【実施例】
【0073】
実施例1
プレインキュベーション実験
最初の実施例は、エネルギー源とアミノ酸供給源の両方が枯渇している場合を示している。以下の実施例を通して、無細胞系のタンパク質合成のために、二つの標準的方法が用いられた。まず、ADPからATPを再生するために、ホスホエノールピルビン酸(PEP)とピルビン酸キナーゼを用いる。これはPEPシステムと呼ばれる。次にATPを再生するために、ピルビン酸とピルビン酸オキシダーゼを用いる。これはピルビン酸システムと呼ばれる。
【0074】
PEPシステムの標準反応混合液は、標準レベルのタンパク質発現(約100 μg/mlあるいは13.8 μg/ml細胞タンパク質)をもたらす。そして以下の成分よりなる。
【0075】
57 mMヘペス-水酸化カリウム(pH 8.2)、1.2 mM ATP、それぞれ0.85 mMのGTP、UTPおよびCTP、1 mM DTT、0.64 mMのcAMP、200 mMグルタミン酸カリウム、80 mM酢酸アンモニウム、15 mM酢酸マグネシウム、34 mg/mフォリン(folinic)酸、6.7 μg/mlプラスミド、33 μg/mlのT7DNAポリメラーゼ、それぞれ500 μMの20個のアミノ酸、[
3H]ロイシン(0.27Gベクレル/mmol)、2% PEG8000、20 mMのPEP(ホスホエノールピルビン酸)、そして0.24倍容のS30抽出物。
【0076】
T7RNAポリメラーゼは、Davanlooら(1984) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81: 2035-2039の若干の改変法により、大腸菌(E. coli)BL21株(pAR1219)の培地より調製された。以前報告された手順により(Kimら、上記)、S30抽出物が野生型の大腸菌(E. coli) K12 (A19株)の培地より調製された。ピルビン酸システムの標準的反応混合液はほとんど同一である。PEPが除外され、そこへ33 mMピルビン酸、6 U/mlピルビン酸オキシダーゼ、6.7 mMリン酸カリウム、そして3.3 mM TPP(チアミンホスフェート)が添加される。
【0077】
反応は37℃に設定された湯浴中で一定期間行われた。合成されたタンパク質の量は(Kimら、上記)で述べられたように、冷TCA不溶性の放射活性の測定で見積もられた。試料の放射活性は液体シンチレーションカウンター(Beckman)で測定された。SDS-PAGE分析は標準分子量マーカーと16%SDS-PAGEゲル(NOVEX)を用いて行われた。発現されたタンパク質は標準的なクーマシー・ブルー染色法により視覚化された。
【0078】
初期実験でタンパク質合成は、PEPシステムでは約30分後に停止し、ピルビン酸の系では200分後に停止した。しかし計算によると、必要な試薬の枯渇の量からして、不十分なタンパク質が合成されたことが示唆された。合成の停止の原因を調査するために、プレインキュベーション実験が用いられた。これらの実験では、DNAの鋳型は添加されておらず、放射活性のあるロイシンの取り込みの測定により、ほんの僅かなタンパク質合成が起こっていることがわかった。プレインキュベーションが種々の期間で実施され、その後、DNAの鋳型が添加され、一時間のインキュベーション期間後にタンパク質合成が測定された。
図1の結果は、タンパク質合成を支持する反応混合液の能力が、タンパク質が発現されていなくても、急速に悪化したことを示す。さらなるエネルギーの添加は、活性を回復することができなかった。さらなるアミノ酸の添加も回復することができなかった。活性はエネルギー源のPEP、そして20個のアミノ酸の二次的添加のみにより回復することができた。これらの驚くべき結果は、エネルギー源とアミノ酸がタンパク質合成に依存せずに不活性化されることを意味する。
【0079】
実施例2
補給実験
他の一連の実験では、プレインキュベーションは用いられなかった。反応を長引かせるために、代わりに、合成反応混合液への添加が繰り返された。ピルビン酸の系におけるそのような実験の結果は
図2で示されている。各反応の初期の容量は、15 μlである。反応が始まった後、一時間ごとに1.1 μlずつ添加する。対照1においては水が加えられる;対照2においては0.25 μlの2 Mピルビン酸と0.85 μlの水である。対照3においては0.85 μlのアミノ酸混合液と0.25 μlの水;そして「Pyr/AA」と標識された曲線に関しては0.25 μlの2 Mピルビン酸と0.8 μlのアミノ酸混合液である。曲線は、S30細胞抽出物中のミリグラムタンパク質当りのタンパク質合成収率を示している。明らかに、エネルギー源のみをさらに加えることは、タンパク質合成の効果的な持続には十分ではない。
【0080】
実施例3
アミノ酸の濃度変化の測定
驚くべきことに、いくつかのアミノ酸は増加し、一方他のアミノ酸は、新しいタンパク質に取り込まれる速度より、はるかに速く減少する。前実施例で指摘された観察事項は、タンパク質合成反応の間、個々のアミノ酸の濃度を測定することを喚起した。この場合、900 μlのピルビン酸で稼動される反応が開始された。1時間ごとに100 μlの試料をとり、冷水で1:1に希釈し、200 μlの冷10%TCA(トリクロロ酢酸)溶液を加えることで脱タンパク質化した。遠心分離の後、上清がBeckman 1600アミノ酸分析器で分析された。ほとんどのアミノ酸が濃度を変えなかった。しかし二つの非常に驚くべき結果が
図3Aと
図3Bに示されている。アラニンおよびアスパラギン酸/アスパラギンの両方で濃度が有意に上昇した。対照的にアルギニン、トリプトファンそしてシステインの濃度全てが有意に減少した。一番目の場合、データはピルビン酸がATPの再生というよりは、アミノ酸合成に用いられることを示唆した。これは反応の非効率性の潜在的に深刻な原因である。二番目の場合、反応を長引かせるためにアミノ酸の添加が必要である理由は、三つのアミノ酸が枯渇するからであることを示す。
【0081】
実施例4
アルギニン、システイン及びトリプトファンによる補充
三つのアミノ酸のみの補充は、全ての20個のアミノ酸の補充とほぼ同じ量の産物を産生した。アルギニン、システイン、そしてトリプトファンの枯渇がタンパク質の収率を制限するという仮説を試験するため、三つのうちの一つあるいは二つのみを繰り返して加える実験が実施された。三つ全てのアミノ酸の添加が最大の生産収率のために要求された。驚くべきことに
図4のデータは、これらの三つのアミノ酸のみの添加で、20個の全てのアミノ酸の添加と同じ効果があることを指摘している。PEPシステムを用い15 μlの反応混合物より始めることで、実験が実施された。20分ごとに添加が行なわれた。対照1においては、1.15 μlの水が20分ごとに加えられた。対照2においては、0.3 μlの1 M PEPおよび0.85 μlの水;「PEP/全AAmix」では0.3 μlの1 M PEPと0.85 μlのアミノ酸混合液;そして「PEP/Arg, Cys, Trp」では、0.3 μlの1 M PEPおよび0.75 μlのそれぞれ10 mMアルギニン、10 mMシステインそして10 mMトリプトファン溶液が加えられた。
【0082】
より大きな添加容量のため、「PEP/Arg, Cys, Trp」の場合、より希釈されているが、そのタンパク質収率は20個全てのアミノ酸が繰り返して添加される場合とほとんど同じである。これらのデータは20個全てのアミノ酸を添加する代わりに、いくつかのサブセットのみを添加することで、有意な費用節減が認識されることを示している。
【0083】
実施例5
スペルミジンはアルギニンの枯渇を遅らせる
5 mMのスペルミジンはアルギニンの消失を遅延させる。このことはプトレッシンとスペルミジンの合成経路が、アルギニンの消失に関わっていることを示唆する。
【0084】
図3と4で示されるデータは、アルギニン、システイン、そしてトリプトファンの3つのアミノ酸の分解は、タンパク質合成反応の効率と期間を重度に制限することを示している。細菌の生理学の現時点での知識は、酵素トリプトファナーゼの作用がトリプトファンとシステインの消失の有望な原因であることを示唆している。アルギニンの場合、原因の一つはアルギニンデカルボキシラーゼの作用である。これは、正常な細菌の生理にとって重要なカチオン性の分子であるプトレッシンとスペルミジンをアルギニンに変換する経路の最初の酵素である。プトレッシンとスペルミジンはオルニチンより合成される。しかし利用可能の時はアルギニンの方が好まれる(
図10を見よ)。アルギニンデカルボキシラーゼは、スペルミジンによりフィードバック阻害がかかることが知られている。よってスペルミジンがアルギニンの損失を遅らせることができるかどうか見る実験が組まれた。
図5で示されるデータは5 Mスペルミジンがアルギニンの枯渇を有意に遅らせることを示す。よってアルギニンデカルボキシラーゼは少なくともアルギニンの損失の有意な原因となる。これらのデータはまた、酵素阻害剤がアミノ酸の分解を回避するために効果的であることを示す。
【0085】
実施例6
シュウ酸はアスパラギン酸/アスパラギン産生の速度を遅らせ、タンパク質合成を増大させる
最も高い可能性としてPEPシンターゼ(pps)を阻害することにより、シュウ酸はアスパラギン酸/アスパラギンの蓄積の速度を遅らせ、タンパク質の収率を増加させることを示している。
【0086】
図3に示されるデータはいくつかのアミノ酸は濃度が増加することを示している。これらのアミノ酸が確実に枯渇しないため、最初これは偶然のように思われた。しかし、これらのアミノ酸の形成が、タンパク質合成のためのエネルギー源を有意に減少させることが理解された。アラニンの場合、ピルビン酸が、アラニングルタミン酸トランスアミナーゼで触媒されるグルタミン酸との反応で直接変換される。この反応は、ピルビン酸の系でエネルギー源を直接消費する。
【0087】
アスパラギン酸およびアスパラギンの形成の場合、結果はより深刻である。これらのアミノ酸は、オキザロ酢酸より形成される。このオキザロ酢酸は一方、PEPより誘導される(
図9)。PEPの系では、これはエネルギー源の直接的な流出である。ピルビン酸の系では、これらのアミノ酸の形成はピルビン酸がPEPに変換されることを示す。これは、ピルビン酸オキシダーゼ反応に利用可能なピルビン酸の量を減少させる。しかし、この変換がATPからAMPへの変換を要求するという認識がさらにもっと重大である。アミノ酸合成のために作製され、使用されるPEP1モル当り、2モルのATPと1モルのピルビン酸が失われる。
【0088】
ピルビン酸からPEPへの変換はホスホエノールピルビン酸シンセターゼ(pps)により触媒される。シュウ酸はppsを阻害することが報告されている。pps反応がアスパラギン酸およびアルギニン合成に真に関係していること、そしてこれらの反応がタンパク質の収率を減らすことを試験するために、2.7 mMのシュウ酸がピルビン酸の系とPEPの系両方に加えられた。
図6は、アスパラギン酸とアスパラギンの形成がこの阻害剤により減少することを示している。
図7と8は、両方の系でシュウ酸がタンパク質の収率を増加させることを示している。ピルビン酸の系では、アミノ酸の形成に対して、ピルビン酸とATPの損失がより少ない。エネルギー源としてのPEPの場合、ピルビン酸はPEPがそのリン酸をADPに移動させた後、直接的な産物となる。そのピルビン酸はppsによりPEPに戻されるが、新しいPEP一分子につき、二つのATPが消費される。このようにPEPは初期のエネルギー源であるにもかかわらず、酵素であるppsはATPを消費する。ピルビン酸とPEPがエネルギー源の場合、シュウ酸によるppsの阻害は、産物の収率を増加させるという有意な利益をもたらした。
【0089】
実施例7
有害な酵素の産生の回避
トリプトファナーゼ、アルギニンデカルボキシラーゼそしてホスホエノールピルビン酸シンセターゼのような活性の存在が、無細胞系の反応においてタンパク質の収率に重大な負の効果を持つことを、以前のデータは示している。これらの反応を制御するのに酵素阻害剤を用いるのは、一つの効果的な方法である。しかし、細胞抽出物に酵素が存在しない場合、阻害剤の費用を回避することができる。それらを回避する一つの方法は、これらの酵素の誘導を回避するように細胞を増殖させることである。一つの例は、グルコースを主要な炭素およびエネルギー源として細胞を増殖させることである。トリプトファナーゼの産生は、グルコース代謝の抑制により抑制されていることが知られている。さらに糖新生がもはや必要でないので、糖新生で主要に使われる酵素であるppsの誘導はより少ないだろう。もう一つの方法は、当技術分野において定義づけされたあるいは半ば定義づけされた培養液で、細胞を増殖させることである。しかしその培養液は、アルギニンを含んでいないものである。この場合、プトレッシンとスペルミジンがオルニチンより誘導され、アルギニンデカルボキシラーゼ活性は誘導されない。
【0090】
実施例8
ピルビン酸をエネルギー源として用いたタンパク質合成
無細胞系のタンパク質合成時のATPの再生の新しい取り組みが、無機リン酸の蓄積を回避することにより開発され、合成反応を引き延ばした。この取り組みは、大腸菌(Escherichia coli)に由来したバッチシステムで実際に示された。外因性のエネルギー源が高エネルギーリン酸結合を含んでいるような従来の方法と対照的に、新しい系は、反応混合液中に必要な高エネルギーリン酸結合を連続して生成させるように設計されている。これにより、タンパク質の合成時、放出されたリン酸が再利用される。最も高い可能性として遊離のマグネシウムの濃度を減少させることにより、もし蓄積され得るならば、リン酸はタンパク質合成を阻害する。
【0091】
ぺディオコッカス種のピルビン酸オキシダーゼは、チアミンピロホスフェート(TPP)とフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)とともに反応混合液へ導入された後、ピルビン酸と無機リン酸よりアセチルリン酸の生成を触媒した。大腸菌(Escherichia coli)S30の抽出物において十分な活性を持って既に存在しているアセチルキナーゼは、ATPの再生を触媒した。アセチルリン酸の生成のために酸素が要求され、副生成物として産生されたH2O2は内在性のカタラーゼ活性により十分に分解される。
【0092】
化学エネルギーの連続した供給、そしてまた無機リン酸の阻止を通してタンパク質合成の期間は2.5時間まで延長された。タンパク質の蓄積レベルは増加した。ヒトのリンホトキシンの合成は、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)より多くの恩典を与える。それは、前者がリン酸による阻害により敏感だからである。CATの発現において、新しいシステムにおけるタンパク質合成の初期速度は従来のシステムに比べて有意に低かったが、反応の寿命の著明な改良が、ホスホエノールピルビン酸(PEP)を用いる従来のシステムに匹敵する、タンパク質合成の収率をもたらした。
【0093】
本システムの利点は、無機リン酸とマグネシウムの濃度に特に敏感なある種のタンパク質の発現で最も際立っている。無機リン酸とマグネシウムの濃度に強く依存する、ヒトのリンホトキシン(hLT)の場合、3時間のインキュベーションの後の最終収率は、PEPを使う従来の反応によるそれの1.5倍に達した。
【0094】
材料および方法
ホスホエノールピルビン酸(PEP)および大腸菌の総tRNA混合物はベーリンガー・マンハイム社(インジアナポリス、インジアナ州)から購入した。L-[U-
14C]ロイシン(11.7 GBq/mmol)、L-[U-
3H]ロイシン(4.14 TBq/mmol)および[5,6-
3H]UTPは、アマシャムバイオテクノロジー社(アップサラ、スウェーデン)から購入した。その他の試薬は、シグマ社(セントルイス、ミズーリ州)から得た。T7 RNAポリメラーゼは、ダバンルーら(Davanloo、(1984)、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81:2035〜2039)の方法に従って、大腸菌株BL21(pAR1219)の培養から調製した。プラスミドpK7CATは、T7プロモーターとT7ターミネーターとのあいだに細菌CAT配列を含み(キガワら(Kigawa)、(1995)、Journal of Biomolecular NMR 6(2):129〜134)、これをCAT合成の鋳型として用いた。hLT合成に関して、プラスミドpK7LTは、pK7CATのCAT配列をヒトリンフォトキシン配列に置換することによって構築した。S30抽出物は、既に記述されているように(キムら(Kim)、(1996b)、上記)、大腸菌K12(株A19)から調製した。
【0095】
標準的な反応混合物は、以下の成分からなる:57 mM Hepes-KOH(pH 8.2)、1.2 mM ATP、各0.85 mMのGTP、UTP、およびCTP、1 mM DTT、0.64 mM cAMP、200 mMグルタミン酸カリウム、80 mM NH
4(OAc)、15 mM Mg(OAc)
2、34 mg/mlフォリン酸、6.7 μg/ml プラスミド、33 μg/ml T7RNAポリメラーゼ、非標識アミノ酸20個がそれぞれ500 μM、および[
14C]ロイシン(11.0 μM)、または[
3H]ロイシン(1.2 μM)、2%PEG 8000、32 mM PEP、およびS30抽出物0.24 容量。ピルビン酸をエネルギー再生化合物として用いる反応では、PEPを標準的な反応混合物から除去して、32 mMピルビン酸、6U/mlピルビン酸オキシダーゼ、6.7 mMリン酸カリウム、3.3 mM TPPおよび0.3 mM FADを加えた。反応は、37℃の水浴中で容量15〜60 μlで所定の期間実施した。
【0096】
合成されたタンパク質の量は、既に記述されているように(キムら(Kim)、1996a、上記)測定したTCA-不溶性放射活性から推定した。試料の放射活性は、液体シンチレーションカウンター(ベックマン、LS3801)において測定した。SDS-PAGE分析に関して、試料を
14Cの標準マーカー(アマシャム社)によって16%SDS-PAGEゲル(NOVEX)にローディングした。コダックXOMATフィルムを乾燥ゲルに一晩露出して、自動X線フィルム現像器において現像した。
【0097】
インキュベーションの際のmRNA濃度の変化は、NaOH加水分解段階を省略したことを除いて、タンパク質合成の推定に用いられた方法と同じ方法を用いて、[
3H]-UTPを含む反応からの試料のTCA不溶性放射反応性を測定することによってモニターした。
【0098】
無機リン酸の定量的分析は、軽微な改変を加えた後、サヘキら(Saheki、(1985)、Anal. Biochem. 148:277〜281)の技法に従って実施した。試料2μlを採取して20%SDS溶液15 μlおよび水43 μlと混合した。溶液A (100 mM酢酸亜鉛、15 mMモリブデン酸アンモニウム、pH 5.0)670 μlおよび溶液B(10%アスコルビン酸)170 μlを連続的に加えた後、それぞれの試験管を30℃の旋回インキュベーター内で15分間インキュベートした。最後に、無機リン酸の濃度を、試料のOD
850測定値と標準曲線から推定した。
【0099】
結果
PEPの非生産的分解。 当初32 mM PEPを含む標準的な反応混合物における無機リン酸の濃度を、タンパク質合成の反応期間の際に測定した。標準的な反応混合物(対照)と表示の成分(
図12)を除いた反応混合物を調製して、インキュベートした。試料2μlを所定の時点で採取して、無機リン酸の濃度を、材料および方法において記述したように測定した。
図12に示すように、反応混合物における無機リン酸の濃度は、インキュベート期間のあいだに直線的に増加した。
【0100】
無機リン酸の蓄積は反応混合物にプラスミドを加えない場合でも同じ割合で起こり、このことは、有意なタンパク質合成がない場合でも、リン酸の生成が同じ速度で起こることを示している。mRNAと染色体DNAの混入によるタンパク質合成レベルのバックグラウンドは、プラスミドDNAを含まない陰性対照反応のCPM値がpK7CATについてプログラムされた反応の10%未満であったため、本発明者らの系では無視できるほどである。
【0101】
有機リン酸化合物の非生産的分解は、ATP再生とタンパク質合成に利用できるPEPの量を減少させ、同様に、リン酸の蓄積を増加させる。インキュベーション混合物にS30抽出物がなければ、無機リン酸の蓄積は無視できるほどであることから、リン酸の蓄積は、S30抽出物に存在するホスファターゼ活性によって触媒され、有機リン酸化合物の自然発生的な分解の結果ではないことを示唆している(
図2)。
【0102】
60分のインキュベーションの後、反応混合物における無機リン酸の濃度は、28 mMに達した。ヌクレオチド三リン酸から直接生成されうる無機リン酸の最高濃度は、7.6 mM(ATPから2.4 mM、および他のヌクレオチド三リン酸から5.1 mM)に過ぎないため、PEPの有意な量が、ホスファターゼ(複数)の直接分解によって、または加水分解したヌクレオチドリン酸を再度加えることのいずれかによって消費されることは明らかであった。
【0103】
PEPを有する、または有しないインキュベーションにおいて無機リン酸濃度の比較によって、反応混合物への無機リン酸の遊離は、PEPの存在に強く依存することが確認された(
図12)。さらに、反応における無機リン酸の最終濃度または産生速度はいずれも、四つのヌクレオチド全てを反応混合物から除去した場合でも有意に減少した。これらの結果は、PEPが、ホスファターゼの主要な標的であり、カップリングしていないPEPの加水分解が、タンパク質合成の収量を有意に減少させうることを示唆している。実際に、上記の結果は、30分間のタンパク質合成反応のあいだに、50%ものエネルギー源が消費されうることを示している。このことは、ATP再生を制限して、少なくとも部分的に、インビトロタンパク質合成反応の初期停止を説明することができる。しかし、後にPEPを付加しても、反応期間を有意に延長しなかった。次に本発明者らは、反応混合物における無機リン酸の蓄積に注目したが、これはタンパク質合成を、可能性が最も高いのは遊離マグネシウムイオンのキレート化によって、阻害しうるためである。
【0104】
実施例9
リン酸再利用によるエネルギー源としてのピルビン酸の利用
PEPの他に、リン酸クレアチニンとリン酸アセチルは、真核生物および原核生物起源の様々なインビトロタンパク質合成系におけるエネルギー源に用いて成功している。これらの基質はいずれも、本発明者らの系においてPEPと同程度に効率よくタンパク質合成を支持した。しかし、PEPと同様に、それらはS30抽出物とのインキュベーションのあいだに高エネルギーリン酸結合を失う。このように、ATPを再生するためにリン酸結合エネルギー源の直接使用に依存する限り、エネルギー源の非生産的な枯渇および無機リン酸の蓄積はほとんど不可避であるように思われる。バッチシステムにおいてより長い反応期間を得るために、本発明は、高エネルギーリン酸結合を有する化合物の高濃度を必要としない系、言い換えれば、インサイチューで高エネルギーリン酸ドナーと共にATPを再生することができる系を提供する。
【0105】
ピルビン酸オキシダーゼ(E.C.1.2.3.3)は、数段階においてピルビン酸の酸化的脱炭酸を触媒することによって、乳酸菌の好気的増殖において重要な役割を果たしている。重要なことは、共因子、すなわちTPPとFADの存在下において、この酵素は、ピルビン酸と無機リン酸との縮合を触媒して、アセチルリン酸を生成することであり、これは本発明者らのインビトロタンパク質合成系においてエネルギー源として作用しうる。無機リン酸の蓄積を回避しながらアセチルリン酸を持続的に提供できるか否かを調べるために、この反応を調べた。タンパク質合成またはアセチルリン酸の分解のいずれかによって産生された無機リン酸は再利用されて、アセチルリン酸のもう一つの分子を生成するであろう。次に、アセチルリン酸は必要なATPを再生するであろう。この戦略のための単純なダイヤグラムを
図1Bに示す。さらに、アセチルリン酸とATPはいずれも、持続的に産生されて、枯渇されるために、両者のピーク濃度は、非生産的加水分解を妨害するために十分に低く保たれる可能性がある。
【0106】
ピルビン酸オキシダーゼ系におけるCATの発現
インビトロタンパク質合成の反応条件下でこのスキームを調べるために、必要な化合物を反応混合物に異なる濃度で導入して、37℃で1時間インキュベートした。ピルビン酸、ピルビン酸オキシダーゼ、FAD、TPP、および無機リン酸の異なる濃度を含む標準的な反応混合物を調製して、1時間インキュベートした。[
3H]ロイシン取り込みの最終的な量を材料と方法において記載のように測定した。
図13A:6.7 U/mlピルビン酸オキシダーゼ、0.3 mM FAD、3.3 mM TPP、6.7 mM無機リン酸。
図13B:32 mMピルビン酸、0.3 mM FAD、3.3 mM TPP、6.7 mM無機リン酸、6.7 mM無機リン酸。
図13C:32 mMピルビン酸、6.7 U/mlピルビン酸オキシダーゼ、3.3 mM TPP、6.7 mM無機リン酸。
図13D:32 mMピルビン酸、6.7 U/mlピルビン酸オキシダーゼ、0.3 mM FAD、6.7 mM無機リン酸。
図13E:32 mMピルビン酸、6.7 U/mlピルビン酸オキシダーゼ、3.3 mM TPP、0.3 mM FAD。
【0107】
図13A〜13Eに示すように、TCA沈殿可能な放射活性は、ATP再生のための新規戦略がCAT合成を支持することを証明する。当初、合成されたタンパク質の最終的な量は、PEPを用いた対照反応と比較して低かった。合成されたCATの量は、外から加えたピルビン酸オキシダーゼ濃度の増加と共に増加し、6.6 U/mlピルビン酸オキシダーゼで安定に達した。FADの濃度に対しては比較的感受性が悪いものの、タンパク質合成の収率は、TPPおよび無機リン酸の濃度に鋭く反応してそれぞれ、最大タンパク質合成3.3 mMおよび6.6 mMを生じた。タンパク質合成の収率は、ピルビン酸オキシダーゼを反応混合物から除去すると、ほぼ無視できる程度であった。
【0108】
それぞれの系の反応混合物120 μlを調製して、37℃の水浴中でインキュベートした。試料10 μ lを30分ごとに採取して、タンパク質の[
14C]ロイシン標識放射活性を、材料および方法において記述したように測定した。1時間のインキュベーションの後、合成されたタンパク質の最終量は、PEP反応の場合のわずか50%に達したに過ぎなかった。本発明者らは、この新しい系においてタンパク質合成の時間経過を調べて、PEPシステムと比較した。顕著に、
図14に示すように、ピルビン酸系におけるタンパク質合成の初速度は2時間以上維持されたのに対し、PEPによる反応は、20分後に有意に遅くなった。その結果、タンパク質合成の初速度が減少したにもかかわらず、新しい系は、PEPを用いる従来の系と比較して容積測定収率でタンパク質を生成することができた。
【0109】
持続的なタンパク質合成期間によって、mRNAレベルの維持も持続的となった。mRNAに取り込まれた[
3H]-UTPからの放射活性の測定によって、ピルビン酸を利用する反応ではmRNAの量が100分以上安定に維持されたのに対し、PEPを用いる反応では鋭い初回のピーク後指数的に減少したことが示された(
図15)。mRNA含有量の劇的な減少は、インビトロタンパク質合成系におけるmRNAの半減期が短いことによって説明することができる。エネルギー源が早期に枯渇したために、PEPシステムは、分解とのバランスを保つために、mRNAの新しい分子を生成することができないであろう。一方、ATPの持続的な供給によって、ピルビン酸系におけるmRNAの持続的な産生が支持される。
【0110】
この反応サイクルを通じてのアセチルリン酸の産生は、二酸化炭素、酢酸、および過酸化水素のような副産物を生成する。これらの副産物の産生は、反応緩衝液のpHを有意に変化させないことが認められた。その上、おそらく最も重篤な副産物である過酸化水素は、持続的な一定速度のタンパク質応性によって示唆されるように系を減損しないように思われる。おそらく、本発明者らの反応系は、過酸化水素の毒性を回避するために十分な内因性カタラーゼ活性を含む。反応混合物に外因性のカタラーゼを加えても、タンパク質合成の速度または期間のいずれにも影響を及ぼさなかった。
【0111】
図16は、PEPおよびピルビン酸を用いる反応から採取した試料のオートラジオグラフを示す。この結果は、双方の系において、CATが合成された唯一のタンパク質であることを示している。[
14C]ロイシンを含むPEP(
図16A)およびピルビン酸(
図16B)系の試料5μlを、様々な時間で採取して、ゲルにローディングした。泳動させた後、ゲルを乾燥させて、オートラジオグラフィーを行った。
【0112】
新しい系におけるヒトリンフォトキシンの発現
新しい系の可能性をさらに調べるために、本発明者らは、ヒトリンフォトキシンの発現にこれを応用した。予想外にも、リンフォトキシンの発現レベルは、ピルビン酸系でははるかに高かった(PEPシステムと比較して150%、
図17参照)。プラスミドpK7CATおよびpK7LTを用いて、標準的なPEP(白い棒)系、またはピルビン酸を用いる新しい系(黒い棒)においてCATおよびLTを生成した。ヒトリンフォトキシンのインビトロ発現に及ぼす無機リン酸およびマグネシウムイオンの作用を調べた後、このタンパク質の発現レベルは、無機リン酸およびマグネシウム濃度の変化に対してCATの場合より感受性があることが判明した(
図18)。
【0113】
図18Aにおいて、CATおよびLTを、Mg(OAc)
2の濃度を変化させたPEPシステムを用いて産生した。
図18Bは、PEPシステムの標準的な反応混合物に、無機リン酸の異なる濃度を外から加えて、1時間インキュベートした。白丸と棒は、hLT;黒丸と棒はCAT。言い換えれば、CATの発現は、比較的広い範囲の最適化されたマグネシウム濃度を示すが、マグネシウム濃度のわずかな変化はhLTの収率に劇的に影響を及ぼす。同様に、外因性無機リン酸の異なる濃度を反応混合物に加えると、リンフォトキシン合成は、過剰量の無機リン酸に対してより易損性となった。
【0114】
本明細書に記載した知見は、ATP再生反応によるアセチルリン酸のようなエネルギー源のインサイチュー生成とカップリングすると、タンパク質合成反応にとってATPの安定な供給を提供することを証明する。これによって次に、タンパク質合成の初速度がより長い反応期間にわたって維持されることが可能となる。これらの結果は、従来の系において起こったタンパク質合成の初期停止は、少なくとも部分的にATP再生化合物の分解に帰因しうることを示している。
【0115】
従来のバッチインビトロタンパク質合成系は、タンパク質合成の最大収率を得るためにPEPの比較的高い初濃度(およそ30 mM)を必要とする。そのような高濃度は、PEPに対する親和性が低いホスファターゼをエネルギー源に結合させて分解させるために、非生産的分解の速度および程度を増加させるであろう。対照的に、新しい系におけるアセチルリン酸の濃度は、外から加えた無機リン酸(6.7 mM)の濃度を大きく超えないが、ヌクレオチド三リン酸(1.2 mM ATPおよび各0.8 mM GTP、UTP、およびCTP)から放出されたリン酸のわずかな関与があるかも知れない。より可能性が高いのは、アセチルリン酸の生成は律速段階であるように思われ、アセチルリン酸に関して酢酸キナーゼの報告されたKm値は0.2 mMであるために、その濃度はかなり低いであろう(ケスラー&ナッペ(Kessler and Knappe)、(1996)、「大腸菌およびサルモネラの細胞分子生物学(Esherichia coli and Salmonella Cellular and Molecular Biology)」、ナイハートら(Neidhardt)編、アメリカ微生物学会、ワシントンD.C.、199〜205頁)。このように、本発明者らの系において律速濃度で維持されたアセチルリン酸を着実に供給することは、高エネルギーリン酸結合の利用の有効性を改善すると予想される。
【0116】
ATP再生能の枯渇の他に、PEPの分解によって、反応混合物からの本質的なマグネシウムイオンの分離によってタンパク質合成の転写および翻訳反応の双方に及ぼす阻害剤として作用しうる、無機リン酸の化学量論的蓄積が起こる。
【0117】
無機リン酸を再利用する方法を用いればこの問題は回避される。さらに、ヒトリンフォトキシンの発現について示されるように、本発明者らの新しい系は、その発現が無機リン酸に対して最も感受性が高いタンパク質に関して最も都合がよいであろう。リン酸およびマグネシウム濃度に対するこの多様な感受性はまた、それぞれの新しいタンパク質に関する最適化されたマグネシウム濃度を決定する必要性を説明するために役立つ可能性がある。ピルビン酸をエネルギー源として用いれば、タンパク質毎により一貫した成績が得られると期待される。
【0118】
最後に、この系によって、反応混合物におけるピルビン酸オキシダーゼ活性を調節することによってタンパク質合成速度を容易に制御することが可能となった。これは、タンパク質合成速度の関数としてタンパク質の折り畳みを含むタンパク質合成の様々な局面を調べる有用な方法を提供する。
【0119】
本発明者らの本発明の系は、経済的利益を提供する。周知のように、インビトロタンパク質合成系の費用が高いことは、タンパク質産生の工業的方法としてそれを用いる障害の一つとなっていた。反応成分の中でも、高エネルギーリン酸結合化合物は、費用の最も大きい部分を占める。試薬の価格に基づく計算は、PEPが総反応費用の70%以上を占めることを示している。おそらく、市販のATP再生化合物の最も安価な材料はアセチルリン酸であろう。しかし、ピルビン酸の費用はアセチルリン酸と比較するとほぼ無視でき、PEPの場合ではなお言うまでもなく、この系はタンパク質の細胞不含産生のための試薬の費用を大きく減少させるであろう。さらに、ピルビン酸オキシダーゼの費用は、S30抽出物の調製のために用いられる大腸菌株においてそれをクローニングすることによって削減することができる。
【0120】
著しく長い反応期間を維持しながら、本発明の系のタンパク質合成の初速度を増強するための様々な努力によって、バッチ形状での細胞不含タンパク質合成系を開発してもよく、これによって生物活性タンパク質のファミリーの経済的な、多様な産生が可能となる。さらに、そのようなアプローチは、工業用タンパク質を経済的で大規模に産生するための新しいアプローチの開発に貢献しうる。
【0121】
実施例10
エネルギー源の繰り返し付加によるタンパク質合成
合成反応は、PEPとアミノ酸の混合物を20分毎にPEPシステムに加えたこと、そしてピルビン酸とアミノ酸の混合物を1時間毎にピルビン酸系に加えたことを除いては、CATの合成に関して実施例8および実施例9に記載したように設定した。いずれの場合においても、当初用いた同じ濃度を毎回加えた。結果を表1および
図9Aと9Bに示す。
【0122】
【表1】
*20分毎に加える。
#1時間毎に加える。
**当初の反応容量の収率/ml。
【0123】
明らかに、ピルビン酸系は、PEPシステムと比較してはるかに長いタンパク質合成期間およびはるかに高い産物収率を可能にする。ピルビン酸はより安価であるのみならず、新しい系は同様に、アミノ酸とエネルギー源とを繰り返し加えることによって伸長させると、少なくとも2倍多くの産物を生じうる。