(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
パンチ軸と平行に形成された成形ランド部と、前記成形ランド部よりも先端側に前記成形ランド部と連なって形成された断面円弧状の成形R部と、前記成形ランド部よりも基端側に形成され且つ前記成形ランド部よりも小径の逃げ部と、を有し、
金属素材を冷間後方押出鍛造して有底円筒状鍛造品を成形する際に用いられる冷間後方押出鍛造用パンチであって、
前記素材は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり、
前記成形R部の曲率半径は、前記鍛造品の円筒状周壁部の肉厚よりも大きく設定されており、
前記成形ランド部の長さは、0.05〜0.15mmの範囲内に設定され、
前記逃げ部の前記成形ランド部に対する逃げ幅は、0.15〜1.0mmの範囲内に設定されている冷間後方押出鍛造用パンチ。
パンチ軸と平行に形成された成形ランド部と、前記成形ランド部よりも先端側に前記成形ランド部と連なって形成された断面円弧状の成形R部と、前記成形ランド部よりも基端側に形成され且つ前記成形ランド部よりも小径の逃げ部と、を有する冷間後方押出鍛造用パンチを用い、
金属素材を冷間後方押出鍛造して有底円筒状ブレーキピストン用素形材を成形するブレーキピストン用素形材の製造方法であって、
前記素材は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり、
前記パンチの成形R部の曲率半径は、前記素形材の円筒状周壁部の肉厚よりも大きく設定されており、
前記パンチの成形ランド部の長さは、0.05〜0.15mmの範囲内に設定され、
前記パンチの逃げ部の成形ランド部に対する逃げ幅は、0.15〜1.0mmの範囲内に設定されているブレーキピストン用素形材の製造方法。
前記成形キャビティの中心側に配置された前記凹部の側面は、前記凹部の開口幅が広くなるように傾斜している請求項4又は5記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
前記素材の上面の表面粗さRaを前記素材の外周面の表面粗さRaで割った値と、前記素材の上面の表面粗さRzを前記素材の外周面の表面粗さRzで割った値と、前記素材の上面のうねりWaを前記素材の外周面のうねりWaで割った値と、前記素材の上面のうねりWzを前記素材の外周面のうねりWzで割った値と、のうち少なくとも一つが0.5〜1.5の範囲内に設定されている請求項3〜6のいずれかに記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
パンチ軸と平行に形成された成形ランド部と、前記成形ランド部よりも先端側に前記成形ランド部と連なって形成された断面円弧状の成形R部と、前記成形ランド部よりも基端側に形成され且つ前記成形ランド部よりも小径の逃げ部と、を有する冷間後方押出鍛造用パンチを用い、
金属素材を冷間後方押出鍛造して有底円筒状鍛造品を成形する有底円筒状鍛造品の製造方法であって、
前記素材は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり、
前記パンチの成形R部の曲率半径は、前記鍛造品の円筒状周壁部の肉厚よりも大きく設定されており、
前記パンチの成形ランド部の長さは、0.05〜0.15mmの範囲内に設定され、
前記パンチの逃げ部の成形ランド部に対する逃げ幅は、0.15〜1.0mmの範囲内に設定されている有底円筒状鍛造品の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1の86〜87頁には、本非特許文献1中の
図6.12の説明として、先端が球状のパンチ(いわゆる球状パンチ)を用いた冷間後方押出鍛造では、鍛造の断面減少率が大きくなると加工荷重が急上昇すること、球状パンチは、どちらかというと浅い孔の成形に適していること、等が記載されている。したがって、球状パンチを用いて、肉厚の薄い周壁部121を有する鍛造品125を成形するのは困難である。
【0007】
また、鍛造品125が同図に示すように有底円筒状である場合には、その素材120を冷間後方押出鍛造するときに素材120(鍛造品125)の内周面121aのパンチ101との焼付きが発生するという難点があった。この焼付きは、パンチ101の成形R部103の曲率半径Rが鍛造品125(素材120)の円筒状周壁部121の肉厚Lよりも大きい場合、換言すると鍛造品125の周壁部121の肉厚Lがパンチ101の成形R部103の曲率半径R以下である場合、即ち周壁部121が薄い場合に特に発生し易かった。
【0008】
本発明は、上述した技術背景に鑑みてなされたもので、その目的は、パンチの成形R部の曲率半径が大きい場合でも焼付きの発生を防止することができ、更に、高い寸法精度を有する有底円筒状鍛造品を成形することができる冷間後方押出鍛造用パンチ、前記パンチを具備した冷間後方押出鍛造装置、前記パンチを用いたブレーキピストン用素形材の製造方法、前記ブレーキピストン用素形材を用いたブレーキピストンの製造方法、及び、前記パンチを用いた有底円筒状鍛造品の製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の好ましい実施形態から明らかにされるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の手段を提供する。
【0011】
[1] パンチ軸と平行に形成された成形ランド部と、前記成形ランド部よりも先端側に前記成形ランド部と連なって形成された断面円弧状の成形R部と、前記成形ランド部よりも基端側に形成され且つ前記成形ランド部よりも小径の逃げ部と、を有し、
金属素材を冷間後方押出鍛造して有底円筒状鍛造品を成形する際に用いられる冷間後方押出鍛造用パンチであって、
前記素材は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり、
前記成形R部の曲率半径は、前記鍛造品の円筒状周壁部の肉厚よりも大きく設定されており、
前記成形ランド部の長さは、0.05〜0.15mmの範囲内に設定され、
前記逃げ部の前記成形ランド部に対する逃げ幅は、0.15〜1.0mmの範囲内に設定されている冷間後方押出鍛造用パンチ。
【0012】
[2] 前項1記載のパンチを具備する冷間後方押出鍛造装置。
【0013】
[3] パンチ軸と平行に形成された成形ランド部と、前記成形ランド部よりも先端側に前記成形ランド部と連なって形成された断面円弧状の成形R部と、前記成形ランド部よりも基端側に形成され且つ前記成形ランド部よりも小径の逃げ部と、を有する冷間後方押出鍛造用パンチを用い、
金属素材を冷間後方押出鍛造して有底円筒状ブレーキピストン用素形材を成形するブレーキピストン用素形材の製造方法であって、
前記素材は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり、
前記パンチの成形R部の曲率半径は、前記素形材の円筒状周壁部の肉厚よりも大きく設定されており、
前記パンチの成形ランド部の長さは、0.05〜0.15mmの範囲内に設定され、
前記パンチの逃げ部の成形ランド部に対する逃げ幅は、0.15〜1.0mmの範囲内に設定されているブレーキピストン用素形材の製造方法。
【0014】
[4] 前記素材は、前記パンチに対応する成形ダイの成形キャビティ内で冷間後方押出鍛造されるものであり、
前記成形ダイの成形キャビティの底面の外周縁部に成形キャビティの周面と連接して凹部が形成されており、
前記凹部は、その内部に素材の鍛造時に素材の材料が流れ込むことにより、前記成形キャビティ内におけるその底面とその周面との間の角部近傍で材料が滞留するのを抑制するものである前項3記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
【0015】
[5] 前記凹部の開口幅は、前記素形材の周壁部の肉厚以上に設定されている前項4記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
【0016】
[6] 前記成形キャビティの中心側に配置された前記凹部の側面は、前記凹部の開口幅が広くなるように傾斜している前項4又は5記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
【0017】
[7] 前記素材の上面の表面粗さRaを前記素材の外周面の表面粗さRaで割った値と、前記素材の上面の表面粗さRzを前記素材の外周面の表面粗さRzで割った値と、前記素材の上面のうねりWaを前記素材の外周面のうねりW
aで割った値と、前記素材の上面のうねりWzを前記素材の外周面のうねりWzで割った値と、のうち少なくとも一つが0.5〜1.5の範囲内に設定されている前項3〜6のいずれかに記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
【0018】
[8] 前記素材の材質は、O処理が施されないで溶体化処理が施されたアルミニウム合金である前項3〜7のいずれかに記載のブレーキピストン用素形材の製造方法。
【0019】
[9] 前項3〜8のいずれかに記載のブレーキピストン用素形材の製造方法により得られたブレーキピストン用素形材を人工時効処理するブレーキピストンの製造方法。
【0020】
[10] パンチ軸と平行に形成された成形ランド部と、前記成形ランド部よりも先端側に前記成形ランド部と連なって形成された断面円弧状の成形R部と、前記成形ランド部よりも基端側に形成され且つ前記成形ランド部よりも小径の逃げ部と、を有する冷間後方押出鍛造用パンチを用い、
金属素材を冷間後方押出鍛造して有底円筒状鍛造品を成形する有底円筒状鍛造品の製造方法であって、
前記素材は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり、
前記パンチの成形R部の曲率半径は、前記鍛造品の円筒状周壁部の肉厚よりも大きく設定されており、
前記パンチの成形ランド部の長さは、0.05〜0.15mmの範囲内に設定され、
前記パンチの逃げ部の成形ランド部に対する逃げ幅は、0.15〜1.0mmの範囲内に設定されている有底円筒状鍛造品の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明は以下の効果を奏する。
【0022】
前項[1]記載の冷間後方押出鍛造用パンチによれば、パンチの成形R部の曲率半径が鍛造品の周壁部の肉厚よりも大きく設定されている場合、換言すると鍛造品の周壁部の肉厚がパンチの成形R部の曲率半径以下である場合でも、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内の素材について、該素材の内周面のパンチとの焼付きを防止することができるし、高い寸法精度を有する有底円筒状鍛造品を得ることができる。
【0023】
前項[2]記載の冷間後方押出鍛造装置によれば、前項[1]記載のパンチと同じ効果を奏する。
【0024】
前項[3]記載のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、パンチの成形R部の曲率半径がブレーキピストン用素形材の周壁部の肉厚よりも大きく設定されている場合、換言すると素形材の周壁部の肉厚がパンチの成形R部の曲率半径以下である場合でも、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内の素材について、該素材の内周面のパンチとの焼付きを防止することができるし、高い寸法精度を有するブレーキピストン用素形材を得ることができる。
【0025】
前項[4]記載のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、材料の滞留状態(デットメタル状態)が改善され、これにより、焼付きを確実に防止することができるし、更に材料の滞留(デッドメタル)に起因する表皮引込み傷の発生を防止することができる。その結果、高品質のブレーキピストン用素形材を得ることができる。
【0026】
前項[5]記載のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、焼付きを更に確実に防止することができるし、更に材料の滞留に起因する表皮引込み傷の発生を確実に防止することができる。
【0027】
前項[6]記載のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、焼付きを更に一層確実に防止することができるし、更に材料の滞留に起因する表皮引込み傷の発生を更に確実に防止することができる。
【0028】
前項[7]記載のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、焼付きを更に一層確実に防止することができる。
【0029】
前項[8]記載のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、素材の材質はO処理が施されないで溶体化処理が施されたアルミニウム合金であるので、次のような効果を奏する。
【0030】
すなわち、従来のブレーキピストン用素形材の製造方法では、素材の硬さを下げて鍛造性を向上させるために、鍛造の前に素材にO処理を施す必要があった。さらに、このように素材にO処理が施されると、当該素材を冷間後方押出鍛造して成形されたブレーキピストン用素形材は硬さが低い。そのため、鍛造の後で素形材に溶体化処理を施す必要があった。つまり、従来の製造方法では、少なくとも2度の熱処理工程(O処理と溶体化処理)を実施する必要があった。これに対して、本発明のブレーキピストン用素形材の製造方法では、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内という硬い素材を鍛造しても高い寸法精度を有するブレーキピストン用素形材を成形することができ、そのため鍛造の前に素材にO処理を施す必要がない。しかも、鍛造の前に素材にO処理を施す必要がないから、鍛造の後で素形材に溶体化処理を施す必要もない。したがって、ブレーキピストンの製造工程を簡素化することができ、もってブレーキピストンの製造コストを引き下げることができる。
【0031】
前項[9]記載のブレーキピストンの製造方法によれば、ブレーキピストンに適する硬さに調整されたブレーキピストンを得ることができる。
【0032】
前項[10]記載の鍛造品の製造方法によれば、素材の内周面のパンチとの焼付きを防止することができるし、高い寸法精度を有する有底円筒状鍛造品を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に、本発明の幾つかの実施形態について図面を参照して以下に説明する。
【0035】
図1において、15は本発明の第1実施形態に係る冷間後方押出鍛造装置である。この鍛造装置15は、
図1及び2に示すように、金属素材20から有底円筒状鍛造品25として例えばブレーキピストン用素形材を成形するためのものであり、本発明の第1実施形態に係る冷間後方押出鍛造用パンチ1、パンチ1に対応する成形ダイ8等を具備している。成形ダイ8は成形キャビティ9を有している。
【0036】
鍛造品25(ブレーキピストン用素形材)は、金属製であり、
図2に示すように、円板状底壁部22と、該底壁部22の外周縁部に一体形成された円筒状周壁部21とを有している。この鍛造品25では、底壁部22がブレーキピストンのクラウン部に対応し、周壁部21がブレーキピストンのスカート部に対応する。
【0037】
鍛造品25の製造に用いられる金属素材20は、
図1に示すように、円板状又は円柱状であり、成形ダイ8の成形キャビティ9内に配置されている。そして、この素材20が成形キャビティ9内にてパンチ1で押圧されることにより、
図2に示すように有底円筒状鍛造品25が成形される。本第1実施形態では、成形ダイ8の成形キャビティ9の底面9bは平坦な円形状である。成形キャビティ9の周面9aの半径は、成形キャビティ9の中心軸方向において一定されている。
【0038】
素材20は、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものである。ここで、ロックウェル硬さは、JIS(日本工業規格) Z2245:2005の「ロックウェル硬さ試験−試験方法」に準拠して測定された値であり、その測定に使用したスケールはF、圧子は鋼球1.5875mm、試験荷重は588.4Nである。なお本第1実施形態では、圧子として鋼球圧子が使用されているので、正式な硬さ記号はHRFSである。
【0039】
さらに、素材20の表面(即ち素材20の上面20a、下面及び外周面20b)にはその全面に亘ってボンデ処理などの潤滑処理が施されている。
【0040】
パンチ1は、図示しないパンチ駆動手段(例:油圧シリンダ)によってパンチ軸7に沿って成形ダイ8の成形キャビティ9内へ進出して素材20を押圧するものである。このパンチ1の形状は次のとおりである。
【0041】
図3に示すように、パンチ1は、その押圧成形部が略半球状に形成されたものであり、即ちいわゆる球状パンチの範疇に入るものである。詳述すると、パンチ1は、成形ランド部2と断面円弧状の成形R部3と成形先端面4とを押圧成形部として有しており、更に逃げ部5を有している。なお、逃げ部5はパンチ1のステム部とも呼ばれている。6は成形R部3の曲率中心である。
【0042】
成形ランド部2は、パンチ軸7と平行に形成されている。成形R部3は、成形ランド部2よりも先端側に成形ランド部2と連なって形成されている。成形先端面4は、成形R部3よりも先端側に成形R部3と連なって形成され且つパンチ軸7に垂直な平坦面からなるものである。逃げ部5は、成形ランド部2よりも小径であり且つパンチ軸7と平行に形成されている。そのため、成形ランド部2と逃げ部5との間には、成形ランド部2の半径と逃げ部5の半径との差に対応した段差が生じている。
【0043】
さらに本第1実施形態では、成形R部3は、成形ランド部2と滑らかに連なって形成されている。そのため、成形R部3と成形ランド部2との境界には角部は生じていない。さらに、成形先端面4は、成形R部3と滑らかに連なって形成されている。そのため、成形先端面4と成形R部3との境界には角部は生じていない。
【0044】
ここで、説明の便宜上、成形R部3の曲率半径をR、成形ランド部2の長さをB、逃げ部5の成形ランド部2に対する逃げ幅、即ち成形ランド部2と逃げ部5との間の段差をCとする。また、鍛造品25(素材20)の円筒状周壁部21の肉厚をLとする。Lは、成形ランド部2と成形ダイ8の成形キャビティ9の周面9aとの間の隙間寸法と同寸である。R、B、C及びLはいずれも0よりも大きい。すなわち、R>0、B>0、C>0、L>0である。
【0045】
本第1実施形態のパンチ1では、成形R部3の曲率半径Rは、鍛造品25の周壁部21の肉厚Lよりも大きく設定されている。すなわち、R>L、つまりR/L>1である。
【0046】
従来では、このように成形R部3の曲率半径RがLよりも大きなパンチ1を用いて、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内という硬い素材20を冷間後方押出鍛造すると、素材20(鍛造品25)の内周面21aのパンチ1との焼付きが発生し易い。その原因について本発明者は次のように考えた。すなわち、パンチ1の成形R部3の曲率半径Rが大きいと、Rが小さい場合に比べて、パンチ1で押圧された素材20の材料はパンチ1の成形R部3に沿ってなだらかに流れるので、材料が成形R部3と成形ランド部2との境界位置で集中する。そのため、当該境界位置で素材20に新生面が発生し易く、周壁部21の内周面21aで潤滑切れを生じる。その結果、焼付きが発生するものと考えられる。
【0047】
そこで、上記の難点を解消するために本発明者はパンチ1の形状について鋭意検討した結果、成形ランド部2の長さBを0.05〜0.15mmの範囲内に設定し、且つ、逃げ部5の成形ランド部2に対する逃げ幅Cを0.15〜1.0mmの範囲内に設定することにより、上記の難点を解消できることを見出した。
【0048】
成形ランド部2の長さBが0.05mm未満の場合、周壁部21の成長が不安定になり、周壁部21の内径寸法精度が低下する。一方、Bが0.15mmを超える場合、Bが長すぎるため、周壁部21の内周面21aで焼付きが生じる。
【0049】
逃げ幅Cが0.15mm未満の場合、Cが小さすぎるため、周壁部21の内周面21aの逃げ部5との焼付きが生じる。したがって、焼付きを防止するためには逃げ幅Cは0.15mm以上であることが望ましい。しかし、Cが1.0mmを超える場合、パンチ1の逃げ部5における剛性が小さくなって鍛造品25の寸法精度が低下する虞がある。
【0050】
また、鍛造時におけるパンチ1の温度は、限定されるものではないが、120〜190℃の範囲内に設定されるのが特に望ましい。
【0051】
パンチ1の材質は限定されるものではないが、特に超硬合金であることが望ましい。パンチ1の硬さ(ビッカース硬さ)は限定されるものではないが、特にHV1400±200であることが望ましい。
【0052】
さらに、本第1実施形態の製造方法は、次のような形状の鍛造品25を製造する場合に特に適している。その形状とは、
図2に示すように、鍛造品25の外径をD、鍛造品25の中空部の深さをFとするとき、L/D=0.038〜0.25、L=1.5〜5mm、F/D=0.25〜3、及び、F=10〜60mmという寸法条件を満足する形状である。この形状の鍛造品25を従来のパンチを用いて製造方法した場合には、焼付きが発生し易いし、鍛造品25の寸法精度が低いという問題が発生する。これに対して、この形状の鍛造品25を本第1実施形態のパンチ1を用いて製造方法する場合には、そのような問題は発生せず、すなわち、焼付きの発生を防止できるし、鍛造品25の寸法精度を高くすることができる。
【0053】
図4は、素材20から有底円筒状鍛造品25としてブレーキピストン用素形材を成形し、引き続き該素形材からブレーキピストンを製造する好ましい工程を示す工程図である。素材20の材質はアルミニウム合金である。
【0054】
同図に示すように、ステップS1では、棒状のアルミニウム連続鋳造材、アルミニウム合金押出材、アルミニウム引抜材等を切断することにより所定形状(即ち円板状又は円柱状)及び所定寸法の素材20を得る。ステップS2では、素材20をバッチ炉等により495〜530℃×2.5〜5.0hの条件で熱処理しその後水冷するという溶体化処理を素材20に施す。ステップS3では、素材20の表面をその全面に亘って潤滑処理としてボンデ処理する。すなわち、素材20の表面を脱脂処理し、次いで素材20の表面にリン酸塩皮膜(例:リン酸亜鉛皮膜)を形成し、その後、ステアリン酸ソーダを用いた金属石けん潤滑処理を施し、これによりリン酸塩皮膜とステアリン酸ソーダとを反応させて潤滑皮膜(例:ステアリン酸亜鉛皮膜)を形成する。潤滑皮膜の厚さは例えば2〜6μmである。ステップS4では、素材20の重さを選別し、鍛造に用いる素材20を選出する。なおこのステップS4は、必要に応じて行われるものであり、省略可能である。ステップS5では、素材20を本第1実施形態の冷間後方押出鍛造装置15により冷間後方押出鍛造し、ブレーキピストン用素形材(鍛造品25)を成形する。ステップS6では、必要に応じて素形材を連続炉等により人工時効処理する。その時効処理の好ましい条件は170〜180℃×1.5〜2.5hである。ステップS7では、素形材を所望するブレーキピストンの形状に切削加工する。ステップS8では、素形材の表面にアルマイト処理を施す。以上の工程を経ることにより、所望する有底円筒状ブレーキピストンが得られる。
【0055】
さらに、本第1実施形態のブレーキピストン用素形材の製造方法によれば、素材20の材質はO処理が施されないで溶体化処理が施されたアルミニウム合金であるので、次のような効果を奏する。
【0056】
すなわち、従来のブレーキピストン用素形材の製造方法では、素材20の硬さを下げて鍛造性を向上させるために、鍛造の前に素材20にO処理を施す必要があった(後述する
図8参照)。さらに、このように素材20にO処理が施されると、当該素材20を冷間後方押出鍛造して成形されたブレーキピストン用素形材は硬さが低い。そのため、鍛造の後で素形材に溶体化処理を施す必要があった。つまり、従来の製造方法では、少なくとも2度の熱処理工程(O処理と溶体化処理)を実施する必要があった。これに対して、本第1実施形態のブレーキピストン用素形材の製造方法では、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内という硬い素材20を鍛造しても高い寸法精度を有するブレーキピストン用素形材を成形することができ、そのため鍛造の前に素材20にO処理を施す必要がない。しかも、鍛造の前に素材20にO処理を施す必要がないから、鍛造の後で素形材に溶体化処理を施す必要もない。したがって、ブレーキピストンの製造工程を簡素化することができ、もってブレーキピストンの製造コストを引き下げることができる。
【0057】
素材20の材質は、次の組成のアルミニウム合金であることが望ましい。すなわち、素材20の材質は、Si:9.0〜11.0質量%、Fe:0.50質量%以下、Cu:0.70〜1.1質量%、Mn:0.15質量%以下、Mg:0.3〜0.7質量%、Zn:0.25質量%以下、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金であることが望ましい。この組成のアルミニウム合金では、A6061に比べてSiを多く含んでいるので、共晶Siも多く含んでいる。そのため、ステップS8において、クラックがない乃至は殆どない硬質アルマイト処理を素形材(鍛造品25)の表面に施すことができる。一方、この組成のアルミニウム合金の素材20は硬い(ロックウェル硬さHRF:65〜105)ので、ブレーキピストンに適している反面、冷間後方押出鍛造時に角部形状が出にくく、寸法精度が低くなるという難点がある。しかし、本第1実施形態のパンチ1を用いて素材20を冷間後方押出鍛造すれば、高い寸法精度を有するブレーキピストン用素形材を成形することができる。
【0058】
さらに、本第1実施形態の製造方法では、素材20の上面20aの表面粗さRaを素材20の外周面20bの表面粗さRaで割った値と、素材20の上面20aの表面粗さRzを素材20の外周面20bの表面粗さRzで割った値と、素材20の上面20aのうねりWaを素材20の外周面20bのうねりWaで割った値と、素材20の上面20aのうねりWzを素材20の外周面20bのうねりWzで割った値と、のうち少なくとも一つが0.5〜1.5の範囲内に設定されていることが望ましい。このように設定されることにより、素材20(鍛造品25)の内周面21aのパンチ1との焼付きを確実に防止することができる。
【0059】
ここで、素材20の上面20aとは、素材20のパンチ1との当接面である。表面粗さRa、Rz、うねりWa、Wzは、いずれもJIS B0601:2001に準拠して測定された値である。なおJIS B0601:2001は、IS0 4287:1997に準拠している。表面粗さRaとは粗さ曲線の算術平均粗さである。表面粗さRzとは粗さ曲線の最大高さである。うねりWaとはうねり曲線の算術平均うねりである。うねりWzとはうねり曲線の最大高さである。素材20の上面20a及び外周面20bの表面性状をこのような範囲に調整する方法としては、例えば、これらの面20a、20bに上述したボンデ処理を施すことが挙げられる。さらに、素材20の下面は上面20aと同じ表面性状に調整されていることが特に望ましい。
【0060】
図5に示した本発明の第2実施形態に係る冷間後方押出鍛造装置15では、成形ダイ8の成形キャビティ9の底面9bの外周縁部に、その周方向の全周に亘って延びた円環状の凹部10が成形キャビティ9の周面9aと連接して形成されている。この凹部10は、その内部に素材20の鍛造時に素材20の材料が流れ込むことにより、成形キャビティ9内におけるその底面9bとその周面9aとの間の角部近傍9zで材料が滞留するのを抑制する作用を奏するものである。
【0061】
すなわち、素材20の鍛造時において、成形ダイ8の成形キャビティ9内におけるその底面9bとその周面9aとの間の角部近傍9zでは、素材20の材料の滞留が生じ易い。一般的に素材20の材料の滞留は「デッドメタル」と呼ばれている。もし素材20の鍛造時に角部近傍9zで材料の滞留(デッドメタル)が発生すると、素材20(鍛造品25)の内周面21aのパンチ1との焼付きが発生し易く、更に、鍛造品25に表皮引込み傷が発生し易い。そこで、このような問題を解決するため、本第2実施形態の成形ダイ8では、その成形キャビティ9の底面9bの外周縁部に凹部10が形成されている。これにより、素材20の鍛造時において、素材20の材料がパンチ1の先端側から凹部10内へ流れ込みそしてパンチ1の成形ランド部2と成形ダイ8の成形キャビティ9の周面9aとの間の隙間側に向かって流れ出るようになる。つまり、角部近傍9zで材料が円滑に流れるようになる。その結果、角部近傍9zでの材料の滞留状態(デッドメタル状態)が改善される。これにより、焼付きを確実に防止することができるし、材料の滞留に起因する表皮引込み傷の発生を防止することができる。もって、高品質の鍛造品25を得ることができる。
【0062】
凹部10の開口幅Wは、鍛造品25の周壁部21の肉厚L以上に設定されている(即ち、W≧L)。これにより、角部近傍9zで素材20の材料が更に円滑に流れるようになり、そのため、焼付きを更に確実に防止することができるし、材料の滞留に起因する表皮引込み傷の発生を確実に防止することができる。
【0063】
さらに、凹部10の互いに対向する一対の側面10a、10bのうち、成形ダイ8の成形キャビティ9の中心側に配置された側面10aは、凹部10の開口幅Wが広くなるように傾斜している。詳述すると、当該側面10aは、凹部10の底部から凹部10の開口部側に向かうにつれて凹部10の開口幅Wが漸次広くなるように傾斜している。これにより、角部近傍9zで素材20の材料が更に一層円滑に流れるようになり、これにより、焼付きを更に一層確実に防止することができるし、材料の滞留に起因する表皮引込み傷の発生を更に確実に防止することができる。凹部10の他方の側面10bは成形キャビティ9の周面9aと面一に連なっている。
【0064】
図6に示した本発明の第3実施形態に係る冷間後方押出鍛造装置15では、上記第2実施形態と同じように、成形ダイ8の成形キャビティ9の底面9bの外周縁部に、その周方向の全周に亘って延びた円環状の凹部10が成形キャビティ9の周面9aと連接して形成されている。この凹部10は、上記第2実施形態の凹部と同じ作用を奏するものである。この成形ダイ8では、凹部10の一対の側面10a、10bのうち成形ダイ8の成形キャビティ9の中心側に配置された側面10aに隣接する成形キャビティ9の底面9bの隣接部が、成形キャビティ9の内側へ隆起している。成形キャビティ9の底面9b及び凹部10がこのような形状であっても、上記第2実施形態と同様の効果を奏する。
【0065】
以上で本発明の幾つかの実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に示したものに限定されるものでなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々に変更可能である。
【0066】
また本発明では、もしパンチ1の成形R部3の断面形状が単純な円弧状でない場合(例えば、成形R部3の断面形状が複合R、放物線の一部、楕円の一部である場合)には、成形R部3の曲率半径Rとは、成形ランド部2と接する直前近傍を円弧近似したものとすることが望ましい。例えば、
図7に示すように、パンチ1の縦断面(即ちパンチ1のパンチ軸7を含む断面)において、成形ランド部2に沿う線を成形ランド部2と成形R部3との境界X1からパンチ1の先端側へ延長した延長線E1と、パンチ1の先端からパンチ軸7と垂直に半径外方向へ延ばした半径線E2との交点をX0とし、当該交点X0を中心にして延長線E1から成形R部3側へ45°傾斜した傾斜線(破線で示す)E3が成形R部3と交差する交点をX2とするとき、成形R部3におけるX1〜X2の領域の曲線の曲率半径の平均値をRとすることが望ましい。
【0067】
また、本発明では、パンチ1は成形先端面4を有しないものであっても良く、すなわちパンチ1の成形ランド部2よりも先端側の部分全体が成形R部3だけで半球状に形成されていても良い。
【0068】
また、本発明では、有底円筒状鍛造品25はブレーキピストン用素形材であることが特に望ましいが、その他に、例えばカーコンプレッサピストンカップ用素形材であっても良いし、カップ状製品等であっても良い。
【実施例】
【0069】
次に、本発明の具体的実施例を以下に示す。ただし本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、以下の説明文では、実施例、比較例及び参考例を理解し易くするため、上記実施形態で用いた符号と同じ符号が用いられている。
【0070】
<実施例1〜9、比較例1〜14、参考例1〜6>
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
上記表1及び2に示した5種類M1〜M5の素材20を準備した。これらの素材20はいずれもブレーキピストン用素形材の製造に用いられるものであり、その材質はいずれもアルミニウム合金である。表1は、各素材20の材質の組成の成分を示している。表2は、素材20への熱処理及び素材20の特性を示している。
【0074】
これらの素材20のうち種類M1、M2及びM4の素材20は、表2中の「素材への熱処理」欄の記載から分かるように
図4に示した工程図中のステップS1〜S4に従って製造されたものであって、ロックウェル硬さHRFが65〜105の範囲内のものであり即ち比較的硬いものである。一方、種類M3及びM5の素材20は、本発明の参考例として用いたものであって、ロックウェル硬さHRFが65未満であり即ち比較的軟らかいものである。
【0075】
種類M3及びM5の素材20は、
図8に示した工程図中のステップS11〜S14に従って製造されたものである。この工程は従来のブレーキピストン用素形材の製造工程である。この工程図について以下に説明する。ステップS11では、棒状のアルミニウム連続鋳造材、アルミニウム合金押出材、アルミニウム引抜材等を切断することにより所定形状及び寸法の素材20を得る。ステップS12では、素材20の硬さを下げて鍛造性を向上させるため、素材20にO処理(焼き鈍し)を施す。ステップS13では、素材20の表面をその全面に亘って潤滑処理としてボンデ処理する。ステップS14では、素材20の重さを選別し、鍛造に用いる素材20を選出する。ステップS15では、選出された素材20を冷間後方押出鍛造し、ブレーキピストン用素形材(鍛造品25)を成形する。ステップS16では、素材20の硬さを高くするために、素形材に溶体化処理を施す。ステップS17では、素形材を人工時効処理する。ステップS18では、素形材を所望するブレーキピストンの形状に切削加工する。ステップS19では、素形材の表面にアルマイト処理を施す。以上の工程を経ることにより、有底円筒状ブレーキピストンが得られる。
【0076】
このような5種類(M1〜M5)の素材20を鍛造条件を様々に変えて、上記第1実施形態の冷間後方押出鍛造装置15を用いて冷間後方押出鍛造し、これにより有底円筒状鍛造品25としてブレーキピストン用素形材を成形した。鍛造品25(ブレーキピストン用素形材)の形状において、Dは28mmであり、Fは30mmである。そして、鍛造品25について内径寸法精度と内周面21aでの焼付きと傷の有無とを評価した。その結果を表3に示す。なお、この鍛造の際に使用したパンチ1では、成形R部3は成形ランド部2と滑らかに連なって形成されている。パンチ1の材質は超硬合金であり、パンチ1の硬さはHV1400である。
【0077】
【表3】
【0078】
表3中の「鍛造条件」欄において、R、L、B及びCは次のことを意味している。
【0079】
R:パンチ1の成形R部3の曲率半径
L:鍛造品25の周壁部21の肉厚
B:パンチ1の成形ランド部2の長さ
C:パンチ1の逃げ部5の成形ランド部2に対する逃げ幅。
【0080】
また、「評価」欄において、「寸法精度」欄中の符号の意味は次のとおりである。
【0081】
○:内径寸法精度が高い
×:内径寸法精度が低い。
【0082】
また、「評価」欄において、「焼付き」欄中の符号の意味は次のとおりである。
【0083】
◎:内周面21aに焼付きは発生しておらず、且つ内周面21aの光沢性が高い
○:内周面21aに焼付きは発生しておらす、且つ内周面21aの光沢性が低い
×:内周面21aに焼付きが発生した。
【0084】
また、「評価」欄において、「傷」欄中の符号の意味は次のとおりである。
【0085】
○:内周面21aに傷がない
×:内周面21aに傷がある。
【0086】
表3中の実施例から分かるように、ロックウェル硬さHRFが65〜105(詳述すると72〜97)の範囲内という比較的硬い素材(種類:M1、M2、M4)を冷間後方押出鍛造する場合において、その際に用いるパンチ1のRがLよりも大きくても、Bを0.05〜0.15mmの範囲内及びCを0.15〜1.0mmの範囲内にそれぞれ設定することにより、素材20の内周面21aのパンチ1との焼付きを防止することができるし、高い寸法精度を有し且つ傷のない有底円筒状鍛造品25(ブレーキピストン用素形材)を得ることができた。一方、比較例から分かるように、B及びCが所定の範囲外である場合には、そのような高品質の鍛造品を得ることができなかった。
【0087】
なお、参考例1、2及び5から分かるように、比較的硬い素材(種類:M1、M2、M4)を冷間後方押出鍛造する場合では、その際に用いるパンチ1のRがLよりも小さければ、B及びCが所定の範囲外であっても高品質な鍛造品を得ることができた。また、参考例3、4及び6から分かるように、比較的柔らかい素材(種類:M3、M5)を冷間後方押出鍛造する場合では、B及びCが所定の範囲外であっても高品質な鍛造品を得ることができた。したがって、RがLよりも大きなパンチ1を用いて硬い素材20を冷間後方押出鍛造する場合には、パンチ1のB及びCをそれぞれ所定の範囲内に設定することが、高品質な鍛造品25を得るための望ましい条件であることが分かった。
【0088】
<実施例21〜24>
上記表1及び2に示した種類M2の素材20を準備した。そして、上記第1実施形態の冷間後方押出鍛造装置15の成形ダイ8のように成形キャビティ9の底面9bの外周縁部に凹部10が形成されていない成形ダイ8と、上記第2実施形態の冷間後方押出鍛造装置15の成形ダイ8のように成形キャビティ9の底面9bの外周縁部に凹部10が形成された成形ダイ8と、を用い、更に、凹部10の開口幅Wを様々に変えて、素材20を冷間後方押出鍛造して鍛造品25としてブレーキピストン用素形材を成形した。次いで、鍛造品25について表皮引込み傷の発生率と内周面21aでの焼付きとを評価した。その結果を表4に示す。
【0089】
【表4】
【0090】
実施例21は、凹部10が形成されていない成形ダイ8を用いて素材20を冷間後方押出鍛造した場合であり、実施例22〜24は、凹部10が形成された成形ダイ8を用いて素材20を冷間後方押出鍛造した場合である。この鍛造で適用したRは10mmであり、Lは3mmである。鍛造品25の形状において、Dは28mmであり、Fは33mmである。なお、この鍛造の際に使用したパンチ1では、成形R部3は成形ランド部2と滑らかに連なって形成されている。パンチ1の材質は超硬合金であり、パンチ1の硬さはHV1400である。同表4中の「凹部の寸法」とは、凹部10の開口幅Wの寸法とR及びLとの大小関係を示している。「表皮引込み発生率」とは、鍛造を20回行ったときに鍛造品25に表皮引込み傷が発生した回数を示している。「焼付き」欄中の符号の意味は次のとおりである。
【0091】
◎:内周面21aに焼付きは発生しておらず、且つ内周面21aの光沢性が高い
○:内周面21aに焼付きは発生しておらす、且つ内周面21aの光沢性が低い。
【0092】
表4から分かるように、凹部10が形成された成形ダイ8を用いて素材20を冷間後方押出鍛造した場合(実施例22〜24)は、焼付きがなく且つ内周面21aの光沢性が高い素形材を得ることができた。特に、凹部10の開口幅WがLよりも大きい場合(実施例22、23)は、表皮引込み発生率が非常に少なく、したがって高品質の鍛造品25を得ることができた。最も望ましい条件は、凹部10の開口幅WがR以上であることである(実施例22)。
【0093】
<実施例31〜35>
上記表1及び2に示した種類M2の素材20を準備した。そして、上記第1実施形態の冷間後方押出鍛造装置15を用い、素材20の上面20a及び外周面20bの表面粗さRa、Rz及びうねりWa、Wzを様々に変えて、素材20を冷間後方押出鍛造して鍛造品25としてブレーキピストン用素形材を成形した。この鍛造で適用したRは10mmであり、Lは3mmである。鍛造品25の形状において、Dは28mmであり、Fは30mmである。なお、この鍛造の際に使用したパンチ1では、成形R部3は成形ランド部2と滑らかに連なって形成されている。パンチ1の材質は超硬合金であり、パンチ1の硬さはHV1400である。次いで、鍛造品25について内周面21aでの焼付きを評価した。その結果を表5に示す。
【0094】
【表5】
【0095】
同表5中の「素材の測定面」欄において、「上面」とは素材20の上面20aを意味し、「外周面」とは素材20の外周面20bを意味し、「比率」とは素材20の上面20aの各測定値(Ra、Rz、Wa、Wz)を素材20の外周面20bの各測定値(Ra、Rz、Wa、Wz)で割った値を示している。Ra、Rz、Wa及びWzはいずれもJIS B0601:2001に準拠して測定された値である。なお、素材20の下面は上面20aと同じ表面性状に調整されている。「焼付き」欄中の符号の意味は次のとおりである。
【0096】
◎:内周面21aに焼付きは発生しておらず、且つ内周面21aの光沢性が高い
○:内周面21aに焼付きは発生しておらす、且つ内周面21aの光沢性がやや高い
△:内周面21aに焼付きは発生しておらず、且つ内周面21aの光沢性がやや低い。
【0097】
表5から分かるように、素材20の上面20aの表面粗さRaを素材20の外周面20bの表面粗さRaで割った値と、素材20の上面20aの表面粗さRzを素材20の外周面20bの表面粗さRzで割った値と、素材20の上面20aのうねりWaを素材20の外周面20bのうねりWaで割った値と、素材20の上面20aのうねりWzを素材20の外周面20bのうねりWzで割った値と、のうち少なくとも一つが0.5〜1.5(より好ましくは0.85〜1.2)の範囲内に設定されている場合(実施例33〜35)には、素材20(鍛造品25)の内周面21aのパンチ1との焼付きを確実に防止することができた。特に、これらの値が全て0.5〜1.5(より好ましくは0.85〜1.2)の範囲内に設定されている場合には、焼付きを更に確実に防止することができた。
【0098】
さらに、素材20の外周面20bの表面粗さRaが0.6〜1.5μmの範囲内であり、且つ、素材20の外周面20bの表面粗さRzが5〜15μmの範囲内であることが、焼付きの発生を防止するために特に望ましいことが分かった。さらに、素材20の外周面20bのうねりWaが0.7〜1.5μmの範囲内であり、且つ、素材20の外周面20bのうねりWzが5〜15μmの範囲内であることが、焼付きの発生を防止するために特に望ましいことが分かった。したがって、焼付きの発生を防止するには、素材20の表面粗さを小さくするのではなく適度な粗さとすることが望ましいことが分かった。
【0099】
本願は、2010年12月20日付で出願された日本国特許出願の特願2010−283491号の優先権主張を伴うものであり、その開示内容は、そのまま本願の一部を構成するものである。
【0100】
ここに用いられた用語及び表現は、説明のために用いられたものであって限定的に解釈するために用いられたものではなく、ここに示され且つ述べられた特徴事項の如何なる均等物をも排除するものではなく、この発明のクレームされた範囲内における各種変形をも許容するものであると認識されなければならない。
【0101】
本発明は、多くの異なった形態で具現化され得るものであるが、この開示は本発明の原理の実施例を提供するものと見なされるべきであって、それら実施例は、本発明をここに記載しかつ/または図示した好ましい実施形態に限定することを意図するものではないという了解のもとで、多くの図示実施形態がここに記載されている。
【0102】
本発明の図示実施形態を幾つかここに記載したが、本発明は、ここに記載した各種の好ましい実施形態に限定されるものではなく、この開示に基づいていわゆる当業者によって認識され得る、均等な要素、修正、削除、組み合わせ(例えば、各種実施形態に跨る特徴の組み合わせ)、改良及び/又は変更を有するありとあらゆる実施形態をも包含するものである。クレームの限定事項はそのクレームで用いられた用語に基づいて広く解釈されるべきであり、本明細書あるいは本願のプロセキューション中に記載された実施例に限定されるべきではなく、そのような実施例は非排他的であると解釈されるべきである。例えば、この開示において、「preferably」という用語は非排他的なものであって、「好ましいがこれに限定されるものではない」ということを意味するものである。この開示および本願のプロセキューション中において、ミーンズ・プラス・ファンクションあるいはステップ・プラス・ファンクションの限定事項は、特定クレームの限定事項に関し、a)「means for」あるいは「step for」と明確に記載されており、かつb)それに対応する機能が明確に記載されており、かつc)その構成を裏付ける構成、材料あるいは行為が言及されていない、という条件の全てがその限定事項に存在する場合にのみ適用される。この開示および本願のプロセキューション中において、「present invention」または「invention」という用語は、この開示範囲内における1または複数の側面に言及するものとして使用されている場合がある。このpresent inventionまたはinventionという用語は、臨界を識別するものとして不適切に解釈されるべきではなく、全ての側面すなわち全ての実施形態に亘って適用するものとして不適切に解釈されるべきではなく(すなわち、本発明は多数の側面および実施形態を有していると理解されなければならない)、本願ないしはクレームの範囲を限定するように不適切に解釈されるべきではない。この開示および本願のプロセキューション中において、「embodiment」という用語は、任意の側面、特徴、プロセスあるいはステップ、それらの任意の組み合わせ、及び/又はそれらの任意の部分等を記載する場合にも用いられる。幾つかの実施例においては、各種実施形態は重複する特徴を含む場合がある。この開示および本願のプロセキューション中において、「e.g.,」、「NB」という略字を用いることがあり、それぞれ「たとえば」、「注意せよ」を意味するものである。