【実施例】
【0052】
1.供試材および試験片作製方法
本実施例では、マトリクス樹脂に、2液性エポキシ樹脂DENATOOL XNR6809(主剤)、XNH6809(硬化剤)(ナガセケムテックス(株)製)を用いた。主剤と硬化剤を100:95の割合で混合した後、80℃で4時間、120℃で2時間の条件で加熱硬化することによりエポキシ樹脂のバルク材(以下、「Epoxy」と表記する。)が得られる。表1にEpoxyの各種特性を示す。
【0053】
【表1】
【0054】
強化フィラーには、炭素繊維(以下、単に「CF」とする。)およびカーボンナノファイバー(以下、単に「CNF」とする。)を用いた。CFには、パイロフィルチョップドファイバー(三菱レイヨン(株)製、詳細は表2参照)を用いた。なお、パイロフィルチョップドファイバーは、購入時にはエポキシウレタンのサイジング剤により炭素繊維が束ねられている。このサイジング剤を除去し、炭素繊維を分離させるため、電気炉を用い350℃、1時間の条件にて加熱した後に冷却し、さらにアセトンに浸し、最終的にオーブンにて乾燥させたものを使用した。この処理によりEpoxy中へのCFの均一分散が可能となった。一方、CNFにはVGCF
(登録商標)、VGCF
(登録商標)−S(Vapor Grown Carbon Fiber、昭和電工(株)製)、およびMWNT−7(保土谷化学工業(株)製)の3種類(詳細は表2参照)を用いた。
なお、前記VGCFは、登録商標であるが、以下の記載において(登録商標)は省略する。表2に各フィラーの基礎的な物性値を示す。また、これらCNFのアスペクト比(長さ/直径)を比較した場合、VGCF<VGCF−S<MWNT−7の順に高くなっている。
【0055】
【表2】
【0056】
試験片の作製にあたり、上記2液性エポキシ樹脂(Epoxy)とCF、CNFとの複合スラリーを作製する必要がある。通常、CNFをEpoxy中に投入し硬化させた場合には、CNFが凝集体を形成するため、均一な成形体が作製されず、良好な物理特性を得ることができない。また、手作業では、Epoxy中にせいぜい2、3wt%程度のCNFしか添加することができないことが経験的に知られている。そこで、本研究では、自転・公転ミキサー(ARE−310、(株)シンキー)を用い、自転800rpm・公転2000rpmにて7分間、自転60rpm・公転2200rpmにて3分間の撹拌処理を行うことにより複合スラリーを作製した。
【0057】
次に、上記手順にて得られた複合スラリーを、加熱硬化させることで試験片が得られる。本研究では、複合スラリーを型に流し込み、デシケーター内にセットした後、ロータリーポンプにて3時間の真空引きを行うことにより脱泡処理を行った。この処理により、ボイドのない成形体が得られることが確認された。なお、複合材料の硬化条件は、Epoxyと同様、80℃で4時間の一次硬化、120℃で2時間の2次硬化とした。
【0058】
本研究では、Epoxy/CF、またはEpoxy/CNFからなる2相系複合樹脂、およびEpoxy/CF/CNFからなる3相系複合樹脂をそれぞれ6本ずつ作製し、各種材料特性を評価した。なお、2相系複合樹脂の場合は、CFもしくはCNFの重量含有率をEpoxyに対し10wt%とした。一方、3相系複合樹脂の場合には、CF、CNFそれぞれの重量含有率をそれぞれ5wt%とし、2種類のフィラーを併せて繊維含有率が10wt%となるようにした。
【0059】
2.CNFの表面処理
熱可塑性樹脂にCNFを添加した複合材料に対して、引張試験または曲げ試験を実施し、その破断面を観察した際に、フィラーが破断せずに樹脂中から引き抜けている様子が多数報告されている。これは樹脂とフィラーの界面密着強度が低いことが原因であると考えられており、この問題を解決するために、既に数多くの研究がなされている。例えば、CNF表面にシリコン等の被膜を形成し、樹脂や金属との濡れを改善する手法や、混酸処理により、CNF表面に官能基を導入し、繊維同士の分散性を向上させるとともに、マトリクスとCNFとの化学結合を強固にする手法が提案されている。さらには、大気中でCNFを焼成する酸化処理も検討されている。酸化処理は、CNF表面の炭素結合中に意図的に欠陥を導入し、CNF表面性状を粗面とすることで、マトリクスとの接触表面積を増大させ、密着強度を向上させる効果がある。
【0060】
混酸処理と酸化処理とは、本質的に同等の効果が得られる手法であると考えられるが、本実施例では、処理工程が少なく、量産性に優れるといった観点から、後者の酸化処理を採用し、3種類すべてのCNFに対して酸化処理を施した。以降では、酸化処理を施したVGCF、VGCF−SおよびMWNT−7をそれぞれVGCF(H)、VGCF−S(H)、MWNT−7(H)と表記する。酸化処理には電気炉を使用し、VGCFの場合は、690度、2時間、VGCF−Sの場合は、670℃、2時間、MWNT−7の場合は、630℃、2時間の焼成を大気中にて行った。なお、これらの酸化処理条件は、処理後の回収率(酸化処理前後のCNFの重量比)が約70%となるように設定したものである。
【0061】
3.材料特性評価方法
本実施例では、機械的特性評価として、一軸引張試験を実施し、引張強さおよびヤング率の評価を行った。また、熱的特性として熱伝導率を、電気的特性として体積抵抗率をそれぞれ測定した。
【0062】
引張試験には、卓上形精密万能試験機(オートグラフAGS−J(5kN)、(株)島津製作所製)を用いた。クロスヘッド速度を1mm/min.とし、クロスヘッド変位および破断直後までの荷重歴を測定するとともに、ひずみゲージを用いて試験片中央部の長手方向のひずみを測定した。得られた応力−ひずみ線図より、引張強さおよびヤング率を算出した。なお、試験片形状は
図1に示すJIS−K7113(1/2)号形とした。ここで、Lは全長、L0は平行部長さ、tは試験片厚さである。
【0063】
熱伝導率(λ [W/m・K])は、キセノンフラッシュアナライザー(LFA 447 NanoFlash,NETZSCH社製)を用い、熱拡散率(α [cm
2/sec.])、および定圧比熱容量(Cp [J/g・K])を測定することにより算出した。なお、試験片形状は10mm×10mm×2mmとした。
【0064】
体積抵抗率測定試験には、低抵抗率計ローレスター(GP MCP−T610、(株)三菱化学製)、および高抵抗率計ハイレスター(UP MCP−HT450、(株)三菱化学製)を用いた。試験片形状はいずれも、10mm×50mm×2mmとした。低抵抗率計では4探針法を、高抵抗率計では2重リングプローブ法を用いて計測を行った。
【0065】
4.機械的特性評価
4・1 複合樹脂の応力−ひずみ線図
図2に引張試験より得られた応力−ひずみ線図の代表例を2相系複合樹脂(a)、3相系複合樹脂(b)のそれぞれについて示す。図中のひずみは、試験機より出力されたクロスヘッド変位量を試験片の平行部長さ(30mm)で除した値(公称ひずみ)である。
図3は2相系複合樹脂と3相系複合樹脂の引張強さをまとめた結果、
図4はヤング率の測定結果をまとめたものである。
【0066】
まず2相系複合樹脂(Epoxy/CF or CNF)の応力−ひずみ線図を見ると、Epoxy/CNFの場合には、ひずみが最大応力到達以降においても増加を続け、その後破断に至る様子が確認できる。一方、Epoxy/CFの場合には、総じて弾性的な変形が生じた後、脆性的な破壊に至っていることがわかる。引張強さの結果より、2相系複合樹脂では、CF、CNFの添加による大幅な向上は確認できない。ヤング率に関しては、VGCF,VGCF−S,MWNT−7,CF複合材の順で値が高く、Epoxy単体と比較して、それぞれ、20%,25%,45%,60%の向上が認められた。酸化処理材と未処理材の結果を比較すると、酸化処理材の引張強さとヤング率が若干高い傾向にある。
【0067】
一方、3相系複合樹脂の場合には、2相系複合樹脂の結果に比較して引張強さが大きく向上していることが確認でき、特にVGCF−SとCFを添加した3相系複合樹脂では、Epoxy単体に比べて、引張強さが30%程度向上することがわかった。なお、3相系複合樹脂はCFの添加により材料の剛性が高められることに伴って、全体として粘弾性・粘塑性的挙動は少なく、線形的にひずみが増加した後、脆性的な破断に至っていることがわかる。また、3相系複合樹脂のヤング率は、Epoxy単体の値と比較して、2倍程度に向上している。ただし、CNFの酸化処理の影響についてみると、酸化処理を行った場合の方が若干低いヤング率を示しているといえる。
【0068】
4・2 CNFの酸化処理の効果
CNFの酸化処理の影響について細かく見ることにする。
図2の2相系複合樹脂の応力−ひずみ線図を見ると、Epoxy/VGCFに関しては、ひずみ全域で酸化処理を施した場合の結果が未処理の場合の結果を上回る応力値を示している。すなわち、酸化処理によってマトリクス樹脂とVGCFの密着強度が向上し、その結果として複合樹脂の剛性の向上につながったものと推察される。
【0069】
他方、試験を実施したほぼすべてのひずみ領域において、酸化処理、未処理の結果を問わずMWNT−7複合樹脂の応力値はVGCF−Sのそれを上回っている。すなわち、MWNT−7複合樹脂の方が繊維とマトリクス樹脂の密着度が高いと考えられ、それは酸化処理に依らないことがわかる。また、VGCF−Sとマトリクス樹脂との密着は、他の繊維と比較して不完全であり、こちらも酸化処理によって状態の大きな変化は生じていない。以上の考察から、酸化処理はVGCFのみに対して有効であり、MWNT−7,VGCF−Sに対しては効果が少ないと結論できる。
【0070】
次に、3相系複合樹脂の結果について検討する。繊維/マトリクス樹脂界面の強度が酸化処理によって改善されたと予想されるEpoxy/CF/VGCF(H)の結果についてみると、酸化処理によってEpoxy/CF/VGCFよりも引張強さが低下していることがわかる。一方で、VGCF−S,MWNT−7の引張強さの結果を見る限り、酸化処理の影響による大きな強度の低下は認められない。すなわちこの結果から、CNFに酸化処理を施し、繊維/マトリクス樹脂界面の密着性を向上させた場合、3相系複合樹脂に関しては、予想に反して引張強度が低下する事実が確かめられる。
【0071】
この事実は、VGCF−SおよびMWNT−7を用いた3相系複合樹脂の結果からも説明することができる。2相系複合樹脂の結果では、強化フィラーにMWNT−7を用いた場合の方がVGCF−Sを用いた場合よりも高い引張強さを示したが、この傾向が3相系複合樹脂では逆転している。つまり、繊維/マトリクス樹脂の密着強度が最も低いと考えられるVGCF−Sが、3相系複合樹脂では最も高い引張強度を示し、強化フィラーとして適していることがわかる。
【0072】
2相系および3相系複合樹脂の引張強さおよび破断ひずみとの関係を表4にまとめた。なお、表中には各複合樹脂をCNF/マトリクス樹脂界面の密着性が良好なグループ(MWNT−7,MWNT−7(H),VGCF(H))と良好でないグループ(VGCF,VGCF−S,VGCF−S(H))に分類している。2相系複合樹脂においては、マトリクス樹脂との密着性が良好であると判断されたMWNT−7,MWNT−7(H),VGCF(H)複合樹脂が他の複合材と比較して高い引張強さを示している。一方で、3相系複合樹脂においては、必ずしも密着性との相関は見られず、むしろ密着性が高いと判断された複合材において、引張強さの値は低くなる傾向が認められる。これは、3相系複合樹脂の応力−ひずみ線図に示されているように、CFとCNFの混合添加により応力−ひずみ線図が脆性的な挙動を示すことに起因している。
【0073】
以上の結果より、2相系樹脂に関しては、CNF/マトリクス樹脂界面の密着性を向上させることで、樹脂の剛性と強度をともに高められると判断できる。一方、3相系複合樹脂に関しては、CNFと樹脂の密着性は低い方が望ましく、必要以上に密着性を向上させると、予想に反して複合樹脂の強度は低下することが確かめられた。
【0074】
なお、ひずみ0.05における引張応力値及び、エポキシ樹脂(Epoxy)単体からなる試験用複合樹脂(A)のひずみ0.05における引張応力値M
Aに対する、前記カーボンナノファイバー及び前記マトリクス樹脂(CNF/Epoxy)からなる試験用複合樹脂(B)のひずみ0.05における引張応力値M
Bの比(M
B/M
A)は、以下の表3の通りである。これらの内、M
B/M
Aが0.9〜1.1の範囲内に含まれるCNTを弱密着性として、M
B/M
Aが1.1超のCNTを強密着性として、表4に示した。
【0075】
【表3】
【0076】
4・3 破断面のSEM観察
引張試験後の破断面の様子をSEMにより観察した。
図5に2相系複合樹脂(Epoxy/CF(a),Epoxy/MWNT−7(b))および3相系複合樹脂(Epoxy/CF/MWNT−7(c))の破断面のSEM写真を示す。Epoxy/MWNT−7およびEpoxy/CF/MWNT−7の破断面には微細な凹凸が多数確認できるが、Epoxy/CFにはこれらの凹凸が見られない。つまり、Epoxy/CFの場合には、EpoxyとCFとの界面近傍にて発生したき裂の進展が抑制されることなく、マトリクス樹脂中をそのまま伝播し、やがて破断に至る。一方で、Epoxy/MWNT−7およびEpoxy/CF/MWNT−7の場合には、き裂の伝播をMWNT−7が抑制することにより、破断面に多くの凹凸が確認されたと推測される。これは、MWNT−7のみでなく、他のCNFの場合も同様の結果である。つまり、3相系複合樹脂ではCFの添加により剛性が向上し、さらにCNFの添加によりき裂の進展が抑制されたことで引張強さが大幅に向上したものと考えられた。
【0077】
【表4】
【0078】
5.熱的特性および電気的特性評価
5・1 熱伝導率評価
2相系複合樹脂における熱伝導率を
図6(a)に、また、3相系複合樹脂における熱伝導率を
図6(b)に示す。2相系複合樹脂において、いずれのフィラーを用いた場合においても、Epoxy単体と比較して熱伝導率が向上していることが確認できる。特にCFと比較して、CNFを添加した際、複合樹脂の熱伝導率は大幅に向上していることが確認できる。これは、表2に示す通りCFの熱伝導率が100〜550[W/m・K]程度であるのに対し、CNFの熱伝導率は1000[W/m・K]以上と非常に高いことが理由である。
【0079】
3相系複合樹脂と2相系複合樹脂の熱伝導率を比較した場合、3相系複合樹脂の熱伝導率の改善効果が低く、2相系複合樹脂の熱伝導率の50%程度の改善効果しか得られていないことが確認できる。一般に、樹脂基複合材料において、CNF含有量の増加に伴い、熱伝導率は増加する傾向にある。今回作製した2相系複合樹脂ではCNF含有率が10wt%であるのに対し、3相系複合樹脂の場合は5wt%と低く設定している。つまり、3相系複合樹脂は、熱伝導率の高いCNFの含有量が少ないために、2相系複合樹脂に比べて熱伝導率が低くなったと考えられた。以上より、3相系複合樹脂の熱伝導率を向上させるためには、CFの含有量に対し、CNF含有量を可能な限り高めることが効果的であると判断された。
【0080】
次に、CNFの違いによる熱伝導率の改善効果を比較する。2相系複合樹脂においてVGCFを用いた場合、熱伝導率の改善効果はEpoxy単体に対して4.6倍程度であるのに対し、VGCF−SおよびMWNT−7の場合には、Epoxy単体に対し6倍程度と大きな改善効果を示している。ここで、藤原らは、Poly Propylene/CNF複合材料の熱伝導率に関して、EMA(Effective Medium Approximation)に基づく理論予測を実施し、複合材料の熱伝導率に及ぼすCNFの長さ(アスペクト比)の影響を調査している(藤原修,榎本和城,安原鋭幸,村上碩哉,寺木潤一,大竹尚登,“樹脂基カーボンナノファイバー複合材料の熱伝導率”,精密工学会誌,Vol. 72, No. 1 (2006), pp. 95−99.)。その結果、熱伝導率の向上には、CNFのアスペクト比の増加が最も有効であり、フィラー同士の接触による熱伝導パスの形成効果は小さいと結論付けている。これは、アスペクト比の大きいCNFほど、熱伝導を担うフォノン(格子振動)の散乱を抑制できるためであると考えられる。つまり、今回使用した3種類のCNFの中では、VGCF−S,MWNT−7のアスペクト比がVGCFに比べて大きいことから、Epoxy/VGCF−S,Epoxy/MWNT−7の熱伝導率が高くなったと考えられた。
【0081】
酸化処理を施したCNFを添加した場合、2相系複合樹脂、3相系複合樹脂のいずれにおいても、未処理品の熱伝導率と比較して低下していることが確認できた。これは、酸化処理により、炭素のsp
2結合中に官能基や欠陥が導入されたことにより、フォノンの散乱が生じたためであると考えられる。そのため、後節の「5・3 考察」において、ラマン分光分析を実施し、詳細に考察する。
【0082】
5・2 体積抵抗率評価
2相系複合樹脂における体積抵抗率を
図7(a)に、また、3相系複合樹脂における体積抵抗率を
図7(b)に示す。なお、今回使用したハイレスターの測定可能領域の上限は9.99×10
13[Ω・cm]であり、Epoxy単体の体積抵抗率は測定範囲外(1×10
14[Ω・cm]以上)であったため、参考値として1×10
14[Ω・cm]として示している。
【0083】
マトリクス樹脂に対して、CNFやCFなどの導電性フィラーを添加した場合には、複合材料の導電性がパーコレーション挙動を示し、ある一定のパーコレーション閾値を超えると急激に体積抵抗率が減少し、その後はほぼ直線的に減少するといった報告がなされている。また、カーボンナノチューブなど高アスペクト比のフィラーを添加した場合には、一般的に数%の含有率にてパーコレーション閾値を示すとされている。今回測定した複合材料の体積抵抗率は、2相系複合樹脂、3相系複合樹脂のいずれにおいても1×10
3[Ω・cm]以下と小さいことから、パーコレーション閾値以上のフィラーが添加されているものと判断される。
【0084】
マトリクス樹脂であるEpoxyは電気絶縁性であるため、複合材料が導電性を持つためには、添加フィラー同士の接触によって、導電ネットワークを構成する必要がある。この導電ネットワークが密であるほど複合材料の電気伝導性は向上する。2相系複合樹脂の場合、添加するCNFの種類により体積抵抗率は異なり、VGCF−S,MWNT−7を添加した場合に、VGCFと比較して体積抵抗率の低下が確認された。これは、VGCFと比較して、VGCF−S,MWNT−7の繊維径が小さいため、多くの本数の繊維を複合材料中に含有できること、また、VGCFと比較して繊維が長いために、繊維同士の接触部分が増加することにより、密な導電ネットワークが形成されたためであると考えられた。なお、Epoxy/CFの体積抵抗率がEpoxy/CNFよりも高くなった理由は、CFの体積抵抗率がCNFの15〜20倍程度大きいためであると考えられる。
【0085】
次に、2相系複合樹脂と3相系複合樹脂との体積抵抗率を比較した場合、3相系複合樹脂の体積抵抗率が低く、高い電気伝導性を示した。3相系においては、アスペクト比が600程度の寸法比をもつCFが主たる伝導パスとなるものと考えるが、CNFが個々のCFの伝導パスを結合する作用を担うことで、結果として高い電気伝導性が達成されたものと考えられる。
【0086】
なお、酸化処理を施したCNFを用いた場合、2相系複合樹脂、3相系複合樹脂に関わらず、体積抵抗率は未処理のCNFと比較して高くなった。この点に関しては、熱伝導率の結果と併せ、後節の「5・3 考察」において詳細に述べる。なお、上記の各試験結果において、グラフで示した値(平均値)の一覧表を表5に示す。
【0087】
【表5】
【0088】
5・3 考察
熱伝導率および体積抵抗率の測定結果より、酸化処理を施したCNFの熱的特性、電気的特性の改善効果が未処理のCNFと比較して低いことが確認された。そこで、本節では、CNFの酸化処理による影響を明らかにするため、未処理のCNF、および酸化処理されたCNFのラマンスペクトルを測定し、両者の比較を行った。
図8に各CNFのラマン分光測定結果を示す。縦軸は散乱光の強度を、横軸はラマンシフトを示す。いずれのCNFの場合においても、ラマンシフト1350[cm
−1]付近にD−band、1580[cm
−1]付近にG−bandが観測される。ここで、D−bandは点欠陥や結晶端の欠陥に起因するピークであり、一方、G−bandはグラファイトの物質に共通して見られるピークである。また、酸化処理を施したCNFについては、未処理品に対して、D−bandピーク強度が増加していることが確認できる。ここで、CNT,CNFの欠陥量の評価基準として、一般的にR値が用いられる。R値とは、ラマンスペクトル中のD−bandピーク強度(ID)とG−bandピーク強度(IG)との比率(R=ID/IG)により決定される値であり、R値が低いほど純度が高く、格子欠陥等が少ないことを意味する。表6に各CNFのR値を示すが、全てのCNFにおいて、酸化処理品は未処理品と比較してR値が高くなっていることが分かる。
【0089】
【表6】
【0090】
今回使用したVGCF,VGCF−S,MWNT−7は全て、多層型のカーボンナノチューブに分類され、同軸管状のグラフェン円柱からなる多層構造を有している。六員環を構成する炭素原子はsp
2結合であるから、本質的に熱伝導性、電気伝導性が非常に優れている。しかしながら、酸化処理を施すことにより、欠陥もしくは酸素原子が結晶中に導入され、結果として炭素原子同士のsp
2結合が局所的に崩れているものと思われる。このことが、ラマンスペクトルにおけるR値の変化に現れると同時に、酸化処理を施したCNF複合材の熱伝導性と電気伝導性が悪化した原因であると考えられる。
【0091】
本実施例では、代表的な熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂(Epoxy)をマトリクスとし、PAN系カーボンファイバー(CF)とカーボンナノファイバー(CNF)を強化フィラーとする3相系複合樹脂を作製し、機械的特性、熱的特性、および電気的特性の評価・検討を行った。また、3種類のCNFに対し、酸化処理を施して繊維/マトリクス樹脂界面の密着強度の改善を図った。以下に本研究で得られた結果を示す。
【0092】
(1) Epoxy/CF及びEpoxy/CNF・2相系複合樹脂に関しては、10〜30%程度のヤング率の上昇は認められたものの、引張強さの大幅な上昇は認められなかった。Epoxy/CF/CNFの3相系複合樹脂の場合には、CFとCNFとの相乗効果により、ヤング率、引張強さのいずれにおいても高い改善効果が得られた。
(2) CNF繊維の酸化処理によって、VGCF添加複合材については繊維/樹脂間の密着性が改善されることがわかった。MWNT−7添加複合材に関しては、酸化処理の有無に関わらず繊維/樹脂間の密着性は高いと考えられ、酸化処理による機械的特性の変化は認められなかった。VGCF−S添加複合材に関しては、繊維/樹脂間の密着性は低く、酸化処理を施しても密着性を改善することはできなかった。
(3) 2相系複合樹脂の場合には、マトリクス樹脂との密着性に優れたCNFを用いることで、ヤング率、引張強さともに良好な特性を得ることができる。他方、3相系複合樹脂の場合には、マトリクス樹脂との密着性の弱いCNFを用いた方が高い強度特性が得られることがわかった。すなわち、本研究においては、CNFの酸化処理は2相系複合樹脂においてのみ効果的であると考えられた。これは、3相系複合樹脂においてCFを添加することにより脆性的な挙動を示すことに起因している。
(4) 2相系複合樹脂において、CNFを添加した場合に、熱伝導率、体積抵抗率の大幅な向上が見られた。特に、高アスペクト比のCNFほど、熱伝導性・電気伝導性の向上が顕著に確認された。一方、3相系複合樹脂の場合には、2相系複合樹脂と比較して、熱伝導率は低下したが、電気伝導性は向上した。熱伝導率の更なる向上には、CF添加量を減らし、CNF添加量を可能な限り高めることが効果的であると判断された。
(5) 酸化処理を施したCNFおよび未処理のCNFをラマン分光により分析した結果、酸化処理品は、未処理品よりも純度が劣る結果となった。つまり、酸化処理品の結晶中には欠陥もしくは酸素原子が導入され、炭素原子同士のsp
2結合が局所的に崩れた構造と成っていると推測される。このことが、酸化処理を施したCNFを用いた複合樹脂の熱伝導率および電気伝導性が未処理品の場合と比較して悪化した原因であると考えられる。