【実施例】
【0034】
以下、実験例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、本発明は以下の実験結果で得られた内容に限定されるものではない。
【0035】
[実験例1]
(電極の作製)
基材1として、表面が均一で滑らかなSUS430ステンレス鋼板(株式会社ニコラ製、厚さ0.5mm)を用い、10mm×5mmとなるようにマスキングした。そのステンレス鋼板の表面に対し、脱脂等の下処理をして清浄化した。
【0036】
その基材1を試料極とし、表1に示す組成の各Ni−W−S合金めっき液を用い、表1に示す条件で電気めっきを行い、基材1上にNi−W−S合金膜(No.1〜No.5)及びNi−S合金膜(No.6)を作製した。電気めっきは、ガルバノスタット(北斗電工株式会社製、HZ5000)を用いて直流を印加して行った。Ni−W−S合金膜とNi−S合金膜をそれぞれ成膜した後、水洗し、エアーで水分を除去した後、恒温槽にて乾燥させた。なお、めっき時間はめっき厚さが5μmとなるまで行った。陽極は純ニッケル板を用いた。
【0037】
【表1】
【0038】
[測定と評価]
(表面観察)
電界放出形走査電子顕微鏡(株式会社日立製作所製、型番:FE−SEM)で電極表面観察を行った。加速電圧を15kVとし、1000倍と5000倍の拡大倍率で表面状況を観察した。その結果を
図3に示した。
図3では、上段から、Ni−S合金膜(No.6)、Ni−W−S合金膜(No.1)、Ni−W−S合金膜(No.2)の表面SEM写真である。
【0039】
図3に示すように、Ni−S合金膜(No.6)では、部分的にクラックがあるものの、緻密な膜が形成されていた。一方、Ni−W−S合金膜(No.1)では、サリチル酸の作用により顕著なクラックは認められず、緻密な膜の形成が確認できた。また、Ni−W−S合金膜(No.2)では、成膜にむらがあり、黒色で粉状の硫黄の析出が確認されたが、その理由は、めっき液のpHが9であることに基づいていると考えられる。硫黄の異常析出は、めっき液の長期安定性が低下すると考えられる。
【0040】
(組成分析)
Ni−W−S合金膜の組成の定性及び定量分析をエネルギー分散型X線分析装置(株式会社堀場製作所製、型番:EMAX−5770)を利用し、加速電圧15kV、プローブ電流0.2nAで行った。その結果を表1に示した。
【0041】
本発明者は、硫酸ニッケル・六水和物が25〜50g/L、タングステン酸ナトリウム・二水和物が30〜100g/L、チオ尿素が15〜80g/L、クエン酸・無水物又はクエン酸ナトリウム・二水和物が60〜120g/L、及び応力緩和剤を配合し、pH3〜6のめっき液で、Ni−W−S合金膜が、W:3質量%以上15質量%以下、S:15質量%以上30質量%以下、及びNi:残部を含有することを確認しているが、この実験例では、表1に示すように、本発明の範囲に含まれないNi−W−S合金膜(No.2〜No.5)及びNi−S合金膜(No.6)との比較を行った。その結果、めっき液に配合する各塩又は化合物の配合量や得られた合金膜の組成は近いものの、No.1のめっき液はpHが4でサリチル酸を配合している点で、他のNo.2〜No.6のめっき液とは異なっている。
【0042】
(結晶構造解析試験)
XRD(X線回折)により、試料の結晶構造解析を行った。分析には株式会社リガク社製のX線回折装置(型名:RINT2100)を用いた。走査範囲2θ/θ20〜90°、走査速度4°/秒にて評価を行った。その結果を
図4に示した。
【0043】
図4に示すように、Ni−W−S合金膜(No.1)とNi−W−S合金膜(No.2)は、X線回折ピークがほぼ同じであり、合金組成に由来する顕著な結晶性ピークは認められず、全体がブロードになっており、アモルファス状又は微結晶状の合金膜であることが分かった。この理由は、
図3に示すように、合金膜が微細化しているためと考えられる。
【0044】
(電気化学特性試験)
LSV(リニアスープボルタンメトリー)をポテンショスタット(北斗電工株式会社製、HZ5000)により行い、合金膜のカソード分極曲線を測定し、電気化学特性を確認した。電解液には30質量%KOH(工業用フレーク状KOH95.5%、日本曹達株式会社)水溶液を用い、液温度は投込式恒温装置にて保温された液中にビーカーを入れ、60℃に保温した。対極にはPtメッシュ電極を用い、参照電極にはAg/AgCl電極を用い、走査速度を10mV/秒とし、走査電位範囲を−1640〜−0mVとした。その結果を
図5に示した。
【0045】
図5に示すように、Ni−W−S合金膜(No.1、No.2)は、Ni−S合金膜(No.6)やNi電極よりも十分に低い水素過電圧を示していることが確認でき、ターフェルスロープも大きい値を示した。
【0046】
なお、水素発生電極としての触媒能の評価として、交換電流密度の結果を表1示した。表1に示すように、Ni−W−S合金膜(No.1)の交換電流密度は−1.87A/cm
2であり、Ni−S合金膜(No.6)の−2.92(A/cm
2)及びNi膜の−4.5(A/cm
2)よりも十分低い交換電流密度を示した。
【0047】
(耐久性確認試験)
耐久性確認試験は、30質量%の水酸化カリウム(日本曹達株式会社製、工業用フレーク状KOH 95.5%)水溶液を電解液に用いた。評価電極としてNi−W−S合金膜(No.1)とNi−W−S合金膜(No.2)用い、対極としてPtメッシュ電極を用い、60℃、定電流30mAで48時間の電解試験を行った。定期的に電解電圧を測定するとともに、LSVを測定し、長期電解に伴う電解性能の変化を確認した。測定を行うタイミングとして電解開始から0,2,6,12,18,24,30,36,48時間の9点を計測した。その結果を
図6及び
図7に示した。
【0048】
図6は、Ni−W−S合金膜の0時間と48時間後のリニアスイープボルタンメトリー(LSV)の結果であり、
図7は、電解時の電圧効率の経時変化を示すグラフである。なお、
図8は、発生した水素と酸素の捕集装置の模式的な構成図である。
図8に示す測定装置40は、水槽47内に水酸化カリウム溶液(電解質46)を充填した測定セル(目盛付きのH字管、ケニス製)44を配置し、その測定セル44内にNi−W−S合金電極41,42を隔壁45を介して配置している。各電極41,42に配線43を取り付け、その配線43はポテンシオガルバノスタット(北斗電工株式会社製、HZ5001)48に接続され、そのポテンシオガルバノスタット48はパソコン49に接続されている。なお、電解開始前に、電極表面を活性化させるために定電圧2Vで20分間の予備電解を行った。
【0049】
Ni−W−S合金膜(No.1)では、36時間まで徐々に電圧効率が上昇して水素発生触媒能が上がり、その後も安定した水素発生を行うことができた。また、
図6に示すように、Ni−W−S合金膜(No.1)の水素過電圧は、電解開始時よりも48時間電解後の方が低かった。さらに、Ni−W−S合金膜(No.1)の交換電流密度は、電解開始時のi
0=−1.91から、48時間電解後のi
0=−1.28になった。このように、Ni−W−S合金膜(No.1)では、意外にも、いずれも特性が改善した。
【0050】
一方、Ni−W−S合金膜(No.2)も同様と考えられたが、結果はその逆であり、電解直後から交換電流密度がi
0=−1.87からi
0=−2.34に変化し、さらに電解開始から12時間で安定し48時間までほぼ同様の電流電位曲線を示していた(図示しない)。
【0051】
図7に示すように、Ni−W−S合金膜(No.1)は、安定した電解を行うことが分かり、電解開始直後から48時間まで電圧効率約76.5%を維持した。一方、Ni−W−S合金膜(No.2)は、電解開始時には電圧効率が約78%だったが、30時間電解まで徐々に電圧効率が低下し続け48時間後は約75.5%となった。
【0052】
(エネルギー効率)
エネルギー効率は、水素発生量、及びポテンシオガルバノスタットにて観測された電気量と電解電圧から算出した。結果は表1に示した。なお、電流電解開始前に、電極表面を活性化させるために定電圧2Vで20分間の予備電解を行った。
【0053】
以上の実験により、本発明に係る方法で得られたNi−W−S合金膜(No.1)は、高い水素発生触媒能と高い耐久性を兼ね備えており、工業用水電解用電極として有用であることが分かった。一方、本発明に係る方法の範囲外で得られたNi−W−S合金膜(No.2)は、電解初期では高い性能を示すが、比較的耐久性が劣ることが確認された。