特許第5832422号(P5832422)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5832422分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5832422
(24)【登録日】2015年11月6日
(45)【発行日】2015年12月16日
(54)【発明の名称】分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08G 75/02 20060101AFI20151126BHJP
   D01F 6/76 20060101ALI20151126BHJP
【FI】
   C08G75/02
   D01F6/76 D
【請求項の数】8
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2012-509397(P2012-509397)
(86)(22)【出願日】2011年3月22日
(86)【国際出願番号】JP2011056762
(87)【国際公開番号】WO2011125480
(87)【国際公開日】20111013
【審査請求日】2014年1月9日
(31)【優先権主張番号】特願2010-82725(P2010-82725)
(32)【優先日】2010年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】谷口 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】坂部 宏
(72)【発明者】
【氏名】吉田 唯
(72)【発明者】
【氏名】砂川 和彦
【審査官】 小森 勇
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−171998(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 75/02
D01F 6/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.008モルの分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物の存在下に、170〜290℃の温度で重合反応させる方法であり、
下記の工程1〜4:
(1)有機アミド溶媒、アルカリ金属水硫化物を含む硫黄源、及びアルカリ金属水酸化物を含有する混合物を加熱して、該混合物を含有する系内から水分を含む留出物の少なくとも一部を系外に排出する脱水工程1;
(2)脱水工程で系内に残存する混合物とジハロ芳香族化合物とを混合して、有機アミド溶媒、硫黄源、アルカリ金属水酸化物、前記硫黄源1モルに対して0.5〜2モルの水分、及びジハロ芳香族化合物を含有する仕込み混合物を調製する仕込み工程2;
(3)仕込み混合物を170〜270℃の温度に加熱することにより、水分を含有する有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.008モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加する前段重合工程3;並びに
(4)240〜290℃の温度で重合反応を継続する後段重合工程4;
を含み、
前記前段重合工程3において、重合反応混合物中の水分量が仕込み硫黄源1モル当り2モル超過10モル以下となるように、重合反応混合物中に、相分離剤として水が添加され、
下記の特性(a)〜(e):
(a)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が65〜450Pa・s;
(b)温度310℃、吐出速度(V)0.05m/minで吐出し、巻き取り速度を5m/minから500m/minまで変化させて、吐出物が破断したときの速度(VS)とVとの比である最大ドラフト比(VS/V)が6500以上;
(c)白色度が65以上;
(d)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度200sec−1で測定した溶融粘度の比である溶融粘度の剪断速度依存度が1.4〜2.6;および
(e)温度310℃、剪断速度1200sec−1において5分間保持後の溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度1200sec−1において30分間保持後の溶融粘度の比である溶融安定性が0.85〜1.30;
を有する分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂を製造する、分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項2】
前記重合反応が、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを170〜270℃の温度で重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.008モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加し、次いで、重合反応混合物を昇温し、240〜290℃の温度で重合反応を継続する請求項に記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項3】
脱水工程1において、仕込み硫黄源1モル当たり0.01〜2モルの水分量となるまで脱水する請求項記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項4】
仕込み工程2において、仕込み硫黄源1モル当りの各成分の割合が、アルカリ金属水酸化物が0.95〜1.09モル、水分が0.5〜2モル、及びジハロ芳香族化合物が0.950〜1.200モルとなるように、これら各成分を含有する仕込み混合物を調製する請求項記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項5】
前段重合工程3において、ジハロ芳香族化合物の転化率が30〜98%となった時点で、重合反応混合物中に、ポリハロ芳香族化合物及び相分離剤を添加する請求項記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項6】
前段重合工程3において、相分離剤の添加を、ポリハロ芳香族化合物を添加した後、ジハロ芳香族化合物の転化率が95%になるまでの間に行う請求項記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項7】
前段重合工程3において、ジハロ芳香族化合物の転化率が80%以上となった時点で、重合反応混合物中に、ポリハロ芳香族化合物を添加する請求項記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項8】
重合反応により得られたポリアリーレンスルフィド樹脂を、水を1〜30質量%の割合で含有する親水性有機溶剤で洗浄する洗浄工程を複数配置する請求項に記載の分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂とその製造方法、及び、該樹脂から成る繊維に関する。更に詳しくは、高温用バグフィルター、電気絶縁材料、ドライヤーキャンバス、断熱材等の用途に適し、紡糸、延伸工程での操業性や生産性が改良された分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂とその製造方法、並びに、該樹脂から成る溶融成形品及び繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド(以下、「PPS」ということがある。)樹脂などのポリアリーレンスルフィド(以下、「PAS」ということがある。)樹脂は、耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、絶縁性等の電気特性、及び、寸法安定性などの機能バランスに優れた樹脂である。PAS樹脂は、射出成形、押出成形、圧縮成形などの一般的溶融加工法により、各種成形品、フィルム、シート、繊維などに成形可能であるため、電気・電子機器、自動車機器、化学機器等の広範な分野における樹脂材料として汎用されている。また、PAS樹脂は、特に170℃から190℃の高温環境下で連続使用が可能であることから、PAS樹脂の用途の一つとして、PAS樹脂の繊維を使用する集塵装置のバグフィルターがある。バグフィルターに接触する排ガス温度が140℃から250℃の高温になることもあり、バグフィルターのろ材は、耐熱性が必要とされる。また、排ガスには、酸性ガスや水分も含まれていることも多く、バグフィルターのろ材は、耐酸性及び耐加水分解性も要求される。PAS樹脂は、この用途にマッチする高性能繊維として、その使用が増大している。更には、バグフィルターに付着した煤塵を、機械的振動や逆気流を使用して払い落とすこと等により、バグフィルターの使用寿命を延ばし、かつ、高い捕集効率を保持する必要があるために、紡糸性に優れたPAS繊維を安定的に供給することが望まれている。
【0003】
従来、PAS繊維を形成するためのPAS樹脂としては、通常重合法では低分子量(溶融粘度10Pa・s程度以下)のものしか得られなかったため、酸素存在下で熱処理を行い、架橋型のPAS樹脂として必要な溶融粘度を達成するか、重合時に架橋剤を存在させて高分子量化する方法がとられていた。これらの高分子量化したPAS樹脂では、高度の架橋や分岐のため、押出加工性に劣り、繊維等の成形は困難であった。重合助剤や相分離剤の使用によって、高分子量の直鎖型のPAS樹脂が開発され、PAS繊維としては、直鎖型のPAS樹脂から成るものが知られている。しかし、この直鎖型のPAS樹脂は、耐熱性や強度等の機械的性質と曳糸性等の成形性とが相反する関係にあった。例えば、特開昭63−315655号公報(特許文献1)には、従来の熱架橋型PAS樹脂や架橋剤存在に重合して得られるPAS樹脂の欠点を解消すべく、直鎖型で重量平均分子量が20000〜70000のPPSから成るメルトブロー不織布が開示されている。重量平均分子量が70000を超えると、融点よりかなり高温の紡糸条件とする必要があり、ポリマーの分解やゲル化を生じ、結果的にノズル詰まり等で紡糸安定性を欠くこととなる。他方、重量平均分子量が20000未満であると、融点より僅かに高い紡糸温度としただけで極めて低い溶融粘度となるため、紡糸条件のコントロール範囲が狭く、不織布強度も低いものだった。
【0004】
PAS樹脂としては、トリクロロベンゼン等のポリハロ芳香族化合物を共重合して3次元架橋したものが知られている。例えば、特許第2514832号明細書(特許文献2;米国特許第5,200,500号、米国特許第5,268,451号及び欧州特許出願公開第0344977号対応)には、ポリハロ芳香族化合物を反応させたPAS架橋重合体が開示されている。この架橋型PAS樹脂は、PAS樹脂組成物に添加して、射出成形時のバリ防止剤、ウェルド強度向上剤、射出成形物の結晶化度向上剤等の高分子改質剤として使用することができるものの、溶融状態でほとんどゲル状を呈するとされており、単独で溶融成形や紡糸することはできないものだった。また、国際公開第2006/068159号(特許文献3;欧州特許出願公開第1837359号対応)では、ジハロ芳香族化合物の転化率が80%以上となった時点で、重合反応混合物中に、ポリハロ芳香族化合物及び相分離剤を添加して、温度330℃、剪断速度2sec−1で測定した溶融粘度が10.0×10〜40.0×10Pa・sであり、温度310℃、角速度1rad/secで測定した溶融粘弾性tanδが0.10〜0.30である分岐型PAS樹脂を得ることが開示されている。この分岐型PAS樹脂は、高分子改質剤として直鎖型ポリアリーレンスルフィド樹脂などの熱可塑性樹脂にブレンドしたときに、バリの発生を顕著に抑制し、かつ、表面性に優れた成形品を与えることができるものであって、溶融粘度が極めて高く、単独で溶融成形や紡糸することはできないものだった。
【0005】
特開2009−270230号公報(特許文献4)には、PAS樹脂の溶融押出を行う際、押出機内で、溶融体の粘度の活性化エネルギーの測定値を押出機のスクリュ回転数にフィードバックすることにより活性化エネルギーを調整するPAS繊維の製造方法が開示されているが、極めて複雑な制御を要するものであり、操業性や生産性に難がある。また、特開2009−270219号公報(特許文献5)には、ポリマー中の低分子量物の量の指標であるHPLC(高速液体クロマトグラフィー [High Performance Liquid Chromatography ] )分析によるピーク面積の合計値が1.4×10未満であるPAS繊維が開示されているが、溶融押出工程においてベントを設けるなど複雑な工程管理が必要であった。
【0006】
このように、従来の直鎖型PAS樹脂、分岐型PAS樹脂、架橋型PAS樹脂はいずれも、単独で紡糸して繊維を形成したり、また、フィルム等に溶融成形したりすることが困難なものしか得られなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−315655号公報
【特許文献2】特許第2514832号公報
【特許文献3】国際公開第2006/068159号
【特許文献4】特開2009−270230号公報
【特許文献5】特開2009−270219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、PAS樹脂が有する耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、電気特性、及び、寸法安定性などの機能バランスを損なうことなく、紡糸やフィルム成形など、押出と延伸とを伴う製品の成形に際して、安定した成形が可能で、操業性に優れたPAS樹脂、及びその製造方法を提供することにある。本発明は、特に、ノズルなどの樹脂吐出孔に汚れを生じることなく、溶融成形したり、糸切れなく高速度で紡糸を行うことができるPAS樹脂及びその製造方法、並びに、PAS溶融成形品及びPAS繊維を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題について、ポリハロ芳香族化合物を使用してPAS分子の分岐構造を精密に制御する方向で、鋭意検討を進めた結果、特有の溶融粘度特性と高い白色度を有する分岐状PAS樹脂を想到した。また、本発明者らは、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、特定量のポリハロ芳香族化合物の存在下に170〜290℃の温度で重合反応させて、該分岐状PAS樹脂を製造することを想到した。さらに、本発明者らは、該分岐状PAS樹脂から成る溶融成形品及び繊維を想到した。「分岐状」とは、従来の「直鎖型」及び「架橋型」とは異なる分子構造を有するのみならず、また、従来の「分岐型」PAS樹脂のように、高い溶融粘度を有することがなく、単独で溶融成形や紡糸をすることができる分岐構造を意味する。
【0010】
かくして、本発明によれば、以下の特性(a)〜(c):
(a)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が65〜450Pa・s;
(b)温度310℃、吐出速度0.05m/minで測定した最大ドラフト比が6500以上;及び
(c)白色度が65以上;
を有する分岐状PAS樹脂が提供される。
また、本発明によれば、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.008モルの分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物の存在下に、170〜290℃の温度で重合反応させる製造方法によって製造された分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂であって、下記の特性(a)〜(e):
(a)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が65〜450Pa・s;
(b)温度310℃、吐出速度(V)0.05m/minで吐出し、巻き取り速度を5m/minから500m/minまで変化させて、吐出物が破断したときの速度(VS)とVとの比である最大ドラフト比(VS/V)が6500以上;
(c)白色度が65以上;
(d)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度200sec−1で測定した溶融粘度の比である溶融粘度の剪断速度依存度が1.4〜2.6;および
(e)温度310℃、剪断速度1200sec−1において5分間保持後の溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度1200sec−1において30分間保持後の溶融粘度の比である溶融安定性が0.85〜1.30;
を有する分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂が提供される
【0011】
また、本発明によれば、更に特性(d)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度200sec−1で測定した溶融粘度の比である溶融粘度の剪断速度依存度が1.4〜2.6;
を有する前記の分岐状PAS樹脂が提供される。
【0012】
本発明によれば、更に特性(e)温度310℃、剪断速度1200sec−1において5分間保持後の溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度1200sec−1において30分間保持後の溶融粘度の比である溶融安定性が0.85〜1.30;
を有する前記の分岐状PAS樹脂が提供される。
【0013】
さらに、本発明によれば、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルの分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物の存在下に、170〜290℃の温度で重合反応させる、前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0014】
また、本発明によれば、前記重合反応が、有機アミド溶媒中で、硫黄源、ジハロ芳香族化合物、及び、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を、170〜290℃の温度で重合反応させる前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0015】
本発明によれば、前記重合反応が、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを170〜270℃の温度で重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上、好ましくは80%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加し、次いで、重合反応混合物を昇温し、240〜290℃の温度で重合反応を継続する前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0016】
本発明によれば、(1)有機アミド溶媒、アルカリ金属水硫化物を含む硫黄源、及びアルカリ金属水酸化物を含有する混合物を加熱して、該混合物を含有する系内から水分を含む留出物の少なくとも一部を系外に排出する脱水工程1;(2)脱水工程で系内に残存する混合物とジハロ芳香族化合物とを混合して、有機アミド溶媒、硫黄源、アルカリ金属水酸化物、水分、及びジハロ芳香族化合物を含有する仕込み混合物を調製する仕込み工程2;(3)仕込み混合物を170〜270℃の温度に加熱することにより、水分を含有する有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上、好ましくは80%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加する前段重合工程3;並びに(4)240〜290℃の温度で重合反応を継続する後段重合工程4;を含む前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0017】
本発明によれば、前記脱水工程1において、脱水工程後に系内に残存する硫黄源(仕込み硫黄源)1モル当たり、0.01〜2モルの水分量となるまで脱水する前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0018】
本発明によれば、前記仕込み工程2において、仕込み硫黄源1モル当りの各成分の割合が、アルカリ金属水酸化物が0.95〜1.09モル、水分が0.01〜2モル、及びジハロ芳香族化合物が0.950〜1.200モルとなるように、これら各成分を含有する仕込み混合物を調製する前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0019】
本発明によれば、前記前段重合工程3において、ジハロ芳香族化合物の転化率が30〜98%、好ましくは30〜95%、より好ましくは80〜95%となった時点で、重合反応混合物中に、ポリハロ芳香族化合物及び相分離剤を添加する前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0020】
本発明によれば、前記前段重合工程3において、相分離剤の添加を、ポリハロ芳香族化合物を添加した後、ジハロ芳香族化合物の転化率が95%になるまでの間に行う前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0021】
本発明によれば、前記前段重合工程3において、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、重合反応混合物中の水分量が仕込み硫黄源1モル当り2モル超過10モル以下となるように、相分離剤として水を添加する前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0022】
本発明によれば、さらに重合助剤、例えば、水及び有機カルボン酸金属塩を添加して重合反応を行う前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0023】
そしてまた、本発明によれば、重合反応により得られたPAS樹脂を、水を1〜30質量%の割合で含有する親水性有機溶媒で洗浄する洗浄工程を複数配置する前記の分岐状PAS樹脂の製造方法が提供される。
【0024】
さらにまた、本発明によれば、前記の分岐状PAS樹脂から成る溶融成形品及び繊維、並びに、該繊維を含有するろ布が提供される。
【発明の効果】
【0025】
本発明の分岐状PAS樹脂及び分岐状PAS樹脂の製造方法は、耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、電気特性、及び、寸法安定性などの機能バランスを損なうことなく、紡糸やフィルム成形など、押出と延伸とを伴う製品の成形に際して、安定した成形が可能で、操業性に優れたPAS樹脂を提供することができるので、従来PAS樹脂について知られているPAS樹脂単独での用途や、他繊維または他材料と組み合せて使用される各種用途に広範に使用可能である。特に、本発明の分岐状PAS樹脂は、ノズルなどの樹脂吐出孔に汚れを生じることなく、糸切れなく高速度で紡糸を行うことができるので、各種繊維製品の用途、例えば、バグフィルター用のろ布として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
1.硫黄源:
本発明では、硫黄源として、アルカリ金属硫化物またはアルカリ金属水硫化物もしくはこれらの混合物を使用する。硫黄源として、硫化水素も使用することができる。
【0027】
硫黄源としては、アルカリ金属水硫化物またはアルカリ金属水硫化物を主成分として含有する硫黄源が好ましい。アルカリ金属水硫化物としては、例えば、水硫化リチウム、水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウム、及びこれらの2種以上の混合物を挙げることができるが、これらに限定されない。アルカリ金属水硫化物は、無水物、水和物、水溶液のいずれを用いてもよい。これらの中でも、工業的に安価に入手できる点で、水硫化ナトリウム及び水硫化リチウムが好ましい。
【0028】
硫黄源がアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属硫化物との混合物である場合には、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属硫化物との総モル量が、重合反応に供される硫黄源(「仕込み硫黄源」または「有効硫黄源」と呼ぶことがある。)のモル量となる。また、この総モル量は、仕込み工程に先立って脱水工程を配置する場合には、脱水工程後の仕込み硫黄源のモル量になる。
【0029】
アルカリ金属硫化物としては、例えば、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウム、及びこれらの2種以上の混合物を挙げることができるが、これらに限定されない。アルカリ金属硫化物は、無水物、水和物、及び水溶液のいずれを用いてもよい。これらの中でも、工業的に安価に入手可能であって、かつ、取り扱いが容易であることなどの観点から、硫化ナトリウムが好ましい。
【0030】
2.アルカリ金属水酸化物:
本発明の製造方法では、水分を含有する有機アミド溶媒中で、アルカリ金属水硫化物を含有する硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、アルカリ金属水酸化物の存在下に重合させる方法を採用することが好ましい。
【0031】
アルカリ金属水酸化物としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム、及びこれらの2種以上の混合物が挙げられるが、これらに限定されない。これらの中でも、工業的に安価に入手可能なことから、水酸化ナトリウムが好ましい。
【0032】
3.ジハロ芳香族化合物:
本発明で使用されるジハロ芳香族化合物は、芳香環に直接結合した2個のハロゲン原子を有するジハロゲン化芳香族化合物である。ジハロ芳香族化合物の具体例としては、例えば、o−ジハロベンゼン、m−ジハロベンゼン、p−ジハロベンゼン、ジハロトルエン、ジハロナフタレン、メトキシ−ジハロベンゼン、ジハロビフェニル、ジハロ安息香酸、ジハロジフェニルエーテル、ジハロジフェニルスルホン、ジハロジフェニルスルホキシド、ジハロジフェニルケトンが挙げられる。これらのジハロ芳香族化合物は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0033】
ここで、ハロゲン原子とは、フッ素、塩素、臭素、及びヨウ素の各原子を指し、同一のジハロ芳香族化合物において、2つのハロゲン原子は、互いに同じでも異なっていてもよい。ジハロ芳香族化合物としては、多くの場合、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、p−ジクロロベンゼン、またはこれらの2種以上の混合物が使用され、特に、p−ジクロロベンゼンが好ましい。
【0034】
4.ポリハロ芳香族化合物:
本発明では、PAS樹脂に分岐状構造を導入するために、分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物(以下、単に「ポリハロ芳香族化合物」ということがある。)を使用する。ハロゲン置換基は、通常、ハロゲン原子が直接芳香環に結合したものである。ハロゲン原子とは、フッ素、塩素、臭素、及びヨウ素の各原子を指し、同一のポリハロ芳香族化合物において、複数のハロゲン原子は、同じでも異なっていてもよい。
【0035】
ポリハロ芳香族化合物としては、例えば、1,2,3−トリクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン、1,3,5−トリクロロベンゼン、ヘキサクロロベンゼン、1,2,3,4−テトラクロロベンゼン、1,2,4,5−テトラクロロベンゼン、1,3,5−トリクロロ−2,4,6−トリメチルベンゼン、2,4,6−トリクロロトルエン、1,2,3−トリクロロナフタレン、1,2,4−トリクロロナフタレン、1,2,3,4−テトラクロロナフタレン、2,2′,4,4′−テトラクロロビフェニル、2,2′,4,4′−テトラクロロベンゾフェノン、2,4,2′−トリクロロベンゾフェノンが挙げられる。
【0036】
これらのポリハロ芳香族化合物は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。ポリハロ芳香族化合物の中でも、トリハロベンゼンが好ましく、1,2,4−トリクロロベンゼン及び1,3,5−トリクロロベンゼンの如きトリクロロベンゼンがより好ましい。
【0037】
分岐状構造を導入するために、例えば、活性水素含有ハロゲン化芳香族化合物やハロゲン化芳香族ニトロ化合物等を少量併用することも可能である。
【0038】
5.分子量調節剤:
生成PAS樹脂に特定構造の末端を形成したり、あるいは重合反応や分子量を調節したりするために、モノハロ化合物を併用することができる。モノハロ化合物は、モノハロ芳香族化合物だけではなく、モノハロ脂肪族化合物も使用することができる。
【0039】
6.有機アミド溶媒:
本発明では、脱水反応及び重合反応の溶媒として、非プロトン性極性有機溶媒である有機アミド溶媒を用いる。有機アミド溶媒は、高温でアルカリに対して安定なものが好ましい。
【0040】
有機アミド溶媒の具体例としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド等のアミド化合物;N−メチル−ε−カプロラクタム等のN−アルキルカプロラクタム化合物;N−メチル−2−ピロリドン、N−シクロヘキシル−2−ピロリドン等のN−アルキルピロリドン化合物またはN−シクロアルキルピロリドン化合物;1,3−ジアルキル−2−イミダゾリジノン等のN,N−ジアルキルイミダゾリジノン化合物;テトラメチル尿素等のテトラアルキル尿素化合物;ヘキサメチルリン酸トリアミド等のヘキサアルキルリン酸トリアミド化合物等が挙げられる。これらの有機アミド溶媒は、それぞれ単独で、あるいは2種類以上を組み合わせて用いることができる。
【0041】
これらの有機アミド溶媒の中でも、N−アルキルピロリドン化合物、N−シクロアルキルピロリドン化合物、N−アルキルカプロラクタム化合物、及びN,N−ジアルキルイミダゾリジノン化合物が好ましく、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N−メチル−ε−カプロラクタム、及び1,3−ジアルキル−2−イミダゾリジノンがより好ましく、NMPが特に好ましい。
【0042】
7.重合助剤:
本発明では、重合反応を促進させるために、必要に応じて各種重合助剤を用いることができる。重合助剤の具体例としては、一般にPAS樹脂の重合助剤として公知の有機スルホン酸金属塩、ハロゲン化リチウム、水、有機カルボン酸金属塩、リン酸アルカリ金属塩等が挙げられ、これらを単独または混合物として使用することができる。ここで有機カルボン酸金属塩としては、アルカリ金属カルボン酸塩、例えば、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、プロピオン酸ナトリウム、吉草酸リチウム、安息香酸リチウム、安息香酸ナトリウム、フェニル酢酸ナトリウム、p−トルイル酸カリウム、及びこれらの混合物を挙げることができる。アルカリ金属カルボン酸塩の中でも、安価で入手しやすいことから、特に酢酸ナトリウムが好ましく用いられる。重合助剤の使用量は、用いる化合物の種類により異なるが、仕込み硫黄源1モルに対し、一般に0.01〜10モルの範囲であり、好ましくは0.1〜2モル、より好ましくは0.2〜1.8モル、特に好ましくは0.3〜1.7モルの範囲である。重合助剤が、有機スルホン酸金属塩、ハロゲン化リチウムまたは有機カルボン酸金属塩である場合の使用量の上限は、更に1モル以下、特に0.8モル以下が好ましい。重合助剤の添加時期は任意の時期でよい。すなわち、後述する脱水工程、仕込み工程、重合工程の時、またはそれらの前に添加することができる。
【0043】
8.相分離剤:
本発明では、相分離剤の使用は必須ではないが、耐熱性や機械強度等の性質に優れ、かつ、曳糸性などの成形性に優れる分岐状PAS樹脂を得るためには、相分離剤を使用することが好ましい。相分離剤としては、酢酸ナトリウム、酢酸リチウム、プロピオン酸リチウム、安息香酸リチウムなどのアルカリ金属カルボン酸塩、及び水など、この技術分野で相分離剤として機能することが知られている物質を用いることができる。アルカリ金属カルボン酸塩は、前記の有機カルボン酸金属塩に含まれるものであり、重合助剤としても使用されるが、ここでは、後に詳述する後段重合工程で相分離剤として機能し得る量で用いられる。これらの相分離剤の中でも、コストが安価で、後処理が容易な水、または水と酢酸ナトリウムとの組み合わせが好ましい。相分離剤の使用量は、仕込み硫黄源1モルに対し、通常0.01〜10モルとなる範囲である。相分離剤の一部は、重合の仕込み時から共存していても構わないが、重合反応の途中で相分離剤を添加して、相分離を形成するのに十分な量に調整することが望ましい。
【0044】
9.分岐状PAS樹脂の製造方法:
本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法は、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物の存在下に重合させる分岐状PAS樹脂の製造方法である。
【0045】
具体的には、本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モル、好ましくは0.0005〜0.008モル、より好ましくは0.0007〜0.006モル、特に好ましくは0.001〜0.005モルの分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物の存在下に、170〜290℃の温度で重合反応させる。
【0046】
好ましい態様の一つは、本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物と、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モル、好ましくは0.0005〜0.008モル、より好ましくは0.0007〜0.006モル、特に好ましくは0.001〜0.005モルのポリハロ芳香族化合物を、170〜290℃の温度で重合反応させる。
【0047】
他の好ましい態様は、本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを170〜270℃の温度で重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、すなわち、反応時間をとらずに、または反応時間をとって、相分離剤を添加し、次いで、重合反応混合物を240℃以上の温度に昇温し、240〜290℃の温度で重合反応を継続する。
【0048】
更に好ましくは、本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを170〜270℃の温度で重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加する(前段重合工程)。次いで、重合反応混合物を加熱して240℃以上の温度に昇温し、重合反応混合物を240〜290℃の温度に加熱して重合反応を継続する(後段重合工程)。
【0049】
前段重合工程を実施する前に、脱水工程及び仕込み工程を配置して、各成分の含有割合を正確に調整することが望ましい。硫黄源としては、アルカリ金属水硫化物を含有する硫黄源を用いることが好ましい。重合反応系には、前記硫黄源とともに、アルカリ金属水酸化物を存在させることが好ましい。
【0050】
したがって、本発明の好ましい分岐状PAS樹脂の製造方法は、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物の存在下に重合させる分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法であって、下記の工程1〜4:
(1)有機アミド溶媒、アルカリ金属水硫化物を含む硫黄源、及びアルカリ金属水酸化物を含有する混合物を加熱して、該混合物を含有する系内から水分を含む留出物の少なくとも一部を系外に排出する脱水工程1;
(2)脱水工程で系内に残存する混合物とジハロ芳香族化合物とを混合して、有機アミド溶媒、硫黄源(仕込み硫黄源)、アルカリ金属水酸化物、水分、及びジハロ芳香族化合物を含有する仕込み混合物を調製する仕込み工程2;
(3)仕込み混合物を170〜270℃の温度に加熱することにより、水分を含有する有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加する前段重合工程3;並びに
(4)240〜290℃の温度で重合反応を継続する後段重合工程4;
を含む分岐状PAS樹脂の製造方法である。
【0051】
従来、PAS樹脂の製造方法では、硫黄源としてアルカリ金属硫化物が汎用されてきた。他方、硫黄源の原料として、アルカリ金属硫化物に代えて、アルカリ金属水硫化物またはアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属硫化物との混合物を使用し、これらの硫黄源を、アルカリ金属水酸化物の存在下に、ジハロ芳香族化合物と重合反応させる方法が知られている。この方法において、重合反応を安定して実施するために、重合反応に供する各成分の含有割合を正確に調整し、かつ、重合条件を厳密に制御することが望ましい。そこで、以下に、本発明の好ましい製造方法について、更に詳細に説明する。
【0052】
9.1.脱水工程:
硫黄源は、水和水(結晶水)などの水分を含んでいることが多い。硫黄源及びアルカリ金属水酸化物を水性混合物として使用する場合には、媒体として水を含有している。硫黄源とジハロ芳香族化合物との重合反応は、重合反応系内に存在する水分量によって影響を受ける。そこで、一般に、重合工程前に脱水工程を配置して、重合反応系内の水分量を調節している。
【0053】
本発明の好ましい製造方法では、脱水工程において、有機アミド溶媒、アルカリ金属水硫化物を含む硫黄源、及びアルカリ金属水酸化物を含有する混合物を加熱して、該混合物を含有する系内から、水分を含む留出物の少なくとも一部を系外に排出する。脱水工程は、望ましくは不活性ガス雰囲気下で実施する。
【0054】
脱水工程は、反応槽内で行われ、留出物の系外への排出は、一般に反応槽外への排出により行われる。脱水工程で脱水されるべき水分とは、脱水工程で仕込んだ各原料が含有する水和水、水性混合物の水媒体、各原料間の反応により副生する水などである。
【0055】
各原料の反応槽内への投入は、通常20℃から300℃、好ましくは20℃から200℃の温度範囲で行われる。各原料の投入順序は、順不同でよく、また、脱水操作途中で各原料を追加投入してもかまわない。脱水工程では、媒体として有機アミド溶媒を用いる。脱水工程で使用する有機アミド溶媒は、重合工程で使用する有機アミド溶媒と同一のものであることが好ましく、工業的に入手が容易であることからNMPがより好ましい。有機アミド溶媒の使用量は、反応槽内に投入する硫黄源1モル当たり、通常0.1〜10kg程度である。
【0056】
脱水操作は、反応槽内へ原料を投入した後、前記各成分を含有する混合物を、通常300℃以下、好ましくは100〜250℃の温度範囲内で、通常15分間から24時間、好ましくは30分間〜10時間、加熱する方法により行われる。
【0057】
脱水工程では、加熱により水及び有機アミド溶媒が蒸気となって留出する。したがって、留出物には、水と有機アミド溶媒とが含まれる。留出物の一部は、有機アミド溶媒の系外への排出を抑制するために、系内に環流してもよいが、水分量を調節するために、水を含む留出物の少なくとも一部は系外に排出する。留出物を系外に排出する際に、微量の有機アミド溶媒が水と同伴して系外に排出される。
【0058】
脱水工程では、硫黄源に起因する硫化水素が揮散する。脱水工程で系外に揮散する硫化水素によって、脱水工程後に系内に残存する混合物中の硫黄源の量は、投入した硫黄源の量よりも減少する。アルカリ金属水硫化物を主成分とする硫黄源を使用すると、脱水工程後に系内に残存する混合物中の硫黄源の量は、投入した硫黄源のモル量から系外に揮散した硫化水素のモル量を差し引いた値と実質的に等しくなる。脱水工程で反応槽内に投入した硫黄源と区別するために、脱水工程後に系内に残存する混合物中の硫黄源を「有効硫黄源」と呼ぶ。この有効硫黄源は、仕込み工程とその後の重合工程における「仕込み硫黄源」である。つまり、本発明において、「仕込み硫黄源」とは、仕込み工程とその後の重合工程に供される硫黄源を意味し、脱水工程があるときは、脱水工程後に混合物中に存在している有効硫黄源を意味する。
【0059】
脱水工程において、有機アミド溶媒、アルカリ金属水硫化物を含む硫黄源、及び硫黄源1モル当たり0.900〜1.050モルのアルカリ金属水酸化物を含有する混合物を加熱して、該混合物を含有する系内から水を含む留出物の少なくとも一部を系外に排出することが好ましい。脱水工程で硫黄源1モル当たりのアルカリ金属水酸化物のモル比が小さすぎると、揮散する硫化水素の量が多くなり、仕込み硫黄源量の低下による生産性の低下を招いたり、あるいは脱水後に残存する仕込み硫黄源中の過硫化成分が増加することによる異常反応や生成PAS樹脂の品質低下が起こり易くなったりする。硫黄源1モル当たりのアルカリ金属水酸化物のモル比が大きすぎると、有機アミド溶媒の変質が増大することがある。
【0060】
脱水工程では、水和水や水媒体、副生水などの水分を必要量の範囲内になるまで脱水する。脱水工程では、有効硫黄源1モルに対して、水分量が好ましくは0.01〜2モル、より好ましくは0.2〜1.9モル、更に好ましくは0.5〜1.8モル、特に好ましくは0.8〜1.7モルになるまで脱水することが望ましい。脱水工程で水分量が少なくなり過ぎた場合は、仕込み工程で水を添加して所望の水分量に調節することができる。
【0061】
アルカリ金属硫化物は、水との平衡反応によりアルカリ金属水酸化物を生成する。アルカリ金属水硫化物を主成分とする硫黄源を用いる製造方法では、少量成分のアルカリ金属硫化物の量を考慮して、有効硫黄源1モルに対するアルカリ金属水酸化物の仕込み量のモル比を算出する。また、脱水工程で硫化水素が系外に揮散すると、揮散した硫化水素とほぼ等モルのアルカリ金属水酸化物が生成するので、脱水工程で系外に揮散した硫化水素の量も考慮して、有効硫黄源1モルに対するアルカリ金属水酸化物の仕込み量のモル比を算出する。
【0062】
9.2.仕込み工程:
仕込み工程では、脱水工程で系内に残存する混合物とジハロ芳香族化合物とを混合して、有機アミド溶媒、硫黄源(仕込み硫黄源)、アルカリ金属水酸化物、水分、及びジハロ芳香族化合物を含有する仕込み混合物を調製する。一般に、脱水工程において各成分の含有量及び量比が変動するため、仕込み工程での各成分量の調整は、脱水工程で得られた混合物中の各成分の量を考慮して行う必要がある。
【0063】
本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、仕込み工程において、仕込み硫黄源1モル当りの各成分の割合が、アルカリ金属水酸化物が0.95〜1.09モル、水分が0.01〜2モル、及びジハロ芳香族化合物が0.950〜1.200モルとなるように、これら各成分を含有する仕込み混合物を調製することが望ましい。
【0064】
本発明において、仕込み硫黄源(有効硫黄源)の量は、「脱水工程で投入した硫黄源のモル量」から「脱水工程で揮散した硫化水素のモル量」を引くことによって算出することができる。
【0065】
仕込み混合物における各成分の量比(モル比)の調整は、通常、脱水工程で得られた混合物中に、仕込み硫黄源以外の成分を添加することにより行う。ジハロ芳香族化合物は、仕込み工程で混合物中に添加する。脱水工程で得られた混合物中のアルカリ金属水酸化物や水の量が少ない場合には、仕込み工程でこれらの成分を追加する。脱水工程で有機アミド溶媒の留出量が多すぎる場合は、仕込み工程で有機アミド溶媒を追加する。したがって、仕込み工程では、ジハロ芳香族化合物に加えて、必要に応じて有機アミド溶媒、水、及びアルカリ金属水酸化物を添加してもよい。
【0066】
脱水工程で硫化水素が揮散すると、平衡反応により、アルカリ金属水酸化物が生成し、これが脱水工程後の混合物中に残存することになる。したがって、これらの量を正確に把握して、仕込み工程での「仕込み硫黄源」に対するアルカリ金属水酸化物のモル比を決定することが望ましい。アルカリ金属水酸化物のモル数は、「脱水時に生成した硫化水素に伴い生成するアルカリ金属水酸化物のモル数」、「脱水前に添加したアルカリ金属水酸化物のモル数」、及び「仕込み工程で添加したアルカリ金属水酸化物のモル数」に基づいて算出される。
【0067】
仕込み硫黄源1モル当たりのアルカリ金属水酸化物のモル比が大きすぎると、有機アミド溶媒の変質を増大させたり、重合時の異常反応を引き起こしたりすることがある。さらに、生成する分岐状PAS樹脂の収率の低下や品質の低下を引き起こすことが多くなる。仕込み硫黄源1モル当たりのアルカリ金属水酸化物のモル量は、好ましくは0.95〜1.09モル、より好ましくは0.98〜1.07モル、特に好ましくは1〜1.065モルである。前段重合工程では、仕込み硫黄源1モル当たりのアルカリ金属水酸化物のモル比を上記範囲内とすることにより重合反応を安定的に実施し、高品質の分岐状PAS樹脂を得ることが容易になる。
【0068】
仕込み工程において、仕込み硫黄源1モル当りの水分のモル量は、好ましくは0.01〜2モル、より好ましくは0.5〜2モル、更に好ましくは0.7〜1.8モル、特に好ましくは0.9〜1.6モルの範囲となるように調整する。前段重合工程において、共存水分量を少なくするには、脱水工程に時間がかかる。共存水分量が多すぎると、重合反応速度が著しく遅くなったり、分解反応が生じたりする。
【0069】
仕込み工程において、仕込み硫黄源1モル当り、好ましくは0.950〜1.200モル、より好ましくは0.98〜1.15モル、特に好ましくは1〜1.1モルのジハロ芳香族化合物を含有する仕込み混合物を調製することが望ましい。ジハロ芳香族化合物の使用割合が前記範囲外になると、溶融粘度を所望の範囲内に制御することが困難になる。
【0070】
仕込み工程において、有機アミド溶媒の量は、仕込み硫黄源1モル当り、通常0.1〜10kg、好ましくは0.15〜1kgの範囲とすることが望ましい。有機アミド溶媒の量は、上記範囲内であれば、重合工程の途中でその量を変化させてもよい。
【0071】
9.3.重合工程:
本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、仕込み混合物を170〜290℃の温度に加熱することにより、水分を含有する有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物の存在下に重合反応させる。重合助剤を適宜の段階で添加して重合反応を行うことが好ましい。
【0072】
本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、水分を含有する有機アミド溶媒中で、硫黄源、ジハロ芳香族化合物、及び、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物とを、170〜290℃の温度で重合反応させることができ、このときは重合助剤は仕込み混合物に添加する。
【0073】
また、本発明の分岐状PAS樹脂の製造方法では、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物を添加し、同時にまたはその後更に、相分離剤を添加することができ、このときは重合助剤を適宜の段階で添加して重合反応を行えばよい。
【0074】
重合反応方式は、バッチ式、連続式、あるいは両方式の組み合わせでもよい。バッチ式重合では、重合サイクル時間を短縮する目的のために、2つ以上の反応槽を用いる方式を用いてもよい。加熱方法は、一定温度を保持する方法、段階的または連続的な昇温方法、あるいは両方法の組み合わせが用いられる。重合反応の途中で重合温度を下げることもできる。
【0075】
重合反応時間は、一般に10分間〜72時間、好ましくは30分間〜48時間である。本発明では、重合工程を前段重合工程と後段重合工程とに分けて行うことができ、その場合の重合反応時間は、前段重合工程と後段重合工程との合計時間である。重合工程を前段重合工程と後段重合工程とに分けて行う場合は、前段重合工程での重合時間は、多くの場合、30分間から5時間までである。前段重合工程は、温度条件を段階的に変化させたり、水やアルカリ金属水酸化物を分割して添加したりする複数の工程から構成されていてもよい。
【0076】
重合工程では、仕込み混合物を、170〜290℃、好ましくは180〜280℃、より好ましくは190〜275℃の温度に加熱して、重合反応を開始させる。
【0077】
重合工程を、前段重合工程と後段重合工程とに分けて行う場合は、前段重合工程において、仕込み混合物を170〜270℃の温度に加熱して、重合反応を開始させる。ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上のプレポリマーを生成させる。前段重合工程において、重合温度を高くしすぎると、副反応や分解反応が生じ易くなる。
【0078】
ジハロ芳香族化合物の転化率は、好ましくは30〜98%、より好ましくは60〜96%、更に好ましくは80〜95%、特に好ましくは85〜95%である。ジハロ芳香族化合物の転化率は、反応混合物中に残存するジハロ芳香族化合物の量をガスクロマトグラフィにより求め、その残存量とジハロ芳香族化合物の仕込み量と硫黄源の仕込み量に基づいて算出することができる。
【0079】
ジハロ芳香族化合物を「DHA」で表すと、ジハロ芳香族化合物を硫黄源に対してモル比で過剰に添加した場合は、下記式1:
転化率=〔DHA仕込み量(モル)−DHA残存量(モル)〕/〔DHA仕込み量(モル)−DHA過剰量(モル)〕 (式1)
により転化率を算出することができる。
【0080】
上記以外の場合には、下記式2:
転化率=〔DHA仕込み量(モル)−DHA残存量(モル)〕/〔DHA仕込み量(モル))〕 (式2)
により転化率を算出することができる。
【0081】
前段重合工程の初期、または仕込み工程の段階から、反応系内にポリハロ芳香族化合物を存在させて重合反応を開始してもよいが、ポリハロ芳香族化合物は、一般にジハロ芳香族よりも反応性が高いため、重合初期に反応して不均質な分岐状構造が導入され、ゲル状物が生成したり、最大ドラフト比の低下が生じて、十分安定な成形性、特に、曳糸性を得られないことがある。このために、(1)ジハロ芳香族化合物の転化率が50%、好ましくは45%、特に好ましくは40%となるまでは、比較的低温で、すなわち、通例150℃〜230℃、好ましくは160℃〜226℃、特に好ましくは170℃〜222℃の温度範囲で反応させる、または、(2)重合反応混合物を、少なくとも170℃〜245℃の間の温度領域を昇温速度1〜60℃/時間、好ましくは2〜30℃/時間、特に好ましくは3〜15℃/時間で昇温を行うことにより、所望の物性を有する分岐状PASを得ることができる。また、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、ポリハロ芳香族化合物を添加することが好ましい。より好ましくはジハロ芳香族化合物の転化率が50%以上、更に好ましくは70%以上、特に好ましくは80%以上、とりわけ好ましくは85%以上となった時点で、ポリハロ芳香族化合物を添加するとよい。他方、ジハロ芳香族化合物の転化率がほぼ100%となった時点でポリハロ芳香族化合物を添加しても、PAS樹脂に分岐状構造が導入される余地が少ないため、所期の分岐状PAS樹脂を得ることは難しい。したがって、ポリハロ芳香族化合物の添加は、ジハロ芳香族化合物の転化率が、通常98%以下となった時点、好ましくは97%となった時点、より好ましくは96%となった時点、特に好ましくは95%となった時点までに行うようにする。
【0082】
本発明の好ましい製造方法では、有機アミド溶媒中で、硫黄源とジハロ芳香族化合物とを重合反応させ、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、仕込み硫黄源1モル当り0.0001〜0.01モルのポリハロ芳香族化合物と相分離剤とを添加する。ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上の時点では、重合反応混合物に含まれる生成ポリマー(プレポリマー)の重量平均分子量は、通常、1000以上であり、転化率が80%以上の時点では、該生成ポリマー(プレポリマー)の重量平均分子量は、通常、5000以上となる。
【0083】
ポリハロ芳香族化合物は、仕込み硫黄源1モル当り、0.0001〜0.01モルの割合で用いられる。ポリハロ芳香族化合物の使用量が多すぎると、分岐状PAS樹脂の溶融粘度が増大し、溶融成形時にゲルが発生し、安定な成形性、特に、曳糸性が低下する。ポリハロ芳香族化合物の使用量が少なすぎると、分岐状構造の導入が不十分で、直鎖型の分子構造とあまり変わらず、好適な成形条件の範囲が極めて狭いものとなり、やはり安定な成形性、特に、曳糸性が低下する。これらの結果、最大ドラフト比の高いものが得られなくなる。
【0084】
前段重合温度が高い場合には、重合反応の途中で重合温度を下げて、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点でポリハロ芳香族化合物を添加し、次いで、後段重合温度にまで昇温することができる。前段重合工程終了時の重合反応混合物の温度は、後段重合工程で具体的に採用する所定の重合温度より低くなるように設定することが望ましい。
【0085】
相分離剤を添加する場合は、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上の時点で相分離剤も添加する。相分離剤は、ポリハロ芳香族化合物と実質的に同時に添加してもよく、あるいは、ポリハロ芳香族化合物の反応時間を十分にとるために、ポリハロ芳香族化合物の添加後に添加してもよい。例えば、ジハロ芳香族化合物の転化率が30%以上となった時点で、重合反応混合物中に、ポリハロ芳香族化合物を添加し、その後、ジハロ芳香族化合物の転化率が、通常98%以下、好ましくは97%以下、より好ましくは96%以下、更に好ましくは95%以下の時点で相分離剤を添加することができる。
【0086】
相分離剤としては、前述のアルカリ金属カルボン酸塩や水などを使用することができるが、好ましくは水を使用する。水を用いると、コストが安価で、後処理も容易となるので好ましい。相分離剤として水を使用する場合には、前段重合工程において、ジハロ芳香族化合物の転化率が80%以上となった時点で、重合反応混合物中に、重合反応混合物中の水分量(合計水分量)が仕込み硫黄源1モル当り2モル超過10モル以下となるように水を添加することが好ましい。相分離剤として水を加えて、重合反応混合物中の水分量を仕込み硫黄源1モル当り、より好ましくは2.3〜7モル、さらに好ましくは2.5〜5モルとなるようにすることが望ましい。また、水とアルカリ金属カルボン酸塩とを併用してもよい。この場合、水とアルカリ金属カルボン酸塩の量は、相分離を起こすことができる量であれば足りるが、通常、水を0.5〜10モル、好ましくは0.6〜7モル、特に好ましくは0.8〜5モルとし、アルカリ金属カルボン酸塩を0.001〜0.7モル、好ましくは0.02〜0.6モル、特に好ましくは0.05〜0.5モルとすればよい。
【0087】
後で詳述する後段重合工程では、相分離剤を添加することにより、通常、ポリマー濃厚相とポリマー希薄相とに相分離した状態で重合反応が継続される。相分離剤の添加量が少なすぎると、相分離重合を行うことが困難になり、所望の特性を持つ分岐状PAS樹脂を得ることが困難になる。相分離剤の添加量が多すぎると、重合反応に長時間を必要としたり、粒状ポリマーを生成させることが困難になったりする。
【0088】
9.4.後段重合工程:
前段重合工程でポリハロ芳香族化合物と相分離剤とを添加した後、240℃以上、好ましくは245℃以上の温度に昇温する。
【0089】
後段重合工程では、240〜290℃の温度に加熱して重合反応を継続するため、前段重合工程後、重合反応混合物を加熱して後段重合工程に適した温度に昇温させる。加熱温度の上限は、後段重合温度の上限である。
【0090】
後段重合工程では、通常、反応混合物がポリマー濃厚相とポリマー希薄相とに相分離した状態で重合反応が継続されることが好ましい。一般に、攪拌下に重合反応が行われるため、実際には、有機アミド溶媒(ポリマー希薄相)中に、ポリマー濃厚相が液滴として分散した状態で相分離重合反応が行われる。相分離状態は、後段重合反応の進行につれて明瞭に観察されるようになる。重合反応方式は、バッチ式、連続式、または両方式の組み合わせでもよい。バッチ式重合では、重合サイクル時間を短縮する目的のために、2つ以上の反応槽を用いる方式を用いてもよい。
【0091】
後段重合工程では、240〜290℃、好ましくは245〜280℃、より好ましくは250〜275℃の温度で重合反応を継続する。重合温度は、一定の温度に維持することができるが、必要に応じて、段階的に昇温または降温してもよい。
【0092】
重合反応時間は、前段重合工程での重合時間との合計で、一般に10分間〜72時間、好ましくは30分間〜48時間である。後段重合工程での重合時間は、多くの場合、2〜10時間程度である。なお、前段重合において、ジハロ芳香族化合物の転化率が85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上に達し、かつ相分離剤が添加されているときは、後段重合工程を省略することもできる。
【0093】
10.後処理工程:
重合反応後の後処理は、常法に従って行うことができる。例えば、重合反応の終了後、重合反応混合物を冷却すると生成ポリマーを含むスラリーが得られる。冷却したスラリーをそのまま、あるいは水などで希釈してから、濾別し、洗浄と濾過を繰り返し、最後に乾燥することにより、分岐状PAS樹脂を回収することができる。
【0094】
本発明の製造方法によれば、粒状ポリマーを生成させることができるため、スクリーンを用いて篩分する方法により粒状ポリマーをスラリーから分離することが、副生物やオリゴマーなどから容易に分離することができるため好ましい。スラリーは、高温状態のままで粒状ポリマーを篩分してもよい。なお、粒状ポリマーを生成させるために、重合反応(後段重合)後期または重合反応終了後に相分離剤を添加し、相分離を起こさせた後、冷却することも可能である。
【0095】
篩分後、ポリマーを重合溶媒と同じ有機アミド溶剤やケトン類(例えば、メチルエチルケトンやアセトン)、アルコール類(例えば、メタノールやイソプロパノール)などの親水性有機溶剤で洗浄することが好ましい。これらの有機溶剤は、含水混合物であってもよく、水を1〜30質量%、好ましくは1〜20質量%、特に好ましくは2〜10質量%含有する親水性有機溶剤が好ましい。親水性有機溶剤としては、特に、有機アミド溶剤や、アセトン、メタノール、イソプロパノール等が好ましい。また、ポリマーを高温水などで洗浄してもよい。これらの処理により、溶融加工中の揮発物の発生を少なくすることができ、曳糸性の改良や高い最大ドラフト比を達成しやすくなる。さらに、ポリマーを、酸や塩化アンモニウムのような塩で処理することもできる。生成した粒状ポリマーの平均粒子径が大きすぎる場合には、所望の平均粒子径となるように、粉砕工程を配置してもよい。粒状ポリマーの粉砕及び/または分級を行うこともできる。
【0096】
11.分岐状PAS樹脂:
本発明の製造方法によれば、重合反応後、必要に応じて生成ポリマーの粉砕工程を配置して、下記特性(a)〜(c)、更に、特性(d)及び(e)を有する分岐状ポリアリーレンスルフィド樹脂を得ることができる。
【0097】
[特性]
(a)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が65〜450Pa・s(以下、単に「溶融粘度」という。)、
(b)温度310℃、吐出速度0.05m/minで測定した最大ドラフト比が6500以上、
(c)白色度が65以上、
(d)温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度200sec−1で測定した溶融粘度の比である溶融粘度の剪断速度依存度が1.4〜2.6(以下、単に「溶融粘度の剪断速度依存度」という。)、
(e)温度310℃、剪断速度1200sec−1において5分間保持後の溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度1200sec−1において30分間保持後の溶融粘度の比である溶融安定性(以下、単に「溶融安定性」という。)が0.85〜1.30。
【0098】
以下、各特性について説明する。
【0099】
(溶融粘度)
本発明の分岐状PAS樹脂は、温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が65〜450Pa・sの範囲内の溶融粘度を有するものである。好ましくは70〜300Pa・s、より好ましくは75〜250Pa・s、特に好ましくは77〜200Pa・sの範囲内である。本発明の分岐状PAS樹脂を繊維として使用する場合には、耐熱性や強度等の物性と曳糸性等の成形性を高度にバランスさせる上で、分岐状PAS樹脂の溶融粘度を、好ましくは70〜250Pa・s、より好ましくは75〜220Pa・s、特に好ましくは77〜190Pa・sの範囲内とする。分岐状PAS樹脂の溶融粘度が高すぎると、より高い温度で成形することが必要となり、その結果、溶融成形時にゲルが発生し、安定な成形性、特に、曳糸性が低下する。なお、架橋型PAS樹脂においては、溶融粘度が上記の範囲を満足するようにさせると、架橋が進み、曳糸性が低下したり、褐色に着色したりする。分岐状PAS樹脂の溶融粘度が低すぎると、強度等の物性や曳糸性等の成形性が劣ったものとなる。
【0100】
溶融粘度の測定は、溶融ポリマーの毛管式流れ特性試験機で行う。すなわち、乾燥ポリマー約20gを用いて、キャピラリーとして、d=1.0mm、L=10mmのスリットダイを使用し、設定温度310℃で5分間保持して、バレルの中で溶融させ、ピストンで加圧し、キャピラリーから流出するときの剪断速度1200sec−1における溶融粘度として測定する。
【0101】
(最大ドラフト比)
本発明の分岐状PAS樹脂は、温度310℃、吐出速度0.05m/minで測定した最大ドラフト比が6500以上の範囲内のものであり、好ましくは6800以上、より好ましくは7000以上、より好ましくは8000以上、特に好ましくは9500以上の範囲内のものである。最大ドラフト比が前記範囲内にあることによって、優れた成形性、特に曳糸性が得られ、この結果、該分岐状PAS樹脂から成る成形品、特に、繊維は、耐熱性や強度等の物性と成形性が高度にバランスされたものとなる。すなわち、最大ドラフト比が小さすぎると、繊維の糸切れや糸斑が発生し繊維の表面性が損なわれたり、安定した紡糸ができない。最大ドラフト比の上限は、特にないが、余りに大きすぎると、二次加工する場合等に加工性が劣ることがあるので、通常、20000以下、好ましくは18000以下、より好ましくは15000以下の範囲とするとよい。
【0102】
ここで温度310℃、吐出速度0.05m/minで測定した最大ドラフト比とは、乾燥ポリマー約20gを用いて、東洋精機株式会社製キャピログラフ1Dを用いて測定した特性である。キャピラリーとして、d=1.0mm、L=10mmのスリットダイを使用し、乾燥ポリマーをバレル径9.55mmのバレル内に充填して、310℃で溶融し、ピストンで加圧し吐出速度(V)0.05mm/minで吐出させた。ダイから46cm下方に直径40mmの支点ローラを2つ配置し、その後に巻き取りロールを置き、巻き取り速度を1分間で5m/分から500m/分まで変化させて、吐出物が破断したときの速度VSとVとの比VS/V(最大ドラフト比)を算出する。この操作を60分間繰り返して、20分から40分の間の5回の最大ドラフト比の平均値を求め、サンプルの最大ドラフト比とする。
【0103】
例えば、繊維を製造する場合は、最大ドラフト比が大きいと、より高速で糸切れや糸斑が発生しない均一な曳糸性があるといえるので、品質が均一で引張強度や結節強度等の機械的性質が優れた繊維を高い生産性で得ることができるといえる。
【0104】
(白色度)
本発明の分岐状PAS樹脂は、白色度が65以上のものである。白色度は、好ましくは68以上、より好ましくは70以上、特に好ましくは72以上の範囲内のものである。PASの白色度が小さすぎると、溶融成形品の色調が褐色になったり、色むらが生じたりするので、特に繊維製品の場合、不都合が大きい。PASの白色度が大きいと、色調に優れた溶融成形品を得ることができることに加えて、溶融成形品を任意の色に着色することが容易となるので、白色度の上限は特にないが、通常85以内である。従来の熱架橋型のPAS樹脂の場合は、熱履歴を受ける結果、着色が著しい。
【0105】
(溶融粘度の剪断速度依存度)
本発明の分岐状PAS樹脂は、温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度200sec−1で測定した溶融粘度の比である溶融粘度の剪断速度依存度が1.4〜2.6の範囲内のものであることが好ましい。溶融粘度の剪断速度依存度は、好ましくは1.5〜2.5、より好ましくは1.55〜2.4、特に好ましくは1.6以上2.2未満の範囲内である。溶融粘度の剪断速度依存度が小さすぎると、溶融成形時に弾性が不足し、ダイスウェルが小さくなり、保形性が劣り、繊維を形成する場合には、糸切れが生じやすく、安定な曳糸性や高いドラフト比を得ることが困難となる。溶融粘度の剪断速度依存度が大きすぎると、溶融成形時の弾性が大きくなりすぎ、ダイスウェルが大きくなり、成形物の寸法精度が低下し、繊維を形成する場合には、均一な紡糸をすることが困難となり、安定な曳糸性や高いドラフト比を得ることが困難となる。
【0106】
(溶融安定性)
本発明の分岐状PAS樹脂は、温度310℃、剪断速度1200sec−1において5分間保持後の溶融粘度に対する、温度310℃、剪断速度1200sec−1において30分間保持後の溶融粘度の比である溶融安定性が0.85〜1.30の範囲内であることが好ましく、より好ましくは0.87〜1.10、特に好ましくは0.90〜1.05の範囲内のものである。溶融安定性が小さすぎる、または大きすぎると、溶融成形時に樹脂の粘度変化が生じるため、安定な溶融成形が困難となり、繊維を形成する場合には、糸切れが生じやすく、安定な曳糸性や高いドラフト比を得ることが困難となる。
【0107】
(融点)
本発明の分岐状PAS樹脂は、溶融成形可能なものである。融点が、好ましくは270〜310℃、より好ましくは272〜300℃、特に好ましくは273〜295℃の範囲であると、溶融成形品の製造や紡糸に適している。融点は、示差走査熱量計(DSC)を用いて、試料を、窒素雰囲気中、30℃で3分間保持した後、10℃/minの昇温速度で340℃まで昇温し、測定したものである。
【0108】
(平均粒子径)
本発明の分岐状PAS樹脂は、更に、平均粒子径が好ましくは50〜2500μmの範囲内であることが好ましく、より好ましくは60〜2000μm、特に好ましくは75〜1500μmの範囲内である。本発明の分岐状PAS樹脂を繊維として使用する場合には、安定した溶融押出性や曳糸性を得る上で、分岐状PAS樹脂の平均粒子径は、好ましくは100〜2000μm、より好ましくは120〜1800μm、更に好ましくは150〜1700μm、特に好ましくは160〜1500μmの範囲内である。分岐状PAS樹脂の平均粒子径を調整するために、重合により得られた分岐状PAS樹脂を粉砕及び/または分級してもよい。
【0109】
分岐状PAS樹脂の平均粒子径が小さすぎると、取り扱い、計量などが困難になる。分岐状PAS樹脂の平均粒子径が大きくなりすぎると、押出性が損なわれたり、不純物の洗浄が不十分となり、吐出ノズルの詰まりや汚染が生じ、安定な成形性、特に曳糸性が劣るものとなる。
【0110】
本発明の分岐状PAS樹脂は、単独で成形品に成形することができ、シートやフィルムへの成形も可能であるが、実質的に線状の直鎖型PAS樹脂とブレンドして使用することもできる。なお、実質的に線状の直鎖型PAS樹脂とは、当業界において周知のポリマーである。直鎖型PAS樹脂としては、温度310℃、剪断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が通常20〜450Pa・s、好ましくは65〜250Pa・s、より好ましくは70〜220Pa・sの直鎖型PPS樹脂であることが望ましい。直鎖型PAS樹脂100質量部に対して、分岐状PAS樹脂50質量部以上、好ましくは100〜1000質量部、より好ましくは110〜500質量部を配合した樹脂組成物とすることができる。この樹脂組成物には、有機または無機の各種充填剤、酸化防止剤や熱安定剤等の安定剤、滑剤、離型剤、着色剤などの各種添加剤を添加することができる。
【実施例】
【0111】
以下に、実施例及び比較例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。物性及び特性の測定方法及び算出方法は、次のとおりである。
【0112】
(1)溶融粘度
乾燥ポリマー約20gを用いて、東洋精機株式会社製キャピログラフ1Dにより溶融粘度を測定した。この際、キャピラリーは、d=1.0mm、L=10mmのスリットダイを使用し、設定温度は、310℃とした。ポリマー試料を装置に導入し、5分間保持した後、剪断速度1200sec−1での溶融粘度を測定した。
【0113】
(2)最大ドラフト比
最大ドラフト比は、乾燥ポリマー約20gを用いて、東洋精機株式会社製キャピログラフ1Dを用いて測定した。この際、キャピラリーは、d=1.0mm、L=10mmのスリットダイを使用し、乾燥ポリマーをバレル径9.55mmのバレル内に充填して、310℃で溶融し、吐出速度(V)0.05mm/minで吐出した。ダイから46cm下方に直径40mmの支点ローラを2つ配置し、その後に巻き取りロールを置き、巻き取り速度を1分間で5m/分から500m/分まで変化させて、吐出物が破断したときの速度VSとVとの比VS/V(最大ドラフト比)を算出した。この操作を60分間繰り返して、20分から40分の間の5回の最大ドラフト比の平均値を求め、サンプルの最大ドラフト比とした。なお、装置設定上の最大ドラフト比の上限は、10965であった。
【0114】
(3)白色度
白色度の測定は、以下のとおり行った。すなわち、ポリマーを、320℃に加熱したホットプレスで10分間加熱溶融した後、40℃で5分間プレスにより固化してシートを作製し、得られたシートを150℃で30分間アニーリングした。このシートを試料とし、ミノルタ株式会社製「色彩色差計CR−200」を用いて、標準光C、反射光測定法により色調の測定を行った。測定に先立ち、標準白色板により較正を行った。各試料について3点ずつ測定を行い、その平均値を算出した。
【0115】
(4)溶融粘度の剪断速度依存度
溶融粘度の剪断速度依存度は、(1)溶融粘度の測定に用いた測定器を用いて、剪断速度1200sec−1及び剪断速度200sec−1での溶融粘度を測定した結果から求めた。すなわち、設定温度310℃、剪断速度1200sec−1での溶融粘度に対する、設定温度310℃、剪断速度200sec−1での溶融粘度の比を算出した。
【0116】
(5)溶融安定性
溶融安定性は、(1)溶融粘度の測定に用いた測定器を用いて、測定した結果から求めた。ポリマー試料を装置に導入し、5分間保持した後、剪断速度1200sec−1での溶融粘度を測定した。同様に、30分間保持した後、剪断速度1200sec−1での溶融粘度を測定した。5分間保持後の溶融粘度に対する、30分間保持後の溶融粘度の比を算出した。
【0117】
(6)融点
融点は、示差走査熱量計(DSC)を用いて、試料を、窒素雰囲気中、30℃で3分間保持した後、10℃/minの昇温速度で340℃まで昇温し、吸熱ピーク温度として測定したものである。
【0118】
(7)平均粒子径:
JIS K−0069に従い、所定目開きの篩を使用して篩い分け法により、粒径分布を求め、平均粒子径を算出した。篩い分けは、FRITSCH社製電磁式篩振盪機(商品名「Analysette 3」)を使用して、振とう時間=15分間、AMPLITUDE=6、INTERVAL=6で、実施した。
【0119】
(8)ジハロ芳香族化合物の転化率
反応混合物中に残存するジハロ芳香族化合物の量をガスクロマトグラフィにより求め、その残存量とジハロ芳香族化合物の仕込み量と硫黄源の仕込み量に基づいて、ジハロ芳香族化合物の転化率を算出した。
【0120】
[実施例1](分岐状PPS−1の調製)
20リットルのオートクレーブに、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)6000gと水硫化ナトリウム水溶液(NaSH;濃度62質量%、NaSを28g含む。)2000g、水酸化ナトリウム(NaOH;濃度74質量%)1180gを仕込んだ。水酸化ナトリウム/硫黄源(NaOH/S)のモル比は1.019であり、NaOH/NaSHのモル比は1.034であった。
【0121】
オートクレーブ内を窒素ガスで置換後、攪拌機の回転数250rpmで攪拌しながら、約4時間かけて徐々に200℃まで昇温し、水(HO)1010g、NMP1280g、及び硫化水素(HS)12gを留出させた。
【0122】
脱水工程後、オートクレーブの内容物を170℃まで冷却し、p−ジクロロベンゼン(pDCB)3380g、NMP3449g、水酸化ナトリウム19.29g、及び、水153gを加えた。缶内のNMP/仕込み硫黄源(以下、「仕込みS」と略記する。)の比率(g/モル)は375、pDCB/仕込みS(モル/モル)は1.047、HO/仕込みS(モル/モル)は1.50、NaOH/仕込みS(モル/モル)は1.050であった。
【0123】
攪拌機の回転数250rpmで攪拌しながら、220℃の温度で前段重合を開始した。前段重合開始から3時間後に、反応液の一部をサンプリングし、残存pDCB量を測定して計算した結果、pDCBの転化率は90%であった。
【0124】
次いで、オートクレーブの内容物を攪拌しながら、1,2,4−トリクロロベンゼン(TCB)8gを含むNMP溶液550gを圧入し、その15分後(pDCBの転化率は93%であった。)に、水500gを圧入し、前段重合を終了した。TCB/仕込みS(モル/モル)は、0.002であった。その後、攪拌機の回転数を400rpmに上げた。HO/仕込みS(モル/モル)は2.63であった。
【0125】
水の圧入後、255℃まで昇温し、この温度を維持して、4時間重合反応を継続させて、後段重合を行なった。
【0126】
後段重合終了後、室温付近まで冷却してから、オートクレーブの内容物を目開き150μmのスクリーンで粒状のポリマーを篩い分けした後、水5質量%を含む含水アセトンによる洗浄を3回、水洗を5回行い、洗浄した粒状の分岐状PPS樹脂(分岐状PPS−1)を得た。
【0127】
この粒状PPSを、105℃で13時間乾燥した。このようにして得られた粒状の分岐状PPS−1は、平均粒子径480μm、溶融粘度185Pa・sであった。溶融粘度の剪断速度依存度、溶融安定性、白色度、及び最大ドラフト比を測定した結果を表1に示す。なお、融点は277℃であり、収率は93.5%であった。
【0128】
[実施例2](分岐状PPS−2の調製)
TCBの添加を前段重合の後期でなく、pDCBと一緒に仕込み工程において添加するとともに、溶融粘度をPPS−1に合わせるため、pDCBの量を、pDCB/仕込みS(モル/モル)が1.045となるように少なくしたこと以外は、実施例1と同様にして粒状の分岐状ポリマーを得た。こうして得られた粒状の分岐状PPS−2は、平均粒子径510μm、溶融粘度177Pa・sであった。溶融粘度の剪断速度依存度、溶融安定性、白色度、及び最大ドラフト比を測定した結果を表1に示す。なお、融点は279℃であり、収率は94.0%であった。
【0129】
[比較例](直鎖型PPS−Lの調製)
TCBを使用しなかったこと、及び、溶融粘度をPPS−1、PPS−2に合わせるために、pDCBの量を少なくして、pDCB/仕込みS(モル/モル)が1.025となるようにしたこと以外は、実施例1と同様にして、粒状のポリマーを得た。得られた直鎖型PPS−Lは、平均粒子径450μm、溶融粘度180Pa・sであった。溶融粘度の剪断速度依存度、溶融安定性、白色度、及び最大ドラフト比を測定した結果を表1に示す。なお、収率は87%であった。
【0130】
【表1】
【0131】
本発明の分岐状PAS樹脂である実施例1及び2の分岐状PPSは、曳糸性に優れたものであり、温度310℃、孔数36個、孔径0.25mmの溶融紡糸口金を使用して、1500m/分の紡糸速度で未延伸糸を72時間製造したところ、支障なく、糸を形成することができた。
【0132】
これに対し、比較例1の直鎖型PPSであるPPS−Lについて、同じ紡糸を行ったところ、1時間で糸切れが発生し、その後も糸切れが頻発した。72時間後に紡糸口金を観察したところ、着色した液状物や炭化した樹脂が付着していた。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明の分岐状PAS樹脂及び分岐状PAS樹脂の製造方法は、耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、電気特性、及び、寸法安定性などの機能バランスを損なうことなく、紡糸やフィルム成形など、押出と延伸とを伴う製品の成形に際して、安定した成形が可能で、操業性に優れたPAS樹脂を提供することができるので、従来PAS樹脂について知られているPAS樹脂単独での用途や、他繊維または他材料と組み合せて使用される各種用途に広範に使用可能である。特に、本発明の分岐状PAS樹脂は、ノズルなどの樹脂吐出孔に汚れを生じることなく、糸切れなく高速度で紡糸を行うことができるので、各種繊維製品の用途、例えば、バグフィルター用のろ布として有用である。