特許第5825241号(P5825241)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5825241
(24)【登録日】2015年10月23日
(45)【発行日】2015年12月2日
(54)【発明の名称】燃料電池および燃料電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/02 20060101AFI20151112BHJP
   H01M 8/10 20060101ALI20151112BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20151112BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20151112BHJP
【FI】
   H01M8/02 E
   H01M8/10
   H01M4/86 M
   H01M4/88 C
【請求項の数】3
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2012-230116(P2012-230116)
(22)【出願日】2012年10月17日
(65)【公開番号】特開2014-82131(P2014-82131A)
(43)【公開日】2014年5月8日
【審査請求日】2014年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】特許業務法人明成国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100167232
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 みな
(72)【発明者】
【氏名】内山 智暁
(72)【発明者】
【氏名】高崎 文彰
(72)【発明者】
【氏名】上田 純史
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−171783(JP,A)
【文献】 特開2011−028852(JP,A)
【文献】 特開2004−103255(JP,A)
【文献】 特開2005−183210(JP,A)
【文献】 特開2012−123922(JP,A)
【文献】 特開2002−025587(JP,A)
【文献】 特開2002−237317(JP,A)
【文献】 特開2012−094366(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸湿することで膨潤し、乾燥することで収縮する高分子電解質によって構成される電解質膜の両面に電極が形成された膜−電極接合体と、前記膜−電極接合体の各々の面と接するように前記膜−電極接合体上に配置されて導電性多孔質体によって構成される第1と第2のガス拡散層と、を備える燃料電池であって、
前記第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部と、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周とは、前記第1と第2のガス拡散層の積層方向に重ならず、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部は、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周よりも、前記第1と第2のガス拡散層の中央部寄りに配置されており、
前記燃料電池は、前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面上において、さらに、
前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部の近傍において、前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面に接して、前記第1のガス拡散層の外周から離間して設けられたシール部材と、
前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部と前記シール部材と前記膜−電極接合体とによって壁面の一部が構成される隙間の少なくとも一部を塞ぐように設けられ、吸湿することで膨潤し、乾燥することで収縮する高分子電解質を含有する保護層と、
を備える燃料電池。
【請求項2】
吸湿することで膨潤し、乾燥することで収縮する高分子電解質によって構成される電解質膜の両面に電極が形成された膜−電極接合体と、前記膜−電極接合体の各々の面と接するように前記膜−電極接合体上に配置されて導電性多孔質体によって構成される第1と第2のガス拡散層と、を備える燃料電池の製造方法であって、
前記膜−電極接合体を用意する第1の工程と、
前記第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部と、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周とが、前記第1と第2のガス拡散層の積層方向に重ならず、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部が、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周よりも、前記第1と第2のガス拡散層の中央部寄りに配置するように、前記膜−電極接合体を前記第1と第2のガス拡散層で挟持する第2の工程と、
前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面に接して、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部の近傍に、前記第1のガス拡散層の外周から離間するシール部材を配置する第3の工程と、
前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面上において、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部と前記シール部材と前記膜−電極接合体とによって壁面の一部が構成される隙間の少なくとも一部に、高分子電解質を含有する軟化した材料を塗布する第4の工程と、
塗布された前記軟化した材料を硬化させて保護層を形成する第5の工程と、
を備える燃料電池の製造方法。
【請求項3】
請求項に記載の燃料電池の製造方法であって、
前記第4の工程は、電解質を含有する溶液を塗布する工程であり、
前記第5の工程は、前記溶液中の溶媒を気化させることにより、前記高分子電解質を含む保護層を形成する工程である
燃料電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池および燃料電池の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、電解質膜を挟む一対の電極層を備え、一方の電極層上には、電気化学反応に供するための燃料ガスの流路が形成されると共に、他方の電極層上には、電気化学反応に供するための酸化ガスの流路が形成される。このような燃料電池では、一般に、燃料ガスと酸化ガスのクロスリークを抑えるために、電解質膜の外周部に、ガスシール部材(ガスケット)が設けられる。また、燃料電池は、一般に、電極層上にさらにガス拡散層を備えている。このような燃料電池の一つとして、一方の電極上に配置したガス拡散層が、他方の電極層上に配置したガス拡散層および電解質膜よりも小さく形成された燃料電池が知られている。このように一対のガス拡散層の大きさが互いに異なる場合であっても、電解質膜の外周および各々のガス拡散層の外周に接するガスケットを設けることによって、燃料ガスおよび酸化ガスのクロスリークの抑制が図られていた(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−066766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように大きさの異なるガス拡散層の双方の外周に接するガスケットを設ける場合には、ガスケットにおける小さい方のガス拡散層に接する部分は、大きい方のガスケットおよび電解質膜の外周部分の上に設けられることになる。このようなガスケットを、小さい方のガス拡散層の外周に接するように設ける場合には、実際には、例えばガス拡散層やガスケットの形成の精度等に起因して、小さい方のガス拡散層の外周とガスケットとの間に隙間が生じる場合があった。
【0005】
このように、ガス拡散層の外周とガスケットとの間に隙間が存在すると、この隙間において、電解質膜、あるいは、電解質膜上に形成された電極層が露出する。固体高分子形燃料電池では、例えば燃料電池が発電と停止を繰り返すことにより、電解質膜が湿潤状態と乾燥状態との間で状態変化を起こす。その結果、電解質膜が平面方向に変形し、電解質膜が露出する上記隙間において、電解質膜が座屈して損傷する可能性があった。電解質膜のこのような損傷は、燃料ガスおよび酸化ガスのクロスリークを引き起こし得るため望ましくない。そのため、電解質膜が湿潤状態と乾燥状態との間で状態変化しても、電解質膜の損傷を抑制することが望まれていた。また、燃料電池においては、ガスシールのための構造を含めて、部品点数を抑制すること、および製造工程を簡素化することが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例(1)〜(4)として実現することが可能である。
[形態1]
吸湿することで膨潤し、乾燥することで収縮する高分子電解質によって構成される電解質膜の両面に電極が形成された膜−電極接合体と、前記膜−電極接合体の各々の面と接するように前記膜−電極接合体上に配置されて導電性多孔質体によって構成される第1と第2のガス拡散層と、を備える燃料電池であって、前記第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部と、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周とは、前記第1と第2のガス拡散層の積層方向に重ならず、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部は、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周よりも、前記第1と第2のガス拡散層の中央部寄りに配置されており、前記燃料電池は、前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面上において、さらに、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部の近傍において、前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面に接して、前記第1のガス拡散層の外周から離間して設けられたシール部材と、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部と前記シール部材と前記膜−電極接合体とによって壁面の一部が構成される隙間の少なくとも一部を塞ぐように設けられ、吸湿することで膨潤し、乾燥することで収縮する高分子電解質を含有する保護層と、を備える燃料電池。
この形態の燃料電池によれば、第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部とシール部材との間の隙間に保護層を形成しているため、燃料電池の発電中に電解質膜が膨潤する場合であっても、電解質膜が隙間で座屈することを抑制できる。電解質膜の座屈を抑制できることにより、電解質膜の損傷を抑え、電解質膜の損傷に起因する燃料ガスと酸化ガスのクロスリークを抑制することができる。
【0007】
(1)本発明の一形態によれば、電解質膜の両面に電極が形成された膜−電極接合体と、前記膜−電極接合体の各々の面と接するように前記膜−電極接合体上に配置されて導電性多孔質体によって構成される第1と第2のガス拡散層と、を備える燃料電池が提供される。この燃料電池において、前記第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部と、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周とは、前記第1と第2のガス拡散層の積層方向に重ならず、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部は、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周よりも、前記第1と第2のガス拡散層の中央部寄りに配置されている。この燃料電池は、前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面上において、さらに、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部の近傍に設けられたシール部材と、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部と前記シール部材との間の隙間の少なくとも一部を塞ぐ保護層と、を備える。この形態の燃料電池によれば、第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部とシール部材との間の隙間に保護層を形成しているため、燃料電池の発電中に電解質膜が膨潤する場合であっても、電解質膜が隙間で座屈することを抑制できる。電解質膜の座屈を抑制できることにより、電解質膜の損傷を抑え、電解質膜の損傷に起因する燃料ガスと酸化ガスのクロスリークを抑制することができる。
【0008】
(2)上記形態の燃料電池において、前記保護層は、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂によって形成されることとしてもよい。この形態の燃料電池によれば、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂によって形成される保護層によって、前記隙間で露出する部分の膜厚を厚くして、電解質膜の座屈を抑制する効果を高めることができる。
【0009】
(3)上記形態の燃料電池において、前記保護層は、高分子電解質を含有することとしてもよい。この形態の燃料電池によれば、保護層は、電解質膜が膨潤あるいは収縮するのに伴って膨潤あるいは収縮することができる。したがって、膜−電極接合体と保護層の界面における応力の発生を抑制し、膜−電極接合体と保護層の積層体の耐久性を向上させることができる。
【0010】
(4)本発明の他の形態によれば、電解質膜の両面に電極が形成された膜−電極接合体と、前記膜−電極接合体の各々の面と接するように前記膜−電極接合体上に配置されて導電性多孔質体によって構成される第1と第2のガス拡散層と、を備える燃料電池の製造方法が提供される。この燃料電池の製造方法は、前記膜−電極接合体を用意する第1の工程と;前記第1のガス拡散層の外周の少なくとも一部と、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周とが、前記第1と第2のガス拡散層の積層方向に重ならず、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部が、前記第2のガス拡散層および前記膜−電極接合体の外周よりも、前記第1と第2のガス拡散層の中央部寄りに配置するように、前記膜−電極接合体を前記第1と第2のガス拡散層で挟持する第2の工程と;前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面上であって、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部の近傍に、シール部材を配置する第3の工程と;前記膜−電極接合体における前記第1のガス拡散層が設けられる面上であって、前記第1のガス拡散層の外周の前記少なくとも一部と前記シール部材との間の隙間の少なくとも一部に、軟化した材料を塗布する第4の工程と;塗布された前記軟化した材料を硬化させて保護層を形成する第5の工程と;を備える。この形態の燃料電池の製造方法によれば、本発明の一形態としての既述した燃料電池を容易に製造し、既述した効果を得ることができる。
【0011】
本発明は、上記以外の種々の形態で実現可能であり、例えば、燃料電池におけるガスリークの抑制方法や、燃料電池におけるセル内ガス流路のシール構造の形成方法などの形態で実現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】燃料電池の概略構成を表わす断面模式図である。
図2】ガス拡散層の配置を模式的に示す平面図である。
図3】燃料電池の製造方法を表わす工程図である。
図4】保護層の形成の様子を表わす説明図である。
図5】電解質膜が膨潤して座屈する様子を説明するための図である。
図6】電解質膜の膜厚tと膨潤歪みεと最小スリット幅2a0との関係を示す説明図である。
図7】燃料電池の製造方法における工程の一部を表わす説明図である。
図8】ガス拡散層の配置を模式的に示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
A.第1の実施形態:
A−1.燃料電池の構成:
図1は、本発明の第1の実施形態としての燃料電池の概略構成を表わす断面模式図である。図1では、発電モジュールである単セル10の構造を示しているが、燃料電池は図1に示す単セル10を複数積層したスタック構造を有している。
【0014】
単セル10は、電解質膜20と、電解質膜20の各々の面上に形成された電極であるアノード21およびカソード22と、電極を形成した上記電解質膜20を両側から挟持するガス拡散層23,24と、ガス拡散層23,24のさらに外側に配置されたガスセパレータ25,26と、ガス拡散層24の外周近傍に配置されたシール部材30と、保護層32と、を備えている。図1は、上記各部材を積層した単セル10における外周に近い領域の様子を示している。
【0015】
本実施形態に係る燃料電池は、固体高分子形燃料電池であり、電解質膜20は、固体高分子材料、例えばパーフルオロカーボンスルホン酸を備えるフッ素系樹脂により形成されたプロトン伝導性のイオン交換膜とすることができ、湿潤状態で良好な電気伝導性を示す。アノード21およびカソード22は、触媒として、例えば白金、あるいは白金合金を備えている。より具体的には、アノード21およびカソード22は、上記触媒を担持したカーボン粒子と、電解質膜20を構成する高分子電解質と同様の電解質と、を備えている。アノード21およびカソード22を形成するには、例えば、白金または白金と他の金属からなる合金を担持させたカーボン粒子を作製し、この触媒を担持したカーボン粒子を適当な有機溶剤に分散させ、電解質溶液を適量添加して触媒インクを作製すればよい。この触媒インクを、電解質膜20上にスクリーン印刷等の方法により塗布することで、アノード21およびカソード22を形成することができる。電解質膜20と、アノード21およびカソード22とは、MEA(膜−電極接合体、Membrane Electrode Assembly)29を構成している。
【0016】
ガス拡散層23,24は、ガス透過性を有する導電性部材、例えば、カーボンペーパやカーボンクロス、あるいは金属メッシュや発泡金属によって形成することができる。また、ガス拡散層23,24は、いずれも、平坦な板状部材として形成されている。ガス拡散層23,24を設けることによって、電極に対するガス供給効率を向上させると共に、ガスセパレータ25,26と電極との間の集電性を高めることができ、さらに電解質膜20を保護することができる。
【0017】
本実施形態では、ガス拡散層23,24の各々において、MEA29と接する側の面に撥水層27,28が設けられている。撥水層27,28は、カーボン粒子と、フッ素樹脂などの撥水性物質とを備えている。このような撥水層27,28は、カーボン粒子と撥水性物質とを含有する混合液である撥水インクを、ガス拡散層23,24を構成する導電性部材の表面に塗布し、乾燥・焼成を行なうことによって形成される。電極とガス拡散層23,24との間に設けられた撥水層27,28は、液水を弾いて電極側に押し戻す働きを有し、このように液水を押し戻すことによって電解質膜20が水分不足となることを抑制している。また、液水を弾くことによって、ガス拡散層23,24が備える細孔が液水によって閉塞されることを抑制し、細孔の閉塞に起因するガス流れの阻害を抑えている。
【0018】
なお、本実施形態では、撥水インクをガス拡散層23,24上に塗布して撥水層27,28を形成したが、撥水インクをMEA29上に塗布して撥水層27,28を形成してもよい。また、撥水インクをガス拡散層23,24の片面のみに塗布するのではなく、ガス拡散層23,24の全体に撥水インクを含浸させて、ガス拡散層23,24全体を撥水層27,28としてもよい。また、カーボン粒子を含有しない撥水インクをガス拡散層23,24上に塗布することにより撥水層27,28を形成してもよい。また、カーボン粒子と撥水性物質とを含有する撥水インクに代えて、カーボン粒子と撥水性物質の混合物を粉体状に調整した撥水粉末や、カーボン粒子と撥水性物質の混合物をシート状に成形した撥水シートを用いてもよい。すなわち、上記撥水粉末や撥水シートを、ガス拡散層23,24上あるいはMEA29上に配置して、撥水層27,28を形成してもよい。あるいは、撥水層27,28を設けないこととしてもよい。
【0019】
図2は、ガス拡散層23,24の配置を模式的に示す平面図である。本実施形態では、ガス拡散層23とガス拡散層24とは、その大きさが異なっており、ガス拡散層24の方が小さく形成されている。具体的には、ガス拡散層24は、ガス拡散層23および電解質膜20(MEA29)よりも小さく形成されており、ガス拡散層24の外周は、ガス拡散層23および電解質膜20の外周よりも、ガス拡散層23,24の中央部寄りに配置されている。本実施形態では、ガス拡散層24が、特許請求の範囲における「第1のガス拡散層」に相当し、ガス拡散層23が、特許請求の範囲における「第2のガス拡散層」に相当する。
【0020】
ガスセパレータ25,26は、ガス不透過な導電性部材、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボン等のカーボン製部材や、プレス成形したステンレス鋼などの金属製部材により形成されている。ガスセパレータ25,26において、触媒電極層(アノード21あるいはカソード22)と対向する面には、反応ガスが流れる互いに平行な複数の流路溝41,42を成す凹凸形状が形成されている。流路溝41は、ガス拡散層23との間に、燃料ガスが流れるセル内燃料ガス流路を形成する。また、流路溝42は、ガス拡散層24との間に、酸化ガスが流れるセル内酸化ガス流路を形成する。ガスセパレータ25,26は、上記凹凸形状におけるガス拡散層側に突出する凸部の頭頂部でガス拡散層23,24と接触している。ガスセパレータ25,26の流路溝41,42は、ガス拡散層24と積層方向に重なる領域全体にわたって形成されている。電気化学反応は、アノード21およびカソード22で進行し得るが、実質的に電気化学反応が進行するのは、アノード21に燃料ガスが供給される領域と、カソード22に酸化ガスが供給される領域とが重なる領域である。そのため、電極面では、より小さく形成されたガス拡散層24と積層方向に重なる領域において、実質的に電気化学反応が進行すると考えることができる。以下、ガス拡散層24と積層方向に重なる領域を、発電領域とも呼ぶ(図1参照)。なお、本実施形態では、カソード22は、発電領域を含むと共に、発電領域よりも若干大きな領域にわたって設けられている。また、アノード21は、発電領域を含むと共に、カソード22よりも広い領域にわたって設けられている(図1参照)。ただし、アノード21およびカソード22は、発電領域と重なる領域に設けられていればよい。
【0021】
シール部材30は、MEA29におけるガス拡散層24が設けられる面上において、ガス拡散層24の外周近傍に配置された薄板状部材である。シール部材30は、絶縁性材料、例えば、燃料電池の運転温度よりも融点が高く、燃料電池の内部環境下で安定な樹脂によって形成することができる。既述したガスセパレータ25,26は、発電領域と積層方向に重なる領域よりも外周寄りに、凹凸のない平坦な部分を有している。シール部材30は、ガスセパレータ26におけるこの平坦な部分と接しており、セル内酸化ガス流路をシールしている(図1参照)。本実施形態のシール部材30は、図1に示すようにガス拡散層24とほぼ同じ厚みを有しているが、シール部材30の厚みは、シール部材30の構成材料や、ガスセパレータ26の形状や、燃料電池を組み立てたときに単セル10の積層体に加えられる積層方向の締結圧の大きさ等に応じて、適宜設定すればよい。すなわち、燃料電池を組み立てて積層体全体を締結したときに、発電領域にかかる面圧が所望の圧力となるように、シール部材30の厚みを設定すればよい。
【0022】
保護層32は、ガス拡散層24の外周とシール部材30の間の隙間を塞ぐように、上記隙間で露出するMEA29上に設けられている。本実施形態の保護層32は、電解質膜20を構成する高分子電解質と同種の高分子電解質によって構成されている。
【0023】
保護層32は、後述するように、軟化した状態の樹脂材料をMEA29上に塗布することにより形成する。軟化した状態の樹脂材料としては、例えば、保護層32を形成するための樹脂を水やアルコールなどの溶媒中に溶解あるいは分散させた樹脂含有液を用いることができる。樹脂含有液を用いる場合には、後述するように製造工程の途中で溶媒を気化させて除去するため、加熱による除去が容易であって、燃料電池を構成する他の部材と反応しない溶媒を用いて樹脂含有液を調整すればよい。軟化した状態の樹脂材料の塗布を伴う保護層32の形成方法については、後に詳しく説明する。
【0024】
燃料電池の内部には、さらに、セル間冷媒流路が形成されている(図示せず)。図1は単セル10を表わしているが、このような単セル10を積層して燃料電池を構成する際に、例えば、隣り合う単セル10の各々が備えるガスセパレータ間に、セル間冷媒流路を形成すればよい。
【0025】
さらに、燃料電池の内部には、燃料電池を、その積層方向に貫通する複数の流路が形成されている。具体的には、各セルとの間で反応ガスを供給・排出するためのガスマニホールドや、既述した冷媒流路との間で冷媒を供給・排出するための冷媒マニホールドが形成されている。本実施形態では、図1に示される領域よりもさらに外周寄りの位置でガスセパレータ25,26に設けられた孔部によって、上記した各マニホールドが形成されている。
【0026】
既述したように、ガス拡散層24の外周近傍にはシール部材30が配置されているが、ガス拡散層24よりも大きく形成されたガス拡散層23の外周、MEA29の外周、およびシール部材30の外周には、接着剤が塗布されている。これにより、セル内酸化ガス流路と共に、セル内燃料ガス流路のシール性が確保されている。接着剤としては、例えば、エポキシ系の接着剤、シリコーン系の接着剤等、あるいは、シリコーンRTVゴム等を用いることができる。
【0027】
上記接着剤が塗布される範囲、およびシール部材30が配置される範囲は、既述したマニホールドを形成するためにガスセパレータ25,26に設けた孔部の位置により適宜設定される。例えば、ガス拡散層24の外周に沿って発電領域を囲むようにシール部材30を設ける際に、酸化ガスを供給・排出するためのガスマニホールドを形成する孔部と発電領域とを繋ぐ領域にはシール部材30が配置されないように、シール部材30の形状を定めてもよい。上記接着剤が塗布される領域の形状、およびシール部材30の形状は、セル内酸化ガス流路およびセル内燃料ガス流路のシール性が確保されて、セル内ガス流路と対応するガスマニホールドとの間のガスの流れが妨げられない形状であればよい。
【0028】
A−2.保護層の形成方法:
以下に、本実施形態の燃料電池の製造方法を、保護層32の形成方法を中心に説明する。図3は、本実施形態の燃料電池の製造方法を表わす工程図である。また、図4は、燃料電池の製造工程の途中であって、保護層32を形成する様子を表わす説明図である。
【0029】
燃料電池を製造する際には、まず、MEA29を用意する(ステップS100)。その後、MEA29の各々の面上にガス拡散層23,24を配置して積層する(ステップS110)。なお、本実施形態では、ガス拡散層23,24の積層に先立って、ガス拡散層23,24に撥水層27,28を形成している。ガス拡散層23,24とMEA29とを積層する際には、例えばホットプレスにより全体を一体化すればよい。
【0030】
その後、MEA29上であって、ガス拡散層24の外周部の近傍に、シール部材30を配置する(ステップS120)。シール部材30を配置する場合には、シール部材30とMEA29との間を、接着剤を用いて接着してもよい。あるいは、加圧によって、あるいは加熱を伴う加圧によって、シール部材30をMEA29に固定してもよい。
【0031】
なお、ガス拡散層24の形状は、発電領域に相当する形状として予め設定されており、シール部材30の形状も、ガス拡散層24の外周に極めて近い位置に配置されるように予め設定されている。しかしながら、ガス拡散層24やシール部材30を作製する際の精度には限界がある。また、ガス拡散層24の外周近傍にシール部材30を配置する動作の精度にも限界がある。ここで、シール部材30を配置する際に、シール部材30の端部がガス拡散層24の外周部に重なってしまうと、重なった部分の厚みが増大するために、セル内ガス流路において充分なシール性を確保し難くなる。そのため、ガス拡散層24およびシール部材30の形状は、シール部材30を配置する動作の精度を考慮して、シール部材30がガス拡散層24に重なることのないように設定されている。その結果、ステップS120の後には、ガス拡散層24の外周とシール部材30との間に数百μm程度の隙間が生じる。
【0032】
その後、ステップS130およびステップS140において、上記隙間に保護層32を形成する。まず、図4(A)に示すように、ガス拡散層24とシール部材30との間の隙間35に、軟化した樹脂材料を塗布する(ステップS130)。既述したように、本実施形態では、保護層32は、電解質膜20を構成する高分子電解質と同種の高分子電解質によって構成している。図4では、このような高分子電解質を水やアルコールなどの溶媒中に溶解あるいは分散させた樹脂含有液52を塗布する様子を示している。
【0033】
本実施形態では、上記樹脂含有液52を塗布するために、ヒータを備えるノズル50を有する吐出装置を用いている。ノズル50の直径は、隙間35の幅よりも小さいことが望ましく、例えば100μm程度とすることができる。ヒータを用いてノズル50の先端を加熱することにより、充分に粘度を低下させた樹脂含有液52を隙間35に塗布することができる。樹脂含有液52の加熱の程度は、樹脂含有液52の粘度を充分に抑えることができればよく、例えば50℃以上とすることができ、樹脂含有液52中の樹脂や電解質膜20等の構成部材が分解あるいは損傷等をしない温度範囲であればよい。樹脂含有液52の粘度を充分に抑えることにより、ノズル50から吐出された樹脂含有液52は、隙間35内で速やかに広がることができる。
【0034】
上記のように樹脂含有液52を塗布することにより、樹脂含有液52が隙間35内に広がって隙間35を塞ぐ。樹脂含有液52を塗布する量は、樹脂含有液52が隙間35からあふれない範囲で、より多い方が望ましい。図4(B)では、ガス拡散層24とシール部材30の厚みが同程度である場合に、樹脂含有液52が隙間35を満たして樹脂含有液層54を形成した様子を表わしている。
【0035】
なお、樹脂含有液52の塗布を行なう際には、ノズル50を有する吐出装置に位置センサを設けてもよい。そして、この位置センサにより、シール部材30の端部および/またはガス拡散層24の外周の位置を検出しながら、シール部材30の端部またはガス拡散層24の外周に沿うように樹脂含有液52の塗布を行なってもよい。これにより、隙間35内に樹脂含有液52を塗布する動作の精度を確保することができる。上記位置センサは、種々の構成を採用可能である。例えば、CCDカメラ等の撮像装置を備え、画像データを用いた画像処理により、シール部材30の端部および/またはガス拡散層24の外周の位置を検出してもよい。あるいは、赤外線の反射を利用して位置を検出する赤外線センサによって、上記位置センサを構成してもよい。
【0036】
次に、樹脂含有液層54から保護層32を形成する(ステップS140)。本実施形態では、樹脂含有液層54を加熱して溶媒を気化させて除去することにより、高分子電解質から成る保護層32を形成する。樹脂含有液層54の加熱は、例えば、図4(B)に示す構造全体を120〜150℃程度に加熱したホットプレート上に載置して行なうことができる。あるいは、ステップS130の塗布時に、ノズル50を加熱することにより樹脂含有液52を50〜120℃程度に加熱するならば、樹脂含有液52に与えた熱によって塗布と同時に溶媒を気化させることができる。この場合には、溶媒を気化させるために、特別な加熱装置等を用いる加熱工程を別途実行する必要がなく、塗布後しばらく放置して樹脂含有液層54を乾燥させることで、保護層32を形成することができる。
【0037】
ステップS140で溶媒を気化させて保護層32を形成した様子を図4(C)に示す。溶媒が揮発して除去されることで、樹脂含有液層54の厚みは薄くなる。例えば、高分子電解質の体積濃度が50%の樹脂含有液52を用いて樹脂含有液層54を形成した場合には、樹脂含有液層54から溶媒を揮発させることで、樹脂含有液層54の厚みの半分程度の厚みを有する保護層32が形成される。
【0038】
保護層32を形成した後には、上記した保護層32を形成した積層体とガスセパレータ25,26とを積層すると共に、少なくともいずれかのガスセパレータ上であって上記積層体の外周部の所定の位置に接着剤を塗布することで(ステップS150)、単セル10を完成する。
【0039】
A−3.膜厚と、隙間で生じる座屈について:
本実施形態では、保護層32を設けることにより、隙間35で露出する電解質膜20(MEA29)が隙間35で座屈することを抑制している。すなわち、高分子電解質によって構成される電解質膜20は、燃料電池が発電と停止を繰り返したり発電状態が変化するのに伴って、吸湿と乾燥を繰り返す。電解質膜20は吸湿することで膨潤し、乾燥することで収縮する。そのため、電解質膜20がある程度以上膨潤すると、隙間35内で電解質膜20が座屈する(うねりを生じる)。
【0040】
図5は、電解質膜が膨潤して座屈する様子を説明するための図である。図5(A)は、本実施形態の電解質膜20と同様の電解質膜の初期状態(膨潤前の状態)を表わす。図5(A)では、初期状態の電解質膜の膜厚がtであり、電解質膜における面方向に平行な特定方向の長さがl0であることを示している。また、図5(B)は、電解質膜が膨潤した様子を表わす。図5(B)では、膨潤によって、電解質膜における上記特定方向の長さがl1になったことを示している。電解質膜が膨潤したときの膨潤歪みをεとすると、εは以下の(1)式で表わすことができる
【0041】
【数1】
【0042】
図5(B)では、電解質膜が自由に膨潤する様子を表わしているが、本実施形態の電解質膜20における隙間35で露出する部分は、ガス拡散層24およびシール部材30によって両端部が拘束された状態(固定された状態)となっている。このように両端部が拘束された電解質膜が膨潤する様子を、図5(C)に示す。図5(C)に示すように、両端部が拘束された電解質膜がある程度以上膨潤すると、電解質膜は座屈する(うねりを生じる)。図5(C)では、座屈した電解質膜に生じたうねりの山と山の間の距離(以後、座屈幅と呼ぶ)を2aとしている。
【0043】
図5(C)のように両端部が拘束された状態で電解質膜が膨潤したときに電解質膜で発生する膨潤応力をσmemとすると、σmemは以下の(2)式で表わすことができる。
【0044】
【数2】
(ただし、Eはヤング率を表わし、νはポアソン比を表わし、εは膨潤歪みを表わす。)
【0045】
また、図5(C)のように両端部が拘束された状態で電解質膜が膨潤するときに、電解質膜が座屈を開始する臨界応力(電解質膜が座屈を開始するときに電解質膜に生じる応力であり、座屈する電解質膜に生じる応力の最小値)をσcrとすると、σcrは、オイラーの式に基づいて以下の(3)式で表わすことができる。
【0046】
【数3】
(ただし、Eはヤング率を表わし、νはポアソン比を表わし、tは膜厚を表わし、aは座屈幅の半分の長さを表わす。)
【0047】
電解質膜の含水量が非常に少ないときには、(2)式に示した電解質膜の膨潤応力σmemは、(3)式に示した電解質膜が座屈を開始する臨界応力σcrよりも小さい。このような状態では、電解質膜は座屈しない。電解質膜の両端部が拘束された状態で電解質膜の含水量が増加して膨潤の程度が大きくなると、電解質膜の膨潤応力σmemが臨界応力σcrに次第に近づく。そして、膨潤応力σmemが臨界応力σcrに達すると、電解質膜で座屈が生じ始める。したがって、両端部が拘束された電解質膜は、以下の(4)式に示す条件が成り立つときに座屈すると考えられる。
【0048】
【数4】
【0049】
ここで、(4)式に(2)式および(3)式を代入すると、以下の(5)式が導出される。
【0050】
【数5】
(ただし、νはポアソン比を表わし、tは膜厚を表わし、εは膨潤歪みを表わす。)
【0051】
すなわち、電解質膜が座屈するときの座屈幅2aは、(5)式の右辺の値以上になるといえる。よって、電解質膜が座屈するときの座屈幅の最小値を2a0とすると、座屈幅の最小値2a0は、以下の(6)式で表わされる。
【0052】
【数6】
(ただし、νはポアソン比を表わし、tは膜厚を表わし、εは膨潤歪みを表わす。)
【0053】
したがって、本実施形態の燃料電池のように、電解質膜の両端が拘束されている場合には、拘束された両端部間の長さ(隙間35の幅であり、ガス拡散層24とシール部材30の距離)が、上記座屈幅の最小値2a0以上であるときに、電解質膜が座屈すると考えられる。以下、座屈幅の最小値2a0を、電解質膜の座屈が起こる最小スリット幅とも呼ぶ。図5(D)は、本実施形態の燃料電池において、隙間35の幅が2a0である様子を表わしている。上記(6)式に示すように、最小スリット幅2a0は、電解質膜の膜厚tと膨潤歪みをεとによって定まる値と考えることができる。なお、電解質膜の厚みtは、電解質膜の湿潤状態によって変化し得るが、上記(6)式では、膜厚tは、乾燥状態の電解質膜の膜厚とする。
【0054】
図6は、上記した(6)式に基づいて、電解質膜の膜厚tと、膨潤歪みεと、座屈が起こる最小スリット幅2a0との関係を示す説明図である。ここで、膨潤歪みεは、電解質膜の吸湿状態によって変化する値である。電解質膜は、その組成に応じて、吸水量に対する膨潤歪みεの値が異なるが、電解質膜の組成にかかわらず、電解質膜の膜厚tと、膨潤歪みεと、座屈が起こる最小スリット幅2a0とは、図6に表わした関係を示す。なお、電解質膜は、その組成に応じて、最大吸水量、および膨潤歪みεの最大値が定まっている。したがって、電解質膜の組成によっては、図6とは異なり、膨潤歪みεの最大値が0.2に達しない場合もあり得る。
【0055】
図6に示すように、電解質膜の組成が一定である場合に、膨潤歪みεが同じ値、すなわち電解質膜の湿潤状態が同じであれば、電解質膜の膜厚tが厚いほど、座屈の起こる最小スリット幅2a0の値が大きくなる。すなわち、本実施形態の燃料電池に即していえば、隙間35の幅(ガス拡散層24とシール部材30の距離)が一定であれば、電解質膜20の膜厚が厚いほど電解質膜20は座屈し難いといえる。また、電解質膜20の膜厚が一定であれば、隙間35の幅(ガス拡散層24とシール部材30の距離)が大きいほど電解質膜が座屈し易いといえる。また、図6に示すように、電解質膜20の膜厚tが一定であれば、膨潤歪みεが大きいほど、すなわち、電解質膜20の含水量が多いほど、最小スリット幅20aが小さくなり、座屈が生じ易くなるといえる。なお、本実施形態の燃料電池では、既述したように電解質膜20は表面に電極が形成されてMEA29を構成しているが、図6に基づく説明では電極の存在を省略して説明している。ただし、電極を備えるMEA29においても、全体の厚みと膨潤歪みの大きさと座屈の起こる最小スリット幅との間には、上記した説明と同様の関係が成立する。
【0056】
以上のように構成された本実施形態の燃料電池の製造方法により製造された燃料電池によれば、隙間35に保護層32を形成しているため、燃料電池の発電中に電解質膜20が膨潤する場合であっても、電解質膜20が隙間35で座屈することを抑制できる。電解質膜20の座屈を抑制できることにより、電解質膜20の損傷を抑え、電解質膜20の損傷に起因する燃料ガスと酸化ガスのクロスリークを抑制することができる。
【0057】
本実施形態における電解質膜の座屈を抑制する上記した効果は、以下のように理解できる。すなわち、高分子電解質から成る保護層32を設けることで、隙間35が形成される領域における電解質膜の膜厚を実質的に厚くすることができる。このように電解質膜の膜厚を厚くすることにより、既述したように、電解質膜が座屈する最小スリット幅2a0がより大きくなる。その結果、ガス拡散層24とシール部材30との距離が、保護層32により膜厚が厚くなった電解質膜における最小スリット幅2a0よりも充分に小さくなり、電解質膜の座屈を抑制することができる。
【0058】
ここで、図1に示す構成の単セルを実際に組み立てて発電を行ない、保護層32の効果を確認した。具体的には、パーフルオロカーボンスルホン酸を備えるフッ素系樹脂により形成された電解質膜20(膜厚:20μm、後述する膨潤状態での平面方向の膨潤率:10%)と、厚さ200μmのガス拡散層24およびシール部材30を備え、ガス拡散層24の外周とシール部材30との距離が2mmである単セルを組み立てた。そして、電解質膜20と同種の高分子電解質を体積濃度50%で含有する樹脂含有液52(溶媒は水であり、ノズル先端温度は50℃)を、隙間35に塗布して乾燥させ、厚さ100μmの保護層32を形成した実施例の単セルを作製した。したがって、実施例の単セルでは、隙間35における電解質の膜厚は、全体として120μmとなった。また、実施例と同様の形状の単セルであって、保護層32を有することなく、隙間35でMEA29が露出する比較例の単セルを作製した。これら実施例および比較例の単セルに対して、湿潤状態と乾燥状態を繰り返す処理(乾湿サイクル)を10回加えた。乾湿サイクルとは、80℃の温度条件下で、湿潤状態としては100%RHで5分間、乾燥状態としては5%RHで5分間処理することをいう。このような処理の後に、デジタルマイクロスコープを用いて隙間35の部分を観察したところ、実施例の単セルでは座屈が生じなかったが、比較例の単セルでは座屈が生じていた(データ示さず)。
【0059】
また、本実施形態の燃料電池によれば、保護層32を、電解質膜20と同様の高分子電解質により形成しているため、保護層32は、周囲の湿潤状態に応じて、電解質膜20と同様に膨潤および収縮を繰り返す。そのため、保護層32と電解質膜20との界面に応力が生じにくく、電解質膜20が膨潤と収縮を繰り返す場合であっても、保護層32と電解質膜20の界面における剥離等の損傷の発生を抑制することができる。そのため、保護層32を設けることに起因する燃料電池の耐久性の低下を抑えることができる。
【0060】
さらに、本実施形態によれば、隙間35に樹脂含有液52を塗布することにより保護層32を形成しているため、保護層32を設けるために特別な部材を予め成形して用意する必要がない。そのため、部品点数の増加を抑え、製造工程を簡素化することができる。
【0061】
また、本実施形態の燃料電池によれば、ガス拡散層24をガス拡散層23よりも小さく形成し、ガス拡散層24の外周は、ガス拡散層23および電解質膜20の外周よりも、ガス拡散層23,24の中央部寄りに配置されている。すなわち、ガス拡散層23の外周とガス拡散層24の外周とが、ガス拡散層23,24の積層方向に重なっておらず、電解質膜20の外周を経由するガス拡散層23の外周とガス拡散層24の外周との距離が、より長く確保されている。そのため、セル内酸化ガス流路内の酸化ガスと、セル内燃料ガス流路内の燃料ガスとが、電解質膜20の外周を超えてクロスリークするためには、各々のガスが、より長い距離を回り込んで漏れ出す必要がある。したがって、本実施形態によれば、セル内酸化ガス流路とセル内燃料ガス流路との間で、電解質膜20の外周を介したガスのクロスリークを抑制する効果を高めることができる。
【0062】
さらに、本実施形態によれば、ガス拡散層23の外周とガス拡散層24の外周の距離が、より長く確保されているため、ガス拡散層23とガス拡散層24の間の短絡を抑制する効果を高めることができる。すなわち、双方のガス拡散層を構成する導電性の繊維同士が電解質膜20の外周を超えて接触することを抑制し、短絡を抑えることができる。
【0063】
なお、保護層32は、既述したように隙間35に露出する電解質膜20(MEA29)全体を覆うことで電解質膜20の座屈を防止しているが、保護層32は、隙間35に露出する電解質膜20を必ずしも完全に覆う必要はない。すなわち、隙間35が保護層32によって完全に覆われていなくても、隙間35に露出するMEA29の少なくとも一部が保護層32覆われていれば、保護層32に覆われる部分では、電解質膜20の膜厚が厚くなる。また、保護層32に覆われることなく隙間35で露出する電解質膜20の幅が小さくなる。そのため、電解質膜20の座屈を抑制する効果を得ることができる。
【0064】
B.第2の実施形態:
図7は、第2の実施形態の燃料電池の製造方法における工程の一部を表わす説明図である。第2の実施形態は、第1の実施形態と比べて、燃料電池の製造方法における保護層の製造工程だけが異なっている。そのため、第2の実施形態の燃料電池において、第1の実施形態の燃料電池と共通する部分には同じ参照番号を付して詳しい説明を省略する。
【0065】
第2の実施形態の燃料電池の製造方法では、第1の実施形態とは異なり、図3のステップS130における樹脂含有液52を塗布する動作を2回行なっている。第1の実施形態で説明したように、例えば高分子電解質の体積濃度が50%の樹脂含有液52を用いて樹脂含有液層54を形成した場合には、樹脂含有液層54から溶媒を揮発させることで、樹脂含有液層54の厚みの半分程度の厚みを有する保護層32が形成される(図4の(A)および(B)を参照)。具体的には、例えばガス拡散層24およびシール部材30の厚みが100μmであって、電解質の体積濃度が50%の樹脂含有液52を用いて1回目の塗布によって100μmの厚みの樹脂含有液層54を形成した場合には、50μmの厚みの保護層32が形成される。本実施形態では、このように保護層32を形成した後に、形成した保護層32の上にさらに樹脂含有液52の2回目の塗布を行なう。
【0066】
図7では、樹脂含有液52の1回目の塗布を、シール部材30の外周部に沿って行なっており、また、1回目の塗布により形成された保護層32が、隙間35で露出するMEA29を完全には覆っておらず、ガス拡散層24の外周に近接する一部が覆われていない様子を表わしている。図7(A)では、このような保護層32上において、ガス拡散層24の外周に沿って樹脂含有液52の2回目の塗布を行なう様子を表わしている。このようにして隙間35全体を塞ぐように樹脂含有液52を塗布し、その後、塗布した樹脂含有液52を乾燥させると、2回目に塗布した樹脂含有液52の層の半分の厚みの保護層132が形成される。保護層132が形成された様子を図7(B)に示す。図7では、ガス拡散層24の外周に沿って2回目の塗布を行なっているため、保護層32とガス拡散層24の外周の間の隙間が2回目の塗布によって塞がれると共に、2回目の塗布によって、保護層全体の厚みが厚くなっている。既述したように、ガス拡散層24およびシール部材30の厚みが100μmであって、1回目の塗布によって50μmの保護層32が形成されている場合には、2回目の塗布を行なうことで25μmの保護層132が形成され、保護層全体の厚みは75μmとなる。なお、シール部材30あるいはガス拡散層24の外周に沿って樹脂含有液52を塗布する場合には、既述したように、ノズル50を有する吐出装置に位置センサを設け、シール部材30あるいはガス拡散層24の外周の位置を検出すればよい。
【0067】
以上のように構成された第2の実施形態によっても、第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。特に、樹脂含有液52の塗布を2回行なうことで、保護層と電解質膜20とを合わせた厚みが厚くなるため、隙間35における電解質膜の座屈を抑制する効果を高めることができる。さらに、隙間35において保護層に覆われない領域を削減することができるため、上記座屈を抑制する効果をより高めることができる。なお、第2の実施形態では、樹脂含有液52の塗布を2回行なったが、3回以上塗布を行なってもよい。これにより、保護層全体の厚みを増すことができ、上記座屈を抑制する効果をさらに高めることができる。
【0068】
C.変形例:
・変形例1(保護層の材料に係る変形):
第1および第2の実施形態では、電解質膜20と同様の高分子電解質を水やアルコールなどの溶媒中に溶解あるいは分散させた樹脂含有液52を用いて保護層を形成したが、異なる構成としてもよい。例えば、高分子電解質以外の樹脂材料をさらに含む樹脂溶液を用いて保護層を形成してもよい。あるいは、保護層は、電解質膜20を構成する高分子電解質とは異種の電解質によって構成してもよい。保護層が高分子電解質を含有するならば、保護層は電解質膜20と同様に膨潤および収縮するため、保護層とMEA29との界面に応力が生じ難くなって望ましい。ただし、各実施形態のように、電解質膜20と同種の電解質により保護層を形成すれば、保護層と電解質膜20の膨潤及び収縮の率がより近くなり、また、保護層と電解質膜20の親和性が高まるためさらに望ましい。
【0069】
また、保護層は、高分子電解質とは異なる熱可塑性樹脂や、熱硬化性樹脂、あるいはゴムによって形成してもよい。保護層を構成するための熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、あるいはポリイソブチレン(PIB)を挙げることができる。また、保護層を構成する熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂やエポキシ樹脂を挙げることができる。また、保護層32を構成するゴムとしては、エチレン−プロピレン−ジエンゴム(EPDM)、シリコーン系ゴム、フッ素系ゴム、ブチルゴム、天然ゴム等を挙げることができる。
【0070】
・変形例2(保護層の形成工程に係る変形):
上記した種々の材料を用いて保護層を形成する場合に、保護層を形成するための軟化した材料としては、樹脂等の材料を溶媒に溶解あるいは分散させた材料含有液を用いる他、保護層を形成するための樹脂等を加熱して軟化させた材料を用いることができる。したがって、保護層を構成する材料は、保護層の形成時には上記のように軟化した状態とすることができ、その後に硬化させることができ、かつ、燃料電池の運転温度よりも融点が高く、燃料電池の内部環境下で安定であればよい。軟化した材料として、保護層を形成するための樹脂等を加熱して溶融状態にした材料を用いる場合であっても、ノズル50にヒータを設けることで、軟化した材料の粘度を充分に低下させることができる。
【0071】
既述した熱可塑性樹脂を加熱により軟化させて保護層を形成する場合には、例えばステップS140において、軟化させた樹脂材料を塗布した後に冷却することにより、塗布した樹脂層を硬化させて保護層を形成することができる。また、既述した熱硬化性樹脂を軟化させて保護層を形成する場合には、軟化させた樹脂材料を塗布した後にさらに加熱することにより、塗布した樹脂層を硬化させて保護層を形成することができる。あるいは、軟化させたゴム材料を用いる場合には、軟化させたゴム材料の塗布の後に加硫等の必要な処理を行なうことにより保護層を形成することができる。このように、保護層の形成時に溶媒の気化を伴わない場合には、保護層の形成時に塗布した樹脂層の厚みがほとんど変化しない。なお、加熱による熱硬化性樹脂の硬化には比較的長い時間を要するため、製造時間を短縮する観点からは、溶媒を含む樹脂含有液あるいは加熱により溶融させた熱可塑性樹脂を用いて保護層を形成することが望ましい。
【0072】
・変形例3(ガス拡散層の形状に係る変形):
第1および第2の実施形態では、カソード側のガス拡散層24を、アノード側のガス拡散層23よりも小さく形成したが、逆の構成としてもよい。ガス拡散層23をガス拡散層24よりも小さく形成し、ガス拡散層23の外周を、ガス拡散層24および電解質膜20の外周よりも中央部寄りに配置してもよい。この場合にも、本発明を適用することで、電解質膜20の座屈を抑制する同様の効果が得られる。また、酸化ガスと燃料ガスのクロスリークを抑制し、電解質膜20を間に介したガス拡散層同士の短絡を抑制する同様の効果が得られる。
【0073】
図8は、本発明の変形例としての燃料電池におけるガス拡散層223,224の配置を模式的に示す平面図である。本願発明に係る燃料電池においては、第1および第2の実施形態のように、一方のガス拡散層の外周全体が他方のガス拡散層の外周よりも中央部寄りに配置される必要はない。図8では、一例として、矩形形状のガス拡散層223,224における対向する2組の辺のうち、1組の辺は、ガス拡散層224の方が中央部寄りに配置されており、他の1組の辺は、ガス拡散層224の方が中央部から離間する位置に配置される様子を表わしている。一方のガス拡散層の外周の少なくとも一部が、他方のガス拡散層およびMEA29の外周に対して、ガス拡散層の積層方向に重ならず、他方のガス拡散層およびMEA29の外周よりも、一対のガス拡散層の中央部寄りに配置されていればよい。そして、MEA29における上記一方のガス拡散層が設けられる面上において、一方のガス拡散層の外周の上記少なくとも一部の近傍にシール部材30が設けられており、一方のガス拡散層の外周の上記少なくとも一部とシール部材との間の隙間の少なくとも一部を塞ぐように、保護層が設けられていればよい。これにより、各実施形態と同様に、上記隙間における電解質膜(MEA29)の座屈を抑える効果を得ることができる。
【0074】
・変形例4(ガス流路の構成に係る変形):
実施例は溝流路としたが、異なる構成であっても良い。例えば、流路溝を形成するための凹凸を有しない平板上のセパレータを用い、セパレータとガス拡散層との間に導電性の多孔質部材(例えば発泡金属やエクステンションメタル等)を配置し、上記多孔質部材内の細孔によってセル内ガス流路を形成しても良い。この場合であっても、外周が積層方向に重ならない一対のガス拡散層を用い、他方のガス拡散層に比べてガス拡散層の中心部寄りに外周が配置される一方のガス拡散層の外周近傍にシール部材を設け、上記一方のガス拡散層の外周とシール部材との間の隙間に保護層を設けて本発明を適用するならば、各実施形態と同様の効果が得られる。
【0075】
本発明は、上述の実施形態や実施例、変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0076】
10…単セル
20…電解質膜
21…アノード
22…カソード
23,24,223,224…ガス拡散層
25,26…ガスセパレータ
27,28…撥水層
29…MEA
30…シール部材
32,132…保護層
35…隙間
41,42…流路溝
50…ノズル
52…樹脂含有液
54…樹脂含有液層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8