【実施例1】
【0015】
図1は、本発明が好適に適用される車両用電磁クラッチを有する前置エンジン前輪駆動(FF)を基本とする前後輪駆動車両(以下、車両)10の構成、及び車両10に設けられた電気的な制御系統の要部を説明する図である。
図1において、エンジン12は、例えばガソリンエンジン或いはディーゼルエンジン等の内燃機関であって、燃料の燃焼により駆動力を発生させる駆動力源である。このエンジン12により発生させられた駆動力は、変速機14、前輪用差動歯車装置16、及び前輪車軸18などを介して主駆動輪である1対の前輪20へ伝達される。また、変速機14から前後輪動力分配装置であるトランスファ22を介して分配された駆動力は、駆動力伝達軸であるプロペラシャフト24、そのプロペラシャフト24に直列に配設された車両用電磁クラッチとしての電磁式の駆動力配分カップリングである電子制御カップリング26、後輪用差動歯車装置28、及び後輪車軸30などを介して副駆動輪である1対の後輪32へ伝達される。すなわち、
図1に示す車両10は、エンジン12により発生させられたトルクを車両10の走行状況に応じて前後輪に配分する電子制御トルクスプリット式四輪駆動車両の一例であり、電子制御カップリング26によって低燃費でトラクション性能に優れた駆動系(駆動力伝達装置)を提供できる。
【0016】
図2は、電子制御カップリング26の構成を説明する為の概略断面図である。電子制御カップリング26は、共通の回転軸心C上に回転可能に配置されている、プロペラシャフト24(
図2において不図示)と、後輪用差動歯車装置28に噛み合うドライブギヤ44との間に介装され、プロペラシャフト24とドライブギヤ44とを適宜断続する。
【0017】
電子制御カップリング26は、非回転部材である円筒状のカップリングカバー40内において、ボルト42によってプロペラシャフト24と接続されることでプロペラシャフト24と一体的に回転させられる有底円筒状のフロントハウジング46と、ドライブギヤ44の端部にスプライン嵌合されてそれと共に一体的に回転させられる有底円筒状のインナシャフト48と、フロントハウジング46の内周面とインナシャフト48の外周面との間に形成される空間に軸方向に並んで配設されたメインクラッチ50及びコントロールクラッチ52と、メインクラッチ50に軸方向に隣接されてメインクラッチ50を軸方向に適宜押圧することでそのメインクラッチ50を係合させるメインカム54と、コントロールクラッチ52に隣接されて適宜コントロールクラッチ52を軸方向に押圧することでコントロールクラッチ52を係合させるアーマチュア56と、コントロールクラッチ52の係合時にフロントハウジング46に接続されるコントロールカム58と、メインカム54とコントロールカム58との間に介装されているボール60と、ヨーク部材62及びヨーク部材62に一体的に固定される電磁コイル64を有して回転軸心C回りに回転不能に固定されると共にコントロールクラッチ52に対して軸方向において後輪用差動歯車装置28側(図において右側)に配設された電磁石66と、コントロールクラッチ52と電磁石66との間にてフロントハウジング46の開口を塞ぐと共に電磁石66を収容するようにフロントハウジング46の内周側に配設されたリヤハウジング68とを、含んで構成されている。
【0018】
カップリングカバー40は、後輪用差動歯車装置28を収容する非回転部材であるデフキャリヤ70とボルト等によって連結されることで、ボルト等によってそのデフキャリヤ70と連結される非回転部材であるデフリテーナ72と合わせ、一体的なケース74を構成している(
図1参照)。カップリングカバー40とデフキャリヤ70とは、相互に対向する側において、カップリングカバー40の径方向外周側に設けられた連結部40aの合せ面40bと、デフキャリヤ70の径方向外周側に設けられた連結部70aの合せ面70bとにおいて連結される。連結部40aはカップリングカバー40の径方向外周側に設けられたケース外壁部の一部を構成するものであり、連結部70aはデフキャリヤ70の径方向外周側に設けられたケース外壁部の一部を構成するものである。デフキャリヤ70には、連結部70aの内周側壁面70cにおいて径方向外周側へ凹む窪み部70dが形成されている。
【0019】
フロントハウジング46は、カップリングカバー40にシール機能を備えた軸受76を介して回転軸心C回りに回転可能に支持されている。インナシャフト48は、フロントハウジング46よりも十分に小径であって、フロントハウジング46に嵌め入れられた状態で回転軸心C回りに回転可能に配設されている。フロントハウジング46とインナシャフト48とは、軸受78を介して相対回転可能に支持されている。フロントハウジング46は、電磁石66により磁気回路(
図2の一点鎖線で示す磁気回路A参照)を好適に形成させる為に、例えば軽合金などの非磁性材料から構成されている。フロントハウジング46とインナシャフト48とは、メインクラッチ50及びコントロールクラッチ52により選択的に断続される。
【0020】
メインクラッチ50は、湿式多板クラッチであって、内周部がインナシャフト48の外周面に相対回転不能且つ軸方向の移動可能に嵌合される複数枚の円板状の内周側摩擦板と、外周部がフロントハウジング46の内周面に相対回転不能且つ軸方向の移動可能に嵌合される円板状の複数枚の外周側摩擦板とを備え、互いの摩擦板が交互に積み重なった状態で構成されている。
【0021】
メインカム54は、所定の厚みを有する円板状の部材であり、インナシャフト48の外周面に相対回転不能且つ軸方向の移動可能に嵌合されることで、インナシャフト48と一体的に回転させられている。メインカム54がメインクラッチ50側に移動させられると、メインカム54がメインクラッチ50を押圧するに従い、メインクラッチ50が係合されて、フロントハウジング46とインナシャフト48とが接続される。
【0022】
コントロールクラッチ52は、内周部がコントロールカム58の外周面に相対回転不能且つ軸方向の移動可能に嵌合される円板状の内周側摩擦板と、外周部がフロントハウジング46の内周面に相対回転不能且つ軸方向の移動可能に嵌合されている円板状の外周側摩擦板とを備え、互いの摩擦板が相互に積み重なった状態で構成されている。
【0023】
アーマチュア56は、磁性体金属製の部材であって、外周部がフロントハウジング46の内周面に相対回転不能且つ軸方向の移動可能に嵌合されており、アーマチュア56がコントロールクラッチ52側に移動させられると、アーマチュア56がコントロールクラッチ52を押圧するに従い、コントロールクラッチ52が係合されて、フロントハウジング46とコントロールカム58とが接続される。アーマチュア56は、電磁石66の吸引力によってコントロールクラッチ52側へ引き付けられる。
【0024】
コントロールカム58は、円環状に形成され、内周端がインナシャフト48に対して摺動可能に嵌め付けられている。コントロールカム58は、コントロールクラッチ52が係合されることでフロントハウジング46と接続されると、フロントハウジング46と共に回転させられる。そして、コントロールカム58が回転させられると、コントロールカム58とメインカム54との間に差回転が発生する為、それらの間に介装されているボール60が周方向に転動させられる。
【0025】
ボール60は、メインカム54とコントロールカム58との間に等角度間隔で複数個介装されており、メインカム54及びコントロールカム58にそれぞれ形成されている凹溝に収容されている。この凹溝は、ボール60毎に周方向に複数個形成され、その凹溝の深さは、周方向に向かうに従って浅くなるように斜面状に形成されている。従って、ボール60が周方向に転動させられると、凹溝に形成されている斜面に沿って移動させられることから、メインカム54がボール60によってメインクラッチ50側に移動させられる。これにより、メインカム54がメインクラッチ50を押圧し、メインクラッチ50が係合させられる。メインカム54、コントロールカム58、及びボール60がカム機構として機能することで、コントロールクラッチ52で発生したトルクに基づいてこのカム機構を介してメインカム54を軸方向に移動させ、メインクラッチ50を押圧することで、コントロールクラッチ52で発生したトルクの数倍ものトルクがメインクラッチ50に伝達される。
【0026】
リヤハウジング68は、有底二重円筒状に形成され、珪素鋼や低炭素鋼(例えばS10)などの磁性体金属製の内周側部材80と、珪素鋼や低炭素鋼などの磁性体金属製の外周側部材82と、それらの間に圧入された非磁性ステンレス鋼製の圧入部材84との3部材を含んで一体的に構成されている。この非磁性ステンレス鋼製の圧入部材84により、電磁石66による磁気回路(
図2の一点鎖線で示す磁気回路A参照)が好適に形成される。リヤハウジング68は、外周側部材82の外周面がフロントハウジング46の内周面とスプライン嵌合されることで、フロントハウジング46と一体的に回転させられる。
【0027】
ヨーク部材62は、珪素鋼や低炭素鋼(例えばS10)などの磁性体金属製の部材であって、円筒状に形成されている。ヨーク部材62は、円筒状のヨーク本体部62aと、ヨーク本体部62aから径方向外側へ突出する突出部としてのヨークリブ部62bとを含んで構成されている。ヨークリブ部62bは、周方向に隣接する2つのリブを含んで構成されており、それら2つのリブは、周方向において回止めピン86を挟むように位置させられている(
図3等参照)。隣接する2つのリブを有するヨークリブ部62bは、何れも、径方向外周側の一部分が、デフキャリヤ70の同一の窪み部70dの何れの内壁面にも当接することなくその窪み部70dに収容(突出)させられている。回止めピン86は、デフキャリヤ70の窪み部70dと対向するカップリングカバー40の合せ面40bの位置においてその合せ面40bと直交する方向に設けられたピン固定穴40cに、嵌め入れられて(圧入されて)固定(固設)されている。つまり、回止めピン86は、デフキャリヤ70の内周側壁面70cよりも外周側の位置に設けられている。また、回止めピン86は、上記2つのリブとの間で周方向のガタ(隙間)が生じない程度の大きさで形成されている。これにより、非回転部材であるカップリングカバー40に固定された回止めピン86は、カップリングカバー40の周方向に直交する方向に沿って窪み部70dに突出すると共にヨーク部材62を回転停止(固定)させる回止め固定部として機能する。
【0028】
電磁コイル64は、円環状に形成されて、ヨーク部材62の端部に固定されている。電磁コイル64には、ケース74(特にはカップリングカバー40)の外部へ取り出されるように構成されて電子制御装置100と電気的につながったリード線88が接続されており、電子制御装置100から励磁電流が供給される。
【0029】
電磁石66は、ヨーク部材62と電磁コイル64とを含んで全体として円筒状に構成されている。電磁石66は、リヤハウジング68において形成された空間内(すなわち内周側部材80の外周面と外周側部材82の内周面との間に形成された空間内)に収容されるような状態で、軸受90を介して内周側部材80に支持されている。従って、電磁石66は、カップリングカバー40に固定された回止めピン86によって回転停止させられ、リヤハウジング68は、ヨーク本体部62aの外周面及び内周面との間で極めて僅かな隙間(
図2の二点鎖線で囲った部分の微小なエアギャップB参照)を保った状態で、電磁石66に対して相対回転可能とされている。つまり、電磁石66は、上記エアギャップBを保った状態で、リヤハウジング68に連れ回されることが阻止されるようになっている。上記エアギャップBは、電磁石66による磁気回路(
図2の一点鎖線で示す磁気回路A参照)が好適に形成され且つ電磁石66(特にはヨーク部材62)とリヤハウジング68とが接触しない為の予め実験的或いは設計的に求められた所定の大きさとなるように、軸受90等により形成されている。
【0030】
電子制御カップリング26において、電磁コイル64が非励磁状態である場合には、コントロールクラッチ52及びメインクラッチ50の何れも非係合状態とされる為、変速機14などを介してプロペラシャフト24へ伝達されたトルクはインナシャフト48へは伝達されない。一方、電磁コイル64が励磁状態である場合には、電磁コイル64周辺に磁束が生じることによりアーマチュア56がコントロールクラッチ52側へ引き付けられる。電子制御装置100により電磁コイル64への励磁電流が適宜制御されることで、この励磁電流に応じてアーマチュア56がコントロールクラッチ52を押圧する押圧力が変化させられて、コントロールクラッチ52が係合或いはスリップ係合させられる。コントロールクラッチ52が係合或いはスリップ係合させられた後、コントロールカム58とメインカム54との間に回転速度差が生じると、ボール60がコントロールカム58における凹溝の斜面に押されてメインカム54側へ押し付けられ、延いてはそのメインカム54がメインクラッチ50側へ押し付けられてメインクラッチ50が係合させられ、プロペラシャフト24へ伝達されたトルクがインナシャフト48へ伝達される。例えば、電磁コイル64に流れる励磁電流が小さい場合、アーマチュア56がコントロールクラッチ52を押圧する力が小さくなる為、コントロールクラッチ52の係合力及び伝達トルクが小さくなる。従って、メインクラッチ50の伝達トルクも小さくなる為、プロペラシャフト24からドライブギヤ44へ伝達されるトルクは小さくなる。一方、電磁コイル64に流れる励磁電流が大きくなる場合、アーマチュア56がコントロールクラッチ52を押圧する力が大きくなる為、コントロールクラッチ52の係合力及び伝達トルクが大きくなる。従って、メインクラッチ50の伝達トルクも大きくなる為、プロペラシャフト24からドライブギヤ44へ伝達されるトルクが大きくなる。このように、電子制御カップリング26は、電磁石66の作用によってプロペラシャフト24とドライブギヤ44との間の動力伝達経路の断続を行う。
【0031】
図1に戻り、車両10には、エンジン12の出力制御や電子制御カップリング26の係合制御などに関連する制御装置を含む電子制御装置100が備えられている。電子制御装置100は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。例えば、電子制御装置100は、エンジン12の出力制御、電磁コイル64へ供給する励磁電流を制御することによる電子制御カップリング26の係合制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用のエンジン制御装置、電子制御カップリング26の係合制御用の前後輪駆動トルク配分装置(例えば4WD_ECU)等に分けて構成される。
【0032】
電子制御装置100には、各種センサ(例えばエンジン回転速度センサ92、車輪速センサ94、アクセル開度センサ96、スロットル弁開度センサ98など)により検出された各種信号(例えばエンジン回転速度Ne、車速Vに対応する車輪速Nw、アクセル開度Acc、スロットル弁開度θthなど)が、それぞれ供給される。また、電子制御装置100からは、例えばエンジン12の出力制御の為のエンジン出力制御指令信号Se、電子制御カップリング26の係合トルクを制御する為の係合制御指令信号Sc(例えば後輪32側への伝達トルクを制御する為に電磁コイル64への励磁電流を制御する為の駆動信号)などが、それぞれ出力される。
【0033】
ところで、前述したように、ケース74に対して相対回転不能に固定される非回転体(非回転部材)である電磁石66(特にはヨーク部材62)と、回転体(回転部材)であるリヤハウジング68との間には、微小なエアギャップBが管理されている。このエアギャップBの機能が何らかの原因(例えば軸受90の不具合やエアギャップBへの異物混入等)で損なわれると、リヤハウジング68が電磁石66を連れ回そうとするような異常(すなわちリヤハウジング68に減速トルクを作用させるような異常、延いては車両10に減速トルクを作用させるような異常)が発生する可能性がある。このような異常が例えばリヤハウジング68と電磁石66とを固着させるような故障となった際には、リヤハウジング68を回転停止させずリヤハウジング68に電磁石66が連れ回されるように、ヨークリブ部62b及び回止めピン86による電磁石66の回止め機能が損なわされる(例えばヨークリブ部62bが壊される)。このとき、ヨークリブ部62bの壊れ方によっては、壊れるときのトルク(破損トルク)の最大値が大きくなったり、或いはヨークリブ部62bが非回転部材であるデフキャリヤ70の窪み部70dから内周側壁面70cへ乗り上げて噛み込むことで電磁石66(特にはヨークリブ部62b)とデフキャリヤ70(特には内周側壁面70c)との間の摺動トルクが大きくなったりする可能性がある。破損トルクや摺動トルクは、車両10に作用する減速トルクとして現れるので、結果的にその減速トルクが大きくなる可能性がある。又、ヨークリブ部62bの一部が破断するような壊れ方であると、その破断した破片が周辺隙間に入り、何れかの回転部材に減速トルクが作用して、結果的に車両10に減速トルクが作用してしまう可能性がある。
【0034】
そこで、本実施例のヨーク部材62においては、例えばリヤハウジング68と電磁石66とを固着させるような故障となった際のヨークリブ部62bの壊れ方を工夫し、ヨークリブ部62bが壊れたときの車両10に作用する減速トルクを抑制する構成としている。ヨーク部材62の形状について、本実施例と比較例とを例示しつつ以下に詳細に説明する。
【0035】
図3は本実施例のヨーク部材62を説明する為の図であり、
図4は比較例のヨーク部材200を説明する為の図である。
図3及び
図4は共に、カップリングカバー40側からデフキャリヤ70側を視たときの図である。
図3の(a)及び
図4の(a)は共に、電磁石66(ヨーク部材62、ヨーク部材200)の回止め機能が正常な状態を示している。
図3の(b)及び
図4の(b)は共に、ヨーク部材62やヨーク部材200が回転させられることで(すなわちリヤハウジング68に連れ回されることで)、電磁石66の回止め機能が損なわれた状態(すなわちヨークリブ部62bや突出部202が壊れたときの状態)を示している。
【0036】
図4において、比較例のヨーク部材200は、珪素鋼や低炭素鋼(例えばS10)などの磁性体金属製の部材であって、円筒状に形成されており、ヨーク本体部62aと、ヨーク本体部62aから径方向外側へ突出する突出部202とを含んで構成されている。突出部202は、径方向外周側の一部分が、デフキャリヤ70の窪み部70dの何れの内壁面にも当接することなくその窪み部70dに収容(突出)させられており、径方向外周側に回止めピン86を挟み込む為のピン狭持穴202aが形成されている。これにより、突出部202は、ヨークリブ部62bと同様に、回止めピン86と共に電磁石66の回止め機能を働かせる。このように構成された突出部202では、ヨーク部材200がデフキャリヤ70に対して相対回転させられると、
図4の(b)に示すように、一体で変形するので、破損トルクや摺動トルクが比較的大きくされる可能性がある。具体的には、突出部202は、一見すると、ピン狭持穴202aを形成する2つのリブを有しているが、ヨーク部材200が回転させられて窪み部70dから内周側壁面70cへ乗り上げる際には、それら各リブがそれぞれ変形するのではなく、突出部202全体があたかも1つのリブの如く変形する。加えて、この突出部202は、倒れ込むことを主体とする変形ではその変形後にヨーク本体部62aと内周側壁面70cとの間の空間に突出部202が収容されない程、周方向の幅が長くされている為、内周側壁面70cへの乗り上げに際しては、突出部202が周方向の回転方向後ろ側に倒れ込みはするものの、専ら径方向に押し潰されるように一体的に変形する。そして、磁気回路Aを適切に形成する為にヨーク部材200の材料として低炭素鋼(S10)を採用する場合、突出部202の強度を確保するには相当のボリュームが必要となるので、突出部202が一体的に変形すると破損トルクは比較的大きくされる可能性がある。また、車両10においてはスペース効率を向上する為、ヨーク本体部62aと内周側壁面70cとの間の空間が狭いので、突出部202が径方向に潰れるように変形することと併せ、内周側壁面70cへの突出部202の噛み込みが発生し易く、変形後の摺動トルクが比較的大きくされる可能性がある。その為、ヨーク部材200がデフキャリヤ70に対して相対回転させられるような故障となった際に、車両10に作用する減速トルクが比較的大きくなる可能性がある。加えて、
図4の(b)に示すように、突出部202が窪み部70dから内周側壁面70cへ乗り上げる際に、その突出部202が破断する可能性がある。ヨーク部材200の材料として低炭素鋼(S10)を採用する場合、突出部202が破断したときの破片が比較的大きい為、周辺に噛み込みが発生し易くなり、結果的に車両10に減速トルクが作用してしまう可能性がある。
【0037】
図3に戻り、本実施例のヨークリブ部62bは、前述したように、回止めピン86を挟むように周方向に隣接する2つの突出部としてのリブを有している。すなわち、ヨークリブ部62bは、
図3の(a)に示すように、回止めピン86に対して、
図3における反時計回りの回転を規制する第1リブ部62b1と、
図3における時計回りの回転を規制する第2リブ部62b2とを有している。つまり、ヨークリブ部62bは、回止めピン86に対して、半時計回転用の位置規制と時計回転用の位置規制とを別々のリブ(突出部)で構成している。このように構成されたヨークリブ部62bでは、ヨーク部材62がデフキャリヤ70に対して相対回転させられると、
図3の(b)に示すように、第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とがそれぞれ独自に(単独で)変形するので、破損トルクや摺動トルクが比較的小さくされる。
【0038】
具体的には、ヨークリブ部62bは、ヨーク部材62が回転させられて窪み部70dから内周側壁面70cへ乗り上げる際には、第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とがそれぞれ、専ら倒れ込むことで変形する。この第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とはそれぞれ、径方向の所定位置における周方向の幅Wが、その所定位置から内周側壁面70cまでの径方向の長さLよりも短くされている。この所定位置は、例えばヨーク部材62がデフキャリヤ70に対して相対回転した場合に、ヨークリブ部62bが周方向の回転方向後ろ側に倒されるときの位置として内周側壁面70cよりも内周側の位置に予め実験的或いは設計的に定められた屈曲位置である。ヨークリブ部62bにおけるそれぞれの屈曲位置は、例えば第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とのそれぞれに切欠きや曲部(凹み部)が予め定められて追加される(形成される)ことにより調整されている。例えば、屈曲位置は、変形時にヨークリブ部62bが破断することなく、相互に変形(倒れ込み)を邪魔しないようにすなわち各リブが相互に干渉することなく(影響することなく)倒れ込むように、調整されている。また、屈曲位置は、変形後にヨーク本体部62aと内周側壁面70cとの間の空間にヨークリブ部62bが適切に収容されて、変形後のヨークリブ部62bが内周側壁面70cへ噛み込まないように、調整されている。また、屈曲位置は、ヨークリブ部62bが圧縮される側の変形(例えば径方向に押し潰される変形)において、ヨークリブ部62bの材料が適切に逃げられる形状となるように、調整されている。
【0039】
従って、ヨークリブ部62bは、ヨーク部材62がデフキャリヤ70に対して相対回転させられる場合、第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とがそれぞれ周方向の回転方向後ろ側に倒れ込むことを主体として変形する。このような各々のリブが1本ずつ倒れ込むことを主体とする変形では、回止めピン86に対して回転方向前側に位置するリブ(例えば第1リブ部62b1)は、専らデフキャリヤ70の内周側壁面70cから力が作用させられることにより回転方向後ろ側に倒れ込む。一方で、回止めピン86に対して回転方向後ろ側に位置するリブ(例えば第2リブ部62b2)は、回止めピン86及びデフキャリヤ70の内周側壁面70cから別々に力が作用させられることにより回転方向後ろ側に倒れ込む。よって、それぞれのリブの変形時における破損トルクが小さくされ、結果的に一体的に変形する場合と比較して破損トルクの最大値が小さくされる。また、このような倒れ込むことを主体とする変形では、その変形後にヨーク本体部62aと内周側壁面70cとの間の空間にヨークリブ部62bが十分に収容される。つまり、見方を換えれば、デフキャリヤ70の内周側壁面70cは、倒れた状態の第1リブ部62b1と第2リブ部62b2における何れの径方向最外側位置よりも径方向外側に設けられている。よって、径方向に押し潰される圧縮側の変形が少なくされることと相俟って、内周側壁面70cへのヨークリブ部62bの噛み込みが発生し難く、変形後の摺動トルクが抑制される。加えて、ヨークリブ部62bが窪み部70dから内周側壁面70cへ乗り上げたり、回止めピン86を乗り越えたりする際に、そのヨークリブ部62bが破断することがないので、破断した破片により周辺に噛み込みが発生することが回避される。
【0040】
図5は、本実施例のヨーク部材62が変形する際のトルク変化の一例を示す図である。
図5中に示したヨーク部材62の変化中の各図は、デフキャリヤ70側からカップリングカバー40側を視たときの図である。
図5中に示したトルクは、ヨーク部材62がデフキャリヤ70に対して相対回転させられる際のヨーク部材62における破損トルクや摺動トルク(すなわち車両10に作用する減速トルク)であり、ヨーク部材62のデフキャリヤ70に対する相対回転が始まってからのトルクの変化特性が示されている。
図5において、ヨーク部材62の回転が始まると、先ず、回止めピン86に対して回転方向後ろ側に位置する第2リブ部62b2は、回止めピン86から力が作用させられることにより回転方向後ろ側に倒れ込み始め(曲がり始め)、専ら第2リブ部62b2の変形時の破損トルクにより車両10の減速トルクが上昇させられる(例えば
図5のt1時点参照)。ヨーク部材62の回転が進むと、第2リブ部62b2は、回止めピン86の乗り越えに伴って回転方向後ろ側に更に倒れ込むと共に、回止めピン86に対して回転方向前側に位置する第1リブ部62b1は、デフキャリヤ70の内周側壁面70cから力が作用させられることにより回転方向後ろ側に倒れ込み始め、第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とのそれぞれの変形時の破損トルクが合わさる形で車両10の減速トルクが上昇させられて最大トルク点に到達する(例えば
図5のt2時点参照)。更にヨーク部材62の回転が進むと、第2リブ部62b2は、回止めピン86の乗り越え終了に伴って回転方向後ろ側への倒れ込みが一旦停止し、第2リブ部62b2の変形時の破損トルクが低下することにより車両10の減速トルクが一時的に減少させられる(例えば
図5のt3時点参照)。更にヨーク部材62の回転が進むと、第1リブ部62b1は、内周側壁面70cへの当接から乗り上げへの遷移に伴って変形時の破損トルクが上昇させられ、車両10の減速トルクは再び上昇させられる(例えば
図5のt4時点参照)。更にヨーク部材62の回転が進むと、第1リブ部62b1は、内周側壁面70cへの乗り上げが終了し変形が収束させられる為、専ら内周側壁面70cとの間で摺動トルクが発生させられると共に、第2リブ部62b2は、内周側壁面70cへの乗り上げに伴って変形時の破損トルクが上昇させられ、車両10の減速トルクは上昇させられる(例えば
図5のt5時点参照)。更にヨーク部材62の回転が進むと、第2リブ部62b2は、第1リブ部62b1と同様に、内周側壁面70cへの乗り上げが終了し変形が収束させられる為、専ら第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2が内周側壁面70cとの間で発生させられるそれぞれの摺動トルクの合計により車両10の減速トルクは比較的小さな値に収束させられる(例えば
図5のt6時点以降参照)。このように、本実施例のヨーク部材62では、リブ変形時の破損トルクが一度に発生せず分散されて発生するので、車両10の減速トルクの最大値が抑制されると共に、リブ変形後にヨーク本体部62aと内周側壁面70cとの間の空間にヨークリブ部62bが適切に収容されて変形後の摺動トルクが抑制されるので、ヨーク部材62が回転させられる際の最終的な車両10の減速トルクが抑制される。
【0041】
上述のように、本実施例によれば、周方向に隣接してデフキャリヤ70の同一の窪み部70dに収容された2つのリブ(第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2)を有するヨークリブ部62bと、周方向に直交する方向に沿って窪み部70dに突出する回止めピン86とを備え、2つのリブを有するヨークリブ部62bにて回止めピン86を挟んでいる。そして、電磁石66が連れ回されるような故障が発生すると、ヨークリブ部62b(特には窪み部70dに収容されている一部分)は、それぞれ独自に窪み部70dからデフキャリヤ70の内周側壁面70cへ乗り上がろうとすると共に、第1リブ部62b1と第2リブ部62b2とはそれぞれ径方向の所定位置における周方向の幅Wがその所定位置から内周側壁面70cまでの径方向の長さLよりも短くされているので、内周側壁面70cへの乗り上がりの際に、ヨークリブ部62bが噛み込み難かったり、ヨークリブ部62bの一部が破断し難かったりして、その所定位置から内周側壁面70cまでの空間内に倒れた状態でヨークリブ部62b全体が収容され易くなる。よって、電磁石66が連れ回されるような故障が発生した際に、電磁石66がデフキャリヤ70に対して相対回転することでヨークリブ部62bとデフキャリヤ70との摺動により発生する摺動トルク延いては車両10に作用する減速トルクを抑制することができる。
【0042】
また、本実施例によれば、電磁石66がデフキャリヤ70に対して相対回転した場合には、第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2のうちで、回止めピン86に対して回転方向前側のリブは、内周側壁面70cから力が作用させられることにより回転方向後ろ側に倒されるものである一方で、回止めピン86に対して回転方向後ろ側のリブは、回止めピン86及び内周側壁面70cから別々に力が作用させられることにより回転方向後ろ側に倒されるものであり、内周側壁面70cは、倒れた状態のヨークリブ部62bにおける何れの径方向最外側位置よりも径方向外側に設けられている。このようにすれば、第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2は、それぞれ独自に内周側壁面70cへ乗り上がり、その際にヨークリブ部62bが噛み込んだりヨークリブ部62bの一部が破断したりすることが可及的に回避されて、所定位置から内周側壁面70cまでの空間内に倒れた状態でヨークリブ部62b全体が適切に収容され易くなる。また、第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2は、一体化して変形するような突出部202と比較して、内周側壁面70cへ乗り上がるときや回止めピン86を乗り越えるときに発生する車両10の減速トルクが分散され、最大の減速トルクが抑制される。また、ヨークリブ部62bが倒されるときに相互に影響し合わないようにすることができるので、車両10の減速トルクを一層抑制することができる。
【0043】
また、本実施例によれば、回止めピン86は、デフキャリヤ70の内周側壁面70cよりも外周側の位置に設けられているので、回止めピン86に対して回転方向後ろ側のリブが回止めピン86を乗り越えるときと内周側壁面70cへ乗り上がるときとで、発生する破損トルク(減速トルク)が確実に分散される。
【0044】
また、本実施例によれば、前記所定位置は、電磁石66がデフキャリヤ70に対して相対回転した場合に、ヨークリブ部62bが周方向の回転方向後ろ側に倒されるときの位置として予め定められた屈曲位置であるので、内周側壁面70cへの乗り上がりの際にヨークリブ部62bが噛み込んだりヨークリブ部62bの一部が破断したりすることが回避されて、その所定位置から内周側壁面70cまでの空間内に倒れた状態でヨークリブ部62b全体が適切に収容される。
【0045】
次に、本発明の他の実施例を説明する。尚、以下の説明において実施例相互に共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。
【実施例2】
【0046】
前述の実施例1では、ヨークリブ部62bは、回止めピン86を挟むように周方向に隣接する2つのリブ(第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2)を有していたが、1つの突出部を含んで構成することも可能である。
図6は、ヨークリブ部62bとは別の実施例であるヨーク部材110,120を説明する為の図であり、カップリングカバー40側からデフキャリヤ70側を視たときの図である。
【0047】
図6の(a)において、ヨーク部材110は、ヨーク本体部62aと、ヨーク本体部62aから径方向外側へ突出する突出部112とを含んで構成されている。突出部112は、径方向外周側の一部分が、デフキャリヤ70の窪み部114に収容(挿入)させられている。窪み部114は、挿入された突出部112との間で周方向のガタ(隙間)が生じない程度の大きさで形成されている。これにより、窪み部114は、ヨーク部材110を回転停止させる回止め固定部として機能すると共に、突出部112は、ヨークリブ部62bと同様に、窪み部114と共にヨーク部材110の回転を規制する回止め機能を働かせる。突出部112は、ヨークリブ部62bと同様に、径方向の所定位置における周方向の幅Wが、その所定位置から内周側壁面70cまでの径方向の長さLよりも短くされており、ヨーク部材110がデフキャリヤ70に対して相対回転させられて窪み部114から内周側壁面70cへ乗り上げる際には、専ら内周側壁面70cから力が作用させられることにより周方向の回転方向後ろ側に倒れ込むことを主体として変形する。このような倒れ込むことを主体とする変形では、その変形後にヨーク本体部62aと内周側壁面70cとの間の空間に突出部112が十分に収容される。よって、径方向に押し潰される圧縮側の変形が少なくされることと相俟って、内周側壁面70cへの突出部112の噛み込みが発生し難く、変形後の摺動トルクが抑制される。加えて、突出部112が窪み部114から内周側壁面70cへ乗り上げる際に、その突出部112が破断することがないので、破断した破片により周辺に噛み込みが発生することが回避される。このような突出部112の構成は、例えば
図6の(b)に示すヨーク部材120のように、ヨーク本体部62aに挿入される突出ピン122の構成でも実現される。突出ピン122の機能については、突出部112の機能と同様であるので、その説明を省略する。
【0048】
上述のように、本実施例によれば、2つのリブ(第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2)を有することによる特異な効果(例えばそれぞれが独自に倒れ込み変形し、破損トルクが分散される等)を除き、前述の実施例と同様の効果が得られる。
【0049】
以上、本発明の実施例を図面を参照して詳細に説明したが、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、その他の態様においても適用される。
【0050】
例えば、前述の実施例では、本発明が適用される車両用電磁クラッチとして、電磁式の駆動力配分カップリングである電子制御カップリング26を例示したが、これに限らない。要は、非回転部材であるケース内にて回転不能に固定された電磁石(ヨーク部材及び電磁コイル)の作用によって動力伝達経路の断続を行う車両用電磁クラッチであれば良い。
【0051】
また、前述の実施例では、本発明が適用される車両として前置エンジン前輪駆動(FF)を基本とする前後輪駆動車両10を例示したが、これに限らない。例えば、前述の実施例の電子制御カップリング26は、後輪用差動歯車装置28側に設けられていたが、前輪用差動歯車装置16側に設けられていても本発明は適用され得る。つまり、前置エンジン後輪駆動(FR)を基本とする前後輪駆動車両や後置エンジン後輪駆動(RR)を基本とする前後輪駆動車両など、他の形式の車両であっても本発明は適用され得る。
【0052】
また、前述の実施例では、非回転部材であるケースは、カップリングカバー40とデフキャリヤ70とデフリテーナ72と合わせた一体的なケース74であったが、これに限らない。例えば、電子制御カップリング26のみを収容するケースであっても良いなど、種々の形態のケースであっても本発明は適用され得る。従って、カップリングカバー40のケース外壁部の内周側壁面にヨークリブ部62bの一部を収容する窪み部が形成される形態であったり、デフキャリヤ70の窪み部70dの内壁面に回止めピン86を嵌め入れるピン固定穴が設けられる形態であっても良い。
【0053】
また、前述の実施例において、ヨークリブ部62b、突出部112、及び突出ピン122はそれぞれ、ヨーク本体部62aに複数備えられても良い。また、ヨークリブ部62bは、2つのリブ(第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2)を備えて、回止めピン86を挟むような構成であったが、3つ以上のリブを隣接して備えて、隣接する2つのリブにてそれぞれ回止めピンを挟むような構成であっても良い。
【0054】
また、前述の実施例では、回止めピン86は、2つのリブ(第1リブ部62b1及び第2リブ部62b2)との間で周方向の隙間が生じない程度の大きさで形成され、窪み部114は、突出部112或いは突出ピン122との間で周方向の隙間が生じない程度の大きさで形成されていたが、これに限らない。例えば、周方向の隙間が多少生じていても良い。
【0055】
また、前述の実施例では、車両10は駆動力源としてエンジン12を備えるものであったが、これに限らない。例えば、駆動力源としては、エンジンや電動機等の原動機が各々単独で或いは組み合わせて用いられる。
【0056】
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。