特許第5826259号(P5826259)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5826259
(24)【登録日】2015年10月23日
(45)【発行日】2015年12月2日
(54)【発明の名称】ルテニウムベース錯体
(51)【国際特許分類】
   C07C 53/128 20060101AFI20151112BHJP
   C07C 53/10 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 53/16 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 53/122 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 53/126 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 53/138 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 63/08 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 65/21 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 51/41 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 13/263 20060101ALI20151112BHJP
   C07C 13/39 20060101ALI20151112BHJP
   C07F 15/00 20060101ALN20151112BHJP
【FI】
   C07C53/128
   C07C53/10
   C07C53/16
   C07C53/122
   C07C53/126
   C07C53/138
   C07C63/08
   C07C65/21 D
   C07C51/41
   C07C13/263
   C07C13/39
   !C07F15/00 A
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-515999(P2013-515999)
(86)(22)【出願日】2011年6月1日
(65)【公表番号】特表2013-530983(P2013-530983A)
(43)【公表日】2013年8月1日
(86)【国際出願番号】IB2011052410
(87)【国際公開番号】WO2011161570
(87)【国際公開日】20111229
【審査請求日】2014年4月2日
(31)【優先権主張番号】10166820.0
(32)【優先日】2010年6月22日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】390009287
【氏名又は名称】フイルメニツヒ ソシエテ アノニム
【氏名又は名称原語表記】FIRMENICH SA
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100099483
【弁理士】
【氏名又は名称】久野 琢也
(72)【発明者】
【氏名】ルチア ボノーモ
(72)【発明者】
【氏名】フィリップ デュポー
(72)【発明者】
【氏名】セルジュ ボノーデ
【審査官】 土橋 敬介
(56)【参考文献】
【文献】 特開平02−000791(JP,A)
【文献】 特表2003−533535(JP,A)
【文献】 特開2008−106058(JP,A)
【文献】 特開2001−220387(JP,A)
【文献】 Stanislaw Krompiec,A new method for the synthesis of mixed orthoesters from O-allyl acetals,TETRAHEDRON LETTERS,2009年,50 (11),P1193-1195
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 53/128
C07C 13/263
C07C 13/39
C07C 51/41
C07C 53/10
C07C 53/122
C07C 53/126
C07C 53/138
C07C 53/16
C07C 63/08
C07C 65/21
C07F 15/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式
{[(ジエン)Ru(OOCR(HO)} (I)
(式中、nは1又は2であり;
vは0又は1であり;
「ジエン」は2つの炭素−炭素二重結合を含む直鎖状又は分枝鎖状のC〜C15炭化水素化合物又は2つの炭素−炭素二重結合を含む環状C〜C20炭化水素基を表し;且つ
は、
− 水素原子;
− ピリジル基;
− 1〜5個のハロゲン原子及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基によって任意に置換されたフェニル基;又は
− 任意にハロゲン化され、且つ任意に1つ又は2つのフェニル基(それぞれのフェニル基は任意に、1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基で置換される)及び/又は1つ又は2つのOH、アミノ、エーテル又はチオエーテル官能基を含む、C1〜18アルキル又はアルケニル
表す
の化合物の製造方法であって、
カルボン酸RCOOH(式中、Rは式(I)で定義される通りである)の存在下で、
以下の式
【化1】
(式中、「ジエン」は式(I)で定義されたのと同じ意味を有し、Mはアルカリ金属(nは2である)カチオン又はアルカリ土類金属(nは1である)カチオンである)
の前駆体化合物を反応させる工程を含む、前記製造方法。
【請求項2】
前記「ジエン」が2つの炭素−炭素二重結合を含み、任意に置換されているC〜C12炭化水素化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記R基が
− 任意にハロゲン化され、且つ任意に、1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基によって任意に置換された1つのフェニル基;及び/又は1つのOH、アミノ又はエーテル官能基を含む、C1〜12アルキル基;又は
− 任意に1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基によって置換されたフェニル基
を表すことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記Rが任意にα位及び/又はβ位で分枝した、C2〜10アルキル基を表すことを特徴とする、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記Rがα位に第3級又は第4級炭素原子及び/又はβ位に第4級炭素原子を含む分枝鎖状のC2〜10アルキル基を表す基Rであり、前記Rは任意に1つのOH、アミノ又はエーテル官能基を含み、さらに任意に1つのフェニル基を含み、該フェニル基は任意に1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル基又はアルコキシル基によって置換されていることを特徴とする、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項6】
前記RCOOH、及びその結果として式(I)のRCOO基が、酢酸、モノクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、トリクロロ酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、ピバル酸、Bu−酢酸、2−Et−ヘキサン酸、シクロヘキサンカルボン酸、ピコリン酸、ケイ皮酸、安息香酸、4−Me−安息香酸、4−OMe−安息香酸、3,5−ジクロロ−安息香酸、イソ吉草酸、1−アダマンタンカルボン酸又はsec−酪酸の中で選択されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
以下の式
【化2】
(式中、「ジエン」は請求項1に規定された通りであり、Mはアルカリ金属(nは2である)カチオン又はアルカリ土類金属(nは1である)カチオンである)
の化合物。
【請求項8】
Mがナトリウム、カリウム、セシウム、カルシウム、ストロンチウム又はバリウムカチオンを表すことを特徴とする、請求項7に記載の化合物。
【請求項9】
[Ru(COD)(CO]Na;[Ru(COD)(CO]K;[Ru(COD)(CO]Cs;[Ru(NBD)(CO]Na;[Ru(NBD)(CO]K又は[Ru(NBD)(CO]Cs又は[Ru(COD)(CO)]であることを特徴とする、請求項7に記載の化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
技術分野
本発明は、触媒の分野に関し、更に詳細には、特定の種類のルテニウムカーボネート錯体、並びに多くのRuカルボキシレート錯体に有用な前駆体としての、その製法に関する。前記特定のルテニウム錯体は、類似の先行技術の公知の前駆体よりも多くの重要な利点を有する。
【0002】
従来技術
一般式[Ru(ジエン)(OOCR)(式中、nは1又は2に等しい)の幾つかのルテニウムカルボキシレート錯体は、式[Ru(PP)(OOCR)]の多数のルテニウム−ジホスフィン(PP)錯体の製造に有用な出発化合物として記載されており、これは炭素−炭素二重結合の水素化にとって有用な触媒である(例えば、O. AlbersらのJ. Organomet. Chem, 1984年, C62, 272; Ohta T.らのJ. Org. Chem, 1987年, 52, 3174-3176; Noyori R.らのJ. Am. Chem. Soc, 1986年, 108, 7117-7119;又はTakaya H.らのAm. Chem. Soc, 1987, 109, 1596-1597を参照のこと)。
【0003】
それらの有用性にもかかわらず、[(ジエン)RuCl(これは最もよく市販されている出発材料の1つである)から前記[Ru(ジエン)(OOCR)への間接的な合成(即ち、2工程以上)しか文献に記載されていない。実際に、[Ru(ジエン)(OOCR)の報告された製法は、以下のスキームに示される通り、中間体として[(ジエン)Ru(メチルアリル)]型を要求する:
【化1】
【0004】
この方法、即ち、ジエンがCOD又はNBDであり、且つRがCF、CCl、CHCl、CH又は複数のアリールである、[(ジエン)Ru(OOCR)型の複数の錯体の製法が記載されている(H. DoucetらのTetrahedron Asymmetry, 1996年, 7, 525-528; B. HeiserらのTetrahedron Asymmetry, 1991年, 2(1), 51-62; M. O. AlbersらのInorganic Syntheses, 1989年, 26, 249-58; 又はM. O. AlbersらのJ. Organomet. Chem, 1984年, C62, 272を参照のこと)。
【0005】
これらの刊行物に記載された合成の経路は以下の主な欠点を抱えている:
− アリル中間体、例えば、[Ru(ジエン)Clから得られる[(ジエン)Ru(ビスメチルアリル)]の合成は、非常に手間がかかり、グリニャール試薬の使用を必要とし、そして得られる中間体は溶液と固体の両方の形で穏やかに安定しているに過ぎず、従って、かかる合成操作の工業的実施を複雑にする;
− 先行技術の方法による[Ru(ジエン)(OOCR)の製法は、[Ru(ジエン)Cl]から出発する少なくとも2つの工程を必要とし、さらに取り扱いが難しい中間体の形成を必要とする;
− プロトン付加によるメチルアリル配位子の置換は、ハロ酢酸又は幾つかのアリールカルボン酸の使用しか示さず、即ち、この方法は一般的ではない;
− [(COD)Ru(アセテート)]は、ビス−メチルアリル錯体から直接得ることができず且つ酢酸塩とのアニオン性配位子交換によって[(COD)Ru(OOCCFから合成されており、従って、全プロセスに追加の工程を追加する。更にその製法の全収率は極めて低い。
【0006】
従って、[(ジエン)Ru(ビスメチルアリル)]型の中間体が要求されない、[(ジエン)Ru(OOCR)型の錯体を得るための改良されたプロセスが要求されている。
【0007】
発明の説明
本発明らは、ここで驚くことに、錯体[(ジエン)Ru(OOCR)が、特定の便利で且つ生産性の高い反応条件下での、前記前駆体とカルボン酸との反応によって、Ruカーボネート錯体の形の、新たな前駆体から、一工程で直接得られることを見出した。
【0008】
前述の課題を克服するために、本発明は以下の式
{[(ジエン)Ru(OOCR(HO)} (I)
(式中、nは1又は2であり;
vは0又は1であり;
「ジエン」は2つの炭素−炭素二重結合を含む直鎖状又は分枝鎖状のC〜C15炭化水素化合物又は2つの炭素−炭素二重結合を含む環状C〜C20炭化水素基を表し;且つ
は、
− 水素原子;
− ピリジル基;
− 1〜5個のハロゲン原子及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基によって任意に置換されたフェニル基;又は
− 任意にハロゲン化され、且つ任意に1つ又は2つのフェニル基(それぞれのフェニル基は任意に、1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基で置換される)及び/又は1つ又は2つのOH、アミノ、エーテル又はチオエーテル官能基を含む、C1〜18アルキル又はアルケニル
表す
の化合物の製造方法であって、
カルボン酸RCOOH(式中、Rは上で定義される通りである)の存在下で、
以下の式
【化2】
(式中、「ジエン」は式(I)で定義されたのと同じ意味を有し、Mはアルカリ金属(nは2である)カチオン又はアルカリ土類金属(nは1である)カチオンである)
の前駆体化合物を反応させる工程を含む、前記製造方法に関する。
【0009】
明確にするために、「ハロゲン化」との表現は、前記基が過ハロゲン化され得ること、即ち、全ての水素原子がハロゲン原子によって置換されるか、又は部分的にハロゲン化されること、特に、Cl又はFなどの1〜5個のハロゲン原子を含み得ることを意味する。
【0010】
明確にするために、化合物(I)が様々な構造、即ち、それぞれのRCOO基がたった1つのRuに配位したモノマー(即ち、[(ジエン)Ru(OOCR])、又は少なくとも1つのRCOO基が2つのRuに配位したダイマー(例えば、[(ジエン)Ru(OOCR)(μ−OOCR)]又は[((ジエン)Ru(μ−OOCR)を有する錯体を含むことが述べられるべきである。
【0011】
明確にするために、ジエンの定義に使用される、「2つの炭素−炭素二重結合を含む炭化水素化合物」との表現は、中性の配位子を意味しており、アリル配位子を意味していないことが述べられるべきである。
【0012】
本発明の特定の実施態様によれば、前記「ジエン」とは、2つの炭素−炭素二重結合を含み、任意に置換された、C〜C12又はC〜C10炭化水素化合物、例えば、2つの炭素−炭素二重結合を含む環状C〜C12又はC〜C10炭化水素化合物である。当業者によく理解される通り、「環状炭化水素」とは、環状部分を含む化合物であると理解される。
【0013】
適した「ジエン」の非限定例として、COD(シクロオクタ−1,5−ジエン)又はNBD(ノルボルナジエン)、2,4−ジメチル−1,3−ペンタジエン又はさらにシクロヘプタ−1,4−ジエンなどの化合物が挙げられる。
【0014】
上で示された「ジエン」の例は、化合物(I)及び(II)の両方に適用可能である。どのみち、前駆体(II)に存在するジエンは、本発明によって得られる化合物(I)の1つと同じであると当業者に認識される。
【0015】
化合物(I)の別の成分はカルボン酸基RCOOである。式(I)の化合物は、主に基Rの正確な性質に応じて、モノマー(n=1)又はダイマー(n=2)であってよく、例えば、Rがメチル基である時に該化合物はモノマーであるが、RがCClである時に該化合物はダイマーである。場合によっては、前記化合物(I)は2つの形(モノマー及びダイマー)で存在してよい。
【0016】
本発明の特定の実施態様によれば、前記R基は以下を表す:
− 任意にハロゲン化され、且つ任意に、1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシ基によって任意に置換された1つのフェニル基;及び/又は1つのOH、アミノ又はエーテル官能基を含む、C1〜12アルキル基;又は
− 任意に1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル又はアルコキシル基によって置換されたフェニル基。
【0017】
本発明の特定の実施態様によれば、前記Rは、任意にα位及び/又はβ位で分枝した、C2〜10アルキル基を表す。
【0018】
本発明の別の特定の実施態様によれば、前記Rは、α位に第3級又は第4級炭素原子及び/又はβ位に第4級炭素原子を含む分枝鎖状のC2〜10アルキル基を表す基Rであり、前記Rは任意に1つのOH、アミノ又はエーテル官能基を含み、さらに任意に1つのフェニル基を含み、該フェニル基は任意に1〜5個のハロゲン原子によって及び/又はC1〜4アルキル基又はアルコキシル基によって置換されている。
【0019】
明確にするために、「α位」との表現は、当該技術分野での通常の意味、即ち、基RCOOのCOO部分に直接結合された炭素原子を意味する。同様に「β位」との表現は、α位に直接結合された炭素原子を意味する。
【0020】
本発明の特定の実施態様によれば、上の実施態様におけるフェニル基の任意の置換基は、1個、2個又は3個のハロゲン原子、例えば、Cl及び/又はF、及び/又はC1〜4アルキル基又はアルコキシル基である。
【0021】
上で示された基Rの例は、化合物(I)及び化合物RCOOHの両方に適用可能である。どのみち、化合物RCOOHに存在する基Rは、本発明によって得られる化合物(I)の1つと同じであると当業者に認識されている。同じことが基Rにも当てはまり、この場合、カルボン酸は式RCOOHの基である。
【0022】
適したRCOOH、又はRCOOH、従って式(I)のRCOO基、又はそれぞれのRCOOの非限定例として、以下の酸が挙げられる:酢酸、モノクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、トリクロロ酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、ピバル酸、Bu酢酸、2−Et−ヘキサン酸、シクロヘキサンカルボン酸、ピコリン酸、ケイ皮酸、安息香酸、4−Me−安息香酸、4−OMe−安息香酸、3,5−ジクロロ−安息香酸、イソ吉草酸、1−アダマンタンカルボン酸又はsec−酪酸。
【0023】
本発明のプロセスは、特に化合物RCOOH自体が、媒体の希釈液として使用され得る液体ではない場合に、溶媒の存在下で有利に実施される。前記溶媒が反応温度よりも低い融点を有する液体であることも当業者によく理解されている。本発明では、溶媒の正確な性質は重要な要素ではないが、実施上の配慮点、例えば、たった1種の本発明のプロセスの生成物(例えば、式(I)の化合物又は形成された塩、例えば、Mがアルカリカチオンである場合、RCOOM)の選択的な溶解性が、溶媒の選択に影響を及ぼすことが当業者に知られている。
【0024】
本発明の特定の一実施態様によれば、前記溶媒の典型例として以下のものが挙げられる:
− 水;
− C1〜5アルコール、特に、メタノール、エタノール、プロパノール又はイソプロパノール;
− C4〜8エーテル、特に、テトラヒドロフラン、メチルtert−ブチルエーテル又はジブチルエーテル;
− C6〜9ベンゼンの誘導体、特に、トルエン、キシレン、アニソール又はp−シメン;
− C3〜9エステル、特に、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸イソプロピル又は酢酸ブチル;及び
− それらの混合物。
【0025】
特に評価されている溶媒は、水、C1〜3アルコール、例えば、メタノール、C4〜6エーテル、例えば、テトラヒドロフラン又はそれらの混合物である。
【0026】
記載された本発明のプロセスは広範囲の温度で実施できる。本発明の特定の実施態様によれば、温度には10℃〜100℃の間、更に好ましくは20℃〜70℃の間が含まれる。当然ながら、当業者は、融点及び沸点並びに前記溶媒の特殊な特性に応じて好ましい温度を選択し、さらに所望の反応時間又は転化時間を選択することも可能である。
【0027】
本発明のプロセスは不活性又は酸素含有雰囲気下で実施してよい。当業者に知られている通り、雰囲気の正確な性質は、使用される生成物又はプロセスの間に生じる生成物の酸素に対する安定性などの多くの要因に依存する。本発明の実施態様によれば、不活性雰囲気(例えば、窒素又はアルゴン雰囲気)下でプロセスを実施することが好ましい。しかしながら、多くの場合、例えば、式RCOOHのカルボン酸が使用される時、雰囲気の性質は無関係であり、例えば、不活性雰囲気、又は酸素含有雰囲気(例えば、不活性雰囲気と酸素の混合物、例えば、空気)を使用してよい。
【0028】
本発明の方法を実施するための典型的な方法は、以下の実施例に報告されている。
【0029】
前駆体(II)又は(II’)は新規な化合物であり且つ多くの利点を示す。実際に、[(ジエン)Ru(ビスメチルアリル)]としての先行技術とは反対に、この化合物(II)又は(II’)は、加水分解及び酸素、並びに多くの他のパラメータに対して非常に安定である。化合物(II)又は(II’)も、[(ジエン)Ru(ビスメチルアリル)]と比較して、特に脂肪族カルボン酸に対して反応性が高いので、更に多様な化合物[Ru(ジエン)(OOCR)を直接製造できる。従って、それらの上記のプロセスでの使用は、先行技術の方法について述べられた多くの欠点を解決して[Ru(ジエン)(OOCR)錯体を生成することが可能である。
【0030】
従って、本発明の別の対象は、以下の式
【化3】
(式中、「ジエン」は式(I)に規定されたのと同じ意味を有し、Mはアルカリ金属(nは2である)カチオン又はアルカリ土類金属(nは1である)カチオンである)
の化合物に関する。
【0031】
本発明の特定の実施態様によれば、Mはナトリウム、カリウム、セシウム、カルシウム、ストロンチウム又はバリウムカチオンを表す。特に、Mはナトウム、カリウム又はセシウムカチオンである。
【0032】
化合物(II)の特定の実施態様によれば、前記化合物は[Ru(COD)(CO]Na;[Ru(COD)(CO]K;[Ru(COD)(CO]Cs;[Ru(NBD)(CO]Na;[Ru(NBD)(CO]K又は[Ru(NBD)(CO]Cs又は[Ru(COD)(CO)]である。
【0033】
式(II)の化合物は、溶媒和物の形であってよく、即ち、その製造の反応媒体から生じる溶媒を含む、又は混合された共沈塩として、即ち、その合成の生成物によって得られる他の塩を含む形であってよいことも理解される。これは当業者の標準的な知識であり且つ以下の実施例でよく例示されている。
【0034】
前記化合物(II)又は(II’)は、適した溶媒、例えば、極性の非プロトン性溶媒中で且つ不活性雰囲気、例えば、上記の実施態様で定義された雰囲気下にて、[Ru(ジエン)(Cl)]と適したアルカリ又はアルカリ土類カーボネートとを反応させることによって得られる。得られる化合物(即ち、(II)又は(II’))の正確な性質は、[Ru(ジエン)(Cl)]とカーボネートとの間のモル比に依存している。
【0035】
当業者によく理解されている通り、「極性の非プロトン性溶媒」について、前記溶媒が18を上回るpK及び20を上回る誘電率εを有し、前記定数が標準条件で測定されていることが理解されている。前記定数は、化学ハンドブック、例えば、"Handbook of Chemistry and Physics", 第87版, 2006-2007年, 第15-13頁〜第15-23頁, ISBN 978-0-8493-0487-3、又は例えば、Marchの"Advanced Organic Chemistry" 第5版, ISBN 0-471-58589-0、又は他の類似の参考文献から読み取れる。
【0036】
前記溶媒が、反応温度を下回る融点を有する液体であることも当業者によく理解されている。また有用なことは、本発明のプロセスの別の利点が、使用される溶媒が水の含量に関して特別な要件を要求しないこと、例えば、無水である必要がないこと、前記プロセスの産業化を顕著に簡素化する事実を述べることである。特に、例えば、1又は2%(w/w)以下の水を含有し得る、技術等級の溶媒を使用してよい。
【0037】
前記溶媒の典型例として、溶媒、例えば、C2〜12アミド、特にC3〜8N−アルキル又はN,N−ジアルキルアミド(例えば、アセトアミド、N,N−ジメチル−アセトアミド、N,N−ジメチル−ホルムアミド、N−アセチルピペリジン又はN−アセチルピロリジン);C6〜9N−アルキルラクタム(例えば、N−メチルピロリドン);C4〜8カルバメート又はウレア(例えば、テトラメチル尿素);又はそれらの混合物が挙げられる。
【0038】
特に評価された溶媒は、C3〜8N,N−ジアルキルアミド(N,N−ジメチル−ホルムアミド又はN,N−ジメチル−アセトアミド)、又はC5〜10ラクタム(N−メチルピロリドン)である。
【0039】
化合物(II)又は(II’)の製造方法は広い温度範囲で実施できる。本発明の特定の実施態様によれば、温度は10℃と100℃との間、更に好ましくは20℃と70℃との間に含まれる。当然ながら、当業者は、融点及び沸点に応じて、並びに前記溶媒の特殊な特性、及び望ましい反応又は転化時間に応じて、好ましい温度を選択することも可能である。
【0040】
本発明のプロセスを実施するための典型的な方法は、以下の実施例に報告されている。
【0041】
実施例
本発明をここで以下の実施例を用いて更に詳細に記載する。ここで温度は摂氏で示され、また省略形は当該技術分野での通常の意味を有する。
【0042】
全ての試薬及び溶媒は、技術等級で購入され、更なる精製を行わずに使用された。NMRスペクトルを、Bruker AM−400(400.1MHzでH、100.6MHzで13C、及び161.9MHzで31P)スペクトロメーターで記録し、特に指示がない限り、通常、300KでCDClにおいて測定した。ケミカルシフトはppmで、且つ結合定数はHzで示される。IRスペクトルをPerkin Elmer FT−IRスペクトロメーターで記録し、周波数をcm−1で示す。
【0043】
実施例1
錯体[(ジエン)Ru(CO]Mの製造
− ポリマー[(COD)RuClとNaCOとの直接反応による{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)の合成
炭酸ナトリウム(189g、1.79モル)を、DMF(800g)中の[(COD)RuCl(200.0g、0.71モル)の懸濁液に室温で添加した。反応混合物を、固体が析出される時間の間、40℃で20時間撹拌した。反応混合物を室温まで冷却し、形成された固体を濾過によって回収した。固体をDMF(100ml)、EtO(200ml)で洗い、真空下で乾燥させた(305g、収率=87%)。
【0044】
− ポリマー[(COD)RuClとCsCOとの直接反応による[(COD)Ru(CO][Cs]の合成
炭酸セシウム(29g、89ミリモル)を、DMF(40g)中の[(COD)RuCl(10.0g、35.6ミリモル)の懸濁液に室温で添加した。反応混合物を、固体が析出される時間の間、40℃で20時間撹拌した。反応混合物を室温まで冷却し、形成された固体を濾過によって回収した。次に析出物をMeOHで抽出して塩(例えばCsCl)を除去した。溶液を蒸発乾固し、残留物をEtO(20ml)で磨砕し、濾過によって回収された固体を得て、これを真空下で乾燥させた(19g、収率=90%)。
【0045】
− ポリマー[(NBD)RuClとNaCOとの直接反応による{[(NBD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)の合成
炭酸ナトリウム(5.0g、47.3ミリモル)を、DMF(20g)中の[(NBD)RuCl(5.0g、18.9ミリモル)の懸濁液に室温で添加した。反応混合物を、固体が析出される時間の間、40℃で20時間撹拌した。次に反応混合物を室温まで冷却し、形成された固体を濾過によって回収した。固体をDMF(100ml)、EtO(200ml)で洗い、真空下で乾燥させた(7.2g、収率=80%)。
【0046】
− ポリマー[(COD)RuClとNaCOとの直接反応による{[(COD)Ru(CO)}’(DMF)の合成
炭酸ナトリウム(117g、1.1モル)を、DMF(800g)中の[(COD)RuCl(200.0g、0.71モル)の懸濁液に室温で添加した。反応混合物を、固体が析出される時間の間、40℃で24時間撹拌した。次に反応混合物を室温まで冷却し、形成された固体を濾過によって回収した。固体を、塩を除去するために水で、DMF(1×100ml)で、EtO(2×100ml)で複数回洗い、これを真空下で乾燥させた(185g、収率=70%)。
{[(COD)Ru(CO)}(DMF)についての理論値、C1219Ru:C,42.10;H,5.55;N,4.09;Ru,29.5.実測値:C,41.5;H,5.85;N,4.63;Ru,28.9
IR(neat)ν:3000〜2800(w);1665(s);1546(s);1299(s).
【0047】
実施例2
本発明のカーボネートからの錯体[Ru(ジエン)(OOCR)の製造
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)と水中のピバル酸とを窒素下で直接反応させることによる{[(COD)Ru(OBu)](μ−OBu)}の合成
ピバル酸(8.7g、85ミリモル)を、窒素下で水(40g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温でゆっくりと添加した。黄色の固体が析出し、これを水(10ml)で、MeOH(10ml)で洗い、真空下で乾燥させた(6.0g;収率=72%)。
【0048】
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)と水中のピバル酸とを空気下で直接反応させることによる{[(COD)Ru(OBu)](μ−OBu)}の合成
ピバル酸(8.7g、85ミリモル)を、空気下で水(40g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温でゆっくりと添加した。黄色の固体が析出し、これを水(10ml)で、MeOH(10ml)で洗い、真空下で乾燥させた(6.2g;収率=74%)。
【0049】
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)と水中の酢酸とを窒素下で直接反応させることによる[(COD)Ru(OCCH]の合成
酢酸(5.1g、85.3ミリモル)を、窒素下で水(40g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温でゆっくりと添加した。固体が析出し、これを回収して水(10ml)、冷たいMeOH(10ml)で洗い、真空下で乾燥させると、4.9gの生成物が得られた(収率=74%)。
【0050】
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)と水中の安息香酸とを窒素下で直接反応させることによる[(COD)Ru(OCPh)]の合成
安息香酸(10.4g、85.3ミリモル)を、窒素下で水(40g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温で少量ずつ添加した。固体が析出し、これを回収して水(10ml)、冷たいMeOH(10ml)で洗い、真空下で乾燥させると、7.1gの生成物が得られた(収率=78%)。
【0051】
− ポリマー[(COD)RuClとCClCOOHとを窒素下にて塩基の存在下で直接反応させることによる{[(COD)Ru(OCCl・(HO)}の合成
トリクロロ酢酸(16.0g、98ミリモル)を、窒素下で水(40g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温で添加した。固体が析出し、これを回収して水(10ml)、冷たいMeOH(10ml)で洗い、真空下で乾燥させると、9.2gの生成物が得られた(収率=85%)。
【0052】
− [(COD)Ru(CO][Cs]とプロピオン酸とを窒素下で反応させることによる{[(COD)Ru(μ−OCEt)}の合成
プロピオン酸(7.5g、101ミリモル)を、窒素雰囲気下にて、THF(50ml)中の[(COD)Ru(CO][Cs](10.0g、16.9ミリモル)の懸濁液に、室温で添加した。次に反応混合物を加熱還流し、これらの条件下で5時間撹拌した。これを次に室温まで冷却し、析出物を濾別した。溶液を蒸発乾固し、MeOH(30ml)を添加すると結晶質固体が得られ、これを濾過によって回収し、真空下で乾燥させた(4.1g、収率=68%)。
【0053】
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)と水中の1−アダマンタンカルボン酸とを空気下で直接反応させることによる{[(COD)Ru(OCAd)](μ−OCAd)}の合成
1−アダマンタンカルボン酸(AdCOOH)(15.3g、85ミリモル)を、空気下で水(50g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温で添加した。黄色の固体が析出し、これを水(2×10ml)、MeOH(2×5ml)で洗い、真空下で乾燥させた(10.6g;92%)。
【0054】
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)と水中のo−メトキシ安息香酸とを反応させることによる[(COD)Ru(OCPh(o−OME))]の合成
o−メトキシ安息香酸(12.9g、85ミリモル)を、窒素下で、水(50g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温で少量ずつ添加した。固体が析出し、これを回収し、水(2×10ml)、冷たいMeOH(2×5ml)で洗い、真空下で乾燥させると、7.9gの生成物が得られた(収率76%)。
【0055】
− {[(COD)Ru(CO)}(DMF)とピバル酸との反応による[(COD)Ru(OBu)]の合成
ピバル酸(3.12g、30.6ミリモル)を、THF(30ml)中の{[(COD)Ru(CO)}(DMF)(5g、14.6ミリモル)の懸濁液に室温で添加した。一晩撹拌した後、反応混合液を蒸発乾固し、冷たいMeOHを添加すると[(COD)Ru(OBu)]が得られ、これを回収し、冷たいMeOHで洗い、且つ真空下で乾燥させた(3.5g、58%)。
【0056】
− {[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)とt−ブチル酢酸との反応による[(COD)Ru(OCCHBu)]の合成
t−ブチル酢酸(9.4g、81.2ミリモル)を、窒素下で、水(40g)中の{[(COD)Ru(CO][Na]}2(NaCl)(10.0g、20.3ミリモル)の溶液に室温でゆっくりと添加した。黄色の固体が析出し、これを水(1×10ml)、MeOH(2×5ml)で洗い、真空下で乾燥させた(6.9g;77%)。