(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5835275
(24)【登録日】2015年11月13日
(45)【発行日】2015年12月24日
(54)【発明の名称】車両の操舵装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20151203BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20151203BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20151203BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20151203BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20151203BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-128392(P2013-128392)
(22)【出願日】2013年6月19日
(65)【公開番号】特開2015-3539(P2015-3539A)
(43)【公開日】2015年1月8日
【審査請求日】2014年7月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100109047
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 雄祐
(74)【代理人】
【識別番号】100109081
【弁理士】
【氏名又は名称】三木 友由
(72)【発明者】
【氏名】関谷 義秀
【審査官】
神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−145206(JP,A)
【文献】
特開2006−240398(JP,A)
【文献】
特開2005−096745(JP,A)
【文献】
特開2009−179185(JP,A)
【文献】
特開2007−245825(JP,A)
【文献】
特開2007−230472(JP,A)
【文献】
特開2007−203885(JP,A)
【文献】
特開2008−189107(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 − 6/10
B62D 5/00 − 5/06
B62D 5/07 − 5/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1アクチュエータを含む操舵部と、
第2アクチュエータを含む転舵部と、
操舵ハンドルの操舵角を検出する操舵角センサと、
操舵ハンドルに加えられる操舵トルクを検出する操舵トルクセンサと、
前記操舵角センサから操舵角検出値を受け取り、前記操舵トルクセンサから操舵トルク検出値を受け取り、前記第1アクチュエータおよび前記第2アクチュエータを駆動制御する制御手段と、
前記操舵部と前記転舵部とを連結または分離するバックアップ機構と、を備えた車両の操舵装置であって、
前記制御手段は、操舵ハンドルの操舵角に応じて、転舵輪の指令転舵角および操舵ハンドルに付与する指令操舵反力トルクを求め、指令操舵反力トルクと、実際に操舵ハンドルに付与されている実操舵反力トルクとのずれを小さくするように前記第1アクチュエータを駆動し、また転舵輪の実際の転舵角を、転舵輪の指令転舵角に追従させるように前記第2アクチュエータを駆動するものであって、
前記第1アクチュエータにより前記バックアップ機構を介して伝達可能な最大トルクが、前記第2アクチュエータにより前記バックアップ機構を介して伝達可能な最大トルク以上であることを特徴とする車両の操舵装置。
【請求項2】
前記制御手段は、前記第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを車両状態に応じて設定する、ことを特徴とする請求項1に記載の車両の操舵装置。
【請求項3】
前記制御手段は、車速が第1所定値より大きい場合に、前記第2アクチュエータにより前記バックアップ機構を介して伝達可能な最大トルクが前記第1アクチュエータにより前記バックアップ機構を介して伝達可能な最大トルク以下となるように、前記第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを設定することを特徴とする請求項2に記載の車両の操舵装置。
【請求項4】
前記制御手段は、操舵角が第2所定値より小さい場合に、前記第2アクチュエータにより前記バックアップ機構を介して伝達可能な最大トルクが前記第1アクチュエータにより前記バックアップ機構を介して伝達可能な最大トルク以下となるように、前記第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを設定することを特徴とする請求項2に記載の車両の操舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の操舵装置に関し、特にステアバイワイヤ方式による車両の操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、操舵ハンドルを含む操舵部と、転舵機構を含む転舵部とが機械的に切り離されたステアバイワイヤ(SBW)システムの開発が進められている。このSBWシステムはフェールセーフのために、操舵部と転舵部とを機械的に連結するクラッチを含むバックアップ機構を備えている。SBWシステムでは、システム正常時、操舵ハンドルの操作に応じた電気信号により転舵機構を制御するSBW制御が実行される。一方で、システム異常が発生すると、速やかにクラッチを接続してSBW制御が中止され、運転者の操舵負担を軽減するアシスト制御に切り替えられる。
【0003】
しかしながらシステム異常が発生していないにもかかわらず、クラッチが誤って接続されると、SBW制御が継続して実行されることで、操舵ハンドルの連れ回りが生じることがある。SBW制御においては、転舵輪の実転舵角を指令転舵角に追従させるよう転舵アクチュエータが駆動されている。このときクラッチが誤接続されると、操舵ハンドルと転舵機構とがクラッチにより機械的に連結しているため、転舵輪の転舵に応じて操舵ハンドルが連れ回り、指令転舵角が変化する。このため指令転舵角と実転舵角との偏差が縮まらない状態となり、セルフステアが生じることがある。
【0004】
特許文献1は、SBWシステムにおいてクラッチが誤接続されていることを判定すると、SBW制御からアシスト制御に切り替える技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−137294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1によると、クラッチの誤接続を検出するまではSBW制御が実行されるため、クラッチが誤接続してからアシスト制御に切り替えるまでの間に、操舵ハンドルが連れ回される可能性は否定できない。そこでSBW方式を採用する車両の操舵装置において、クラッチが誤接続した場合に、セルフステアの発生を効果的に防止する技術の開発が望まれている。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、SBWシステムにおいてクラッチの誤接続に起因するセルフステアの発生を防止する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の車両の操舵装置は、第1アクチュエータを含む操舵部と、第2アクチュエータを含む転舵部と、
操舵ハンドルの操舵角を検出する操舵角センサと、操舵ハンドルに加えられる操舵トルクを検出する操舵トルクセンサと、操舵角センサから操舵角検出値を受け取り、操舵トルクセンサから操舵トルク検出値を受け取り、第1アクチュエータおよび第2アクチュエータを駆動制御する制御手段と、操舵部と転舵部とを連結または分離するバックアップ機構とを備える。制御手段は、
操舵ハンドルの操舵角に応じて、転舵輪の指令転舵角および操舵ハンドルに付与する指令操舵反力トルクを求め、指令操舵反力トルクと、実際に操舵ハンドルに付与されている実操舵反力トルクとのずれを小さくするように第1アクチュエータを駆動し、また転舵輪の実際の転舵角を、転舵輪の指令転舵角に追従させるように第2アクチュエータを駆動する。この態様の車両の操舵装置において、第1アクチュエータによりバックアップ機構を介して伝達可能な最大トルクは、第2アクチュエータによりバックアップ機構を介して伝達可能な最大トルク以上とされる。
【0009】
この態様によると、バックアップ機構が操舵部と転舵部とを連結した場合に、第2アクチュエータからバックアップ機構を介して伝達されるトルクを、第1アクチュエータにより発生するトルクによって相殺できるため、操舵ハンドルの連れ回りを防止することが可能となる。
【0010】
制御手段は、第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを車両状態に応じて設定
してもよい。この制御手段が、車両状態に応じて第2アクチュエータに供給する最大電流(ないしは最大電圧)を定め、第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを適切に設定することで、車両状態に適した操舵制御を実現できる。
【0011】
制御手段は、車速が第1所定値より大きい場合に、第2アクチュエータによりバックアップ機構を介して伝達可能な最大トルクが第1アクチュエータによりバックアップ機構を介して伝達可能な最大トルク以下となるように、第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを設定してもよい。第2アクチュエータが大きなトルクを発生する必要のない車両状態において、第2アクチュエータの発生する最大トルクを制限することで、たとえば第1アクチュエータが小型のモータを採用することも可能となる。
【0012】
制御手段は、操舵角が第2所定値より小さい場合に、第2アクチュエータによりバックアップ機構を介して伝達可能な最大トルクが第1アクチュエータによりバックアップ機構を介して伝達可能な最大トルク以下となるように、第2アクチュエータの発生可能な最大トルクを設定してもよい。第2アクチュエータが大きなトルクを発生する必要のない車両状態において、第2アクチュエータの発生する最大トルクを制限することで、たとえば第1アクチュエータが小型のモータを採用することも可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、SBWシステムにおいてクラッチの誤接続に起因するセルフステアを効果的に防止する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】操舵反力アクチュエータがクラッチを介して伝達するトルクと転舵アクチュエータがクラッチを介して伝達するトルクとの関係を示す図である。
【
図3】転舵トルクの最大値を制限するフローチャートの一例を示す図である。
【
図4】転舵トルクの最大値を制限するフローチャートの別の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、車両操舵装置1の概略構成を示す。車両操舵装置1は、運転者により操舵される操舵部20と、転舵輪である左右前輪FW1、FW2を運転者の操舵に応じて転舵する転舵部50とを備える。車両操舵装置1はステアバイワイヤ(SBW)システムを採用しており、システム正常時は、操舵部20と転舵部50とが、クラッチ30により機械的に分離されている。なお
図1に示す例では、クラッチ30が接続して、操舵部20と転舵部50とが機械的に連結している様子が示されている。
【0016】
操舵部20は、操舵ハンドル10、操舵軸12、操舵角センサ14、操舵トルクセンサ16および操舵反力アクチュエータ18を備える。操舵ハンドル10は、運転者により回動操作される操舵部材であり、操舵軸12の上部に固定される。操舵反力アクチュエータ18は、操舵反力を形成する操舵反力用モータを有して、操舵軸12の下部に組み付けられている。操舵反力用モータは操舵軸12を軸線周りに回転駆動する。操舵角センサ14は、運転者により回動操作される操舵ハンドル10の操舵角を検出し、操舵トルクセンサ16は、操舵ハンドル10に加えられる操舵トルクを検出する。
【0017】
転舵部50は、ラックバー42および転舵アクチュエータ44を備える。ラックバー42は、車両の左右方向に延び、その両端部には、タイロッドおよびナックルアーム(図示せず)を介して、左右前輪FW1、FW2が転舵可能に接続されている。左右前輪FW1、FW2は、ラックバー42の軸線方向の変位により左右に転舵される。転舵アクチュエータ44は、ラックバー42の外周に設けられる転舵用モータを有し、転舵用モータの回転は、ラックバー42の軸線方向の変位に変換される。回転角センサ40は、転舵用モータの回転角を検出する。
【0018】
転舵部50は、さらに転舵軸34、ピニオンギア36およびラック歯38を備える。転舵軸34は軸線周りに回転可能であり、転舵軸34の下端にはピニオンギア36が固定されている。ピニオンギア36はラックバー42に設けられたラック歯38に噛み合っており、これにより転舵軸34は、ラックバー42の軸線方向の変位に連動して軸線周りに回転する。
【0019】
車両操舵装置1は、フェールセーフのために、操舵部20と転舵部50との間に、クラッチ30およびバックアップケーブル32を含むバックアップ機構22を備える。バックアップ機構22は、操舵部20と転舵部50とを機械的に連結または分離する機能をもつ。バックアップケーブル32は可撓性を有し、その上端がクラッチ30に接続され、その下端が転舵軸34に接続される。これにより転舵軸34はバックアップケーブル32と一体回転する。クラッチ30は、2ウェイクラッチや多板クラッチ等の電磁クラッチであり、車両操舵装置1のシステム正常時には電流を供給されて非接続状態(分離状態)とされ、一方でシステム異常時には電流供給が停止されてスプリング力等により接続状態とされる。このため、電流供給停止時には、接続したクラッチ30を介して操舵部20における操舵軸12と転舵部50における転舵軸34とが一体回転するようになる。
【0020】
制御ユニット60は、操舵反力アクチュエータ18を駆動制御する操舵反力ECU62と、転舵アクチュエータ44を駆動制御する転舵ECU64を有して構成される制御手段である。操舵反力ECU62は、操舵角センサ14から操舵角検出値を受け取り、また操舵トルクセンサ16から操舵トルク検出値を受け取る。転舵ECU64は、回転角センサ40から転舵アクチュエータ44における転舵用モータの回転角検出値を受け取る。
【0021】
システム正常時、転舵ECU64はクラッチ30に電流を供給して、クラッチ30を非接続状態とする。運転者が操舵ハンドル10を回動操作すると、操舵反力ECU62が操舵角センサ14から操舵角検出値を受け取り、転舵ECU64に渡す。転舵ECU64は、操舵ハンドル10の操作状態に応じた左右前輪FW1、FW2の指令転舵角を求め、その指令転舵角となるように転舵アクチュエータ44を駆動する。具体的に転舵ECU64は、回転角センサ40から受け取る回転角検出値をもとに、左右前輪FW1、FW2の実転舵角を導出し、実転舵角を指令転舵角に追従させるように転舵アクチュエータ44を駆動する。また操舵反力ECU62は、操舵ハンドル10の操舵角および左右前輪FW1、FW2の転舵状態に応じた指令操舵反力トルクを操舵ハンドル10に付与するように操舵反力アクチュエータ18を駆動する。このようにシステム正常時は、操舵部20および転舵部50が分離された状態で、制御ユニット60が、転舵輪を転舵しつつ、操舵ハンドル10に操舵反力を付与するSBW制御を実行する。
【0022】
一方でシステム異常時には、転舵ECU64がクラッチ30への電流供給を停止して、クラッチ30を接続状態とする。これにより操舵軸12と転舵軸34とが機械的に連結する。制御ユニット60はSBW制御を中止し、操舵トルクセンサ16からの操舵トルク検出値をもとに、運転者の操作にアシストトルクを付与するように、操舵反力アクチュエータ18と転舵アクチュエータ44の少なくとも一方を駆動するアシスト制御を実行する。たとえば制御ユニット60は、操舵反力アクチュエータ18に異常が生じている場合には、転舵アクチュエータ44を駆動するアシスト制御を実行し、転舵アクチュエータ44に異常が生じている場合には、操舵反力アクチュエータ18を駆動するアシスト制御を実行する。このようにシステム異常時は、操舵部20および転舵部50が連結された状態で、制御ユニット60が、操舵ハンドル10にアシストトルクを付加するアシスト制御を実行する。制御ユニット60は、システム異常の発生を検出した時点で、SBW制御からアシスト制御にすみやかに切り替えることが好ましい。
【0023】
ところでクラッチ30は上記したように、スプリング力が接続方向に作用する構造を有している。電流が供給されているとき、クラッチ30は解放されて非接続状態を維持しなければいけないが、スプリング力の作用により誤接続することがある。クラッチ30が誤接続すると、制御ユニット60はシステム異常が発生したことを検出して、SBW制御からアシスト制御に切り替えることが好ましいが、クラッチ30が実際に誤接続した時点からSBW制御が中止される時点までの間は、転舵輪の実転舵角を指令転舵角に追従させるように転舵アクチュエータ44を駆動するSBW制御が実行されている。
【0024】
なお車両操舵装置1は、クラッチ30の接続状態または分離状態を検出するクラッチ状態検出手段(図示せず)を有し、クラッチ30に電流が供給されているにもかかわらず、クラッチ状態検出手段により接続状態であることが検出されると、制御ユニット60は、クラッチ30が誤接続されていることを判定して、システム異常の発生を検出してもよい。
【0025】
図2は、操舵反力アクチュエータ18がクラッチ30を介して伝達するトルクと転舵アクチュエータ44がクラッチ30を介して伝達するトルクとの関係を示す。操舵反力アクチュエータ18における操舵反力用モータは、操舵ハンドル10に操舵反力を与える役割をもち、転舵アクチュエータ44における転舵用モータは、左右前輪FW1、FW2を転舵する役割をもつ。
【0026】
転舵用モータは特に据え切り時に大きな転舵トルクを発生する必要があるため、従来の操舵装置においては、転舵用モータが出力可能な最大トルクは、操舵反力用モータが出力可能な最大トルクに比してかなり大きい。このため従来の操舵装置では、SBW制御中にクラッチ30が誤接続すると、転舵アクチュエータ44により発生されたトルクがバックアップ機構22を介して操舵ハンドル10に伝達され、操舵ハンドル10が連れ回されることがあった。
【0027】
そこで本実施例の車両操舵装置1においては、操舵反力アクチュエータ18によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク値Aが、転舵アクチュエータ44によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク値B以上となるようにする。最大トルク値Aが最大トルク値B以上になるように操舵反力アクチュエータ18および転舵アクチュエータ44の駆動条件を設定することで、操舵反力アクチュエータ18と転舵アクチュエータ44の間のトルク伝達経路で、転舵アクチュエータ44が生成したトルクを、操舵反力アクチュエータ18が生成したトルクで相殺することが可能となる。
【0028】
SBW制御中、操舵反力ECU62は、少なくとも操舵角センサ14により検出された操舵ハンドル10の操舵角に応じて、操舵ハンドル10に付与する指令操舵反力トルクを求め、操舵反力アクチュエータ18を駆動する。クラッチ30が接続状態にある場合、転舵ECU64が、転舵輪の実転舵角を指令転舵角に追従させるように転舵アクチュエータ44を駆動すると、運転者は、操舵ハンドル10が連れ回されないように、操舵ハンドル10を戻す方向に力を加える。操舵反力ECU62は、操舵トルクセンサ16から受け取る操舵トルク検出値から、実際に操舵ハンドル10に付与されている実操舵反力トルクを導出し、指令操舵反力トルクとのずれ(偏差)を検出すると、その偏差を縮めるように、操舵反力アクチュエータ18を駆動する。
【0029】
このようにSBW制御中にクラッチ30が誤接続すると、操舵反力アクチュエータ18と転舵アクチュエータ44とが、相手方からのトルクを打ち消す方向のトルクをそれぞれ発生する。このとき車両操舵装置1において、操舵反力アクチュエータ18によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク値Aが、転舵アクチュエータ44によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク値B以上となるように設定されていることで、転舵アクチュエータ44から仮に最大トルクBが伝達されたとしても、操舵反力アクチュエータ18が、最大トルクBを打ち消すトルクを生成できるため、操舵ハンドル10の連れ回り、すなわちセルフステアの発生を防止することが可能となる。なお、最大トルクAが最大トルクBよりも大きい場合には、転舵アクチュエータ44からバックアップ機構22を介して伝達されるトルクを打ち消すだけでなく、操舵反力アクチュエータ18が、適切な操舵反力トルクを操舵ハンドル10に付与することが可能となる。このように従来よりも定格の大きい操舵反力用モータを用いることで、クラッチ30が誤接続しているか否かを判定する必要なく、クラッチ30の誤接続時にSBW制御の特徴を効果的に利用して、セルフステアの発生を防止することが可能となる。なお上記したように、制御ユニット60が、クラッチ30の誤接続によるシステム異常を検出した後は、SBW制御からアシスト制御にすみやかに切り替えることが好ましい。
【0030】
なお一般に定格の大きいモータは、定格の小さいモータに比して大型で高価となる。そこで以下においては、従来の操舵装置のように転舵用モータよりも定格の小さい操舵反力用モータを用いた場合においても、クラッチ30の誤接続に起因するセルフステアの発生を効果的に防止できる技術思想を示す。以下の例では、制御ユニット60が、転舵アクチュエータ44の発生可能な最大トルクを車両状態に応じて設定する。以下に車両状態が、車速、操舵角(転舵角)である例を説明するが、他の状態にしたがって転舵アクチュエータ44の発生可能な最大トルクが設定されてもよい。
【0031】
上記したように、転舵アクチュエータ44では、据え切り時に転舵輪を十分に転舵できるように、出力可能な最大トルクの大きい転舵用モータが使用されている。車速域に関して転舵に必要な転舵トルクについて検討すると、車速0ないしは微低速(0〜5km/h)走行中に必要な転舵トルクは、低速、中速ないしは高速走行中に必要な転舵トルクに比して大きい。換言すると、転舵アクチュエータ44は、所定の速度(たとえば5km/h)を超える車速域においては、大きな転舵トルクを発生する必要がなく、転舵アクチュエータ44の最大トルクを制限しても走行中の転舵に支障が生じない。つまり所定速度を超えた車速域においては、転舵アクチュエータ44の発生可能な最大トルクを定格よりも低く設定できる。
【0032】
図3は、転舵トルクの最大値を制限するフローチャートの一例を示す。ここで転舵用モータの定格最大トルクを発生する際に必要な電流値をIaとする。転舵ECU64は、車速センサ52から車速検出値を受け取り、車速を求める。車速が閾値(たとえば5km/h)より大きい場合(S10のY)、転舵ECU64が転舵アクチュエータ44による転舵トルクの最大値を制限する(S12)。具体的に転舵ECU64は、転舵用モータに供給する最大の電流値をIb(<Ia)に設定して、発生可能な最大トルクを定格最大トルクよりも小さくする。一方、車速が閾値以下であれば(S10のN)、転舵ECU64は、発生可能な最大トルクを定格最大トルクに設定し、したがって供給する最大の電流値をIaに設定する。
【0033】
S12において制限された転舵トルクの最大値について説明する。まず転舵トルクの最大値は、車速が閾値より大きい場合に転舵輪を転舵するのに十分な値である必要がある。次に
図2に関して説明したように、クラッチ30の誤接続時に起因するセルフステアの発生を防止するために、操舵反力アクチュエータ18によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク値Aが、転舵アクチュエータ44によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク値B以上となる必要がある。
【0034】
したがって転舵ECU64は、車速が閾値より大きい場合に、転舵アクチュエータ44によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルクが、操舵反力アクチュエータ18によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク以下となるように、転舵アクチュエータ44の発生可能な最大トルクを設定する。これにより転舵アクチュエータ44による転舵トルクがバックアップ機構22を介して伝達されても、操舵反力アクチュエータ18により生成されるトルクによって打ち消し可能となる。このように車速域に応じて、転舵アクチュエータ44が発生可能な最大トルクを変更することで、操舵反力アクチュエータ18が定格の小さい操舵反力用モータを搭載していても、車速が閾値より大きい場合には、クラッチ30の誤接続に起因するセルフステアの発生を効果的に防止することが可能となる。
【0035】
また車速が閾値以下の場合には、転舵用モータが定格最大トルクを発生できるように、供給する電流の最大値をIaに設定しておくことで、たとえば据え切り時においても転舵アクチュエータ44が転舵輪を転舵することができる。なお、このときクラッチ30が誤接続すると、セルフステアが発生する可能性はあるが、微低速であるために、セルフステアによる車両挙動への影響は非常に小さく抑えることができる。なおS10において、車速が微低速域(0〜5km/h)にある場合に、転舵用モータの定格最大トルクを制限しないことを説明したが、セルフステアによる車両挙動への影響を最小限にするべく閾値を0km/hに設定して、車両停止時においてのみ、転舵用モータの定格最大トルクを制限しないようにしてもよい。
【0036】
次に、操舵角に関して転舵に必要な転舵トルクについて検討する。たとえば据え切り時に最も大きな転舵トルクを必要とするのは、転舵輪の転舵可能な範囲におけるエンド付近、つまり転舵輪の転舵角が最大となる付近である。換言すると、転舵アクチュエータ44は、転舵輪の転舵角が所定値(転舵角最大値の手前の値)よりも小さければ、大きな転舵トルクを発生する必要がなく、転舵アクチュエータ44の最大トルクを制限しても転舵に支障が生じない。つまり転舵角が所定値よりも小さければ、転舵アクチュエータ44の発生可能な最大トルクを定格よりも低く設定できる。そこで転舵ECU64が、転舵輪の転舵角が所定値になるときの操舵ハンドル10の操舵角を用いて、転舵トルクの最大値を制限する例を示す。
【0037】
図4は、転舵トルクの最大値を制限するフローチャートの別の例を示す。転舵ECU64は、操舵反力ECU62経由で操舵角センサ14から操舵角検出値を受け取り、操舵ハンドル10の操舵角を取得する。操舵角が閾値より小さい場合(S20のY)、転舵ECU64が転舵アクチュエータ44による転舵トルクの最大値を制限する(S22)。具体的に転舵ECU64は、転舵用モータに供給する最大の電流値をIb(<Ia)に設定して、発生可能な最大トルクを定格最大トルクよりも小さくする。一方、操舵角が閾値以上であれば(S20のN)、転舵ECU64は、発生可能な最大トルクを定格最大トルクに設定し、したがって供給する最大の電流値をIaに設定する。ここでS20において操舵角と比較される閾値は、上記したように転舵輪の転舵角が所定値になるときの操舵角である。
【0038】
S22において制限される転舵トルクの最大値は、S12において制限される転舵トルクの最大値と同じであってよい。転舵ECU64は、操舵角が閾値より小さい場合に、転舵アクチュエータ44によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルクが、操舵反力アクチュエータ18によりバックアップ機構22を介して伝達可能な最大トルク以下となるように、転舵アクチュエータ44の発生可能な最大トルクを設定する。このように操舵角に応じて、転舵アクチュエータ44が発生可能な最大トルクを変更することで、操舵反力アクチュエータ18が定格の小さい操舵反力用モータを搭載していても、操舵角が閾値より小さい場合には、クラッチ30の誤接続に起因するセルフステアの発生を効果的に防止することが可能となる。
【0039】
また操舵角が閾値以上の場合には、転舵用モータが定格最大トルクを発生できるように、供給する電流の最大値をIaに設定しておくことで、たとえば据え切り時のエンド付近においても転舵アクチュエータ44が転舵輪を転舵することができる。なお、このときクラッチ30が誤接続すると、セルフステアが発生する可能性はあるが、エンド付近まで転舵するのは車速が0ないしは微低速である場合に限られるため、セルフステアによる車両挙動への影響は非常に小さく抑えることができる。
【0040】
以上、実施例をもとに本発明を説明した。実施例はあくまでも例示であり、各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0041】
図4に示すフローチャートにおいて、操舵角に基づいて転舵トルクの最大値を制限しているが、操舵角ではなく、転舵角に基づいて転舵トルクの最大値を制限してもよい。また
図3および
図4において転舵トルクの最大値を制限する2つのフローチャートを示したが、この2つのフローは、アンド条件で利用されてもよく、またオア条件で利用されてもよい。アンド条件で利用される場合とは、S10のYおよびS20のYの両方が成立したときに、S12(ないしS22)のステップが実行されることを意味し、またオア条件で利用される場合とは、制御ユニット60が、2つのフローを独立して実行することを意味する。
【符号の説明】
【0042】
1・・・車両操舵装置、10・・・操舵ハンドル、12・・・操舵軸、14・・・操舵角センサ、16・・・操舵トルクセンサ、18・・・操舵反力アクチュエータ、20・・・操舵部、22・・・バックアップ機構、30・・・クラッチ、32・・・バックアップケーブル、34・・・転舵軸、36・・・ピニオンギア、38・・・ラック歯、40・・・回転角センサ、42・・・ラックバー、44・・・転舵アクチュエータ、50・・・転舵部、52・・・車速センサ、60・・・制御ユニット、62・・・操舵反力ECU、64・・・転舵ECU。