(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
タンパク質の網羅的解析などのプロテオミクスの分野では、液体クロマトグラフ(LC)とマトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI=Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)質量分析装置とをオフラインで接続するLC/MALDI-MSの構成がよく用いられる。オフラインLC/MALDI-MSでは、液体クロマトグラフのカラムで成分分離された試料溶液をその溶出の時間順序に従って分画し、スポッティング装置によりMALDI用マトリクスと混合させた上でサンプルプレート上の異なるウェルにスポットする(非特許文献1参照)。そうして多数のサンプルが調製されたサンプルプレートをMALDI質量分析装置にセットし、各サンプルに対する質量分析を順次行うことでマススペクトル(以下MSスペクトルと称す)又はMS
nスペクトルをそれぞれ求め、そのMSスペクトル又はMS
nスペクトルをデータベース検索などの手法で処理することにより目的成分を同定する。
【0003】
含有成分の網羅的解析を行う際には、カラム出口からの溶出液中に混じっている各種成分を漏れなく分取してサンプルを調製する必要がある。そこで、スポッティング装置では、一定量(又はその量に見合った一定時間)毎に溶出液を異なるウェルに分注する分画が実施される。こうした分画では、カラムにおける試料保持の時間幅がスポッティングの時間間隔を上回ると、
図3に示すように、クロマトグラム上で1つのピークに相当する成分(1つの成分又は複数の混合成分)が複数のウェルに分散された状態でスポッティングされることになる。
図3の例では、(i)、(ii)、(iii)なる3個のウェル中に形成されたサンプルに、1つのピークに相当する成分が含まれる。
【0004】
一般的に、LC/MALDI-MSにおいて自動的にMS
2分析を実行する際には、スループット向上と検出感度向上のために、衝突誘起解離(CID)等のイオンに対する解離操作を伴わない通常の質量分析により得られたMSスペクトルを参照して、同一成分が分散している連続した複数のウェルの中からイオン量が最も多い(イオン強度が最大である)ウェルを選択し、該ウェルのみを用いてMS
2分析を行う。
【0005】
例えばカラムでの成分分離が適切に行われ、1つのピークが1つの成分のみに対応したものである場合には、MSスペクトルには該成分由来の1本の明瞭なピークが現れる。そこで、そのピークの質量電荷比における信号強度が最大であるウェルを選択し、該ウェルに対し上記ピークをプリカーサイオンとするMS
2分析を行う。
【0006】
一方、保持時間がほぼ同一である複数の成分が試料に含まれている場合には、これら複数の成分はカラムで分離されずに混合した状態で溶出する。そのため、クロマトグラム上でこれら複数の成分は1つのピークとして観測され、各成分の量比がほぼ維持された状態で連続する複数のウェルにスポッティングされることになる。このようにして調製されたサンプルに対し質量分析を行うと、MSスペクトル上には成分毎に異なる質量電荷比においてピークが現れる。
図3の例では、3つの成分が混在しており、MSスペクトルには各成分に対応した3本の明瞭なピークa、b、cが現れる。MS
2分析を行う際には、分散してスポッティングされた複数のウェルの中から、各成分毎にイオン量が最も多い(信号強度が最大である)ウェルを選択し、そのウェルに対し各成分由来のピークをプリカーサイオンとするMS
2分析を行う。
【0007】
上述したように、試料溶液に含まれる成分のうち、複数成分の保持時間がほぼ同一である場合、複数のウェルにおける各成分の量比はほぼ維持される。そのため、
図3に示したように、MSスペクトル上で3つの成分に対応するピークa、b、cの信号強度が最大になるのは同一のウェルである。したがって、3つの成分についてはいずれもウェル(ii)を用いたMS
2分析が実行されることになる。また、MALDIイオン源では1回のレーザ照射で以て必ずしも十分な量のイオンが発生しないことも多いため、或る1つの成分に対する質量分析結果を得るために複数回レーザ照射を行ってそれにより得られたイオン強度を積算するのが一般的である。同一のウェルに対し複数の成分のMS
2分析をそれぞれ複数回実行しようとすると、サンプルの消費量が多くなり、前半のMS
2分析時にサンプルが枯渇してしまい、後半のMS
2分析時に有意なデータが得られなくなる場合もある。
【0008】
上記のように分析しようとするサンプルが枯渇すると、一部又は全ての成分について良好な、つまり高S/N、高感度のMS
2スペクトルが得られなくなり、例えばこのMS
2スペクトルを用いて成分同定を行う場合には同定精度が低下することになる。なお、上述したようにサンプルの枯渇のおそれがある場合でも、従来の質量分析装置では、選択されなかったウェルはMS
2分析の対象とはされずに廃棄されることになり、該ウェルに含まれる試料成分は全く無駄になる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、複数のウェルに分散した複数の成分についてのMS
n分析を実行する際に、試料を有効に利用して、各成分に対し高いS/N、高い感度でMS
n分析を実行することができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、クロマトグラフィにより成分分離された試料を
その溶出の時間順序に従って分画することで調製された複数のサンプルに対しMS
n分析(nは2以上の整数)を実施する質量分析装置であって、クロマトグラフィにより成分分離されなかった複数の成分が
溶出の時間順序で連続するM個(Mは2以上の整数)のサンプルに含まれる状態である該サンプルに対してMS
n分析を行う質量分析装置において、
a)前記M個のサンプルのうちの少なくとも1個のサンプルに対し、解離操作を伴わない質量分析を実施してMSスペクトルを取得するMSスペクトル取得手段と、
b)前記MSスペクトル取得手段により得られた少なくとも1つのMSスペクトルに基づいて、前記M個のサンプルに含まれる複数の成分由来のピークをそれぞれ抽出するピーク抽出手段と、
c)前記ピーク抽出手段により抽出された複数のピークの中で強度が最小であるピークに対し前記M個のサンプルの中で総イオン量が最大であるサンプルを割り当て、前記抽出された複数のピークの中で強度が最大であるピークに対しては前記M個のサンプルの中で総イオン量が最大でないいずれかのサンプルを割り当て、且つ、前記抽出された複数のピークの中で強度が最小及び最大であるピーク以外のピークについて、強度が大きくなる順に、前記M個のサンプルの中で総イオン量が同一である又は減少するサンプルを割り当てるように、各ピークの強度と各サンプルの総イオン量とに基づいて、各ピークをプリカーサイオンとするMS
n分析を実行する対象のサンプルを決定するサンプル割当て処理手段と、
d)前記サンプル割当て処理手段により決定された割当てに従って、前記複数の成分毎に、前記M個のサンプルのうちのいずれかに対し前記複数のピークのいずれかをプリカーサイオンに設定したMS
n分析を実行してMS
nスペクトルを取得するMS
nスペクトル取得手段と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る質量分析装置において、「クロマトグラフィ」は典型的には液体クロマトグラフィ又はキャピラリ電気泳動である。また、当該質量分析装置がMALDIイオン源やLDI(=Laser Desorption/Ionization)イオン源などによるイオン源を搭載したものである場合には、「サンプル」とはサンプルプレート上の各ウェルに形成されたサンプルである。
【0013】
本発明に係る質量分析装置では、異なる成分由来のピークをプリカーサイオンとしたMS
n分析をそれぞれ実施するサンプルを決める際に、複数の成分に対する各ピークの強度の大小関係をサンプルの選択に利用する。クロマトグラフィにより成分分離されない複数の成分が含まれる連続したM個のサンプルでは、含有量の絶対値はサンプル毎に異なるものの、複数の成分の量比はほぼ一定であると想定される。したがって、M個のサンプルの中の或るサンプル(通常はクロマトグラム上のピークトップの位置に対応したサンプル)において含有量が相対的に多い成分、つまりはMSスペクトル上で高い強度を示すピークに対応した成分は、そのM個のサンプル中の他のサンプルにおいても含有量が他の成分に比べて相対的に多い筈である。逆に、M個のサンプルの中の或るサンプルにおいて含有量が相対的に少ない成分、つまりはMSスペクトル上で低い強度を示すピークに対応した成分は、そのM個のサンプル中の他のサンプルにおいても含有量が他の成分に比べて相対的に低い筈である。こうしたことから、混在している複数の成分の中で含有量が相対的に多い成分については、必ずしも含有量が最大であるサンプルに対してMS
n分析を実行しなくても或る程度良好なMS
nスペクトルが得られる。一方、混在している複数の成分の中で含有量が相対的に少ない成分については、含有量が最大であるサンプルであってもその含有量の絶対値は相対的に少ない筈であるから、良好なMS
nスペクトルを得るためには、含有量ができるだけ多いサンプルを優先的に割り当てる必要がある。
【0014】
そこで、含有量が少ない成分に対して含有量が多いサンプルを優先的に割り当てるために、サンプル割当て処理手段は、抽出された複数のピークの中で強度が最小であるピークに対しM個のサンプルの中で総イオン量が最大であるサンプルを割り当て、抽出された複数のピークの中で強度が最大であるピークに対してはM個のサンプルの中で総イオン量が最大でないいずれかのサンプルを割り当て、且つ、抽出された複数のピークの中で強度が最小及び最大であるピーク以外のピークについて、強度が大きくなる順に、M個のサンプルの中で総イオン量が同一である又は減少するサンプルを割り当てる。
【0015】
ここで、「M個のサンプルの中で総イオン量が同一である」サンプルとは、M個のサンプルの中で総イオン量が同一である別々のサンプルであってもよいが、M個のサンプルの中で同一のサンプルであってもよい。即ち、同じサンプルに対して複数のピークが対応付けられる、つまりは、同じサンプルについて異なるプリカーサイオンを設定した複数のMS
n分析が実行されるようにしてもよい。ただし、本発明に係る質量分析装置では、従来のように、混在している複数の成分の全てについて同じサンプルに対するMS
n分析が実行されることはあり得ず、最低でも2個のサンプルに対してMS
n分析が実行されることになる。換言すれば、MS
n分析が実施される対象のサンプルは1つに片寄ることはなく、少なくとも2以上のサンプルに分散したMS
n分析が実施される。
【0016】
また、本発明に係る質量分析装置において、好ましくは、前記ピーク抽出手段で抽出されたピークの数NがM以下である場合、前記サンプル割当て処理手段は、M個のサンプルから総イオン量が多い順にN個のサンプルを選択し、N本のピークのうち強度が最小であるピークから強度が大きくなる順に、N個のサンプルの中で総イオン量が大きいサンプルを一対一で割り当てる構成とするとよい。
【0017】
この構成によれば、混在している成分の数がサンプルの数M以下である場合には、1つのサンプルに対し1つの成分についてのMS
n分析しか実行されず、サンプルの枯渇の問題は殆ど生じない。
【0018】
また本発明に係る質量分析装置では、前記ピーク抽出手段で抽出されたピークの数NがMの倍数である場合、前記サンプル割当て処理手段は、N本のピークのうち強度が最小であるピークから、強度が大きくなる順にN/M本ずつ組にして、M個のサンプルの中で総イオン量が大きいサンプルを一対一で割り当てる構成とするとよい。
【0019】
この構成によれば、混在している成分の数がサンプルの数Mの2倍数である場合に、MS
n分析が実行されるサンプルが片寄らずバランス良く割り振られ、サンプルの枯渇の問題は殆ど生じない。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る質量分析装置によれば、複数の成分が混在して複数のサンプルに分散している場合に、含有量が最大である特定の1つのサンプルのみ集中的に各成分についてのMS
n分析が実行されることがなく、MS
n分析結果、つまりはMS
nスペクトルのS/Nや感度が十分に確保できるような状態でMS
n分析実行対象のサンプルが分散される。それにより、データ積算などを目的とした繰り返し分析に際してもサンプルの枯渇を防止することができ、サンプルの枯渇による分析結果の不具合を回避することができる。また、従来は利用されていなかったサンプルを有効に利用することで、分析感度の向上にも繋がる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施例であるLC/MALDI−IT−TOFMS(液体クロマトグラフ/マトリクス支援レーザ脱離イオン化イオントラップ飛行時間型質量分析装置)について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のLC/MALDI−IT−TOFMSの概略構成図である。
【0023】
本実施例のLC/MALDI−IT−TOFMSは、液体試料中の各種成分を保持時間に応じて分離するLC部1と、LC部1で分離された成分を含む試料を分取・分画してサンプルプレート上のそれぞれ異なるウェルに分注することで分画試料(サンプル)を調製するスポッティング装置2と、分析対象のサンプルプレートが複数である場合にはその中の1つを選択した上で、1枚のサンプルプレートを後述のMS部4のステージ上に搬送する試料搬送部3と、サンプルに対する質量分析(MS分析、及びnが2以上であるMS
n分析)を実行するMS部4と、MS部4により得られたデータを処理するデータ処理部5と、LC部1やスポッティング装置2等の各部の動作を制御する分析制御部6と、を備える。
【0024】
LC部1は、移動相が貯留された移動相容器11、移動相を吸引して一定流量で送る送液ポンプ12、移動相中に試料を注入するインジェクタ13と、移動相に乗って導入される試料中の各種成分を時間方向に分離するカラム14と、カラム14からの溶出液中に含まれる成分を順次検出する吸光検出器などの検出器15と、を含む。検出器15は溶出液の流れを乱さず、LC部1から出てくる溶出液中に含まれる各種成分は時間経過に伴って変化する。
【0025】
スポッティング装置2は、上記溶出液を所定の時間間隔で分画し、分取した溶出液に所定量のMALDI用マトリクスを混合させた上でサンプルプレート21上に形成された異なるウェル22に順次滴下し、各ウェル22にサンプルを調製する。即ち、各ウェル22に形成されたサンプルは、順次異なる保持時間、より厳密に言えば、カラム14での保持時間が或る保持時間の範囲に入る1乃至複数の成分を含む。もちろん、上述したように溶出液中で或る1つの成分が溶出してくる時間には幅があり、分画時間間隔がこの幅よりも狭い場合には、1つの成分(又は保持時間がほぼ同じである複数成分の混合物)は時間的に連続する複数のウェル22中のサンプルに含まれる。
【0026】
MS部4は、ステージ41上のサンプルプレートにレーザ光を照射するレーザ光源部42を含むMALDIイオン源、イオンを内部に保持するとともに質量電荷比m/zに応じてイオンを分離する機能や衝突誘起解離(CID)によりイオンを解離させる機能を有するイオントラップ43、イオントラップ43から放出された各種イオンを質量電荷比に応じて分離する飛行時間型質量分析器44、分離されたイオンを順次検出する検出器45などを含むMALDI-IT-TOFMSであり、MS分析だけでなく、イオン選択とイオン解離とを1乃至複数回繰り返すMS
n分析が可能である。
【0027】
データ処理部5は、LC部1の検出器15で得られたクロマトグラムデータをサンプルプレートの番号やサンプルプレート上での各サンプルの位置情報などと関連付けて記憶するクロマトグラムデータ収集部51と、MS部4の検出器45で得られるMSスペクトルデータ、MS
2スペクトルデータをそれぞれ記憶するMSスペクトルデータ収集部52、MS
2スペクトルデータ収集部53と、MSスペクトルに基づいてMS
2分析のプリカーサイオンを抽出するプリカーサイオン抽出部54と、後述するような特徴的な処理を実行してMS
2分析の実行対象であるウェルを決定するウェル/プリカーサイオン割当て処理部55と、を機能ブロックとして含む。
【0028】
データ処理部5や分析制御部6は、例えばパーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、該パーソナルコンピュータにインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを実行することにより、上記のような各機能ブロックが具現化される構成とすることができる。
【0029】
上記構成のLC/MALDI−IT−TOFMSでは、上述したようにスポッティング装置2において多数のサンプルが搭載されたサンプルプレートは試料搬送部3によりMS部4のステージ41上にセットされる。元の試料中に含まれる各種成分を網羅的に同定するために、MS部4ではサンプルプレート上のウェルに形成されたサンプルに対するMS分析やMS
n分析が行われるが、その際の処理及び制御動作は以下のように実行される。
図2はこの網羅的な同定処理及び制御の動作手順を示すフローチャートである。
【0030】
データ処理部5においてクロマトグラムデータ収集部51には、試料に対するクロマトグラムとそのクロマトグラム上の時間とサンプルプレート上のウェルの位置情報(つまりはサンプルの位置情報)とが対応付けて記憶されている。そのため、クロマトグラム上で1つのピークの期間(ピーク開始点からピーク終了点までの期間)に対応するサンプルの位置は既知である。そこで、データ処理部5は、クロマトグラムデータ収集部51に格納されている情報に基づいて、クロマトグラム上の或る1つのピークに対応する1乃至複数の成分が含まれるウェルを特定し、そのウェルの数Mを求める(ステップS1)。なお、クロマトグラム上において処理対象のピークは自動的に順次指定されるようにしてもよいし、或いは、図示しない入力部からユーザが手動で指定するようにしてもよい。
【0031】
1つのピークに対応する1乃至複数の成分が含まれるウェルを特定されると、そのM個のウェルの位置情報(サンプルプレート自体の入れ替えが必要である場合にはサンプルプレートを特定する情報も)が分析制御部6に送られる。分析制御部6の制御の下で、MS部4は指定されたM個のウェルに対するMS分析をそれぞれ実行し、MSスペクトルデータ収集部52はMSスペクトルデータを取得する(ステップS2)。その結果、例えば
図3に示したようなMSスペクトルが得られる。上述したように
図3は、3つの成分がほぼ同じ保持時間を有し、成分分離されずに1つのピークとして観測される例である。このような場合、時間的に連続する3つのウェルに対する各MSスペクトルに上記3つの成分にそれぞれ対応する3本のピークa、b、cが現れ、それらピークの強度比はほぼ等しくなる。
【0032】
次に、プリカーサイオン抽出部54は例えば総イオン量が最大であるウェルに対するMSスペクトル又は全てのウェルに対して得られたMSスペクトルを積算することで作成した積算MSスペクトル上でピークピッキングを行い、各成分に対応したピークをそれぞれ抽出する(ステップS3)。いま、ここでは混在している成分の数がNであり、N本のピークが抽出されたものとする。もちろん、ピークピッキングを実施する前に適宜のノイズ除去、バックグラウンド除去などのデータ処理を行うことにより、試料に含まれる分析対象成分とは無関係のノイズを除去することができる。したがって、MSスペクトルからN本のピークが抽出された場合には、混在している成分の数はNであると高い確度で推定することができる。
【0033】
次に、ウェル/プリカーサイオン割当て処理部55において、ウェル数Mがピーク数N以上であるか否かが判定される(ステップS4)。ここでYesと判定された場合には、ステップS5へと進み、M個のウェルの中で質量電荷比に依らない総イオン量が多い順にN個のウェルを選択する。つまり、ピーク数Nと同数のウェルを選択する。もちろん、N=Mである場合には選択の余地はなく、M個全てのウェルを指定することになる。そして、N本のピークの中でイオン強度の低いピークから順に、総イオン量の多いウェルに一対一で割り当てを行う(ステップS6)。
【0034】
一例として、ピーク数N=4、ウェル数M=6である場合を考える。4本のピークa、b、c、dのピーク強度がd>c>b>aであり、6個のウェルA、B、C、D、E、Fの総イオン量がA>B>C>D>E>Fであるものとする。この場合、ステップS4でYesと判定され、ステップS5において、6個のウェルの中から総イオン量が多い4個のウェル、即ち、A、B、C、Dが選択される。そして、ステップS6の処理により、各ウェルに割り当てられるピークは、ピークa→ウェルA、ピークb→ウェルB、ピークc→ウェルC、ピークd→ウェルD、となる。
【0035】
上記のようにしてピーク、つまりプリカーサイオンとウェルとの割当てが決まったならば、この結果が分析制御部6に与えられ、分析制御部6の制御の下、MS部4はN個のウェルに対してそれぞれ1つずつ割り当てられたピークをプリカーサイオンとするMS
2分析を実行する(ステップS7)。なお、MS
2分析に際しては、例えば同一ウェルへのレーザ照射を複数回繰り返して得られたイオンをイオントラップ43に一旦捕捉した後に、該イオンをCIDにより開裂させ、開裂により生じた多量のプロダクトイオンを飛行時間型質量分析器44に導入して質量分析するとよい。こうしたMS
2分析により得られたMS
2スペクトルデータはMS
2スペクトルデータ収集部53に格納され、図示しない同定処理部はMS
2スペクトルを用いたデータベース検索又はデノボシーケンスサーチなどを行うことにより、ペプチドなどの目的成分を同定する(ステップS8)。
【0036】
一方、ステップS4でNoと判定された場合にはステップS11へと進み、ウェル/プリカーサイオン割当て処理部55はまず、N/Mを計算する。そして、この計算値の小数点以下を繰り上げた整数値αと、αから1を減じた整数値β(=α−1)とを算出する。
【0037】
次に、α本のピークについてMS
2分析を実行す
るウェルの数をx、β本のピークについてMS
2分析を実行するウェルの数をyと置き、次の連立方程式(1)を解く(ステップS12)。
x+ y=M
αx+βy=N …(1)
【0038】
N、M、α、βの値に基づいてx、yが求まったならば、その後に、N本のピークの中でイオン強度が低いピークからβ本ずつ、総イオン量が多いウェルから順番にy個のウェルに割当てを行う。これにより、N本のピークの中で
βy本のピークの割当てが決まる。そのあと、残りのピーク(N−
βy本)については、イオン強度が低いピークから順にα本ずつ、残りの総イオン量が多いウェルから順番にx個のウェルに割当てを行う。これにより、N本の全てのピークについて、MS
2分析を実行する対象のウェルの割当てが決まる(ステップS13)。
【0039】
上述したステップS11〜S13による割当て処理は、ピーク数Nがウェル数Mの2倍数である場合を除き、ピーク強度が低いピークのMS
2分析を優先するために、1個のウェルから選択するプリカーサイオン候補の数を、強度が低いピーク数のほうがピーク強度が高いピーク数に比べて常に1つだけ少なくするという意味をもつ。
【0040】
ここで、プリカーサイオンのピーク本数N及びウェル数Mが具体的に与えられる場合のいくつかの具体例を挙げる。
[例1]ピーク数N=4、ウェル数M=3である場合
4本のピークa、b、c、dのピーク強度がd>c>b>aであり、3個のウェルA、B、Cのイオン総量がA>B>Cであるものとする。この場合、ステップS4でNoと判定され、ステップS11において、N/M=4/3=1.33、であることから、α=2、β=1、と計算される。N=4、M=3、α=2、β=1から(1)式の連立方程式を解くと、x=1、y=2、と求まる。ステップS13の処理により、各ウェルに割り当てられるピークは、ピークa→ウェルA、ピークb→ウェルB、ピークc、d→ウェルC、となる。
【0041】
[例2]ピーク数N=5、ウェル数M=3である場合
5本のピークa、b、c、d、eのピーク強度がe>d>c>b>aであり、3個のウェルA、B、Cのイオン総量がA>B>Cであるものとする。この場合、ステップS4でNoと判定され、ステップS11において、N/M=5/3=1.67、であることから、α=2、β=1、と計算される。N=5、M=3、α=2、β=1から(1)式の連立方程式を解くと、x=2、y=1、と求まる。ステップS13の処理により、各ウェルに割り当てられるピークは、ピークa→ウェルA、ピークb、c→ウェルB、ピークd、e→ウェルC、となる。
【0042】
[例3]ピーク数N=6、ウェル数M=3である場合
6本のピークa、b、c、d、e、fのピーク強度がf>e>d>c>b>aであり、3個のウェルA、B、Cのイオン総量がA>B>Cであるものとする。この場合、ステップS4でNoと判定され、ステップS11において、N/M=6/3=2、であることから、α=2、β=1、と計算される。N=6、M=3、α=2、β=1から(1)式の連立方程式を解くと、x=2、y=0、と求まる。ステップS13の処理により、各ウェルに割り当てられるピークは、ピークa、b→ウェルA、ピークc、d→ウェルB、ピークe、f→ウェルC、となる。
【0043】
このようにピーク数Nがウェル数Mの倍数である場合には、各ウェルに対し等しい本数ずつピークを割り当てることになる。例えば、ピーク数N=9、ウェル数M=3の場合には、イオン強度が低いピークから順に、9/3=3本ずつ、イオン総量の多いウェルに割り当てる。また、ピーク数N=8、ウェル数M=4の場合には、イオン強度が低いピークから順に、8/4=2本ずつ、イオン総量の多いウェルに割り当てる。
【0044】
ただし、この場合、ピーク強度が低いピークのMS
2分析を優先するために、次のように割当てを変更してもよい。即ち、ピーク数N=6、ウェル数M=3である場合には、ピークa→ウェルA、ピークb、c→ウェルB、ピークd、e、f→ウェルC、とすることができる。ピーク数N=9、ウェル数M=3である場合には、ピークa、b→ウェルA、ピークc、d、e→ウェルB、ピークf、g、h、i→ウェルC、とすることができる。さらに、ピーク数N=8、ウェル数M=4である場合には、ピークa→ウェルA、ピークb、c→ウェルB、ピークd、e→ウェルC、ピークf、g、h→ウェルD、とすることができる。
【0045】
[例4]ピーク数N=8、ウェル数M=3である場合
8本のピークa、b、c、d、e、f、g、hのピーク強度がh>g>f>e>d>c>b>aであり、3個のウェルA、B、Cのイオン総量がA>B>Cであるものとする。この場合、ステップS4でNoと判定され、ステップS11において、N/M=8/3=2.67、であることから、α=3、β=2、と計算される。N=8、M=3、α=3、β=2から(1)式の連立方程式を解くと、x=2、y=1、と求まる。ステップS13の処理により、各ウェルに割り当てられるピークは、ピークa、b→ウェルA、ピークc、d、e→ウェルB、ピークf、g、h→ウェルC、となる。
【0046】
[例5]ピーク数N=9、ウェル数M=4である場合
9本のピークa、b、c、d、e、f、g、h、iのピーク強度がi>h>g>f>e>d>c>b>aであり、4個のウェルA、B、C、Dのイオン総量がA>B>C>Dであるものとする。この場合、ステップS4でNoと判定され、ステップS11において、N/M=9/4=2.25、であることから、α=3、β=2、と計算される。N=9、M=4、α=3、β=2から(1)式の連立方程式を解くと、x=1、y=3、と求まる。ステップS13の処理により、各ウェルに割り当てられるピークは、ピークa、b→ウェルA、ピークc、d→ウェルB、ピークe、f→ウェルC、ピークg、h、i→ウェルD、となる。
【0047】
なお、現実的には、ウェル数Mは3〜4個、ピーク数Nは1〜9本程度の範囲であることから、上記例のみを挙げたが、理論的には任意のM、Nに対して適切に割当てを決めることができることは容易に理解できる。
【0048】
上記のようにしてピーク、つまりプリカーサイオンとウェルとの割当てが決まったならば、この結果が分析制御部6に与えられ、分析制御部6の制御の下、MS部4はM個のウェルのうちの2個以上のウェルに対してそれぞれ1乃至複数割り当てられたピークをプリカーサイオンとするMS
2分析を実行する(ステップS14)。その後、上述したステップS8へ進み、このMS
2分析により得られたMS
2スペクトルデータはMS
2スペクトルデータ収集部53に格納され、図示しない同定処理部はMS
2スペクトルを用いたデータベース検索又はデノボシーケンスサーチなどにより、ペプチドなどの目的成分を同定する。
【0049】
以上のようにして本実施例のLC/MALDI−IT−TOFMSによれば、クロマトグラム上の1つのピークに対応したM個のウェルの中で、特定の1個のウェルに対して集中的に各成分についてのMS
2分析を実行することなく、総イオン量が最大ではない別のウェルも利用して適宜分散したMS
2分析が実行される。それにより、特定のウェルだけが集中的にMS
2分析されることによるサンプルの枯渇を防止でき、それ故に、高感度、高S/NのMS
2スペクトルを得ることができる。
【0050】
なお、上記実施例ではMS
2分析を行う場合について説明したが、nが3以上のMS
n分析を実行する場合のプリカーサイオンとサンプルの割当てを決める場合にも上記手法を適用できることは当然である。
【0051】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎないから、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。