【実施例】
【0026】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が好適に適用されるハイブリッド車両10の駆動系統の骨子図を含む概略構成図である。このハイブリッド車両10は、燃料の燃焼によって動力を発生する内燃機関であるエンジン12と、それぞれ電動モータおよび発電機として用いることができる第1モータジェネレータMG1および第2モータジェネレータMG2と、シングルピニオン型の遊星歯車装置から成る差動部14とを同軸上に備えている。すなわち、差動部14のキャリアCにエンジン12が連結されている一方、リングギヤRに中間伝達軸16が連結され、サンギヤSに第1モータジェネレータMG1が連結されている。また、中間伝達軸16に第2モータジェネレータMG2が連結されている。エンジン12は原動機に相当し、キャリアCは第1回転要素に相当し、リングギヤRは第2回転要素に相当し、第2モータジェネレータMG2は第2回転要素に連結された回転機である。なお、エンジン12と差動部14との間にクラッチ等の切離し装置を設けることもできるし、第2モータジェネレータMG2と中間伝達軸16との間に減速機構等を介在させても良い。
【0027】
図2は、差動部14の3つの回転要素S、C、Rの回転速度を直線で結ぶことができる共線図で、シングルピニオン型の遊星歯車装置から成る本実施例の差動部14の場合、キャリアCが中間に位置し、サンギヤSおよびリングギヤRが両端に位置する。また、それ等の回転要素S、C、Rの間隔は、遊星歯車装置のギヤ比ρ(=サンギヤSの歯数/リングギヤRの歯数)に応じて1:ρに定められる。そして、キャリアCがエンジン12により回転駆動されると、サンギヤSに連結された第1モータジェネレータMG1のトルクに応じたトルクでリンギヤR、更には中間伝達軸16が回転駆動される。第2モータジェネレータMG2は、力行制御されて電動モータとして用いられることにより駆動力を発生し、回生制御されて発電機として用いられることによりインバータ42を介してバッテリー44を充電する。
図2のωgは第1モータジェネレータMG1の回転速度(MG1回転速度)で、ωeはエンジン12の回転速度(エンジン回転速度)で、ωmは第2モータジェネレータMG2の回転速度(MG2回転速度)である。エンジン回転速度ωeは、第1回転要素すなわちキャリアCの回転速度と同じで、MG2回転速度ωmは、第2回転要素すなわちリングギヤRの回転速度と同じである。
【0028】
前記中間伝達軸16は自動変速機20の入力軸で、エンジン12および第2モータジェネレータMG2の出力は、その中間伝達軸16を介して自動変速機20に伝達され、更に出力軸22、差動歯車装置24を介して左右の駆動輪26に伝達される。自動変速機20は、複数の油圧式摩擦係合装置(クラッチやブレーキ)18の係合解放状態によって変速比が異なる複数のギヤ段が成立させられる遊星歯車式等の有段の自動変速機で、油圧制御装置28に設けられた電磁式の油圧制御弁や切換弁等によって変速制御が行われる。摩擦係合装置18は、動力伝達を接続遮断する断接装置として機能する。
【0029】
このハイブリッド車両10は電子制御装置70を備えている。電子制御装置70は、CPU、ROM、RAM、及び入出力インターフェースなどを有する所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、RAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って信号処理を行う。この電子制御装置70には、エンジン回転速度センサ50、MG1回転速度センサ52、MG2回転速度センサ54、アクセル操作量センサ56、車速センサ58から、それぞれエンジン回転速度ωe、MG1回転速度ωg、MG2回転速度ωm、アクセルペダルの操作量(アクセル操作量)Acc、出力軸22の回転速度(出力回転速度で車速Vに対応)ωout を表す信号が供給される。MG2回転速度ωmは、自動変速機20の入力回転速度と同じである。この他、バッテリー44の蓄電残量SOCを表す信号が供給されるなど、各種の制御に必要な種々の情報が供給されるようになっている。
【0030】
上記電子制御装置70は、機能的にハイブリッド制御手段72、変速制御手段74、エンジンパワー低下制御手段80を備えている。ハイブリッド制御手段72は、エンジン12およびモータジェネレータMG1、MG2の作動を制御することにより、例えばエンジン12を駆動力源として用いて走行するエンジン走行モードや、第2モータジェネレータMG2を駆動力源として用いて走行するモータ走行モード等の予め定められた複数の走行モードを、アクセル操作量Accや車速V等の運転状態に応じて切り換えて走行する。
【0031】
変速制御手段74は、油圧制御装置28に設けられた電磁式の油圧制御弁や切換弁等を制御して複数の油圧式摩擦係合装置18の係合解放状態を切り換えることにより、自動変速機20の複数のギヤ段を、アクセル操作量Accや車速V等の運転状態をパラメータとして予め定められた変速マップに従って切り換える。
図3は、前進4速のギヤ段を有する自動変速機20の変速マップの一例で、実線はアップシフト線、破線はダウンシフト線であり、所定のヒステリシスが設けられている。アクセル操作量Accの代わりに要求駆動力や要求トルクなどを用いることもできる。
【0032】
エンジンパワー低下制御手段80は、アクセルペダルが踏込み操作されて上記変速制御手段74によりダウンシフトが行われるパワーオンダウンシフト時、すなわち自動変速機20の入力回転速度であるMG2回転速度ωmをエンジン12のパワーPeで上昇させてダウンシフトする際に、摩擦係合装置18の係合による変速ショック等のドライバビリティや燃費、排出ガス等を改善するために、そのMG2回転速度ωmがダウンシフト後のギヤ段の同期回転速度ωmdokiに達する直前にエンジンパワーPeを一時的に低下させる変速時パワー低下制御を行うものである。このエンジンパワー低下制御手段80は、機能的に変速進行度先読み手段82、回転速度差算出手段84、エンジンパワー低下量算出手段86、およびエンジントルク低下手段88を備えており、
図4のフローチャートに従って信号処理を行うことにより、上記変速時パワー低下制御を実行する。
図4のステップS2、S3は変速進行度先読み手段82に相当し、ステップS4は回転速度差算出手段84に相当し、ステップS5はエンジンパワー低下量算出手段86に相当し、ステップS6、S7はエンジントルク低下手段88に相当する。
【0033】
図4のステップS1では、パワーオンダウンシフトか否かを判断し、パワーオンダウンシフトの場合にはステップS2以下を実行する。パワーオンダウンシフトか否かは、例えば変速制御手段74によりダウンシフトが行われる際にアクセル操作量Accが所定値以上か否かによって判断できるが、変速制御手段74からパワーオンダウンシフトを実行中である旨の情報が供給されるようにしても良い。
【0034】
ステップS2では、実際の変速進行度Aを次式(2) に従って算出し、この実際の変速進行度Aに、エンジン12の点火時期の遅角制御の応答遅れに基づいて定められた先読み補正値βを加算して先読み変速進行度(A+β)を算出する。数式(2) は、現在のMG2回転速度ωm、変速開始時のMG2回転速度ωm1、ダウンシフト後のMG2回転速度ωm2を用いて定められており、0〜1の範囲内で実際の変速進行度Aが求められる。MG2回転速度ωm2はダウンシフト後のギヤ段の同期回転速度ωmdokiと同じで、出力回転速度ωout にダウンシフト後のギヤ段の変速比γを掛け算することによって求められる。変速開始時のMG2回転速度ωm1についても、出力回転速度ωout にダウンシフト前のギヤ段の変速比γを掛け算して算出しても良い。また、先読み補正値βは、遅角制御により実際にエンジントルクが変化するまでの応答遅れの間の変速の進行度合で、予め実験やシミュレーション等によりダウンシフトの種類やエンジン回転速度ωe、エンジントルクTe等をパラメータとして例えば0.1〜0.3程度の値が設定される。
A=(ωm−ωm1)/(ωm2−ωm1) ・・・(2)
【0035】
ステップS3では、先読み変速進行度(A+β)が予め定められた判定値αよりも大きいか否かを判断し、(A+β)≦αの間はそのまま終了してステップS1以下を繰り返し実行するが、先読み変速進行度(A+β)が判定値αを超えたらステップS4以下のパワー低下制御を開始する。判定値αは、パワー低下制御が適切に行われるように適宜設定され、実験やシミュレーション等により例えば0.7〜0.9程度の一定値が定められても良いが、ダウンシフトの種類やエンジントルクTe等をパラメータとして設定することもできる。
【0036】
ステップS4では、エンジン回転速度ωeの基準値ωethを次式(3) の関係から実際のMG2回転速度ωmに基づいて算出し、実際のエンジン回転速度ωeとの回転速度差Δω(=ωe−ωeth)を算出する。基準値ωethは、MG2回転速度ωmを一定とした場合にエンジン回転速度ωeの変化に対する差動部14の回転エネルギーEdiffの変化が0となるエンジン回転速度ωeで、シングルピニオン型の遊星歯車装置から成る本実施例の差動部14では、(3) 式の関係が成立する。(3) 式において、Igは第3回転要素であるサンギヤSを含む第1モータジェネレータMG1の回転イナーシャで、Ieは第1回転要素であるキャリアCを含むエンジン12の回転イナーシャである。
【数1】
【0037】
図5の破線のグラフは、差動部14の回転エネルギーEdiffを等エネルギー間隔で示したもので、上記基準値ωethのグラフは、横軸と平行な直線が等エネルギー線の接線となる位置を結ぶ直線になる。
図5において点aおよび点bは、パワーオンダウンシフトの開始時の状態で、点aは点bに比べてエンジン回転速度ωeが高いが、パワーオンのダウンシフトでは何れも実線および破線の矢印で示すように、MG2回転速度ωmをωm2まで上昇させる際にエンジン回転速度ωeも上昇させることが望ましい。例えば
図2において実線で示す状態からパワーオンダウンシフトを行う場合、一点鎖線で示すようにMG2回転速度ωmおよびエンジン回転速度ωeを共に上昇させるのである。
【0038】
ここで、MG2回転速度ωmがダウンシフト後の回転速度ωm2に近付くと、自動変速機20の摩擦係合装置18の係合制御のためにMG2回転速度ωmの変化すなわち回転加速度を0にすることが望ましい。エンジン12からの入力パワーPeが駆動輪26に伝達されるパワー、すなわち摩擦係合装置18の係合トルクに応じて定まる駆動パワーPcよりも大きいと、
図5の等エネルギー線が膨張する方向に広がる。その場合に、MG2回転速度ωmの変化が0になると、パワーバランスの関係からエンジン回転速度ωeおよびMG1回転速度ωgの変化で余分なパワーを消費する必要がある。そして、基準値ωethよりも右側すなわちエンジン回転速度ωeが高い側では、そのエンジン回転速度ωeが上昇する方向(図の右方向)は等エネルギー線が膨張する側、言い換えれば回転エネルギーEdiffが増大する側になる。このため、エンジンパワーPeが駆動パワーPcより大きい場合でも、エンジン回転速度ωeの上昇で消費され、エンジンパワーPeの低下量Pdownは少なくて良く、低下量Pdownを0とすることも可能である。
【0039】
一方、基準値ωethよりも左側すなわちエンジン回転速度ωeが低い側では、そのエンジン回転速度ωeが上昇する方向(図の右方向)は等エネルギー線が縮まる側、言い換えれば回転エネルギーEdiffが減少する側になる。このため、エンジンパワーPeが駆動パワーPcより大きい場合、エンジン回転速度ωeを低下させる方向に作用し、エンジン回転速度ωeを上昇させるためにはエンジンパワーPeの低下量Pdownを大き目に設定する必要がある。例えば
図2において破線で示す場合、ダウンシフトに伴ってエンジン回転速度ωeを上昇させようとすると、逆方向へ回転しているMG1回転速度ωgが相対的に低回転になり、回転エネルギーが小さくなるため、差動部14全体の回転エネルギーEdiffが低下する場合があり、エンジン回転速度ωeを上昇させるためにエンジンパワーPeを低下させる必要があるのである。
【0040】
このようにエンジン回転速度ωeが基準値ωethよりも高回転側では、駆動パワーPcより大きい余剰パワーがエンジン回転速度ωeの上昇に寄与するため、入力パワーの低下量Pdownは少なくて良い一方、エンジン回転速度ωeが基準値ωethよりも低回転側では、駆動パワーPcより大きい余剰パワーがエンジン回転速度ωeの上昇を阻害するため、入力パワーの低下量Pdownを大きくする必要がある。このため、実際のエンジン回転速度ωeと基準値ωethとの回転速度差Δωをパラメータとしてエンジンパワー低下量Pdownを設定することにより、MG2回転速度ωmの変化を略0にして摩擦係合装置18を適切に係合させることができるとともに、エンジン回転速度ωeを適度に上昇させて運転者の駆動力要求に合致したドライバビリティを確保することができる。なお、エンジン12の点火時期の遅角制御の応答遅れを考慮して、エンジン回転速度ωeやMG2回転速度ωmを先読み(予測)して上記基準値ωeth、更には回転速度差Δωを算出することもできる。
【0041】
図4に戻って、次のステップS5では、上記回転速度差Δωに基づいてエンジンパワー低下量Pdownを算出する。例えば、
図6に示すように回転速度差Δωが大きい程エンジンパワー低下量Pdownが小さくなるように予め定められたマップや演算式から、実際の回転速度差Δωに基づいてエンジンパワー低下量Pdownを算出する。このように回転速度差Δωが大きい程エンジンパワー低下量Pdownが小さくされることは、回転速度差Δωがエンジン回転速度ωeと基準値ωethとの差(ωe−ωeth)であることから、エンジン回転速度ωeすなわち差動部14の第1回転要素(キャリアC)の回転速度が大きい程パワー低下量Pdownが小さくされることを意味する。本実施例では、回転速度差Δωに加えて第2モータジェネレータMG2による充電可能なパワー(MG2パワー)Pbをパラメータとしてマップが設定されており、そのMG2パワーPbが大きい程エンジンパワー低下量Pdownが小さくされる。すなわち、第2モータジェネレータMG2の回生制御で余剰パワーを消費することにより、エンジン12のパワー低下量Pdownをその分だけ少なくするとともに、バッテリー44を充電するのである。MG2パワーPbは、バッテリー44の蓄電残量SOC等に応じて定められ、回生側が正(+)である。この他、エンジンパワーPeや駆動パワーPc、或いはそれ等の差(Pe−Pc)をパラメータとして、エンジンパワー低下量Pdownを算出することもできる。
【0042】
そして、ステップS6で上記エンジンパワー低下量Pdownに基づいてエンジン12の点火時期の遅角量を算出し、ステップS7で点火時期の遅角指令を出力することにより、エンジントルクTeを低下させてエンジンパワーPeを低下量Pdownだけ低下させる。また、第2モータジェネレータMG2を前記MG2パワーPbで回生制御する。これにより、エンジンパワー低下量PdownおよびMG2パワーPbだけ入力パワーが低減され、このようなパワー低下制御が、MG2回転速度ωmが同期回転速度ωmdokiに達して所定の摩擦係合装置18が完全係合させられるまで継続される。
【0043】
その後、エンジンパワーPeを復帰させる際には、エンジントルクTeを所定の変化率(レート)で増大させる。その場合に、エンジン回転速度ωeが高い程エンジントルクTeの変化率を小さくすることが望ましい。すなわち、エンジン回転速度ωeが高いと、トルクTeに対するパワーPeの変化の感度が高くなるため、トルクTeの変化率を小さくすることで単位時間当たりのパワーPeの変化量が小さくなり、エンジン回転速度ωeの大きさに拘らず駆動トルクのトルク変動を小さくできて、復帰時のドライバビリティを改善できる。
【0044】
図7は、パワーオンダウンシフト時に
図4のフローチャートに従って変速時パワー低下制御が行われた場合の各部の作動状態の変化を示すタイムチャートの一例で、エンジン回転速度ωeおよびエンジンパワーPeの欄の実線は、エンジン回転速度ωeが
図5に点aから実線で示す矢印のように変化した場合で、基準値ωethよりも高回転の場合である。破線は、エンジン回転速度ωeが
図5に点bから破線で示す矢印のように変化した場合で、基準値ωethよりも低回転の場合である。
図7の時間t1は、アクセル操作量Accの増大に伴ってダウンシフト指令が出力された時間である。このようにダウンシフト指令が出力されると、自動変速機20の入力回転速度であるMG2回転速度ωmおよびエンジン回転速度ωeは、それ等の単位時間当たりの変化量である回転加速度dωm、dωeが、例えば
図9、
図10に示す目標変化パターンに従って変化するように、エンジン12や第1モータジェネレータMG1の出力制御、解放側および係合側の摩擦係合装置18の解放制御、係合制御等が行われる。
【0045】
図7の時間t2は、先読み変速進行度(A+β)が判定値αを超えてステップS3の判断がYES(肯定)になり、ステップS4以下のパワー低下制御が開始された時間である。その場合に、エンジン回転速度ωeが基準値ωethよりも低い場合(破線)は、エンジン回転速度ωeが基準値ωethより高い場合(実線)に比較してエンジンパワーPeのパワー低下量Pdownが大きい。これにより、エンジン回転速度ωeの相違に伴う差動部14の回転エネルギーEdiffの相違に拘らず、MG2回転速度ωmを同期回転速度ωmdoki(
図5の変速後のMG2回転速度ωm2と同じ)付近に維持したままエンジン回転速度ωeを適切に上昇させることができる。これに対し、破線で示すようにエンジン回転速度ωeが基準値ωethよりも低い場合に、エンジンパワーPeの低下量Pdownを実線の場合と同じ程度に小さくすると、入力パワーが大き過ぎてエンジン回転速度ωeが一点鎖線で示すように低下し、変速終了後のドライバビリティの悪化が懸念される。また、実線で示すようにエンジン回転速度ωeが基準値ωethよりも高い場合に、エンジンパワーPeの低下量Pdownを破線の場合と同じ程度に大きくすると、入力パワーが小さくなり過ぎ、エンジン回転速度ωeが低下してドライバビリティの悪化が懸念されるとともに、エンジンパワーPeが必要以上に低下することで燃費や排気ガスが悪化する可能性がある。
【0046】
図7の時間t3は、MG2回転速度ωmがダウンシフト後の同期回転速度ωmdokiに達した時間で、その後、係合側の摩擦係合装置18が完全係合させられるとともに、エンジンパワーPeの復帰制御が行われ、時間t4で変速時パワー低下制御を含む一連の変速制御が終了する。
【0047】
このように、本実施例のハイブリッド車両10においては、自動変速機20の入力回転速度であるMG2回転速度ωmをエンジンパワーPeで上昇させてダウンシフトを行う際に、MG2回転速度ωmがダウンシフト後の同期回転速度ωmdokiに達する直前にエンジン12のパワー低下制御が行われるが、差動部14の第1回転要素(キャリアC)の回転速度であるエンジン回転速度ωeが低い時には高い時に比較してパワー低下量Pdownが大きくされるため、差動部14の差動状態の相違すなわち回転エネルギーEdiffの相違に拘らず適切にパワー低下制御が行われるようになる。すなわち、第1回転要素(キャリアC)の回転速度であるエンジン回転速度ωeの相違に拘らず、摩擦係合装置18の係合制御によりMG2回転速度ωmの変化が制限された状態、具体的には同期回転速度ωmdoki付近に維持される状態において、エンジン回転速度ωeを適度に上昇させることができるようになり、エンジン回転速度ωeの低下や停滞無く変速が行われてドライバビリティや燃費、排出ガス等を向上させることができる。
【0048】
また、本実施例ではエンジン回転速度ωeと基準値ωethとの回転速度差Δωを算出し、その回転速度差Δωに基づいてパワー低下量Pdownが求められるが、回転速度差Δωは
図5から明らかなようにエンジン回転速度ωeの変化に対する回転エネルギーEdiffの変化を反映している。このため、差動部14の差動状態の相違に拘らずエンジン回転速度ωeを適切に上昇させることができるパワー低下量Pdownを、その回転速度差Δωに応じて簡便に且つ適切に求めることができる。特に、本実施例では回転速度差Δωの他にMG2パワーPbをパラメータとしてパワー低下量Pdownが求められるため、パワー低下制御が一層適切に行われる。
【0049】
また、本実施例では先読み変速進行度(A+β)が判定値αに達したらステップS4以下のパワー低下制御を開始するため、エンジン12の点火時期の遅角制御で実際にエンジントルクTeが低下するまでの応答遅れに拘らず、変速時のパワー低下制御を適切に行うことが可能で、ドライバビリティや燃費、排出ガス等を一層向上させることができる。
【0050】
次に、本発明の他の実施例を説明する。なお、以下の実施例において前記実施例と実質的に共通する部分には同一の符号を付して詳しい説明を省略する。
【0051】
図8は、前記エンジンパワー低下制御手段80によって実行される信号処理の別の例を説明するフローチャートで、
図4のフローチャートの代わりに実行される。
図8のステップR1〜R3、R6、R7は
図4のステップS1〜S3、S6、S7とそれぞれ同じであり、ステップR4およびR5のみが相違する。すなわち、ステップR2、R3は前記変速進行度先読み手段82に相当し、ステップR6、R7はエンジントルク低下手段88に相当するが、前記回転速度差算出手段84の代わりにステップR4を実行する回転加速度先読み手段が設けられている。また、エンジンパワー低下量算出手段86は、前記ステップS5の代わりにステップR5を実行し、パワーバランス式(1) に従って求められる余剰パワーΔPに基づいてパワー低下量Pdownを設定するように構成される。
【0052】
図8のステップR4では、ステップR2で算出された先読み変速進行度(A+β)に基づいて先読みMG2回転加速度dωm1、先読みエンジン回転加速度dωe1を算出する。これ等の回転加速度dωm、dωeは、単位時間当たりの回転速度ωm、ωeの変化量で、例えば変速の種類等に応じて予め定められた
図9、
図10に示す目標変化パターンに従って、変速進行度に応じて変化するように制御される。したがって、この目標変化パターンのマップから、先読み変速進行度(A+β)に基づいて先読みMG2回転加速度dωm1、先読みエンジン回転加速度dωe1をそれぞれ求めることができる。
【0053】
ステップR5では、エンジンパワーPe、摩擦係合装置18を介して駆動輪26に伝達される駆動パワーPc、差動部14のイナーシャパワーPiner、第2モータジェネレータMG2のパワーPbをパラメータとして予め定められた前記パワーバランス式(1) に従って、余剰パワーΔPを算出し、その余剰パワーΔPに基づいてエンジン12のパワー低下量Pdownを設定する。余剰パワーΔPをそのままパワー低下量Pdownに設定することもできるが、エンジン回転速度ωeが所定の変化傾向となるように、パワー低下量Pdownを余剰パワーΔPよりも大きくしたり小さくしたりすることも可能である。本実施例では、前記実施例と同様にエンジン回転速度ωeが適度に上昇するように定められる。
【0054】
上記エンジンパワーPeは、エンジントルクTeとエンジン回転速度ωeとを掛け算することによって求められる。駆動パワーPcは、係合制御される摩擦係合装置18の伝達トルク(係合油圧)Tc、および入力回転速度であるMG2回転速度ωmに基づいて、予め定められたマップや演算式を用いて算出できる。MG2パワーPbは、バッテリー44の充電可能電力で、蓄電残量SOC等に基づいて予め定められたマップや演算式に従って求められる。第2モータジェネレータMG2は、この充電可能電力に応じてモータトルク(回生トルク)Tmが設定され、MG2パワーPbは発電機として機能する回生側が正(+)である。
【0055】
また、差動部14のイナーシャパワーPinerは、第1回転要素であるキャリアCを含むエンジン12の回転イナーシャIe、エンジン12の回転加速度dωe、回転速度ωe、第2回転要素であるリングギヤRを含む第2モータジェネレータMG2の回転イナーシャIm、第2モータジェネレータMG2の回転加速度dωm、回転速度ωm、第3回転要素であるサンギヤSを含む第1モータジェネレータMG1の回転イナーシャIg、第1モータジェネレータMG1の回転加速度dωg、回転速度ωgから、次式(4) に従って求められる。エンジン回転速度ωe、MG1回転速度ωg、およびMG2回転速度ωmは、シングルピニオン型の遊星歯車装置である差動部14の場合、次式(5) の関係を有するため、結局エンジン12の回転加速度dωe、および第2モータジェネレータMG2の回転加速度dωmの2つのパラメータから、予め定められたマップや演算式によりイナーシャパワーPinerを求めることができる。その場合に、本実施例では前記ステップR4で求めた先読みエンジン回転加速度dωe1および先読みMG2回転加速度dωm1を、エンジン回転加速度dωe、MG2回転加速度dωmとして用いてイナーシャパワーPinerを算出する。
Piner=Ie・dωe・ωe+Im・dωm・ωm+Ig・dωg・ωg
・・・(4)
ωm+ρ・ωg−(1+ρ)・ωe=0 ・・・(5)
【0056】
このようにしてステップR5でパワー低下量Pdownを設定したら、ステップR6およびR7を実行し、前記実施例と同様にしてエンジン12の点火時期の遅角制御を行うことにより、エンジン12のパワーPeを低下量Pdownだけ低下させる。
【0057】
本実施例では、差動部14のイナーシャパワーPinerを含むパワーバランス式(1) に従って求められる余剰パワーΔPに基づいてパワー低下量Pdownが設定されるため、差動部14の差動状態の相違に拘らず適切にパワー低下制御が行われるようになる。すなわち、第1回転要素(キャリアC)の回転速度であるエンジン回転速度ωeの相違に拘らず、摩擦係合装置18の係合制御によりMG2回転速度ωmの変化が制限された状態、具体的には同期回転速度ωmdoki付近に維持される状態において、エンジン回転速度ωeを適度に上昇させることが可能で、エンジン回転速度ωeの低下や停滞無く変速が行われ、ドライバビリティや燃費、排出ガス等を向上させることができる。言い換えれば、差動部14のイナーシャパワーPinerを含むパワーバランス式(1) に従って求められる余剰パワーΔPに基づいてパワー低下量Pdownを設定すれば、前記実施例と同様にエンジン回転速度ωeが低い程パワー低下量Pdownが大きくなり、実質的に前記実施例と同様の作用効果が得られるのである。
【0058】
また、本実施例では第2モータジェネレータMG2のパワーPbをパラメータとして予め定められたパワーバランス式(1) に従って余剰パワーΔPが算出されるため、第2モータジェネレータMG2の回生制御によるパワー低下を考慮してエンジン12のパワー低下制御を適切に行うことができる。
【0059】
また、本実施例では、差動部14のイナーシャパワーPinerが、エンジン12の遅角制御の応答遅れに基づいて求めた先読みエンジン回転加速度dωe1および先読みMG2回転加速度dωm1を用いて算出されるため、エンジン12の遅角制御の応答遅れに拘らずエンジンパワーPeが適切に低下制御されて、ドライバビリティや燃費、排出ガス等を一層向上させることができる。
【0060】
図11は、本発明が好適に適用されるハイブリッド車両の別の例を説明する骨子図で、このハイブリッド車両100は、前記差動部14の第2回転要素であるリングギヤRからクラッチ102を介して動力伝達軸104に駆動力が伝達される場合で、その動力伝達軸104に第2モータジェネレータMG2が連結されている。クラッチ102は、油圧式の単板式或いは多板式の摩擦係合装置で、断接装置に相当する。また、動力伝達軸104は、前記差動歯車装置24に直接連結しても良いが、前記自動変速機20等を介して差動歯車装置24に連結することも可能である。
【0061】
そして、このようなハイブリッド車両100においても、例えばクラッチ102を解放して第2モータジェネレータMG2のみを駆動力源として用いて走行するモータ走行モードから、クラッチ102を係合してエンジン12を駆動力源として用いて走行するエンジン走行モードへ移行する際、或いはクラッチ102を解放した惰性走行からエンジン走行モードへ移行する際に、そのエンジン12のパワーでリングギヤRの回転速度を上昇させてクラッチ102を接続制御する場合に、前記各実施例と同様にしてエンジン12のパワー低下制御を行うことができる。すなわち、前記
図4のフローチャートと同様に、エンジン回転速度ωeと基準値ωethとの回転速度差Δωを算出し、その回転速度差Δωに基づいてマップなどからパワー低下量Pdownを求めて、エンジン12のパワー低下制御を行えば良い。また、前記
図8のフローチャートと同様に、パワーバランス式から余剰パワーΔPを算出し、その余剰パワーΔPに基づいてパワー低下量Pdownを設定して、エンジン12のパワー低下制御を行えば良い。その場合に、本実施例では第2モータジェネレータMG2がクラッチ102よりも下流側に配置されているため、その第2モータジェネレータMG2のパワーPbを考慮する必要はなく、次式(6) のパワーバランス式に従って余剰パワーΔPを算出すれば良い。
ΔP=Pe−Pc−Piner ・・・(6)
【0062】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。