特許第5822930号(P5822930)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5822930
(24)【登録日】2015年10月16日
(45)【発行日】2015年11月25日
(54)【発明の名称】分析装置及び分析システム
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20151105BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20151105BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20151105BHJP
   G01N 33/566 20060101ALI20151105BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20151105BHJP
   B82Y 15/00 20110101ALI20151105BHJP
   B82Y 35/00 20110101ALI20151105BHJP
   B82Y 5/00 20110101ALI20151105BHJP
【FI】
   C12M1/00 A
   C12M1/00 Z
   G01N33/53 M
   G01N33/543 521
   G01N33/566
   G01N27/00 Z
   B82Y15/00
   B82Y35/00
   B82Y5/00
【請求項の数】10
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-524679(P2013-524679)
(86)(22)【出願日】2012年7月11日
(86)【国際出願番号】JP2012067640
(87)【国際公開番号】WO2013011879
(87)【国際公開日】20130124
【審査請求日】2013年12月4日
(31)【優先権主張番号】特願2011-157393(P2011-157393)
(32)【優先日】2011年7月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100100310
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 学
(74)【代理人】
【識別番号】100098660
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 裕二
(74)【代理人】
【識別番号】100091720
【弁理士】
【氏名又は名称】岩崎 重美
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 孝信
(72)【発明者】
【氏名】小澤 理
(72)【発明者】
【氏名】穴沢 隆
(72)【発明者】
【氏名】柳 至
【審査官】 高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/124706(WO,A2)
【文献】 Nanotechnology,2009年,Vol. 20, No. 18,185102
【文献】 FEMS Immunol.Med.Microbiol.,1999,23(3),p.189-94
【文献】 Nanotechnology,2010年,Vol. 21, No. 39,395501
【文献】 LINDSAY, S. et al.,"Recognition Tunneling",Nanotechnology,2010年,Vol. 21, No. 26,262001
【文献】 HUANG, S. et al.,"Identifying single bases in a DNA oligomer with electron tunnelling",Nature Nanotechnology,2010年,Vol. 5,pp.868-873
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
C12N 1/00−15/00
PubMed
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の溶液槽と、
第2の溶液槽と、
前記第1の溶液槽と前記第2の溶液槽とを隔てる絶縁性材料で覆われた基板と、
前記基板は、前記第1,2の溶液槽を連結するための貫通穴を有し、
前記穴内には、対向する2つの導電性の電極を備え、
前記電極表面は、生体分子を捕捉する認識分子で修飾されており、
前記認識分子は、スタッキング相互作用する疎水性官能基と、生体分子と水素結合を形成する親水性官能基を有し、
前記2つの電極間に電圧を印加して流れる電流を測定する制御部とを備え、
生体分子が前記2つの電極間を通過する際の電流値変化により、生体分子の構成要素を同定することを特徴とする分析システム。
【請求項2】
請求項1の分析システムにおいて、
第1と第2の溶液槽間に電圧を印加して電流を測定する制御部を備え、
前記制御部は、前記穴を通して前記2つの溶液槽間をイオン物質が流れることによる電流値を測定することを特徴とする分析システム。
【請求項3】
請求項2の分析システムにおいて、
前記2つの電極のうち、1つの電極表面には、疎水性官能基のみを有する認識分子のみが固定されていることを特徴とする分析システム。
【請求項4】
請求項2の分析システムにおいて、
前記電極表面には、疎水性官能基のみを有する第1の認識分子と、親水性官能基のみを有する第2の認識分子が固定されていることを特徴とする分析システム。
【請求項5】
少なくとも一部分でナノメートルサイズのギャップを有する流路が表面に形成された絶縁性素材の基板と、
ギャップで隔てられた流路間に電圧を印加して流れる電流を測定するための制御部とを有し、
前記ギャップ内には、2つの導電性の電極が対向して配置され、
前記電極表面は、生体分子を捕捉する認識分子で修飾されており、
前記認識分子は、疎水性官能基と親水性官能基を有し、
生体分子が前記2つの電極間を通過する際の電流値変化により、生体分子の構成要素を同定することを特徴とする分析システム。
【請求項6】
2つの対向する電極と、
前記2つの電極の間を満たす生体分子を含む溶液と、
前記2つの電極間に電圧を印加して流れる電流を測定する制御部と
を備え、
前記電極の一つは、尖った先端形状を有する導電性の探針であり、
前記電極のもう一つは、導電性の基板であり、
前記2つの電極表面は、生体分子を捕捉する認識分子で修飾されており、
前記認識分子は、疎水性官能基と親水性官能基を有し、
生体分子が前記2つの電極間を通過する際の電流値変化により、生体分子の構成要素を同定することを特徴とする分析システム。
【請求項7】
請求項2又は3又は4又は5又は6の分析システムにおいて,疎水性官能基は、1つ以上の芳香環で構成されていることを特徴とする分析システム。
【請求項8】
請求項7の分析システムにおいて、電極は金であることを特徴とする分析システム
【請求項9】
請求項8の分析システムにおいて、生体分子は一本鎖DNAであり、同定される構成要素は4種の塩基であることを特徴とする分析システム。
【請求項10】
請求項9の分析システムにおいて、疎水性官能基はナフタレンであることを特徴とする分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,例えば,DNA,RNA,又はタンパク質,細胞等の生体関連物質がナノ電極間を通過する際のトンネル電流変化を計測・分析する装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低価格かつ長塩基長解読を実現するDNAシーケンス技術として,DNAを1塩基毎にトンネル電流計測する方法が提案されている(非特許文献1)。両脇に電極を備えたナノポア(直径ナノメートルサイズの孔)をssDNAが通過する際に流れるトンネル電流の変化を1塩基毎に測定する。塩基種に固有の電流変化により塩基種を同定する。ナノポアのサイズはDNAと同程度の大きさなので,一度に通過するssDNAは1本である。ssDNAのナノポア中での移動は,ナノポアを有する基板で隔てられた2つの溶液槽に電圧を印加することで生じるイオンの流れを利用する。したがって,トンネル電流測定は水溶液中で行われる。非特許文献7は印加電圧を下げることで,DNAの通過速度を低下させる効果を報告しているが,1塩基毎の電流変化を計測するには至っていない。上記方法の利点は,従来のDNAシーケンサ(非特許文献2)のような酵素による伸長反応を必要としないために,試薬コストを低減することができる点と,酵素の失活やシグナルのクロスオーバーによる解読率の低下がないために,長塩基長解読が可能である点である。
【0003】
特許文献1および非特許文献2は,核酸塩基を認識する分子で電極表面を修飾することで,トンネル電流変化による塩基識別の精度を向上させる方法を開示している。塩基認識分子は,核酸塩基と水素結合を形成することで核酸塩基を認識する。ナノポア構造のほかに,Scanning Tunneling Microscopy(STM)でトンネル電流を測定している。STMにおけるトンネル電流測定用の電極は,探針と導電性の基板である。非特許文献2では,表面を4-mercaptobenzamide(MBA)で修飾した探針と導電性の基板(金蒸着マイカ基板)表面を約2nm離し,両者をリン酸塩緩衝溶液で満たす。溶液中を浮遊する核酸塩基(dAMP,dCMPまたはdGMP)と2つの電極上のMBAが水素結合を形成したときにスパイク状のトンネル電流値の上昇が観察される。スパイク状の電流変化は,単一の核酸塩基が両MBAと水素結合を形成している間,マイクロ秒の間隔で複数回観察される(電流値の振動)。スパイク状の電流値変化の違いにより上記3種の塩基を識別している。dTMPを溶液中に浮遊させたときのトンネル電流変化は観測されていない。従って,4種塩基の識別には至っていない。また,dAMP,dCMP,dGMPの3種類についても,得られる電流値のばらつきが大きいため,電流値の頻度分布のピーク間隔よりも幅の方が大きく,すなわち電流値の頻度分布のオーバーラップが大きいため,良好に3種塩基を識別できる状況ではない。
【0004】
上記の電流値の振動の原因として,非特許文献3では水素結合の脱着を,非特許文献4では,水素結合状態での分子の配向揺らぎを指摘している。
【0005】
一方,非特許文献5は,水溶液中でアデニン誘導体(9-ethyladenine)を水素結合により認識する分子を報告している。認識分子はアデニン誘導体と2つの水素結合を形成する親水性官能基の他に,疎水性の芳香環を有している。芳香環を構成するベンゼン環の数を増やすことで,アデニン誘導体との結合定数が増加することから,アデニン誘導体中のプリン環と芳香環のスタッキング相互作用が分子認識に重要であることを示している。非特許文献5同様,水溶液中で水素結合とスタッキング相互作用を組み合わせた分子認識の例として,非特許文献6では,DNAのAP siteを利用して,プテリン分子を認識する報告をしている。プテリン分子は,AP site内でグアニン残基と水素結合を形成するたけでなく,DNAを構成するプリンまたはピリミジン環と上下方向にスタッキング相互作用をする。非特許文献6は,スタッキング相互作用をプテリン分子の上下で行うことで,非特許文献5で報告された結合定数(70M-1)よりも高い結合定数(104M-1)を報告している。水素結合とスタッキング相互作用を利用した分子認識によるトンネル電流変化を計測し,4塩基を識別した例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2008/124706
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Johan Lagerqvist, et al., NANO LETTERS (2006) Vol.6, No.4 779-782
【非特許文献2】Shuo Huang, et al., Nat. Nanotech. (2010) Vol.5, 868-873.
【非特許文献3】Shuai Chang, et al., Nanotechnology (2010) Vol.20, 185102.
【非特許文献4】Stuart Lindsay, et al., Nanotechnology (2010) Vol.21, 262001.
【非特許文献5】Vincent M. Rotello, et al., J. Am. Chem. Soc. (1993), 115, 797-798.
【非特許文献6】Keitaro Yoshimoto, et al., Chem. Comm. (2003) 2960-2961.
【非特許文献7】Utkur Mirsaidov, et al., Nanotechnology (2010) Vol.21,395501.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
トンネル電流値の違いから4種塩基を識別する方法として,塩基を認識する分子で修飾された電極を用いることが有効である。しかし,特許文献1や非特許文献2に示すように,水素結合のみを利用した塩基認識では,トンネル電流値のばらつきが大きいために,4種の塩基種を明確に識別するには至っていない。加えて,トンネル電流値の振動は,塩基配列の読み間違いを引き起こす。したがって,塩基配列の解読精度は低い。
【0009】
上記の原因は,水溶液中では,水分子が認識分子と水和し,認識分子と塩基の水素結合形成が著しい妨害を受け,認識分子と塩基の結合状態が不安定になるためと考えられる。また,非特許文献4では,水素結合状態での各分子の配向ばらつきを電流が振動する要因として指摘している。
【0010】
特許文献1では,3量体のpeptide nucleic acid(PNA)を認識分子として,ssDNAとPNAをハイブリダイズさせることで,結合力を高めている。しかし,ssDNAのハイブリダイズはどちらか片方の電極上に修飾されたPNAに対してしか行うことができないため,もう一方の電極上のPNAとはハイブリダイズできない。したがって,認識分子-塩基-認識分子の構造を安定化するには不十分であり,電極位置に対するssDNAの配向揺らぎを抑制するためには不十分である。また,このような認識分子を用いるとssDNA中の3塩基を同時に認識することになり,3塩基のトンネル電流の合計が得られてしまう。このため,DNAシーケンスを目的とした1塩基毎のトンネル電流計測に不利である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明では,核酸塩基と電極上に修飾した認識分子の結合力を高めるため,認識分子の構造として,水素結合を形成する官能基のほかに,スタッキング相互作用を生じさせる疎水性の芳香環を設けることで,上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0012】
トンネル電流値のばらつきおよび振動を抑え,4種の塩基識別能を向上させ,DNAシーケンスの解読精度を向上させる効果がある。
【0013】
上記に加えて,ssDNAのナノポア通過速度を制御する効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明第1の実施例の構成図。
図2】トンネル電流値変化から,塩基情報を取得する方法のフローチャート。
図3】代表的な塩基認識分子の構造。
図4(a)】水素結合を形成する官能基の例。
図4(b)】スタッキング相互作用をする芳香環官能基の例。
図5】(a)アデニンのピリミンジン環とナフタレン分子の単体の構造。(b)エネルギーの安定な配置を上と横から見た図。
図6】芳香環の数とスタッキング相互作用の結合エネルギーの関係図。
図7】溶液保持部の構成
図8図1の構成をアレイ化したときの電極基板100の構成。
図9(a)】実施例2におけるナノポア103内の構成。
図9(b)】実施例2におけるナノポア103内の構成。
図10(a)】実施例3におけるナノポア103内の構成。
図10(b)】実施例3におけるナノポア103内の構成。
図11】実施例4における電極基板100の構成。
図12】実施例5における電極110と電極基板100の構成。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下,図面に従って本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0016】
図1はトンネル電流を計測して塩基配列を取得するための基本構成である。本発明の効果を説明するために特に重要なナノポア内の構成を拡大図で示した。装置全体の構成は,図1のほかに送液部,温調機構,溶液保持部310である。それらの構成を適宜後述する。
【0017】
図1を用いて,塩基配列の取得方法を説明する。電極基板100の上部と下部は1mM リン酸バッファ(pH 7.4)溶液で満たされている。上とは,z軸プラス方向である。電極基板100に隔てられた溶液槽のうち,上側を上側溶液槽311a,下側を下側溶液槽311bと呼ぶ。各槽の溶液は,溶液保持部310によって保持されている。送液保持部の構成を後述する。2つの溶液槽に浸された電極101には,制御部102を介して任意の電圧Vpが印加され,流れる電流値Ipが制御部102を通して,解析と出力機構を備えたパーソナルコンピュータ(PC)104に保存される。Vp=0.5V(下槽がプラス)を印加すると,負電荷を帯びたリン酸分子がナノポアを通過して下槽に流れ込む。すなわちナノポア103には,上槽から下槽に向けてマイナスイオンの流れが生じている。同様に,下槽から上槽に向けてプラスイオンの流れが生じている。流れは電流値Ipの変化により知り得る。送液部によって上側溶液槽311aに導入されたssDNAは,イオンの流れによって,ナノポア103を通過して下側溶液槽311bに流入する。ssDNAは負電荷を帯びていることに加えて、ssDNAがナノポア103を通過するとイオンの流れが封鎖されるために、電流値Ipは低下する。この電流値低下によって、ssDNAがナノポア103を通過していることを知ることができる。ナノポア103のサイズは2-3 nmなので,同時に2本のssDNAがナノポア103を通過する可能性は低い。2本のssDNAが通過した場合は,Ipの低下がより大きくなることから確認できる。2本以上のssDNAが通過した場合のデータは破棄される。電極110にはVt=0.5Vのバイアス電圧が印加されている。対向する電極110間の距離が2nm程度であれば,ssDNAが通過していないときのトンネル電流値Itは0.01nA程度である。ssDNAが電極間に存在し,電極表面を修飾する塩基認識分子120と水素結合形成および疎水性相互(スタッキング)作用をすると,トンネル電流値Itは階段状に上昇する。上昇度合いは,塩基種によって異なるので,ssDNA中の塩基配列を知ることができる。得られる電流値は,ssDNAのナノポア通過に伴い,認識分子と水素結合する塩基が順次変化するため,時間とともに階段状に変化する。電流値の頻度分布を作成すると,4つの分離したピークが見られる。しかし,ssDNAの通過が速すぎるために,トンネル電流測定の時間分解能が不足すると,4つのトンネル電流値の頻度分布は重なって、4つの分離したピークは見られない。上記の場合は,溶液槽の温度を下げることで,ssDNAの通過を適切な速度に下げることができる。今回は溶液槽の温度を15度にした。トンネル電流値の時間分解能は10マイクロ秒(0.1MHz)である。トンネル電流値ItはPC104で記録および解析される。
【0018】
フローチャート図2にトンネル電流値変化から,塩基情報を取得する方法を説明した。Ip(i)とIt(i)はそれぞれ,測定開始からi番目に取得した電流値である。I1とI2はナノポア103を通過するssDNAが,それぞれ1本または2本であるときのIpの最低電流値である。すなわち,I2>Ip(i)> I1を満たすとき,ナノポア103には1本のssDNAが通過していると判断される。Ithは,ssDNAと電極110が相互作用をしたときに取得されるトンネル電流の最低値である。Ith_A, Ith_G, Ith_C, Ith_Tはそれぞれ,ssDNA中の塩基A,G,C,Tが電極110と相互作用したときに取得されるトンネル電流の最大値である。たとえば,Ith_G>It(i)> Ith_Aを満たすとき,m番目の塩基配列はAと識別される。I1,I2 ,Ith_A, Ith_G, Ith_C, Ith_T,Ithはあらかじめ既知配列のDNAサンプルを用いて,実サンプル同様の測定条件で測定された値を用いる。尚,電流IpとItはショットノイズの影響を抑えるため,3点の移動平均値である。図1のPC104には,上記の様にして得られた塩基配列情報と電流値の時間波形データの模式図を示している。
【0019】
図1の拡大図を用いて電極付近の構成を説明する。ナノポア103内にはx軸方向に対向した電極100が約0.5nm突出している。電極100のZ方向の厚みは,0.3nm以下である。材質はAuである。電極間の距離は約2nmである。このような構造は,特許文献1記載の方法で作成される。電極先端には,塩基認識分子120が修飾されている。分子の構造は,芳香環の疎水性の官能基(図の芳香環官能基)と親水性の官能基(図の親水性官能基)が炭素鎖のリンカーを介してつながった形である。塩基認識分子は,炭素鎖につながったチオール基と、電極を構成する金属(Au)との間の金属-チオール結合により電極に固定されている。塩基認識分子の構造の詳細は、図3を用いて後述される。図1では簡単のため,単一の認識分子が各電極に固定されているが,実際には複数の認識分子が固定される場合が多い。ナノポア103をssDNAが通過すると,塩基認識分子120は,疎水性の芳香環官能基が塩基のプリン環はたはピリミジン環とスタッキング相互作用をし,親水性の官能基は塩基の水素結合部位と水素結合を形成して,塩基を認識する。上記認識様式は,従来の水素結合のみの認識(非特許文献2)に比べて,強固かつ安定であるため,結合状態での塩基の配向自由度を小さくすることができる。この結果,認識分子-塩基-認識分子を通じたトンネル電流値のばらつきや振動を抑制することができる。
【0020】
図1では,電極100の両方に塩基認識分子を修飾したが,一方だけが,親水性官能基と芳香環官能基を有した塩基認識分子で修飾しても良い。
【0021】
図3に代表的な塩基認識分子の構造を示す。化学構造は大きく分けて,2つの部位(水素結合を形成する親水性官能基,スタッキング相互作用をする疎水性の芳香環官能基)から成る。リンカーは2つの部位を電極表面に結合させるアルキル鎖である。アルキル鎖の長さは3原子以上が好ましい。アルキル鎖の構成元素は,炭化水素だけではなく,窒素や酸素が混在していてもかまわない。リンカー末端のチオール基(-SH)は電極を構成するAuやPtなどの金属と特異的に反応し,金属-チオール結合を形成する。もちろん,他の電極材料,他の結合法を用いても,本発明の効果を得ることができる。
【0022】
図4(a)には,水素結合を形成する親水性官能基,(b)にはスタッキング相互作用をする芳香環官能基の例を示した。これらのいずれの組み合わせも本発明の効果を示す塩基認識分子となり得る。スタッキング相互作用をする芳香環官能基は,図示した構造のほかに一般的なDNAのインターカレータでもかまわない。好ましくは,水素結合を形成する親水性官能基を有しないことである。スタッキング相互作用を担うべき芳香環官能基が塩基と水素結合を形成すると,水素結合を形成する親水性官能基と塩基との水素結合が阻害されて電流のばらつきを引き起こすため,本発明の効果が低減する。(b)の構造の構成元素としては,窒素や酸素が少ない方がよい。一方で(a)の構造の構成元素としては,窒素や酸素を含む必要がある。
【0023】
スタッキング相互作用が塩基認識分子と塩基との結合力を増加させることを,Hartree-Fock近似法を用いた分子軌道計算により確認した。空間上に任意に配置した芳香族分子とアデニン塩基が相互作用した時のエネルギーの安定な配置を、分子軌道計算ソフト(Gaussian社,アメリカ)を用いて、基底関数系をSTO-3Gとして計算した。計算後の配置が,スタッキング相互作用をする配置でありかつ,単体で存在するよりも安定なエネルギー状態となることを確認した。結果を図5図6に示す。
【0024】
図5(a)は,アデニンのピリミンジン環とナフタレン分子の単体の構造を示す。図5(b)は,計算後のエネルギーの安定な配置を上と横から見た図である。安定な配置のとき,2つの分子の芳香環が平行に重なり合い,スタッキングしていることがわかる。さらに,エネルギーを計算すると,各分子が単体で存在するよりもスタッキングしている配置の方が,2.8eV安定であることが分かった。すなわち,2.8eVの結合エネルギーが発生していることになる。したがって,スタッキング相互作用をする芳香環官能基があることで,塩基認識分子と塩基との結合エネルギーが増大することが分かる。上記に加え,スタッキングしているときの塩基は芳香環と平行になるように配置されるため,空間的自由度が制限され,各分子の配向ばらつきが抑制される。アデニン以外の塩基(チミン,シトシン,グアニン)に関しても,塩基と芳香環が平行となってスタッキング相互作用をする配置が安定なエネルギー状態であった。
【0025】
一般に,水素結合1つあたりの結合エネルギーは0.3eVである。(非特許文献1)に示されている塩基認識分子がアデニン塩基と形成する水素結合は4つである。したがって,水素結合のみの場合は,結合エネルギーは1.2eVとなる。一方,上記塩基認識分子にナフタレンを付加された塩基認識分子の場合,スタッキング相互作用が一つ増えると,結合エネルギーは,1.2eV+2.8eV = 4.0eVとなるので,3倍以上エネルギー的に安定な状態となる。両端の電極に修飾されたナフタレン環によって,ピリミジン間を挟んでスタッキング相互作用を2つにすれば,4.0eVよりも大きな結合エネルギーを得ることができる。
【0026】
図6は芳香環の大きさとスタッキング相互作用の結合エネルギーの関係を示す。結合エネルギーは前述の分子軌道計算によって求められた。環構造が大きい方が結合エネルギーは大きくなる。しかし,ナフタレンの方がアントラセンよりも結合エネルギーが大きいことから,環構造を大きくすることが必ずしも結合エネルギーを増大させない。一方で環構造の増大はssDNAとの立体障害を引き起こす。芳香環を構成する環(6または5員環)の数は,好ましくは2以上である。
【0027】
図7は,溶液保持部310の構成である。上側溶液槽311aと下側溶液槽311bは電極基板10によって隔てられている。両槽の溶液はナノポア103を通してのみ,両槽を行き来できる。両槽にはそれぞれ,送液部が備えられている。送液部には,両液槽の流入口303と流出口304が設けられている。上側溶液槽311aの流入口303にはバルブ305を介してサンプル容器,洗浄容器302aと修飾試薬容器302bが接続されてバルブ305によって切り替えが可能である。下側溶液槽311bには,同様の構成で洗浄容器302aと修飾試薬容器302bが接続されている。ポンプによって溶液が溶液槽に導入される。導入された溶液は流出口304から廃液容器302de,302eに入れられる。溶液槽には温調機構301が設けられている。温調にはペルチェ素子を用いた。温調はssDNAのナノポア103通過速度を制御するために用いられている。温度を下げることで,分子の振動が抑えられるため,トンネル電流のばらつきを抑える効果もある。
【0028】
上記送液部を用いた電極修飾方法を説明する。修飾試薬容器302bには塩基認識試薬が溶媒に溶けて入っている。本実施例では,図3に示す塩基認識分子を用いた。溶媒はメタノールである。上下溶液槽には予め溶媒が満たされている。送液部により,塩基認識試薬が上下溶液槽に導入され,溶液槽の溶媒が置換される。約20時間室温で静置される間に,塩基認識分子が金属−チオール結合により電極表面に結合する。その後、上下溶液槽に溶媒が導入されて,溶液中の浮遊塩基認識分子は流出口から廃液容器に洗い流される。洗い流す際の溶媒の量は,溶液槽の容量のおよそ10倍である。次に洗浄容器内の溶液をリン酸バッファに交換して,リン酸バッファで溶液槽を置換する。電極表面が塩基認識試薬で修飾されていることは,トンネル電流のパルス状のノイズが減少することで確認できる。上記確認方法は,塩基配列測定による電極の劣化を確認する方法として,サンプル測定中も随時行われる。電極が劣化した場合、Olson and Buhlmann, Anal. Chem. 2003, 75, 1089に記載と同様の方法を用いることにより、電極を即時再度修飾することが出来る。ここでは認識分子の電極表面への結合工程と,塩基配列決定の工程を同じシステムの中で実現する場合を示すが,これらの工程を異なるシステムで実現しても良い。これらの工程を同じシステムで実現する効果は,測定時間と伴に生じる認識分子の離脱等による電極性能の劣化の影響を回避するために,異なる測定間に認識分子の再結合させ,電極を再生できることである。
【0029】
塩基配列測定の際は,サンプル容器302cに一本鎖化したssDNAを入れて,上側溶液槽311aに導入し,VpとVtに電圧を印加することで測定が開始する。測定が終わるとリン酸バッファで上下溶液槽に浮遊するssDNAを洗い流す。その後,サンプル容器内の溶液を別のssDNAに交換すれば,複数のDNAサンプルを連続して測定することができる。
【0030】
図8は,図1の構成をアレイ化したときの電極基板100の構成である。複数のナノポア103で同時に塩基配列を解読することで,DNAサンプルあたりの測定時間を短縮することができる。
【0031】
さらに,図7の溶液保持部310をアレイ化することで,複数のDNAサンプルを同時に測定することができる。溶液保持部310内の電極基板100に図8のアレイ化基板を用いることで,より高いスループットを達成できる。
【実施例2】
【0032】
図9(a)(b)は,実施例2におけるナノポア103内の構成である。他の構成は実施例1と同様である。実施例2の特徴は,対向する電極110を異なる塩基認識分子120aと120bで修飾することである。図9(a)では,120aにスタッキング相互作用をする芳香環官能基(図4(b))のみを,120bに水素結合をする親水性官能基とスタッキング相互作用をする芳香環官能基を用いている。図9(b)では,120bにスタッキング相互作用をする芳香環官能基(図4(b))複数個を,120aに水素結合をする親水性官能基のみを用いている。水素結合をする親水性官能基を電極110の片側だけに修飾することで,塩基認識しているときの塩基の向きを一方向に制限することができる(電極両側で同じ水素結合する親水性官能基がある場合,塩基の向きは2通りある)。これにより,トンネル電流値のばらつきを抑制する効果がある。
【0033】
上記電極の修飾方法は,まず実施例1記載の方法で,塩基認識分子120bを修飾し,電圧を印加して電極の片側のみ,塩基認識分子120bを脱着させて,非修飾状態とする。次に,実施例1記載の方法で,非修飾状態の電極110に塩基認識分子120aを修飾する。図9には簡単のため,1分子のみが固定された状態を示したが,実際には複数の塩基認識分子が自己組織化単分子膜(SAM)を形成している。したがって,塩基認識分子120aの修飾操作によって、塩基認識分子120aが塩基認識分子120b固定電極に固定化される確率は低い。電圧を印加して塩基認識分子を脱着させる方法は,Mary M. Walczak, et al., Langmuir 1991, 7 2687-2693に記載されている。
【0034】
なお、予め片側の電極のみに非修飾状態をもたらす条件の電圧を印加した状態で、塩基認識分子120bを修飾した後に、電極に印加する電圧条件を切り替えて、塩基認識分子120aを非修飾状態の電極に修飾することによって、異なる塩基認識分子120aと120bで修飾する方法もある。
【0035】
本実施例では2種の異なる塩基認識分子を2種の電極の表面に修飾し分ける場合を例に説明したが、同じ原理を適用することにより、3種、4種、あるいは5種以上の異なる塩基認識分子を認識分子種と同数の電極表面に修飾することも可能である。これにより、電極毎に異なる塩基を検出することができる。
【実施例3】
【0036】
図10(a)(b)は,実施例3におけるナノポア103内の構成を示す。他の構成は実施例1と同様である。実施例3の特徴は,スタッキング相互作用をする芳香環官能基と水素結合をする親水性官能基を有する二種類の塩基認識分子120cで電極110を修飾することである。図10(a)では,両電極とも二種類の塩基認識分子で修飾した。電極110の修飾方法は,実施例1記載の方法を用いる。ただし,修飾試薬容器302bには,上記二種類の塩基認識分子が混在している。予め混合比を調整することで,電極上で適切な認識分子比率を実現できる。
【0037】
本実施例は,塩基認識分子の構造を小さく出来るので,それぞれの塩基認識分子の合成作業を軽減する効果がある。
【0038】
さらに,図10(b)に示すように,両電極を異なる塩基認識分子で修飾することで,実施例2同様に電極上で塩基認識されているときの塩基の向きを制御する効果が付加される。修飾方法は実施例2に記載されている。
【実施例4】
【0039】
図11は,実施例4における電極基板100の構成である。本実施例では,ナノポア103の代わりに,ナノ流路601を使用する。ナノ流路601が図7の溶液保持部310に相当する。ナノ流路の両端に,流入口303と排出口304が設けられているが,図からは省略されている。ssDNAは,ナノ流路601の両端に印加された電圧によって発生する電気浸透流(Electroosmotic Flow)によって,ナノ流路内を一方向に移動する。ssDNAがナノ流路内に突出した電極間を移動するときに、ssDNAの塩基配列が同定される。電極の構成を以下に記す。
【0040】
電極110はナノ流路内(x方向)に約0.5nm突出している。電極の対向する距離は2nm程度である。したがって,電極が突出する付近のx方向とz方向の流路幅は,2-3nmである。電極110の突出部の幅は,y方向に約0.3nm,z方向に2−3nmである。電極付近以外の流路幅はxz方向に50−100nm程度である。流路及び電極構造の作成方法は,特許文献1に記載されている方法と,一般的な半導体プロセスを組み合わせた。上記以外の構成は実施例1と同等である。
【0041】
本実施例は,溶液保持槽を1つにすることができるので,装置構成を簡便にする効果がある。
【実施例5】
【0042】
図12は,実施例5の電極110と電極基板100の構成である。他の構成は実施例1と同等である。ただし,本実施例では,STM機構700を備えることを特徴とする。STMは,Scanning Tunneling Microscopyのことである。STM機構として,市販のSTM装置,例えばAgilent 5100を使用することができる。電圧Vtを印加する電圧源と、電流Itを計測する電流計は制御部102を介してSTM機構部700に接続されている。電極110の片側はSTM探針であり,残りの片側は電極基板である。電極基板には,原子レベルの平坦性を有するAu(111)単結晶基板を用いたが,同等の平坦性を有する限りは,Auを蒸着したマイカ基板等でも構わない。
【0043】
電極基板表面110には、溶液保持部310が設けられており(図示省略),ssDNAが浮遊している。トンネル電流測定の方法は,非特許文献1に記載されている。
【0044】
図12では,同一種の塩基認識分子120を修飾させたが,実施例2と3のように異なる塩基認識分子を修飾させてもよい。
【0045】
本実施例は,電極110を分離させて塩基認識分子の修飾作業ができるので,異なる種類の塩基認識分子を修飾する作業が簡便になる。例えば,実施例2記載のように電圧をかけて分子を脱着させる必要はない。
【0046】
上記記載は実施例についてなされたが,本発明はそれに限らず,本発明の精神と添付の請求範囲の範囲内で種種の変更および修正をすることができることは当業者には明らかである。
【0047】
以上の実施例では,ナノポアに設けられた対向電極,ナノ流路に設けられた対向電極, STMに於ける探針電極と電極基板の主に3種類の構成に於ける,塩基認識分子で修飾された電極による塩基識別方法を説明したが,本発明は必ずしもこの3種類の構成に限定されるものではなく,塩基またはDNAやRNA鎖中の塩基を計測対象として,認識分子を介してトンネル電流計測する全ての構成に適用可能である。さらに計測対象を蛋白質や糖鎖としても良い。
【0048】
以上の実施例では,トンネル電流測定に限定したが,同様の構成でトンネル電流以外の電流測定についても同様の効果がある。
【符号の説明】
【0049】
塩基認識分子120,電極110,電極基板100,STM機構部700,制御部102,ナノ流路601,ナノポア103,溶液保持部310,洗浄容器302a,修飾試薬容器302b,サンプル容器302c,廃液容器302de,302e,上側溶液槽311a,下側溶液槽311b,流入口303,バルブ305,流入口303,流出口304,PC104
図1
図2
図3
図4(a)】
図4(b)】
図5
図6
図7
図8
図9(a)】
図9(b)】
図10(a)】
図10(b)】
図11
図12