(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ヤング率が236.95〜265.8GPaであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のASTM規格F90合金や、特許文献1に記載の合金には、Niが含まれており、Niの生体へのアレルギーなどを考慮すると、Niフリー化された合金の開発が望まれている。
しかしながら、このNiは、塑性加工性を向上させるために添加されており、例えば、ステントに加工するために必要なチューブ加工などの高い塑性加工特性を与えるために必要な添加元素である。そのため、上記合金組成において、Niフリー化を行うと、塑性加工性等の特性が著しく低下してしまうという問題があった。
また、ステント用合金としては、ステントを体内へ導入する際に、X線透視下においてステントの位置を確認するために、高いX線視認性を有する材料が望まれている。しかし、ステントは細い血管内へ導入されるものであるので、チューブ状のステントの薄さは非常に薄く加工されるため、従来の合金組成では、X線視認性がまだ十分とは言えず、さらなるX線視認性の向上が求められている。
【0005】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたものであり、Niフリーで、高強度(高引張り強さ)、高弾性率であり、塑性加工性の良好な生体用Co基合金を提供することを第1の目的とする。さらに、本発明は、X線視認性を有する生体用Co基合金を提供することを第2の目的とする。また、本発明は、該合金を用いたステントを提供することを第3の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、
Cr:5〜30質量%、W:5〜20質量%を含有するCo−Cr−
W合金に、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する
合金元素としてNbを3質量%以下添加してなり、
組織がγ相とε相からなり、前記ε相が前記γ相よりも少ないことを特徴とする。
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、Cr:5〜30質量%、W:5〜20質量%を含有するCo−Cr−W合金に、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する合金元素としてTaを3質量%以下添加してなり、組織がγ相とε相からなり、前記ε相が前記γ相よりも少ないことを特徴とするものでも良い。
本発明の前記高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、Cr:5〜30質量%、W:5〜20質量%を含有するCo−Cr−W合金に、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する合金元素としてFeを5〜20質量%添加してなり、組織がγ相とε相からなり、前記ε相が前記γ相よりも少ないことを特徴とするものでも良い。
本発明の前記高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、Cr:16〜25質量%、W:10〜15質量%を含有してなることが好ましい。
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、
前記Nbを1〜2質量%添加してなるものでもよい。
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、
前記Taを1〜2質量%添加してなるものでもよい。
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、ヤング率が236.95〜265.8GPaであることが好ましい。
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、伸びが13〜16%であることが好ましい。
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、ステント用とすることもできる。
さらに、本発明は、上記高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金を用いてなるステントを提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、
Crを5〜30質量%、Wを5〜20質量%含有するCo−Cr−
W合金に、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する合金元素として、Nb
またはTa
を3質量%以下添加することにより、該合金のγ相を安定化させてγ相を主要組織として一部にε相を有し、ε相を抑制した合金であり、加工段階においてひずみ誘起マルテンサイトε相の発生を防ぎ、塑性加工性を向上させ
た合金とすることができる。また、本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、Niを含有しないため、生体へのNiアレルギーを惹起する虞は無い。
さらに、本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、Co−Cr−
W合金に、Nb
またはTa
を3質量%以下添加してなる組成とすることにより、Co基合金の塑性加工性を向上させるだけでなく、弾性率、引張り強度と伸びを向上させることができる。また、本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金は、
Nb、Taという高密度の元素が添加されていることにより、該合金のX線視認性を高めることが可能であり、ステント用合金として好適である。
また、本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金において、Nb、Taに替えてFeを5〜20質量%添加することによっても同等の作用効果を奏するNiフリー生体用Co基合金を提供できる。
本発明のステントは、本発明の高強度、高弾性率および塑性加工性に優れたNiフリー生体用Co基合金を用いてなることにより、Niアレルギーを惹起せず、かつ、弾性率、引張り強度が良好である。また、Nbおよび/またはTaが添加された本発明の生体用Co基合金より形成されることにより、よりX線視認性が良好なステントとすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者は、Niフリーで、高強度(高引張り強さ)、高弾性率、高延性であり、塑性加工性の良好な生体用Co基合金を開発すべく、鋭意検討を行った結果、Co−Cr−W系合金に、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する合金元素を添加することにより上記課題を解決できることを見出した。
以下に、本発明に至った材料科学的考察について説明する。
【0010】
まず、本発明者は、生体用合金として良好な特性を満足する材料として知られているCo−20Cr−15W−10Niを主成分とする合金(ASTM規格F90)のNiフリー化を目指し、該合金中におけるNi添加効果について検証を行った。
このNiは、Co基合金において、塑性加工性を向上させるために添加される材料である。これは、すなわち、Ni添加により、Co基合金のfcc(面心立方格子)構造のγ相が安定しており、加工の段階において、ひずみ誘起マルテンサイト相であるhcp構造のε相が発生しないので、冷間加工性に富むためであると考えられる。これに対し、Co−20Cr−15W−10Ni合金をNiフリー化すると、冷間加工性が著しく低下する理由は、Niが添加されないため、γ相の安定性が低下し、ε相が加工の初期から形成されるため、γ相とε相との界面に応力集中が発生して、これを起点とする破壊が生じるためであると考えられる。
そこで、塑性加工性に優れるfcc構造であるγ相を安定化させ、加工の段階でhcp構造であるひずみ誘起マルテンサイトε相が発生しないような合金組成とすることが重要であると考え、γ相からε相に相変態する合金系の積層欠陥エネルギー(SFE:Stacking Fault Energy)に着目してさらに検討を行った。
【0011】
fcc(面心立方格子)構造からhcp(最密六方格子)構造に相変態する合金系のSFEを熱力学的に計算する方法はOlsonとCohenにより提案されている(Metall.Trans.7A(1976) 1897-1904)。彼らによれば、積層欠陥を薄いhcp結晶と見なすことでSFEを体積エネルギー項と表面エネルギー項の和として次式のように表される。
【0012】
【数1】
ここで、ΔG
γ→ε、E
strainおよびσはそれぞれγ→ε変態に伴うGibbsエネルギー変化、γ相中にε相が生じた場合に発生する弾性ひずみエネルギーおよびγ/ε境界の界面エネルギーであり、ρは{111}
γ面の1molあたりの原子密度であり次式により算出できる。
【0013】
【数2】
ここで、a:fcc相の格子定数、N:Avogadro数である。式(1)を用いたオーステナイト鋼の研究ではγ→ε変態における体積変化が小さいためE
strainを無視することができ、Co合金の場合も同様に弾性ひずみエネルギー項は無視できる。また、2σの値は温度依存性がほとんどなく、fcc合金では15mJ/m
2程度である。コバルトのΔG
γ→εにおける磁気エネルギーの変化分を無視して考え、体積エネルギー項として化学的なGibbsエネルギー変化のみを考慮すると、汎用熱力学計算ソフトウェアであるThermo-Calc (Thermo-Calc Software社製:ver.4.1.3.41,database:FE ver.6)を用いて、SFEの温度依存性、組成依存性を計算することができる。
図11(a)は、Thermo-Calcを用いて、CoにNiを添加した合金の積層欠陥エネルギー(SFE)の温度変化を計算したグラフである。なお、SFE算出に用いた物性値は表1の通りである。式(1)における界面エネルギーの温度依存性は小さく、遷移金属ではその値は変わらないことから、ここでは表面エネルギー項を2σ
γ/ε=15mJm
−2として計算を行った。
【0015】
図11(a)に示すように、CoへのNiの添加量を増加させていくにつれて、SFEが上昇している。CoにNiを添加することにより延性(塑性加工性)が向上することが知られているが、これは、NiにはCo基合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果がある元素であるためであることが確認できた。
さらに、
図11(a)の計算方法と同様にして、各種実用Co基合金についてSFEの温度変化を算出した結果が
図11(b)である。
図11(b)において、Co−29Cr−6Mo合金はASTM F75に規格される人工関節に使用されている合金であり、Co−30Ni−20Cr−10Mo合金はASTM F562に規格される生体用丸棒材料などの鋳造合金であり、Co−20Cr−15W−10NiはASTM F90に規格される生体用チューブ材料として応用される鋳造合金である。また、
図11(b)には、SUS304オーステナイト系ステンレス鋼(Fe−30Ni−20Cr)および800H高ニッケル鋼(Fe−30Ni−20Cr)のThermo-Calc計算結果も併記した。
【0016】
図11(b)に示すように、Co基合金はFe基合金に比べてSFEが低い。中でも、Co−29Cr−6Mo合金のSFEは1050℃〜1200℃においても30〜50mJm
−2程度と著しく低い。850℃以下ではSFEの計算値が負となるが、この温度域以下ではε相が安定でΔG
γ→εの値が大きく負となり、このような温度域では高温γ相は準安定的に存在すると思われる。NiフリーCo−Ni−Mo系合金であるCo−29Cr−6Moは、室温ではε相以外に20%程度の高温相のγ相が残留しており、塑性加工性が低い材料であることが知られている。該合金組成に微量の窒素を添加することによりほぼ100%のγ相が室温で準安定的に残留するが、塑性加工によりγ相からひずみ誘起マルテンサイトε相への相変態を起こし、冷間での圧延加工性を阻害することが知られている。従って、SFEが小さなCo基合金は、塑性加工性が低いことを確認できた。
【0017】
一方、Co−20Cr−30Ni−10Mo合金、Co−20Cr−15W−10Ni合金、SUS304、および800H高ニッケル鋼の各合金ではfcc構造のγ相やオーステナイト相の安定度が
図11(b)に示す温度範囲においてCo−29Cr−6Mo合金と比較して常に高いため、それらのSFEの値は大きくなっている。
これらのCo基合金の中で、大きなSFEを有するCo−20Cr−15W−10Ni合金は、オーステナイトステンレス鋼など、Co合金以外の低SFE合金として分類される実用合金と同程度のSFEを有している。Co−20Cr−15W−10Niは、室温までγ相が安定に存在し、加工誘起マルテンサイトε相変態がほとんど起きないため、室温における塑性加工性に優れる合金であることが知られている。従って、SFEの大きなCo基合金は、塑性加工性に優れることを確認できた。
さらに、中程度の大きさのSFEを有するCo−20Cr−30Ni−10Mo合金に代表されるCo−Ni−Cr−Mo系合金は、高弾性、高強度を示すことが知られているが、Co−20Cr−15W−10Niよりは塑性加工性が劣り、Ni添加量が多くなると加工誘起マルテンサイト変態が抑制され冷間圧延などの塑性加工が可能となることが知られている。
以上の結果より、Co基合金において、SFEが高いものほど塑性加工性が向上するため、該Co基合金にSFEを向上させる効果がある元素を添加することが合金の塑性加工性を向上されるために有効であることがわかった。
【0018】
なお、いずれの合金でもSFEは温度に対して線形的に増加する傾向を示し、SUS304鋼の計算結果を室温にまで外挿して得られる値(約30mJm
−2)は従来報告されているものに近い。また、CoおよびCo−Ni系合金のSFEの温度依存性は過去にTEM(透過型電子顕微鏡)を用いた方法によってEricssonにより報告されており(Acta Metall 14(1966)853-865)、その値はここで求めたCo−Ni系合金のものとほぼ一致しており、同じデーターベースを用いて構築された他の合金系でのSFEとその温度依存性は信頼し得るものと判断できる。
【0019】
本発明の生体用Co基合金において、Co−Cr−W系合金に添加する合金元素としては、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する合金元素が好ましく、中でも、Nb、TaおよびFeからなる群より選択される1種または2種以上、すなわち、Nb、Ta、Feのいずれか、又は、NbとTa、NbとFe、TaとFe、NbとTaとFeの組み合わせのうちのいずれかを添加することが好ましい。これらの合金元素を添加することにより、生体用Co基合金のSFEを高め、塑性加工性および強度、弾性率等を向上されることができる。
これらの、合金元素の特定手法について、以下に説明する。
【0020】
前記式(1)より、合金のSFEの概算値は、γ→ε変態に伴うGibbsエネルギー変化ΔG
γ→ε、すなわち、γ相の自由エネルギーとε相の自由エネルギーとの差を見積もることによりその大小を知ることができ、ΔG
γ→εが大きいほどSFEが大きくなることを示している。従って、Coに各種元素を添加した場合ΔG
γ→εを算出し、その値を検討することにより、Co基合金のSFEを上昇させる効果のある元素を特定することが可能であると考えられる。
図12(a)は、Thermo-Calc (Thermo-Calc Software社製:ver.4.1.3.41,database:FE ver.6)を用いて、CoにNi、Cr、MoおよびFeを添加した時のγ→ε変態に伴うGibbsエネルギー変化ΔG
γ→εの組成依存性を計算した結果である。
図12(a)に示すように、CoにNiを添加するとΔG
γ→εが上昇しており、Ni添加によりSFEが上昇することがわかる。これに対し、CoにCrを添加するとΔG
γ→εは減少しており、Cr添加によるSFE上昇効果は無いことがわかる。また、CoにMoを添加すると、添加量30mol%まではΔG
γ→εが低下するが、それ以上添加するとΔG
γ→εが上昇している。しかし、実用性を考慮すると、生体用Co基合金にはMoは10mol%程度添加する場合が多く、10mol%程度の添加ではΔG
γ→εは低下しているため、Mo添加ではSFEが低下すると考えられる。さらに、CoにFeを添加すると、添加量50mol%程度まではΔG
γ→εが上昇しており、その上昇度合いはNiよりも大きくなっている。この結果より、CoへのFe添加により、Ni添加よりもさらにSFEを上昇させることができることがわかる。従って、CoにFeを添加することにより、ΔG
γ→εを上昇させて、すなわち、SFEを上昇させて、該合金の塑性加工性を向上させることができる。
【0021】
図12(b)は、Thermo-Calcを用いて、CoにW、NbおよびTaを添加した時のγ→ε変態に伴うGibbsエネルギー変化ΔG
γ→εの組成依存性を計算した結果である。
図12(b)に示すように、CoにWを添加すると添加量50mol%まではΔG
γ→εが大きく上昇しており、CoにWを添加するとSFEを上昇させることができることがわかる。また、同様に、CoにNbを添加した場合及びCoにTaを添加した場合は、添加量50mol%程度までは、ΔG
γ→εが上昇しており、CoにNbまたはTaを添加することにより、SFEを上昇させることができることがわかる。CoにNbまたはTaを添加した場合のΔG
γ→εの上昇効果は、CoにWを添加した場合と比較すると小さい。しかしながら、
図11(a)に示すようにCo基のSFEを上昇させる効果があるNiにおいても、そのΔG
γ→εの上昇度合いは、
図12(a)に示すように、Co−Ni基合金を殆どNiに置き換えた状態(Ni100mol%添加)でもわずか1.5kJ/mol
−1程度であるのに対し、NbはCoに数%添加することによりNi100mol%添加と同程度のΔG
γ→ε上昇効果が可能であり、TaにおいてもNiの添加量に比べて格段に少ない添加量で、ΔG
γ→εを上昇させる効果があることがわかる。従って、CoにNiまたはTaを添加することにより、ΔG
γ→εを上昇させて、すなわち、SFEを上昇させて、該合金の塑性加工性を向上させることができる。なお、
図12(b)においては、CoにNbまたはTaを単独で添加した場合についての結果を示しているが、NbとTaを複合添加しても同様にΔG
γ→εを上昇させて、Co基合金のSFEを上昇させる効果があると考えられる。また、上述したように、CoにFeを添加することにより、ΔG
γ→εを上昇させて、Co基合金のSFEを上昇させる効果があるという結果より、Nbおよび/またはTaとFeを複合添加しても、同様にΔG
γ→εを上昇させて、Co基合金のSFEを上昇させる効果があると考えられる。ここで、Nbおよび/またはTaとFeとの組み合わせとは、具体的には、NbとFe、TaとFe、NbとTaとFeの組み合わせのいずれかである。
【0022】
以上の結果より、本発明の生体用Co基合金において、Co−Cr−W系合金に添加する合金元素としては、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギーを上昇させる効果を有する合金元素が好ましく、Niフリー、高強度、高弾性であり、塑性加工性の良好な生体用Co基合金とすることができるため、Nb、TaおよびFeからなる群より選択される1種または2種以上を添加することがより好ましい。中でも、Nb、Taのいずれか、又は、NbとTaの両方を添加することが好ましい。Co―Cr―W系合金にNbおよび/またはTaを添加することにより、後述する実施例に示すように、Co−Cr−W系合金の引張り強さ、ヤング率を向上させることができ、Niフリー、高強度、高弾性であり、塑性加工性の良好な生体用Co基合金とすることができる。また、NbおよびTaは、Co、CrおよびNiに比べて重い元素であるため密度が高く、ステント用合金として非常に薄い厚さに加工された場合でも、高いX線視認性を発揮することができる。従って、本発明の生体用Co基合金は、ステント用合金として好適である。
さらに、本発明において行った理論的考察により、その他の生体適合性を有する元素で、SFEを上昇させることができ、Co−Cr−W系合金の延性(塑性加工性)を改善するに効果を発揮する元素を同定することができる。
【0023】
本発明の生体用Co基合金は、Cr:5〜30質量%、W:5〜20質量%を含有してなることが好ましい。
図1は、Co−20Cr−xW合金のThermo-Calc(Thermo-Calc Software社製:ver.4.1.3.41,database:FE ver.6)を用いた計算状態図である。
図1に示すように、Wの含有量が20質量%未満の場合に、fcc構造のγ相が安定化されている。前述のように、WにはCo基合金のSFEを上昇させて塑性加工性を高める効果があることも考慮すると、Wの含有量は5〜20質量%が好ましく、10〜15質量%がさらに好ましい。Wの添加量が20質量%を超えると、μ相(Co
7W
6)やσ相(Co
7Cr
8)などが発生し、機械的特性が低下してしまう可能性がある。また、Wを添加することにより、合金中の密度、固溶強化を高めることができ、さらに、X線視認性も高めることができる。
【0024】
図2(a)はCo−xCr−10W合金のThermo-Calc計算状態図であり、
図2(b)はCo−xCr−15W合金のThermo-Calc計算状態図である。
図2(a)および
図2(b)に示すように、fcc構造のγ相が安定化され、加工段階における相変態が抑制されるため、Crの含有量は5〜30質量%が好ましく、該合金の耐食性を高める観点から16〜25質量%がより好ましい。Crの添加量が30質量%を超えると、μ相(Co
7W
6)やσ相(Co
7Cr
8)などが発生し、機械的特性が低下してしまう可能性がある。
【0025】
さらに、本発明の生体用Co基合金は、合金元素であるNbおよびTa、又はNbとあTaの両方の添加量が、3質量%以下であることが好ましい。
図3(a)はCo−20Cr−10W−xNb合金のThermo-Calc計算状態図であり、
図3(b)はCo−20Cr−15W−xNb合金のThermo-Calc計算状態図である。
図3(a)および
図3(b)に示すように、fcc構造のγ相が安定化され、加工段階における相変態が抑制されるため、Nbの添加量は3質量%以下が好ましく、1〜2質量%がより好ましい。Nbの添加量が3質量%を超えると、μ相(Co
7W
6)やLaves(W−Nb)などが発生し、機械的特性が低下してしまう可能性がある。
【0026】
図4(a)はCo−20Cr−10W−xTa合金のThermo-Calc計算状態図であり、
図4(b)はCo−20Cr−15W−xTa合金のThermo-Calc計算状態図である。
図4(a)および
図4(b)に示すように、fcc構造のγ相が安定化され、加工段階における相変態が抑制されるため、Taの添加量は3質量%以下が好ましく、1〜2質量%がより好ましい。Taの添加量が3質量%を超えると、μ相(Co
7W
6)やLaves(W−Ta)などが発生し、機械的特性が低下してしまう虞があるため好ましくない。
また、Co−Cr−W合金に対して、NbおよびTaを複合添加させる場合にも、合金元素の添加量を3質量%以下とすることにより、fcc構造のγ相が安定化されて、塑性加工性が良好となる。
【0027】
また、本発明の生体用Co基合金には、Co−Cr−W系合金に、Feを添加することも好ましい。Feは生体適合性を有する元素であり、また、
図12(a)に示すように、Coに添加することによりΔG
γ→εを上昇させる、すなわち、SFEを上昇させる効果を有する元素であるためである。従って、Co−Cr−W系合金にFeを添加することにより、該合金の塑性加工性を向上させることができる。Feの添加量は、fcc構造のγ相が安定化され、加工段階における相変態が抑制されるため、5〜20質量%とすることが好ましい。
なお、Co−Cr−W基合金に対して、Feに加えて、Nbおよび/またはTaを添加する場合、これらの合金元素の総添加量は、固溶性の観点から、6〜23質量%とすることが好ましい。
【0028】
本発明の生体用Co基合金は、Co−Cr−W系合金に、生体適合性を有し、かつ、該合金の積層欠陥エネルギー(SFE)を上昇させる効果を有する合金元素を添加することにより、該合金のγ相を安定化させて、加工段階においてひずみ誘起マルテンサイトε相の発生を防ぎ、塑性加工性を向上させることができる。また、本発明の生体用Co基合金は、Niを含有しないため、生体へのNiアレルギーを惹起する虞は無い。
さらに、本発明の生体用Co基合金は、Co−Cr−W系合金に、Nb、TaまたはFeからなる群より選択される1種または2種以上を添加してなる組成とすることにより、Co基合金の塑性加工性を向上させるだけでなく、弾性率、引張り強度を向上させることができる。また、Nbおよび/またはTaという高密度の元素が添加されていることにより、該合金のX線視認性を高めることが可能であり、ステント用合金として好適である。
【0029】
次に、本発明のステントについて説明する。
本発明のステントは、生体内の血管、胆管等の狭窄部に挿入し、管腔を拡張して管腔径を保持する為に使用されるものであり、上述の本発明の生体用Co基合金を用いてなることを特徴とする。
図13は、本発明に係るステントの一例を示す概略斜視図である。
図13に示すステント1は、フレーム1aにより径の拡縮変形可能に構成された円筒状の構造を有する。ステント1は、この円筒状構造を形成する側面に、略菱形の切欠部1bを複数有するメッシュ状の構造を有し、応力を加えることにより、その径を拡縮変形することが可能である。
図13に示すステント1は、バルーン拡張型ステントであり、円筒状のステント1内部にバルーンカテーテルを固定した状態で、ステント1を目的部位に挿入後にバルーンの拡張により塑性変形させて、目的部位の内面に密着させて固定することができる。
【0030】
このような構造のステント1の製造方法は、例えば、長さ、径、壁厚などが所望の寸法であるパイプを、本発明の生体用Co基合金より形成した後に、このパイプの側面を切削加工等により部分的に削除して複数の切欠部1bを形成することにより製造することができる。
図13においては、径の拡縮変形が可能なステント1のフレーム1aの形状として、メッシュ状のものを例示しているが、本発明はこの例に限定されるものではない。例えば、コイル状、多重螺旋状など、従来公知のステントの形状とすることができ、バルーン拡張型ステントであっても自己拡張型ステントであってもよい。
【0031】
本発明のステントは、上述した本発明の生体用Co基合金を用いてなることにより、Niアレルギーを惹起せず、かつ、弾性率、引張り強度が良好である。また、Nbおよび/またはTaが添加された本発明の生体用Co基合金より形成されることにより、よりX線視認性が良好なステントとすることができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
各元素を表2に示す成分組成で含む実施例1〜4および比較例1〜4の合金を以下の要領で作製した。
高周波真空誘導溶解炉にて、各元素を表2に示す成分組成で配合、溶解して合金溶湯とした。この合金溶湯を800PaのAr雰囲気下で、金属製鋳型に鋳込み、炉冷した。鋳塊サイズは、上部直径80mm、下部直径70mm、高さ120mm、質量6kgの円柱状とした。次に、凝固偏析を除去する目的で、Tokyo Vacuum社製の高温高真空炉を用いて、Ar雰囲気下で1220℃、10時間の均質化処理を鋳塊に施した後、室温まで炉冷することにより各合金を作製した。なお、均質化処理時の昇温速度は10℃/分、冷却速度は10℃/分とした。
【0034】
【表2】
【0035】
1.ヤング率測定
得られた各サンプルについて、日本テクノプラス社製JE-RTを用いて、自由共振法によりヤング率測定を行った。結果を
図5に示す。
図5の結果より、比較例4のCo−28Cr−6Mo合金は人工関節に使用されている合金であるが、そのヤング率は214.9GPaであった。これに対し、比較例1及び2のCo−20Cr−(10−15)W合金では、ヤング率が比較例4よりも向上しており、Wを添加することにより、高弾性率化することがわかる。また、Niが添加された比較例3の合金は、比較例1及び2の合金と比較して、ヤング率が低下していた。実施例1〜4の合金では、Co−Cr−W合金にNbを添加することにより、ヤング率が上昇しており、Nb添加が高弾性率化に寄与することが確認された。
【0036】
2.引張り試験
室温で恒温鋳造後の実施例1、2、比較例1、2の合金について引張り試験を行った。結果を
図6及び表3に示す。なお、試験条件は以下の通りである。
試験片 厚さ:1.0mm 幅:2.0mm
初期ひずみ速度:1.4×10
−4S
-1
標点間距離:11.5mm
試験機:インストロン社製、8562型引張試験機
【0037】
【表3】
【0038】
図6及び表3の結果より、比較例1及び2のCo−20Cr−(10−15)W合金は、恒温鋳造後にはその延性が低下してしまうが、Nbを1%または2%添加した実施例1及び2の合金では、延性が向上している。
以上の結果より、本発明に係る合金は、延性に優れ、塑性加工性が良好であることが確認された。
【0039】
3.組織観察および相同定
実施例1、2および比較例1の合金を1250℃で12時間の均一化熱処理を行った後に、各合金の組織を光学顕微鏡で観察した。各合金の光学顕微鏡組織写真を
図7に示す。
図7に示すように、実施例1、2および比較例1の合金は、いずれも、等軸の300〜400μm程度の結晶粒径となっている。
また、同条件で均一化処理を行った実施例1、2および比較例1の合金について、X線回折装置(XRD)によりX線回折測定を行った。その結果を
図8に示す。なお、
図8において、(a)は比較例1のCo−20Cr−10W合金、(b)は実施例1のCo−20Cr−10W−1Nb合金、(c)は実施例2のCo−20Cr−10W−2Nb合金のX線回折図形である。
図8の結果より、比較例1のCo−20Cr−10W合金はhcp構造のε相のピークとfcc構造のγ相のピークとが混在する二相組織となっていた。これに対し、実施例1のCo−20Cr−10W−1Nb合金、および、実施例2のCo−20Cr−10W−2Nb合金では、ε相のピークが僅かに認められるが主な回折ピークはγ相のピークであった。この結果より、Co−Cr−W系合金へのNb添加は、γ相を安定化することが分かる。
【0040】
実施例1、2および比較例1の合金を、1250℃で12時間の均一化熱処理後、1100℃で恒温鋳造して組織制御を施して、得られた各合金の組織を光学顕微鏡で観察した。各合金の光学顕微鏡組織写真を
図9に示す。
図9に示すように、実施例1、2および比較例1の合金は、いずれも、50μm程度の微細な等軸の結晶粒組織となっている。
また、同条件で均一化熱処理後に恒温鋳造を行った実施例1、2および比較例1の合金について、X線回折装置(XRD)によりX線回折測定を行った。その結果を
図10に示す。なお、
図10において、(a)は比較例1のCo−20Cr−10W合金、(b)は実施例1のCo−20Cr−10W−1Nb合金、(c)は実施例2のCo−20Cr−10W−2Nb合金のX線回折図形である。
図10の結果より、比較例1のCo−20Cr−10W合金はhcp構造のε相のピークとfcc構造のγ相のピークとが混在する二相組織となっている。特にε相の割合がγ相に比べて高いことが分かる。これに対し、実施例1のCo−20Cr−10W−1Nb合金、および、実施例2のCo−20Cr−10W−2Nb合金では、ε相のピークが僅かに認められるが主な回折ピークはγ相のピークであった。この結果は、均一化熱処理まま材同様に、Co−Cr−W系合金へのNb添加がγ相を安定化することを強く示唆するものである。