【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、高熱発生を伴い、かつ、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削加工に用いられた場合でも、硬質被覆層がすぐれた衝撃吸収性を備え、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮する被覆工具について鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0011】
即ち、硬質被覆層として、前記従来の柱状縦長成長酸化アルミニウム結晶相からなる層を形成したものにおいては、粒状酸化アルミニウム層に比して高強度および高靱性を持つことから、これを望ましくは2〜25μmの平均層厚で含む硬質被覆層はすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を有するようになることが知られている。ところが、柱状縦長成長酸化アルミニウム結晶相が増加するにつれて、熱伝導率が高くなるが、その反面、熱遮蔽効果が低下するため、高熱発生を伴うとともに、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する各種の鋼や鋳鉄の高速断続切削加工においては、耐チッピング性、耐欠損性が低下するため、長期の使用にわたって十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
【0012】
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を所定の平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層と所定の平均層厚を有する酸化アルミニウム層からなる上部層とから構成し、上部層の酸化アルミニウム層を所定の占有割合の板状成長酸化アルミニウム結晶相とその隙間を埋めるようにアモルファス酸化アルミニウム相とを存在させることにより、酸化アルミニウム層の熱遮蔽効果の低下を招くことなく、機械的、熱的な耐衝撃性を向上させることができ、その結果、高熱発生を伴うとともに、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する各種の鋼や鋳鉄の高速断続切削加工においても、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮することを見出した。
特に、酸化アルミニウム層の表面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相の面内方向の最大粒子幅と最大粒子長さとのアスペクト比の平均値が5〜30である時、前記の効果が著しいことを見出した。
ここで、本発明における板状成長酸化アルミニウム結晶相とは、形状異方性を有する薄く平たく成長した酸化アルミニウム結晶からなる相のことを意味している。
【0013】
さらに、上部層を構成する酸化アルミニウム層の断面研磨面について、板状成長酸化アルミニウム結晶の面内方向の最大粒子幅の平均値を20〜1000nmとするとともに、最大粒子幅と層厚方向の最大粒子長さとのアスペクト比の平均値を5〜100とすることによって、前記の効果が著しく向上することを見出した。
【0014】
さらに、上部層を構成する酸化アルミニウム層の表面研磨面の法線に対して、板状成長酸化アルミニウム結晶相の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、その測定傾斜角のうち、0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の45%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すようにすることによって、板状成長酸化アルミニウム結晶が、層厚方向に薄く成長するように、制御できる。その結果、硬質被覆層の靱性が向上し、耐チッピング性、耐欠損性が向上することを見出した。
【0015】
そして、前述の構成を有する硬質被覆層は、例えば、以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
(a)工具基体表面に、通常の化学蒸着法を用いて所定の目標厚さのTi化合物層からなる下部層を形成し、
(b)前記(a)の成膜過程の後、TMA(トリメチルアルミニウム):0.1〜0.5容量%、O
2:10〜20容量%、Ar:残部からなる反応ガスを用いて、反応雰囲気圧力を、1〜2.5kPaとして、反応雰囲気温度を、760〜900℃として、所定時間、化学蒸着を行うことによって、板状成長酸化アルミニウム相とアモルファス酸化アルミニウム相とが、所定割合で存在する所定の目標厚さの上部層が形成される。
【0016】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が下部層と上部層とからなり、
(a)前記下部層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)前記上部層は、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
であり、
前記上部層を構成する酸化アルミニウム層は、板状成長酸化アルミニウム結晶相とアモルファス酸化アルミニウム相を含有し、前記上部層の表面において、板状成長酸化アルミニウム結晶相の占有割合は5〜35面積%であり、板状成長酸化アルミニウム結晶相の隙間を埋めるようにアモルファス酸化アルミニウム相が存在し、酸化アルミニウム層の表面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相の面内方向の最大粒子幅と最大粒子長さとのアスペクト比の平均値が5〜30であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記上部層を構成する酸化アルミニウム層の断面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相の面内方向の最大粒子幅の平均値が20〜1000nm、前記最大粒子幅と層厚方向の最大粒子長さとのアスペクト比の平均値が5〜100であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記上部層を構成する酸化アルミニウム層の表面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相について、電子線後方散乱回折装置を用いて個々の結晶粒の結晶方位を、前記上部層を構成する酸化アルミニウム層の表面研磨面方向から解析した場合、表面研磨面の法線に対して、前記酸化アルミニウム層に含まれる板状成長酸化アルミニウム結晶相の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうちの0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表した場合、75〜90度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、前記傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の45%以上の割合を占めることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0017】
下部層のTi化合物層:
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層は、通常の化学蒸着条件で形成することができ、それ自体が高温強度を有し、この存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体と酸化アルミニウムからなる上部層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつ。特に合計平均層厚が3〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、合計平均層厚が3μm未満では、層厚が薄いため前記作用を発揮させるには十分でなく、一方、その合計平均層厚が20μmを越えると、Ti化合物の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。したがって、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0018】
本発明の切削工具の主たる特徴部分である硬質被覆層の上部層について、
図1に模式的に示すとともに、その特徴について、以下に詳細に説明する。
【0019】
上部層の酸化アルミニウム層:
上部層を構成する酸化アルミニウム層が、高温硬さと耐熱性を備えることは既に良く知られているが、その平均層厚が1μm未満では、長期の使用にわたっての耐摩耗性を確保することができず、一方、その平均層厚が25μmを越えると酸化アルミニウム結晶粒が粗大化し易くなり、その結果、高温硬さ、高温強度の低下に加え、高速断続切削加工時の耐チッピング性、耐欠損性が低下するようになることから、その平均層厚を1〜25μmと定めた。
【0020】
上部層の酸化アルミニウム層中の板状成長酸化アルミニウム結晶相とアモルファス酸化アルミニウム相の占有割合:
上部層を構成する酸化アルミニウム層は、板状成長酸化アルミニウム結晶相により構成されることにより、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮するが、板状成長酸化アルミニウム結晶相は、熱伝導性が高いため熱遮蔽効果が低下するという特性を有する。本発明においては、板状成長酸化アルミニウム結晶相の隙間を埋めるようにアモルファス酸化アルミニウム相を形成することにより、熱遮蔽効果の低下を抑制するとともに、アモルファス酸化アルミニウム相が有するすぐれた靱性と板状成長酸化アルミニウム結晶相が有する前記特性とが相乗的に作用し、切れ刃が高温に曝され、しかも、機械的・熱的衝撃を受ける高速断続切削加工においても、すぐれた高温強度、高温硬さを備え、同時に、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮するようになる。
ここで、上部層の表面において板状成長酸化アルミニウム結晶相の占有割合が5面積%未満であると、上部層に要求される耐チッピング性、耐欠損性を十分に確保することができず、一方、35面積%を超えると、アモルファス酸化アルミニウム相の占有割合が少なくなるため、アモルファス酸化アルミニウム相が奏する靭性の向上の効果と前記板状成長酸化アルミニウム結晶相が奏する耐チッピング性、耐欠損性の向上の効果との相乗効果が十分に発揮されない。したがって、上部層の表面における板状成長酸化アルミニウム結晶相の占有割合は、5〜35面積%と定めた。
【0021】
酸化アルミニウム層の表面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相のアスペクト比:
板状成長酸化アルミニウム結晶相は、上部層を構成する酸化アルミニウム層の表面研磨面における面内方向の最大粒子幅と最大粒子長さアスペクト比の平均値が5未満であると、板状成長酸化アルミニウムの特徴である高い耐摩耗性が低下するため好ましくない。一方、30を超えるとかえって靭性が低下し、耐チッピング性、耐欠損性が低下するため、好ましくない。そのため、表面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相のアスペクト比の平均値は、5〜30と定めた。
【0022】
酸化アルミニウム層の断面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相の最大粒子幅とアスペクト比:
さらに、上部層を構成する酸化アルミニウム層の断面研磨面において、板状成長酸化アルミニウム結晶相の面内方向の最大粒子幅と膜厚方向の最大粒子長さとのアスペクト比が5より小さいと、板状成長酸化アルミニウムの特徴である高い耐摩耗性が低下する傾向があり、一方、100を超えると、かえって靭性が低下し、耐チッピング性、耐欠損性が低下する傾向がある。したがって、板状成長酸化アルミニウム結晶の最大粒子幅と膜厚方向の最大粒子長さとのアスペクト比の平均値は5〜100とすることがより好ましい。
また、断面研磨面において、板状成長酸化アルミニウム結晶相の面内方向の最大粒子幅が、20nm未満であると、高い耐摩耗性を維持することが出来ず、好ましくなく、一方、1000nmを超えると靭性が低下するため、好ましくない。したがって、板状成長酸化アルミニウム結晶相の断面研磨面の面内方向における最大粒子幅の平均値を、20〜1000nmとすることによって、本発明の切削工具は、よりすぐれた効果を発揮することができる。
【0023】
ここで、最大粒子幅と最大粒子長さとは、板状成長酸化アルミニウム結晶相の1つの相(粒子)を計測した時に、粒子の幅(短辺)で最も大きい値を最大粒子幅と呼び、一方、粒子の高さ(長辺)で最も大きい値を最大粒子長さと呼ぶ。本発明においては、走査電子顕微鏡を用いた断面研磨面の観察画像から画像処理により算出した。
【0024】
板状成長酸化アルミニウム結晶の結晶配向性:
さらに、上部層を構成する板状成長酸化アルミニウム結晶の結晶配向性が下記の条件を満たす時、より一層、すぐれた効果が奏される。
すなわち、上部層を構成する酸化アルミニウム層の表面研磨面における板状成長酸化アルミニウム結晶相について、電子線後方散乱回折装置を用いて個々の結晶粒の結晶方位を、前記上部層を構成する酸化アルミニウム層の表面研磨面方向から解析した場合、表面研磨面の法線に対して、酸化アルミニウム層に含まれる板状成長酸化アルミニウム結晶相の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、測定傾斜角のうちの0〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表した場合、75〜90度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の45%以上の割合を占める時、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性が一層向上する。
その理由は、上部層を構成する酸化アルミニウム結晶は、通常、下部層の上に層厚方向に柱状に成長するが、本発明による製造方法によって成膜した場合、板状成長酸化アルミニウム結晶は、板状成長酸化アルミニウム結晶が、層厚方向に薄く成長する。そのため、硬質被覆層の靱性が向上し、耐チッピング性、耐欠損性が向上する。