(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、Ni含有量が7.5%以下に低減され、引張り強度TS>690MPa、降伏強度YS>590MPaを満足する高強度厚鋼板において、C方向のシャルピー衝撃値において、−196℃での脆性破面率≦10%を満足する極低温靱性向上技術を提供するため、検討を行なった。その結果、(ア)−196℃において存在する残留オーステナイト(残留γ)相の体積分率Vを2.0〜12.0%に制御する[好ましくは、4.0〜12.0%(体積分率)に制御する]と共に、(イ)脆性破壊の進展を助長する円相当径1.0μm超の介在物(以下、単に介在物と呼ぶ場合がある。)について、上記介在物の平均真円度Aを1.8以下に低減し、且つ、下記(1)式で示されるB値を1.3以上に制御すると、所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
B=V
2/3/A ・・・ (1)
【0022】
特に前述した従来技術の関係で特筆すべき特徴部分は、後者の(イ)にある。以下、本発明に到達した経緯について説明する。
【0023】
本発明者らは、Ni含有量が7.5%以下のNi鋼において、−196℃の極低温靱性に優れた厚鋼板を提供するため、検討を重ねてきた。具体的には、本発明では、C方向における脆性破面率≦10%、引張り強度TS>690MPa、降伏強度YS>590MPaの全ての特性を満足する極低温靱性に優れた高強度厚鋼板を提供するとの観点から、まず、従来技術に記載の文献に教示されている方法を検討した。
【0024】
上記文献には、5%Ni鋼の極低温靱性向上には、−196℃で存在する残留オーステナイト(残留γ)を安定化させることが重要であることが教示されている。また、製造方法を総合的に勘案すると、溶鋼段階において、脱酸元素添加前の溶存酸素量を制御し、この溶鋼中に、Alを最後に添加するようにして鋳造すると共に、α−γ二相共存域(A
c1〜A
c3間)での熱処理(L処理)の後、A
c1変態点以下の温度で焼戻し処理する方法を推奨しており、これにより、極低温靱性が向上することが教示されている。しかしながら、本発明者らの検討結果によれば、上記方法により、L方向の極低温靱性は向上するものの、C方向の極低温靱性は充分でなく、本発明で掲げる上記の目標レベル(C方向における脆性破面率≦10%)を実現できないことが判明した。
【0025】
そこで更に検討を重ねた結果、所望とする極低温靱性に優れた厚鋼板を得るためには、上述した技術を基本的に踏襲しつつも、厚鋼板およびその製造方法において、更なる要件を付加することが不可欠であることを突き止めた。詳細には、(i)厚鋼板において、−196℃での残留γ相の体積分率Vを、V=2.0〜12.0%の範囲で存在させることに加えて、脆性破壊の進展を助長することが判明した円相当径1.0μm超の介在物に着目し、上記介在物の平均真円度Aを1.8以下に低減すると共に、上記介在物の平均真円度Aと、−196℃において存在する上記残留γ相の体積分率V(%)との関係式(1)で示されるB値を、B値≧1.3に制御することが有効であること、(ii)このような厚鋼板を製造するためには、溶鋼段階における、Al添加前の溶存酸素量(フリーO量)の制御と、熱間圧延後における、A
c1〜A
c3間での熱処理(L処理)→所定温度域での焼戻し処理に加えて、溶鋼段階の更なる制御が有効であり、鋳造時の1450〜1500℃での冷却時間(t1)を300秒以下(スラブ厚tの1/2位置における値)に制御し、且つ、鋳造時の1300〜1200℃での冷却時間(t2)を680秒以下(スラブ厚tの1/4位置における値)に制御することが有効であることを突き止めた。
【0026】
更に(ウ)上記(ア)において、−196℃において存在する残留γ相を4.0〜12.0%(体積分率)に制御することで、より低温の−233℃においても、脆性破面率を50%以下の良好な水準に保つことができること、(エ)このような厚鋼板を製造するためには、熱間圧延後における、A
c1〜A
c3間での熱処理(L処理)において所定時間の保持が有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0027】
本明細書において「極低温靱性に優れる」とは、後記する実施例の欄に記載の方法によってC方向(板幅方向)のシャルピー衝撃吸収試験における脆性破面率を測定したとき、−196℃での脆性破面率≦10%を満足するものである。後記する実施例では、L方向(圧延方向)における脆性破面率は測定していないが、これは、C方向での脆性破面率が10%以下であれば、L方向での脆性破面率も、必然的に10%以下となるとの経験則に基づくものである。
【0028】
本明細書において「厚鋼板」とは、鋼板の厚さがおおむね、6〜50mmのものを意味する。
【0029】
また本発明では、引張り強度TS>690MPa、降伏強度YS>590MPaを満足する高強度厚鋼板を対象とする。
【0030】
以下、本発明の厚鋼板について詳しく説明する。
【0031】
上述したように本発明の厚鋼板は、質量%で、C:0.02〜0.10%、Si:0.40%以下(0%を含まない)、Mn:0.50〜2.0%、P:0.007%以下(0%を含まない)、S:0.007%以下(0%を含まない)、Al:0.005〜0.050%、Ni:5.0〜7.5%、N:0.010%以下(0%を含まない)を含有し、残部が鉄および不可避不純物である厚鋼板であって、鋼板中に存在する円相当径1.0μm超の介在物の平均真円度(A)が1.8以下であり、−196℃において存在する残留オーステナイト相の体積分率(V)が2.0〜12.0%を満たし、且つ、下記(1)式で表わされるB値が1.3以上であるところに特徴がある。
B=V
2/3/A ・・・ (1)
【0033】
C:0.02〜0.10%
Cは、強度および残留オーステナイトの確保に必須の元素である。このような作用を有効に発揮させるため、C量の下限を0.02%以上とする。C量の好ましい下限は0.03%以上であり、より好ましくは0.04%以上である。但し、過剰に添加すると、強度の過大な上昇により極低温靱性が低下するため、その上限を0.10%以下とする。C量の好ましい上限は0.08%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
【0034】
Si:0.40%以下(0%を含まない)
Siは、脱酸材として有用な元素である。但し、過剰に添加すると、硬質の島状マルテンサイト相の生成が促進され、極低温靱性が低下するため、その上限を0.40%以下とする。Si量の好ましい上限は0.35%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0035】
Mn:0.50〜2.0%
Mnはオーステナイト(γ)安定化元素であり、残留γ量の増加に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるため、Mn量の下限を0.50%とする。Mn量の好ましい下限は0.6%以上であり、より好ましくは0.7%以上である。但し、過剰に添加すると、焼戻し脆化をもたらし、所望の極低温靱性を確保できなくなるため、その上限を2.0%以下とする。Mn量の好ましい上限は1.5%以下であり、より好ましくは1.3%以下である。
【0036】
P:0.007%以下(0%を含まない)
Pは、粒界破壊の原因となる不純物元素であり、所望とする極低温靱性確保のため、その上限を0.007%以下とする。P量の好ましい上限は0.005%以下である。P量は少なければ少ない程良いが、工業的にP量を0%とすることは困難である。
【0037】
S:0.007%以下(0%を含まない)
Sも、上記Pと同様、粒界破壊の原因となる不純物元素であり、所望とする極低温靱性確保のため、その上限を0.007%以下とする。後記する実施例に示すように、S量が多くなると脆性破面率は増加し、所望とする極低温靱性(−196℃での脆性破面率≦10%)を実現できない。S量の好ましい上限は0.005%以下である。S量は少なければ少ない程良いが、工業的にS量を0とすることは困難である。
【0038】
Al:0.005〜0.050%
Alは脱酸元素である。Alの含有量が不足すると、溶鋼中でのフリー酸素濃度が上昇し、鋳造冷却の過程で、元々溶鋼中に存在した介在物の表面に酸化物あるいは硫化物といった二次介在物が複合生成することで、介在物の形状がいびつなものとなり、円相当径が1.0μm超の介在物の平均真円度が大きくなるため、その下限を0.005%以上とする。Al量の好ましい下限は0.010%以上であり、より好ましくは0.015%以上である。但し、過剰に添加すると、上記介在物の凝集や合体が促進され、やはり当該介在物の平均真円度が大きくなるため、その上限を0.050%以下とする。Al量の好ましい上限は0.045%以下であり、より好ましくは0.04%以下である。
【0039】
Ni:5.0〜7.5%
Niは、極低温靱性の向上に有用な残留オーステナイト(残留γ)を確保するのに必須の元素である。このような作用を有効に発揮させるため、Ni量の下限を5.0%以上とする。Ni量の好ましい下限は5.2%以上であり、より好ましくは5.4%以上である。但し、過剰に添加すると、原料のコスト高を招くため、その上限を7.5%以下とする。Ni量の好ましい上限は7.0%以下であり、より好ましくは6.5%以下であり、更に好ましくは6.0%以下である。
【0040】
N:0.010%以下(0%を含まない)
Nは、歪時効により極低温靱性を低下させるため、その上限を0.010%以下とする。N量の好ましい上限は0.006%以下であり、より好ましくは0.004%以下である。
【0041】
本発明の厚鋼板は上記成分を基本成分として含み、残部:鉄および不可避不純物である。
【0042】
本発明では、更なる特性の付与を目的として、以下の選択成分を含有することができる。
【0043】
Cu:1.00%以下(0%を含まない)
Cuは、γ安定化元素であり、残留γ量の増加に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Cuを0.05%以上含有することが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上をもたらし、所望とする極低温靱性効果が得られないため、その上限を1.00%以下とすることが好ましい。Cu量の、より好ましい上限は0.8%以下であり、更に好ましくは0.7%以下である。
【0044】
Cr:1.2%以下(0%を含まない)、およびMo:1.00%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
CrおよびMoは、いずれも強度向上元素である。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種類を併用しても良い。上記作用を有効に発揮させるためには、Cr量を0.05%以上、Mo量を0.01%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上を招き、所望とする極低温靱性を確保できなくなるため、Cr量の好ましい上限を1.2%以下(より好ましくは1.1%以下、更に好ましくは0.9%以下、更に一層好ましくは0.5%以下)、Mo量の好ましい上限を1.00%以下(より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.6%以下)とする。
【0045】
Ti:0.025%以下(0%を含まない)、Nb:0.10%以下(0%を含まない)、およびV:0.50%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
Ti、Nb、およびVは、いずれも炭窒化物として析出し、強度を上昇させる元素である。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種以上を併用しても良い。上記作用を有効に発揮させるためには、Ti量を0.005%以上、Nb量を0.005%以上、V量を0.005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上を招き、所望とする極低温靱性を確保できなくなるため、Ti量の好ましい上限を0.025%以下(より好ましくは0.018%以下であり、更に好ましくは0.015%以下)、Nb量の好ましい上限を0.10%以下(より好ましくは0.05%以下であり、更に好ましくは0.02%以下)、V量の好ましい上限を0.50%以下(より好ましくは0.3%以下であり、更に好ましくは0.2%以下)とする。
【0046】
B:0.0050%以下(0%を含まない)
Bは、焼入れ性向上により強度向上に寄与する元素である。上記作用を有効に発揮させるためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上をもたらし、所望とする極低温靱性を確保できなくなるため、B量の好ましい上限を0.0050%以下(より好ましくは0.0030%以下、更に好ましくは0.0020%以下)とする。
【0047】
Ca:0.0030%以下(0%を含まない)、REM(希土類元素):0.0050%以下(0%を含まない)、およびZr:0.0050%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
Ca、REM、およびZrは、いずれも脱酸元素であり、これらの添加によって鋼中の酸素濃度が低下し、酸化物の量が減少することで靭性に好影響を及ぼす。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種以上を併用しても良い。上記作用を有効に発揮させるためには、Ca量を0.0005%以上、REM量(以下に記載のREMを、単独で含有するときは単独の含有量であり、二種以上を含有するときは、それらの合計量である。以下、REM量について同じ。)を0.0005%以上、Zr量を0.0005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、酸化物のサイズが増加し、極低温靱性が低下するため、Ca量の好ましい上限を0.0030%以下(より好ましくは0.0025%以下)、REM量の好ましい上限を0.0050%以下(より好ましくは0.0040%以下)、Zr量の好ましい上限を0.0050%以下(より好ましくは0.0040%以下)とする。
【0048】
本明細書において、REM(希土類元素)とは、ランタノイド元素(周期表において、原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの15元素)に、Sc(スカンジウム)とY(イットリウム)とを加えた元素群であり、これらを単独で、または二種以上を併用することができる。好ましい希土類元素はCe、Laである。REMの添加形態は特に限定されず、CeおよびLaを主として含むミッシュメタル(例えばCe:約70%程度、La:約20〜30%程度)の形態で添加しても良いし、或いは、Ce、Laなどの単体で添加して良い。
【0049】
以上、本発明の鋼中成分について説明した。
【0050】
更に本発明の厚鋼板は、−196℃において存在する残留γ相の体積分率Vが、2.0〜12.0%(好ましくは4.0〜12.0%)を満足するものである。
【0051】
−196℃において存在する残留γは、極低温靱性の向上に寄与することが知られている。このような作用を有効に発揮させるため、−196℃で存在する全組織に占める残留γ相の体積分率Vを2.0%以上とする。但し、残留γは、マトリクス相に比べて比較的軟質であり、残留γ量が過剰になると、YSが所定の値を確保できなくなるため、その上限を12.0%とする(後記する表2BのNo.43を参照)。残留γ相の体積分率Vについて、好ましい下限は4.0%以上、より好ましい下限は6.0%以上であり、好ましい上限は11.5%以下、より好ましい上限は11.0%以下である。
【0052】
更に、−196℃で存在する全組織に占める残留γの体積分率を4.0%以上に制御することで、上述した−196℃より更に低温の−233℃においても、脆性破面率を50%以下の良好な水準に保つことができる。このような効果を更に発揮させたい場合の、より好ましい下限は6.0%以上であり、好ましい上限は上記と同じである。
【0053】
なお、本発明の厚鋼板では、−196℃で存在する組織のうち、残留γ相の体積分率Vの制御が重要であって、残留γ以外の他の組織については、何ら限定するものではなく、厚鋼板に通常存在するものであれば良い。残留γ以外の組織としては、例えば、ベイナイト、マルテンサイト、セメンタイト等の炭化物などが挙げられる。
【0054】
更に本発明の厚鋼板は、鋼板中に存在する円相当径1.0μm超の介在物について、上記介在物の平均真円度Aが、A≦1.8を満足し、且つ、下記(1)式で表わされるB値が1.3以上を満足するものである。
B=V
2/3/A ・・・ (1)
【0055】
ここで「円相当径」とは、上記介在物の大きさに着目し、その面積が等しくなるように想定した円の直径を求めたものである。
【0056】
本発明において円相当径1.0μm超の介在物に着目したのは、上記介在物が、脆性破壊の進展を助長することが判明したためである。すなわち、所定の高強度を確保しつつ、極低温での脆性破面率を改善するためには、脆性破壊を助長する介在物を低減する必要があるが、本発明者らの検討結果によれば、上記介在物の平均真円度Aが大きくなると、たとえ−196℃での残留γ相の体積分率Vを上記範囲に制御したとしても、所望とする極低温靱性を実現できないことが分かった(後記する表2BのNo.33、35、36を参照)。上記介在物の平均真円度Aは小さい程良く、好ましくは1.7以下であり、より好ましくは1.5以下である。最も好ましくは1である。なお、本発明において、円相当径1.0μm超の介在物の平均サイズ(平均円相当径)は、おおむね、2.0μm以下である。
【0057】
上記介在物は、後記する実施例に記載の方法で測定することができる。ここで、円相当径1.0μm超の介在物における「介在物」の種類は、本発明では特に限定されない。脆性破壊の発生は、介在物の種類ではなく、介在物のサイズ(円相当径)が最も大きく影響するためである。上記介在物の種類としては、例えば酸化物、硫化物、窒化物、酸窒化物などの単独粒子のほか、これらの単独粒子物が2種以上複合した複合物、或いは、これらの単独粒子と他の元素が結合した複合粒子などが挙げられる。
【0058】
本発明のように、円相当径1.0μm超の粗大な介在物の平均真円度Aを1.8以下とすることにより、所定の強度を確保しつつ、極低温靭性が向上するメカニズムは、詳細には不明であるが、以下のように推察される。介在物は一般に、マトリクスに比べて硬度が高いため、応力集中が起こり易く、その結果、脆性破壊の起点として作用することが多い。このとき、介在物の形状がいびつになる程、介在物周囲の応力集中が局所的に助長されるようになるため、更に脆性破壊を誘発し易くなると考えられる。従って、いびつな介在物を低減すれば[すなわち、上記介在物の平均真円度Aを1.8以下とし、出来るだけ真円(A=1)に近くなるように制御すれば]、応力集中の発生が回避されるようになり、極低温靱性が向上すると推察される。
【0059】
更に本発明では、上記介在物の平均真円度Aを制御するだけでなく、上記(1)式で表されるB値が、B値≧1.3を満足することが必要である。
【0060】
上記B値は、極低温における脆性破面率を低減するためのパラメータであり、上記(1)式に示すように、上記介在物の平均真円度Aと、−196℃において存在する残留オーステナイト(残留γ)相の体積分率Vとの関係で算出されるものである。以下、上記B値の導出経緯について説明する。
【0061】
脆性破面率は、脆性破壊の起点が多く、脆性破壊の進展に対する抵抗が小さい程大きくなることが知られている。一般に、粗大な介在物は脆性破壊の起点となり易いが、本発明者らは、粗大な介在物の真円度が大きくなる程、換言すれば真円(A=1)から外れたいびつな形状となる程、脆性破壊の起点として作用し易くなること;更に、残留γが多い程、脆性破壊の進展に対して抵抗となることを突き止めた。これらの知見に基づき、極低温域における脆性破面率に及ぼす両者の寄与率を、数多くの基礎実験に基づいて実験的に求めた結果、上記(1)式で表わされるB値が極低温靱性評価のための有用なパラメータとなることを見出した。後記する実施例に示すように、残留γ相の体積分率V、および円相当径1.0μm超の粗大な介在物の形態(平均真円度)を確保したうえで、上記B値を1.3以上に制御することによって、初めて、強度、並びに−196℃および−233℃での脆性破面率が高いレベルで両立されるようになる。
【0062】
上記B値について、好ましくは1.6以上であり、より好ましくは1.8以上である。上記B値は、極低温靱性の観点からは大きい方が良く、特にその上限は制限されない。但し、前述したように、残留γの体積分率Vが過剰になると、YSが所定の値を確保できなくなるため、残留γの体積分率Vの上限を12.0%に制限していることを考慮すると、B値の上限は、実質的に5.2(=12.0
2/3/1)に制限される(B値の算出式において、残留γの体積分率V=12.0%、平均真円度A=1を代入)。強度と靭性のバランスを考慮すると、より好ましいB値は、3.0以下である。
【0063】
次に、本発明の厚鋼板を製造する方法について説明する。
【0064】
本発明に係る製造方法の特徴部分は、下記(A)〜(B)にある。
(A)溶鋼段階において、Al添加前のフリー酸素量[O]を100ppm以下、鋳造時の1450〜1500℃での冷却時間(t1)を300秒以下(スラブ厚tの1/2位置における値)に制御し、且つ、鋳造時の1300〜1200℃での冷却時間(t2)を680秒以下(スラブ厚tの1/4位置における値)に制御する。上記(A)の方法により、特に上述した介在物の平均真円度Aを所定範囲に低減することができる。
(B)熱間圧延後において、A
c1〜A
c3点の温度範囲で加熱、保持した後、水冷し、引き続き、520℃〜A
c1点の温度範囲で10〜60分間焼戻し処理した後、空冷または水冷する。上記(B)の方法により、特に−196℃で存在する残留γ相の体積分率が適切に制御される。
【0065】
なお、本発明で規定するB値は、上述した介在物の平均真円度と残留γの体積分率の両方に関わるパラメータのため、上記(A)〜(B)を適切に制御することにより、上記B値を所定範囲に制御することができる。
【0066】
前述した従来技術の関係で言えば、上記(A)の方法のうち、t1およびt2を特に制御したところに最大の特徴がある。
【0068】
(溶製工程について)
本発明では、Alの添加方法に特別に留意している。というのも、本発明において制御すべき円相当径1.0μm超の介在物は、主に、溶湯中に生成したAl系介在物を起点に、酸化物や硫化物などの二次介在物が冷却時に複合的に生成したものであるが、上記Al系介在物は凝集・合体により粗大化しやすく、且つ、真円度が大きいいびつな形状となり易いためである。
【0069】
まず、溶鋼中に脱酸材であるAlを添加するに当たり、Al添加前のフリー酸素量(溶存酸素量、[O]量と略記する場合がある。)を100ppm以下に制御する。[O]量が100ppmを超えると、Al添加時に生成するAl系介在物が増加し、真円度が所定の範囲を超えてしまう(後記する表2BのNo.33を参照)。[O]量は少ない程良く、好ましくは80ppm以下であり、より好ましくは50ppm以下である。なお、[O]量の下限は、上記介在物の平均真円度を制御するとの観点からすれば特に限定されない。
【0070】
上記のように[O]量を制御する方法としては、例えば、溶鋼中にMn、Siの脱酸元素を添加して脱酸する方法が挙げられる。上記元素の他に、Ti、Ca、REM、Zrなどの脱酸材を選択成分として添加する場合は、これらの添加によっても[O]量を制御することができる。
【0071】
Al系介在物を制御するためには、Al添加前の[O]量を制御することが重要であって、Alと、他の脱酸元素との添加順序は問わない。しかしながら、[O]量が高い状態でAlを添加すると、酸化反応により溶鋼の温度が上昇し、操業上危険となるため、Alに先立ち、Si、Mnを添加することが好ましい。また、Tiなどの上記選択成分は、Alの添加後に溶鋼中に添加することが好ましい。
【0072】
次いで、鋳造を開始する。鋳造時の温度範囲は、おおむね、1650℃以下であるが、本発明では、特に1450〜1500℃の温度範囲における冷却時間(t1)を300秒以下に制御すると共に、1300〜1200℃での冷却時間(t2)を680秒以下に制御することが重要であり、これにより、円相当径1.0μm超の介在物の平均真円度が適切に制御されることが判明した。以下、詳細に説明する。
【0073】
まず、1450〜1500℃の温度範囲における冷却時間(t1)を300秒以下に制御する。上記t1が300秒を超えると、Al系介在物を核とした二次介在物の複合的生成が助長され、円相当径1.0μm超の介在物の形状がいびつとなって平均真円度が大きくなったり、上記B値が減少するなどし、所望とする極低温靱性が発揮されない(後記する表2BのNo.34、35を参照)。上記観点からすると、t1は短い程良く、好ましくは290秒以下であり、より好ましくは280秒以下である。t1の下限は、上記観点からは特に限定されない。
【0074】
なお、本発明において、鋳造時の温度範囲のうち、特に1450〜1500℃の温度範囲に着目したのは、当該温度範囲が、鋳造時の凝固が進行し、溶鋼への成分濃化が進むことで、介在物の成長が促進される温度域だからである。
【0075】
また、上記1450〜1500℃の温度範囲は、スラブ厚tの中心部(t/2)の温度を意味する。その理由は以下のとおりである。前述したように酸化物系の二次介在物は、主に溶湯中において複合生成するため、溶湯部の冷却時間を制御する必要がある。しかしながら、1450〜1500℃は、凝固が進行しつつある温度域であるため、温度測定位置によっては、測定中に凝固してしまい、溶湯部の冷却時間が正しく測定できない可能性がある。そこで、本発明では、最も低温まで溶湯が存在するt/2位置の冷却時間を測定した。スラブ厚の中心部の温度は、熱電対を鋳型に差し込むことで測定することができる。
【0076】
次に、1300〜1200℃での冷却時間(t2)を680秒以下に制御する。上記t2が680秒を超えると、Al系介在物への、主に硫化物系の二次介在物の複合生成が助長され、やはり、上記介在物の平均真円度が大きくなる(後記する表2BのNo.36を参照)。上記観点からすると、t2が短い程、真円に近いものが得られるため、有用である。好ましいt2は650秒以下であり、より好ましくは600秒以下である。但し、t2が短過ぎると冷却負荷が増加するため、実用上は、おおむね、400秒以上にすることが推奨される。
【0077】
なお、上記1300〜1200℃の温度範囲は、スラブ厚tの1/4部(t/4)の温度を意味する。その理由は、1300〜1200℃の冷却時間は、主に固体鉄において複合生成する硫化物系の二次介在物を制御するためのものであるが、上記温度域では、ほぼ凝固が完了していることから、脆性破面率の測定を行うt/4位置での冷却時間を測定することにした。スラブ厚のt/4部の温度は、熱電対を鋳型に差し込むことで測定することができる。
【0078】
本発明では、1450〜1500℃の温度範囲での冷却時間(t1)および1300〜1200℃での冷却時間(t2)を上記のように制御しさえすれば良く、その手段を限定するものではない。例えば、t1について、上記温度範囲での冷却時間が300秒以下になるように、当該温度範囲を等速で、約0.17℃/秒以下の平均冷却速度で冷却しても良いし、或いは、上記温度範囲の冷却時間が300秒以下になるように、異なる冷却速度で冷却しても良い。t2も同様である。
【0079】
また、本発明では、上記温度範囲以外の、鋳造時の温度範囲についての冷却方法は何ら限定されず、通常の方法(空冷または水冷)を採用することができる。
【0080】
上記のようにして鋳造を行なった後、熱間圧延し、熱処理に供する。
【0081】
ここで熱間圧延工程は特に限定されず、所定の板厚が得られるように、通常用いられる方法を採用することができるが、具体的には、スラブを1100℃程度で1〜4時間加熱した後、(仕上圧延)温度や圧下量などを調節すれば良い。
【0082】
熱間圧延の後、A
c1〜A
c3点の温度範囲(TL)に加熱し、保持した後、水冷する。この処理は、前述した従来技術に記載のL処理に相当し、これにより、−196℃で安定に存在する残留γを所定量の範囲で確保することができる。
【0083】
詳細には、A
c1〜A
c3点の二相域[フェライト(α)−γ]温度(TL)に加熱する。この温度域に加熱することにより、生成したγ相にNiなどの合金元素が濃縮し、室温で準安定に存在する準安定残留γ相が得られる。A
c1点未満、またはA
c3点超では、結果的に、−196℃における残留γ相が十分に確保できない(後記する表2BのNo.37、38を参照)。好ましい加熱温度は、おおむね、660〜710℃である。
【0084】
上記二相域温度での加熱時間(保持時間、tL)は、おおむね、10〜50分とすることが好ましい。10分未満では、γ相への合金元素濃縮が十分進まず、一方、50分超では、α相が焼鈍まされ、強度が低下する。好ましい加熱時間は、おおむね、15〜30分である。
【0085】
更に上記加熱時間を15分以上とすることにより、−196℃における残留γ相の体積分率が4.0%以上確保されるようになり、これにより、−233℃での脆性破面率が50%以下と、更なる極低温下においても良好な靱性が確保されるようになる。このような効果を有効に発揮させたい場合の、より好ましい下限は5.0%以上である。なお、好ましい加熱時間の上限は、上記と同じ(30分以下)である。
【0086】
次いで、室温まで水冷した後、焼戻し処理する。焼戻し処理は、520℃〜A
c1点の温度範囲(T3)で10〜60分間(t3)行う。これにより、焼戻しの際、準安定残留γにCが濃縮され、準安定残留γ相の安定度が増すため、−196℃においても安定に存在する残留γ相が得られる。焼戻し温度T3が520℃より低いと、二相共存域保持中に生成した準安定残留γ相がα相とセメンタイト相に分解し、−196℃における残留γ相が十分に確保できなくなる(後記する表2のNo.41を参照)。一方、焼戻し温度T3がA
c1点を超えるか、または焼戻し時間t3が10分未満の場合、準安定残留γ相中へのC濃縮が十分進行せず、所望とする−196℃での残留γ量を確保することができない[後記する表2のNo.55(t3が短い例)を参照]。また、焼戻時間t3が60分を超えると、−196℃での残留γ相が過剰に生成し、所定の強度が確保できなくなる(後記する表2のNo.43を参照)。
【0087】
好ましい焼戻し処理条件は、焼戻し温度T3:570〜620℃であり、焼戻し時間t3:15分以上、45分以下(より好ましくは35分以下、更に好ましくは25分以下)である。
【0088】
上記のように焼戻し処理した後は、室温まで冷却する。冷却方法は特に限定されず、空冷または水冷のいずれでも良い。
【0089】
本明細書において、A
c1点、およびA
c3点は、下記式に基づいて算出されるものである(「講座・現代の金属学 材料編4 鉄鋼材料」、社団法人日本金属学会より)。
A
c1点
=723−10.7×[Mn]−16.9×[Ni]+29.1×[Si]+16.9×[Cr]+290×[As]+6.38×[W]
A
c3点
=910−203×[C]
1/2−15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×[V]+31.5×[Mo]+13.1×[W]
上記式中、[ ]は、鋼材中の合金元素の濃度(質量%)を意味する。なお、本発明には、AsおよびWは鋼中成分として含まれないため、上記式において、[As]および[W]はいずれも、0%として計算する。
【実施例】
【0090】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0091】
実施例1
真空溶解炉(150kgVIF)を用い、表2に示す溶製条件で、表1に示す成分組成(残部:鉄および不可避的不純物、単位は質量%)の供試鋼を溶製し、鋳造した後、熱間鍛造により、150mm×150mm×600mmのインゴットを作製した。本実施例では、REMとしてCeを約50%、Laを約25%含むミッシュメタルを用いた。また、脱酸元素の添加順序は、選択成分を含まないときは、Si、Mn(同時添加)→Alであり;一方、Ti、REM、Zr、Caの選択成分を含むときは、Si、Mn(同時添加)→Al→Ti→REM、Zr、Ca(同時添加)である。なお、本実施例では、Al添加から鋳造開始までの時間は、すべて、約10分とした(表には示さず)。
また、表2中、[O]は、Al添加前の溶存酸素量(ppm)、t1は鋳造時の1450〜1500℃の冷却時間(秒)、t2は鋳造時の1300〜1200℃の冷却時間(秒)である。各温度域の冷却は、空冷または水冷にて、上記冷却時間となるように制御した。
【0092】
次に、上記のインゴットを1100℃で1〜4時間加熱した後、830℃以上の温度で板厚75mmまで圧延し、最終圧延温度780℃にて圧延を行ってから水冷することにより、板厚25mmの厚鋼板を得た。このようにして得られた鋼板を、表2に示す温度(表2中、TL)に加熱した後、5〜60分間加熱保持(表2のtLを参照)した後、室温まで水冷した。次いで、表2に示すように焼戻し処理(T3=焼戻し温度、t3=焼戻し時間)を行なった後、室温まで空冷または水冷を行なった。
【0093】
このようにして得られた厚鋼板について、以下のようにして、円相当径1.0μm超の介在物の平均真円度A、−196℃において存在する残留γ相の体積分率(%)、引張り特性(引張り強度TS、降伏強度YS)、極低温靱性(−196℃または−233℃でのC方向における脆性破面率)を評価した。
【0094】
(1)円相当径1.0μm超の介在物の平均真円度Aの測定
上記鋼板のt/4位置(t:板厚)を鏡面研磨し、光学顕微鏡を用いて400倍で4視野写真撮影を行った。なお、1視野あたりの面積は0.04mm
2、4視野の合計面積は0.15mm
2である。これら4視野中に観察された介在物について、Media Cybernetics社製「Image−Pro Plus」により画像解析し、円相当径(直径)1.0μm超の介在物の真円度を、下式に基づいて算出し、その平均値を、上記介在物の平均真空度Aとした。介在物の形状が真円のとき、下式により算出される真円度は1となる。介在物の形状がいびつになる程、下式により算出される真円度の値は大きくなる。
【0095】
真円度=L
2/4π/S
式中、Lは介在物の周囲長(単位μm)、
Sは介在物の面積(単位μm
2)である。
【0096】
なお、本実施例において、円相当径1.0μm超の介在物は、約200〜300個/mm
2程度観察された。
【0097】
(2)−196℃において存在する残留γ相の体積分率の測定
各鋼板のt/4位置より、10mm×10mm×55mmの試験片を採取し、液体窒素温度(−196℃)にて5分間保持した後、リガク社製の二次元微小部X線回折装置(RINT−RAPIDII)にてX線回折測定を行なった。次いで、フェライト相の(110),(200),(211),(220)の各格子面のピーク、および残留γ相の(111),(200),(220),(311)の各格子面のピークについて、各ピークの積分強度比に基づき、残留γ相の(111)、(200)、(220)、(311)の体積分率をそれぞれ算出し、これらの平均値を求め、これを「残留γの体積分率(%)」とした。
【0098】
(3)引張り特性(引張り強度TS、降伏強度YS)の測定
各鋼板のt/4位置から、C方向に平行にJIS Z2241の4号試験片を採取し、ZIS Z2241に記載の方法で引張り試験を行い、引張り強度TS、および降伏強度YSを測定した。本実施例では、TS>690MPa、YS>590MPaのものを、母材強度に優れると評価した。
【0099】
(4)極低温靱性(C方向における脆性破面率)の測定
各鋼板のt/4位置(t:板厚)且つW/4位置(W:板幅)、およびt/4位置且つおよびW/2位置から、C方向に平行にシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2242のVノッチ試験片)を3本採取し、JIS Z2242に記載の方法で、−196℃での脆性破面率(%)を測定し、それぞれの平均値を算出した。そして、このようにして算出された二つの平均値のうち、特性に劣る(すなわち、脆性破面率が大きい)方の平均値を採用し、この値が10%以下のものを、本実施例では、極低温靭性に優れると評価した。
【0100】
これらの結果を表2に併記する。参考のため、表1および表2に、A
c1点およびA
c3点を併記している。
【0101】
【表1A】
【0102】
【表1B】
【0103】
【表2A】
【0104】
【表2B】
【0105】
表2より、以下のように考察することができる。
【0106】
まず、表2AのNo.1〜32は、本発明の要件をすべて満足する例であり、母材強度が高くても、−196℃での極低温靱性(詳細には、C方向における脆性破面率の平均値≦10%)に優れた厚鋼板を提供することができた。
【0107】
これに対し、表2BのNo.33〜41、43、55は、少なくとも、本発明の好ましい製造条件のいずれかを満足しないため、本発明の要件を満足しない比較例であり、所望とする特性が得られなかった。
【0108】
具体的には、No.33は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.33を用いたが、Al添加前の溶存酸素量[O]量が多いため、上記介在物の平均真円度Aが増加した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0109】
No.34は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.34を用いたが、鋳造時における1500〜1450℃の冷却時間(t1)が長いため、B値が所定の範囲を下回った例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0110】
No.35は、P量が多い表1BのNo.35を用い、且つ、鋳造時における1500〜1450℃の冷却時間(t1)が長いため、上記介在物の平均真円度Aが増加した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0111】
No.36は、C量が多い表1BのNo.36を用い、且つ、鋳造時における1300〜1200℃の冷却時間(t2)が長いため、上記介在物の平均真円度Aが増加した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0112】
No.37は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.37を用いたが、二相域温度(TL)を下回る温度で加熱したため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0113】
No.38は、Si量が多い表1BのNo.38を用い、且つ、二相域温度(TL)を超える温度で加熱したため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0114】
No.39は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.39を用いたが、二相域温度(TL)での加熱保持時間(tL)が短いため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率も増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0115】
No.40は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.40を用いたが、二相域温度(TL)での加熱保持時間(tL)が長いため、残留γ量が増加した例である。その結果、降伏強度YSおよび引張強度TSが低下し、所望とする母材強度を確保できなかった。
【0116】
No.41は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.41を用いたが、焼戻し温度(T3)が低いため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0117】
No.43は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.43を用いたが、焼戻し時間(t3)が長いため、残留γ量が増加した例である。その結果、降伏強度YSが低下し、所望とする母材強度を確保できなかった。
【0118】
No.55は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.55を用いたが、焼戻し時間(t3)が短いため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0119】
No.42、44〜54は、鋼中成分のみが外れるものを用い、本発明の方法で製造した比較例である。
【0120】
詳細には、No.42は、Mn量が多い表1BのNo.42を用いたため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0121】
No.44は、Mn量が少ない表1BのNo.44を用いたため、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0122】
No.45は、S量が多い表1BのNo.45を用いた例である。そのため、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0123】
No.46は、C量が少なく、Al量が多く、Ni量が少ない表1BのNo.46を用いたため、上記介在物の平均真円度Aが増加し、残留γ量が不足した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。更にTSも低下した。
【0124】
No.47は、Al量が少なく、N量が多い表1BのNo.47を用いたため、上記介在物の平均真円度Aが増加した例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0125】
No.48は、選択成分であるCu量およびCa量が多い表1BのNo.48を用いた例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0126】
No.49は、選択成分であるCr量およびZr量が多い表1BのNo.49を用いた例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0127】
No.50は、選択成分であるNb量およびREM量が多い表1BのNo.50を用いた例である。その結果、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0128】
No.51は、選択成分であるMo量が多い表1BのNo.51を用いたため、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0129】
No.52は、選択成分であるTi量が多い表1BのNo.52を用いたため、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0130】
No.53は、選択成分であるV量が多い表1BのNo.53を用いたため、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0131】
No.54は、選択成分であるB量が多い表1BのNo.54を用いたため、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0132】
実施例2
本実施例では、上記実施例1に用いた一部のデータ(いずれも本発明例)について、−233℃での脆性破面率を評価した。
【0133】
具体的には、表3に記載のNo.(表3のNo.は、前述した表1および表2のNo.に対応する)について、t/4位置且つW/4位置から試験片を3本採取し、下記に記載の方法で−233℃でのシャルピー衝撃試験を実施し、脆性破面率の平均値を評価した。本実施例では、上記脆性破面率≦50%のものを、−233℃での脆性破面率に優れると評価した。
「高圧ガス」、第24巻181頁、「オーステナイト系ステンレス鋳鋼の極低温衝撃試験」
【0134】
これらの結果を表3に記載する。
【0135】
【表3】
【0136】
表3のNo.3、4、6、15、19、および24は、いずれも、二相域温度での加熱時間(tL)を15分以上に制御した例であり(表2Aを参照)、残留γ相を4.0%以上確保できた。その結果、−196℃のみならず、より低温の−233℃における脆性破面率も良好であり、非常に優れた極低温靱性を達成することができた。