特許第5832436号(P5832436)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5832436悪性黒色腫の診断マーカー、ヒスタチン−1タンパク質の機能抑制物質を含有する医薬組成物、および、免疫抑制剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5832436
(24)【登録日】2015年11月6日
(45)【発行日】2015年12月16日
(54)【発明の名称】悪性黒色腫の診断マーカー、ヒスタチン−1タンパク質の機能抑制物質を含有する医薬組成物、および、免疫抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/00 20060101AFI20151126BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20151126BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20151126BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20151126BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20151126BHJP
【FI】
   A61K37/02ZNA
   A61K48/00
   A61K35/12
   A61K35/76
   A61P37/06
【請求項の数】4
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2012-529615(P2012-529615)
(86)(22)【出願日】2011年8月18日
(86)【国際出願番号】JP2011068702
(87)【国際公開番号】WO2012023588
(87)【国際公開日】20120223
【審査請求日】2014年7月16日
(31)【優先権主張番号】特願2010-184150(P2010-184150)
(32)【優先日】2010年8月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】谷口 智憲
(72)【発明者】
【氏名】河上 裕
【審査官】 加藤 文彦
(56)【参考文献】
【文献】 Journal of Infectious Diseases,2004年,Vol.190, No.2,p.356-364
【文献】 Journal of Dental Research,1990年,Vol.69, No.1,p.2-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
A61K 35/12
A61K 35/76
A61K 48/00
A61P 37/06
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒスタチン−1タンパク質を含有する、免疫抑制剤。
【請求項2】
ヒスタチン−1タンパク質を発現する発現ベクターを含有する、請求項1に記載の免疫抑制剤。
【請求項3】
前記発現ベクターによって形質転換された形質転換細胞を含有する、請求項2に記載の免疫抑制剤。
【請求項4】
免疫抑制性樹状細胞の製造方法であって、
ヒトまたはヒト以外の脊椎動物から単離した単球を、ヒスタチン−1タンパク質の存在下で分化させる工程を含む、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、悪性黒色腫の診断マーカー、ヒスタチン−1タンパク質の機能抑制物質を含有する医薬組成物、および、免疫抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性黒色腫は、皮膚悪性腫瘍のうち、メラノサイトあるいは母斑細胞が悪性化した腫瘍であり、白色人種で特に発症率が高く、大変悪性度の高い腫瘍である。しかしながら、病期I〜IIに分類される悪性黒色腫の場合、患者の予後は良好であり、適切な診断法による早期発見が重要である。現在、悪性黒色腫に罹患しているか否かの診断、および病期診断には、腫瘍組織の生検診断が行われている。
【0003】
ヒスタチン−1タンパク質は、唾液に含まれるタンパク質として知られ(例えば、Vitorino R. et al., Biomed. Chromatogr. 19 (3): 214-222, 2005参照)、抗菌作用を有することが知られている(例えば、特開2005−154338号公報参照)。一方、ヒスタチン−1遺伝子やヒスタチン−1タンパク質と、がんとの関連を示す知見は報告されていない。
【0004】
また、ヒスタチン−1遺伝子やヒスタチン−1タンパク質と、免疫抑制メカニズムとの関連を示す知見も報告されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、悪性黒色腫の診断マーカー、新規な医薬組成物、および、新規な免疫抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、悪性黒色腫患者の生体試料に、ヒスタチン−1mRNAおよびヒスタチン−1タンパク質が検出されることを見出し、悪性黒色腫の診断するためのバイオマーカーを発明するに至った。
【0007】
すなわち、本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫の診断をするためのバイオマーカーであって、ヒスタチン−1mRNAあるいはヒスタチン−1タンパク質であることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る測定方法は、採取された生体試料において、ヒスタチン−1mRNAあるいはヒスタチン−1タンパク質の含有量を測定する工程を含むことを特徴とする。ここで、生体試料は、皮膚または血液であることが好ましい。
【0009】
本発明に係る、悪性黒色腫に対する薬剤の効果を判定するための方法は、ヒトまたはヒト以外の悪性黒色腫に罹患した脊椎動物に前記薬剤を投与する前後に前記脊椎動物から採取された生体試料に対し、ヒスタチン−1mRNAあるいはヒスタチン−1タンパク質の含有量を測定する工程(1)と、工程1の測定値を、前記薬剤を投与する前と後で比較する工程(2)と、を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係る、悪性黒色腫に対する薬剤の効果を判定するための方法は、ヒトまたはヒト以外の悪性黒色腫に罹患した脊椎動物に前記薬剤を投与した後に、前記脊椎動物から採取された生体試料に対し、ヒスタチン−1mRNAあるいはヒスタチン−1タンパク質の含有量を測定する工程(1)と、前記悪性黒色腫に罹患した脊椎動物と健常脊椎動物を判別するための、ヒスタチン−1mRNAあるいはヒスタチン−1タンパク質の含有量の閾値と、工程1の測定値とを比較する工程(2)と、を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明に係る、ヒトまたはヒト以外の悪性黒色腫に罹患した脊椎動物に対する治療薬をスクリーニングする方法は、治療薬の候補物質投与前の悪性黒色腫モデル動物から、生体試料を採取する工程(1)と、前記悪性黒色腫モデル動物に、治療薬の候補物質を投与する工程(2)と、前記候補物質を投与後の前記悪性黒色腫モデル動物から、生体試料を採取する工程(3)と、工程1および3で採取された生体試料に対し、ヒスタチン−1mRNAあるいはヒスタチン−1タンパク質の含有量を測定する工程(4)と、工程4の測定値を、前記治療薬の候補物質投与前と後で比較する工程(5)と、を含むことを特徴とする。
【0012】
また、本発明者らは、ヒスタチン−1遺伝子、およびヒスタチン−1タンパク質と、悪性黒色腫の細胞遊走能との関連を見出し、ヒスタチン−1タンパク質の機能抑制物質を含有する医薬組成物を発明するに至った。
【0013】
すなわち、本発明に係る医薬組成物は、ヒスタチン−1タンパク質の機能を抑制する機能抑制物質を含有することを特徴とする。ここで、機能抑制物質は、ヒスタチン−1タンパク質に対する特異的抗体、あるいは、ヒスタチン−1タンパク質の発現を抑制する発現抑制物質であることが好ましく、発現抑制物質は、siRNAであることがより好ましい。
【0014】
本発明に係る悪性黒色腫治療用薬剤は、上記いずれかの、ヒスタチン−1タンパク質の機能を抑制する機能抑制物質を含有することを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明者らは、単球にヒスタチン−1タンパク質を作用させることにより、免疫抑制性樹状細胞が分化することを見出し、本発明に係る免疫抑制剤を発明するに至った。
【0016】
すなわち、本発明に係る免疫抑制剤は、ヒスタチン−1タンパク質を含有することを特徴とする。ここで、本発明に係る免疫抑制剤は、ヒスタチン−1タンパク質を発現する発現ベクターを含有していても、あるいは、ヒスタチン−1タンパク質を発現する発現ベクターによって形質転換された形質転換細胞を含有していてもよい。
【0017】
本発明に係る免疫抑制性樹状細胞の製造方法は、ヒトまたはヒト以外の脊椎動物から単離した単球を、ヒスタチン−1タンパク質の存在下で分化させる工程を含むことを特徴とする。
【0018】
本発明に係る免疫抑制性樹状細胞は、ヒトまたはヒト以外の脊椎動物から単離した単球を、ヒスタチン−1タンパク質の存在下で分化させる工程を含む製造方法により、製造されたことを特徴とする。本発明に係る免疫抑制剤は、この免疫抑制性樹状細胞を含有していてもよい。
【0019】
==クロスリファレンス==
本出願は、2010年8月19日付で出願した日本国特許出願2010−184150に基づく優先権を主張するものであり、当該基礎出願を引用することにより、本明細書に含めるものとする。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施形態において、ヒト悪性黒色腫細胞株におけるヒスタチン−1mRNAの発現を示す図である。
図2】本発明の一実施形態において、悪性黒色腫患者のセンチネルリンパ節転移巣におけるヒスタチン−1mRNAの高発現群と低発現群における生存率を示すグラフである。
図3】本発明の一実施形態において、ヒト悪性黒色腫細胞株C32melにヒスタチン−1タンパク質を添加した場合の、細胞遊走能の上昇を示すグラフである。
図4】本発明の一実施形態において、ヒト悪性黒色腫細胞株SKmel23においてヒスタチン−1遺伝子をノックダウンした場合の、細胞遊走能の低下を示すグラフである。
図5】本発明の一実施形態において、ヒト悪性黒色腫細胞株A375においてヒスタチン−1遺伝子を強制発現させた場合の、細胞遊走能の上昇を示すグラフである。
図6】本発明の一実施形態において、腫瘍なし(非担癌)、ヒスタチン−1非発現腫瘍細胞(MOCK)、ヒスタチン−1発現腫瘍細胞(ヒスタチン−1)をそれぞれマウスに移植した場合の、所属リンパ節への移植細胞の浸潤および転移を示すFACS解析図(A)、および、MOCK群、ヒスタチン−1群の各個体における結果の分布図(B)である。
図7】本発明の一実施形態において、腫瘍なし(非担癌)、ヒスタチン−1非発現腫瘍細胞(MOCK)、ヒスタチン−1発現腫瘍細胞(ヒスタチン−1)をそれぞれマウスに移植した場合の、肺組織への移植細胞の浸潤および転移を示すFACS解析図(A)、および、MOCK群、ヒスタチン−1群の各個体における結果の分布図(B)である。
図8】本発明の一実施形態において、単球にヒスタチン−1タンパク質を作用させて分化させた樹状細胞の、IL−12(A)、TNF−α(B)、IL−10(C)の産生量を示すグラフである。
図9】本発明の一実施形態において、単球にヒスタチン−1タンパク質を作用させて分化させた樹状細胞の、各細胞表面マーカーの発現を示した図である。
図10】本発明の一実施形態において、単球にヒスタチン−1タンパク質を作用させて分化させた樹状細胞とT細胞を共培養した場合の、T細胞によるIFN−γの産生量を示すグラフである。
図11】本発明の一実施形態において、ヒスタチン−1タンパク質を強制発現させた397melをヌードマウスに移植し、397mel由来の腫瘍組織または脾臓から単離された樹状細胞をT細胞と共培養した場合の、T細胞によるIFN−γの産生量を示すグラフである。なお、陰性対照として、ヒスタチン−1タンパク質を強制発現させていない397melを用いた。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。
【0022】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0023】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0024】
ここで、本明細書における悪性黒色腫は、悪性黒子型黒色腫、表在拡大型黒色腫、結節型黒色腫、末端黒子型黒色腫、および、これらの中間型黒色腫等を含む全ての悪性黒色腫を指すものとし、その進行度によって制限されない。
【0025】
==バイオマーカー==
本明細書において、悪性黒色腫の診断をするためのバイオマーカー(診断マーカー)は、悪性黒色腫罹患動物を高確率で特定できる診断マーカー(罹患マーカー)、悪性黒色腫の病期を判定できる診断マーカー(病期マーカー)、悪性黒色腫の悪性度を判定できる診断マーカー(悪性度マーカー)、悪性黒色腫罹患動物の予後または余命を判定するための診断マーカー(予後マーカー)、悪性黒色腫の浸潤能や転移能を判定できる診断マーカー(浸潤能マーカーや転移能マーカー)などを含む。
【0026】
本発明に係るバイオマーカーは、ヒスタチン−1遺伝子の発現量の指標となるものであって、ヒスタチン−1mRNAおよびヒスタチン−1タンパク質である。診断対象の脊椎動物から採取した生体試料中のバイオマーカーの含有量を測定することにより、その個体における悪性黒色腫の診断、および悪性黒色腫に対する薬剤の判定やスクリーニングをすることができる。
【0027】
なお、診断対象の動物は、本発明に係るバイオマーカーを有する脊椎動物であればヒトでもヒト以外でもよいが、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウマ、ヒツジ、ウサギ、ブタ、サル等の哺乳動物であることが好ましく、ヒトであることが最も好ましい。また、脊椎動物の年齢、性別は制限されない。
【0028】
ここで、バイオマーカーの含有量(以下、バイオマーカー量とも称する)とは、バイオマーカーの絶対濃度が好ましいが、バイオマーカーの絶対濃度と相関して各個体における絶対濃度の比較ができる値であれば制限されず、相対濃度や、単位体積当たりの含有量や、絶対濃度を知るために測定した生データ等であってもよい。
【0029】
==バイオマーカーの測定方法==
本発明では、診断対象の動物から採取した生体試料において、ヒスタチン−1遺伝子の発現量を測定することにより、悪性黒色腫の診断をする。ヒスタチン−1遺伝子の発現量を測定するための生体試料の種類は、特に限定されないが、生体試料採取の容易さを考慮すると、診断対象の動物において悪性黒色腫が疑われる皮膚組織、または診断対象の動物の血液であることが好ましい。ヒスタチン−1遺伝子の発現量は、例えば、当業者に周知の方法を用いてヒスタチン−1mRNAまたはヒスタチン−1タンパク質の含有量を測定することにより、測定することができる。
【0030】
[ヒスタチン−1mRNA]
ヒスタチン−1mRNAは、診断対象の動物から採取した生体試料において、例えば、ヒスタチン−1mRNAに特異的なプローブを用いたin situ hybridization 法によってヒスタチン−1mRNAを検出することにより、測定することができる。予め作成した、生体試料における標識量とヒスタチン−1mRNAの含有量との検量線と、診断対象の生体試料における標識量とを比較することにより、診断対象の生体試料におけるヒスタチン−1mRNAの含有量を算出することができる。あるいは、当業者に周知の方法に従い、生体試料から単離したmRNAに対するcDNAを調製し、ヒスタチン−1に特異的なプライマーペアを用いたPCRによってヒスタチン−1mRNAの含有量を測定してもよい。または、生体試料からRNAを単離し、ヒスタチン−1mRNAに特異的なプローブを用いたノーザン・ブロット法によってヒスタチン−1mRNAを検出してもよい。このように検出したヒスタチン−1mRNAは、予め作成した検量線と比較することによって、その生体試料における含有量を算出することができる。
【0031】
[ヒスタチン−1タンパク質]
ヒスタチン−1タンパク質の含有量は、診断対象の動物から採取した生体試料において、例えば、ヒスタチン−1タンパク質に対する特異的抗体を用いて測定することができる。ヒスタチン−1タンパク質に対する特異的抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、由来する動物種により制限されない。なお、抗体は、免疫グロブリン全長からなる抗体、および、部分抗体を含む。部分抗体とは、抗原結合部位を含み、抗原結合活性を有する抗体の断片であって、Fab断片やF(ab’)断片を例示できる。
【0032】
皮膚組織等の生体試料においてヒスタチン−1タンパク質の含有量を測定する場合、例えば、免疫組織化学的手法を用いて、ヒスタチン−1タンパク質を検出してもよい。あるいは、当業者に周知の方法によって、診断対象の動物の組織からタンパク質を抽出し、ウエスタンブロット法によってヒスタチン−1タンパク質を検出してもよい。このように検出したヒスタチン−1タンパク質は、予め作成した検量線と比較することによって、その組織における含有量を算出することができる。一方、生体試料が血液の場合、ヒスタチン−1タンパク質の含有量は、公知の方法によって測定でき、例えば、直接競合法、間接競合法、サンドイッチ法等のELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法、RIA(radioimmunoassay)法、フローメトリー法、イムノクロマトグラィー等の周知の方法を用いることができる。なお、測定に供する血液には、前処理をしておくことが好ましい。例えば、静置や遠心分離などによって血液から血清または血漿を分離し、取り出した血清または血漿を測定に用いることが好ましい。
【0033】
この方法で用いられる、バイオマーカーを検出するためのプローブ、抗体は、可視化のために標識されていることが好ましく、標識物質としては、蛍光物質(例えば、FITC、ローダミン、ファロイジン等)、金等のコロイド粒子、Luminex(登録商標、ルミネックス社)等の蛍光マイクロビーズ、重金属(例えば、金、白金等)、色素タンパク質(例えば、フィコエリトリン、フィコシアニン等)、放射性同位体(例えば、H、14C、32P、35S、125I、131I等)、酵素等(例えば、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、ビオチン、ストレプトアビジン等の物質を例示できるが、これらに限定されない。
【0034】
==バイオマーカーの使用方法==
本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫の罹患の診断、あるいは悪性黒色腫の病期の診断などの、悪性黒色腫の診断に用いることができる。
【0035】
[悪性黒色腫の罹患の診断]
本発明に係るバイオマーカーを用いて、ある動物が悪性黒色腫に罹患しているかどうか診断するために、例えば、予め、診断のためのバイオマーカー量の範囲、あるいは閾値を決めておく。
【0036】
具体的には、悪性黒色腫に罹患していると診断された複数の脊椎動物(本明細書では罹患動物とも称する)、および悪性黒色腫に罹患していないと診断された複数の脊椎動物(本明細書では健常動物とも称する)の生体試料中のバイオマーカー量を測定し、各々の分布の範囲を算出しておく。診断対象である脊椎動物の生体試料のバイオマーカー量が、罹患動物のバイオマーカー量の範囲に入る場合は、悪性黒色腫に罹患しているとする。あるいは、健常動物のバイオマーカー量の範囲に入る場合は、悪性黒色腫に罹患していないとする。あるいは、診断には、健常動物のバイオマーカー量の範囲だけを用い、その範囲に入る場合は健常と診断し、その範囲外であるときは、悪性黒色腫に罹患しているとしてもよい。
【0037】
また、健常動物の生体試料中のバイオマーカー量の範囲として、診断対象となる脊椎動物個体自身の健常時における生体試料中のバイオマーカー量を予め測定し、健常時のバイオマーカー量の範囲を算出しておき、診断時のバイオマーカー量を、健常時のバイオマーカー量の範囲と比較してもよい。そして、診断時のバイオマーカー量が、健常時のバイオマーカー量の範囲に入る場合は、悪性黒色腫に罹患していないとする。
【0038】
ここで、罹患動物または健常動物の生体試料中のバイオマーカー量の範囲は、上述したように、実際の含有量の分布範囲と一致させても良いが、複数の脊椎動物の生体試料中のバイオマーカーの測定値の平均値に標準偏差を減じた値から平均値に標準偏差を加えた値までの範囲としてもよく、平均値の下限値から上限値までの範囲としてもよく、特に限定されるものではない。また、罹患動物と健常動物を区別するための閾値の決定方法は、当業者の定法に従えばよい。例えば、罹患動物が、閾値以上にできるだけ高い割合で含まれ、健常動物が、閾値未満にできるだけ高い割合で含まれるように閾値を決定することによって、診断対象の動物が悪性黒色腫に罹患しているか否かをより正確に診断することが可能である。
【0039】
なお、本発明に係るバイオマーカーによる悪性黒色腫の罹患の診断を、従来の目視や生検法などと組み合わせて行ってもよい。
【0040】
[悪性黒色腫の病期の診断]
悪性黒色腫の病期は、一般にI期からIV期までの4段階に分類される。I期が最も軽度で、IV期が最も進行している。本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫の病期(進行度)の診断に用いてもよい。
【0041】
具体的には、予め、複数の健常動物、および、I期、II期、III期、IV期の悪性黒色腫に罹患した複数の脊椎動物の生体試料のバイオマーカー量を測定し、上記「悪性黒色腫の罹患の診断」の記載と同様にして、悪性黒色腫の各病期に対応するバイオマーカー量の範囲、あるいは各病期を区分できる閾値を設定する。そして、診断対象の脊椎動物のバイオマーカー量がいずれの病期の範囲に入るかに従って、悪性黒色腫の進行度を診断してもよい。
【0042】
[悪性黒色腫の治療後の予後の診断]
悪性黒色腫の罹患動物において、その病期が軽度の場合に動物の予後が良好であり、病期が進行している場合に予後が不良である、との傾向が知られる。例えば、I期、II期、III期、IV期のそれぞれについて、治療開始後5年以上の生存率(5年生存率)がおおよそ95〜100%、70〜80%、50〜60%、10%前後であると考えられている。従って、本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫の治療後の予後の診断に用いてもよい。すなわち、診断時のバイオマーカー量が高いほど予後が悪いとし、低いほど予後が良好であるとする。あるいは、診断時のバイオマーカー量が所定の値より高い場合に予後が悪いとし、低い場合に予後が良好であるとしてもよい。
【0043】
本発明に係る予後の診断は、悪性黒色腫の治療開始前に行っても、治療中に行っても、あるいは治療終了後に行ってもよく、それぞれの時点で予測される予後を診断できる。
【0044】
ここで、予後が良好とは、悪性黒色腫の治療後の見通しが良好であることであり、予後が不良とは、悪性黒色腫の治療後の見通しが良くないことである。例えば、予後の指標として、治療開始後の生存年数に対応する、バイオマーカー量の範囲や閾値を予め設定しておいてもよい。あるいは、がん患者の予後を判断する基準として一般に用いられる、5年生存率を基準にし、治療開始後5年以上の生存が予測される場合を予後が良好、5年未満で死亡が予測される場合を予後が不良と診断できるように、良好の場合と不良の場合のそれぞれに対応する、バイオマーカー量の範囲や閾値を予め設定しておいてもよい。
【0045】
[悪性黒色腫の浸潤能および転移能の診断]
本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫の浸潤能および転移能、並びに悪性度の診断に用いることができる。
【0046】
具体的には、予め、複数の健常動物、および、浸潤能または転移能の異なる悪性黒色腫に罹患した複数の脊椎動物の生体試料のバイオマーカー量を測定し、上記「悪性黒色腫の罹患の診断」同様に、悪性黒色腫の浸潤能または転移能に対応するバイオマーカー量の範囲、あるいは、浸潤能または転移能の高低を判定できる閾値を設定する。そして、診断対象の脊椎動物のバイオマーカー量がいずれの範囲に入るかに従って、悪性黒色腫の浸潤能または転移能を診断することができる。すなわち、診断時のバイオマーカー量が高いほど浸潤能または転移能が高いとし、低いほど浸潤能または転移能が低いとする。あるいは、診断時のバイオマーカー量が所定の値より高い場合に浸潤能または転移能が高いとし、低い場合に浸潤能または転移能が低いとしてもよい。
【0047】
[悪性黒色腫の悪性度の診断]
腫瘍について、腫瘍細胞の増殖速度が速い、浸潤能が高い、転移能が高い、および/または、予後が不良である場合に、その悪性黒色腫は相対的に悪性度が高いという。一方、腫瘍細胞の増殖速度が遅く、浸潤能が低い、転移能が低い、および/または、予後が良好である場合に、その悪性黒色腫は相対的に悪性度が低いという。従って、本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫の悪性度の診断に用いることができる。すなわち、診断時のバイオマーカー量が高いほど悪性度が高いとし、低いほど悪性度が低いとする。あるいは、診断時のバイオマーカー量が所定の値より高い場合に悪性度が高いとし、低い場合に悪性度が低いとしてもよい。
【0048】
[薬剤の効果の判定]
本発明に係るバイオマーカーは、悪性黒色腫に対する薬剤の効果の判定に用いることができる。
【0049】
疾患の治療薬は、個体によってその効果がばらつくことがある。従って、ある治療薬の薬効を、各個体において調べることは非常に有益であり、本発明のバイオマーカーを用いれば、容易に悪性黒色腫の治療薬の薬効を調べることができる。例えば、悪性黒色腫の治療薬を投薬する前後で、本発明に係るバイオマーカーを用いて、悪性黒色腫を診断することにより、悪性黒色腫が改善されたかどうか判断でき、それによって、投薬した治療薬の薬効を判断することができる。
【0050】
[悪性黒色腫に効果のある薬剤のスクリーニング]
本発明に係るバイオマーカーを悪性黒色腫のモデル動物に用いて、悪性黒色腫の治療に効果がある化合物を同定することができる。例えば、悪性黒色腫のモデル動物に悪性黒色腫の治療薬の候補である化合物を投与し、投与前後で生体試料を採取し、本発明に係るバイオマーカーを用いて、悪性黒色腫を診断し、悪性黒色腫が改善されたかどうか判断すれば良い。このように、本発明のバイオマーカーを用いることにより、悪性黒色腫の治療に効果がある化合物を容易にスクリーニングすることも可能である。
【0051】
[罹患動物に最も効果のある薬剤のスクリーニング]
個体によって薬効が異なる薬剤の場合、悪性黒色腫に罹患した脊椎動物に複数の薬剤を個別に投与した後、薬剤ごとにバイオマーカーによって診断することにより、その個体にとって最も有効な薬剤をスクリーニングすることも可能である。
【0052】
==医薬組成物==
本発明に係る医薬組成物は、ヒスタチン−1タンパク質の機能を抑制する機能抑制物質を含有することを特徴とする。
【0053】
ここで、ヒスタチン−1タンパク質の機能抑制物質は、医薬組成物の投与対象の動物において、本来機能すべき細胞全体でヒスタチン−1タンパク質の機能を低下させる物質であれば、そのメカニズムに制限はなく、ヒスタチン−1タンパク質自体の機能を阻害する物質であっても、あるいは、ヒスタチン−1タンパク質の発現を抑制することによって機能を抑制する発現抑制物質であってもよい。ヒスタチン−1タンパク質自身の機能を抑制する物質は、例えば、ヒスタチン−1タンパク質の細胞における作用機序を阻害することによってヒスタチン−1タンパク質の機能を抑制する物質であっても、ヒスタチン−1タンパク質自体に作用してヒスタチン−1タンパク質の機能を抑制する物質であってもよい。ヒスタチン−1タンパク質の細胞における作用機序を阻害する物質としては、例えば、1,4-Diamino-2,3-dicyano-1,4-bis(2-aminophenylthio)butadiene(U0126、Oudhoff MJ et al., FASEB J. 22: 3805 2008 参照)等が挙げられる。また、ヒスタチン−1タンパク質自体に作用する物質としては、例えば、ヒスタチン−1タンパク質に対する特異的抗体等が挙げられる。ここで、ヒスタチン−1タンパク質に対する特異的抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、由来する動物種により制限されない。なお、抗体は、免疫グロブリン全長からなる抗体、および、部分抗体を含む。部分抗体とは、抗原結合部位を含み、抗原結合活性を有する抗体の断片であって、Fab断片やF(ab’)断片を例示できる。発現抑制物質は、ヒスタチン−1遺伝子の発現を抑制することができる物質であれば制限はなく、ヒスタチン−1遺伝子の転写産物あるいはその一部に対するアンチセンス核酸、ヒスタチン−1遺伝子の転写産物に対するリボザイム活性を持った核酸、ヒスタチン−1遺伝子に対するsiRNA、shRNA、miRNA、アプタマー、デコイなどが例示できる。これらの核酸を使用する方法は当業者の技術常識であり、そのための核酸も、当業者は容易に設計できる。これらの核酸は、化学合成し、そのまま医薬組成物として用いることができるが、RNAの場合、そのRNAを発現するように好適な発現ベクターを医薬組成物とし、剤形化した後、投与対象の罹患動物に投与することによって、その体内でRNAを発現させてもよい。
【0054】
このような医薬組成物は、当業者に周知の方法で剤形化し、悪性黒色腫治療用薬剤を調製することができる。悪性黒色腫治療用薬剤の剤形化には、当業者に周知の薬学的に許容される担体、希釈剤、腑形剤等の製剤用添加物が用いられる。その形態は本医薬剤を投与対象の動物体内の患部に送達するために適切な剤形であれば特に特定されず、例えば、経口剤として、錠剤、カプセル、顆粒、散剤、シロップ、腸溶剤、徐放性カプセル、カシュー、咀嚼錠、ドロップ、丸剤、内用液剤、菓子錠剤、徐放錠、徐放性顆粒等に剤形化してもよい。また、注射剤に剤形化してもよい。本医薬剤には、上記製剤用添加物の他、異なる医薬組成物を配合することもできる。
【0055】
このように調製した悪性黒色腫治療用薬剤の投与対象は、ヒスタチン−1タンパク質を有する範囲で特に限定されないが、脊椎動物であることが好ましく、ヒトでもヒト以外でもよいが、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウマ、ヒツジ、ウサギ、ブタ、サル等の哺乳動物であることがより好ましく、ヒトであることが最も好ましい。また、脊椎動物の年齢、性別は制限されない。
【0056】
また、投与部位は、皮内投与、皮下投与、静脈内投与、リンパ節投与、腹腔内投与などが考えられ、治療者が適宜選択すれば良い。
【0057】
==免疫抑制剤==
本発明に係る免疫抑制剤は、ヒスタチン−1タンパク質、ヒスタチン−1タンパク質を発現する発現ベクター、ヒスタチン−1タンパク質を発現する発現ベクターによって形質転換された形質転換細胞、あるいはヒスタチン−1タンパク質を単球に作用させて分化させた免疫抑制性樹状細胞を含有する。
【0058】
免疫抑制剤の投与対象は、脊椎動物であることが好ましく、ヒトでもヒト以外でもよいが、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウマ、ヒツジ、ウサギ、ブタ、サル等の哺乳動物であることがより好ましく、ヒトであることが最も好ましい。また、脊椎動物の年齢、性別は制限されない。
【0059】
ここで、免疫抑制剤に関し、ヒスタチン−1タンパク質、発現ベクター、形質転換細胞のようにヒスタチン−1タンパク質を、直接的又は間接的に投与する場合、ヒスタチン−1タンパク質は、免疫抑制剤の投与対象の動物に由来することが好ましいが、免疫抑制剤の投与対象の動物に由来する単球に作用して、単球を、免疫抑制性の樹状細胞に分化するように誘導する作用を持つ範囲で制限されず、例えば、免疫抑制剤の投与対象がヒトの場合、GenBank M26664 に登録されたタンパク質(MKFFVFALVLALMISMISADSHEKRHHGYRRKFHEKHHSHREFPFYGDYGSNYLYDN、配列番号1)からシグナル配列を除去したヒトヒスタチン−1タンパク質(DSHEKRHHGYRRKFHEKHHSHREFPFYGDYGSNYLYDN、配列番号2)だけでなく、ヒト単球を免疫抑制性の樹状細胞に分化させる作用を持つ他の動物種のホモログ(オーソログを含む)も含むものとする。また、免疫抑制性樹状細胞を投与する場合、免疫抑制性樹状細胞が由来する動物に由来することが好ましいが、その動物から取得した単球を、免疫抑制性の樹状細胞に分化するように誘導する作用を持つ範囲で制限されず、例えば、その動物がヒトの場合、ヒトヒスタチン−1タンパク質だけでなく、ヒト単球を免疫抑制性の樹状細胞に分化させる作用を持つ他の動物種のホモログ(オーソログを含む)も含むものとする。なお、この免疫抑制性樹状細胞が由来する動物は、免疫抑制剤の投与対象の動物と同じ種類であることが好ましいが、実施目的に重大な問題のない限り、投与対象の動物他以外の動物種であっても構わず、実施者が適宜動物種を選択してもよい。
【0060】
なお、免疫抑制剤に含まれるヒスタチン−1タンパク質は、所望の免疫抑制機能を有する範囲で、数アミノ酸残基(例えば、10アミノ酸残基、好ましくは8アミノ酸残基、より好ましくは6アミノ酸残基、さらに好ましくは4アミノ酸残基、さらに好ましくは2アミノ酸残基)が欠失、挿入、または置換されたアミノ酸配列を有していてもよい。
【0061】
免疫抑制剤の投与対象の疾患には、関節リウマチや炎症性腸疾患などの自己免疫疾患臓や器移植後の移植片対宿主病(GVHD)等が挙げられる。
【0062】
ヒスタチン−1タンパク質の取得方法は特に制限されず、ペプチドを発現する細胞から単離・精製されたペプチドであっても、遺伝子組換え技術によって製造された組換えペプチドであっても、または周知の方法で化学合成したペプチドであってもよい。ヒスタチン−1タンパク質は、生体内で分解されにくくするような修飾が施されていてもよい。ヒスタチン−1タンパク質を発現する発現ベクターは、当業者に周知の遺伝子組換え技術を用い、ヒスタチン−1タンパク質をコードするDNAを好適な発現ベクターに挿入して調製することができる。また、形質転換細胞は、そのような発現ベクターを、当業者に周知の形質転換法によって細胞に導入して作製することができる。形質転換に用いる細胞の種類は特に限定されない。
【0063】
ヒスタチン−1タンパク質存在下で単球を分化させた免疫抑制性樹状細胞は、通常の樹状細胞に比較して、IL−12等の炎症性サイトカイン産生量が低く、IL−10等の抑制性サイトカイン産生量が高い。また、T細胞のIFN−γ産生量を低下させる作用を有している。さらに、NK細胞活性化に必要なULBP2の発現量は低下し、NKT細胞活性化に必要なCD1dの発現量も低下している。一方、免疫抑制性樹状細胞に多く発現することが知られるTLR5の発現量は、亢進している。従って、免疫抑制剤は、ヒスタチン−1タンパク質を単球に作用させて分化させた免疫抑制性樹状細胞を含んでいてもよい。
【0064】
ヒスタチン−1タンパク質を単球に作用させることによる、免疫抑制樹状細胞の調製は、当業者に周知の単球単離方法(例えば、Sumimoto H. et al., J. Exp. Med. 203: 1651-1656, 2006)、培養方法等を組み合わせて適宜行うことができるが、例えば、以下のようにして調製できる。
【0065】
まず、脊椎動物の末梢血から単核球(以下PBMCともいう)を単離した後、CD14陽性単球を単離する。PBMCの単離方法は特に制限されず、フィコール遠心分離法等、単離したいPBMCの種類によって当業者が適宜決定できる。そして、単離したPBMC分画から、さらに抗体結合磁気ビーズ分離法等によりCD14陽性単球を単離できる。単離したCD14陽性単球を、ヒスタチン−1タンパク質、GM−CSF、およびIL−4を加えた血清添加培地で培養する。ここで培地は、例えば、RPMI1640培地やAIM−V培地を使用することができる。また、培養時間は、最終的に免疫抑制性樹状細胞が得られる範囲で制限されないが、5〜6日間であることが好ましい。その後、さらにリポポリサッカロイドおよびヒスタチン−1タンパク質で刺激しながら培養することにより、樹状細胞を得ることができる。この培養工程において、培地は、例えば、RPMI1640培地やAIM−V培地を使用することができる。また、この培養時間は、最終的に免疫抑制性樹状細胞が得られる範囲で制限されないが、10〜18時間であることが好ましい。この際、ヒスタチン−1タンパク質の濃度は、特に制限されないが、5μg/ml以上であることが好ましく、10μg/ml以上であることがより好ましい。また、上限は、100μg/ml以下であることが好ましく、50μg/ml以下であることがさらに好ましく、20μg/ml以下であることがより好ましい。なお、培地交換は当業者の判断で適宜行うことができ、例えば、培養開始から2日毎に半量ずつ交換すればよい。
【0066】
免疫抑制剤の剤形化には、当業者に周知の薬学的に許容される担体、希釈剤、腑形剤等の製剤用添加物が用いられる。その形態は本医薬剤を投与対象の動物体内において、投与部位から免疫抑制剤を作用させたい部位に送達するために適切な剤形であれば特に特定されない。例えば、経口投与であれば、経口剤として、錠剤、カプセル、顆粒、散剤、シロップ、腸溶剤、徐放性カプセル、カシュー、咀嚼錠、ドロップ、丸剤、内用液剤、菓子錠剤、徐放錠、徐放性顆粒等に剤形化してもよい。また、皮内投与、皮下投与、静脈内投与、リンパ節投与、腹腔内投与などであれば、注射剤に剤形化してもよい。このように、投与部位およびそれに応じた剤形は、治療者が適宜選択すれば良い。なお、本医薬剤には、上記製剤用添加物の他、異なる医薬組成物を配合することもできる。
【実施例】
【0067】
[悪性黒色腫細胞株]
以下の実施例で用いる、397mel、501mel、526mel、624mel、888mel、928mel、938mel、1102mel、A375、C32mel、G361mel、Malme3M、SKmel23、SKmel28、およびWM266は、米国国立衛生研究所のRousenberg博士より入手した。MMG1は信州大学斎田博士より入手した。これらの細胞株は、特記しない限り、10%FBS添加RPM1640培地において、95%Air−5%CO、37℃で維持した。メラノサイトは、kurabo社より購入し、ヒトメラノサイト増殖サプリメント(HGMS)添加154S培地において、95%Air−5%CO、37℃で培養した。
【0068】
[実施例1]
本実施例では、ヒスタチン−1が悪性黒色腫細胞株に発現していることを示す。
【0069】
==ヒスタチン−1遺伝子発現解析==
RNeasy total RNA isolation kit(Qiagen 社)を用い、各悪性黒色腫細胞株から全RNAを抽出した。このRNAから、reverse Superscript III reverse-transcriptase and oligo(dT) primers(インビトロジェン社)を用いてcDNAを調製した。このcDNAを用い、以下のプライマーペアを用いて35サイクルのPCR(変性:94℃、30秒;アニーリング:57℃、30秒;伸長:72℃、60秒)を行い、ヒスタチン−1のmRNA発現を解析した。なお、内部標準として、GAPDHを用いた。
Histatin-1-F: cgctgattcacatgaaaagagac(配列番号3)
Histatin-1-R: agggaagtatcatgaaacacaga(配列番号4)
【0070】
発現解析の結果を図1に示す。解析に供した16種類のヒト悪性黒色腫細胞株のうち、501mel、526mel、624mel、888mel、928mel、1102mel、G361mel、およびSKmel23、の8種類では、ヒスタチン−1mRNAが発現していた。一方、正常メラノサイトにおいてはヒスタチン−1mRNAの発現は検出できなかった。以上の結果は、ヒスタチン−1が悪性黒色腫の診断マーカーとして使用できることを示している。
【0071】
[実施例2]
本実施例では、腫瘍組織のヒスタチン−1mRNAの発現と余命が相関することを示す。
【0072】
信州大学医学部にて、悪性黒色腫患者25名のセンチネルリンパ節転移巣を採取した。採取組織からRNAを単離して、TaqMan RNA-to-CT 1-Stepキットを用いて定量PCRを行い、各患者の組織におけるヒスタチン−1mRNAの発現を解析した。
【0073】
ヒスタチン−1mRNAの高発現群(13名)と低発現群(12名)について、ヒスタチン−1mRNA発現解析から90ヵ月後まで定期的に生存率を追跡した。ヒスタチン−1のmRNA発現量をGAPDHで標準化し、Logをとった値の中間点である−6.25を境界として、−6.25よりも高い値の群を高発現群、−6.25以下の値の群を低い発現群とした。
【0074】
図2に示すように、高発現群の患者の生存率は、低発現群の患者に比較して、観察期間中常に高い。この結果は、悪性黒色腫の腫瘍細胞のヒスタチン−1mRNAの発現量が、余命期間と相関することを示す。従って、ヒスタチン−1mRNAおよびヒスタチン−1タンパク質は悪性黒色腫の予後または余命のマーカーとして使用できる。
【0075】
[実施例3]
本実施例では、ヒスタチン−1タンパク質およびヒスタチン−1遺伝子発現が、悪性黒色腫の遊走能を上昇させること、および、ヒスタチン−1遺伝子のノックダウンによって悪性黒色腫の細胞遊走能が低下することを示す。
【0076】
==ヒスタチン−1タンパク質の添加==
C32melを3×10細胞/ウェルの密度で細胞遊走能解析用16ウェルプレート(CIM−plate 16、Roche Diagnostics GmbH 社)の上層ウェルに播種した。上層ウェルには、無血清RPMI1640培地を満たし、下層ウェルには、10%FBS添加RPMI1640培地を満たした。上層ウェルに、0、5、10、あるいは20μg/mlのヒスタチン−1タンパク質を加え、下記遊走能の解析に供した。
【0077】
==ヒスタチン−1遺伝子のノックダウン==
ヒスタチン−1mRNAにおける以下の2つの配列(配列番号5、6)を標的とした各siRNA50μMを、LipofectaAMINE2000(インビトロジェン社)1μl/ウェルを用いてSKmel23(4×10細胞/500μl/ウェル(24-well plate))にトランスフェクトした。なお、陰性対照のsiRNAには、Stealth RNAi Negative Control Low GC Duplex(インビトロジェン社)を用いた。
siRNA-target-seq2: UAUAGAUAAUUUGAUCCAUAGUCCC(配列番号5)
siRNA-target-seq3: AAAUCAUGAGAGCCAAGACUAAAGC(配列番号6)
トランスフェクションの効率を、BLOCK-iT Fluorescent Oligo(インビトロジェン社)により確認したところ、90%以上の高効率であった。
【0078】
siRNAを導入したSKmel23を1×10細胞/ウェルの密度で、CIM−plate 16の上層ウェルに播種し、下記遊走能の解析に供した。
【0079】
==ヒスタチン−1遺伝子の強制発現==
ヒスタチン−1cDNAを、pCSII-CMV-MCS-IRES (internal ribosomal site)-puroR-PREベクター(pCSII-CMV-MCS-PRE vector にピュロマイシン耐性カセットであるIRES-puroR を挿入して調製、独立行政法人理化学研究所三好博士より入手、Miyoshi H. et al., J. Virol. 72(10): 8150-8157, 1998)のマルチクローニングサイトにクローニングした。このヒスタチン−1cDNA挿入ベクターを、pCAG-HIVgp(第3世代パッケージングプラスミド)、pCMV-VSV-G-RSV-Rev(VSV-Gエンベロープタンパク質とRevタンパク質の発現プラスミド)と共にHEK293細胞にトランスフェクトし、HIV派生第3世代ヒスタチン−1発現ウイルス(以下、ヒスタチン−1発現ウイルスともいう)を調製した。培養上清を回収、濃縮して、ヒスタチン−1発現ウイルスストックとした。
【0080】
5×10細胞/2ml/ウェル(6-well plate)で播種したA375に対し、上記ヒスタチン−1発現ウイルスを15〜30μl/ウェル加え、感染させた。感染から4日後、A375をピュロマイシンで選択することにより、ヒスタチン−1遺伝子が強制発現されたA375を選択した。
【0081】
このA375細胞を、3×10細胞/ウェルの密度で、CIM−plate 16の上層ウェルに播種し、下記遊走能の解析に供した。
【0082】
==悪性黒色腫細胞の遊走能の解析==
CIM−plate 1の上層ウェルには、無血清RPMI1640培地を満たし、下層ウェルには、10%FBS添加RPMI1640培地を満たした。xCELLigenceシステム(Roche Diagnostics GmbH 社)のRTCA DPインスツルメントにプレートを設置し、95%Air−5%CO、37℃で15分ごとに細胞の遊走をモニターした。
【0083】
図3に示すように、ヒスタチン−1タンパク質を悪性黒色腫細胞に添加することにより、腫瘍細胞の遊走能が上昇した。
【0084】
図4に示すように、悪性黒色腫細胞のヒスタチン−1遺伝子をノックダウンすることによって腫瘍細胞の遊走能が低下した。
【0085】
図5に示すように、悪性黒色腫細胞のヒスタチン−1遺伝子を強制発現させることによって、腫瘍細胞の遊走能が上昇した。
【0086】
これらの結果は、ヒスタチン−1タンパク質が腫瘍細胞の遊走能に関与していること、そして、ヒスタチン−1タンパク質の機能抑制によって、悪性黒色腫細胞の遊走能を低下させることができることを示している。
【0087】
[実施例4]
本実施例では、ヒスタチン−1遺伝子を強制発現させた悪性黒色腫細胞では、浸潤能および転移能が亢進されることを示す。
【0088】
実施例3の「ヒスタチン−1遺伝子の強制発現」の記載に従い、A375にヒスタチン−1発現ウイルスを感染させ、ピュロマイシンを用いてヒスタチン−1が強制発現されたA375を選択した。
【0089】
さらに、実施例3の「ヒスタチン−1遺伝子の強制発現」に記載の方法において、ヒスタチン−1cDNAの代わりに改変型GFP遺伝子のcDNAをpCSII-CMV-MCS-PREベクターのマルチクローニングサイトにクローニングして、HIV派生第3世代GFP発現ウイルスを調製し、回収、濃縮してGFP発現ウイルスストックを得た。ピュロマイシンで選択されたヒスタチン−1遺伝子発現A375を5×10細胞/2ml/ウェル(6-well plate)で播種し、GFP発現ウイルスを15〜30μl/ウェル加え、感染させた。感染から4日後、GFPの発現を蛍光下で確認し(ほぼ100%のGFP発現を確認)、ヒスタチン−1・GFP発現A375を得た。
【0090】
ヌードマウス(BALB/c nu/nu 5週齢 ♀)の側腹部に個体あたり3〜5×10個のヒスタチン−1・GFP発現A375を移植し、2〜3週間飼育した(N=5)。その後、移植を行ったのと同側の所属リンパ節である脇下リンパ節、鼠径リンパ節、および肺を摘出し、脇下リンパ節と鼠径リンパ節は、無血清RPMI1640培地中でハサミにより細断して細胞を解離させた。肺組織に対しては、無血清RPMI1640培地中でハサミにより細断した後さらにコラゲナーゼ処理により細胞を解離させた。細胞移植自体を行っていない正常マウスを非腫瘍細胞群(N=5)とし、ヒスタチン−1cDNAを有していないウイルスを感染させた、ヒスタチン−1非発現・GFP発現A375を移植した群をMOCK群(N=4)とした。
【0091】
解離した細胞に含まれるGFP陽性細胞の割合を、FACSを用いて測定した。
【0092】
図6A、Bは、所属リンパ節(脇下リンパ節と鼠径リンパ節)から採取した細胞におけるGFP陽性細胞率を示す図である。ヒスタチン−1・GFP発現A375を移植した群(ヒスタチン−1)では、MOCK群に比較し、所属リンパ節から採取した細胞におけるGFP陽性細胞率が有意に高かった。
【0093】
図7A、Bは、肺組織から採取した細胞20000個中のGFP陽性細胞の数を示す図である。ヒスタチン−1・GFP発現A375を移植した群(ヒスタチン−1)では、MOCK群に比較し、肺から採取した細胞におけるGFP陽性細胞率が有意に高かった。
【0094】
GFP陽性細胞は側腹部に移植された細胞であるから、以上の結果は、ヒスタチン−1発現A375では、ヒスタチン−1非発現A375に比較して、所属リンパ節および肺への浸潤能および転移能が亢進されることを示している。
【0095】
このことから、悪性黒色腫のヒスタチン−1は、悪性黒色腫の浸潤能および転移能の診断マーカーとして使用できる。また、ヒスタチン−1の機能や発現を阻害することにより、悪性黒色腫の浸潤および転移を抑制する悪性黒色腫治療用薬剤になりうる。
【0096】
[実施例5]
本実施例では、ヒスタチン−1タンパク質を用いて、免疫抑制性樹状細胞を調製できることを示す。
【0097】
==樹状細胞の調製==
インフォームドコンセントを行った健常人から、慶應義塾大学医学部において採血を行った。この血液約100mlに対し、ヘパリン1ml程度を加え、Lymphoprep(Axis-Shield PoC、AS社)に重層して遠心した(2000rpm、30分、室温)。中間層を、PBMCが含まれるPBMC分画として分離した。このPBMCから、CD14 Micro−Beads(Miltenyi Biotec 社)を用いてCD14陽性単球を単離した。このCD14陽性単球を、2〜2.5×10細胞/ウェル/2mlの密度で、10%FCS添加RPMI1640培地に播種し、ここに、GM−CSF(100ng/ml)、IL−4(50ng/ml)、およびヒスタチン−1タンパク質(0、5、あるいは10μg/ml)を加えて培養した。2日に一回、培地の半量を交換して6日間培養を続け、樹状細胞を分化させた。この樹状細胞を洗浄して1〜2.0×10細胞/2ml/ウェルの密度で再播種し、ヒスタチン−1タンパク質(0、5、あるいは10μg/ml)とリポサッカロイド(1μg/ml)を添加し、さらに10〜18時間培養を続けた。なお、培養は、全段階で、5%CO、37℃で行った。
【0098】
培養終了後に培地を回収し、樹状細胞により産生され、培地中に分泌された、IL−10、TNF−α、IL−12をELISAキット(BD Biosciences Pharmingen 社)を用いて測定した。また、得られた樹状細胞について、細胞表面マーカーであるCD14、CD80、CD83、CD86、およびHLA−DRの発現をFACSにより測定した。
【0099】
図8に示すように、炎症性サイトカインであるIL−12およびTNF−αの量は、添加するヒスタチン−1タンパク質の濃度に依存して有意に低下した(A、B)。一方、抑制性サイトカインであるIL−10の量は、ヒスタチン−1タンパク質の濃度が5μg/mlの時に有意に上昇し、10μg/mlの時にも0μg/mlに比較して上昇した(C)。
【0100】
図9に示すように、ヒスタチン−1タンパク質を添加せずに樹状細胞を分化させた場合と、ヒスタチン−1タンパク質を添加して樹状細胞を分化させた場合とでは、ヒスタチン−1タンパク質濃度にかかわらず、いずれの場合も、得られた樹状細胞はCD14陰性であり(図9A)、CD80、CD83、CD86、およびHLA−DRの発現量は一定であった(図9B)。この結果は、ヒスタチン−1タンパク質を添加して分化させてもヒスタチン−1タンパク質を添加せずに従来法で分化させた樹状細胞と同様なマーカーの発現を示し、しかも、それはヒスタチン−1タンパク質濃度によらないことを示している。また、ヒスタチン−1タンパク質添加量にかかわらず、いずれの細胞表面マーカーの発現を示すピークも1つで、形状が一定である(図9B)ことから、ヒスタチン−1は単球の樹状細胞への分化を阻害しているわけではなく、ヒスタチン−1タンパク質を添加して得られた樹状細胞集団は、添加しないで得られた樹状細胞集団と同程度に均質であることを示している。
【0101】
このように、CD14陽性単球からヒスタチン−1タンパク質を添加して得られた樹状細胞集団は、ヒスタチン−1タンパク質添加量にかかわらず、ヒスタチン−1タンパク質を添加せずに分化させた樹状細胞集団とは、同じマーカー群を発現しながら、機能が抑制性であるという点で性質が異なっている。
【0102】
==樹状細胞によるT細胞の刺激==
T細胞を、上記健常人から採取した血液から、CD3 MACS beads(Miltenyi Biotec 社)を用いて単離した。このT細胞2.0×10個を、上記で調製した2.0(樹状細胞:T細胞=1:10)、0.67(樹状細胞:T細胞=1:30)あるいは0.22×10個(樹状細胞:T細胞=1:90)の樹状細胞(約20分間、計32Gyの放射線処理済み)と共に96ウェルプレートに播種し、各ウェル当たり200μlの5%AB型ヒト血清添加AIM−V培地で、95%Air−5%CO、37℃で培養を行った。培養開始3日目、培地を回収し、T細胞から分泌されるIFN−γをELISAキット(M700A、M701B、Endogen 社)を用いて測定した。
【0103】
図10に示すように、樹状細胞:T細胞比が1:10の場合、樹状細胞分化工程で作用させたヒスタチン−1タンパク質の濃度依存的に、IFN−γ量が低下した。T細胞は、樹状細胞の刺激を受けてIFN−γを分泌する。従って、この結果は、ヒスタチン−1タンパク質を作用させて単球から分化させた樹状細胞群は、そのヒスタチン−1タンパク質の濃度に依存してT細胞に対する刺激能が低下することを示している。
【0104】
このように、ヒスタチン−1タンパク質は、単球に作用して樹状細胞の分化を免疫抑制性の方向に誘導する作用を有している。そして、ヒスタチン−1タンパク質を作用させて分化誘導された樹状細胞は、炎症性サイトカインの産生量が低く、免疫抑制性サイトカインの産生量が高く、さらに、T細胞に対する刺激能が低い。よって、ヒスタチン−1タンパク質、および、ヒスタチン−1タンパク質を用いて分化誘導した樹状細胞は、免疫抑制作用を有している。
【0105】
==樹状細胞の発現遺伝子==
前述の「樹状細胞の調製」により得られた、ヒスタチン−1タンパク質を添加せずに分化させた樹状細胞(正常分化樹状細胞)と、ヒスタチン−1タンパク質を添加して分化させた樹状細胞(HTN樹状細胞)からRNeasy total RNA isolation kit(Qiagen 社)を用いて全RNAを抽出した。このRNAを用い、Gene Chip(Aglient 社、Whole Human GenomeオリゴDNAマイクロアレイキット (4x44K))を用いて遺伝子発現を網羅的に解析した。
【0106】
表1に示すように、ヒスタチン−1タンパク質を添加せずに分化させた樹状細胞(正常分化樹状細胞)に対して、ヒスタチン−1タンパク質を添加して分化させた樹状細胞(HTN樹状細胞)で1.5倍以上の発現量が認められたのは、5458個の遺伝子である。また、HTN樹状細胞では、正常分化樹状細胞に比較して、NK細胞活性化に必要なULBP2の発現量は1/20に低下し、NKT細胞活性化に必要なCD1dの発現量は3/10に低下した。一方、免疫抑制性樹状細胞に多く発現することが知られるTLR5(Vicente-Suarez I et al., Immunol Lett. 125 114-8, 2009)の発現量は、正常分化樹状細胞に比較してHTN樹状細胞で48.4倍高かった。また、制御性T細胞などに高発現していることが一般的に知られているCCR4は、正常分化樹状細胞に比較してHTN樹状細胞で108.26倍高かった。
【表1】
【0107】
このように、CD14陽性単球からヒスタチン−1タンパク質を添加して得られた樹状細胞(HTN樹状細胞)と、正常分化樹状細胞とではその遺伝子発現は大きく異なっている。特に、ヒスタチン−1タンパク質を添加して得られた樹状細胞では、遺伝子発現のパターンが免疫抑制性を示している。
【0108】
[実施例6]
本実施例では、マウス個体に、ヒスタチン−1タンパク質を強制発現させた細胞を投与することにより、in vivoで樹状細胞の性質を抑制性に変えることができることを示す。
【0109】
5×10細胞/2ml/ウェル(6-well plate)で播種したヒト悪性黒色腫397melに対し、実施例3に記載のヒスタチン−1発現ウイルスを15〜30μl/ウェル加えて感染させた。感染から4日後、397melをピュロマイシンで選択することにより、ヒスタチン−1遺伝子が強制発現されたクローンを選択し、397mel−Histatin−1とした。
【0110】
397mel−Histatin−1を100μlのRPMI1640に懸濁し、ヌードマウス(BALB/c nu/nu 5週齢 ♀)の下腿部に皮下接種(3x10個/匹)した。陰性コントロール群として、ヒスタチン−1を組み込まれていないHIVウイルスを397melに感染させて得られたクローン(397mel−MOCK)を接種した。約30日後に両群のマウスから、接種した397mel由来の腫瘍組織及び脾臓を単離し、それぞれから、CD11c MACS beads(Miltenyi Biotec社)を用いてCD11c陽性である樹状細胞を分離した。これらの樹状細胞について、以下のようにT細胞の活性化能を評価した。
【0111】
まず、マウス(Balb/c)の脾臓よりCD90.2マイクロビーズ(Miltenyi Biotec社)を用いてT細胞を分離した。一方、分離した樹状細胞は、約20分間、計32Gyの放射線で処理し、細胞分裂を止めた。そして、ウェル(96-well plate)当たり200μlの培養液(10%FBS添加RPMI1640)で、T細胞1.6x10個と樹状細胞1.6x10個を播種し、さらに抗マウスCD3抗体(1μg/ml)(BD Biosciences Pharmingen 社)を添加し、5%CO存在下、37℃で培養した。培養開始4日後に培地を回収し、T細胞から分泌されたIFN−γをELISAキット(BD Biosciences Pharmingen 社)を用いて測定した。
【0112】
図11に示すように、腫瘍組織及び脾臓のどちらにおいても、397mel−Histatin−1を皮下接種されたマウス由来の樹状細胞は、397mel−MOCKを皮下接種されたマウス由来の樹状細胞に比べて、T細胞から分泌されたIFN−γ量が低く、T細胞の活性化能が低下していた。このことは、in vivoにおいて、397melが発現する外来性のヒスタチン−1タンパク質が樹状細胞の機能を抑制したことを示している。しかも、397mel由来の腫瘍組織に存在する樹状細胞だけでなく、脾臓中の樹状細胞の機能も抑制されていることは、397melから分泌されたヒスタチン−1タンパク質が、血液を通じて、全身性に作用したことを示す。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明によって、悪性黒色腫の診断マーカーを提供することができる。
【0114】
また、本発明によって、新規な医薬組成物を提供することができる。
【0115】
さらに、本発明によって、新規な免疫抑制剤を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]