(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記外部雰囲気の前記試験体への流入を遮断する装置に設置し、前記内容物を窒素ガスにより飽和させて前記内容物中の溶存酸素を排出した後に、前記アノード側に定電位を印加することを特徴とする請求項1に記載の前記缶成型体の前記内容物に対する耐腐食性を評価する方法。
【背景技術】
【0002】
食品缶や飲料缶などの用途に用いられる樹脂フィルムや塗料で被覆された容器用の被覆金属板では、缶として使用され、その保管期間中に缶内部の皮膜に欠陥が発生すると、当該金属板にマクロ腐食が生じて、発生ガスによる缶膨れ、穴あき腐食による内容物の漏洩、内容物の変質に起因する食中毒などの重大トラブルを引き起こす事がある。したがって、国民衛生上からも、金属板製造業者及び缶詰メーカーにとっても、缶内部の皮膜欠陥の評価は重要課題である。
【0003】
従来、皮膜欠陥の評価には、専らエナメルレートバリュー法(Enamel Rate Value法;以下「ERV法」と称す。)が利用されてきた。ERV法を用いて被覆金属板の皮膜欠陥部での金属露出の程度を評価する方法には、例えば、特許文献1ないし特許文献3などがある。
【0004】
また、特許文献6には、ぶりき塗装缶で錫の影響を受けることなく素地鋼の露出程度や部位を評価することができるERV法の改良版と言える評価方法が開示されている。
【0005】
一方、缶内面の皮膜欠陥発生原因の類型には、(1)皮膜形成時あるいは製缶時に発生するもの、(2)缶に内容物を充填した後に落下などの衝撃によって発生するもの、(3)長期保管中に内容物の影響を受けて発生するもの、の3種類が存在する。ERV法と特許文献6の開示方法は、内容物充填前の上記(1)の皮膜欠陥の検出には効果的だが、内容物充填後に生じる(2)や(3)のタイプの評価には利用できないという問題がある。
【0006】
また、内容物充填後に金属缶内面の皮膜欠陥の発生傾向を評価する技術としては、特許文献4が知られている。これは主に飲料缶用に開発された技術で、衝撃によって生じる缶内面の皮膜欠陥を実缶と同様の条件で測定可能にする評価装置に関するものである。この装置の特徴は、内容物が充填された実缶と同様の環境下で皮膜欠陥を測定するための、密閉機構、脱気機構、内圧加減機構、温度調整機構と、缶に衝撃を負荷するための衝突装置、ならびに、皮膜の電気抵抗を遮蔽環境で測定するための電気化学的測定装置を備えている点にある。
【0007】
また、測定対象が缶成型体ではないが、被覆金属板の場合の同様の装置が特許文献5に開示されている。
【0008】
これらの装置では、特に、上記(2)の、衝撃によって生じる缶内面の皮膜欠陥の程度を皮膜の電気抵抗という形で測定している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、同装置を用いて缶詰メーカーが2年程度の時間を費やして行う上記(3)の皮膜欠陥を評価しようとしても、試験環境に内容物を充填した実際の缶を複数個保管して、時間経過と共に一缶ずつ開缶して内容物の状況を評価するのと大差無い結果しか得られない。
【0011】
このような状況のため、金属板製造業者及び缶詰メーカーでは食品保管環境での耐食性評価に長期間を費やさざるをえず、これが障害となって缶成型体用被覆金属板や缶成型体などの開発サイクルを短縮できないことが永らく課題となっていた。
【0012】
本発明は、本来2年程度経過しないと判明しない評価結果を短時間で予測可能な促進試験法を提供し、長期保管環境での缶成型体の内容物に対する耐腐食性を短期間で評価し、判断することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するため、ユーザーの保管環境で缶内面の欠陥部と内容物が接触した場合に生じる腐食現象について鋭意研究を重ねた。
【0014】
その結果、(1)ラミネート缶のように、被覆金属板がラミネート鋼板の場合においては、缶成型体の工業的製造過程で、多かれ少なかれ、極微小な皮膜欠陥(ピンホール)が被覆金属板に導入されるため、内容物を充填した状況下で電気化学測定を行うための浸漬電位の検出が可能であること、(2)ユーザーの実際の保管環境では腐食反応(電気化学反応)によってこのような皮膜欠陥部から鉄がアノード溶解を生じること、(3)このような皮膜欠陥部からのアノード溶解は、浸漬電位から適切な量だけアノード側に分極させることによって促進可能であり、このようにして生じたアノード電流が運ぶ電気量の総和が、ユーザーの実際の保管環境での長期パック試験の序列と整合すること、等の知見を得た。
【0015】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えた末に完成されたもので、その要旨は次の通りである。
(1)、缶成型体の内容物に対する耐腐食性を評価する方法であって、
前記缶成型体は、金属板からなり、かつ開口部を有し、さらに外面および内面のうち少なくとも内面が樹脂フィルムまたは塗料で被覆されており、
前記缶成型体に前記内容物を充填した後、これを試験体とし、
外部雰囲気の該試験体への流入を遮断可能な装置に設置した後、
前記内容物の温度を、25〜60℃の範囲内で一定に保持して、前記試験体の缶成型体に浸漬電位から50mV以上、200mV以下のアノード側の定電位を印加し、
前記定電位を印加した直後から6〜48時間の内から任意に選択した期間に生じる積算電気量から、前記缶成型体の前記内容物に対する耐腐食性を評価する方法。
(2)、前記外部雰囲気の前記試験体への流入を遮断する装置に設置し、前記内容物を窒素ガスにより飽和させて前記内容物中の溶存酸素を排出した後に、前記アノード側に定電位を印加することを特徴とする(1)に記載の前記缶成型体の前記内容物に対する耐腐食性を評価する方法。
【0016】
(3)、(1)又は(2)に記載の缶成型体の内容物に対する耐腐食性を評価する方法に用いられる測定装置であって、
a)前記開口部に圧着させることによって外部雰囲気の前記試験体への流入を遮断する構造を有し、下記イ)からニ)を備えた電解セル蓋Aと、
イ)窒素ガス注入部
ロ)ガス抜き部
ハ)前記内容物と前記試験体の外部に設けた参照電極Dとをイオン伝導を介して電気的に接触させるための塩橋
ニ)前記内容物を介して前記缶成型体との間に電位差を設定するための電極部
b)前記開口部を前記電解セル蓋Aに圧着させるための固定手段Bと、
c)前記試験体を加熱・保温するための恒温手段Cと、
d)前記参照電極Dと、
e)前記参照電極D、前記電極部および前記缶成型体の金属板とを接続してなるポテンショスタットEと、
を備えることを特徴とする缶成型体の内容物に対する耐腐食性を評価する測定装置。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、缶成型体の内容物に対する耐腐食性を、缶詰メーカーが通常実施する2年間に及ぶ長期パック試験を行うことなく、6〜48時間という短期間で評価することが可能になる。そのため、金属板製造メーカーや缶詰メーカーでの被覆金属板や缶成型体などの開発サイクルの効率化が図られる。また、缶詰メーカーでは既存の缶成型体に実績のない内容物を充填した場合の耐食性の程度を短期間で評価するためのツールとしても活用できる。
【0018】
このように、本発明を用いれば、実際に長期保管しなくても、注目する内容物に対する缶成型体の耐食性の序列や程度をアノード電流による積算電気量から評価することが可能なため、特に、ラミネート金属板製造条件の最適化やラミネートフィルムの選定などによる被覆金属板の耐食性向上策や耐食性を考慮した缶加工法の検討などを効果的に立案・実施することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明を具体的に説明する。
本発明の一実施形態である測定装置の模式図を、
図1及び
図2に示す。試験体(10)は、樹脂フィルムや塗料で少なくとも内面を被覆された、缶蓋を付ける前の開口部を有する缶成型体(16)に、内容物(13)を充填したものとする。評価装置は、このような試験体(10)を、パッキン(11)を備えた電解セル蓋(A)との間に挟み込んで試験体(10)の缶成型体(16)開口部をパッキン(11)に圧着させるための底板(14)、電解セル蓋(A)と底板(14)を固定するための固定手段(B)である例えば支柱(ボルトとナット)を備えている。電解セル蓋(A)には、イ)試験体(10)の内容物(13)を介して試験体(10)の缶成型体(16)との間に電位差を設定するための白金電極、ロ)塩橋(3)、ハ)窒素脱気するための窒素ガス注入部である窒素導入管(5)と水封型ガス抜き管(12)、ニ)内容物(13)の温度を確認するための温度計(8)、ホ)内容物のサンプリング用配管等を接続可能な密栓(7)、などが固定されている。
【0021】
試験体(10)、白金電極、塩橋(3)はポテンショスタット(E)に接続して使用する。試験体(10)の缶成型体(16)側とポテンショスタット(E)の電気配線は、試験体(10)の缶成型体(16)外面の塗膜等絶縁膜を除去した上でスポット溶接で行っている。一方、試験体(10)の内容物(13)側では、内容物(13)に白金電極を浸漬し、その白金電極をポテンショスタット(E)に接続する。さらに、KCl飽和Ag/AgCl電極などの参照電極(D)をポテンショスタット(E)に接続し、参照電極(D)と当該内容物(13)とを塩橋(3)を介して電気的に接続する。評価装置全体は、恒温手段(C)である、例えば、ウォーターバスに浸漬して温度管理できる構成になっている。
【0022】
ここで、固定手段(B)としては、ボルトとナットの例を挙げたが、これに限られない。例えば、万力、クランプのような締め付け工具類を用いてもよい。また、恒温手段(C)は、ウォーターバスに限られず、電磁式及び電気式ヒーター等その他の恒温手段が含まれる。
【0023】
本発明にかかる評価方法は、缶成型体(16)に内容物(13)を充填した後、これを試験体とし、外部雰囲気の該試験体への流入を遮断する装置に設置した後、前記内容物の温度を、25〜60℃の範囲内で一定に保持して、前記試験体の浸漬電位を測定し、この測定された浸漬電位から50mV以上、200mV以下の範囲から選択された電位だけアノード側となる定電位を印加し、この定電位を印加した直後から6〜48時間の内から任意に選択した期間に生じる積算電気量から耐腐食性を評価する方法である。
【0024】
先ず、評価対象とする缶成型体は、金属板からなり、かつ開口部を有し、さらに、外面及び内面のうち少なくとも内面が樹脂フィルムまたは塗料で被覆されている。
【0025】
開口部の形状は電解セル蓋(A)にパッキン(11)を介して圧着できるものであればなんでも良いが、パッキンに圧着しやすい、缶胴絞り加工のままで、エッジトリムやエッジ巻き締め加工を施されていないエッジ付きの形状であることが望ましい。また、缶胴にスポット溶接すると内面皮膜が損傷して腐食挙動に影響を与える場合があるため、ポテンショスタットに結線される試験体の缶成型体(16)側の電気配線(15)は、内容物が接触しないこの開口部のエッジの外面側にスポット溶接するのが望ましい。
【0026】
金属板には、ラミネート鋼板やブリキなどの缶用鋼板を利用できる。一方、この金属板内面を被覆する樹脂フィルムや塗料には、特に制限は無く公知の材料が使用できる。また、その被覆方法も、特に制限は無く公知の方法を利用してよい。さらに、市販されている被覆済みの金属板を使用しても良い。本発明は内面被覆された缶成型体の内容物に対する耐腐食性を評価する技術に関するものであるが、内面に加えて外面も適宜被覆して試験に供することができる。
【0027】
上記缶成型体に充填する内容物は、評価目的に合わせて、適宜選択すればよい。缶詰メーカーが行う長期パック試験での評価結果を予測する目的でなら、実際に充填される食品そのものを使用するのが望ましい。内容物は、導電性のあるものであれば特にその形態に限定は無く、固体、液体、固体と液体の混合、ゲル状、ゾル状いずれも評価可能である。ここで本発明の対象とする固体とは、ゼリーやにこごりなど、水分を含み導電性があって、それ単独で缶体の大半を隙間無く充填できる食品であれば良く、乾パン、米、チョコレートなどの導電性の著しく低い食品固形物は対象としない。
【0028】
上記缶成型体(16)に上記内容物(13)を充填したら、試験体(10)として上記評価装置に設置する。
【0029】
上記試験体(10)を上記評価装置のパッキン(11)を備えた電解セル蓋(A)と底板(14)との間に挟み込んで固定手段Bである支柱(ボルトとナット)で固定すれば、パッキン(11)により当該試験体へ外部雰囲気の流入を遮断することができる。この状態で、評価装置全体を一定の試験温度に保った恒温水槽中に設置した後、内容物の温度が試験温度に到達したことを確認してから30分間浸漬電位測定をおこなうが、10分以内に浸漬電位が安定する場合は10分の時点で測定を終了することができる。
【0030】
前記内容物中の溶存酸素を排出した上で評価する場合には、評価装置全体を一定の試験温度に保った恒温水槽中に設置する前に、評価装置の電解セル蓋(A)に固定された窒素導入管(5)を内容物(13)に差し込んで、その状態で窒素ガスを流して電解セル蓋(A)に固定された水封型ガス抜き管(12)から試験体外に放出させることで、前記内容物を窒素ガスにより飽和させて前記内容物中の溶存酸素を排出することが好ましい。排出時間は試験体の容量等に応じて適宜選択すればよいが、1/2ポンド缶の場合、約30分で排出させることができる。溶存酸素を排出後、窒素導入管(5)を電解セル蓋(A)に対してスライドさせて内容物から引上げ、気相脱気に切り替えた上で評価装置全体を一定の試験温度に保った恒温水槽中に設置することが好ましい。
【0031】
内容物の温度が試験温度に到達してから、10〜30分経過後に測定された浸漬電位から任意の電位だけアノード側の定電位を試験体に印加する。最後に、この定電位を印加した直後から任意の期間に生じる積算電気量を算出し、算出した積算電気量から耐腐食性を評価する。
【0032】
上記内容物の温度(試験温度)は、一定に保持すると共に、25〜60℃の範囲から選択した任意の温度とする。
【0033】
従来の長期パック試験は、実際の保管温度で行われることが多い。本発明においても内容物の温度は、従来の長期パック試験の温度を選択するのが望ましいので、下限を25℃とした。しかし、常温や高温下で腐食反応を促進させたい場合、さらに缶成型体の塗膜やラミネートフィルムのガラス転移温度も考慮した上で、上限を60℃とした。
【0034】
また、任意の期間に生じる積算電気量は、アノード電流から算出する。具体的には、試験体の缶成型体に上記定電位を印加した状態で、
図2のポテンショスタットで試験体の缶成型体側電気配線(15)に流れる電流を、6〜48時間の内から任意に選択した期間測定する。この電流は下地鋼板から内容物に溶出する鉄の2価イオンの溶出電流である。得られた電流(=電荷/時間)を測定時間で積算すれば、その期間に生じる積算電気量となる。この時、1秒単位で測定した電流量(=電荷)を加算する方法と測定電流の平均値を求めてからこれに秒単位での測定時間を掛け算する方法が考えられるが、どちらの方法を用いても同じ値を示す。この積算電気量は、内容物に溶出した鉄の2価イオンの絶対量に比例する。
【0035】
上記の6〜48時間の内から任意に選択される期間は、上記定電位を印加した直後を起点として計測する。ここで、選択範囲を6〜48時間とするのは以下の理由による。6時間未満では、安定した判定が難しい場合があり、この結果から2年間の長期試験結果を予測すると判断を誤るリスクが高くなる。また、48時間超えの期間を要するようでは、促進試験法として運用しにくく、また、以下に述べるレトルト処理のタイミングによっては細菌の混入による内容物の腐敗の影響も懸念される。通常、食品缶や飲料缶には内容物を充填・密封した後にレトルト釜に入れて高温水蒸気中で滅菌処理する、いわゆる、レトルト処理が施されるため、保管環境で内容物の腐敗は生じない。
【0036】
しかし、缶成型体に内容物を充填した状態で本発明にかかる評価装置一式をレトルト釜に入れてレトルト処理するとなると、電気配線の絶縁、電解セル蓋やパッキンなどの材質の工夫、レトルト釜の改造などが必要になる。そのため、本発明にかかる測定法でレトルト処理や後述のデント処理などの効果を簡易評価したい場合、内容物を充填した缶成型体を本発明にかかる評価装置にセットする前に、仮蓋で密封してこれらの処理をおこなった方が効率的である。
【0037】
但し、このような簡便な方法を取った場合、処理後に仮蓋を外して電解セル蓋で缶成型体を再密封するまでの間に細菌が混入するのを完全に防止するのは困難なため、腐敗しやすい内容物を必要以上に長い期間評価すると、腐敗によって発生する気体が塩橋内に溜まってイオン伝導を妨害するといった障害が発生して電位が不安定になる。また、このように腐敗した状態の内容物では評価できたとしてもその結果そのものを信頼できない。本発明者らの調査によると、評価期間が48時間まではどのような食品系内容物に対してもこのような細菌による腐敗の影響は顕在化しない。好ましくは、24〜48時間である。
【0038】
そして、試験体に印加する定電位は、浸漬電位から50mV以上、200mV以下の範囲から選択される電位だけアノード側となる電位であるが、その範囲としたのは、以下の検討結果に基づく。
【0039】
図1及び
図2の評価装置を用いて、50℃の2%NaCl溶液を充填したPETラミネート缶の浸漬電位を測定した例を
図3に示す。この例では、測定電位が安定し始める測定開始から40分経過時点での安定した電位を浸漬電位としている。
【0040】
絶縁被膜で被覆されたラミネート板から成型した缶にこのような安定した浸漬電位が現れるのは、缶加工の際、ラミネートフィルムに微量のピンホールが導入されるためだと推測される。2%NaCl溶液を充填してから約30分経過する迄は浸漬電位が不安定だが、これは、上記ピンホール部分が完全に接液して安定化するのに時間を要するためだと推定される。通常、試験体への電位設定は内容物を充填してから30分程度窒素脱気し、その後安定した浸漬電位が得られてから行っているが、pHが4を下回る内容物を充填する場合には窒素脱気を省略しても評価結果に影響はない。これは、下地鋼板からの鉄の2価イオンの溶出というアノード反応と対になるカソード(この場合、白金電極)での反応が、溶存酸素よりも多量に存在する水素イオンの還元反応に支配されるためである。
【0041】
上記の装置を2組用意して、それぞれに2%NaCl溶液と市販ケチャップを充填した2個のPETラミネート缶を50℃に保持して、30分程度窒素脱気した後、20mV毎分の電位掃引速度でアノード分極した例を
図4、5に示す。この例でわかるように分極試験直前の浸漬電位は二つの缶で異なっているものの、いずれの場合にも浸漬電位から300mV(=0.3V)程度アノード側(プラス側)の電位まではアノード電流が急速に立ち上がる。電位の上昇に伴ってアノード電流も上昇するが、その上昇率は徐々に減少してある電位を過ぎるとアノード電流がほぼ飽和する。この飽和領域ではPETラミネート缶内面の欠陥部分もしくは脆化部分の表面で、通常の保管環境では生じない不動態化が生じていると考えられる。ここで、この通常の保管環境では生じない不動態化現象は、厳密には不動態被膜の形成と塩素イオンによるその破壊が同時に進行しているといえる
また、このアノード電流がほぼ飽和する領域に達する前のある特定の範囲内の電位を印加すると試験体のアノード反応を促進できる。このような電位の範囲は、腐食性に顕著な違いがある複数種類の内容物を個別に充填した缶成型体を上記の飽和領域に至る前の電位で定電位電解することによって確定できる。例えば、1年間のパック試験後の内容物へのFe溶出量が一桁以上異なる市販のトマトケチャップとカットトマトジュース漬け(Fe溶出量:トマトケチャップ>カットトマトジュース漬け)をPETラミネート缶に充填し、印加する電位を浸漬電位を基準として0から300mVまでの範囲で段階的に変化させながら、Feの溶出量を積算電気量を介して48時間モニターすると以下のようになる。印加する電位が50mV未満ではFeの溶出量が少なすぎて48時間以内に内容物の腐食性の違いを識別するのは困難である。また、印加する電位が200mVを超えるとトマトケチャップとカットトマトジュース漬けの積算電気量が逆転する場合があり、内容物の腐食性の違いを判定しがたい。このように200mVを超えた場合に積算電気量の上下関係が不安定になるのは、この領域の電位では内容物に接触する缶成型体内面の一部が不動態化しはじめており、その面積の微妙な違いが現れやすい遷移領域に当たるためだと推定している。
【0042】
上記の例でもわかるように、長期パック試験の結果を予測するために試験体の缶成型体に印加する電位(以下、「促進電位」という。)は、安定した浸漬電位からアノード側に50mV以上、200mV以下の範囲内が最適である。促進電位の値と極性は、実際のパック試験の結果を予測する上で大変重要である。促進電位を浸漬電位からカソード側に設定すると実際の腐食反応で起こる鉄のアノード溶解が起こらず、内容物中の電解質の陽イオン(2%NaCl溶液の場合、Naイオン)が試験体の缶成型体内面の欠陥部分または脆化部分に集積して異常反応を引き起こす。
【0043】
また、アノード側の促進電位でも50mV未満だと腐食反応の促進効果が小さくなり、48時間以内に長期パック試験の結果を予測することが困難になる。逆に、アノード側の促進電位が200mVを超えると、既に述べた試験体の缶成型体内面の欠陥部分もしくは脆化部分の表面の不動態化や、異常ガス発生などの実際の保管環境では考えがたい化学反応が生じる場合がある。例えば、両極間の電位差が1.5V以上になると実際の保管環境では生じない内容物中の水の電気分解反応が生じるようになる。
【0044】
また、2%NaClを内容物としてERV法で使用する6V程度の電位差を印加すると、水の電気分解反応に伴う水素ガスや酸素ガスの多量発生に加え、欠陥部での塩素ガスの発生や塩酸の生成に伴う欠陥部分の急激な拡大なども生じる。ERV法ではこのようにして発生する気泡が金属露出部の発見に利用される。しかし、実際の保管環境では生じないこのような異常反応が生じる状況下での評価試験は、保管環境で生じる腐食反応の促進評価方法とは言えない。本発明者らが、これまでに、塩分や有機酸を含有する種々の模擬溶液や実際の食品を内容物として行ったアノード分極測定の結果では、浸漬電位から200mV以下なら上記のような異常反応を避けることができる。したがって、試験体の缶成型体に前記の浸漬電位から50mV以上、200mV以下の範囲内のアノード側の定電位を印加することにした。
【実施例1】
【0045】
本発明を実施例に基づいて説明する。
【0046】
共重合PETフィルムで被覆した板厚0.2mmのラミネート鋼板から製缶した1/2ポンド缶をエタノールで脱脂し、ERV法で予備評価した後、レトルト処理もデント処理も行わずに、再度、水洗、エタノール脱脂し、
(1)HEINZ(登録商標)製トマトケチャップ(以下、単に「トマトケチャップ」または「ケチャップ」と略す場合がある)
(2)イオン(ジャスコ)(登録商標)製カットトマトジュース漬け(以下、単に「トマトジュース」または「ジュース」と略す場合がある)
の2種類の内容物を約170cc充填し、これらを事前に用意した
図1の評価装置二組にセットした。
【0047】
まず、評価装置の電解セル蓋でそれぞれの内容物を密閉した後、窒素ガスを30分間流して飽和(脱気)させてから周辺温度を調整し、内容物の温度が38℃で安定したことを確認してから、浸漬電位を測定した。トマトケチャップ充填缶の浸漬電位は−560mV、トマトジュース漬け充填缶の浸漬電位は−590mVであった。そこで、トマトケチャップ充填缶とトマトジュース漬け充填缶に対して、それぞれの浸漬電位から100mVアノード側の−460mV、−490mVの電位を印加し、その状態で電位の印加直後から48時間の間にアノード電流によって生じた積算電気量を算出した。同様の測定を同じラミネート鋼板から製缶した別の1/2ポンド缶2缶を使って更に2回繰り返した。計3回の積算電気量の平均値を表1に示す。
図6及び
図7はそれぞれトマトジュース漬け充填缶とトマトケチャップ充填缶の経過時間に対する電流値の変化を測定した結果の一例である。
【0048】
【表1】
【0049】
表1には、併せて、本発明例と同じラミネート鋼板から製缶した1/2ポンド缶に同じ内容物を充填して蓋を付けて巻き締めた後、レトルト釜で120℃、30分間のレトルト処理を行ない、38℃で12ヶ月間貯蔵した後、開缶して測定した内容物中のFe濃度も示した(トマトケチャップ;107.8質量ppm、トマトジュース漬け;7.2質量ppm)。Fe濃度は、各缶の内容物を全量取り出し、硝酸分解した後、フレームレス原子吸光法を用いて測定した。12ヶ月間貯蔵缶にはレトルト処理の影響もあると推定されるため、序列での判定しかできないが、促進試験での電気量の積算値と実際の12ヶ月間の実缶充填試験(パック試験)での鉄溶出量の序列は一致している。
【実施例2】
【0050】
PET−PBTフィルムで被覆した板厚0.2mmのラミネート鋼板から製缶した1/2ポンド缶を実施例1と同じ条件、同じ要領で評価した。尚、トマトケチャップ充填缶とトマトジュース漬け充填缶の浸漬電位は実施例1の共重合PET缶の場合と同じ値を示した。また、ERV法による予備評価では、実施例1の共重合PET缶が0.1〜0.4mA、PET−PBT缶が0.1〜0.5mAで両者に優位差は認められなかった。
【0051】
測定したPET−PBT缶の積算電気量を実施例1の共重合PET缶の積算電気量に対してプロットした結果を
図8(a)に示す。PET−PBT缶と共重合PET缶ではトマトケチャップを充填した場合に共重合PET缶よりもPET−PBT缶の積算電気量が大きくなっている。
【0052】
積算電気量の測定を終えた各缶の内容物の容量とそのFe濃度から求めた実測鉄量を
図8(b)に、この実測鉄量を積算電気量に対してプロットした結果を
図9に示す。トマトジュース漬け充填缶とトマトケチャップ充填缶のいずれの場合も積算電気量と実測鉄量は、フィルムの種類に拘わらず、傾きが等しい直線関係になる。よく知られているようにトマトには固有鉄分が含まれているから、積算電気量を0に外挿した値はそれぞれの固有鉄分と考えてよい。すなわち、両者の相関直線が重ならないのは元々の固有鉄分量に違いがあるためで、溶出鉄量で整理するとその値は積算電気量と比例関係にある。
【0053】
鉄は2価イオンの形で溶出することが知られているから、積算電気量が全て鉄の溶出に費やされた場合には溶出鉄量を次式により算出可能である。
【0054】
Q1=A/55.845× 2 × 96500
ここで、Q1は積算電気量(C)、Aは溶出鉄量(g)で、55.845はFeの原子量、2はFeイオンの価数、96500はファラデー定数である。
【0055】
このようにして算出した溶出鉄量にそれぞれの固有鉄分を加えて実測値と比較した結果を
図10に示す。両者は同一直線上にあることがわかる。
【0056】
このことからわかるように、この例のように内容物を充填した試験体に浸漬電位から100mVアノード側の促進電位を印加した本発明範囲の条件では、試験体内面の欠陥部分または脆化部分と内容物が接触して生じる腐食反応(アノード溶解)だけが促進されている。
【0057】
上記の通り、積算電気量は溶出鉄量の尺度と考えて構わないから、
図8(a)、(b)の結果から、内容物がトマトケチャップの場合、缶保管環境での耐食性では供試したPET−PBT缶よりも供試した共重合PET缶の方が優れていると予測できる。
【0058】
同種のPET−PBT缶と共重合PET缶にトマトケチャップとトマトジュース漬けを充填し、実施例1と同条件でレトルト処理を行った上で、38℃、12ケ月間のパック試験を行って測定した実測鉄量を
図11に示す。上記の予測が正しいことは
図11から明らかである。
【0059】
すなわち、本発明を用いれば缶成型体の内容物に対する耐腐食性を、長期パック試験後の内容物中のFe濃度を測定することなく、短期間で評価することができる。
【実施例3】
【0060】
共重合PETフィルムで被覆した1/2ポンド缶を80缶成型してERV法による予備評価が0.1〜0.4mAの範囲であった8缶(以下、グループa)と0.8mA以上の8缶(以下、グループb)を選定した。共重合PETフィルムで被覆した1/2ポンド缶は実施例1,2に供したものと同様である。各グループの半数には実施例1,2に記載したトマトケチャップを、残り半数には同じく実施例1,2に記載したトマトジュース漬けを充填した。このように準備した缶成型段階での下地鋼板の露出程度に優位差のある試験体を、50、100、200、300mVの4段階の促進電位で48時間までの積算電気量を測定し比較した。結果をまとめて
図12に示す。促進電位毎に内容物が同じ曲線が2本あるが、そのうち、積算電気量が高い方がグループb、低い方がグループaの結果である。
【0061】
促進電位が100mVでは缶成型段階での下地鋼板の露出程度が変化していても腐食性の強いトマトケチャップの積算電気量が腐食性の弱いトマトジュース漬けの積算電気量を上回る結果になっている。この内容物による序列(上下関係)は、促進電位が50mVでも維持されている。いずれの促進電位でも積算時間が6時間未満の段階で内容物による序列を明確に判断するのは困難である。促進電位が200mVでは缶成型段階での下地鋼板の露出程度の影響が拡大するが、内容物による序列が何とか維持されている。促進電位が300mVでは内容物による序列がもはや維持されておらず、缶成型段階での下地鋼板の露出程度の影響の拡大でも説明できない上下関係になっている。
【実施例4】
【0062】
実施例3で製缶した缶の残りから任意に取り出した缶を使用して、脱気以外の測定条件を実施例1に合わせ、脱気を加えた条件(脱気あり)と脱気を加えない条件(脱気なし)でそれぞれ3回ずつ繰り返し測定した結果を
図13に示す。積算電気量は24時間までの値と48時間までの値の両方を記載してあるが、いずれも同じ傾向である。
【0063】
脱気を加えない条件(脱気なし)では白金電極上で内容物中の溶存酸素の還元反応が生じるために鉄の溶出反応も促進される可能性がある。したがって、脱気を加えた条件(脱気あり)に比べて脱気を加えない条件(脱気なし)では積算電気量が上がると思われがちだが、両者の結果に顕著な相違は認められない。これはトマトジュースとトマトケチャップのpHがそれぞれ4.2と3.6という酸性領域にあり、内容物中に大量に存在する水素イオンが白金電極上のカソード反応を支配するためだと考えられる。したがって、腐食性が特に問題視されるこのような酸性の内容物を評価する場合、脱気を加えるか否かは任意である。
【実施例5】
【0064】
これまでの実施例に示したトマトジュースとトマトケチャップの2種類に、1年間のパック試験実績のある野菜系、果実系、水産系、畜産系を含む以下の6種類を加えた合計8種類の市販内容物で本発明とパック試験の結果を比較した。
・ハラペーニョ(スライス):ラコステーニャ製
・ブルーベリーシロップ漬け:エムシービバレッジ製
・ブラックオリーブ:BARRA製
・まぐろフレーク味付け:はごろもフーズ製
・いわしトマト煮:田原缶詰(ちょうした印)製
・牛大和煮:ニッスイ製
上記内容物を充填する缶には、パック試験で使用したものと同じ共重合PETフィルム被覆1/2ポンド缶を使用した。
【0065】
パック試験はレトルト処理を加えた缶で実施済のため、本測定では事前に水パックして120℃で30分間のレトルト処理を加えた缶を使用した。また、缶に充填する内容物の量は一律120ccとした。
【0066】
パック試験で「ホットパック」と呼ばれる内容物中の溶存酸素を下げる加熱充填方式が使われた事と、保管温度が38℃であった事を考慮して、内容物を窒素ガスにより飽和させて前記内容物中の溶存酸素をさらに排出し(窒素脱気)、内容物温度38℃の条件とし、促進電位100mV、評価時間を48時間として、測定を2回繰り返した。
【0067】
測定結果をパック試験結果と並べて
図14に示す。発明例の結果だけが各内容物に対して二つあるのは測定を2回繰り返しているためである。パック試験の結果は1年間保管後に測定したppm単位での鉄の溶出濃度で、この値も積算電気量と同様に内容物中に溶出した鉄の絶対量と比例関係にある。発明例の2回の測定結果には、缶毎の下地鋼板の露出程度の違いに起因すると推定される変動が認められるが、これらとパック試験結果の序列はよく一致している。