【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づき本発明をさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の試験例において、ステンレス(アルミニウム、銅などの伝熱性の良い金属でもよい)製の裏当て材を用いた。裏当て材を台座に動かないよう固定し、裏当て材に樹脂基材の裏面を貼り付けて溶射を行った。なお、基材を冷却するため溶射面には1〜2本のノズルから、裏当て材の後ろには適宜、エアーをあて、溶射を行った。裏当て材温度を熱電対により測定し、耐熱温度が200℃超の基材については200℃以下、耐熱温度が200℃以下の基材については100℃以下となるように温度管理して溶射した。各試験例で用いた測定方法は次の通りである。
【0047】
(DSC)
金属ガラスの結晶化率等を測定するため、示差走査熱量計DSC8270((株)リガク製)を用いて、昇温速度20.0℃/分の条件下、アルゴン雰囲気中で測定した。
【0048】
(基材破壊)
溶射後の基材について、貫通孔、粉砕、破断、分断、割れ、歪みなどの有無を観察した。なお、歪みとは、基材表面にできた起伏が、溶射後の複合材料厚みの5倍を超えるようなものをいう。
【0049】
(X線回折)
(株)リガク製 X線回折装置RAD―3Dにより測定したX線回折図から次の基準で評価した。
アモルファス単一相:ハローパターンが認められ且つ結晶性ピークがない
一部結晶 :ハローパターンと結晶性ピークの両方が認められる
結晶 :ハローパターンが認められず結晶性ピークが認められる
【0050】
(表面粗さ:Ra)
RaはJIS B0601に規定する算術平均粗さであり、その測定は、(株)ミツトヨ製 表面粗さ測定器SV−514(評価長さ:4.0mm、カットオフ値:0.8mm)で行った(n=3)。
【0051】
(密着性)
密着性試験は、曲げ半径32.5mmの鋼製ロールを使用して、ロール表面に複合材料を巻き付けることで複合材料を90°に曲げて元に戻し、次に反対側に90°に曲げて元に戻すことを5回繰り返す試験とした。試験後に基材に対する溶射被膜の剥離の有無を目視にて確認し、下記のように判定した。
○ 剥離または膨れが無い。 × 剥離または膨れが明らかにある。
【0052】
(気孔率および貫通孔の有無)
溶射被膜断面を樹脂埋め込みして研磨後、画像解析し、気孔の最大面積率を気孔率として測定するとともに、観察により貫通孔の有無を判定した。
【0053】
(消磁特性)
磁化特性を測定するため(株)玉川製作所製の振動試料型磁力計(VSM)(型番TM‐VSM2430‐HGC)を用いて、He置換雰囲気にて室温から500℃までの温度変化(10℃/分)に伴う金属ガラス複合材料の磁化特性の変化を測定した。VSMによって複合材料に印加される磁場の最大値を1kOeとし、複合材料を振動させることにより、その磁化特性を測定した。
【0054】
(比抵抗)
JIS K6271「加硫ゴム及び熱可塑性ゴム−体積抵抗率及び表面抵抗率の求め方」の平行端子電極法に準じて、直流4端子法にて測定した溶射被膜層の電気抵抗から比抵抗を求めた。
【0055】
基材は実施例用及び比較例用として以下の樹脂材料を使用した。テフロン、ナフロンはそれぞれ登録商標である。炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の母材はアクリル系樹脂である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
記号 樹脂 厚み 耐熱温度
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
A020 CFRP 0.2mm 120℃
A500 CFRP 5.0mm 120℃
B007 テフロングラスシート 0.075mm 260℃
C300 ナフロン 3.0mm 250℃
D100 ベークライト 1.0mm 130℃
E006 ポリイミド 0.06mm 350℃
E500 ポリイミド 5.0mm 350℃
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
但し、耐熱温度は、JIS K7191−2「プラスチック−荷重たわみ温度の試験方法−第2部」に規定するB法による荷重たわみ温度である。
なお、厚さ0.06mmのポリイミド基材は、ベルト状とする。樹脂の材質を示す記号は、アルファベットと数字の組合せであるが、数字は樹脂基材の厚みを表わす。
【0056】
本実施例で使用した金属ガラス粉末と、そのガラス遷移温度Tg、結晶化開始温度TxおよびΔTx、粒度を以下に示す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
材料記号 組成 Tg Tx ΔTx 粒度
(℃) (℃) (℃) (μm)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
FeCr系 Fe
43Cr
16Mo
16C
15B
10 597 688 (91) 10〜25
FeSi系 Fe
76Si
5.7B
9.5P
5C
3.8 484 544 (60) 25〜53
FeP系 Fe
78P
6B
12Nb
4 474 521 (47) 25〜53
NiCr系 Ni
65Cr
15P
16B
4 390 430 (40) 25〜53
CuZr系 Cu
55Zr
40Al
5 440 515 (75) 25〜53
Zr系 Zr
60Al
15Ni
7.5Co
2.5Cu
15 416 493 (77) 38〜53
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0057】
試験例1
アモルファス単一相からなるFe
43Cr
16Mo
16C
15B
10金属ガラスのガスアトマイズ粉末(粉末の粒径:10〜25μm)をCFRP基材(50×50×0.2mm)に高速プラズマ装置により溶射して金属ガラス複合材料を得た(試験例1)。
【0058】
CFRP基材に対して金属ガラス溶射被膜層が基材両面に約290μm(片面140〜150μm)形成され、基材の破壊や変形は全く認められなかった。得られた試験例1の複合材料の断面写真を
図1に示す。
図1からもわかるように、金属ガラス溶射被膜層が基材両面に形成され、基材の破壊は全く認められなかった。また、X線回折から、得られた複合材料の金属ガラス溶射被膜層がアモルファス単一相であることを確認した。
なお、溶射条件は次の通りであった。
【0059】
(高速プラズマ溶射条件:以下、高速プラズマAとする。)
プラズマ溶射装置:Sulzer Metco社製 TriplexPro−200
(高速モード)
電流:450A
電力:57Kw
使用プラズマガス:Ar80(NLM)、He45(NLM)
溶射距離(溶射ガン先端から基材表面までの距離):150mm
溶射ガン移動速度:670mm/sec
【0060】
試験例2
また、高速プラズマAの溶射条件を僅かに変えて、使用プラズマガス条件をAr95(NLM)、He25(NLM)として、他の条件は試験例1と同様(この条件を高速プラズマBとする。)にして、金属ガラス複合材料を得た(試験例2)。CFRP基材に対して金属ガラス溶射被膜層が形成され、基材の破壊や変形は全く認められなかった。また、X線回折から、得られた複合材料の金属ガラス溶射被膜層がアモルファス単一相であることを確認した。
【0061】
試験例3
また、同じCFRP基材(0.2mm厚)に同じ金属ガラスの溶射粉末を用いて高速フレーム溶射装置にて溶射を行った(試験例3)。得られた複合材料には基材の破壊は全く認められなかった。X線回折から、得られた複合材料の金属ガラス溶射被膜層がアモルファス単一相であることを確認した。
なお、溶射条件は次の通りであった。
(高速フレーム溶射条件:以下、高速フレームCとする。)
HVOF溶射装置:PRAXAIR/TAFA社製 JP−5000
粉末搬送ガス:N
2
燃料:灯油、5.1GPH
酸素:1900SCFH
溶射距離:380mm
溶射ガン移動速度:670mm/sec
【0062】
試験例4
原料粉末をアモルファス単一相からなるNi
65Cr
15P
16B
4に変えて試験例3と同様にCFRP基材へ高速フレームCの溶射条件にて積層をおこなった。得られた複合材料の断面写真を
図2に示す。基材の破壊はなく、X線回折からも溶射被膜層がアモルファス単一相であることを確認した。
【0063】
試験例5
次に、基材をテフロングラスシート(50×50×0.075mm)に変えて、高速プラズマBの条件にて同様にしてアモルファス単一相からなるFe
43Cr
16Mo
16C
15B
10粉末(25〜53μm)の溶射を行った。得られた複合材料の断面写真を
図3に示す。
図3からもわかるように、この場合にも、試験例1と同様に、金属ガラス溶射被膜層が形成され、基材の破壊は全く認められなかった。また、X線回折から、得られた複合材料の金属ガラス溶射被膜層がアモルファス単一相であることを確認した。
【0064】
試験例6〜11
以下、同様にして表1に記載の試験条件で試験例6〜11を行った。いずれの場合でも基材の破壊は全く認められなく、X線回折から、得られた複合材料の金属ガラス溶射被膜層がアモルファス単一相であることが確認できた。
【0065】
試験例12
原料粉末としてアモルファス単一相からなるNi
65Cr
15P
16B
4(25〜53μm)をポリイミド基材(50×50×0.06mm)へ高速プラズマBの溶射条件にて積層をおこなった。得られた複合材料の断面写真を
図4に示す。
図4は断片を上下のクリップで固定して樹脂埋め込みした試料をSEM観察した断面写真である。基材の破壊はなく、X線回折からも溶射被膜層がアモルファス単一相であることを確認した。
これらの結果を表1に示す。
【0066】
[表1]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
試験例 樹脂記号 金属ガラス膜 溶射条件 密着性 粗さ XRD
(厚みμm) (曲げ) Ra
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1 A020 FeCr系(290※) 高速プラズマA ○ 8.25 非晶質
2 A020 FeCr系(310※) 高速プラズマB ○ 8.30 非晶質
3 A020 FeCr系(220※) 高速フレームC ○ 7.25 非晶質
4 A020 NiCr系(70) 高速フレームC ○ 6.95 非晶質
5 B007 FeCr系(180) 高速プラズマB ○ * 非晶質
6 B007 FeSi系(110) 高速プラズマA ○ * 非晶質
7 B007 FeSi系(160) 高速プラズマB ○ * 非晶質
8 D100 FeSi系(200※) 高速プラズマA ○ 8.55 非晶質
9 D100 FeSi系(500※) 高速プラズマA ○ 7.25 非晶質
10 E006 FeP系 (75) 高速プラズマA ○ 6.65 非晶質
11 E006 FeP系 (30) 高速プラズマA ○ 6.30 非晶質
12 E006 NiCr系(40) 高速プラズマB ○ 7.30 非晶質
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
但し、※は、基材両面に形成された溶射被膜の合計厚みを示す。
*:テフロングラスシートは織り込まれた繊維が表出して表面が滑らかでないため
、溶射被膜としての表面粗さは測定できない。
【0067】
比較例
比較のため、高速プラズマ溶射と高速フレーム溶射により金属基材(SUS304、アルミニウム等、厚み1mm超)へ金属ガラスFeCr系の粉体25〜53μmを溶射する条件を、樹脂基材(E006及びE500)への溶射条件に適用して溶射を行った。試験条件及び結果を表2に示す。
なお、比較例の溶射条件はつぎの通りである。
(高速プラズマ溶射条件:以下、高速プラズマDという。)
プラズマ溶射装置:Sulzer Metco社製 F4
電流:600A
電圧:70V
使用プラズマガス:Ar41(NLM)、水素12(NLM)
溶射距離(溶射ガン先端から基材表面までの距離):120mm
溶射ガン移動速度:670mm/sec
【0068】
(高速フレーム溶射条件:以下、高速フレームEという。)
HVOF溶射装置:PRAXAIR/TAFA社製 JP−5000
粉末搬送ガス:N
2
燃料:灯油、6GPH
酸素:2000SCFH
溶射距離:380mm
溶射ガン移動速度:670mm/sec
【0069】
[表2]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
試験例 樹脂記号 金属ガラス膜 溶射条件 溶射被膜の状態
(厚みμm)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
13 E006 FeCr系(×) 高速プラズマD 基材が熱により破壊
14 E006 FeCr系(×) 高速フレームE 同上
15 E500 FeCr系(150) 高速プラズマD ※
16 E500 FeCr系(160) 高速フレームE ※
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※ 密着性試験を行ったところ、基材と溶射被膜界面で剥離が見られた。
【0070】
比較例のように厚み1mmを超える金属基材へ金属ガラスを溶射する条件をそのまま薄い樹脂基材への溶射に適用した。しかし、特に厚み1mm以下の樹脂基材へ溶射積層した際に熱による基材の破壊を生じた。発明者らは、厚み1mmを超える金属基材への溶射条件をベースに、薄い樹脂基材への溶射条件を検討し、実施例の条件に代表される方法、すなわち金属ガラス粉体の少なくとも一部を過冷却液体状態まで加熱して、該粉体を300m/s以上の粒子速度にて溶射積層する方法を高速プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法を用いて確立したのである。
【0071】
試験例(表面粗さ)
以上の試験例で得られた複合材料に対して、金属ガラス溶射被膜の表面粗さを測定した。試験の結果を表1に示す。いずれの複合材料も、表面粗さRaが10μm以下となり、厚み1mm以下の樹脂基材に他の溶射プロセスであるアーク溶射による被膜形状とは明確に区別される。
【0072】
試験例(密着性)
以上の試験例で得られた複合材料に対して、金属ガラス溶射被膜の密着性を試験した。密着性試験の結果を表1に示す。いずれの複合材料も、剥離が認められず、高い密着性を有するものであった。高い密着性により金属ガラス溶射被膜が樹脂基材から簡単に剥離しないので、溶射被膜を有する複合材料の長寿命化を図ることができる。このような高い密着性を示す複合材料で可撓性を示すものを用いれば、複合材料が加圧ローラ等で繰り返しプレスされるような用途にも使える。
【0073】
試験例(消磁特性)
アモルファス単一相からなる軟磁性材料のFe
76Si
5.7B
9.5P
5C
3.8金属ガラスのガスアトマイズ粉末(超音波振動篩による分級後の粒径:25〜53μm)をシート状のポリイミド基材(厚さ0.06mm)に本発明の溶射法で溶射して金属ガラス複合材料を得た。溶射被膜層の厚みは、70μmである。そして、振動試料型磁力計(VSM)を用いて複合材料の温度に対する磁化特性の変化を測定したところ、約410℃で磁化値が略零になった(試験例17)。試験の結果を表3および
図5に示す。
【0074】
同様に、アモルファス単一相からなる軟磁性材料のFe
78P
6B
12Nb
4金属ガラスのガスアトマイズ粉末(粒径:25〜53μm)をシート状のポリイミド基材(厚さ0.06mm)に本発明の溶射法で溶射して金属ガラス複合材料を得た。溶射被膜層の厚みは、75μmである。そして、振動試料型磁力計(VSM)を用いて複合材料の温度に対する磁化特性の変化を測定したところ、約235℃で磁化値が略零になった(試験例18)。
これらの結果より、本発明の金属ガラス複合材料が特定の温度にて明確な消磁効果(キュリー点)を示すことが判った。
【0075】
[表3]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
試験例 樹脂記号 金属ガラス膜 溶射条件 キュリー点
(厚みμm) (℃)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
17 E006 FeCr系(70) 高速プラズマA 約410
18 E006 FeP系 (75) 高速プラズマA 約235
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0076】
上記のような消磁特性を具備する複合材料であれば、その特性を利用して、例えば、温度調整機能を有する発熱体として使用することができる。
その一例として、樹脂製のベルト表面に金属ガラス溶射被膜を形成して、フレキシブル性のある発熱体を形成する場合を説明する。ベルト上の金属ガラス溶射被膜は、誘導加熱により昇温され、発熱体として機能する。このようなベルトを複数のローラで循環させ、ベルトの一部を加熱対象物に接触させるようにすることで、ベルト上の溶射被膜を介して加熱対象物を加熱することができる。そして溶射被膜がキュリー点に達すると、その磁性が消えるので誘導加熱を続けても温度が上がらず、オーバーヒートを効率よく防止することができる。複写機やレーザービームプリンタなどの定着ベルトなどに好適である。
【0077】
試験例(比抵抗)
比較例として、アルミニウム基材上に形成された厚さ200μm(バルク体)のFeSi系金属ガラスの溶射被膜層について、直流4端子法にて電気抵抗を測定したところ、溶射被膜層の比抵抗は約3×10
−6Ωmであり、従来のリボン状の溶射被膜層における比抵抗の約3倍であった(試験例19)。
本発明に係るシート状のポリイミド基材(0.06mm厚)上に形成された厚さ30μmおよび45μmのFeP系金属ガラスの溶射被膜層について、同様に電気抵抗を測定したところ、その比抵抗は約5×10
−6Ωmであり、従来のリボン状の溶射被膜層における比抵抗の約5倍になることが判った(試験例20)。これらの試験結果を表4に示す。
低キュリー点を示す整磁合金(Fe‐Niなど)の比抵抗が0.6〜0.8×10
−6Ωm程度であるので、本発明の複合材料は大きな比抵抗を有すると言える。
【0078】
[表4]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
試験例 基材 金属ガラス膜 溶射条件 比抵抗
(厚みμm) (Ωm)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
19 アルミニウム FeSi系(200) 高速プラズマB 約3×10
−6
20 E006 FeSi系(30,45) 高速プラズマB 約5×10
−6
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――