(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1電圧は、70V以上、且つ、陰極電極が酸化又は熔解しない電圧範囲内にあり、前記第2電圧は、前記電圧範囲内にあり、且つ、第1電圧と5V以上異なることを特徴とする請求項1に記載の金属材料の表面処理方法。
前記金属材料はステンレス鋼材であり、前記第1電圧は、60V以上、且つ、陰極電極が熔解しない電圧範囲内にあり、前記第2電圧は、前記電圧範囲内にあり、且つ、第1電圧と5V以上異なることを特徴とする請求項1に記載の金属材料の表面処理方法。
前記第2電圧による処理の後、さらに前記第2電圧より5V以上小さい電圧による処理を1回以上行ない、後の処理の電圧を直前の処理の電圧より5V以上小さくすることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属材料の表面処理方法。
【背景技術】
【0002】
金属材料表面を機能材料として利用する際、金属材料表面の濡れ性、すなわち金属材料の親水性および撥水性は重要な因子になり、これを制御することにより様々な特性を金属材料に付与することができる。例えば、熱交換器に使われる金属材料では、熱伝導向上のため、金属製伝熱管の内外表面と水などの媒体との親和性、すなわち金属表面の親水性が要求される。また、表面に親水性を付与することは、水と共に付着した汚れなどが流れ落ちるセルフクリーニング効果も期待できるなど多くの利点がある。このため、金属表面に親水性を付与する技術として、例えば、特許文献1には、コロナ放電を用いてポーラスな酸化層を形成させる技術、特許文献2には、表面に皮膜形成を伴うエッチングを施した後にその皮膜を除去し、親水性皮膜を形成させる方法などが開示されている。
【0003】
しかしながら、コロナ放電を利用した技術は表面に酸化層を形成させる技術であり、この酸化層が剥離などで脱落すると機能が失われる。エッチングと親水性皮膜を組合せた方法は、工程が複雑で皮膜形成を伴うためコストがかかる。また、使用中に親水性塗料が脱落すると効果が低下し回復しないなどの問題がある。また、逆に、金属材料表面の撥水性に関しては、例えば、水分が存在する環境下では、鉄鋼材料をはじめとする金属材料は水と反応することによって腐食する。このため、金属材料表面を撥水性(疎水性)にし、金属材料表面が水に濡れた状態を少なくする、若しくは金属表面に水が接触しても水が容易に金属表面から流れ落ちるようにすることによって、金属材料が腐食することを抑制する撥水特性付与技術が、近年、提案されている。
【0004】
例えば、特許文献3には、鋼板表面にAlやZrなどのアルコキシドを塗布し、100℃以上に加熱することによって鋼板表面に撥水特性を付与する技術が記載されている。また、特許文献4には、めっき鋼板の表面に金属カップリング処理化合物の被膜層を形成することによってめっき鋼板表面に撥水特性を付与する技術が記載されている。また、特許文献5には、金属板表面に撥水性塗料を塗布することによって、金属板表面に撥水特性を付与する技術が記載されている。しかしながら、上述の方法はいずれも、表面に高価な薬剤による皮膜を形成するものであり、それら皮膜層が剥離などで脱落すると撥水性が損なわれたり、皮膜形成の工程が複雑でコストがかかったりするなどの問題がある。
【0005】
一方、近年、鋼板が本来有する様々な性能に加えて、光触媒を利用して耐汚れ性や脱臭性などの新たな機能を鋼板に持たせる試みがなされている(特許文献6−9参照)。このような試みの基本となる技術は、光触媒活性粒子を表面の塗装材や処理層中に分散させておくものであり、塗装材としては樹脂系(特許文献6,7参照)や無機−有機複合体(特許文献8参照)が検討されている。また、鋼板に直接光触媒を付与する試みとして、プラズマを利用した原子レベルでの成膜方法(plasma-enhanced atomic layer deposition)を利用して鋼板表面にTiO
2薄膜を作製する技術が提案されている(非特許文献1参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来までの親水性付与技術および撥水性付与技術は、金属材料表面に表面被膜を形成することによって金属表面に撥水性および親水性を付与する技術であり、金属表面に異種金属や微粒子を付与する必要があるために、余計な労力および費用が必要になる。また、撥水性については、単に金属材料表面に撥水層を設けるだけでは不十分であり、微粒子を付与するなどの特殊な処理を施す必要があった。
【0009】
一方、従来までの光触媒機能付与技術は、塗装材や処理層に光触媒活性粒子を分散させる、又は、光触媒活性物質の膜を成膜することにより、鋼板表面に光触媒機能を持たせている。しかしながら、有機物を主体とする塗装材や処理層は光触媒活性粒子によって分解されるため、長期間の光触媒機能の持続を期待できない。また、光触媒活性物質や有機材料を用いるため、製造工程が複雑でコストが高くなる。また、原子レベルでのTiO
2薄膜の成膜方法は、高度な技術を必要とし、コストが高く工業化することが困難である。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、多くの労力および費用を要することなく金属材料表面に新たな機能を付与することが可能な金属材料の表面処理方法、およびこの表面処理方法によって表面処理された金属材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る金属材料の表面処理方法は、被処理表面を有する金属材料からなる陰極電極としての被処理材と陽極電極とを電解溶液中に浸漬させるステップと、第1電圧を前記陰極電極と前記陽極電極との間に印加するステップと、前記第1電圧と異なる第2電圧を前記陰極電極と前記陽極電極との間に印加するステップと、を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明に係る金属材料の表面処理方法は、上記発明において、前記第1電圧は、70V以上、且つ、陰極電極が酸化又は熔解しない電圧範囲内にあり、前記第2電圧は、前記電圧範囲内にあり、且つ、第1電圧と5V以上異なることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る金属材料の表面処理方法は、上記発明において、前記金属材料はステンレス鋼材であり、前記第1電圧は、60V以上、且つ、陰極電極が熔解しない電圧範囲内にあり、前記第2電圧は、前記電圧範囲内にあり、且つ、第1電圧と5V以上異なることを特徴とする。
【0014】
本発明に係る金属材料の表面処理方法は、上記発明において、前記第2電圧が前記第1電圧より小さいことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る金属材料の表面処理方法は、上記発明において、前記第2電圧による処理の後、さらに前記第2電圧より5V以上小さい電圧による処理を1回以上行ない、後の処理の電圧を直前の処理の電圧より5V以上小さくすることを特徴とする。
【0016】
本発明に係る金属材料の表面処理方法は、上記発明において、前記第1電圧および前記第2電圧を印加した後に前記陰極電極の表面に撥水処理を施すステップを含むことを特徴とする。
【0017】
本発明に係る金属材料は、本発明に係る金属材料の表面処理方法によって表面処理されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る金属材料の表面処理方法および金属材料によれば、多くの労力および費用を要することなく金属材料表面に新たな機能を付与できる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の第1および第2の実施形態である金属材料の表面処理方法について説明する。
【0021】
〔第1の実施形態〕
図1は、本発明の第1の実施形態である金属材料の表面処理の流れを示すフローチャートである。
図2は、本発明の第1の実施形態である金属材料の表面処理方法において用いられる装置の一構成例を示す模式図である。
図1に示すように、本発明の第1の実施形態である金属材料の表面処理では、始めに、金属材料である陰極電極としての被処理材と陽極電極とを電解溶液中に浸漬し、陰極電極と陽極電極との間に電圧Aを印加する(ステップS1)。そして次に、陰極電極と陽極電極との間に電圧Aとは異なる電圧Bを印加する(ステップS2)。この2つのステップによって、被処理材の表面に比表面積が大きい微細構造を形成することができる。具体的には、
図2に示すように、容器1内の電解溶液2中に陽極電極3と被処理材4とを浸漬し、銅ワイヤーなどの導線5を介して電源6から陽極電極3と被処理材4とに電圧Aおよび電圧Bを印加することによって、被処理材4の表面に微細構造を形成させる。ステップS1の処理とステップS2の処理とを連続的に行うことが効率的であるが、ステップS1の処理の後に時間をあけたり、装置や電解溶液などを変えた後にステップS2の処理を行ったりしてもよい。
【0022】
電解溶液2は、特に限定されないが、電気伝導性を有し、且つ、被処理材4の表面処理を行う際に、被処理材4の表面を過度にエッチングしたり、陽極電極3および被処理材4の表面に付着や析出したり、沈殿物を形成したりし難い溶液である。このような電解溶液2の電解質としては、炭酸カリウム(K
2CO
3)、炭酸ナトリウム(Na
2CO
3)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO
3)、炭酸アンモニウム((NH
4)
2CO
3)、水酸化リチウム(LiOH)、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化アンモニウム(NH
4OH)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化アンモニウム(NH
4Cl)、硫酸のナトリウム塩、硫酸のカリウム塩、硫酸のアンモニウム塩、硝酸のナトリウム塩、硝酸のカリウム塩、硝酸のアンモニウム塩、クエン酸ナトリウム(NaH
2(C
3H
5O(COO)
3))などのクエン酸のナトリウム塩、クエン酸のカリウム塩、クエン酸のアンモニウム塩、硝酸、および塩酸などを例示できる。
【0023】
電解溶液2は、被処理材4の表面を改質可能であれば、任意のpHおよび濃度とすることができる。例えば炭酸カリウム水溶液を電解溶液2として用いる場合、その濃度は、特に限定されることなく、0.001mol/L以上、より好ましくは0.005mol/L以上とすることができる。電解溶液2の濃度が低すぎると、陽極電極3と被処理材4との間に電圧を印加した際に好適な放電状態を維持することが困難となる場合があるからである。電解溶液2の濃度の上限は特に設けないが、例えば0.5mol/L以下とすることができる。また、電解溶液2のpHは、電極の過度の腐食やエッチングを起こさなければ任意の値とすることができ、例えばpH10乃至12とすることができる。
【0024】
陽極電極3は、放電に際して熱的および化学的に安定な材料によって形成されている。このような陽極電極3としては、Pt、Ir、黒鉛などを例示できる。
【0025】
被処理材4は、金属材料であれば特に限定されず、鉄鋼材料であれば冷間圧延材、熱間圧延材、若しくは鋳造材、およびその加工物(溶接など含む)を用いることができる。また、鋼種は特に限定されず、炭素鋼、低合金鋼、若しくはステンレス鋼などを利用できる。また、電気亜鉛めっき鋼板をはじめとするめっき鋼板も利用できる。また、被処理材4の形状は特に限定されず、板状、線状、棒状、パイプ状、若しくは加工部品を利用することができる。また、被処理材4は電解溶液2中に浸漬されていることが必要で、少なくとも液面から1mmより深くする必要がある。
【0026】
放電条件は、被処理材4の表面に凹凸が形成される部分プラズマ状態から完全プラズマ状態までの範囲を利用できる。但し、被処理材4が熔解する電圧よりも低い電圧範囲で実施する必要がある。具体的には、放電電圧を上げていったときに暗所で肉眼で確認できる発光が始まり、オレンジ色の点発光を示す電圧から材料全体が赤熱する直前までの状態である。印加電圧は、被処理材4の大きさを1mm×1mm×20mmとした場合、およそ70乃至200Vの範囲内が好適であり、より望ましくは80乃至150Vの範囲内である。この電圧範囲は、ステンレス鋼などの合金鋼を含むほとんどの鉄鋼材料に適用できる。しかしながら、この電圧範囲は、被処理材4の種類や配置によって変化するため、電圧条件を変更して処理した被処理材4の表面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察することにより決定すると良い。
【0027】
放電電圧は、鉄鋼材料の表面に微細突起を形成させる電圧であることが必要条件である。下限の電圧未満では表面に微細突起は形成されないため、SEMで微細突起の有無を確認することで決定できる。上限を超えると被処理面が熔解してしまう。従って、表面が熔解する電圧として上限を決定することができる。表面を酸化させないほうが望ましい場合は表面が酸化される電圧をSEMおよびSEMに付属したエネルギー分散型X線分光装置(EDS)を用いて調べることで容易に決定できる。被処理材4の酸化物と同程度のX線強度で酸素が検出された場合、表面は酸化されていると判断できる。また被処理材4の酸化物(例えば冷延鋼板や低合金鋼ではFeの酸化物を意味する)のFeのL線の強度で規格化した酸素のX線強度に対して、被処理材4における酸素のFe−L線強度で規格化したX線強度が1/3以下である必要がある。上記の表面調査は、電圧を変更して30分間放電した後、被処理材4を取出し水洗、乾燥した後、SEMへ導入して観察することにより行う。
【0028】
本発明の発明者らは、望ましい電圧範囲内では電圧が高いほど微細突起が大きくなることを知見している。表面積を増加させる上では、大きい凹凸の上にさらに微細な凹凸を付与することが有利であるため、電圧Bは電圧Aより低くすることが望ましい。電圧Aと電圧Bとの間に5Vの違いがあると、形成される突起の大きさに違いが見られたために、電圧Aと電圧Bとの間の電圧差は5V以上であることが望ましい。また、ステップS1の処理では大きい凹凸を形成することが有利であるため、電圧Aとしては、望ましい電圧範囲内の中で上限に近い電圧を選択するとよい。
【0029】
放電処理時間はステップS1およびステップS2の処理において3秒以上必要である。但し、放電処理時間は例えば60分などの長い時間も可能であるが、放電処理時間が長すぎると被処理材4が損耗する場合があるため30分以上の処理時間は好ましくない。また、ステップS2の処理において放電処理時間を長くすることが好ましくない。ステップS2の処理において放電処理時間が長くなると、電圧Bに依存した微細突起が表面に形成されてしまうためである。このことから、ステップS2の処理における放電処理時間は5分以下がよい。
【0030】
図3は、厚さ0.8mmのSUS316ステンレス鋼板を処理した例である。このSUS316ステンレス鋼板を2.5mm幅、長さ30mmに切断し、銅ワイヤーにより導通をとり陰極電極とした。陽極電極は長さ50cmのPtワイヤーを互いに接触しないように折り曲げて面状に成型したものを用いた。SUS316ステンレス鋼板と銅ワイヤーとの接続部は耐熱樹脂を加熱圧着し銅ワイヤーが電解溶液に触れないようにして電極の20mmの長さ部分を電解溶液に浸漬した。電解溶液は濃度0.1mol/LのK
2CO
3水溶液を用い、電圧を140Vに設定して10分間放電(ステップ1)を行い、続いて電圧を110Vに設定して3分間放電(ステップ2)を行った後、陰極電極を電解溶液から引き上げて直ちに水洗した。
【0031】
その結果、
図3に示すように、SUS316ステンレス鋼板の表面に比較的大きな突起が形成され、さらにその比較的大きな突起の上に平均直径が1μm以下の微細な突起が形成されていることが確認された。また、EDSによる元素分析によりSUS316ステンレス鋼板の表面は酸化されていないことが確認された。また、160Vを越える印加電圧では、SUS316ステンレス鋼板の先端が熔断してしまった。このため、印加電圧の上限値は160Vと求めることができた。また、EDSによる元素分析により140V以下の印加電圧ではSUS316ステンレス鋼板の表面が酸化されないことが確認されたため、この実験条件および試験材においては、表面を酸化させない印加電圧の上限値は140Vであることがわかった。一方、印加電圧の下限値は突起構造の有無から80Vと決定することができた。従って電圧Aとしてはもっとも好ましい条件は140Vと決定できた。
【0032】
図1に戻る。上述のようにして被処理材4の表面に微細構造を形成すると、次に、電解溶液2中から被処理材4を取り出し、必要に応じて被処理材4を洗浄する(ステップS3)。この状態で親水性を有する表面が得られる。洗浄方法は、表面の電解溶液を除去する目的で行い、純水に浸漬したり、スプレーしたりする方法などが挙げられる。純水に限らず、表面の微細構造を壊さなければ、弱酸やアルカリ溶液を用いても良い。その際、電解をかけることも可能である。洗浄後は乾燥させても良いし、撥水処理を行う場合には、乾燥させずに次工程へ進めることもある。
【0033】
図4は、
図3に示す試料表面に蒸留水を滴下した状態を横方向から観察した写真図である。
図4に示すように、非常に小さい接触角が得られており、超親水性表面が得られていることがわかる。ステップ1と同じ電圧140Vに設定して15分間放電の処理では接触角度は52度、およびステップ2と同じ電圧110Vに設定して15分間放電の処理した表面の接触角度は70度であったことから、
図4のように水の接触角が10度程度の超親水性を得るためには、ステップ1の処理とステップ2の処理との2段階の処理が必要であることがわかる。
【0034】
撥水性表面を得るために、洗浄された被処理材4の被処理表面に撥水処理を施す(ステップS4)。撥水処理方法は、撥水スプレーを塗布する方法やフッ素系樹脂など撥水機能を有する有機物を液相又は気相中で吸着させる方法などを採用できる。本実施形態では、コロニル社製ナノプロ(成分:フッ化炭素樹脂、シリコン樹脂)を被処理材4の表面に吹き付け、12時間以上乾燥させることによって、被処理材4の表面に撥水処理を施した。
【0035】
図5は、
図3に示す試料表面に撥水処理を施し、蒸留水を滴下した状態を横方向から観察した写真図である。観察の結果、水の接触角は170°と測定され、超撥水性が実現していることが確認された。溶液中プラズマ放電を実施していない材料に対して同様の撥水処理を施したところ、水の接触角は125°であった。また、撥水処理を行わなかった試料における水の接触角は77.2°(
図6参照)であった。従って、超撥水表面を得るためには、ステップ1の処理とステップ2の処理とを有する2段の溶液中プラズマ放電と撥水処理との両方が必要であることが確認された。
【0036】
本発明の、溶液中でプラズマ放電を異なった条件で2回行なう技術は、3回以上の溶液中プラズマ放電処理技術に拡張可能である。処理時間やコストの観点からは回数が少ないほうが有利であるが、より高い効果を必要とされる場合には、3回以上の溶液中プラズマ放電処理を適用することができる。
【0037】
〔実施例〕
市販の厚さ0.8mmのステンレスSUS316鋼板を2.5mm幅、長さ50mmに切断し、希塩酸に浸漬させることによって脱脂した後、銅ワイヤーを介して導通をとり陰極電極とした。銅ワイヤーとの接続部を含めて電極上部を耐熱樹脂でコーティングし、ステンレス鋼が露出した被処理部の長さを20mmとした。この電極を電解溶液に浸漬した。陽極電極は長さ50cmの0.5mmφのPtワイヤーを互いに接触しないように折り曲げて面状に成型したものを用いた。電解溶液は濃度0.1mol/LのK
2CO
3水溶液とし、印加電圧を110乃至140Vの範囲内に設定し、表1に示す条件で放電を行い、終了後直ちに純水で水洗し乾燥させた。その後、一部の試料についてコロニル社製ナノプロを被処理材の表面に吹き付け12時間以上乾燥させることによって撥水処理を施し、水濡れ性を調査した。水濡れ性は、マイクロピペットを用いて電極面に等間隔になるように蒸留水を1μmずつ6か所滴下し、キャノン社製のデジタルカメラEOS Kiss X2を用いて真横から撮影し、得られた写真から接触角を測定し、6箇所の平均をとることによって評価した。蒸留水は和光純薬工業社製蒸留水049-16787を使用した。表1に試験結果を示す。
【0038】
無処理の表面(比較例1)では、接触角は77°であり、撥水処理を施しても接触角は125°までしか上昇しない。これに対して、発明例では8乃至42°と高い親水性を示していることがわかる。また、撥水処理を施した発明例では最高172°(発明例2)の超撥水性が得られた。1つの電圧を印加した比較例でも親水性が向上したり、撥水処理を施すことにより撥水性が発現したりしているが(比較例2乃至13)、それぞれの最も優れたものでも52°、147°であった。このことから、2つの異なる電圧で処理したものが、親水性や撥水性付与に高い効果があることが確認された。但し、ステップ2の処理時間が15分と長い発明例6では、親水性、撥水性ともにあまり向上効果がなく、このことから、ステップ2の処理時間は5分以下にする方がより好ましい。
【0040】
〔第2の実施形態〕
本発明の発明者らは、簡便な方法でステンレス鋼材に光触媒機能を持たせることとTiO
2を使用しないこととを目標に鋭意研究を重ねてきた結果、ステンレス鋼材を電解溶液中でプラズマ処理することによってステンレス鋼材の表面に微細な凹凸構造が出現し、その結果、ステンレス鋼材に光触媒機能が発現することを知見した。また、本発明の発明者らは、電圧を変えて2回のプラズマ処理を行うことによって、ステンレス鋼材の光触媒機能が大幅に向上することを知見した。
【0041】
図7は、本発明の第2の実施形態である金属材料の表面処理の流れを示すフローチャートである。本発明の第2の実施形態である金属材料の表面処理方法に用いられる処理装置は、
図2に示す処理装置と同じ構成を有している。
図7に示すように、本発明の第2の実施形態である金属材料の表面処理では、始めに、被処理表面を有するステンレス鋼材からなる陰極電極としての被処理材と陽極電極とを電解溶液中に浸漬させる(ステップS11)。そして、陰極電極と陽極電極との間に、60V以上、且つ、陰極電極が熔解しない電圧範囲内の電圧Aを印加することにより、被処理材の表面に微細構造を形成する(ステップS12)。より具体的には、
図2に示すように、容器1内の電解溶液2中に陽極電極3と被処理材4とを浸漬し、CuワイヤーやPtワイヤーなどの導線5を介して電源6から陽極電極3と被処理材4とに電圧を印加することによって、被処理材4の表面に微細構造を形成する。
図8は、ステップS12の処理後のステンレス316表面の二次電子像を示す図である。
図8に示すように、ステップS12の処理後のステンレス316表面には、微細な凹凸が形成されていることがわかる。
【0042】
電解溶液2は、特に限定されないが、電気伝導性を有し、且つ、被処理材4の表面処理を行う際に、被処理材4の表面を過度にエッチングしたり、陽極電極3および被処理材4の表面に付着や析出したり、沈殿物を形成したりし難い溶液である。このような電解溶液2の電解質としては、炭酸カリウム(K
2CO
3)、炭酸ナトリウム(Na
2CO
3)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO
3)、炭酸アンモニウム((NH
4)
2CO
3)、水酸化リチウム(LiOH)、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化アンモニウム(NH
4OH)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化アンモニウム(NH
4Cl)、硫酸のナトリウム塩、硫酸のカリウム塩、硫酸のアンモニウム塩、硝酸のナトリウム塩、硝酸のカリウム塩、硝酸のアンモニウム塩、クエン酸ナトリウム(NaH
2(C
3H
5O(COO)
3))などのクエン酸のナトリウム塩、クエン酸のカリウム塩、クエン酸のアンモニウム塩、硝酸、および塩酸などを例示できる。
【0043】
電解溶液2は、被処理材4の表面を改質可能であれば、任意のpHおよび濃度とすることができる。例えば炭酸カリウム水溶液を電解溶液2として用いる場合、その濃度は、特に限定されることなく、0.001mol/L以上、より好ましくは0.005mol/L以上とすることができる。これは、電解溶液2の濃度が低すぎると、陽極電極3と被処理材4との間に電圧を印加した際に好適な放電状態を維持することが困難となる場合があるためである。電解溶液2の濃度の上限は特に設けないが、例えば0.5mol/L以下とすることができる。電解溶液2のpHは、電極の過度の腐食やエッチングを起こさなければ任意の値とすることができ、例えばpH10乃至12とすることができる。
【0044】
陽極電極3は、放電に際して熱的および化学的に安定な材料によって形成されている。このような陽極電極3としては、Pt、Ir、黒鉛などを例示できる。
【0045】
被処理材4は、Crを12重量%以上含むステンレス鋼材とし、フェライト系、オーステナイト系、および二相系のどの系でも使用することができる。また、表面仕上げはいずれのものも用いることができる。また、被処理材4の形状は特に限定されず、箔状、板状、線状、棒状、パイプ状、若しくは加工品や組み立てられた部品を利用することができる。被処理材4は電解溶液2中に浸漬されていることが必要で、少なくとも液面から1mm以上深くする必要がある。
【0046】
放電条件は、被処理材4の表面に凹凸が形成される部分プラズマ状態を呈する電圧以上で被処理材4が熔解しない電圧範囲を利用できる。部分プラズマ状態とは、放電電圧を上げていったときに暗所で肉眼で確認できる発光が始まる電圧から、オレンジ色の点発光を示す完全プラズマ状態になるまでの間の状態のことを指し示す。具体的には、放電を行い、SEMなどで表面に微細構造が形成されていることを確認することで電圧範囲を決定することができる。印加電圧は、通常、90乃至150Vの範囲内が好適であり、この電圧範囲内で調整して処理を行う。印加時間は5秒乃至30分の間を採用することができる。微細構造とは、処理前の表面に存在しない形状を有する突起や空孔からなる凹凸構造のことを意味する。
【0047】
放電電圧は、被処理材4の表面に微細構造を形成できる電圧であることが必要条件である。下限の放電電圧未満では被処理材4の表面に微細構造が形成されないため、SEMで微細構造の有無を確認することで決定できる。上限の放電電圧は処理時間との兼ね合いで決定される。すなわち、放電電圧を高くすると、表面の凹凸は大きくなるが、熔解が生じて良好な微細構造が形成されにくい。従って、処理にかけられる時間tを予め決めておき、電圧を変更して時間tだけ放電し、SEMで微細構造が形成されていることを確認することによって、上限の放電電圧を決めるとよい。望ましい電圧範囲の中では放電電圧が大きいほど光触媒機能が高いことが知見された。従って、最も好ましい放電電圧は好ましい電圧範囲の中の上限に近い放電電圧を選択することである。
【0048】
次に、陽極電極3と被処理材4との間に電圧Aとは異なる電圧Bを印加する(ステップS13)。この2つのステップS12,S13(ステップ1,ステップ2)の処理によって、被処理材4の表面に比表面積が大きい微細構造を形成することができる。電解溶液などの条件をステップS12の条件から変化させてもよい。本発明の発明者らは、望ましい電圧範囲内では放電電圧が高いほど微細構造が大きくなることを知見している。表面積を増加させる上では、大きい凹凸の上にさらに微細な凹凸を付与することが有利である。このため、電圧Bは電圧Aより低くすることが望ましい。電圧Aと電圧Bとの間に5Vの違いがあると、形成される突起の大きさに違いが見られたために、電圧Aと電圧Bとの間の電圧差は5V以上であることが望ましい。また、ステップS12の処理では大きい凹凸を形成することが有利であるため、電圧Aとしては望ましい電圧範囲内の中で上限に近い電圧を選択するとよい。
【0049】
放電処理時間はステップS12およびステップS13の処理において3秒以上必要である。但し、放電処理時間は例えば60分などの長い時間も可能であるが、放電処理時間が長すぎると被処理材4が損耗する場合があるため30分以上の処理時間は好ましくない。また、ステップS13の処理においては放電処理時間を長くすることは好ましくない。ステップS13の処理において放電処理時間が長くなると、電圧Bのみに依存した微細構造が表面に形成されてしまい、2段階で処理する効果がなくなるためである。このことから、ステップS13の処理における放電処理時間は5分以下がよい。
【0050】
図9は、ステップS13の処理後のステンレス316表面の二次電子像を示す図である。
図9に示す例では、陽極電極3をPtとし、0.1mol/LのK
2CO
3水溶液中で電圧Aを140Vに設定して10分間放電を行い、続いて電圧Bを110Vに設定して3分間放電を行った後、被処理材4であるステンレス316をK
2CO
3水溶液から引き上げて直ちに水洗した。
図9に示すように、ステンレス316表面に比較的大きな突起構造が形成され、さらにその比較的大きな突起の上に平均直径が1μm以下の微細な突起が形成されていることがわかる。
【0051】
図8及び
図9に示すステンレス316に対しメチレンブルー脱色反応試験を実施したところ、光触媒性能を確認でき、さらに、
図9に示すステンレス316の方が光触媒性能が高いことが確認された。このことから、電解溶液中で2回プラズマ処理した方が高い光触媒性能を発現することがわかる。このことは、3段以上の電解溶液中プラズマ放電処理技術に拡張可能である。処理時間やコストの観点からはプラズマ処理の回数は少ない方が有利であるが、より高い光触媒性能を必要とされる場合には、3段以上の電解溶液中プラズマ放電処理を選択することができる。
【0052】
〔実施例〕
市販の厚さ0.8mmのステンレスSUS316鋼板を2.5mm幅、長さ30mmに切断し、希塩酸に浸漬させることによって脱脂した後、銅ワイヤーを介して導通をとり陰極電極とした。銅ワイヤーとの接続部を含めて電極上部を耐熱樹脂でコーティングし銅ワイヤーが電解液と接触しないようにし、ステンレス鋼が露出した被処理部の長さを20mmとした。この電極を電解溶液に浸漬した。陽極電極は長さ50cmの0.5mmφのPtワイヤーを互いに接触しないように折り曲げて面状に成型したものを用いた。電解溶液は濃度0.1mol/LのK
2CO
3水溶液とし、印加電圧を90乃至140Vの範囲内に設定し、表2に示す条件で放電を行い、終了後直ちに純水で水洗し乾燥させた。また、比較例として、基材に用いた無処理のステンレス鋼板(希塩酸に浸漬させることによって脱脂は実施)を用いた。これらの試料について、光触媒性能を調べるためメチレンブルー脱色反応試験を行なった。
【0053】
次に、メチレンブルー脱色反応試験について説明する。まず、メチレンブルー脱色反応試験に先立ち、セルに濃度0.1質量%のメチレンブルー水溶液のみを入れ、吸光光度計として日本分光株式会社製、型式:V630を用いて測定開始波長720nm、終了波長500nmの範囲で上記メチレンブルー水溶液の吸光度を測定した。比較的吸光度の大きい約660nmの吸光ピークにおいて吸光度が最大となる波長(X)における吸光度A
XSを求め基準とした。
【0054】
メチレンブルー脱色反応試験は、セルに濃度0.1質量%のメチレンブルー水溶液4mlを入れ、その中に2.5mm×20mm×0.8mm(板厚)の試験片(放電処理を行なった後のステンレス鋼板など)を浸漬し、紫外線(波長365nm)を上記水溶液を入れたセルに照射した。セルを取り囲むようにアルミフォイルを設置し、セル全体に紫外線が照射されるようにした。紫外線を照射して24時間後にセルより試験片を取出し、残った水溶液の吸光度を前述の方法で測定し、前述の波長(X)における吸光度A
XPを求めた。そして、メチレンブルー水溶液吸光度変化としてA
XP/A
XSを求め、メチレンブルーの脱色の程度を評価した。A
XP/A
XSの値が小さいほど、脱色が進んでおり試験片の光触媒性能が大きいことをあらわす。得られた吸光度スペクトルの一例及び評価結果をそれぞれ
図10及び表2に示す。
【0055】
発明例1乃至3は、無処理のステンレス鋼(比較例1乃至5)と比較して高い脱色率を示している。また、電圧を変えて2度放電を行うと性能が格段に向上していることが確認された。