(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
銅電解精製では、電解液に浸した一対の電極へ直流電流を流すことで、電気分解により陽極側から銅が溶出し、陰極側へ銅が析出する。一方で、陽極から電解液中の硫酸等によって化学的に銅が溶出し、電解液中の銅濃度は徐々に上昇する。このため、電解液の銅濃度を調整するために、電解採取法、硫酸銅結晶の抜き出し、ブリードオフ等が行われている。
【0003】
電解採取法は、陽極に不溶性の電極、一般的には鉛合金(Pb−Sb、Pb−Ca−Sn)が用いられ、下記の化学式により、脱銅電解中、陽極側では酸素発生、陰極側では銅析出により、電解液中から銅を回収している。
陽極:H
2O=1/2O
2+2H
++2e
-
陰極:Cu
2++2e
-=Cu
(陰極:CuSO
4+2H
++2e
-=Cu+H
2SO
4)
【0004】
脱銅電解工程において、陰極板に電着した銅電着物を回収する場合、電力の供給を脱銅電解槽からバイパス回路へ切り替え、電解槽を停電状態として、電着陰極板を引き抜き、新しい陰極板を投入して、電解槽内への電力の供給を再開する。
【0005】
このような脱銅電解の復電時の操業で引き起こされる問題に対しては、従来、種々の研究がなされており、例えば、特許文献1には、パーマネントカソード法による銅の電解精製において、電解精製工場の計画停電時に、該電解精製工場に常設された主整流器より電解槽へ通電される電流を穏やかに落とし、次に、該電解精製工場に付設された補助整流器により、低電流にて停電復旧まで通電することを特徴とする銅の電解精製方法に係る発明が開示されている。そして、これによれば、パーマネントカソード(PC)方式の銅電解精製工場において、計画停電後にできる電気銅外層の薄膜電着により、剥ぎ取り困難となる状況をできるだけ回避することができると記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、PC法による銅の電解精製を行う電解精製工場を計画停電し、定期点検後、銅の電解精製槽に流す電流を正常操業値に戻す復電を行い、電解精製を再開する銅の電解精製法において、前記復電を、2段階以上の多段で電流値を増加させる操作により行うことを特徴とする銅の電解精製方法に係る発明が開示されている。そして、これによれば、パーマネントカソード(PC)方式の銅電解精製工場において、計画停電後に電着銅の剥取り困難となる状況を回避することができると記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の電解採取方法では、停電後の復電時に電流を一気に操業時の値まで上昇させると(1分程度で310mA/m
2)、陽極に鉛合金を用いている場合、この鉛合金電極の表面層に形成された硫酸鉛を主成分とする表面層が剥離し、鉛電極の寿命を低下させてしまうという問題がある。この点、従来の電解採取方法では、このような問題に対して十分な解決手段とはならない。
【0009】
そこで、本発明は、金属の電解採取法において電極の長寿命化を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、電流の供給開始から、陽極表面の酸素ガスの発生量を調整しながら、電解槽へ供給する電圧を段階的に上昇させることで、例えば陽極が鉛合金で形成されている場合、鉛合金電極表面の硫酸鉛を徐々に酸化鉛へ変化させ、硫酸鉛層が電位の急上昇によって電解液中へ剥離してしまうことを抑制することができることを見出した。
【0011】
以上の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、電解槽中の電解液に対して、電流供給開始から、酸素ガスの発生量を調整しながら電解槽へ供給する電圧を段階的に上昇させることで
、前記電解液中の金属を電解採取するための電気分解を行う工程を含む金属の電解採取方法である。
【0012】
本発明に係る金属の電解採取方法は一実施形態において、前記電気分解が、電解操作を停止した後の、復電開始の際の電気分解である。
【0013】
本発明に係る金属の電解採取方法は別の一実施形態において、前記供給開始時の電圧を、水の電気分解電位より低電位で一旦保持し、その後、段階的に復電していく。
【0014】
本発明に係る金属の電解採取方法はさらに別の一実施形態において、
前記電解液が硫酸酸性の電解液であり、且つ、電解で用いるアノードが鉛合金である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、金属の電解採取法において電極の長寿命化を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明に係る金属の電解採取法の実施形態を、脱銅電解を例に挙げて説明する。
【0020】
脱銅電解の一般的な手順を説明する。銅の電解精製と同様の電解液が脱銅電解槽に供給される。該電解液は硫酸酸性であるのが一般的であり、銅濃度は例えば30〜60g/Lである。脱銅電解槽内にはカソード(陰極)板とアノード(陽極)板が設置されている。一般には、カソード板とアノードが一つの脱銅電解槽内に交互に配列されている。
図1−1〜
図1−3に示すように、複数の脱銅電解槽11を直列に配列することもできる。脱銅電解開始前は
図1−3に示すように、バイパス回路スイッチ15が閉の状態であり、電脱銅電解槽への電流が短絡されている。バイパス回路スイッチ15を開の状態にして、脱銅電解槽11への通電を開始すると、電気は
図1−1に示すように脱銅電解槽11を流れ、電解液14中に溶解していた銅成分がカソード板13に電着する。通電を継続し、所定の厚みにまで電着銅が成長すると、一旦電流の供給を停止してカソード板13を電解槽11から引き上げて電着銅を回収し、新しいカソード板13に入れ替える。カソード板13の入れ替え時には、感電防止のため、カソード板13の引き上げ前に再び回路が短絡され、
図1−3の状態に戻る。カソード板13の入れ替え中は
図1−2の状態となり、脱銅電解槽11は絶縁される。新しいカソード板13が脱銅電解槽11に装入されて再度
図1−3の状態となり、その後、通電が繰り返される。新しいカソード板13の配置が完了した時点で、
図1−3の状態で、いったん全体を停電する場合もある。
【0021】
アノードとして、例えばPb−Sb、Pb−Ca−Sn合金を使用し、カソードとして銅の種板を使用する従来の脱銅電解においては、通電時(
図1−1の状態)に以下のような反応が起こり、アノードでは水の電気分解により酸素が発生し、カソードでは銅が析出する。
アノード:H
2O→1/2O
2+2H
++2e
-
カソード:CuSO
4+2e
-→Cu+SO
42-
また、カソードの引き上げ前及び通電前(
図1−3の状態)には以下のような反応が起こり、カソードから銅が電解液中に溶出する反応が起きる。
アノード:PbO
2+4H
++SO
42-+2e
-→PbSO
4+2H
2O
カソード:Cu+SO
42-→CuSO
4+2e
-
【0022】
このような脱銅電解において、一旦操業を停止した後の通電(復電)を操業の電圧まで一気に上昇させると(例えば、1分程度で310mA/m
2、2.0V)、鉛アノードの表面層に形成された硫酸鉛を主成分とする表面層が剥離し、鉛アノードの寿命を低下させてしまうという問題があった。ここで、本発明者は、電解時における鉛アノード上のアノード酸化物層とアノード電位との対応関係について注目し、これにより上記問題を解決するに至った。具体的には、非特許文献1(J.Burbank; Journal of electrochemical society, vol.106, no.5, (1959), 369-376)及び、当該文献に記載された硫酸浴中における鉛アノード上のアノード酸化物層の概念図(
図2)に着目した。
図2に示されるように、鉛アノード上には、通電開始から徐々に表面層が形成されていくが、その表面層の形態が供給する電位ごとに異なっている。具体的には、電解槽に浸漬された鉛アノード板は、硫酸溶液と反応して、表面層に絶縁層の硫酸鉛が形成され、通電開始時には、PbSO
4という絶縁物が厚く形成されており、電位の上昇と共に徐々にPbO・PbSO
4→Pb(OH)
2→PbO
tとなって絶縁物の割合が減少していく。ここで、鉛アノードと表面層中の絶縁物層(PbSO
4)との間に存在するPbO、Pb(OH)
2、PbO
t等からは、常に酸素ガスが発生している。通電開始時に一気に電位を上昇させると、この酸素ガスの量が一気に多くなり、最表層である絶縁物層(PbSO
4)を剥がし、これによって鉛アノードの寿命を低下させてしまうという知見を得た。そこで、電解槽中の電解液に対して、電流供給開始から、この酸素ガスの発生量を調整しながら電解槽へ供給する電流を段階的に上昇させることで電気分解を行うことにより、鉛アノードの表面層の剥離を良好に抑制することで、鉛アノードの長寿命化を実現することができる。
【0023】
供給開始時の電圧は、水の電気分解電位より低電位で一旦保持し、その後、段階的に復電していくことが好ましい。
図2に示されるように、水の電気分解電位以上の電位から酸素ガス発生量が増加していくため、それまでは低位電位で保持しておき、PbSO
4→PbOに徐々に変化させることで、表面層の剥離を良好に抑制することができる。このときの保持電位は、より詳細には、PbSO
4がPbOに変化していく電位以上であって、同時に水分解により酸素が発生しない電位以下のものである。保持電位の数値、及び、保持時間については、電解槽内の電解液の濃度やスケールにもよるが、好ましくは1.0〜1.5Vで10分以上、1.5〜2.0Vで10分以上と段階的に復電する。
【0024】
酸素発生量の調整は、目視や酸素濃度測定器で行うことができる。具体的には、目視で行う。酸素発生は鉛アノードの表面層の剥離に繋がるため、このように電流供給開始から酸素発生量を調整しながら供給電流を段階的に上昇させることで、表面層の剥離を良好に抑制することができる。
【0025】
陽極の材料としては特に制限はないが、鉛及びアンチモンを含む合金、或いは、鉛、カルシウム及びスズを含む合金を用いることができる。鉛合金は、安価で入手し易く、また電解液を汚染しないため好ましい。また、不溶性アノード(チタン素材上にイリジウム酸化物を被覆コートしたもの)等を用いてもよい。
【0026】
陰極の材料としては特に制限はないが、電解液に対して不溶性であることからチタンやステンレスを用いるのが一般的であり、電位が高いことからステンレスを用いるのが好ましい。ステンレスとしては特に制限はなく、マルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼、及び析出硬化ステンレス鋼の何れを用いても良い。
【0027】
本発明に係る金属の電解採取方法は脱銅電解に適用するのが典型的であるが、これに限られず、例えばSX−EW、脱砒電解、電解銅粉の製造、電解銅箔の製造において使用する場合にも適用可能であり、本発明ではこれらのプロセスも電解採取の概念に包含する。
【実施例】
【0028】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、本実施例はあくまで一例であり、この例に制限されるものではない。すなわち、本発明の技術思想の範囲内で、実施例以外の態様あるいは変形を全て包含するものである。
【0029】
(実施例1)
以下の条件で脱銅電解を実施した。
(1)銅電解精製に用いた電解液
容量:7000L
組成(Cu):45g/L(給液側)、35g/L(排液側)
組成(遊離硫酸):170g/L(給液側)、180〜185g/L(排液側)
液温:55〜70℃
(2)脱銅電解槽
3槽の脱銅電解槽を直列に配列した。各電解槽にはステンレス製(SUS316L)のパーマネントカソード板(縦×横×厚み=1m×1m×3mm)56枚、及びPb−Ca−Sn合金(Ca(0.1質量%)、Sn(0.5質量%))の不溶性アノード板(縦×横×厚み=1m×1m×10mm)57枚を交互に装入した。
(3)通電条件
電解槽に印加した電流、電流密度、電圧、及び通電時間を表1及び
図3に記載する。このときの通電中の酸素発生量は、目視により調整した。
(4)結果
この結果、電流値を段階的に上昇させることで、電圧は、印加直後の絶縁層への電圧印加による急峻な高電圧値(オーバーシュート)を示すことなく、段階的に増加しており、鉛アノードの表面性状は良好であった。また、鉛アノードからの鉛の剥離量は、使用前後の鉛アノード板の重量変化で調べ、鉛アノード表面からの鉛の剥離が従来の1/2程度に低減した。
【0030】
【表1】
【0031】
(比較例1)
通電条件以外は、実施例1と同様の条件で脱銅電解を実施した。比較例1の通電条件として、
図4に示すように、2分間で電流密度が80から300A/m
2へ一気に印加した。
この結果、電流印加後の電圧は一気に2.5Vから5.5Vへ上昇し、約30分かけて2.1Vで安定した。この電圧の急上昇は、鉛アノード表面に形成されている絶縁層へ電圧が一気に印加されて、電圧が急上昇し(オーバーシュート)、鉛アノード表面付近より酸素ガスが急激に発生した。その結果、鉛アノードの表面から薄膜が剥離している箇所がみられた。
【0032】
(実施例2)
電解液中の鉛アノード(体積:1020mm×90mm×11mm)を57枚準備し、実施例1の条件によって、1年間の脱銅電解を行い、鉛アノードの使用評価を行った。鉛アノードの初期厚みは11mm、終期厚みは3mmであった。1年間の使用の結果、鉛滓中の鉛量は1162kgであった。
この結果、以下の計算式によって、通常は2年程度であった鉛アノードの使用寿命が4.1年となることが確認された。
初期の鉛電極重量:アノード板の体積(1020mm×90mm×11mm)×アノード板の密度(11.34mg/mm
3)×アノード板の枚数(57枚)=6527kg
使用可能量:初期の鉛電極重量(6527kg)×厚み((11mm−3mm)/11mm)=4747kg
寿命評価:使用可能量(4747kg)/鉛滓中の鉛量(1162kg)=4.1年