【文献】
第49回日本植物生理学会年会要旨集,2008年 3月15日,p. 193, 3aD10(361)
【文献】
第50回日本植物生理学会年会要旨集,2009年 3月16日,p. 166, 1pI07(226)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る植物体は、特定のチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動させたものであり、野生型と比較して環境ストレス耐性が向上したものである。ここで、環境ストレスとは、塩ストレス、高温ストレス及び乾燥ストレス等を含む意味である。特に、本発明に係る植物体において、環境ストレス耐性としては塩ストレス耐性を対象とすることが好ましい。すなわち、本発明に係る植物体は、野生型と比較して塩ストレス耐性が向上したものであることが好ましい。塩ストレス等の環境ストレス耐性が向上するとは、野生型の生育が不可能或いは困難な環境ストレス付加条件下において生育が可能であることを意味する。
【0018】
本発明においてチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動させるとは、当該遺伝子の発現量を増加させること、当該遺伝子の発現量を減少させることの両者を含む意味である。チロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動させるには、詳細を後述するような各種の改変を行うことで達成することができる。チロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を増加させる或いは減少させるとは、改変前の植物(例えば野生型の植物)における当該遺伝子の発現量と比較して、改変後の植物における当該遺伝子の発現量が統計的に有意に増加しているか、減少していればよい。このように、当該遺伝子の発現量が統計的に有意に増加しているか、減少していればよく、増加量及び減少量は問わない。
【0019】
また、本発明においてチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を減少させるとは、植物内におけるチロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制することと同義である。チロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制することによって、対象植物における特定のチロシンフォスファターゼ活性を低下又は喪失させることとなる。ここで、遺伝子を抑制するとは、染色体から当該遺伝子を欠失させること、当該遺伝子の発現量を低下させること、当該遺伝子の転写産物を分解すること、当該遺伝子の翻訳量を低下させること、当該遺伝子の発現産物(タンパク質)を分解、抑制すること等を含む意味である。言い換えると、特定のチロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制するとは、loss-of-function mutantタイプの変異をチロシンフォスファターゼ遺伝子に導入することを含む意味である。より具体的に、遺伝子を抑制する手法としては、所謂、トランスポゾン法、トランスジーン法、転写後遺伝子サイレンシング法、RNAi法、ナンセンス仲介減衰(Nonsense mediated decay, NMD)法、リボザイム法、アンチセンス法、miRNA(micro-RNA)法、siRNA(small interfering RNA)法、抗体法等を挙げることができる。
【0020】
例えば、チロシンフォスファターゼ遺伝子を染色体から欠失させるとは、特に限定されないが、当該遺伝子の発現制御領域及び/又はコーディング領域を染色体から欠落させることを意味する。チロシンフォスファターゼ遺伝子を染色体から欠失させる方法は特に限定されず定法に従って適宜実施することができる。
【0021】
また、チロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制するsiRNAは、当該チロシンフォスファターゼ遺伝子に対応するmRNA(すなわち、該遺伝子によってコードされるmRNA)又はその選択的スプライス型mRNAに相補的な配列を含む小さな二本鎖RNAであり、RNA-ヌクレアーゼ複合体(RNA induced silencing complex又はRISC)の形成を介して該mRNA又はその選択的スプライス型mRNAが選択的にプロセシングされる。
【0022】
また、siRNAは、その前駆体であるショートヘアピンRNA(shRNA)から、細胞内RNアーゼであるダイサー(Dicer)によるプロセシングを介して誘導されてもよい。shRNAは、siRNAのセンス鎖配列とアンチセンス鎖配列との間にループを有する二本鎖RNAであり、好ましくはその3'末端に1〜6個、好ましくは2〜4個のポリUからなるオーバーハングを含む。shRNAは、RNアーゼIIIファミリーに属するダイサーによってsiRNAにプロセシングされたのち、siRNAが一本鎖化され、そのセンス鎖RNAがRNアーゼHと複合体(RISC)を形成し、これによってsiRNA配列に相補的な配列を持つ標的mRNAが切断され、その結果、遺伝子の発現が抑制される。チロシンフォスファターゼ遺伝子に対応するsiRNAを対象植物に導入するときには、siRNAを直接注入するか、又はsiRNAの発現が可能なベクターを使用することが好ましい。
【0023】
具体的には、前記siRNA又はその前駆体をコードするDNA配列をプロモーターの調節下に含む発現ベクターを使用することができる。発現ベクターの1つの例は、ヘアピン型ベクターである。このベクターは、前記センス鎖RNA配列と前記アンチセンス鎖RNA配列とが一本鎖ループ配列を介して共有結合されているヘアピン型RNAをコードするDNAを含み、ここで該DNAは、細胞内で転写により該ヘアピン型RNAを形成し、ダイサーによりプロセシングされて前記siRNAを形成するベクターである。siRNAをコードするヘアピン型DNAの3'末端には、転写停止シグナル配列として、或いはオーバーハングのために、1〜6個、好ましくは1〜5個のTからなるポリT配列、例えば4個又は5個のポリT配列が連結される。ベクターDNAから転写されたsiRNA前駆体としてのshRNAは、そのアンチセンス鎖の3'末端に2〜4個のUからなるオーバーハングを有することが望ましく、オーバーハングの存在によって、センス鎖RNA及びアンチセンス鎖RNAはヌクレアーゼによる分解に対して安定性を増すことができる。内在性のダイサーが長鎖dsRNAや前駆体マイクロRNA(miRNA)をそれぞれsiRNAと成熟miRNAに変換する役割をもつ。
【0024】
プラスミドベクターは一般に、上記siRNAをコードするDNA配列及びプロモーターの他に、薬剤耐性遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子など)、転写停止配列、ユニーク制限部位もしくはマルチプルクローニングサイト、複製開始点などを含むことができる。
【0025】
また、チロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制するアンチセンス核酸は、チロシンフォスファターゼ遺伝子に対応するmRNAの配列、又はその部分配列に相補的な配列を含むRNA又はDNAのいずれかである。前記部分配列は、チロシンフォスファターゼ遺伝子又はmRNAの配列において連続する約30以上、50以上、70以上、100以上、150以上、200以上又は250以上から全長以下のヌクレオチドからなる配列を含むことができる。
【0026】
アンチセンス核酸のヌクレオチドは、天然のヌクレオチドに加えて、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、メチル、カルボキシメチル又はチオ基などの基を有する修飾ヌクレオチドを含むことができる。アンチセンス核酸は、周知のDNA/RNA合成技術又はDNA組換え技術を用いて合成することができる。DNA組換え技術によって合成する場合、チロシンフォスファターゼ遺伝子の塩基配列を含むベクターDNAを鋳型にして、増幅しようとする配列を挟み込むプライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行って標的配列を増幅し、必要に応じてベクター中にクローニングして、アンチセンスDNAを生成することができる。或いは、このようにして得られた増幅標的配列を有するDNAをベクターに挿入し、該ベクターを真核又は原核細胞に導入し、その転写系を利用してアンチセンスRNAを得ることができる。
【0027】
本発明のアンチセンス核酸は、それがDNAであってもRNAであっても、チロシンフォスファターゼ遺伝子又は対応のmRNAに結合することによって、転写又は翻訳を阻害又は抑制することができる。このアンチセンス核酸もまた、上述したsiRNAと同様に、適当なベクターに搭載することで対象の植物に導入することができる。
【0028】
さらに、チロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制するリボザイムは、触媒活性をもつRNAであり、標的とするチロシンフォスファターゼ遺伝子に対応するmRNAを切断する活性を有している。この切断によってチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現が阻害又は抑制される。リボザイムの切断可能な標的配列は、一般にはNUX(N=A,G,C,U; X=A,C,U)、例えばGUCトリプレットを含む配列であることが知られている。リボザイムには、ハンマーヘッド型リボザイムが含まれる。ハンマーヘッド型リボザイムは、センサー部位を構成するヌクレオチド配列、センサー部位にRNAが結合したときのみ安定にMg
2+イオンを捕捉する空洞を形成しうる領域を含むヌクレオチド配列、及び標的RNAの切断部位周辺の配列に相補的である領域を含むヌクレオチド配列を含むことができる。本発明のリボザイムは同様に、適当なベクターに搭載することで対象の植物に導入することができる。
【0029】
さらにまた、チロシンフォスファターゼ遺伝子を抑制する抗体は、チロシンフォスファターゼ遺伝子によってコードされるチロシンフォスファターゼを阻害もしくは抑制する抗体又はその機能断片を意味する。チロシンフォスファターゼに対する抗体としては、モノクローナル抗体、組換え産生抗体、キメラ抗体、単鎖抗体、二重特異抗体及び合成抗体を挙げることができる。また、当該抗体の機能断片としては、Fab断片、F(ab')2断片、scFvなどが含まれる。また、抗体のクラス、サブクラスは任意のタイプのものでよい。例えば、抗体のクラスとしてIgG, IgM, IgE, IgD, IgAが含まれ、サブクラスとしてIgG1, IgG2, IgG3, IgG4, IgA1, IgA2が含まれる。抗体はまた、ペグ化、アセチル化、グリコシル化、アミド化などによって誘導体化されていてもよい。
【0030】
一方、本発明においてチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を増加させるとは、チロシンフォスファターゼ遺伝子によりコードされるチロシンフォスファターゼの活性を植物内において亢進させることと同義である。チロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を増加させる原理としては、例えば、当該遺伝子を発現可能なように導入すること、当該遺伝子の転写量を亢進させること、当該遺伝子の翻訳量を亢進させること、当該遺伝子の発現産物(タンパク質)の分解を抑制すること等を挙げることができる。より具体的に、遺伝子の発現を増加させる手法としては、プロモーターの下流に位置するチロシンフォスファターゼ遺伝子を植物に導入する方法、及び内在するチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現制御領域を改変する方法を挙げることができる。
【0031】
ここで、チロシンフォスファターゼ遺伝子を導入する場合、当該遺伝子を染色体に組み込む形で導入しても良いし、発現ベクターに搭載された形で導入しても良い。ただし、導入した遺伝子を安定的に発現させるには、恒常発現プロモーターにより発現亢進されるような形で染色体に導入することが好ましい。
【0032】
また、発現制御領域とは、RNAポリメラーゼが結合するプロモーター領域及びその他の転写因子が結合する領域を含む意味である。転写制御領域の改変としては、内在する転写制御領域のうち例えばプロモーター領域を、より高発現が可能なプロモーター領域に置換するといった改変を挙げることができる。
【0033】
発現ベクターは、植物体内で発現を可能とするプロモーターと、上述したチロシンフォスファターゼ遺伝子とを含むように構築する。発現ベクターの母体となるベクターとしては、従来公知の種々のベクターを用いることができる。例えば、プラスミド、ファージ、またはコスミド等を用いることができ、導入される植物細胞や導入方法に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、pBR322、pBR325、pUC19、pUC119、pBluescript、pBluescriptSK、pBI系のベクター等を挙げることができる。特に、植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウムを用いる方法である場合には、pBI系のバイナリーベクターを用いることが好ましい。pBI系のバイナリーベクターとしては、具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等を挙げることができる。
【0034】
プロモーターは、植物体内でチロシンフォスファターゼ遺伝子を発現させることが可能なプロモーターであれば特に限定されるものではなく、公知のプロモーターを好適に用いることができる。かかるプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、各種アクチン遺伝子プロモーター、各種ユビキチン遺伝子プロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター、タバコのPR1a遺伝子プロモーター、リブロース1,5−二リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ小サブユニット遺伝子プロモーター、ナピン遺伝子プロモーター等を挙げることができる。この中でも、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター、アクチン遺伝子プロモーター又はユビキチン遺伝子プロモーターをより好ましく用いることができる。上記各プロモーターを用いれば、植物細胞内に導入されたときにチロシンフォスファターゼ遺伝子を恒常的に強く発現させることが可能となる。
【0035】
また、プロモーターとしては、植物における部位特異的に発現させる機能を有するものを使用することもできる。このようなプロモーターとしては、従来公知の如何なるプロモーターを使用することができる。このようなプロモーターを使用して、チロシンフォスファターゼ遺伝子を部位特異的に発現させてもよい。
【0036】
なお、発現ベクターは、プロモーター、チロシンフォスファターゼ遺伝子に加えて、さらに他のDNAセグメントを含んでいてもよい。当該他のDNAセグメントは特に限定されるものではないが、ターミネーター、選別マーカー、エンハンサー、翻訳効率を高めるための塩基配列等を挙げることができる。また、上記組換え発現ベクターは、さらにT−DNA領域を有していてもよい。T−DNA領域は特にアグロバクテリウムを用いて上記組換え発現ベクターを植物体に導入する場合に遺伝子導入の効率を高めることができる。
【0037】
転写ターミネーターは転写終結部位としての機能を有していれば特に限定されるものではなく、公知のものであってもよい。例えば、具体的には、ノパリン合成酵素遺伝子の転写終結領域(Nosターミネーター)、カリフラワーモザイクウイルス35Sの転写終結領域(CaMV35Sターミネーター)等を好ましく用いることができる。この中でもNosターミネーターをより好ましく用いることできる。上記組換えベクターにおいては、転写ターミネーターを適当な位置に配置することにより、植物細胞に導入された後に、不必要に長い転写物を合成し、強力なプロモーターが転写物のコピー数を減少させるといった現象の発生を防止することができる。
【0038】
形質転換体選別マーカーとしては、例えば薬剤耐性遺伝子を用いることができる。かかる薬剤耐性遺伝子の具体的な例としては、ハイグロマイシン、ブレオマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、クロラムフェニコール等に対する薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。これにより、上記抗生物質を含む培地中で生育する植物体を選択することによって、形質転換された植物体を容易に選別することができる。
【0039】
翻訳効率を高めるための塩基配列としては、例えばタバコモザイクウイルス由来のomega配列を挙げることができる。このomega配列をプロモーターの非翻訳領域(5’UTR)に配置させることによって、上記融合遺伝子の翻訳効率を高めることができる。このように、上記組換え発現ベクターには、その目的に応じて、さまざまなDNAセグメントを含ませることができる。
【0040】
組換え発現ベクターの構築方法についても特に限定されるものではなく、適宜選択された母体となるベクターに、上記プロモーター、チロシンフォスファターゼ遺伝子、並びに必要に応じて上記他のDNAセグメントを所定の順序となるように導入すればよい。例えば、チロシンフォスファターゼ遺伝子とプロモーターと(必要に応じて転写ターミネーター等)とを連結して発現カセットを構築し、これをベクターに導入すればよい。発現カセットの構築では、例えば、各DNAセグメントの切断部位を互いに相補的な突出末端としておき、ライゲーション酵素で反応させることで、当該DNAセグメントの順序を規定することが可能となる。なお、発現カセットにターミネーターが含まれる場合には、上流から、プロモーター、チロシンフォスファターゼ遺伝子、ターミネーターの順となっていればよい。また、発現ベクターを構築するための試薬類、すなわち制限酵素やライゲーション酵素等の種類についても特に限定されるものではなく、市販のものを適宜選択して用いればよい。
【0041】
また、上記発現ベクターの増幅方法(生産方法)も特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。一般的には大腸菌をホストとして当該大腸菌内で増幅させればよい。このとき、ベクターの種類に応じて、好ましい大腸菌の種類を選択してもよい。
【0042】
上述した発現ベクターは、一般的な形質転換方法によって対象の植物内に導入される。発現ベクターを植物細胞に導入する方法(形質転換方法)は特に限定されるものではなく、植物細胞に応じた適切な従来公知の方法を用いることができる。具体的には、例えば、アグロバクテリウムを用いる方法や直接植物細胞に導入する方法を用いることができる。アグロバクテリウムを用いる方法としては、例えば、Bechtold, E., Ellis, J. and Pelletier, G. (1993) In Planta Agrobacterium-mediated gene transfer by infiltration of adult Arabidopsis plants. C.R. Acad. Sci. Paris Sci. Vie, 316, 1194-1199. あるいは、Zyprian E, Kado Cl, Agrobacterium-mediated plant transformation by novel mini-T vectors in conjunction with a high-copy vir region helper plasmid. Plant Molecular Biology, 1990, 15(2), 245-256.に記載された方法を用いることができる。
【0043】
発現ベクターを直接植物細胞に導入する方法としては、例えば、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)、ポリエチレングリコール法、パーティクルガン法、プロトプラスト融合法、リン酸カルシウム法等を用いることができる。
【0044】
また、DNAを直接植物細胞に導入する方法を採るなら、対象とする遺伝子の発現に必要な転写ユニット、例えばプロモーターや転写ターミネーターと、対象とする遺伝子を含んだDNAがあれば十分であり、ベクター機能は必須ではない。さらに、転写ユニットを有さない対象とする遺伝子のタンパク質コード領域のみを含むDNAであっても、宿主の転写ユニット内にインテグレートし、対象となる遺伝子を発現することができればよい。
【0045】
上記発現ベクターや、発現ベクターを含まず対象となる遺伝子を含んだ発現カセットが導入される植物細胞としては、例えば、花、葉、根等の植物器官における各組織の細胞、カルス、懸濁培養細胞等を挙げることができる。ここで、発現ベクターは、生産しようとする種類の植物体に合わせて適切なものを適宜構築してもよいが、汎用的な発現ベクターを予め構築しておき、それを植物細胞に導入してもよい。
【0046】
以上のように、対象の植物内におけるチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動(増加又は減少)させることによって、植物内におけるチロシンフォスファターゼ活性が変動することになる。これにより、当該植物は、高塩濃度に対する耐性といった環境ストレス耐性を獲得することができる。
【0047】
チロシンフォスファターゼ遺伝子
本発明において、発現量を変動させるチロシンフォスファターゼ遺伝子は、At1g71860で特定される遺伝子(At1g71860遺伝子と略称する)及びAt1g71860遺伝子に対して機能的に等価若しくは同等であると評価される遺伝子である。At1g71860遺伝子に対して機能的に等価、若しくは同等であると評価される遺伝子群は、例えば、SALAD Databaseを使用することによって検索・同定することができる。
【0048】
一例として、At1g71860遺伝子のコーディング領域の塩基配列を配列番号1に示し、At1g71860遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。上記機能的に等価な遺伝子は、特に限定されず、種々の生物に関する遺伝子配列を格納したデータベースを検索することで特定することができる。すなわち、配列番号1に示した塩基配列又は配列番号2に示したアミノ酸配列をクエリー配列として、例えばDDBJ/EMBL/GenBank国際塩基配列データベースやSWISS-PROTデータベースを検索し、公知のデータベースから容易に検索・同定することができる。
【0049】
なお、本発明において、発現量を変動させるチロシンフォスファターゼ遺伝子としては、上述したような配列番号1に示した塩基配列及び配列番号2に示したアミノ酸配列で特定される遺伝子に限定されるものではない。すなわち、発現量を変動させるチロシンフォスファターゼ遺伝子としては、配列番号2に示したアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸配列が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つ、チロシンフォスファターゼ活性を有するタンパク質をコードするものであっても良い。ここで、複数個のアミノ酸としては、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。なお、アミノ酸の欠失、置換若しくは付加は、上記チロシンフォスファターゼ遺伝子の塩基配列を、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。塩基配列に変異を導入するには、Kunkel法またはGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-KやMutant-G(何れも商品名、TAKARA Bio社製))等を用いて、あるいはLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット(商品名、TAKARA Bio社製)を用いて変異が導入される。また、変異導入方法としては、EMS(エチルメタンスルホン酸)、5-ブロモウラシル、2-アミノプリン、ヒドロキシルアミン、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、その他の発ガン性化合物に代表されるような化学的変異剤を使用する方法でも良いし、X線、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、イオンビームに代表されるような放射線処理や紫外線処理による方法でも良い。
【0050】
また、発現量を変動させるチロシンフォスファターゼ遺伝子としては、配列番号1に示した塩基配列及び配列番号2に示したアミノ酸配列で特定されるAt1g71860遺伝子の相同遺伝子であってもよい。ここで、相同遺伝子とは、一般的に、共通の祖先遺伝子から進化分岐した遺伝子を意味しており、2種類の種の相同遺伝子(オルソログ(ortholog))及び同一種内で重複分岐により生じた相同遺伝子(パラログ(paralog))を含む意味である。換言すると、上述した「機能的に等価な遺伝子」にはオルソログやパラログといった相同遺伝子を含む意味である。但し、上述した「機能的に等価な遺伝子」とは、共通遺伝子から進化せず、単に類似した機能を有する遺伝子も含む意味となる。
【0051】
さらに、発現量を変動させるチロシンフォスファターゼ遺伝子としては、配列番号2に示したアミノ酸配列に対する類似度(Similarity)又は同一性(identity)が例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上であるアミノ酸配列を有し、且つ、チロシンフォスファターゼ活性を有するタンパク質をコードするものであっても良い。ここで、類似度の値は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)プログラムを実装したコンピュータプログラム及び遺伝子配列情報を格納したデータベースを用いてデフォルトの設定を用いて求められる値を意味する。
【0052】
さらにまた、発現量を変動させるチロシンフォスファターゼ遺伝子としては、配列番号1に示した塩基配列からなるポリヌクレオチドの少なくとも一部又は全部に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドからなり、且つ、チロシンフォスファターゼ活性を有するタンパク質をコードするものであっても良い。ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を
いう。ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al. Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory (1989) に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。
【0053】
特に、チロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を増加させる場合には、酸化条件下において活性を維持できるように改変された変異型チロシンフォスファターゼ遺伝子とすることが好ましい。ここでいう酸化条件下には、酸化型グルタチオンや過酸化水素の存在条件下が含まれる。これら酸化型グルタチオンや過酸化水素は、チロシンフォスファターゼを酸化して失活させる。また、ここでいう変異型チロシンフォスファターゼ遺伝子とは、酸化型グルタチオンや過酸化水素に対する低感受性のチロシンフォスファターゼをコードする遺伝子である。
【0054】
例えば、変異型チロシンフォスファターゼ遺伝子としては、配列番号2に示すアミノ酸配列のうち175番目のシステイン残基が他のアミノ酸に置換され、酸化型グルタチオンや過酸化水素に対して低感受性となったチロシンフォスファターゼをコードする遺伝子を挙げることができる。175番目のシステイン残基について置換後のアミノ酸としては、酸化型グルタチオンや過酸化水素に対する感受性を低下させるものであれば特に限定されないが、例えばセリンを挙げることができる。すなわち、配列番号2に示すアミノ酸配列における175番目のシステインをセリンに置換したチロシンフォスファターゼは、酸化型グルタチオンや過酸化水素に対して低感受性といった特徴を獲得する。
【0055】
このように、酸化条件下において活性を維持できるように改変された変異型チロシンフォスファターゼ遺伝子を導入することで、チロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を増加させてもよい。酸化条件下において活性を維持できるように改変された変異型チロシンフォスファターゼ遺伝子を導入する場合、野生型チロシンフォスファターゼ遺伝子を導入する場合と比較して、環境ストレス耐性をより向上させることができる。言い換えると、酸化条件下において活性を維持できるように改変された変異型チロシンフォスファターゼ遺伝子を使用する場合、野生型チロシンフォスファターゼ遺伝子を使用する場合と比較して、発現量の増加程度が低くても環境ストレス耐性向上効果を期待できる。
【0056】
以上のような特定のチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動する対象となる植物、換言すると環境ストレス耐性を向上させる植物としては、特に限定されない。すなわち、上述したチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動することによって、あらゆる植物体について環境ストレス耐性向上効果を期待することができる。対象となる植物としては、例えば、双子葉植物、単子葉植物、例えばアブラナ科、イネ科、ナス科、マメ科、ヤナギ科等に属する植物(下記参照)が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
アブラナ科:シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica rapa、Brassica napus、Brassica campestris)、キャベツ(Brassica oleracea var. capitata)、ハクサイ(Brassica rapa var. pekinensis)、チンゲンサイ(Brassica rapa var. chinensis)、カブ(Brassica rapa var. rapa)、ノザワナ(Brassica rapa var. hakabura)、ミズナ(Brassica rapa var. lancinifolia)、コマツナ(Brassica rapa var. peruviridis)、パクチョイ(Brassica rapa var. chinensis)、ダイコン(Raphanus sativus)、ワサビ(Wasabia japonica)など。
ナス科:タバコ(Nicotiana tabacum)、ナス(Solanum melongena)、ジャガイモ(Solaneum tuberosum)、トマト(Lycopersicon lycopersicum)、トウガラシ(Capsicum annuum)、ペチュニア(Petunia)など。
マメ科:ダイズ(Glycine max)、エンドウ(Pisum sativum)、ソラマメ(Vicia faba)、フジ(Wisteria floribunda)、ラッカセイ(Arachis hypogaea)、ミヤコグサ(Lotus corniculatus var. japonicus)、インゲンマメ(Phaseolus vulgaris)、アズキ(Vigna angularis)、アカシア(Acacia)など。
キク科:キク(Chrysanthemum morifolium)、ヒマワリ(Helianthus annuus)など。
ヤシ科:アブラヤシ(Elaeis guineensis、Elaeis oleifera)、ココヤシ(Cocos nucifera)、ナツメヤシ(Phoenix dactylifera)、ロウヤシ(Copernicia)など。
ウルシ科:ハゼノキ(Rhus succedanea)、カシューナットノキ(Anacardium occidentale)、ウルシ(Toxicodendron vernicifluum)、マンゴー(Mangifera indica)、ピスタチオ(Pistacia vera)など。
ウリ科:カボチャ(Cucurbita maxima、Cucurbita moschata、Cucurbita pepo)、キュウリ(Cucumis sativus)、カラスウリ(Trichosanthes cucumeroides)、ヒョウタン(Lagenaria siceraria var. gourda)など。
バラ科:アーモンド(Amygdalus communis)、バラ(Rosa)、イチゴ(Fragaria)、サクラ(Prunus)、リンゴ(Malus pumila var. domestica)など。
ナデシコ科:カーネーション(Dianthus caryophyllus)など。
ヤナギ科:ポプラ(Populus trichocarpa、Populus nigra、Populus tremula) など。
イネ科:トウモロコシ(Zea mays)、イネ(Oryza sativa)、オオムギ(Hordeum vulgare)、コムギ(Triticum aestivum)、タケ(Phyllostachys)、サトウキビ(Saccharum officinarum)、ネピアグラス(Pennisetum pupureum)、エリアンサス(Erianthus ravenae)、ミスキャンタス(ススキ)(Miscanthus virgatum)、ソルガム(Sorghum)スイッチグラス(Panicum)など。
ユリ科:チューリップ(Tulipa)、ユリ(Lilium)など。
【0057】
なかでも、サトウキビやトウモロコシ、ナタネ、ヒマワリ等のバイオ燃料の原料となりうるエネルギー作物を対象とすることが好ましい。エネルギー作物の環境ストレス耐性を向上させることによって、当該エネルギー作物の栽培範囲や栽培条件を大幅に拡張することができる。すなわち、野生型では栽培が不可能であった土地や環境要因下(例えば平均気温や、土壌に含まれる塩濃度等)においても、エネルギー作物を栽培することが可能となり、バイオエタノール、バイオディーゼル、バイオメタノール、バイオDME、バイオGTL(BTL)及びバイオブタノール等のバイオ燃料の低コスト化を実現できるからである。
【0058】
その他の工程、その他の方法
上述したチロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量を変動する改変を行った後、植物体のなかから適切な表現型を有する個体を選抜する選抜工程を、従来公知の方法で行うことができる。選抜の方法は特に限定されるものではなく、例えば、改変を行った植物体を育成した後に、植物体そのもの、または任意の器官や組織における環境ストレス耐性が有意に向上しているものを選抜してもよい。
【0059】
また、得られた植物体から定法に従って後代植物を得ることができる。上記チロシンフォスファターゼ遺伝子の発現量が変動した形質を保持した植物体を、その環境ストレス耐性を基準として選抜することによって、上記形質を有することで環境ストレス耐性が向上した安定的な植物系統を作出することができる。なお、得られた植物体やその後代植物から、植物細胞や種子、果実、株、カルス、塊茎、切穂、塊等の繁殖材料を得て、これらを基に上記形質を有することで環境ストレス耐性が向上した安定的な植物系統を量産することも可能である。
【0060】
なお、本発明における植物体とは、成育した植物個体、植物細胞、植物組織、カルス、種子の少なくとも何れかを含むものを指す。つまり、本発明では、最終的に植物個体まで成育させることができる状態のものであれば、全て植物体とみなす。また、上記植物細胞には、種々の形態の植物細胞が含まれる。かかる植物細胞としては、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片等が含まれる。これらの植物細胞を増殖・分化させることにより植物体を得ることができる。なお、植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて、従来公知の方法を用いて行うことができる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
〔実施例1〕
(1) シロイヌナズナのチロシンフォスファターゼ(PTP)遺伝子の選択
本実施例では、シロイヌナズナにおけるチロシンフォスファターゼ遺伝子としてAGIコード: At1g71860で特定される遺伝子を選択した。なお、このAt1g71860については、Plant Cell, 10, 849-857, 1998において高塩濃度処理によって発現が亢進する特徴を有する遺伝子として知られている。本実施例ではAt1g71860遺伝子を抑制した変異体について高塩濃度条件における生育可能性を検討した。
なお、At1g71860遺伝子のコーディング領域の塩基配列を配列番号1に示し、当該遺伝子によりコードされるチロシンフォスファターゼのアミノ酸配列を配列番号2に示した。
【0063】
(2) シロイヌナズナのT-DNAタグライン
選択したAt1g71860遺伝子にT-DNAが挿入されたシロイヌナズナT-DNA挿入変異体は、Nottingham Arabidopsis Stock Centre (http://nasc.nott.ac.uk/) より入手したSALK_118658およびSALK_062441を用いた。
【0064】
(3) T-DNA挿入位置およびホモラインの確認
SALK_118658はAt1g71860遺伝子の第4エキソンに、SALK_062441は第7イントロンにT-DNAが挿入されており、それぞれatptp1-1変異体、atptp1-2変異体と名付けた。atptp1-1変異体、atptp1-2変異体および野生型シロイヌナズナ(Col)の植物体よりゲノムDNAを抽出した。
【0065】
atptp1-1変異体においてT-DNAが挿入された境界領域を検出するためのプライマーには5’-TTTCGCCTGCTGGGGCAAACCAG-3’(PL11:配列番号3)及び5’-CAACCAATCGAGTGAGCATC-3’(p3:配列番号4)、At1g71860遺伝子を検出するためのプライマーには5’-CAGTGGCTATGAACAGTGTC-3’(p5:配列番号5)及びp3を用いた(
図1)。atptp1-2変異体においてT-DNAが挿入された境界領域を検出するためのプライマーには5’-ACAGAGGATCAGCCCATGTC-3’(p6:配列番号6)及びPL11、At1g71860遺伝子を検出するためのプライマーにはp6及び5’-TTAGGAACTCGTTCCAGCATTTG-3’(p2:配列番号7)を用いた(
図1)。対照として、Colにおいても上述のプライマーセットでPCRを行なった。PCRはいずれのプライマーセットにおいても1サイクルの94℃ (3分)に続けて、25サイクルの94℃(30秒)、58℃(1分)及び72℃(1分)で反応を行った。
【0066】
いずれの変異体においてもT-DNAが挿入された境界領域が増幅されたのに対して、At1g71860遺伝子は増幅されなかった(挿入遺伝子が5kb以上と大きいため、この条件では検出できない)。ColではAt1g71860遺伝子の正常な増幅が確認された。これらのバンドパターンから、これらの変異体にはT-DNAがAt1g71860遺伝子へホモに挿入されていると判断した(
図2)。
【0067】
(4) Colおよびatptp1変異体におけるAt1g71860遺伝子発現量の比較
寒天培地(1/2MS、和光純薬工業社製 ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(Murashige and Skoog Plant Salt Mixture)、pH 5.7、ショ糖濃度1 %、寒天0.7 %)で14日間生育させた植物体の全地上部から全RNAを抽出した。RT-QuantiTect Reverse Transcription kit (QIAGEN社製)により1μgの全RNAからcDNAを調製し、At1g71860遺伝子を検出する場合は4倍希釈、18S rRNA (AGIコード: At3g41768.1)を検出する場合は1000倍希釈したのち、Real-Time PCR (Applied Biosystems社製、Applied Biosystems 7500 Real-Time PCR System)に供した。発現遺伝子を検出するための反応液は、希釈したcDNAを2μl、20μM Forwardおよび Reverseプライマーを各1μl、Power SYBR Green Master Mix (Applied Biosystems社製)を12μl含み、全容量が24μlとなるように調製した。プライマーには、At1g71860遺伝子に対して5’-GTCCTTTACCACACACGATGGA-3’(配列番号8)及び5’-TTGGGCAATGCTGCTGAA-3’(配列番号9)、18S rRNAに対して5’-TCCTAGTAAGCGCGAGTCATC-3’(配列番号10)及び5’-CGAACACTTCACCGGATCAT-3’(配列番号11)を用いた。PCRは1サイクルの50℃(2分)及び95℃(10分)に続けて、40サイクルの95℃(15秒)及び60℃(1分)で反応を行なった。
【0068】
結果は各ラインにおけるAt1g71860遺伝子の発現を18S rRNAの発現でノーマライズしたのち、Colにおける発現を1としたときの相対発現量で示した(
図3)。Colにおける発現レベルとの差から、atptp1-1変異体はノックアウトライン、atptp1-2変異体はノックダウンラインと考えられた。
【0069】
(5) シロイヌナズナのatptp1変異体に対する耐塩性試験
上記(4)でノックアウトラインと考えられたatptp1-1変異体、ノックダウンラインと考えられたatptp1-2変異体及び対照として非組換えの野性型であるColの種子を、0、125、137.5mM NaClを含む1/2MS寒天培地に無菌播種した。これを22℃、16時間明期8時間暗期、光強度約30〜45μE/cm
2で21日間培養し、耐塩性試験を行った。
【0070】
耐塩性試験結果として、Col、atptp1-1変異体及びatptp1-2変異体のプレートを撮影した写真を
図4〜6に示した。
図5及び6から、atptp1-1変異体及びatptp1-2変異体では、Colと比較してNaClに対する耐性が向上していることが明らかとなった。
【0071】
以上の結果から、本実施例ではAt1g71860遺伝子を抑制することで高塩濃度に対する耐性を付与できるといった知見を得るに至った。
【0072】
〔実施例2〕
本実施例では、At1g71860遺伝子の過剰発現体及び変異型At1g71860遺伝子の過剰発現体を作製し、実施例1と同様に高塩濃度条件における生育可能性を検討した。なお、本実施例で作製した変異型At1g71860遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列における175番目のシステインをセリンに置換したアミノ酸配列を有し、酸化型グルタチオンや過酸化水素に対して低感受性のチロシンフォスファターゼをコードする遺伝子である。
【0073】
(1) At1g71860遺伝子の過剰発現体
At1g71860遺伝子を含む核酸断片をColより以下の手順によってクローニングした。
まず、ColからRNeasy Plant Mini Kit (Qiagen社製)を用いて全RNAを回収した。DNaseI(Invitrogen社製)でゲノムDNAを消化したあと、5μgの全RNAからStrataScript First Strand cDNA Synthesis System(Stratagene社製)を用いてcDNAを調製した。このcDNAを鋳型としてXbaIまたはSacIサイトを付加したプライマー、5’-TCTAGAATGGCGACCGGTAAAACCTC-3’(配列番号12)及び5’-GAGCTCTTAGGAACTCGTTCCAGCAT-3’(配列番号13)を用いてPCRを行なった。本PCRによりAt1g71860遺伝子のcDNAを含む核酸断片が増幅される。
【0074】
次に、PCRで増幅した核酸断片をpGEM-T Easyベクター(Promega社製)のXbaI/SacIサイトにクローニングした。さらに、At1g71860遺伝子の全長cDNAがカリフラワーモザイクウイルス由来35Sプロモーターの制御下で発現されるようバイナリーベクターpBI121のγ-グルクロニダーゼ遺伝子と置き換えた。
次に、得られたコンストラクトをアグロバクテリウム法によりColへ導入して過剰発現体を作製した。得られたAt1g71860遺伝子の過剰発現体を35S-AtPTP1と名付けた。
【0075】
(2) 変異型At1g71860遺伝子の過剰発現体
変異型At1g71860遺伝子を含む核酸断片は上記(1)で作製したAt1g71860遺伝子のcDNAを鋳型とするPCRによって作製した。具体的に、このPCRでは、At1g71860遺伝子によりコードされるタンパク質の175番目のシステイン(TGC)をセリン(TCC)に置換するように設計した一対のプライマー、5’-GACTGTTAAATCCGGGGACTATTTTCAA-3’(配列番号14)及び5’-AATAGTCCCCGGATTTAACAGTCCTATT-3’(配列番号15)を用いた。
【0076】
PCRによって増幅した変異型At1g71860遺伝子のcDNAをpGEM-T Easyベクター(Promega社製)にクローニングした。さらに、変異型At1g71860遺伝子の全長cDNAがカリフラワーモザイクウイルス由来35Sプロモーターの制御下で発現されるようバイナリーベクターpBI121のγ-グルクロニダーゼ遺伝子と置き換えた。
【0077】
次に、得られたコンストラクトをアグロバクテリウム法によりColへ導入して過剰発現体を作製した。得られた変異型At1g71860遺伝子の過剰発現体を35S-AtPTP1(C175S)と名付けた。
【0078】
なお、この変異型At1g71860遺伝子がコードするチロシンフォスファターゼは、配列番号2に示すアミノ酸配列における175番目のシステインがセリンに置換している。当該置換変異については、岡山県生物科学総合研究所、平成19年研究年報、第99-103頁及び第49回日本植物生理学会年会要旨集、第193頁(3aD10)に記載されているように、酸化型グルタチオンや過酸化水素の存在下といった酸化条件下においてチロシンフォスファターゼ活性を維持することが知られている。
【0079】
(3) 各過剰発現体におけるAt1g71860遺伝子発現量の比較
実施例1 (4)と同様にしてリアルタイムPCR法によりAt1g71860遺伝子の発現量を測定した。その結果を
図7に示した。なお、
図7においても、At1g71860遺伝子の発現を18S rRNAの発現でノーマライズしたのち、Colにおける発現を1としたときの相対発現量で示した。
図7に示すように、上記(1)で作製した過剰発現体及び上記(2)で作製した過剰発現体はともに、野性型におけるAt1g71860遺伝子の発現量と比較して、それぞれAt1g71860遺伝子及び変異型At1g71860遺伝子の発現量が高いことがわかった。
【0080】
特に、上記(1)で作製したAt1g71860遺伝子の過剰発現体6-2は、過剰発現体5-1よりもAt1g71860遺伝子の発現量が高いことがわかった。また、上記(2)で作製した変異型At1g71860遺伝子の過剰発現体1-3は、過剰発現体2-4よりも変異型At1g71860遺伝子の発現量が高いことがわかった。さらに、上記(2)で作製したAt1g71860遺伝子の過剰発現体1-3及び2-4は、上記(1)で作製した過剰発現体5-1及び6-2におけるAt1g71860遺伝子の発現量と比較して、At1g71860遺伝子の発現量が低いことがわかった。
【0081】
(4) 各過剰発現体に対する耐塩性試験
上記(1)で作製した過剰発現体及び上記(2)で作製した過剰発現体を用いて、実施例1 (5)と同様にして耐塩性試験を行った。耐塩性試験結果を
図8に示した。
図8の左側はAt1g71860遺伝子の過剰発現体と野性型シロイヌナズナ(Col)のプレートを撮像した写真であり、
図8の右側は変異型At1g71860遺伝子の過剰発現体と野性型シロイヌナズナ(Col)のプレートを撮像した写真である。
【0082】
図8から判るように、At1g71860遺伝子の過剰発現体及び変異型At1g71860遺伝子の過剰発現体ともに、野性型シロイヌナズナ(Col)と比較して塩に対する耐性が向上していることが明らかとなった。また、
図8の左側に示したように、過剰発現体6-2は、過剰発現体5-1と比較してより耐塩性に優れることが判った。これはAt1g71860遺伝子の発現量の増加程度(
図7)と相関しており、At1g71860遺伝子の発現量がより大きく増加していれば、より優れた耐塩性を獲得できることを示唆している。さらに、
図8の右側に示したように、過剰発現体1-3は、過剰発現体2-4と比較してより耐塩性に優れることが判った。これは変異型At1g71860遺伝子の発現量の増加程度(
図7)と相関しており、変異型At1g71860遺伝子の発現量がより大きく増加していれば、より優れた耐塩性を獲得できることを示唆している。
【0083】
なお、上記(2)で作製した過剰発現体におけるAt1g71860遺伝子の発現量は、
図7に示したように、上記(1)で作製した過剰発現体におけるAt1g71860遺伝子の発現量と比較して低い。それにも拘わらず、上記(2)で作製した過剰発現体は、
図8に示すように、上記(1)で作製した過剰発現体と同等の耐塩性を示している。この結果から、植物に耐塩性を付与するには、酸化条件下において活性を維持するような変異を導入したAt1g71860遺伝子を過剰発現させることが好ましいことが明らかとなった。