特許第5816981号(P5816981)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5816981
(24)【登録日】2015年10月9日
(45)【発行日】2015年11月18日
(54)【発明の名称】グラフェン膜成長の制御方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 31/02 20060101AFI20151029BHJP
【FI】
   C01B31/02 101Z
【請求項の数】18
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2011-531510(P2011-531510)
(86)(22)【出願日】2009年10月16日
(65)【公表番号】特表2012-505816(P2012-505816A)
(43)【公表日】2012年3月8日
(86)【国際出願番号】EP2009063617
(87)【国際公開番号】WO2010043716
(87)【国際公開日】20100422
【審査請求日】2012年7月6日
(31)【優先権主張番号】0805769
(32)【優先日】2008年10月17日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】511092147
【氏名又は名称】エコール ポリテクニーク
(73)【特許権者】
【識別番号】509197324
【氏名又は名称】サントル ナショナル ド ラ ルシェルシュ シアンティフィク
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(74)【代理人】
【識別番号】100071054
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 高久
(72)【発明者】
【氏名】バラトン、ローラン
(72)【発明者】
【氏名】コジョカル、コステル−ソラン
(72)【発明者】
【氏名】プリバット、ディディエ
【審査官】 廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第101285175(CN,A)
【文献】 特開2008−050228(JP,A)
【文献】 特開2006−272491(JP,A)
【文献】 国際公開第2001/062665(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 31/00ー31/36
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)炭素との均質な固溶体が得られるように基板(S1)の表面上に金属の層を生成する工程
(b)工程(a)で得られた前記金属の層を、金属と炭素との相図に基づいて、ある温度におけるモル濃度閾値比C/(C+C)(ここで、Cは金属炭素との混合物中のモル金属濃度、Cは前記混合物中のモル炭素濃度)を下回らない程度に炭素原子または炭素含有基または炭素含有イオンの制御された流束に露出し、前記金属と炭素の均質な固溶体の層を得る工程と、
(c)工程(b)で得られた前記均質な固溶体を、前記金属と炭素との前記相図に基づいて金属と黒鉛との2相に変えることで、工程(b)で得られた前記層と前記基板(S1)との界面に下部グラフェン膜を形成し、工程(b)で得られた前記層の上面に上部グラフェン膜を形成する工程と、
を含むことを特徴とするグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項2】
工程(c)が工程(c)で得られた前記上部グラフェン膜を除去する工程をさらに含み、前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層を除去する工程が工程(d)としてさらに含むことを特徴とする、請求項1に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項3】
工程(d)の前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層を除去する工程前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層を化学的エッチングする工程であることを特徴とする、請求項2に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項4】
(e)前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層をエッチングし、前記上部グラフェン膜を取り除き、前記下部グラフェン膜を露出する工程と、
(f)第2の基板(S2)に前記上部グラフェン膜を転写する工程と、
をさらに含むことを特徴とする、請求項1に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項5】
前記下部グラフェン膜と、前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層と、前記上部グラフェン膜を含む前記基板(S1)が、化学的エッチングに適した溶液が存在する筐体内に置かれることで工程(e)が行われ
前記2つのグラフェン膜と、前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層とにより形成されるアセンブリに面して前記第2の基板(S2)を配置前記2つのグラフェン膜間に位置する工程(c)で得られた前記層が化学的エッチングされた後、第2の溶液を流して前記上部グラフェン膜を前記第2の基板(S2)に接触させることで工程(f)が行われる
ことを特徴とする、請求項4に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項6】
前記第2の基板(S2)は非耐火材料で作製されることを特徴とする、請求項4または5に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項7】
前記第2の基板(S2)はガラスまたはポリマーで作製されることを特徴とする、請求項6に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項8】
工程(c)が、炭素を沈殿させ少なくとも1つのグラフェン膜を形成するように、工程(b)で得られた前記均質な固溶体を冷却することを含むことを特徴とする、請求項1に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項9】
工程(c)が、工程(b)で得られた前記均質な固溶体中の炭素濃度を増加させることを含むことを特徴とする、請求項1に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項10】
工程(c)の前記上部グラフェン膜を除去する工程が、前記上部グラフェン膜を酸化性プラズマに露出させる工程であることを特徴とする、請求項2に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項11】
工程(b)は、450°C〜900°Cの温度で、CH、CまたはCのガス状前駆体を使用して反応炉の中で行われることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか一項に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項12】
工程(b)は、イオン注入により行われることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか一項に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項13】
工程(b)が、前記イオン注入工程後、前記金属層内の炭素原子を均質化するアニーリング工程と、続いて、均質化された前記金属層内の炭素原子を沈殿できるようにする制御された冷却工程と、
をさらに含むことを特徴とする、請求項12に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項14】
工程(a)は、不活性単結晶基板上に金属の層をエピタキシャル成長させる工程であることを特徴とする、請求項1〜13のいずれか一項に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項15】
前記第1の基板(S1)は、サファイアまたは石英または酸化マグネシウムまたは尖晶石で作製されている、請求項14に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項16】
記アニーリング工程はレーザーにより行われる、請求項13に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項17】
前記レーザーは、グラフェンを沈殿グラフェン原子の核生成促進とをするように、前記第1の基板(S1)の面に平行な面内で走査されることを特徴とする、請求項16に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【請求項18】
工程(a)において、蒸着された前記金属はコバルトまたはニッケルまたはまたはまたはイリジウムまたはルテニウムであることを特徴とする、請求項1〜16のいずれか一項に記載のグラフェン膜成長の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明であり、従ってこの種の材料の優れた導電率と吸収特性とのために電子機器および表示分野において多くの用途が見出せることに大きな利点がある、極薄のグラフェン導電層を生成するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは、sp2ハイブリッド炭素原子(六角形セルに対応するベンゼン環の構造を有する)の単原子層で形成された炭素の2次元結晶であり、炭素原子の大きさに対応する厚さを有するグラフェンシートで形成される。
【0003】
特に、A.K.GeimおよびK.S.Novoselovによる“The Rise of Graphene”,Nature Materials,Vol.6,183頁,2007には、sp2ハイブリッド炭素原子の原子面およびそこから発生し得る様々な構造、すなわち図1a、1b、1cおよび1dそれぞれにより本出願において示されるフラーレン、カーボンナノチューブおよび黒鉛が示されている。
【0004】
フラーレン、カーボンナノチューブおよび黒鉛の形成の際に喚起されたが、グラフェンはまだ分離されておらず研究されていなかった。その安定性(すべての結晶はわずかな厚さでは熱力学的に不安定である傾向を有する)についてもなお論争されている(うまく結合されていない表面原子は塊の中の原子よりも優勢となる)。
【0005】
最初のグラフェン膜は、K.S.Novoselovら“Electric Field Effect in Atomically Thin Carbon Films”,Science,Vol.306,666頁,2004において分離され著しく安定であることが証明された。これらの膜は、市販の材料であるHOPG(高配向熱分解黒鉛:Highly Ordered Pyrolytic Graphite)と呼ばれる黒鉛のブロックを「剥離する」ことにより得られる。黒鉛はグラフェンシートの積層で形成された層状の材料であり水平面間の結合は弱い。剥離は粘着テープを使用してグラフェン面を除去することにその本質がある。この方法は単純であり余り再現可能性が無いが、一方向の寸法が10〜数十μm程度のグラフェンシートが得られる。
【0006】
これらの最初のグラフェンシートを得ることで、これらグラフェンシートを特徴付けることができ、またグラフェンが高いキャリア(電子または正孔)移動度(低温で10,000〜100,000cm/Vs程度)を有する安定した高導電性の同時二極性材料(すなわち、正孔または電子により2種類の導通性を発揮することができる;実際は零エネルギーギャップ半導体である)であることを示すことができた。
【0007】
したがって、極めて有利には、グラフェンは、一方では薄膜トランジスタの製作に適用可能である(ストリップの幅は材料のバンド構造のエネルギーギャプを広げるように正確に制御されるという条件で)。他方ではグラフェンは、フラットスクリーンディスプレー、太陽電池、および一般的には透明な導体を必要とするすべての用途における透明な導電性酸化物(すなわち、ITOすなわちインジウムスズ酸化物)の代替物として薄い透明な金属層を提供できるようにする。この材料は約4までのグラフェン単層(FLG(few−layers graphene)と呼ばれる材料)を有する膜にとって有益であることが証明された。この利点はインジウムが希少であることとしたがってインジウムが高価であることとのためにITOを置換しようとしている状況において大きな利点である。
【0008】
しかしながら、実使用に関しては、この剥離方法は厚さ(すなわちグラフェン層の数)または堆積の幾何学的形状をも正確に制御できるようにしないので、この方法を採用することは難しいと思われる。
【0009】
液媒中で黒鉛を剥離できるようにする様々な予備実験的方法(例えば酸性媒体中の黒鉛の部分酸化など)が示唆されてきた。このとき、グラフェンを水性懸濁液中に入れて、例えばスプレーコーティングまたはスピンコーティングによりグラフェンを堆積させることができるが、得られる層の厚さが一様でないという問題がある。
【0010】
許容可能な導電率値を得るために、化学的還元を実施する(挿入酸素を除去するために)必要がある。この種の方法(それでもやはり極めて複雑な方法)はG.Edaら,Nature Nanotechnology,Vol.3,270頁,May 2008に記載されている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0011】
この状況で、本発明は、大きな寸法を有し得るグラフェン膜を提供するための単純かつ再現可能なグラフェン膜合成方法を提案する。
【0012】
より正確には、本発明の主題は、
−基板の表面上に金属の層を生成する工程であって、金属の層がモル濃度閾値比C/C+C(ここで、Cは金属/炭素混合物中のモル金属濃度、Cは混合物中のモル炭素濃度)を超えて均質の固溶体が得られるように炭素との相図を有する工程と、
−得られたモル濃度比が金属中に炭素の固溶体を得るように閾値比より大きくなるような温度で、炭素原子または炭素含有基または炭素含有イオンの制御された磁束に金属層を露出する工程と、
−混合物の相を2相(金属相と黒鉛相それぞれ)に変え、その結果(炭素原子取り込み金属層)/基板界面に位置する少なくとも下部グラフェン膜と金属層の表面に位置する上部グラフェン膜を形成する工程と、を含むことを特徴とするグラフェン膜成長の制御方法である。
【0013】
本発明の変形によると、本方法は上部グラフェン膜を除去する工程と2つのグラフェン膜間に位置する炭素原子取り込み金属層を除去する工程(可能性として金属層を化学的にエッチングする工程)とを含む。
【0014】
本発明の変形によると、本方法はさらに、
−上部膜を取り除き下部グラフェン膜を露出するように金属層を化学的に攻撃する工程と、
−第2の基板に上部グラフェン膜を転写する工程と、を含む。
【0015】
本発明の変形によると、本方法は、
−下部グラフェン膜、金属層、および上部グラフェン膜を含む基板を、金属層を化学的にエッチングするための溶液の存在下で筐体内に置く工程と、
−第2の基板を、2つのグラフェン膜と金属層により形成されるアセンブリに面して配置する工程と、
−金属層が化学的に攻撃された後、上部グラフェン膜を第2の基板に接触させるように溶液を流す工程と、を含む。
【0016】
本発明の変形によると、第2の基板は非耐火材料(可能性としてガラスまたはポリマータイプ)で作製される。
【0017】
本発明の変形によると、混合物の相を2相(その1つは黒鉛相である)に変えるための工程は、炭素を沈殿させ少なくとも1つのグラフェン膜を形成するように、金属中の炭素固溶体を冷却することを含む。
【0018】
本発明の変形によると、混合物の相を2相(その1つは黒鉛相である)に変えるための工程は、金属中の炭素固溶体の炭素濃度を増加させることを含む。
【0019】
2相への相変換については、特にSutter,Nature Materials,Vol.7,406頁,May 2008において説明されている。
【0020】
本発明の変形によると、本方法は上部グラフェン膜を取り除くように酸化性プラズマに露出させる工程をさらに含む。
【0021】
本発明の変形によると、本方法は下部グラフェン膜を取り除くように、炭素原子取り込み金属層を除去する工程をさらに含む。
【0022】
したがって本発明によると、高品質(上部膜より高品質)な膜を提供することが可能となる。
【0023】
本発明の変形によると、炭素原子取り込み金属層は化学的に溶解することにより除去される。
【0024】
本発明の変形によると、炭素原子または炭素含有基または炭素含有イオンの制御された磁束への露出は、約450°C〜900°Cの温度で、一例としてCH、CまたはC型のガス状前駆体を使用して反応炉の中で行われる。
【0025】
本発明の変形によると、炭素原子または炭素含有基または炭素含有イオンの制御された磁束への露出はイオン注入だけにより行われる。
【0026】
本発明の変形によると、本方法は、イオン注入工程後、炭素を沈殿させるように、金属層内の炭素原子を均質化できるようにするアニーリング工程とそれに続く冷却工程とをさらに含む。
【0027】
本発明の変形によると、金属層はエピタキシャルにより生成され、基板はサファイアまたは石英型であってよい不活性単結晶基板であるか、あるいは酸化マグネシウムで作製される。
【0028】
本発明の変形によると、後続のアニーリング工程はレーザーにより行われる。
【0029】
本発明の変形によると、レーザーは、グラフェンを沈殿させてそしてレーザーの通過後グラフェン原子の核生成を促進するように、基板の面に平行な面内で走査される。
【0030】
本発明の変形によると、金属はコバルトまたはニッケル型あるいは一般的には任意のタイプの遷移金属(Ir、Ru等)である。
【0031】
本発明は、添付図面と併せ、非限定的例として与えられる以下の説明を読むことによりさらに良く理解され他の利点が明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1a-1d】グラフェン構造およびそれから発生し得る様々な構造(フラーレン、カーボンナノチューブおよび黒鉛)に対応するsp2ハイブリッド炭素原子の原子面をそれぞれ示す。
図2】コバルト炭素系の相図を示す。
図3】本発明による方法においてグラフェンを合成するために使用することができる反応経路を示す。
図4a-4b】薄くエッチングされた金属層の場合の、本発明の方法の第1の工程(すなわち断面図と平面図に対応する基板の表面上の金属層の堆積)をそれぞれ示す。
図5】本発明の方法における、金属層内の炭素原子、基、またはイオンの磁束への露出の工程を示す。
図6a-6b】本発明の方法における2つのグラフェン層を得るための工程の2つの図(一方は断面図、他方は上から見た図)を示す。
図7】本発明の方法における、酸化性プラズマへ露出する工程を示す。
図8a-8b】本発明の方法の最後の、金属層を除去しグラフェン中間層が取り除かれるようにする工程を示す。
図9a-9e】各グラフェン膜を分離するための転写工程を含む本発明の方法の例の様々な工程を示す。
図10a-10d】レーザーが使用される本発明の変形をそれぞれ示す(層中への炭素原子の注入、移動するレーザーによる注入された金属層の照射、レーザービームの移動中に金属層中で得られる温度勾配、および円柱レンズにより集光されるレーザービームの典型的な形状)。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明によるグラフェン膜成長方法は基板の表面上に蒸着される中間金属層を使用することにその本質がある。炭素との溶解度の範囲が限定された金属が選択される。
【0034】
様々な種類の金属、特にコバルト、鉄、ニッケル、ルテニウム、イリジウム等(一般的には、相図の限定された範囲内で炭素を溶解することができる任意の種類の金属)が本方法に関与可能である。相図の典型例を図2に示す。この例はコバルト炭素系の相図に関係する。限定するものではないが、ニッケルと他の金属はコバルトで得られるものと同様な相図を有する。
【0035】
図2から明らかなように、金属を豊富に含む側では(すなわち、通常は、0.95を超えるCco/(Cco+Cc)モル濃度比に関しては)、炭素は、温度に関係なく金属と均質固溶体FCCを形成する(Cは黒鉛を示し、HPCは六方最密相内のCoを示す)。コバルトは約700°Cの温度より上では面心立方であり、この温度より下では六方最密である。
【0036】
しかしながら、炭素濃度が増加すると(通常は、約1500°Cより下で0.95未満のCco/(Cco+Cc)モル濃度比については)、固溶体は、2つの別々の相の形で金属と黒鉛の混合物に変形される(炭素は黒鉛の形で沈殿する)。
【0037】
均質固溶体と金属+黒鉛二相混合物との境界は、図2に示す相図の一部の拡大である図3の曲線ABにより概略的に示される。
【0038】
これらの観察から、黒鉛(最終的にはグラフェン)を合成するためには2つの反応経路が可能である。
【0039】
第1の反応経路:
ある量(濃度Cc未満)の炭素は温度T1で金属中に導入され(図3に示すように、Ccは温度T1における金属中の炭素の溶解度の限界を表す)、温度は徐々に下げられる。この反応経路は矢印Fにより表される。温度が図3に示す閾値温度Tcに達すると炭素は黒鉛の形で沈殿し始める。
【0040】
第2の反応経路:
図3に示すように、温度T1で例えば炭素濃度が変化する。この反応経路は矢印Fにより示される。これは、例えば、金属の表面上に炭素を連続的に蒸着しその後塊の中へ拡散することにより実施可能である(方法の例は、以下の出願明細書で与えられる)。金属中の炭素濃度が濃度Ccに達すると炭素は黒鉛の形で沈殿する。
【0041】
金属が不活性基板上に堆積された薄層の形式である場合、上記2つの反応方式の1つが適用されると黒鉛は表面上および界面に沈殿する。
【0042】
グラフェン(想起されるように、1つの原子黒鉛面または2〜3の原子黒鉛面からなる)を得るために、必要なのは精密に制御される金属中に注入される炭素の量である。例えば、金属中の炭素の溶解度が室温のものより低い(通常は1015〜1016/cm程度)場合、これは作業温度で金属層の表面上に8×1015炭素原子/cmを導入し(黒鉛炭素単層は約3.71 1015炭素原子/cmに等しい)そして(図3に示す反応経路Fに従って)試料を冷却するのに十分である。金属の厚さは、作業温度を考慮して相図の限界濃度に適合される。例えば、作業温度が500°Cであり、500°Cの炭素の限界溶解度が8×1020原子/cm(そして室温で無視できる、すなわち1015〜1016/cm未満である)の金属が使用された場合、金属の表面の8×1015炭素原子/cmのドーズ量を完全に溶解するために金属の最小厚さ100ナノメータが必要である。一般的には、界面と金属の表面でグラフェン単層(すなわち、2×3.71 1015原子/cm)を得るための金属の最小厚さeminは、emin=7.42 1015/Ccである(ここで、Ccは当該温度における金属中の炭素の溶解限度である)。薄い金属を使用したい場合、より高温度で作業する必要があり、図3に示すように炭素の溶解度は温度とともに増加する。
【0043】
本発明の方法の第1の例:
本方法は、好適な金属(金属側のその相図の形状が図3に概略的に示すものである)の薄層を使用することと、高温(通常は400°C〜1000°C)で金属の薄層を、制御された炭素または炭素前駆体の磁束(例えばプラズマ反応装置、またはCVD(化学気相蒸着)反応炉中の活性基)に露出させることと、金属の表面上および基板との界面とにグラフェンを沈殿するように温度を徐々に下げることとにその本質がある。
【0044】
より正確には、基板1から始まって、選択された金属の層2が図4aに示すように堆積される。用途によっては、表面上に金属要素20またはいくつかの「パターン化」要素だけ(その特徴は従来の工程により定義可能である)を残すように図4bに示すように金属層をエッチングする(もはや層全体ではない)ことが可能である。
【0045】
図5に示すように、金属層または金属要素だけを炭素あるいは炭素含有基または炭素含有イオンの磁束Flに露出する。
【0046】
炭素は、CH、C、C等のガス状前駆体を使用して、通常は450°C〜1000°Cの温度でCVDまたはPECVD(プラズマ強化CVD:Plasma−Enhanced CVD)反応炉内に導入されてもよい。露出時間は、ガス状前駆体の分圧、その解離速度(したがって温度、プラズマ電力と)に基づいて適合される。
【0047】
このとき、精密に制御された冷却工程が矢印Fにより示された反応経路に基づいて行われる。
【0048】
後者の工程中、図6aと6bに示されるように、上部グラフェン層30とグラフェン中間層31が形成される。
【0049】
実際は、グラフェン中間層31は、上部表面30またはパターン化金属面要素301(その欠陥Z図6bに示す)のものより良好な結晶品質である。
【0050】
したがって、この中間層31を優先的に利用すると特に有利である。
【0051】
図7に示すように、これを行うために、上部グラフェン層30は酸化性プラズマPoxy(通常は、酸素または水蒸気型のストリームであってよい)への露出により除去される。この工程はまた、金属が除去されている表面の基板上に蒸着される非晶質炭素を除去する(金属が予めパターン化されている場合)。
【0052】
次に、金属がリソグラフィにより予めパターン化されていた場合、図8aと8bに示すように、金属は、界面にもともと存在するグラフェン膜31を基板上に残して(例えば、化学的に溶解することにより)除去される。グラフェンは同じやり方で基板上にパターン化される。
【0053】
本発明の方法の第2の例:
代替案として、炭素は室温〜600°Cの温度でイオン注入により導入されてもよく、これにより金属中に取り込まれるドーズ量をうまく制御できるようにする。このとき本方法は、金属膜中に注入される炭素を均質にするためにアニーリング工程が必要な限り、多少異なる。通常、炭素取り込み金属膜は、沈殿によりグラフェンを得ることができるようにする制御冷却工程の前に450〜900°Cの温度まで加熱される。
【0054】
注入ドーズ量が処理温度で金属中の炭素の限界溶解度より大きい場合、反応経路は矢印Fにより図3に示されたものである。そうでない場合、反応経路はFである。高温溶解限度を超えると、冷却中に追加の黒鉛層が沈殿することがあり、金属の上部および下部界面に少数のグラフェン層を得ることは難しいかもしれない。これを行うために、金属の表面上および基板との界面の多くのグラフェン層を「凍結する」ように冷却を行うとよい。
【0055】
界面におけるグラフェンの結晶品質を改善するためには、不活性単結晶基板(サファイア、石英、MgO、スピネル等)上にエピタキシャル成長される金属層を使用すると有利である。
【0056】
本発明の方法の第3の例:
予め得られた上部と下部の2つのグラフェン膜を回収するための転写技術を使用することも有利であろう。
【0057】
現在のところ、文献は、上部グラフェン膜上に蒸着する必要がある上部膜を転写する方法(ポリマー層は転写支持体として機能する)だけを提供する。提示された2つの転写支持体は以下の非特許文献に記載されるようなPMMAである。Alfonso Reina,Hyungbin Son,Liying Jiao,Ben Fan,Mildred S.Dresselhaus,ZhongFan LiuおよびJing Kong,The Journal of Physical Chemistry C 112,17741−17744(2008);Alfonso Reina,Xiaoting Jia,John Ho,Daniel Nezich,Hyungbin Son,Vladimir Bulovic,Mildred S.DresselhausおよびJing Kong,Nano Letters 9,30−35(2009)またはL.G.De Arco,Yi Zhang,A.Kumar,およびChongwu Zhou,Nanotechnology,IEEE Transactions Vol.8,135−138(2009)およびPDMS;Keun Soo Kim,Yue Zhao,Houk Jang,Sang Yoon Lee,Jong Min Kim,Kwang S.Kim,Jong−Hyun Ahn,Philip Kim,Jae−Young ChoiおよびByung Hee Hong,Nature 457,706−710(2009)。
【0058】
これらの記載された方法は、
−成形またはスピンコーティングによりポリマー層を堆積する工程と、
−中間金属層を湿式エッチングする工程と、
−受け取り基板上にポリマー膜+グラフェンを堆積する工程と、
に分解することができる。
【0059】
PMMAの場合、ポリマー膜は最終的に溶媒中に溶解される。PDMSの場合、ポリマーは受け取り基板であるかあるいはバッファ(ナノインプリント方法)として使用されるかのいずれかである。
【0060】
L.G.De Arco,Yi Zhang,A.KumarおよびChongwu Zhou,Nanotechnology,IEEE Transactions Vol.8,135−138(2009)はまた、基板の単純な湿式エッチングと成長基板上への膜の堆積とについて記載しているということに留意されたい。
【0061】
本発明によると、図9a〜9eにより示す以下の転写法が提案される。
【0062】
図9aに示すように、基板1の表面上の3層アセンブリ30/2/31は、筐体E内に置かれ、金属層2をエッチングするための溶液Fluid1(通常は、採用された金属を特にエッチングするための水かアルコールの溶液であってよい)の存在下で第1の支持体S上に配置される。一例として、金属がニッケルである場合、溶液Fluid1は希塩酸であってよい。
【0063】
金属層が除去されると、基板と上部層は成長基板を軽く押すことにより分離される。グラフェン層は疎水性であるのでエッチング液上に浮かんだままである。成長基板は移動する。
【0064】
図9bに示すように、第2の受け取り基板Sは受け取り面を下にしてエッチング液の上に置かれる。
【0065】
図9dに示すように、上澄み上部グラフェン層30が受け取り基板Sに接触されるまで液体Fluid2(例えば、水、エタノール)が追加される。
【0066】
次に、液体Fluid2は、受け取り基板Sの表面に上部グラフェン層30を残して除去される。
【0067】
したがって、一方では成長基板上のグラフェン膜31と他方では非耐火基板上のグラフェン膜30とを回収することが可能であるので有利である。
【0068】
本発明の方法の第4の例:
グラフェンの結晶品質をさらに改善するために、炭素原子が注入された金属層内の特定の温度プロフィルを生成するためにレーザーを使用することが本発明の方法では有利かもしれない。
【0069】
図10aに示すように、金属層により形成された金属膜が炭素で区域Z内に注入された場合、金属は、図10bに示すように、走査移動により基板全体にわたって徐々に移動され得るレーザーLを使用して、局所的に加熱され、その結果冷却中に上部グラフェン層30と下部グラフェン層31が形成される。
【0070】
レーザービームの作用下で、温度は、金属中の炭素を完全に溶解するのに十分に上昇する。冷却(レーザーの走査)中、図3に示すように、温度は閾値温度Tc(これ以下では、炭素はグラフェンの形で沈殿し始める)まで低下する。このようにして、グラフェンはレーザーが進むにつれて次第に沈殿し、その核生成は既に沈殿したグラフェンから始まる。本方法は横方向エピタキシャルに例えられ、得られたグラフェンの結晶品質は直接沈殿中に得られるものよりも良好である。レーザービーム下で、温度は金属中の炭素を完全に溶解するのに十分に高い。冷却中、炭素は沈殿し、結果として表面上および界面にグラフェン層を形成する。
【0071】
レーザービームが、図10cに示すように、例えば円筒状の集束レンズを使用することによる直線ペンシルビームの形式である場合、幅L(ペンシルビームの長さに対応する。円柱レンズにより集光された後のレーザービームの典型的な形式を示す図10dを参照)のグラフェンストリップが金属の表面上および基板との界面とに生成される。
【0072】
代替案として、レーザーは円形スポット上に集光され、基板の面の方向xに垂直な方向yに急速に走査されそして方向xに緩やかに走査されると好都合である。グラフェンが表面上および界面に得られると、界面グラフェンを暴露するために以前のように表面エッチングにより、および金属を除去することにより、グラフェンを除去することが可能である。
図2
図3
図10bc
図1a
図1b
図1c
図1d
図4a
図4b
図5
図6a
図6b
図7
図8a
図8b
図9a
図9b
図9c
図9d
図9e
図10a
図10d