【実施例】
【0072】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0073】
試験方法及び試験材料
各実施例で利用した試験方法及び材料をここでまとめて示す。
1.FGF1、FGF12B及びFGF12Bフラグメント
配列番号1に示すアミノ酸配列を有するFGF1を非特許文献8に記載する方法に従って、調製した。FGF12B及びFGF12Bフラグメントも非特許文献8に記載する手順で調製した。FGF12Bのアミノ酸配列を配列番号34に示す。
2.キメラタンパク質
FGF11サブファミリーであるFGF11、FGF12、FGF13及びFGF14に由来する各CPP−CをFGF1に融合したキメラタンパク質(以下、それぞれCPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4と略称する)を、非特許文献8に記載する方法に従って調製した。非特許文献8の関連記載を参照によりここに組み込む。
各キメラタンパク質の構造を
図1Aに示し、キメラタンパク質のアミノ酸配列を配列番号30〜33に示す。
3.FACS
非特許文献8に記載する方法に従って、各FGFを蛍光標識し、FACS Calibur(BDバイオサイエンス社製)にて蛍光強度を測定した。
4.TUNELアッセイ
非特許文献8に記載する方法に従って、マウス組織のパラフィン包埋切片よりアポトーシスを検出した。
5.実験マウス
各実施例でのマウスの処理は、放射線医学総合研究所動物実験委員会により事前に承認された動物実験計画に記載する動物倫理に基づき行われた。
【0074】
細胞内移行能の評価1
この試験では、FGFRの発現が低い細胞に対するCPP‐FGF1キメラタンパク質の細胞内移行能を評価した。
【0075】
この試験では、試験細胞として、ラット小腸細胞株IEC6を用い、24ウェルプレートにウェル当り1x10
5個播種した。各ウェルに5%FCS及び4μg/mlインスリンを含有するDMEM培地を加え、6時間培養してプレートに細胞を付着させた。その後、蛍光ラベルしたFGF12B、C末端を10残基ずつ追加的に削った各FGF12Bフラグメント(Δ170−181、Δ160−181、Δ150−181、及びΔ140−181)、FGF1、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4をそれぞれ1μg/mlとなるようにプレートに添加し、24時間培養後、トリプシンにて細胞をプレートより剥がし、FACSでその蛍光強度を測定して、細胞内に移行したFGFの量を測定した。
【0076】
図2Aは、FGF12B又は各FGF12Bフラグメントの添加前後のFACSヒストグラムを示し、
図2Bは、FGF1又は各CPP−FGF1キメラ蛋白質の添加前後のFACSヒストグラムを示す。点線が各FGFを添加前の細胞のFACSヒストグラムであり、実線が各FGFを添加した後の細胞のFACSヒストグラムである。
【0077】
図2Aに示す通り、FGF12Bで培養した細胞は、実線の細胞集団の右への移動が大きく、細胞の蛍光強度が強いことが分る。FGF12BのC末端から10残基ずつ欠損させても、アミノ酸残基1−149を維持しているFGF12Bフラグメント(Δ170−181、Δ160−181、及びΔ150−181)では蛍光強度が殆ど変わらず強いままであった。但し、この中では最も短いアミノ酸残基150−181を切断したフラグメントで蛍光強度が最大となった。一方、アミノ酸残基140−181を切断したフラグメントでは蛍光強度が急激に弱まった。これらの結果から、FGF12Bのアミノ酸残基140−149が、CPP−Cドメインであることが推認され、その一方で、このCPP−Cドメインの前後にアミノ酸が付加されても細胞内移行能が保持されることが示された。また、CPP−Cドメインの前後に付加されるアミノ酸の数は、少ない方がより高い細胞内移行能を奏することも推察された。
【0078】
図2Bに示す通り、FGF1で培養した細胞は、実線の細胞集団の右への移動が少なく、細胞の蛍光強度が弱いことが分る。一方、各キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4)と共に培養した細胞ではFGF1と比較して実線の細胞集団の右への移動が大きく、細胞の蛍光強度が強いことが分る。4種のキメラタンパク質間では蛍光強度はほぼ同等であった。この結果から、FGF1と比較して、CPP‐FGF1キメラタンパク質の方が、効率よく細胞内へ移行できることが実証された。
【0079】
アポトーシス抑制効果に関する評価1
この試験では、放射線により誘発される細胞のアポトーシスに対するCPP−FGF1キメラタンパク質の抑制効果を評価した。
【0080】
この試験でも、試験細胞としてFGFRを発現していないラット小腸細胞株IEC6を用い、この細胞を、各3.5cmディッシュに3x10
4個まき、各ディッシュに5%FCS及び4μg/mlインスリンを含有するDMEM培地を加えた。各ディッシュを、37℃、5%CO
2の雰囲気のインキュベータに入れ、16時間培養した。次いで、5μg/mlの濃度でヘパリンを各培地に加え、コントロール群では、FGFを添加せず、各試験群ではそれぞれFGF1、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4を100ng/mlとなる濃度で添加し、さらに24時間培養後、X線を20Gy照射した。照射24時間後に細胞を2%グルタルアルデヒドで固定し、20μg/mlHoechst33258にて核染色を行い、倒立蛍光顕微鏡で1視野200細胞以上を10視野鏡検し、核凝縮を伴う細胞数を算出した。この核凝集細胞をX線照射によりアポトーシスを誘発された細胞とみなし、各視野で鏡検した全細胞数に対する核凝集細胞数の割合を、アポトーシス率として評価した。
【0081】
図3は、コントロール群及び各試験群のアポトーシス率の平均値+/−標準偏差(S.D.)を表す。図中**は、コントロール群に対する多重検定によりP<0.01となった試験群を示し、***は同検定でP<0.001となった試験群を示す。
【0082】
FGFを含まないコントロール群では、アポトーシス率は約45%に達した。また、FGF1を添加した試験群でもコントロール群に対して有意なアポトーシス率の減少は認められなかった。一方、CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4)を添加した試験群では、何れも、コントロール群に対して有意にアポトーシス率が減少した。これにより、FGF1は、FGFRを発現していない細胞のアポトーシスを効果的に抑制し得ないが、CPP−FGF1キメラタンパク質は、そのような細胞であってもアポトーシスを抑制することができることが実証された。本来、FGFRを介してアポトーシスを抑制することが期待されるFGF1が、コントロールに対して有意差を示さなかったことは、IEC6細胞にFGFRの発現が確認されていないことと整合的である。一方、このような条件でも、CPP−FGF1キメラ蛋白質がアポトーシスを抑制できることは、CPP−FGF1キメラ蛋白質がFGFRの発現に依存せず細胞内へ移行できる特性に起因する可能性が高い。
【0083】
アポトーシス抑制効果に関する評価2
この試験では、放射線により誘発される細胞のアポトーシスに対するFGF12B及びFGF12フラグメントの抑制効果を評価した。
【0084】
この試験では、
図4Aに示すFGF12B及び各FGF12フラグメントをFGFとして用いた。P8のフラグメントはCPP−Mを含み、P11及びP12のフラグメントはCPP−Cを含んでいる。試験細胞としては、この試験でもラット小腸細胞株IEC6を用いた。
試験手順は、上述のアポトーシス抑制効果に関する評価と同様である。
図4Bは、コントロール群及び各試験群のアポトーシス率の平均値+/−標準偏差(S.D.)を表す。図中*は、コントロール群に対する多重検定によりP<0.05となった試験群を示し、***は同検定でP<0.001となった試験群を示す。
【0085】
ペプチドを含まないコントロール群では、アポトーシス率は約45%に達した。また、P8、P10、及びP12を添加した試験群では、何れも、コントロール群に対して有意にアポトーシス率が減少した。一方、やはりCPP−Cを含んでいるP11を添加した試験群では、コントロール群に対して有意にアポトーシス率が減少しなかった。これにより、CPP−Cを含む30アミノ酸からなるP12はアポトーシスを抑制するが、10アミノ酸からなるCPP−C自身はアポトーシスを抑制できないことが実証された。さらに、中央部のCPP−Mド
メインを含むペプチドも、アポトーシスを抑制することが実証された。
【0086】
図4Cは、FGF12BのC末端ペプチドの細胞内移行能を示す。蛍光標識した各ペプチドを10μg/mlとなる濃度で添加後のIEC6細胞株の蛍光陽性率をFACSで経時的に測定したグラフである。24時間をピークにCPP−Cを含むP12は細胞内に移行した。同じくCPP−Cを含むP11は、P12よりも蛍光陽性率が低いものの、P12と同様に24時間をピークに細胞内に移行した。一方、P10とP13は24時間後では蛍光陽性率は極めて低かった。
【0087】
図4Dは、ペプチド又は生理食塩水腹腔投与群におけるクリプト生存率の平均値を示すグラフである。8週齢のオスBALB/cマウスを使用し、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、それぞれ100μgのP8、P10、P12を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈して、マウスの腹腔に投与した。その24時間後に10Gyのガンマ線を0.5Gy/minの線量率で各群のマウスに全身照射した。照射3.5日後にマウスを安楽死させ、空腸を採取した。10%ホルマリンで空腸を固定した後、パラフィン包埋切片を作成し、HEで切片を染色した。顕微鏡により10以上のクリプト細胞が存在するクリプトを生存と判断して10個の腸横断面について横断面あたりのクリプト数を数え、その平均値を算出した。さらに、この平均値を、放射線非照射群の横断面あたりのクリプト数の平均値で割って相対値(クリプト生存率)を求めた。各群における3個体のマウスのクリプト生存率の平均値+/−標準偏差(S.D.)を示した。
【0088】
P8またはP12を投与した群では、空腸のクリプト生存率は、コントロール群に対しても有意に高かったが、P10を投与した群では空腸のクリプト生存率はコントロール群に対して有意に高くならなかった。
【0089】
毛包障害予防効果に関する評価
この試験では、放射線による脱毛・毛包障害に対するCPP−FGF1キメラタンパク質の予防効果を評価した。毛包は、成長期において細胞分裂を活発に行っており、この時期では放射線に対して高い感受性を有する。このため、この時期の毛包に放射線を照射するとアポトーシスが引き起こされ易いが、このアポトーシスは毛包障害の指標となる。
そこで、成長期のマウス毛包において放射線誘導性アポトーシスに対するCPP−FGF1キメラタンパク質の抑制効果を測定して、毛包障害予防効果を評価した。
【0090】
生後51−53日齢のオスBALB/cマウスの背部より抜毛を行い、休止期である毛包を成長期へと誘導した。抜毛後5日目に、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、それぞれ100μgのFGF1、FGF12、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈して、マウスの腹腔に投与した。24時間後、12Gyのガンマ線を0.5Gy/minの線量率で全身照射した。照射24時間後にマウスを安楽死させ、皮膚を採取し、10%ホルマリンで固定し、パラフィン包埋切片を作成し、TUNELアッセイを実施した。TUNEL陽性細胞をアポトーシス細胞とみなし、3視野以上において毛包バルブ毎のアポトーシス数を算定した。
【0091】
図5Aは、各群のマウスの毛包バルブ領域を、TUNELアッセイにより免疫組織染色した顕微鏡写真(200倍)であり、図中の矢印は、TUNEL陽性細胞(すなわち、アポトーシス細胞)を示す。
図5Bは、各群における3視野以上の毛包バルブあたりのアポトーシス数の平均値+/−標準偏差(S.D.)を示し、図中の***は、5%マウス血清入り生理食塩水を投与したコントロール群に対する多重検定によりP<0.001となった試験群を示す。
コントロール群では、12Gyの全身ガンマ線照射により、毛包バルブ領域にアポトーシスを示すTUNEL陽性細胞を、毛包バルブあたり約11個検出した。FGF1投与群及びFGF12投与群では、コントロール群に対して毛包バルブあたりのTUNEL陽性細胞数が有意に減少した。また、CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4)を投与した群では、いずれも、コントロール群に対してのみならずFGF1投与群(P<0.001)及びFGF12投与群(P<0.05)に対しても有意に毛包バルブあたりのTUNEL陽性細胞数が減少した。これにより、CPP−FGF1キメラタンパク質が、FGF1やFGF12より、脱毛・毛包障害に対するより高い予防効果を示すことが実証された。
【0092】
放射線による小腸の障害に対する予防効果
本試験では、放射線による小腸の障害に対するCPP−FGF1キメラタンパク質の予防効果を評価した。放射線の被ばくにより障害を受けた小腸上皮の回復過程では、幹細胞が存在するクリプトが非常に重要な役割を担う。従って、放射線による障害の程度は、クリプトに存在するアポトーシス数と相関する。そこで、放射線を照射されたマウスのクリプトにおけるアポトーシス数を測定して、放射線による小腸の障害に対するCPP−FGF1の予防効果を評価した。
【0093】
8週齢のオスBALB/cマウスを使用し、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、それぞれ100μgのFGF1、FGF12、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈して、マウスの腹腔に投与した。24時間後、12Gyのガンマ線を0.5Gy/minの線量率で各マウスに全身照射した。照射24時間後にマウスを安楽死させ、小腸を採取し、10%ホルマリンで固定し、パラフィン包埋切片を作成し、TUNELアッセイを実施した。TUNEL陽性細胞をアポトーシス細胞とみなし、10視野でクリプト毎のアポトーシス数を算定した。
【0094】
図6Aは、各群のマウスにおける小腸のクリプトをTUNELアッセイにより免疫組織染色した顕微鏡写真であり、図中の矢印は、TUNEL陽性細胞(すなわちアポトーシス細胞)を示す。
図6Bは、各群における10視野のクリプトあたりのTUNEL陽性細胞数の平均値+/−標準偏差(S.D.)を示し、図中の***は、5%マウス血清入り生理食塩水を投与したコントロール群に対する多重検定よりP<0.001となった試験群を示す。
【0095】
図6Bに示す通り、コントロール群では、12Gyの全身ガンマ線照射により、各クリプトにアポトーシス数が平均4.41個検出された。しかし、FGF1投与群では、アポトーシス数が平均3.61個と有意に減少し(P<0.001)、FGF12投与群でも、アポトーシス数が平均2.18個と有意に減少した(P<0.001)。各CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4)を投与した群では、それぞれ平均1.50個、1.63個、1.58個、及び1.51個とアポトーシス数が著しく減少した。コントロール群と比較したアポトーシス減少率は、FGF1投与群では18.1%に過ぎなかったが、CPPF1投与群では66%、CPPF2投与群では63.1%、CPPF3投与群では64.2%、CPPF4投与群では65.8%と、60%以上に達し、これらのCPP−FGF1投与群はFGF1投与群に対しても有意にアポトーシスを減少させた(P<0.001)。また、コントロール群に対するFGF12投与群のアポトーシス減少率は、50.5%であり、FGF12群に対しても有意にアポトーシスを減少させた。
これにより、CPP−FGFキメラタンパクが、FGF1やFGF12と比較して、放射線による小腸の障害に対する保護効果が高いことが実証された。
【0096】
障害を受けた小腸の回復促進効果に関する評価1
この試験では、放射線照射後に再生したクリプト数を指標にして、CPP−FGF1キメラタンパク質の放射線による障害を受けた小腸の回復を促進させる効果を評価した。
【0097】
8週齢のオスBALB/cマウスを使用し、最初に10Gyのガンマ線を0.5Gy/minの線量率で各群のマウスに全身照射した。その24時間後に、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、それぞれ10μgのFGF1、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈して、マウスの腹腔に投与した。照射3.5日後にBrdUラベリング液を腹腔注射し、細胞分裂している細胞にBrdUを取り込ませ、2時間後にマウスを安楽死させ、空腸を採取した。10%ホルマリンで空腸を固定した後、パラフィン包埋切片を作成し、この切片を、抗BrdU抗体により免疫組織染色し、次いでヘマトキシリン染色した。
【0098】
図7Aは、BrdUを取り込み抗BrdU抗体が結合した細胞を有するクリプトを示す腸横断面の顕微鏡写真である。顕微鏡により10以上の抗BrdU抗体陽性細胞が存在するクリプトを生存と判断して10個の腸横断面について横断面あたりのクリプト数を数え、その平均値を算出した。さらに、この平均値を、放射線非照射群の横断面あたりのクリプト数の平均値で割って相対値(クリプト生存率)を求めた。
図7Bは、各群における3個体のマウスのクリプト生存率の平均値+/−標準偏差(S.D.)を示し、図中の**は、5%マウス血清入り生理食塩水を投与したコントロール群に対する多重検定により、P<0.01となった試験群を示し、***は同検定によりP<0.001となった群を示す。
5%マウス血清入りの生理食塩水を投与したコントロール群では、10Gyの全身ガンマ線照射により、空腸のクリプト生存率は0.26にすぎず、FGF1投与群でも、有意に増加しなかった。一方、各CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3、及びCPPF4)を投与した群では、空腸のクリプト生存率は、それぞれ0.45、0.48、0.48、及び0.51となり、コントロール群のみならずFGF1投与群に対しても有意に高かった(P<0.05)。この結果によっても、CPP−FGF1キメラタンパク質は、FGF1と比較して、放射線により障害を受けた小腸の回復促進効果が極めて高いことが実証された。
【0099】
障害を受けた小腸の回復促進効果に関する評価2
本試験でも、CPP−FGF1キメラタンパク質の放射線による障害を受けた小腸の回復を促進させる効果を評価した。但し、この試験では、クリプトの長さを指標とする。クリプトの長さは、クリプトに存在する細胞数、すなわち上皮細胞の増殖能を反映するので、小腸の障害からの回復能力を評価するよい指標となる。
【0100】
8週齢のオスBALB/cマウスを使用し、10Gyのガンマ線を0.5Gy/minの線量率で各群のマウスに全身照射した。その24時間後に、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、それぞれ10μgのFGF1、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈して、マウスの腹腔に投与した。照射3.5日後にBrdUラベリング液を腹腔注射し、細胞分裂している細胞にBrdUを取り込ませ、2時間後にマウスを安楽死させ、空腸を採取した。10%ホルマリンで空腸を固定した後、パラフィン包埋切片を作成し、この切片を、抗BrdU抗体により免疫組織染色し、次いでヘマトキシリン染色した。
【0101】
図8Aは、各群において、BrdUを取り込み抗BrdU抗体が結合した細胞を有するクリプトを示す免疫組織染色した小腸上皮の顕微鏡写真である。顕微鏡により各群の組織像を3画像撮影し、各画像で10クリプトの長さを測定して群毎に平均値を求め、この平均値に基づき生理食塩水を投与したコントロール群に対する相対値を算出した。
図8Bは、各群のクリプト長さの平均相対値+/−標準偏差(S.D.)を示し、図中***は、コントロール群に対する多重検定により、P<0.001となった試験群を示す。
【0102】
FGF1投与群は、コントロール群と比較して、10Gyの全身ガンマ線照射後3.5日後において空腸のクリプトは有意に長かった。一方、各CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3、及びCPPF4)を投与した群では、空腸のクリプトは、コントロール群と比較して、2倍以上長かっただけでなく、FGF1投与群と比較しても有意に長かった(P<0.01〜0.001)。
この結果によっても、CPP−C融合FGFは、FGF1と比較して、放射線により障害を受けた小腸の回復促進効果がより高いことが実証された。
【0103】
幹細胞防護効果に関する評価
この試験では、CPP−FGFキメラタンパク質の毛包に存在する幹細胞を放射線から防護する効果について評価した。
【0104】
生後51−53日齢のオスBALB/cマウスの背部より抜毛を行い、休止期である毛包を成長期へと誘導した。抜毛後5日目に、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、それぞれ100μgのFGF1、CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈して、マウスの腹腔に投与した。その24時間後に12Gyのガンマ線を0.5Gy/minの線量率で全身照射した。照射24時間後にマウスを安楽死させ、皮膚を採取し、10%ホルマリンで固定した。パラフィン包埋切片を作成し、毛包幹細胞のマーカーであるKeratin15に対する抗体で免疫組織化学染色を行った。
【0105】
図9は、非照射群、5%マウス血清入り生理食塩水を投与したコントロール群及び各FGF投与群の免疫組織化学染色した毛包バルジ領域の顕微鏡写真を示し、矢印は、Keratin15陽性毛包幹細胞を示す。
5%マウス血清入り生理食塩水を投与し12Gyの全身ガンマ線照射したコントロール群では、非照射群に対して、毛包バルジ領域のKeratin15陽性毛包幹細胞が減少した。また、FGF1投与群でも、毛包幹細胞は照射により減少した。一方、CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3、及びCPPF4)を投与した群では、バルジ領域における毛包幹細胞数がコントロール群のみならずFGF1投与群に対しても有意に多く、毛包幹細胞数が非照射コントロール群以上のレベルまでに達した。この結果により、CPP−FGF1キメラタンパク質は、FGF1と比較して、放射線に対して毛包幹細胞を保護・維持する効果がより高いことが実証された。
【0106】
細胞内移行能に関する評価2
この試験では、CPP−FGF1キメラタンパク質の癌細胞に対する細胞内移行能を評価した。
【0107】
ヒト膵臓癌細胞株MIAPaCa−2及びPANC−1を用い、この両細胞に対するFGF1、FGF12、及びCPPF2の細胞内移行能を「細胞内移行能に関する評価1」で記述した手順と同様にして測定した。
図10Aに示す通り、両細胞に対してFGF1は細胞内移行できず、FGF12も細胞内移行が少なかった。一方、CPP−C融合FGFは、軽度細胞内へ移行できた。
癌細胞の増殖を抑制する効果に関する評価1
この試験では、WST−1の細胞による分解を利用して、CPP−FGF1キメラタンパク質の癌細胞の増殖を抑制する効果を評価した。安定なテトラゾリウム塩であるWST−1は、代謝活性を持つ細胞の表面で可溶性のフォルマザンに分解されるため、培養中の代謝活性を持つ細胞数と直接的に相関する。そこで、各FGF投与前後のフォルマザン量を450nmでの吸光度により測定して、腫瘍細胞増殖を抑制する効果を評価した。
【0108】
96穴プレートに1x10
4個のヒト膵臓癌細胞株MIAPaCa−2及びPANC−1をそれぞれまき、10%FCSを含有するDMEM培地で6時間培養した。その後、5μg/mlの濃度でヘパリンを培養液に添加し、コントロール群では、FGFを添加せずに、試験群では更にそれぞれ0.1〜1000ng/mLの濃度でFGF1及びCPPF2を培養液に添加して0.1mLとした。試験は、各群に3穴割り当てて行った。プレートを37℃、5%CO
2の雰囲気のインキュベータに入れて18時間培養した後、10uLのWST−1試薬(ロッシュアプライドサイエンス社製)を培養液に添加し、さらに4時間培養した。その後、OD450の吸光度を測定して腫瘍細胞増殖を評価した。
【0109】
図10Bは、FGF1及びCPPF2の濃度と、細胞増殖に伴い増加するフォルマザン量との関係を示すグラフであり、縦軸はコントロールのOD450値に対する吸光度差を示す。従って、数値が高い程、コントロール群に対して細胞増殖のレベルが高いことを意味する。
【0110】
MIAPaCa−2細胞では、FGF1を加えると吸光度が増加し、コントロールよりも腫瘍細胞が増加したのに対して、CPPF2を加えると、10ng/mL以上の濃度で細胞増殖はコントロールより減少した。一方、PANC−1細胞では、0.1〜1ng/mLのFGF1ではコントロールよりも細胞が増加するものの、100ng/mL以上では、FGF1添加でも細胞増殖がコントロールより減少した。CPPF2は、0.1ng/mLでコントロールより細胞を著明に減少させ、1000ng/mLまで細胞増殖を抑制した。この結果により、CPP−FGF1キメラタンパク質は、膵臓癌細胞の増殖を抑制できることが実証された。
【0111】
癌細胞の増殖を抑制する効果に関する評価2
この試験では、コロニー形成法により、CPP−FGF1キメラタンパク質の癌細胞の増殖を抑制する効果を評価した。
【0112】
各6cmディッシュに100個のヒト膵臓癌細胞株PANC−1細胞をまき、10%FCS及び5μg/mlヘパリンを含有するDMEM培地をディッシュに加え、コントロール群ではFGFを添加せずに、試験群では更に各FGFを100ng/mlとなるように添加した後、各群の培養液を13日間培養した。その後、1%メチレンブルー/30%メタノールで固定染色し、各群のディ
ッシュで染色された50細胞以上のコロニー数を算出することで、癌細胞の増殖能を評価した。
【0113】
試験は、各群に2ディッシュずつ割り当てて行い、各群の2ディッシュのコロニー数の平均値を求めた。
図11Aは、コントロール群及び各FGFを添加した群の染色後の培地を示す写真である。
図11Bは、各群のコロニー数の平均値+/−標準偏差(S.D.)を示し、図中**は、コントロール群に対する多重検定により、P<0.01となった試験群を示す。
【0114】
FGFを添加しなかったコントロール群では、コロニー数(平均値)は18.5個に達した。また、FGF1を添加した群では、コントロール群に対して有意にコロニー数(平均値)が減少しなかった。一方、CPP−FGF1キメラタンパク質(CPPF1、CPPF2、CPPF3及びCPPF4)を添加した群では、それぞれコロニー数が11.5個、9.5個、11個、及び10個と、コントロール群に対して有意にコロニー数が減少した。コントロール群に対するコロニー減少率は、CPPF1添加群が37.8%、CPPF2添加群が48.6%、CPPF3添加群が40.5%、CPPF4添加群が45.9%と、いずれのCPP−FGF1キメラタンパク質を添加した群でも約40%コロニー数が減少した。FGF1を添加した群と比べても、CPP−FGF1キメラタンパク質を添加した群では、コロニー数は有意に減少した(P<0.05〜0.01)。この結果により、CPP−FGF1キメラタンパク質が、FGF1よりも有意に癌の増殖を抑制し得ることが実証された。
【0115】
癌細胞の増殖を抑制する効果に関する評価2
この試験では、CPP−FGF1キメラタンパク質の癌細胞の腫瘤形成を抑制する効果をマウス移植モデルを用いて評価した。
マウスを用いた実験は、事前に承認された動物実験計画に基づき動物倫理に配慮しながら実施された。生後7週齢のオスSCIDマウスの右大腿部に、1x10
6個のヒト膵臓癌細胞株MIAPaCa−2を10μlのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に懸濁して皮下注射した。その1時間後、24時間後、48時間後、7日後、14日後及び21日後の合計6回、コントロール群では、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水をマウスの腹腔に投与し、試験群では、10μgのCPP−FGF1キメラ蛋白質(CPPF2)を、0.5mlの5%マウス血清入り生理食塩水で希釈したものを投与した。癌細胞株皮下注射した後、皮下腫瘤の大きさを経時的にデジタルノギスで計測して、各群5匹の平均体積を算出した。
図12は、コントロール群及び試験群における右大腿皮下腫瘍の経時的体積変化を示し、図中、矢印は腹腔内投与の時期を示す。CPPF2を投与した試験群では、腫瘍の平均体積が18日以降、31日までコントロール群よりも常に小さかった。この結果により、CPP−FGF1キメラタンパク質に、癌細胞の腫瘤形成を抑制する効果があることが示された。
【0116】
癌細胞転移抑制効果に関する評価
この試験では、浸潤アッセイによりCPP−FGF1キメラタンパク質による癌細胞の転移を抑制する効果を評価した。癌細胞は細胞転移を起こす際にプロテアーゼを分泌して基底膜を破壊して遊走する特性があり、この癌細胞の特性を利用する浸潤アッセイを使ってCPP−FGF1キメラタンパク質の癌細胞浸潤抑制効果を評価した。
【0117】
24ウェルプレートのボイデンチャンバーのフィルターに66μgのマトリゲル20μLを被覆しゲル化した。その後、下部ウェルに650μLの10%FCSを含有するDMEM培養液を加えた。一方、1.5x10
5個のMIAPaCa−2細胞又はPANC−1細胞を100μLの0.35%BSAを含有するDMEM培養液に懸濁し、この懸濁液を上部ウェルに加えた。
次いで、下部ウェル及び上部ウェルの培養液に5μg/mlヘパリンを添加し、コントロール群のウェルではFGFを無添加とし、試験群のウェルでは、更に100ng/mLになるようにそれぞれFGF1及びCPPF2を加えた。37℃、5%CO
2の雰囲気のインキュベータにプレートを入れて24時間培養し、癌細胞のゲルへの浸潤を誘発させた。浸潤した細胞をチャンバーのフィルターごとディフクイック(Sysmex社製)で固定染色し、染色された細胞数を算出して浸潤細胞数とした。試験は、各群に4つのチャンバーを割り当てて行い、その平均値を求め、培養液に懸濁した細胞数に対する各群の浸潤細胞数の平均値の割合を求めて浸潤細胞率とした。
【0118】
図13Aは、ゲルへ浸潤した細胞をディフクイックで固定染色したフィルターの顕微鏡写真である。
図13Bは、各群の浸潤細胞率の平均値+/−標準偏差(S.D.)を表し、図中、**はコントロール群に対する多重検定により、P<0.01となった試験群を示し、***はP<0.001となった試験群を示す。
【0119】
MIAPaCa−2細胞は、コントロール群では2.34%浸潤したが、FGF1添加群では1.52%、CPPF2添加群では1.03%浸潤した。PANC−1細胞は、コントロール群では1.27
%浸潤したのに対して、FGF1添添加群では0.81%、CPPF2添加群では0.26%浸潤した。これをコントロール群に対する浸潤低下率でみると、FGF1はMIAPaCa細胞で35%、PANC−1で36%癌細胞
の浸潤を抑制したのに対して、CPP−C融合FGF(CPPF2)はMIAPaCa細胞で56%、PANC−1で80%と癌細胞
の浸潤をより強力に抑制した。これにより、CPP−FGF1キメラタンパク質がFGF1と比較して癌細胞の浸潤能をより低下させ、癌の転移をより抑制することが実証された。