特許第5825227号(P5825227)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5825227
(24)【登録日】2015年10月23日
(45)【発行日】2015年12月2日
(54)【発明の名称】被覆部材、およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B05D 7/24 20060101AFI20151112BHJP
   B32B 27/30 20060101ALI20151112BHJP
【FI】
   B05D7/24 302L
   B32B27/30 D
【請求項の数】7
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-189943(P2012-189943)
(22)【出願日】2012年8月30日
(65)【公開番号】特開2014-46243(P2014-46243A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年1月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100072604
【弁理士】
【氏名又は名称】有我 軍一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100140501
【弁理士】
【氏名又は名称】有我 栄一郎
(72)【発明者】
【氏名】高田 智司
【審査官】 平井 裕彰
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−255266(JP,A)
【文献】 特開2001−262009(JP,A)
【文献】 特開2011−099152(JP,A)
【文献】 特開平08−231926(JP,A)
【文献】 特開2004−075738(JP,A)
【文献】 特開2000−334881(JP,A)
【文献】 特表2012−527402(JP,A)
【文献】 特開平10−168339(JP,A)
【文献】 特表2011−526628(JP,A)
【文献】 特開昭59−92916(JP,A)
【文献】 特開2009−213954(JP,A)
【文献】 特開平5−247657(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00〜 7/26
B32B 1/00〜 43/00
C09D 1/00〜 10/00
101/00〜201/10
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有することを特徴とする被覆部材。
【請求項2】
前記複合膜は、Hf−Oの繰り返し単位により構成されていることを特徴とする請求項1に記載の被覆部材。
【請求項3】
前記複合膜は、少なくとも一部のハフニウム原子に前記1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが結合していることを特徴とする請求項1または2に記載の被覆部材。
【請求項4】
前記複合膜表面のフッ素/ハフニウム比(モル比)が、0.24〜0.48であることを特徴とする請求項1から3の何れか1の請求項に記載の被覆部材。
【請求項5】
前記複合膜表面のトリフルオロメチル/ハフニウム比(モル比)が、0.08〜0.16であることを特徴とする請求項1から4の何れか1の請求項に記載の被覆部材。
【請求項6】
1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有する被覆部材の製造方法であって、
一般式(1):Rf−Hf(OR4−n
[式中、Rfは1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートであり、Rは互いに同一または異なった炭素数1〜5のアルキル基であり、nは1〜4の整数である]
で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む溶液からゾルを得て、前記ゾルを部材の表面に塗布し、表面に前記ゾルが塗布された部材を加熱処理する工程を含むことを特徴とする被覆部材の製造方法。
【請求項7】
前記一般式(1)で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む溶液が、さらに
一般式(2):一般式:Hf(OR
[式中、Rは互いに同一または異なった炭素数1〜5のアルキル基である]
で表されるハフニウムアルコキシドを含むことを特徴とする請求項6に記載の被覆部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆部材、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、建築用窓ガラスや自動車用窓ガラスは、その表面に水滴や汚れなどの視界を妨げるものが付着しないことが望まれる。水滴や汚れなどで視界を妨げないようにするためには、付着物とガラスとの接触面積が小さいことおよび、付着物がガラスから剥がれ易いことの両方を満たす必要がある。従って、建築用窓ガラスや自動車用窓ガラスに用いられるガラスには、優れた撥水性および滑水性の両方が要求されている。
【0003】
従来、上記ガラスに用いられる膜としては、樹脂からなる滑水膜、酸化物からなる滑水膜、アルキルシラン膜などが用いられてきた。
【0004】
具体的な膜としては、例えば、反応性シリル基を有する含フッ素ポリマーが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、撥水性を有する膜として、酸化シリコン(SiO)膜に対してフルオロアルキル基を導入した膜が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−260193号公報
【特許文献2】特開平8−105352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の樹脂からなる滑水膜は、物理的強度が低いため、耐久性が低いという問題がある。また、従来の酸化物からなる滑水膜は、表面エネルギーが高いため、撥水性が低いという問題がある。また、従来のアルキルシラン膜は、加熱や光照射などによってアルキル基が脱落すると、表面に親水性の酸化シリコンが露出するため、加熱後や光照射後に撥水性が著しく低下するという問題がある。また、酸化シリコン膜に対してフルオロアルキル基を導入した膜は、その膜の最表面が主として水を吸着し易いCF結合からなっているので、滑水性が低いものであった。従って、撥水性および滑水性に優れた被膜が求められている。
【0008】
本発明は、上述のような問題に鑑みてなされたもので、耐久性が高く、撥水性および滑水性に優れた被膜を表面に有する被覆部材および、その製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、(1)1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有する被覆部材である。
【0010】
また、本発明の被覆部材は、上記(1)に記載の被覆部材において、(2)前記複合膜が、Hf−Oの繰り返し単位により構成されている。
【0011】
また、本発明の被覆部材は、上記(1)または(2)に記載の被覆部材において、(3)前記複合膜が、少なくとも一部のハフニウム原子に1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが結合している。
【0012】
また、本発明の被覆部材は、上記(1)から(3)の何れか1に記載の被覆部材において、(4)前記複合膜表面のフッ素/ハフニウム比(モル比)が0.24〜0.48である。
【0013】
また、本発明の被覆部材は、上記(1)から(4)の何れか1に記載の被覆部材において、(5)前記複合膜表面のトリフルオロメチル/ハフニウム比(モル比)が0.08〜0.16である。
【0014】
また、本発明に係る被覆部材の製造方法は、(6)1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有する被覆部材の製造方法であって、一般式(1):Rf−Hf(OR4−n[式中、Rfは1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートであり、Rは互いに同一または異なった炭素数1〜5のアルキル基であり、nは1〜4の整数である]で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む溶液からゾルを得て、前記ゾルを部材の表面に塗布し、表面に前記ゾルが塗布された部材を加熱処理する工程を含む被覆部材の製造方法である。
【0015】
また、本発明に係る被覆部材の製造方法は、上記(6)に記載の被覆部材において、(7)前記一般式(1)で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む溶液が、さらに一般式(2):一般式:Hf(OR[式中、Rは互いに同一または異なった炭素数1〜5のアルキル基である]で表されるハフニウムアルコキシドを含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐久性が高く、撥水性および滑水性に優れた被膜を表面に有する被覆部材および、その製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る被覆部材の断面構造を示すイメージ図である。
図2】本発明に係る被覆部材の最表面の断面構造を示すイメージ図であって、(A)は1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート同士が特定の距離間よりも近い状態を示しており、(B)は1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート同士が特定の距離間にある状態を示しており、(C)は1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート同士が特定の距離間よりも離れている状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有する被覆部材について説明する。
【0019】
本発明の被覆部材に係る複合膜の1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(1,1,1-trifluoro-2,4-pentanedionate)は、下記化学式(I)に示された構造である。
【0020】
【化1】
【0021】
また、本発明の被覆部材に係る複合膜は、酸化ハフニウム(HfO)膜を骨格とする。酸化ハフニウム膜は、Hf−Oの繰り返し単位により構成されている。
【0022】
また、本発明の被覆部材に係る複合膜は、少なくとも一部のハフニウム原子に1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが結合している。従って、本発明の被覆部材に係る複合膜は、下記化学式(II)に示された構造単位を有する。
【0023】
【化2】
【0024】
[式中、点線は配位結合であり、Hf−O−結合手の少なくとも2つ以上は他のハフニウム原子と結合している。]
【0025】
図1および上記化学式(II)を参照して、本発明の被覆部材の断面構造について説明する。
【0026】
1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートは、Hfと配位結合している。
【0027】
1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが結合するハフニウム原子として最も多い構造単位は、Hf−O−結合手の少なくとも2つ以上が他のハフニウム原子と結合しているものである。その理由は、Hf−O−結合手の2つまたは3つが他のハフニウム原子と結合していれば、連続的なHf−O−Hf構造が形成されるからである。1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートは複合膜の表面に偏在していると考えられるため、3つのHf−O−結合手の全てが、他のハフニウム原子と結合している場合も多いと推察される。
【0028】
本発明の被覆部材に係る複合膜は、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが結合したハフニウム原子に係るHf−O−結合手および1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが結合していないハフニウム原子に係るHf−O−結合手のいずれか一方または両方を介して、部材に結合しているものと推察される。
【0029】
本発明の被覆部材は、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜に係る被膜を表面に有している。部材の材質は、特に限定はなく、例えばステンレス、アルミおよびガラスなどが挙げられる。部材の形状は、特に限定はなく、例えば板状の基材や、形状加工された部品であっても構わない。本発明の被覆部材の用途は、特に限定はないが、建築部材や車両用の部品などが挙げられる。より具体的には、例えば建築用窓ガラスや車両用窓ガラス、アルミを用いた電子部品や水冷用の配管などが挙げられる。
【0030】
本発明の被覆部材において、被膜表面のフッ素/ハフニウム比(モル比)(以下、「F/Hf」という。)は、特に限定はないが、0.24〜0.48であることが好ましい。F/Hfは、より好ましくは0.27〜0.39、さらに好ましくは0.3〜0.36、最も好ましくは0.33である。被膜表面のフッ素/ハフニウム比(モル比)の測定方法は、特に限定はないが、具体的には、例えばX線光電子分光法(XPS)が挙げられる。
【0031】
本発明の被覆部材において、複合膜表面のトリフルオロメチル/ハフニウム比(モル比)(以下、「CF/Hf」という。)は、特に限定はないが、0.08〜0.16であることが好ましい。CF/Hfは、より好ましくは0.09〜0.13、さらに好ましくは0.1〜0.12、最も好ましくは0.11である。CF/Hfは、上記F/Hfに基づいて理論値として算出できる。
【0032】
F/HfまたはCF/Hfを上記範囲とすることにより、より優れた撥水性および滑水性を有する被膜を表面に有する被覆部材を得ることができる。より優れた撥水性および滑水性を有する被膜を表面に有する被覆部材は、被膜の水接触角および水滴転落角について特に限定はないが、具体的には、例えば被膜の水接触角が90度以上であり、かつ水滴転落角が30度以下である被覆部材が挙げられる。
【0033】
Hf原子に結合された1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート間の距離は、F/HfまたはCF/Hfを調整することにより、コントロールすることができる。
【0034】
本発明の被覆部材に係る複合膜は、撥水性および滑水性を有するとともに、耐熱性を有することが好ましい。耐熱性は、例えば被覆部材を大気中400℃、1時間加熱した際、被膜表面の水接触角および水滴転落角の変化度で評価することができる。大気中で加熱する場合、フルオロアルキル基は350℃を超える温度で分解されることから、この加熱条件は過酷な条件である。
【0035】
水接触角および水滴転落角の変化度は、加熱前後の角度の差の絶対値である。例えば、加熱前の水接触角が106度で、加熱後の水接触角が98度の場合、水接触角の変化度は8である。
【0036】
水接触角および水滴転落角の変化度は、特に限定はないが、例えば上記評価法において、複合膜の水接触角の変化度が20以下であり、かつ水滴転落角の変化度が20以下であることが好ましい。変化度は、より好ましくは水接触角が15以下であり、かつ水滴転落角が15以下であり、さらに好ましくは水接触角が10以下であり、かつ水滴転落角が10以下であり、最も好ましくは水接触角が10以下であり、かつ水滴転落角が5以下である。
【0037】
このような耐熱性は、加熱や光照射などによってCFが脱落したとしても、SiOに比べると撥水性の高いHfOが被膜表面に表れるためである、と推察される。
【0038】
本発明の被覆部材に係る複合膜は、Hf以外の他の金属を含んでも構わない。他の金属は、特に限定はないが、例えば、Si、Ti、Al、Li、Na、Cu、Ca、Sr、Ba、Zn、B、Ga、Y、Ge、Pb、P、Sb、V、Ta、W、La、Ndなどが挙げられる。本発明に係る被覆部材の複合膜は、本発明の効果が損なわれない範囲で、上記他の金属を含むことができる。
【0039】
本発明の被覆部材に係る複合膜は、実質的にHf以外の他の金属を含まないことが好ましい。その理由は、例えば、複合膜中にSi原子が含有するとき、耐熱性が低下する場合があるからである。
【0040】
図2を参照して、本発明の被覆部材に係る複合膜が優れた撥水性および滑水性を示す作用機序について推察する。
【0041】
本発明の作用は、(1)HfOにより物理的強度が確保されること、(2)CFにより表面エネルギーが低くなること、(3)膜が表面上の水滴を拘束する作用が弱められること、に起因するものと推察される。上記(3)の作用は、(3−1)水を吸収し易いCF結合と、水を吸着し難いCH結合が回転できる有機基を採用したこと、(3−2)有機基が隣の有機基と特定の距離間で存在し、有機基の回転運動性が確保されていること、に起因するものと推察される。ここで有機基とは、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートのことである。
【0042】
上記(2)および(3)に関し、撥水性と滑水性を同時に満たす作用機序は、以下のように推察される。
【0043】
図2(B)について説明する。この場合、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート間の隙間が適度にあるため、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートは自由に回転できる。よって、低撥水性だが高滑水性であるメチル基と、高撥水性だが低滑水性であるトリフルオロメチル基が被膜の表面上で回転運動するため、高撥水性かつ高滑水性を示す状態が実現できるものと推察される。従って、適度な隙間とは、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが自由回転でき、かつ撥水性および滑水性が一定以上の場合をいう。
【0044】
図2(A)について説明する。この場合、図2(B)と比して、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート間の隙間が小さいため、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートが自由回転できない。よって、図2(B)の如く、メチル基とトリフルオロメチル基が被膜の表面上で回転運動しないため、滑水性が不良であると推察される。なお、この場合であっても、表面積当たりにおけるFの質量が多いため、撥水性は発揮される。
【0045】
図2(C)について説明する。この場合、図2(B)と比して、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート間の隙間が大きいため、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートは自由回転できるが、表面積当たりにおけるFの質量が少ないため、撥水性が不良であると推察される。また、撥水性が不良であると水滴が被膜表面で広がり、被膜と水滴との接触面積が大きくなるため、滑水性も不良であると推察される。
【0046】
以上より、図2(A)および(C)の場合には、高撥水性かつ高滑水性を示す状態が実現できず、高撥水性かつ高滑水性を示す状態が実現するためには、図2(B)の如く、上記の適度な隙間が必須であると推察される。
【0047】
以下、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有する被覆部材の製造方法について説明する。
【0048】
本発明の被覆部材の製造方法は、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を被膜として表面に有する被覆部材の製造方法であって、
一般式(1):Rf−Hf(OR4−n
[式中、Rfは1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートであり、Rは互いに同一または異なった炭素数1〜5のアルキル基であり、nは1〜4の整数である]
で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物[X]を含む溶液からゾルを得て、前記ゾルを部材の表面に塗布し、表面に前記ゾルが塗布された部材を加熱処理する工程を含むものである。
【0049】
上記一般式(1)の具体例としては、n=4の場合である、ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(Hafnium 1,1,1-trifluoro-2,4-pentanedionate)が挙げられる。
【0050】
で表される炭素数1〜5のアルキル基は、直鎖状又は分岐状のいずれも適用可能である。Rの具体例としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基などが挙げられる。
【0051】
また、本発明の被覆部材の製造方法は、前記一般式(1)で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む溶液が、さらに
一般式(2):Hf(OR
[式中、Rは互いに同一または異なった炭素数1〜5のアルキル基である]
で表されるハフニウムアルコキシド[Y]を含むことができる。
【0052】
上記フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物[X]は、それ単独で用いることができるが、上記ハフニウムアルコキシド[Y]と混合して用いることが好ましい。これにより、F/HfおよびCF/Hfは、フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物[X]に対するハフニウムアルコキシド[Y]のモル比(以下、「Y/X」という)を調整することにより、容易にコントロールすることができる。
【0053】
は、上記Rと同様である。上記一般式(2)の具体例としては、例えば、Hf(OCH、Hf(OCHCHなどが挙げられる。
【0054】
本発明の被覆部材に係る複合膜は、上記一般式(1)で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物または、上記一般式(1)で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物および上記一般式(2)で表されるハフニウムアルコキシドを用いて、いわゆるゾル−ゲル法により形成することができる。
【0055】
ゾル−ゲル法とは、一般に、金属の有機化合物もしくは金属の無機化合物を溶液とし、溶液中でその化合物の加水分解・重縮合反応を進行させてゾルを調製し、このゾルを基材に塗布した後に加熱することによって被膜を形成する方法である。塗布されたゾルは、水や溶媒が除去されるとゲルとなる。
【0056】
本発明に係る被覆部材の製造方法は、上記一般式(1)で表されるフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む溶液からゾルを得て、前記ゾルを部材の表面に塗布し、表面に前記ゾルが塗布された部材を加熱処理する工程を含むものである。この工程は、以下の3つの工程に大別できる。
【0057】
[1]フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む混合溶液をゾル化させ、被膜形成用溶液を得る工程
[2]被膜形成用溶液を基材に塗布する工程
[3]被膜形成用溶液が塗布された基材を加熱処理する工程
【0058】
[1]フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物を含む混合溶液をゾル化させ、被膜形成用溶液を得る工程について説明する。
【0059】
混合溶液は、上記フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物と、水と、アルコールと、必要に応じてハフニウムアルコキシドとを混合し、調製する。水は、金属アルコキシドの加水分解を生じさせるために用いられる。アルコールは、溶媒を均質にするために用いられる。アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどが用いられる。
【0060】
フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物とハフニウムアルコキシドの濃度は、特に限定はない。混合溶液中における、フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物とハフニウムアルコキシドとの合計質量の濃度は、例えば0.0001モル/L〜0.1モル/Lである。
【0061】
混合溶液中の水の濃度は、特に限定はなく、例えば0.01モル/L〜100モル/Lである。
【0062】
混合溶液中のアルコールの濃度は、特に限定はなく、例えば、50〜95(質量/質量)%である。
【0063】
フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物とハフニウムアルコキシドとの合計質量の濃度、水の濃度およびアルコールの濃度は、膜厚などを考慮して、適宜調整することができる。
【0064】
混合溶液には、さらに必要に応じて、酸または塩基を加えることができる。酸または塩基は、触媒として用いられる。酸としては、例えば塩酸、硫酸、酢酸、フッ酸が用いられる。塩基としては、処理後に揮発によって除去できるアンモニアが用いられる。また、混合溶液には、ゾル−ゲル法において公知の添加剤を加えてもよい。公知の添加剤としては、例えばアセチルアセトンなどが用いられる。
【0065】
被膜形成用溶液は、前記混合溶液を、所定の温度にて撹拌することにより、得ることができる。混合溶液は、撹拌することにより、金属アルコキシドの加水分解・重縮合反応が進行して、ゾル化する。撹拌する温度や時間は、特に限定がないが、例えば25℃で24時間撹拌する条件が挙げられる。撹拌後の溶液は、必要に応じてエージングを行うことができる。ハフニウムアルコキシドの場合、加水分解・重縮合反応が起こり、Hf−O−Hf結合が形成され、重合が進行する。
【0066】
[2]被膜形成用溶液を基材に塗布する工程について説明する。この工程は、工程[1]で得たゾル状の被膜形成用溶液を基材に塗布することにより、基材の表面にウェット被膜を形成する工程である。
【0067】
塗布方法は、特に限定はなく、ディッピング、スピンコート、スプレーなどの公知の塗布方法を用いることができる。
【0068】
形成されるウェット被膜の膜厚は、溶液中の溶媒量によって調整することができる。この膜厚は、溶媒の中でも、特にアルコール量によって調整することができる。被膜の膜厚は、薄過ぎると被膜の耐熱性が低下し、一方厚過ぎると被膜の耐剥離性が悪化するため、この点を考慮して適宜設定される。よって、ウェット被膜の膜厚は、一概に規定することはできないが、具体的には、例えば、1nm〜100nmが挙げられる。
【0069】
[3]被膜形成用溶液が塗布された基材を加熱処理する工程について説明する。
【0070】
加熱処理工程は、ゾル−ゲル法における一般的な方法に従って行うことができる。加熱処理工程は、一般的には大気中もしくは非酸化性雰囲気中で100〜500℃に加熱することにより行われる。大気中で加熱処理を行う場合は、フルオロアルキル基の分解を防ぐため、350℃以下で行うことが好ましい。上記の工程を行うことにより、基材の表面に1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートと酸化ハフニウムとの複合膜を形成することができる。
【0071】
本発明に係る被膜部材の製造方法は、得られる被覆部材の複合膜において、X線光電子分光法(XPS)で測定される複合膜表面のF/Hfが0.24〜0.48となるように調整されていることが好ましい。また、本発明に係る被膜部材の製造方法は、得られる被覆部材の複合膜において、複合膜表面のCF/Hfが0.08〜0.16となるように調整されていることが好ましい。このように調整することにより、より優れた撥水性および滑水性を有する被膜を表面に有する被覆部材を得ることができる。
【0072】
F/HfおよびCF/Hfは、Y/Xと相関関係にある。よって、F/HfおよびCF/Hfは、他の条件が同じであれば、Y/Xを調整することにより、容易にコントロールすることができる。
【0073】
この場合であっても、F/HfおよびCF/Hfは、Y/X以外にも、他の条件の違いにより影響を受けるため、特定のF/Hfに対する特定のY/Xは、一概に規定することはできない。ここでいう他の条件とは、例えば、XやYの種類および濃度、溶媒の種類および割合、ゾルを調製する際の条件などである。
【0074】
F/HfおよびCF/Hfは、種々の条件を適宜調整することにより、上記の数値範囲にすることが可能である。
【0075】
本発明に係る被膜部材の製造方法は、得られる被覆部材の複合膜において、複合膜表面の水接触角が90度以上であり、かつ水滴転落角が30度以下となるように調整されていることが好ましい。このように調整することにより、より優れた撥水性および滑水性を有する被膜を表面に有する被覆部材を得ることができる。
【0076】
本発明に係る被膜部材の製造方法は、得られる被覆部材の複合膜において、複合膜が、大気中400℃、1時間加熱した際、複合膜表面の水接触角の変化度が20以下であり、かつ水滴転落角の変化度が20以下となるように調整されていることが好ましい。このように調整することにより、耐熱性に優れ、かつ撥水性および滑水性を有する被膜を表面に有する被覆部材を得ることができる。
【0077】
本発明において、別の観点からすれば、本発明に係る被膜部材の製造方法に用いられる混合溶液および、被膜形成用溶液を提供することができる。これらは、本発明に係る被膜部材の製造方法に用いることにより、優れた撥水性および滑水性を有する被膜を表面に有する被覆部材を得ることができるため、有用である。
【0078】
混合溶液は、少なくとも上記のフルオロアルキル基含有ハフニウム化合物と水とアルコールとを含むものである。また、混合溶液には、必要に応じてハフニウムアルコキシドが含まれる。フルオロアルキル基含有ハフニウム化合物、ハフニウムアルコキシドおよびアルコールについては、上述したとおりである。さらに、混合溶液には、必要に応じて、触媒として酸または塩基、公知の添加剤などが含まれる。
【0079】
被膜形成用溶液は、上記混合溶液をゾル化させたものである。ゾル化の条件は、特に限定はなく、上述したとおりである。
【実施例】
【0080】
以下、実施例、参考例および比較例により本発明をさらに詳しく説明するが、これらに限定されるものではない。実施例、参考例および比較例中の各種の測定は、下記の方法により行った。
【0081】
[水接触角の測定方法]
水接触角は、室温で水滴4μLを被膜上に滴下し、測定した。この水接触角の値が大きいほど、撥水性が優れていることを表している。
【0082】
[水滴転落角の測定方法]
水滴転落角は、室温で水滴20μLを被膜上に滴下した後、被膜を2°/秒で連続的に傾斜していき、水滴が動き始めた角度として測定した。この水滴転落角が小さいほど、滑水性が優れていることを表している。
【0083】
[フッ素/ハフニウム(モル比)〔F/Hf〕の測定方法]
F/Hfは、X線光電子分光法(XPS)により求めた。XPSによる測定は、アルバック・ファイ社製ESCA1600装置を用い、X線照射は14kV−350Wの発生条件で行った。このF/Hfは、被膜表面の状態を表している。
【0084】
[トリフルオロメチル/ハフニウム(モル比)〔CF/Hf〕の算出方法]
トリフルオロメチル/ハフニウム(モル比)〔CF/Hf〕は、F/Hfに基づいて理論値として算出した。
【0085】
なお、フッ素/ケイ素(モル比)〔F/Si〕および、トリフルオロメチル/ケイ素(モル比)〔CF/Si〕は、F/HfおよびCF/Hfと同様の方法により求めた。
【0086】
以下の実験により、HfO有機複合膜の撥水性および滑水性について検討した。
【0087】
〔実施例1〕
被覆用の基板として、ステンレス板を準備して、超音波洗浄を行った。表1に示す質量で、ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(x)、ハフニウムエトキシド(y)および水のエタノール溶液をスクリュー管瓶に入れて、混合溶液を調製した。このスクリュー管に蓋をし、25℃にて24時間撹拌して被膜形成用溶液を得た。得られた被膜形成用溶液は、ゾル状であった。
【0088】
このとき、混合溶液中の水の濃度は、4モル/Lである。また、混合溶液中の、ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(x)とハフニウムエトキシド(y)との合計質量の濃度は、0.004モル/Lである。
【0089】
次に、ディッピング法に基づき、被膜形成用溶液に上記基板を浸漬し、引き上げて被膜形成用溶液を基板に塗布した。塗布後の基板を200℃で加熱処理して、表面に被膜を有する被覆部材(以下、「被覆部材」という。)を得た。
【0090】
得られた被覆部材の被膜について、F/Hf、CF/Hf、水接触角および水滴転落角を測定した。結果を表3に示す。
【0091】
なお、表1および表2中、y/xは、混合溶液中における、ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(X)に対するハフニウムエトキシド(Y)のモル比である。
【0092】
〔実施例2、3〕
ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(x)、ハフニウムエトキシド(y)および水のエタノール溶液の質量を、表1に示す質量とした以外は、実施例1と同様の方法により、被覆部材を得た。得られた被覆部材の被膜について、F/Hf、CF/Hf、水接触角および水滴転落角を測定した。結果を表3に示す。
【0093】
〔比較例1、参考例1〜3〕
ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(x)、ハフニウムエトキシド(y)および水のエタノール溶液の質量を、表2に示す質量とした以外は、実施例1と同様の方法により、被覆部材を得た。得られた被覆部材の被膜について、F/Hf、CF/Hf、水接触角および水滴転落角を測定した。結果を表3に示す。
【0094】
なお、比較例1は、ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナートを用いない例である。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
【0098】
表3に示すように、実施例1〜3は、比較例1および参考例1〜3と比較して、水接触角が大きく、かつ水滴転落角が小さいものであった。従って、実施例1〜3は、比較例1および参考例1〜3と比較して、高い滑水性および撥水性を示すことがわかった。
【0099】
なお、実施例1〜3について、基材としてステンレス板の代わりに、アルミ板およびガラス板を用いて実験を行ったところ、被膜の水接触角および水滴転落角は、いずれも同様であった。
【0100】
以下の実験により、SiO有機複合膜に対するHfO有機複合膜の優位性について検討した。
【0101】
実施例3で得た被覆部材を、大気中400℃で1時間加熱した。加熱後の被覆部材の被膜について、水接触角および水滴転落角を測定した。結果を表5に示す。
【0102】
〔比較例2、3〕
有機基を有する化合物として、ハフニウム 1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナート(x)に代えて、比較例2はCF(CF(CHSi(OCH[v]を用い、比較例3はCF(CHSi(OCH[v]を用いた。
【0103】
金属アルコキシドとして、ハフニウムエトキシド(y)に代えて、Si(OC[w]を用いた。
【0104】
そして、各種原料の質量を、表4に示す質量とした以外は、実施例1と同様の方法により、被覆部材を得た。有機基を有する化合物に対する金属アルコキシドのモル比(w/v)は、実施例3に合わせて6とした。得られた被覆部材の被膜について、F/Si、CF/Si、水接触角および水滴転落角を測定した。結果を表5に示す。
【0105】
【表4】
【0106】
【表5】
【0107】
表5に示すように、加熱前において、実施例3は、比較例2および比較例3と比較して、水接触角が大きく、かつ水滴転落角が小さいものであった。従って、実施例3で形成されたHfO有機複合膜は、比較例2および比較例3で形成されたSiO有機複合膜と比較して、高い滑水性および撥水性を示すことがわかった。
【0108】
また、実施例3は、加熱後において、水接触角および水滴転落角はほとんど変化しなかった。これに対して、比較例2および比較例3は、加熱後において、顕著に水接触角が小さくなり、かつ水滴転落角が大きくなった。従って、実施例3で形成されたHfO有機複合膜は、比較例2および比較例3で形成されたSiO有機複合膜と比較して、滑水性および撥水性につき、高い耐熱性を示すことがわかった。
図1
図2