜は、コンベンショナルなスパッタ装置、RFスパッタ装置で成膜することができる。スパッタ法又はRFスパッタ成膜装置を用い、純Fe、純Co、純Ni、あるいはFe,Co,Niのいずれかを含む合金円板上に、M元素を含む窒化物、酸化物、あるいはフッ化物の誘電体(絶縁体)のチップを均等に配置した複合ターゲットを用いて行なうか、あるいは金属ターゲットと誘電体ターゲットを同時にスパッタして行うと、nmサイズの超常磁性を示す磁性グラニュールが誘電体からなる絶縁相中に分散したナノグラニュラー構造膜が得られ、所望の誘電特性を示す。
【0029】
より具体的には、コンベンショナルタイプのRFスパッタ装置、RFマグネトロンスパッタ装置あるいはDC対向ターゲットスパッタ装置を用い、直径70〜100mmの純Fe、純Co、純NiあるいはFe,Co,Niのいずれか2種以上を含む合金円板ターゲット、さらにそれにM元素を含む合金ターゲットと、窒化物、酸化物あるいはフッ化物ターゲットを同時にスパッタすることにより、薄膜を作製する。スパッタ成膜に際しては、純Arガス、もしくはArとN又はOの混合ガスを用いる。膜厚のコントロールは成膜時間を加減することによって行い、約0.3〜5μmに成膜する。尚、基板は間接水冷あるいは100〜800℃の任意の温度に熱し、成膜時のスパッタ圧力は1〜60mTorrで、スパッタ電力は50〜350Wである。
【0030】
さらに、成膜後あるいは成膜中の100〜800℃の加熱により誘電特性を調整することができる。本発明の薄膜誘電体の誘電特性は、上述のように、誘電体からなるマトリックスにnmサイズの金属グラニュールが分散したナノグラニュラー構造に関連している。本発明の薄膜誘電体の誘電特性に微妙な影響を及ぼす条件としては次のものが考えられる。(1)金属グラニュールの粒径や分散状態、(2)マトリックス絶縁体の構造や状態、(3)誘電特性を担うマトリックスの結晶構造、(4)グラニュールとマトリックス絶縁体との接合界面、(5)マトリックスやグラニュール内の原子数個程度の不純物や界面での原子の配置や移動など、原子レベルでの構造変化などである。これらの条件は、成膜後の熱処理、及び成膜中の基板加熱によって変化する。それらの温度は、100℃未満では効果はなく、800℃を越えると構造が一様化してしまい、ヘテロ構造であるナノグラニュラー構造は得られない。
【0031】
{作用}
新たに発見された前記特性(1)、(2)、(3)を利用して新規な薄膜誘電体を得ることができた。
【発明の効果】
【0032】
本発明の薄膜誘電体は従来の誘電体材料のように体積依存性をもたない。従来材料の薄膜化の例として、物理的蒸着などの薄膜プロセスにより、チタン酸バリウム系誘電体薄膜(Ba1−xSrTiO(x=0〜0.6)),PbTiO,Pb(Zr,Ti)O,BiTi12等を作製し、大容量の薄膜コンデンサの開発を目指す研究も盛んに行われている。しかし、チタン酸バリウム系薄膜は、膜厚を数百nmレベル以下まで小さくすると、誘電率が低下するという問題があり、膜厚数百nm程度が素子として安定に動作する限界である。
【0033】
本発明においては、膜組成や熱処理などを調整することによって、マトリックスの状態や構造、また金属グラニュールの粒径や分散状態を調整し、任意の誘電特性を有する薄膜材料が設計できる。これに対して、バルクの誘電体材料には、ゴムや樹脂などに大きさが数μm程度の金属粒子を練りこんだ複合材料も用いられているが、その材料組織は、ナノグラニュラー構造に比べて数桁も大きく、高密度化や薄膜化には全く対応できない。
【0034】
本発明のナノグラニュラー構造を有する薄膜誘電体は、下地基板の結晶方位などにより特性が影響されないから、バッファー層などが必要ではなく、あらゆる基板材料に対応できるので、用途が広く、かつ低コストで製造が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、本発明を実施例を参照してさらに詳しく説明する。
〔実施例1〕
予備実験
基板には、約0.5mm厚のコーニング社製#7059(コーニング社の商品名)ガラス、0.5mm厚で表面を熱酸化したSiウエハ、0.5mm厚の石英ガラス、もしくは同様に約0.5mm厚のMgOを用い、さらに、膜厚を0.3〜3μmの範囲で変化させた試料番号16の誘電率を測定したところ、基板種類や膜厚と関係なく誘電率はほとんど同じであったために、以下の実験では次のように変化させた条件で実験を行った。なお、誘電率測定のために上記基板材の一部にAuもしくはPtの電極膜を備えた基板を用いた。
【0036】
薄膜の作製と評価
成膜装置:RFマグネトロンスパッタ装置・DC対向ターゲットスパッタ装置
基板:#7059ガラス、石英ガラス、Siウエハ
誘電体膜厚:0.3〜5.0μm
基板温度:水冷〜800℃
スパッタ圧力:0.3〜20mTorr
スパッタ電力:50〜200W
【0037】
前記のようにして作製した薄膜試料は、LCRメータ(製造社:Agilent社;型式E4980A)によって誘電率及び誘電損失を計測した。また、電気抵抗率は直流4端子法を基本とする電気抵抗率の測定装置を用いて測定し、また磁化は、試料振動型磁化測定装置(VSM)で測定した。膜組成はエネルギー分散型分光分析法(EDS)、あるいは波長分散型分光分析法(WDS)によって分析した。また、膜の構造は、Cu−Kα線を用いたX線回折法(XRD)及び高分解能透過型電子顕微鏡(TEM)によって解析した。それぞれの薄膜試料の組成を表1に、諸特性を表2に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
【0040】
図6には試料番号1のTEM像を示す。膜は、粒径が3−4nmのグラニュール(黒っぽい球形の部分)と、絶縁体もしくは誘電体(グラニュール間の白っぽい部分)からなる、ナノメーター(nm)オーダーの微細構造であるグラニュラー構造であることが分かる。また、図7には試料番号13のXRD図形を示す。2θが25°付近にはAlFからなるフッ化物からのピーク、また2θが44°付近には膜中の磁性金属グラニュール(鉄,コバルト)に対応するピークが観察され観察される。さらに、図8には試料番号17のXRD図形を示す。2θが27°、40°、及び54°付近にはMgF2 からなるフッ化物相からのピーク、また2θが44°付近には膜中の磁性金属グラニュール(鉄,コバルト)に対応するピークが観察される。図7及び図8において、磁性金属グラニュールのピークの半値幅からシェラーの式を用いて計算されるグラニュールの粒径は2〜5nmである。以上のことから、これらの膜が微細なナノグラニュールと絶縁体であるフッ化物相の2相からなるナノグラニュラー構造であることがわかる。
【0041】
表1に示された薄膜誘電体の組成において試料番号1〜19は本発明の組成範囲を満たしている。これらの試料中、誘電率が最も高い組成は試料番号6(誘電率=58)であり、最も低い組成は試料番号17(誘電率=12)である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上説明したように、本発明による薄膜誘電体は、誘電体を用いたデバイスの小型化・高周波化に対応したものであり、容易に微小サイズの誘電体デバイスを提供することができる。さらに、高周波回路設計に必要な誘電体特性の調整が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】Fe,Co,Mg及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100−w−z,c=x=y=0)と誘電率の関係を示すグラフである。
図2】Fe,Co,Al及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100−w−z,c=x=y=0)と誘電率の関係を示すグラフである。
図3】資料番号17について、磁界中での誘電率の変化を示すグラフである。
図4】Fe,Co,Mg及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100−w−z,c=x=y=0)と磁化の関係を示すグラフである。
図5】Fe、Co、Mg、及びFからなる膜について、膜中のFe+Co量(100−w−z,c=x=y=0)と電気抵抗率の関係を示すグラフである。
図6】資料番号1のTEM像を示す。
図7】試料番号13のXRD図形を示す。
図8】試料番号17のXRD図形を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8