特許第5836377号(P5836377)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ コーニング インコーポレイテッドの特許一覧

特許5836377被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法
<>
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000013
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000014
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000015
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000016
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000017
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000018
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000019
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000020
  • 特許5836377-被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法 図000021
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5836377
(24)【登録日】2015年11月13日
(45)【発行日】2015年12月24日
(54)【発明の名称】被覆された、抗菌性の化学強化ガラスおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03C 21/00 20060101AFI20151203BHJP
   C03C 17/30 20060101ALI20151203BHJP
【FI】
   C03C21/00 Z
   C03C21/00 101
   C03C17/30 B
【請求項の数】10
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2013-524121(P2013-524121)
(86)(22)【出願日】2011年8月5日
(65)【公表番号】特表2013-540673(P2013-540673A)
(43)【公表日】2013年11月7日
(86)【国際出願番号】US2011046685
(87)【国際公開番号】WO2012019067
(87)【国際公開日】20120209
【審査請求日】2014年7月31日
(31)【優先権主張番号】61/510,245
(32)【優先日】2011年7月21日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】61/371,364
(32)【優先日】2010年8月6日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】397068274
【氏名又は名称】コーニング インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100073184
【弁理士】
【氏名又は名称】柳田 征史
(74)【代理人】
【識別番号】100090468
【弁理士】
【氏名又は名称】佐久間 剛
(72)【発明者】
【氏名】ボッレッリ,ニコラス エフ
(72)【発明者】
【氏名】モース,デイヴィッド レースロップ
(72)【発明者】
【氏名】セナラトネ,ワジーシャ
(72)【発明者】
【氏名】ヴェリエ,フローレンス
(72)【発明者】
【氏名】ウェイ,イン
【審査官】 山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−138025(JP,A)
【文献】 特開平11−228186(JP,A)
【文献】 特開平11−319042(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/065293(WO,A1)
【文献】 特開2011−133800(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 15/00−23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗菌性化学強化ガラスであって、
ガラス物品の表面からガラス物品の選択された深さまで延在する圧縮応力層を有するガラス物品、および
前記ガラス物品の圧縮応力層の一部である抗菌性Ag+領域、
を含み、
前記ガラス物品の圧縮応力層の圧縮応力が少なくとも250MPaであり、
前記ガラス物品の表面から5nmの深さにおけるAg+1イオンの濃度がゼロ超から0.08μg/cm2以下の範囲にある、抗菌性化学強化ガラス。
【請求項2】
前記+1イオンの濃度がゼロ超から0.047μg/cm2以下の範囲にある、請求項1記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項3】
前記ガラス物品が、水分子を該ガラス物品中のAg+1イオンに到達させる特徴を有する低表面エネルギーコーティングを該ガラス物品の表面に含む、請求項2記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項4】
前記ガラス物品が、1時間以内に、1より大きい対数減少まで少なくとも2種類の微生物種を阻害することができる、請求項2記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項5】
前記ガラス物品が、6時間後に、4超の抗菌対数減少を有する、請求項2記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項6】
前記圧縮応力が少なくとも500MPaである、請求項2記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項7】
400nmから750nmの波長範囲に亘る、反射損失ついて未補正の、前記ガラス物品の透過率が、少なくとも88%である、請求項2記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項8】
428nm/650nmでの前記透過率の比が少なくとも99%である、請求項2記載の抗菌性化学強化ガラス。
【請求項9】
抗菌性化学強化ガラス物品を製造する方法において、
第1の表面、第2の表面および該表面間の選択された厚さ、並びにガラス中のアルカリ金属イオンを有するガラス物品を提供する工程、
提供された前記ガラス物品中のアルカリ金属イオンより大きい少なくとも1種類のアルカリ金属イオンの第1のイオン交換浴を提供し、該ガラス物品該第1のイオン交換浴でイオン交換して、該ガラス物品に250MPa超の圧縮応力を与える工程;
0.005質量%から5.0質量%の硝酸銀から実質的になり、残りが、前記第1のイオン交換浴中の前記少なくとも1種類のアルカリ金属イオンを有する第2のイオン交換浴を提供する工程;および
前記ガラス物品を前記第2のイオン交換浴によりイオン交換し、それによって、銀および少なくとも1種類のアルカリ金属イオンを前記表面の少なくとも一方に含ませて、250MPa超の圧縮応力および少なくとも1つの抗菌性化学強化表面を有するガラス物品を形成する工程、
を有してなり、
前記ガラス物品の少なくとも1つの抗菌性化学強化表面から5nmの深さにおける銀イオンの濃度が、ゼロ超から0.047μg/cm2未満の範囲にある方法。
【請求項10】
前記少なくとも1つの抗菌性化学強化表面に、ペルフルオロアルキルシラン、ペルフルオロポリエーテルアルコキシシラン、ペルフルオロアルキルアルコキシシラン、フルオロアルキルシラン−(非フルオロアルキルシラン)コポリマー、およびフルオロアルキルシランと親水性シランの混合物からなる群より選択される低表面エネルギーコーティングを施す工程、および
施された前記低表面エネルギーコーティングを硬化させ、それによって、該低表面エネルギーコーティングと前記ガラス物品との間のSi−O結合によって、該低表面エネルギーコーティングを該ガラス物品に結合させる工程、
をさらに含み、
前記低表面エネルギーコーティングが0.5nmから20nmの範囲の厚さを有する、請求項9記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【優先権】
【0001】
本出願は、米国法典第35編第119条の下で、その内容が依拠され、ここに全てが引用される、2011年8月6日に出願された、「Functionally Coated Antibacterial, Chemically Strengthened Glass and Method of Making」と題する米国仮特許出願第61/371364号および2011年7月21日に出願された、「Functionally Coated Antibacterial, Chemically Strengthened Glass and Method of Making」と題する米国仮特許出願第61/510245号の優先権の恩恵を主張する。
【技術分野】
【0002】
本開示は、抗菌性を有する化学強化ガラスおよびそのようなガラスを製造する方法に関する。特に、本開示は、抗菌性を有する無色透明の化学強化ガラスであって、ガラスの抗菌性に干渉しない低表面エネルギー被覆を有するガラスに関する。
【背景技術】
【0003】
金属銀の「健康特性」(すなわち、その防腐効果、抗菌(antibacterial)作用、抗ウイルス効果、抗菌(antimicrobial)効果)が、細菌、ウイルスおよび微生物の知識が一般に知られる前でさえ、数世紀に亘り知られている。大昔(コス島のヒポクラテスおよびペルガモンのガレノス、両者とも医師)から中世まで、銀製容器が、病気や負傷した人の世話に使用されていた。例えば、非特許文献1には、マルタ島でホスピタル騎士団員であった、セントジョンの命の聖ヨハネ救護騎士修道会の騎士の慣習が以下のように記載されている:
「手術は簡単であり、彼らはいろいろな意味で無知であったが、少なくとも衛生の基礎は理解していた。通常は、富める者も貧しい者も、騎士も庶民も、−「病院の礼儀正しさおよび病人の清潔さ」を増すために、銀製の皿で給仕されていた病院では、患者を適切に世話するために、包囲攻撃中でさえ、ある試みをしていた[強調部は追加。非特許文献2からの内部引用]」
【0004】
後に、実際の殺菌剤が金属銀ではなく、塊状の金属銀の表面にある銀イオンであることが発見された。それゆえ、銀製容器を使用する有益な効果は、塊状の銀からの銀イオンの、摂取される食品および飲料への移行によるものであろう。銀イオンが実際の「防腐剤」であることがわかっているので、水に容易に可溶性のある種の銀塩(例えば、硝酸銀)の溶液が、数十年に亘り防腐剤や殺菌剤として使用された。1980年代まで、硝酸銀希釈液の目薬が、生後に生じることもある新生児結膜炎を防ぐために新生児に点眼されていた。この結膜炎は新生児を盲目にする場合もある(この慣行は、エリスロマイシン軟膏の使用が支持されて、一般に、廃止された)。
【0005】
最近、毛糸、織物、ガラスおよび他の材料などの様々な材料に抗菌特性を与える手段として、金属銀粒子および銀塩の両方の使用が、特許および技術文献に記載されてきた。Yahoo Lv等(非特許文献3)は、ガラススライド上に被覆された銀(Ag0)ナノ粒子には、ナノ粒子の細菌細胞との密接な接触から生じる抗菌/抗ウイルス特性があることを示した。銀(0)粒子の主な活動は、細菌を含有する水性マトリクス内に銀イオンが生じることによるものである。特許文献1においてDi Nunzio等は、銀イオンと交換可能なイオンを含有するガラス、ガラスセラミックまたはセラミック材料から製造された表面層またはその一部を少なくとも有する人工補装具またはインプラントおよびその補装具に「銀イオン含有水溶液イオン交換プロセス」を施すことを記載している[要約に見つかる]。非特許文献4では、硝酸銀希釈溶融物からのイオン交換により作製された、表面に銀を含有する生体活性ガラスが論じられている。非特許文献5は、特許文献1に記載された生体適合性ガラスの表面ドーピングの試験結果を提示している。特許文献2には、抗菌性銀微粒子仕上げが施された毛糸および織物が記載されている。
【0006】
銀イオンは、単一の作用機構を持たない。銀イオンは、微生物内の幅広い分子プロセスと相互作用して、成長の阻害や感染性の損失から細胞死(細胞毒性)までの幅広い作用をもたらす。その機構は、存在する銀イオンの濃度および銀イオンに対する微生物種の感受性の両方に依存する。接触時間、温度、pHおよび遊離水の存在の全てが、抗菌作用の速度と程度の両方に影響を与える。しかしながら、この作用の範囲は非常に幅広く、抵抗力の発生は、特に臨床的状況において、遅い。銀イオンは、およそ650種の細菌に対して効果的であることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2006/058906号パンフレット
【特許文献2】米国特許第7232777号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】E.Bradford in "The Great Siege [Malta, 1565]"(New York, Harcourt, Brace & World Inc., 1961, pp.190-191)
【非特許文献2】Francisco Balbi de Correggio, "La verdadera relacion de todo lo que el ano de MDLXV ha succedido la Isla de Malta," (Barcelona, 1568)
【非特許文献3】Polymers for Advanced Technologies, Vol. 19 (1008), pages 1455-1460
【非特許文献4】Di Nunzio et al., J. European Ceramic Society Vol. 24 (2004), pages 2935-2942
【非特許文献5】Verne et al, J. Material Science; Materials Medicine Vol. 20 (2009), pages 733-740
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
現代社会における「タッチスクリーン」の普及により、微生物、細菌およびウイルスを宿し得る多くの表面が生じ、これらの微生物は、人から人へと伝達され得る。本開示は、多くの現代的な装置、例えば、ATM(現金自動預け払い機)、タッチスクリーン式コンピュータ、携帯電話、電子ブックリーダー、および類似の装置に使用されているカバーガラスなどのガラスへの銀イオンの抗菌特性の適用およびガラス表面に関する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示は、抗菌特性を有する化学強化ガラスおよびそのようなガラスを製造する方法に関する。1つの実施の形態において、本開示は、抗菌特性と、ガラスの特性を妨げない機能性コーティングとの両方を有する無色透明の化学強化ガラスに関する。機能性コーティングは、表面に容易な洗浄性を与えるために使用され、一般に疎水性コーティングである。抗菌特性および機能性コーティングを有する化学強化ガラスを作り出す課題は、抗菌特性を組み込むように勤めながら、維持しなければならないカバーガラスの他の要求される性質が数多くあるために、容易なことではない。Agイオンの細菌との相互作用はガラスの表面に制限され、それゆえ、濃度の適切な特徴付けは、単位面積当たりで表す必要があることも理解すべきである。表面から離れたある内部地点、例えば、5nm超での体積濃度の報告は、室温でのAg+1の移動度は取るに足らないので、ほとんど重要ではない。
【0011】
別の実施の形態において、本開示は、ガラスの表面に銀イオン(Ag+1)を有する化学強化ガラスを製造する方法に関する。銀化合物と、そのイオンが、交換される物品中のアルカリ金属イオンよりも大きいイオン交換アルカリ金属との両方を含有するイオン交換浴を使用して、Agイオンとより大きいイオンの両方を一工程でガラス中に交換して、圧縮応力を有する化学強化された銀含有ガラスを形成する、一工程(1−工程)方法を利用する提案がある。例えば、銀イオンに加えて、ガラス中に交換されるアルカリ金属イオンはカリウムイオン(K+)である。従来技術と我々の実験は、イオン交換時間が3時間超で、イオン交換温度が一般に300〜500℃である、0.01質量%から5質量%の範囲の量で硝酸銀を含有する硝酸カリウムからなる1−工程イオン交換浴には、明白な不利な点があることを示している。最も著しい不利な点は、細菌および他の微生物の「殺傷」率を向上させるために、十分に高いイオン濃度のAgが表面上にある必要があるが、これは一工程プロセスの使用により達成できず、さらに、1−工程方法が使用される場合、結果として、色が著しく生じてしまうことである。この色のために、ディスプレイを変えることにより、例えば、ディスプレイをそれほど透明ではなくすことにより、または色を変えることにより、電子装置への使用にガラスが適さなくなってしまう。
【0012】
ここには、1−工程方法の不利な点を避ける二工程(2−工程)方法が開示されている。この二工程方法では、そのイオンが、交換される物品中のアルカリ金属イオンよりも大きいイオン交換アルカリ金属化合物を含有する第1のイオン交換浴を使用し(化学強化の標準的な強化方法)、その後、第1の浴よりもずっと短い時間しか使用されない、銀を含有する第2のイオン交換浴を使用するイオン交換が行われる。第2のイオン交換浴は、銀イオンと、そのイオンが、交換される物品中のアルカリ金属イオンよりも大きいイオン交換アルカリ金属化合物との両方を高濃度で含有し、第2の浴中の銀イオン濃度は、1−工程方法の銀含有浴中に使用される濃度よりも高い。第1の工程において、より大きいアルカリ金属イオンがガラス中に交換されて、300〜500℃の範囲の温度で3時間超の時間に亘り通常の様式で、例えば、5〜6時間に亘る420℃でのイオン交換により、圧縮応力を有するガラス物品を形成する。第2の工程において、より高濃度の銀イオンが、ガラスの表面中に交換され、圧縮応力を著しく損なわずに、浅いが十分な深さまでガラス中のアルカリ金属イオンを置き換える。2−工程方法の1つの実施の形態において、第1と第2のイオン交換浴の両方に同じアルカリ金属化合物を使用しても差し支えない。2−工程方法のある実施の形態において、イオン交換浴に使用される銀化合物およびアルカリ金属化合物は、両方とも硝酸塩からなる。さらに、一般に、ガラス中のナトリウムとリチウムのアルカリ金属イオンがカリウムイオンとイオン交換される。
【0013】
一般に、2−工程方法は、イオン交換可能なアルカリ金属イオンを含有するガラス物品を提供する工程、そのイオンが、物品中のアルカリ金属イオンよりも大きいイオン交換アルカリ金属化合物を含有する第1のイオン交換浴を提供する工程、および第1工程として、ガラス中のアルカリ金属イオンをイオン交換浴中のアルカリ金属イオンと交換する工程を有してなる。この方法はさらに、第2工程として、1〜10質量%の範囲の量で硝酸銀を含有する第2のイオン交換浴であって、その残りが、第1のイオン交換浴のアルカリ金属イオンとサイズが少なくとも等しいアルカリ金属イオンよりも大きいイオンを有するアルカリ金属イオンの硝酸塩である、第2のイオン交換浴を提供する工程を含む。1つの実施の形態において、第2の浴の暴露の期間、すなわち、第2の浴を使用するイオン交換時間は、20μm未満の浅い交換深さを生じるために、30分未満である。別の実施の形態において、イオン交換時間は、ゼロより長く、20分以下である。追加の実施の形態において、イオン交換時間は、ゼロより長く、10分以下である。全ての実施の形態において、イオン交換は、ここに記載された選択されたイオン交換時間を使用して、370℃から450℃の範囲の温度で行われる。1つの実施の形態において、イオン交換は、ここに記載された選択されたイオン交換時間を使用して、400℃から440℃の範囲の温度で行われる。2−工程方法の明白な利点は、Ag+1の表面濃度のみが抗菌効果にとって重要であるので、1−工程方法により達成されるようなより深い深さまで銀を浸透させても、一般に、0℃未満から45℃以上ほど高い温度までに及ぶ、電子装置が使用されるであろう温度では銀イオンは移動すなわち移行しないので、抗菌効果や抗菌作用には何も影響が生じないことである。それゆえ、2−工程方法により、望ましくない黄色を生じずに、「殺傷」時間(対数3の減少に到達する時間)の相応の減少をもたらす、著しく高い濃度のAg+1イオンをガラスの表面に得ることができ、したがって、図1に示されるような望ましい透過率特性が達成される。
【0014】
図1は、2−工程方法を使用して20分間に亘りイオン交換した抗菌性ガラスの400〜750nm範囲の透過率を、5時間に亘り同じイオン交換浴を使用した1−工程方法により調製された抗菌性ガラスの透過率と比較している。2−工程方法のガラスは、全範囲に亘り88%超の透過率(反射損失に関して未補正)を有するのに対し、1−工程方法により調製されたガラスは、400nmから約560nmの範囲で88%未満であり、約560nmから750nmの範囲でのみ88%以上である。
【0015】
上述したように、第2の工程を30分未満の非常に短い時間に制限する2−工程方法により、色を与えずに表面に高濃度のAg+1を生成することができる。実際に、表面での銀イオン濃度は、1−工程方法のより長いIOX(一般に4〜6時間)と比べて、2−工程方法の短いIOX時間でのほうが大きい。ガラスの最初の5nmにおけるAgイオンの体積濃度は、XPS(x線光ルミネセンス分光法)を使用して決定できる。表1および2は、ガラスの最初の5nmにおけるAgイオンの濃度のXPS結果を示している。
【表1】
【表2】
【0016】
表1および2を比較すると、第2の浴で20分間IOXを行う2−工程方法により調製されたガラスは、単浴プロセスである1−工程方法により製造されたガラス中のAgイオン濃度に対して、最初の5nmにおけるAgイオン濃度で40%の増加を示すことが分かる。両方の方法では、5%のAgNO3/95%のKNO3が使用された。
【0017】
本開示の別の態様は、抗菌作用を失わずに容易に洗浄できる抗菌性表面を有するガラスを製造する能力である。「低表面エネルギー」コーティングが、銀を含有する化学強化抗菌性ガラスの表面に塗布されて、そのガラス表面に洗浄し易さを与えている。この低表面エネルギーコーティングは、表面の洗浄の容易さを促進する疎水性コーティングである。1つの実施の形態において、低表面エネルギーコーティングは0.5nmから20nmの範囲の厚さを有する。別の実施の形態において、低表面エネルギーコーティングは、連続コーティングであり、0.5nmから10nmの範囲の厚さを有する。さらに別の実施の形態において、この膜は、連続しており、0.5nmから5nmの範囲の厚さを有する。追加の実施の形態において、その厚さは1nmから5nmの範囲にある。追加の実施の形態において、その膜は、連続しており、1nmから5nmの範囲の厚さを有する。別の実施の形態において、低表面エネルギーコーティングは、表面にパターンまたは領域、例えば、制限なく、ガラスの銀を含有する化学強化表面が海であり、低表面エネルギーコーティングが島を形成する「海の中の島」を形成し得る。言い換えれば、低表面エネルギーコーティングは、不連続であって、ガラス表面の全ての部分は覆わないが、コーティングが、意図する抗菌使用と、洗浄の容易さを促進させる使用のために効果的であるように、表面の十分な部分を覆う。そのような不連続コーティングも、0.5nmから20nmの範囲で厚さが様々であり得る。1つの実施の形態において、不連続コーティングは0.5nmから10nmの範囲の厚さを有する。追加の実施の形態において、不連続コーティングは、1nmから5nmの範囲の厚さを有する。さらに別の実施の形態において、コーティングは、コーティングの「山(peak)」がコーティングの「谷(valley)」よりも厚い、連続した「山谷(peak-to-valley)」(「PV」)コーティングであって差し支えない。例えば、0.5nmから20nmの範囲内で、「山」区域にあるコーティングは、15nmから20nmの範囲にあり得、「谷」区域にあるコーティングは、例えば、1nmから5nmの範囲にあり得る。Ag+1イオンが入れられる選択された深さは、IOX浴中の銀濃度、浴の温度および銀イオンのガラス中へのイオン交換が行われる時間にしたがって、様々であろう。
【0018】
1つの実施の形態において、抗菌作用を有し、ゼロ超から0.05μgAg/cm2の表面Agイオン濃度を示す、ここに記載されたガラスの表面は細胞毒性ではない。別の実施の形態において、非細胞毒性ガラスは、0.005μgAg/cm2から0.047μgAg/cm2の範囲の表面Agイオン濃度を有する。追加の実施の形態において、非細胞毒性ガラスは、0.005μgAg/cm2から0.035μgAg/cm2の範囲の表面Agイオン濃度を有する。さらに別の実施の形態において、非細胞毒性ガラスは、0.01μg/cm2から0.030μg/cm2の範囲の表面濃度を示す。追加の実施の形態において、非細胞毒性ガラスの表面濃度は、0.015μg/cm2から0.03μg/cm2の範囲にある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、Agイオンをガラス中に含ませるための1−工程プロセス(KNO3中5質量%のAgNO3、5.5時間、420℃)からの結果を、Agイオンをガラス中に含ませるための2−工程プロセス(100質量%のKNO3、420℃、5.5時間、その後、KNO3中5質量%のAgNO3、95質量%のKNO3、20分間、420℃)からの結果と比較した光透過率(反射損失について未補正)のグラフである。
図2図2は、低表面エネルギーコーティングが被覆された、化学強化された、銀イオン含有抗菌性ガラスの表面のSEM顕微鏡写真であり、この顕微鏡写真は、ガラスの表面上に様々なサイズのドットとして、コーティング材料の領域を示している。
図3図3は、表面に疎水性コーティングを有する銀含有ガラスの抗菌特性を評価するために使用される改良型JISZ2801:2000法の説明図である。
図4図4は、第2の浴中に異なる濃度のAgNO3を使用した2−工程方法によって調製されたガラスサンプルに関する、深さに対する計算されたAg2Oである実際の銀イオン濃度を示すEMP結果のグラフである。
図5図5は、ガラスの中心からガラスの表面に進むにつれて、Agイオン濃度の減少を示すEPM結果のグラフである。
図6A図6Aは、質量%のAg2Oに対するイオン/cm2×1014で表されたAgイオン表面濃度を示すグラフである。
図6B図6Bは、質量%のAg2Oに対するμg/cm2で表されたAg表面濃度を示すグラフである。
図7図7は、0.15質量%のAgを含有する第2のIOX浴を使用した2−工程方法により調製された銀イオン含有ガラスに関する、時間に対する対数減少(log reduction)としての、抗菌作用を比較したグラフである。
図8図8は、表面Agイオン濃度に対する細菌「殺傷」時間のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
ここに用いたように、「抗菌」という用語は、細菌、ウイルスおよび菌類からなる部類の少なくとも2種類からの微生物を殺傷するまたはその増殖を阻害する作用物質または材料、もしくはその作用物質または材料を含有する表面を意味する。ここに使用した用語は、そのような部類の全ての種の微生物を殺傷するまたはその増殖を阻害することを意味するものではなく、そのような部類の内の1種類以上の微生物を殺傷するまたはその増殖を阻害することを意味する。イオン交換に適した全てのガラス組成物の成分は、別記しない限り、酸化物として質量パーセント(質量%)で与えられる。抗菌性銀の表面濃度は、μg/cm2で与えられ、ガラスの表面での濃度を称する。ここに用いたように、「2−工程方法」という用語には、ここに列挙したガラス組成物だけでなく、ガラスに圧縮応力を与えるためのイオン交換による化学強化に適した、任意の供給源からの任意のガラス組成物、または別の目的のために化学強化されたかもしれず、2−工程方法の第2の工程にしたがって抗菌性ガラスを調製するために使用される任意のガラスも含まれる。
【0021】
ここに用いたように、「対数減少」または「LR」という用語は、Log(Ca/C0)を意味し、式中、Ca=銀イオンを含有する抗菌性表面のコロニー形成単位(CFU)数、C0=銀イオンを含有しない対照ガラス表面のコロニー形成単位(CFU)数。すなわち:
LR=−Log(Ca/C0
一例として、3の対数減少は、細菌またはウイルスの99.9%が殺傷されたことを意味し、5の対数減少は、細菌またはウイルスの99.999%が殺傷されたことを意味する。
【0022】
ここに用いたように、「低表面エネルギーコーティング」という用語は、疎水性コーティング、例えば、制限なく、
(a) (RO)4-z−Si−[(CH23−OCF2−CF2−[OCF2−CF2−CF2n−F]z、式中、z=1または2、nは、[(CH23−OCF2−CF2−[OCF2−CF2−CF2n−F]が1nmから20nmの範囲長さを有するのに十分な数であり、ROは、CH3O−、CH3−CH2O−、またはCH3C(O)O−である、および
(b) (RO)4-z−Si−[(CH2x−(CF2y−CF3z、式中、x+yは、y≧x、zが1または2であるという条件で、その合計が、[(CH2x−(CF2y−CF3]が1nmから20nmの範囲長さを有するのに十分な数であり、ROは、CH3O−、CH3−CH2O−、またはCH3C(O)O−である、
である。上述した二式における、n、xおよびyの値は、それぞれ、0.077nmおよび0.073nmである、炭素と酸素の共有結合半径を使用して決定できる。このコーティングは、水が、ガラスの表面に接触し、銀イオンをガラスから微生物に輸送できるように、Si原子と末端のフッ化炭素基との間に、十分に長いスペーサ、例えば、複数の−CH2−、−CF2−、−O−(CH2および/またはCF2n部分、もしくはそのような部分の組合せを持たなければならない。1つの実施の形態において、ケイ素原子から鎖の末端部分、例えば、CF3までのスペーサまたは骨格鎖の全長は、1〜20nmの範囲にある。別の実施の形態において、全長は2〜10nmの範囲にある。別の実施の形態において、全長は1〜10nmの範囲にある。シランコーティング材料は、2または3のSi−O結合により、銀含有ガラスの表面に結合している。
【0023】
ここに開示された方法は、任意の厚さの抗菌性ガラスサンプルを製造するために使用できる。1つの実施の形態において、例えば、電子装置、例えば、制限なく、携帯電話、コンピュータ(ラップトップおよびスレートを含む)、およびATMにタッチスクリーンまたはタッチスクリーンのカバーガラスとして使用するために、そのガラスは、一般に、0.2mmから3mmの範囲の厚さを有する。1つの実施の形態において、ガラスは0.2mmから2.0mmの範囲の厚さを有する。さらに別の実施の形態において、ガラスは0.3mmから0.7mmの範囲の厚さを有する。試験のためにここに記載され、使用された例示のガラスサンプルは、別記しない限り、0.5mm厚であった。他の用途としては、テーブルの上面または上面カバー、冷蔵庫の棚としての使用、または例えば、抗菌特性が望ましい研究室、病院および他の施設における、貯蔵棚または棚カバーのための使用が挙げられる。ガラスは、意図する用途にしたがって、より厚くても差し支えないことに留意されたい。例えば、病院の長椅子の上面または長椅子の上面カバーについて、ガラスが3mm超の厚さを有することが望ましいであろう。
【0024】
イオン交換できる任意のガラス組成物を、本開示にしたがって使用することができる。そのようなガラス組成物は、一般に、より大きいアルカリ金属イオン、例えば、Kイオン、PbイオンおよびCsイオン並びに銀イオンにより交換できる、より小さいアルカリ金属イオン、一般に、NaおよびLiを含有する。その上、ガラスに圧縮応力を与えるためのイオン交換による化学強化に適した、または別の目的のために化学強化されたかもしれない、任意の供給源からの任意のガラス組成物を使用して、ここに記載された2−工程方法の第2の工程にしたがう抗菌性ガラスを調製することができる。
【0025】
本開示を実施するのに使用できるガラス組成物としては、制限なく、ソーダ石灰ガラス、アルカリアルミノケイ酸塩ガラスおよびアルカリアルミノホウケイ酸塩ガラスが挙げられる。使用できるガラスの例が、ここにその教示を引用する、同一出願人の米国特許出願公開第2010/0035038号、同第2010/0028607号、同第2010/0009154号、同第2009/0220761号、および同第2009/0142568号の各明細書に開示されている。銀イオンを含むイオン交換浴を使用したイオン交換に適した例示のアルカリアルミノケイ酸塩ガラス組成物、特に基礎ガラス組成物としては、以下の組成物が挙げられる:
(a) 60〜70モル%のSiO2、6〜14モル%のAl23、0〜15モル%のB23、0〜20モル%のNa2O、0〜10モル%のK2O、0〜8モル%のMgO、0〜10モル%のCaO、0〜5モル%のZrO2、0〜1モル%のSnO2、0〜1モル%のCeO2、50ppm未満のAs23、および50ppm未満のSb23、ここで、12モル%≦Na2O+K2O≦20モル%、0モル%≦MgO+CaO≦10モル%;
(b) 64モル%≦SiO2≦68モル%、12モル%≦Na2O≦16モル%、8モル%≦Al23≦12モル%、0モル%≦B23≦3モル%、2モル%≦K2O≦5モル%、4モル%≦MgO≦6モル%、および0モル%≦CaO≦5モル%、ここで、66モル%≦SiO2+B23+CaO≦69モル%、Na2O+K2O+B23+MgO+CaO+SrO>10モル%、5モル%≦MgO+CaO+SrO≦8モル%、(Na2O+B23)−Al23≦2モル%、2モル%≦Na2O−Al23≦6モル%、および4モル%≦(Na2O+K2O)−Al23≦10モル%;
(c) 61モル%≦SiO2≦75モル%、9モル%≦Na2O≦21モル%、7モル%≦Al23≦15モル%、0モル%≦B23≦12モル%、0モル%≦K2O≦4モル%、0モル%≦MgO≦7モル%、および0モル%≦CaO≦モル%;
(d) 50モル%≦SiO2≦70モル%、8モル%≦Na2O≦16モル%、9モル%≦Al23≦17モル%、2モル%≦B23≦12モル%、0モル%≦K2O≦4モル%、0モル%≦MgO≦4モル%、および0モル%≦CaO≦0.2モル%、ここで、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物は改質剤であり、[(モル%Al23+モル%B23)÷Σモル%改質剤]は1より大きい、すなわち、
[(モル%Al23+モル%B23)÷Σモル%改質剤]>1;および
(e) SiO2>50モル%、11モル%≦Na2O≦25モル%、7モル%≦Al23≦26モル%、0モル%≦B23≦9モル%、0モル%≦K2O≦2.5モル%、0モル%≦MgO≦8.5モル%、および0モル%≦CaO≦1.52モル%。
これらのアルカリアルミノケイ酸塩ガラスおよびアルカリアルミノホウケイ酸塩ガラスは、リチウムを実質的に含まず、存在するリチウムは汚染物質としてのものであることを意味するのに対し、他の実施の形態において、アルカリアルミノケイ酸塩ガラスは、ヒ素、アンチモン、およびバリウムの内の少なくとも1種類を実質的に含まない。他の実施の形態において、アルカリアルミノケイ酸塩ガラスは、少なくとも130キロポアズの液相線粘度を有し、当該技術分野に公知の技法、例えば、以下に限られないが、フュージョンドロー法、スロットドロー法、およびリドロー法によりダウンドロー可能である。別の実施の形態において、前記ガラスは、フロート法により製造することができる。
【0026】
本開示に使用できるアルカリアルミノケイ酸塩ガラスのさらに別の例は、制限なく、66モル%のSiO2、14モル%のNa2O、10モル%のAl23、0.6モル%のB23、2.5モル%のK2O、5.7モル%のMgO、0.6モルの≦CaO、0.2モル%のSnO2、および0.02モル%のZrO2の組成を有するものとして、同一出願人の米国特許出願公開第2010/0009154号明細書に記載されたものである。このガラス中、および他の例示のガラス中のナトリウムは、銀イオンに加えて、カリウム、ルビジウム、またはセシウムと交換されて、ガラス部品の表面近くに高圧縮応力の領域を、その内部領域すなわち中央領域に中央張力下にある領域を生じることができる。別記しない限り、ここでの「リチウム」、「ナトリウム」、「カリウム」、「セシウム」および「ルビジウム」という用語は、これらのアルカリ金属のそれぞれの一価陽イオンを称する。ルビジウムおよびセシウムがイオン交換浴に使用される場合、それらは、ガラス中のカリウムイオン、並びにナトリウムおよび/またはリチウムと交換され得る。1つの実施の形態において、製造された状態のガラス組成物中のナトリウムおよび/またはリチウムのいくらかまたは全ては、ガラス中のリチウムと交換され得る。次いで、リチウムは、銀、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、またはセシウムとイオン交換されて、高い表面圧縮応力および張力下の内部体積を得ることができる。表面圧縮応力(張力ではなく)を生じるために、ガラス中のイオンの1種類以上が、より大きい原子番号を有する塩溶液中のイオンにより置き換えられなければならない、例えば、銀およびナトリウムが、ガラス中のリチウムを置き換え、カリウムが、ガラス中のナトリウムおよび/またはリチウムを置き換える。
【0027】
本開示の実施例において、例示のカバーガラス物品として使用されるガラスの化学強化は、K+1(KNO3からの)などのより大きいイオンが、ガラス中のより小さいイオン、例えば、Na+1またはLi+1と交換される、開示された2−工程のイオン交換プロセスの第1の工程で行われた。ここで評価される抗菌性ガラスサンプル物品を調製するために使用される、イオン交換前の基礎ガラスは、質量パーセントで、66±2質量%のSiO2、13±1.5質量%のAl23、1.5±0.5質量%のK2O、4±1質量%のMgO、0.5±0.2質量%のCaOを含む。この第1の工程は、たとえ、そのような強化が異なる目的のために行われ、例えば、抗菌性ではない化学強化ガラスを単に提供したとしても、イオン交換により既に化学強化されたガラスの使用により、無関係に成し遂げられても差し支えない。それゆえ、ここに開示された2−工程方法の第1の工程は、いずれの手段により行われても差し支えない。ここに記載された2−工程方法の第2の工程において、例えば、AgNO3濃度が0.1〜10質量%の範囲にあり得る硝酸塩として存在する、銀およびナトリウムの両方のイオンを含有する浴を使用して、銀イオンがガラス中に交換され、そのイオン交換は、370℃から450℃の範囲の温度で1分から30分未満の範囲の時間に亘り行われる。
【0028】
ここに記載された実施例において、KNO3をイオン交換塩浴中のアルカリ金属として使用し、AgNO3を銀イオンの供給源として使用した。全ての実施例について、別記しない限り、イオン交換は、ここに記載されたサンプルに示された時間に亘り420℃で行った。
【0029】
表面Ag+1濃度を定量化する方法
銀イオンにより生じる抗菌作用は「表面効果」である。言い換えれば、重要なことは、ガラスの銀含有表面が微生物と接触する性質と程度である。したがって、μg/cm2またはイオン/cm2で表される表面Ag+1濃度の定量化知識は、抗菌作用の有効性を確認する上で重要である。このことは、Agがイオン交換プロセスにより加えられている本件においてより一層該当する。EMP(電子マイクロプローブ)、XPS(X線ルミネセンス分光法)およびSIMS(二次イオン質量分析法)の分析技法を使用して、Ag+1プロファイルを得ることができるが、それらの技法は、表面に近いにもかかわらず、体積濃度値を生じるのに対し、重要なのは、表面イオン濃度である。EMPおよびXPSは、10〜20m以内までAg+濃度を定量的に決定できる。TOF−SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)は、表面をより近く見ることができるが、それは非定量的である。表面濃度の予測を難しくしているのは、Ag+1濃度は、図4のEMP測定値から示されるように、表面に近づくにつれて実際に減少することである。図4は、第2の浴中に異なる濃度のAgNO3を使用した2−工程方法によって調製されたガラスサンプルに関する、深さに対して計算されたAg2Oである実際の銀イオン濃度を示すEMP結果のグラフであり、ここで、第1のIOX浴は、100質量%のKNO3であり、第2のIOX浴は、それぞれ、1質量%(◆)、2質量%(■)または5質量%(▲)のAgNO3を含有するKNO3浴であり、第2の浴のイオン交換の時間と温度は、それぞれ、20分間と420℃であった。
【0030】
以下の表3は、いくつかの異なるイオン交換について、Agイオン浴濃度、イオン交換の時間および質量%のAg2Oとしての結果として得られたEMP測定値を与えている。300分間に亘りイオン交換されたサンプルを除いて、表3のサンプルは、2−工程方法を使用して調製した。イオン交換の時間が300分であるサンプルは、2−工程方法の第2の浴と同じ組成を有する同じイオン交換浴を使用した1−工程方法により調製した。表3の全てのガラス物品は、少なくとも250MPaの圧縮応力を有する。1つの実施の形態において、圧縮応力は少なくとも500MPaである。別の実施の形態において、圧縮応力は少なくとも600MPaである。数値を含む用語「EMP(15nm)」は、その方法の加速電位が可能にするできるだけ浅い深さを称する。表3の全てのイオン交換は、1−工程サンプルおよび2−工程散布の両方について、420℃で行った。2−工程方法において、第1のイオン交換は、5.5時間に亘りKNO3のみを使用して行い、第2のイオン交換は、AgNO3/KNO3浴を使用して行った。Ag/K浴組成が表3に与えられている。
【表3】
【0031】
使用したEMP方法は、ガラスサンプル中の異なる深さにアクセスするために加速電位を変えることであった。図5のガラスは、上述した2−工程方法の第2の工程におけるAgNO3浴濃度の関数としての深さに対する質量%Ag2Oの測定値である。
【0032】
Ag濃度を予測するために、XPS(X線光ルミネセンス分光法)も使用した。XPSは、通常、表面測定と称されるが、この技法は、実際には、5〜10nmの深さまで測定し、その信号の約95%は、表面より5nm以内に由来する。したがって、XPSデータは、EMPを解釈するために使用される様式と類似の様式で解釈されるべきであり、データは、XPSデータは、ガラスの表面に近い区域からのものであることを認識する。XPS結果は、ガラス基板の表面上の原子の原子パーセントとして報告されており、表4に示されている。表4は、XPS分析された同じサンプルについての、EMP結果も含んでいる。表4において、5.5時間のイオン交換時間を示すサンプルは、1−工程方法を使用して調製した。20分のイオン交換時間を有するサンプルは、AgIOXが第2の工程で行われる、2−工程方法を使用して調製した。
【表4】
【0033】
Ag2Oの量の一致が優れており、それゆえ、両方法が同じ体積濃度を測定していることを示す。
【0034】
先に提示されたデータは体積濃度の予測を提供するが、以下の段落は、実際の表面濃度が抗菌挙動に関連する適切な数字であるので、その濃度をどのように決定するかを記載している。ガラスの表面下の本体中のガラスは、表面の細菌にはアクセスできないので、抗菌の役割は果たさない。
【0035】
表面濃度の決定は、統計的方法を使用して行うこともできる。その関係は、N/cmと定義される、線に沿った粒子Nのアレイの発想から簡単に導かれる。このアレイを面に延ばすと、1つの表面濃度N2/cm2が得られ、同様に、それを立方体に延ばすと、体積濃度N3/cm3が得られる。アレイが乱れているという事実は、平均を定義できる限り、制限ではない。言い換えると、粒子の等方性の均一アレイにより、単位寸法当たりの粒子の平均数を定義することができる。このアプローチにより、以下の式1に示されるように、表面濃度と体積濃度との間の関係を定義することが可能になる:
【数1】
【0036】
様々なIOXスケジュールについて、EMP体積濃度予測値を使用すると、図6Aおよび6Bに示されるグラフを作成することができる。図6Aは、質量%のAg2Oに対するイオン/cm2×1014で表されたAgイオン表面濃度のグラフである。表面濃度の値をμg/cm2で計算することもできる。先に与えられた表面濃度の予測値をμg/cm2の単位に変換することにより、文献のいくつかと比較することが可能になる。
【0037】
式1からの予測に関して、式2に示されるようなμg/cm2に変換するためにN/cm2を使用しなければならない:
【数2】
【0038】
図6Bは、ガラス中の質量%のAg2Oに対するμg/cm2で表されたAg表面濃度である。
【0039】
2−工程方法により、他の望ましくない影響なく、ずっと高いAg+1表面濃度を達成することが可能になる。高い表面濃度の非常に重要かつ独特な利点は、細菌「殺傷」時間の減少である。これは、以下に記載されるように、2以上の著しい対数減少を生じるのに必要な時間である。図8は、ここに記載したように決定された様々な表面濃度を有するように2−工程方法により調製されたサンプルを使用した、表面濃度の関数としての「殺傷」時間の依存性を示している。「殺傷」時間の値は、手持ち式装置の用途を含む全ての使用に関する意図する用途の著しい特徴である。2−工程方法を使用するだけで、特に、着色されたカバーやタッチスクリーンが使用者の見る経験を損なうであろう電子装置について、以下に示すような、任意の実用的な「殺傷」時間を生じることができる。
【0040】
さらに、銀イオン濃度は、表面からガラスに入るにつれて、増加することも留意した。この現象の原因は不確かであるが、その現象は、銀イオン交換ガラスについて図7に示された細菌の対数減少値の比較により本当であることが実証された。図7は、0.15質量%のAgを含有する第2のIOX浴を使用した2−工程方法により調製された銀イオン含有ガラスに関する、時間に対する対数減少としての、抗菌作用を比較するグラフである。サンプルA(菱形◆)は、0.15質量%のAg浴を使用して調製した抗菌ガラスを表し、サンプルA−R(正方形■)は、1μmのガラス表面を除去した後の同じガラスを表す。図7のデータは、サンプルAおよびA−Rが、最初の約100分間の間は実質的に同じ対数減少値を達成したが、約250分後、上面の1μmのガラスが除去されたA−Rサンプルが、ずっと大きい対数減少値を示したことを示す。これは、Ag含有量が、表面からの距離が増加するにつれて、実際に増加し、抗菌作用を最大にするために、できるだけ表面濃度を高くすることが重要であることを示す。
【0041】
抗菌試験
培養したグラム陰性大腸菌(E.coli)を使用して、抗菌試験を行った;PucI9(Invitrogen)プラスミドによる形質転換によってカナマイシン耐性とされたDH5α(商標)(Invitrogenカタログ番号I8258012、ロット番号7672225)。LB Kan Broth(Teknova#L8145)またはTyptic Soy Broth(Teknova#T1550)何れかを使用して、細菌の培養を開始した。約2μlの細菌懸濁液またはピペットチップに一杯の細菌を、寒天平板から採取し、2〜3mlのブロスを含有する蓋付き管内に分配し、振盪式インキュベータ内において37℃で一晩インキュベーションした。翌日、細菌培地をインキュベータから取り出し、PBSで二回洗浄した。光学濃度(OD)を測定し、細胞培地を、約1×106CFU/mlの最終細菌濃度に希釈した。細胞を、37℃の温度で6時間に亘り、抗菌性または抗菌性ではない(対照)選択されたガラス表面上に配置した。各ウェルからの緩衝液を採取し、平板を氷冷PBSで二回、洗浄した。各ウェルについて、緩衝液と洗浄を組み合わせ、コロニー計数に、表面平板塗沫(surface spread plate)法を使用した。
【0042】
1−工程方法および2−工程方法を使用して調製したガラスサンプルにおける、抗菌特性が示された。全ての場合、対照サンプルは、銀を含有しないイオン交換ガラスである。ガラスサンプルの各々を、1×1平方インチ(2.54cm×2.54cmの正方形)のガラススライドに切断し、ペトリ皿の中に置いた。これらのガラススライドを陰性対照として使用した。グラム陰性大腸菌を、1×106細胞/mlの濃度で1/500LB培地中に懸濁させた。156μlの大腸菌細胞懸濁液を各サンプル表面上に置き、研究室用滅菌PARAFILM(登録商標)を使用することによって、密接に接触した状態に維持し、飽和湿度(95%超の相対湿度)、37℃で6時間に亘りインキュベーションした。各サンプルを三重に製造した。6時間のインキュベーション後、2mlのPBS緩衝液を各ペトリ皿に加えた。振盪後、各スライドと「PARAFILM」を洗浄し、各ペトリ皿からの全ての溶液を収集し、LB寒天培地上に配置した。37℃でさらに16〜24時間インキュベーションした後、寒天培地上の細菌コロニー形成を調査した。それらの結果は、細菌増殖応答により示される:対数減少=−Log(Ca/C0)、式中、Caは、抗菌表面に曝露された後の細菌(またはウイルスまたは菌類)の濃度であり、C0は、細菌が抗菌表面に接触していない対照サンプルの細菌濃度である。一例として、3の対数減少は、細菌またはウイルスの99.9%が殺傷されたことを意味し、5の対数減少は、細菌またはウイルスの99.999%が殺傷されたことを意味する。以下の表5は、表面のAg濃度に対する対数減少を示す。
【0043】
試験の目的のために、試験が開始される前に、ガラスに最初に細菌汚染物が存在しなかったことを保証するために、全てのイオン交換ガラスサンプルは、銀を含むものも、含まないものも、1分間に亘り70体積%のエタノールによる洗浄で殺菌し、蒸留水を使用して濯いだ。表5は、表5に記載されたような、Ag2Oとして計算された表面銀イオン濃度を有する抗菌ガラスを使用した、6時間後のガラスサンプルの細菌試験の結果を示す。表5のガラスは全て、2−工程方法により調製した。第1の工程のIOXは、約420℃の温度で5〜6時間の範囲の期間に亘り100質量%のKNO3浴を使用して行った。第2の工程IOXは、使用して行った。μg/cm2で計算された表面Ag+1濃度を、ここに記載したように決定した。
【表5】
【0044】
表6は、細菌減少速度が、1−工程方法と比べた場合、2−工程方法を使用した調製したサンプルについて、より速いことを示している。
【表6】
【0045】
抗ウイルス試験
0.03μg/cm2の表面イオン濃度を有するAgイオン交換ガラスおよび試験ウイルスとしてのHIVを使用して、抗ウイルス試験を行った。1時間後に、2.22の対数減少が得られた。
【0046】
細胞毒性試験
培養のためにNIH3T3マウス繊維芽細胞を使用して、細胞毒性研究を行った。1×1平方インチ(2.54cm×2.54cm)のガラススライドを96ウェル多孔板の底に取り付けた。試験の目的のために、細胞毒性試験が開始される前に、ガラスに最初に細菌汚染物が存在しなかったことを保証するために、全てのイオン交換ガラスサンプルは、銀を含むものも、含まないものも、10〜30分間に亘る紫外線の照射により殺菌し、15分間に亘り70体積%に浸漬し、次いで、蒸留水を使用して濯いだ。各ガラススライドについて、4つのウェルを培養した。各ウェルの播種密度は、ウェル当たり約2×104細胞であった。播種されたウェルを37℃で3日間に亘りインキュベーションした後、脂肪細胞またはコロニーの計数のために、生/死菌株および蛍光顕微鏡を使用して、目視で観察した。サンプルC1、C2、C3およびC4について、死亡細胞は観察されなかった(表7)。
【表7】
【0047】
細菌、ウイルスまたは菌類に感染した哺乳類細胞が存在するかもしれず、ガラスの着色が考慮されない、病院および研究所での使用に関して、ここに記載された方法を使用して、より高濃度の銀イオンを得ることができる。
【0048】
コーティング
本開示の別の重要な態様は、選択された機能性コーティング(膜を含む)が抗菌性化学強化ガラスの表面に配置された場合、抗菌挙動が維持される方法である。例えば、ガラスがカバーガラスとして使用される多くのタッチスクリーン用途(電話、コンピュータ、ATMなど)において、指紋を比較的容易に取り除けるように、ガラス表面にコーティングまたは膜が配置されている。洗浄を容易にするコーティングは、低表面エネルギーコーティング、例えば、一般式Ax−SiB4-xの「フルオロアルキルシラン」の部類のコーティングであり、式中、Aは、ペルフルオロアルキルRF−、ペルフルオロアルキル末端ペルフルオロポリエーテル、ペルフルオロアルキル−アルキル、フルオロアルケンシランとアルケンシランのコポリマー、およびフルオロアルキルシランと親水性シランの混合物からなる群より選択され、Bは、Cl、アセトキシ[CH3−C(O)−O−]またはアルコキシ[例えば、CH3O−またはC25O−]であり、x=1または2である。上述したタイプの低表面エネルギーコーティングは、様々な製造業者、例えば、Dow Corning社[DC2634−、官能性ペルフルオロ部分が、ポリ[オキシ(1,1,2,2,3,3−ヘキサフルオロ−1,3−プロパンジイル)],α−(ヘプタフルオロピロピル)−ω−[1,1,2,2−テトラフルオロ−3−(2−プロペニルオキシ)プロポキシ]である、ペルフルオロポリエーテルシラン];Gelest社[SIT8174.0、トリデカフルオロテトラヒドロオクチルトリクロロシラン;SIT8371.0、トリフルオロプロピルトリクロロシラン;SIT5841.0、ヘプタデカフルオロテトラヒドロデシルトリクロロシラン;およびSIT5841.0、(ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロデシル)トリクロロシラン;SIT5841.5、(ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロデシル)トリメトキシシラン;およびSIT5841.2、(ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロデシル)トリエトキシシラン];Cytonix社[FSM 1200、ペルフルオロポリエーテルモノシラン;FSD 2500、中間分子量ペルフルオロポリエーテルジシラン;FSD 4500高分子量ペルフルオロポリエーテルポリシラン]から市販されている。低表面エネルギーコーティングは、1nm〜20nmの範囲のスペーサまたは骨格鎖長を有するべきであり、その骨格鎖は、炭素原子またはペルフルオロポリエーテルの場合には、炭素原子と酸素原子の混合物である。1つの実施の形態において、その鎖長は、2nmから20nmの範囲にある。さらに別の実施の形態において、鎖長は1〜10nmの範囲にある。他の実施例は、
(a)フルオロアルケンシランとアルケンシランのコポリマー、および
(b)フルオロアルキルシランと親水性シランの混合物、
である。上述した以外のシランが、銀イオンをガラス表面から微生物に輸送でき、それによって、微生物を殺傷するまたはその増殖を抑制するように、水蒸気がガラスの表面に到達するのを防ぐという条件で、それらのシランを使用することもできる。
【0049】
一般に、上述したフルオロ含有コーティングは、ケイ素に結合した1または2のフルオロカーボン含有部分を有し、それらの部分の各々は、独立して、1nmから20nmの範囲の鎖長を有し、その鎖は、鎖に沿って酸素原子または硫黄原子を含んでもよい。1つの実施の形態において、鎖長は2nmから20nmの範囲にある。さらに別の実施の形態において、鎖長は1〜10nmの範囲にある。コーティングにとって重要なことは、水分子が表面と接触でき、表面上の銀イオンを拾い上げ、その銀イオンを微生物に輸送し、そこで、銀イオンが微生物に吸収され、それゆえ、微生物を殺傷するか、またはその再生速度を低減させるように、フルオロカーボン部分の少なくとも一部が、表面から十分に離れていることである。その結果、1つまたは2つのフルオロカーボン部分がケイ素原子に結合し、ケイ素原子が2つまたは3つのSi−O結合によってガラスに結合されることが好ましい。例えば、銀含有ガラス表面とフルオロカーボン部分との間のスペーサまたは骨格鎖として働く上述した(a)のアルキル基が短すぎると、親水性フルオロカーボン部分が水分子をガラス表面に到達するのを妨害することがあり、よって、銀イオンが表面から微生物に輸送され得ない。別の場合には、どのような特定の理論にも固執するものではないが、抗菌性ガラスの表面に結合しているペルフルオロポリエーテルアルコキシシランの酸素原子は、鎖に沿った酸素原子による水分子の表面への移行を促進し得、その表面で、水分子は銀イオンと配位し、そのイオンの微生物への輸送を促進し得る。例示のペルフルオロポリエーテルアルコキシシランは、フッ素化溶媒中の0.02〜1質量%の溶液として使用されるDow Corning(登録商標)2634である。ここに記載したような抗菌性ガラス物品にコーティング材料が施された後、そのコーティングは、コーティングをガラス物品の表面に付着するように硬化され、最後に、未反応のコーティング材料を除去するために、3分間に亘りフッ素化溶媒(Novec(商標)HFE7200、3M Company)浴中で音波処理された。この硬化は、オーブン内での被覆物品の加熱、例えば、製造業者により示唆されるような硬化時間に亘る50℃、50%RHでの加熱、または被覆物品の赤外線加熱のいずれかにより、熱により行った。次いで、被覆物品を30分から2時間の範囲の時間に亘りオーブン内で加熱して、コーティング材料をガラス表面に硬化させた。
【0050】
これらのコーティングを堆積させる方法およびプロセスは、ガラス表面上のコーティングの厚さと形態を制御することができる。コーティングが不連続または準不連続いずれかの様式で堆積された、プロセスの方法と工程を導入しても差し支えない。そのようなプロセスの方法は、以下に限られないが、所定の被覆マスクを通しての蒸着または吹付け塗り、インクジェット印刷、フルオロシランを特定の領域に被覆することができるマスターを使用したマイクロコンタクトプリント法、フルオロシランを相分離できる湿度硬化が挙げられる。コーティングが十分に薄い場合、そのコーティングは連続していて差し支えない。薄い連続コーティングは、例えば、浸漬、吹き付けおよび蒸着により堆積させることができ、その後、シランを付着させるための硬化が行われ、その後、未反応であるが物理的吸着されたシランを除去するための超音波洗浄が行われる。上述した手法により、開放未被覆区域において、もしくはコーティングが非常に薄いか表面にコーティングがない区域において、抗菌作用を維持できると同時に、コーティングの意図された機能的性能が維持される。図2は、ここに記載された、銀イオンを含有する化学強化ガラスの表面に堆積されたフルオロシランの局所領域(海の中の島)の形態にあるこの所望の形態を示すAFM(原子間力顕微鏡写真)である。図2において、ガラス(または海)は黒色の背景であり、コーティング領域または島100は、背景に分散された様々なサイズの白色から灰色のドットまたは楕円として示されている。コーティングが連続している場合、そのコーティングは、ガラス表面の抗菌作用が効果的なままであるために、比較的薄く、1つの実施の形態において、0.5nmから20nmの範囲の厚さを有する。別の実施の形態において、コーティングの厚さは、0.5nmから5nmの範囲にある。さらに別の実施の形態において、コーティングの厚さは、1nmから3nmの範囲にある。薄いコーティングの場合、一方のシランがフルオロアルキルシランであり、他方のシランが親水性シラン(例えば、ポリエチレングリコール含有シラン)である、2種類のシランを使用して、その表面に混合自己組織化単層膜を調製することができ、ここで、親水性または「水を好む」シラン領域が、水分子を捕捉し、それらを、水が、微生物に輸送するために銀イオンを拾い上げることのできる表面に提示することによって、抗菌作用を支援する。1つの実施の形態において、フルオロ−オリゴエチレングリコールシランを使用しても差し支えなく、このシランのオリゴエチレングリコール部分は、界面の遊離水を捕捉するのを支援できる。
【0051】
上に疎水性コーティングを有する銀含有ガラスの抗菌特性を決定するために使用した試験方法は、銀イオンが組み込まれる、疎水性材料、特にポリマーの抗菌作用を測定するために開発された日本工業規格である、JISZ−2801:2000方法の改良版であった。抗菌作用は、抗菌性であると考えられる表面と緊密に接触した状態に保持され、35℃で24時間に亘りインキュベーションされた細菌細胞の生存率を決定することによって、定量的に測定される。その期間の経過後、細胞が計数され、非処理表面と比較される。この試験は、インキュベーション期間を37℃での6時間に変えた点で改良されていた。6時間後、サンプルをインキュベータから取り出し、試験表面全体をPBSで完全に洗浄して、全ての細菌が除去されたことを確実にした。次いで、細胞およびPBS洗浄液を、一晩の培養のためにブロス寒天培地に移した。16〜24時間後、寒天培地上の細菌コロニーを計数した。図3は、使用した改良方法を示す説明図である。図3において、番号10は、Ag含有ガラス板または対照(Agなし)板のいずれかであり得るサンプルプレート12に1×106細胞/mlの濃度の400μlの細菌懸濁液の添加を表し、細菌懸濁液をその上に有するプレートを「PARAFILM」で覆い14、「PARAFILM」被覆プレート16が得られ、その後、18により示されるように、6時間に亘り37℃で細菌をインキュベーションし、最後に、20で表されるように、コロニーを計数する。サンプルは、大腸菌(グラム陰性)を使用して試験した。
【0052】
表8は、後でコーティングが堆積された、様々な表面濃度の2−工程Agイオン交換ガラスを使用して得られた大腸菌抗菌結果を示している。対照サンプルは、100%のKNO3浴(AgNO3なし)を使用してイオン交換した。コーティング材料は、0.5nmから5nmの範囲の厚さで施され、ガラスの表面に亘り均一であるフルオロシランであった。被覆後、サンプルを、ガラス物品の表面にシランを付着させるために硬化させ、最後に、未反応シランを除去するためにフッ素化溶媒浴中で音波処理した。
【表8】
【0053】
2−工程方法を使用した圧縮応力への影響は最小である。何故ならば、第2の工程におけるガラス中のAgイオン交換の深さは非常に浅く、調製されたガラス中のより小さいイオン、一般に、ナトリウムイオンとリチウムイオンの、より大きいイオン、一般にカリウムイオンまたはより大きいアルカリ金属イオンによるイオン交換によって、第1の工程において化学強化されたガラスの圧縮応力は、測定できるほどは影響を受けないからである。さらに、銀イオンとナトリウムイオンのイオン半径は実質的に同じであり、銀とナトリウムのポーリングのイオン半径は、それぞれ、1.26Åおよび1.33Åであることに留意されたい。その結果は、第1の工程のイオン交換後の既にガラス中にあるナトリウムイオンの銀イオンによるイオン交換は、ガラスの圧縮応力に最小の影響しかない。表9は、KNO3交換のみの第1のイオン交換工程後、およびAgNO3とKNO3の両方を含有する浴を使用した第2のイオン交換工程後の、ガラスサンプルの圧縮応力を比較している。このサンプルは、磨耗の前と後の両方で、リング・オン・リング試験を使用して試験した。表中の値は、3〜4サンプル試験の平均であり、標準偏差が与えられている。サンプルは、ここに記載した2−工程イオン交換方法を使用して調製した。第1の工程のイオン交換は、420℃で100%のKNO3を使用して5.5時間に亘り行った。第1のイオン交換工程を完了した後、複数のサンプルを取っておいた。次いで、残りのサンプルに、420℃で5質量%のAgNO3/95質量%のKNO3を使用した20分間に亘り第2のイオン交換工程を行った。
【表9】
【0054】
表9に示された結果は、AgNO3/KNO3による第2のイオン交換工程の圧縮応力への影響は最小であることを示す。
【0055】
追加の実施の形態において、本開示は、抗菌性化学強化ガラス物品を製造する方法において、第1の表面、第2の表面および表面間の選択された厚さ、並びにガラス中のアルカリ金属イオンを有するガラス物品を提供する工程;提供されたガラス中のアルカリ金属イオンより大きい少なくとも1種類のアルカリ金属イオンからなる第1のイオン交換浴を提供して、ガラスに500MPa超の圧縮応力を与える工程;0.005質量%から5.0質量%の硝酸銀から実質的になり、残りが、第1の浴中のアルカリ金属イオンの内の少なくとも1種類からなる第2のイオン交換浴を提供する工程;第2の浴によりイオン交換し、それによって、銀およびアルカリ金属イオンを前記表面の少なくとも一方に含ませて、250MPa超の圧縮応力および少なくとも1つの抗菌性化学強化表面を有するガラス物品を形成する工程を有してなり、ガラスの表面の銀イオンの濃度が、ゼロ超から0.047μg/cm2未満の範囲にある方法に関する。
【0056】
それゆえ、1つの実施の形態において、本開示は、抗菌性化学強化ガラスであって、ガラスの表面からガラスの選択された深さまで延在する圧縮応力層を有するガラス物品;ガラス物品の圧縮応力層の一部である抗菌性Ag+領域を含み、ガラス中の圧縮応力が少なくとも250MPaであり、Ag+1イオンの表面濃度がゼロ超から0.047μg/cm2未満の範囲にある抗菌性化学強化ガラスに関する。ガラスはさらに、水分子をガラス中のAg+イオンに到達できるようにする特徴を有する低表面エネルギーコーティングをガラスの表面上に含む。このガラスは、1時間以内に、1より大きい対数減少まで少なくとも2種類の微生物種を阻害することができる。実施の形態において、そのガラスは、6時間後に、抗菌対数減少が4超となる。別の実施の形態において、そのガラスは、6時間後に、抗菌対数減少が5超となる。さらに別の実施の形態において、ガラスは、0.005μg/cm2から0.035μg/cm2の範囲のAg+1イオン表面濃度を有し、非細胞毒性である。さらに追加の実施の形態において、ガラスは、0.01μg/cm2から0.035μg/cm2の範囲のAg+1イオン表面濃度を有し、非細胞毒性である。実施の形態において、ガラスは、0.015μg/cm2から0.030μg/cm2の範囲のAg+1イオン表面濃度を有し、非細胞毒性である。別の実施の形態において、圧縮応力は少なくとも500MPaである。追加の実施の形態において、圧縮応力は少なくとも600MPaである。低表面エネルギー機能性コーティングは、末端全フッ素化部分を有し、一般式Ax−SiB4-xのシランからなる群より選択され、式中、Aは、ペルフルオロアルキルRF−、ペルフルオロアルキル末端ペルフルオロポリエーテル、ペルフルオロアルキル−アルキル、フルオロアルケンシランとアルケンシランのコポリマー、およびフルオロアルキルシランと親水性シランの混合物であり、Bは、Cl、アセトキシ[CH3−C(O)−O−]またはアルコキシであり、x=1または2であり;このコーティングは、0.5nmから20nmの範囲の厚さを有し、コーティングのケイ素原子とガラスの酸素原子との間の少なくとも1つのSiO結合によりガラスの表面に結合されている。このコーティングは、2nmから20nmの範囲にある、ケイ素原子から、その末端、例えば、最後のCF3部分までの骨格鎖長を有し、この骨格鎖は、(a)炭素原子および(b)ポリエーテルの場合には、炭素原子と酸素原子との組合せからなる群より選択される少なくとも1つからなる。実施の形態において、コーティングは、式(RF1x−Si(OR)4-xのペルフルオロアルキルアルコキシシランであり、式中、x=1または2、RF1部分は、2nmから20nmの範囲の炭素鎖長を有するペルフルオロアルキル基であり、ORは、アセトキシ、−OCH3またはOCH2CH3である。別の実施の形態において、コーティングは、(RO)4-z−Si−[(CH23−OCF2−CF2−[OCF2−CF2−CF2n−F]zであり、式中、Z=1または2、nは、[(CH23−OCF2−CF2−[OCF2−CF2−CF2n−F]が2nmから20nmの範囲の鎖長を有するのに十分な整数であり、ROは、CH3O−、CH3−CH2O−またはCH3C(O)O−である。さらに別の実施の形態において、コーティングは、(RO)4-z−Si−[(CH2x−(CF2)y−CF3zであり、式中、x+yは、y≧xであるという条件で、その合計が、[(CH2x−(CF2)y−CF3]が2nmから20nmの範囲の長さを有するのに十分である整数であり、zは1または2であり、ROは、CH3O−、CH3−CH2O−またはCH3C(O)O−である。
【0057】
実施の形態において、抗菌性化学強化ガラスは、抗菌性で化学強化されたアルカリアルミノケイ酸塩ガラスおよびアルカリアルミノホウケイ酸塩ガラスからなる群より選択され、このガラスは、0.01μg/cm2から0.035μg/cm2の範囲の銀イオン表面濃度を有し、このガラス表面は細胞毒性ではない。実施の形態において、このガラスの透過率は、反射損失について未補正で、400nmから750nmの波長範囲に亘り、少なくとも88%である。別の実施の形態において、428nm/650nmでの透過率の比は少なくとも99%である。
【0058】
その上、本開示は、抗菌性化学強化ガラス物品を製造する方法において、第1の表面、第2の表面および表面間の選択された厚さ、並びにガラス中のアルカリ金属イオンを有するガラス物品を提供する工程;提供されたガラス中のアルカリ金属イオンより大きい少なくとも1種類のアルカリ金属イオンからなる第1のイオン交換浴を提供して、ガラスに250MPa超の圧縮応力を与える工程;0.005質量%から5.0質量%の硝酸銀から実質的になり、残りが、第1の浴中のアルカリ金属イオンの内の少なくとも1種類からなる第2のイオン交換浴を提供する工程;第2の浴によりイオン交換し、それによって、銀およびアルカリ金属イオンを前記表面の少なくとも一方に含ませて、250MPa超の圧縮応力および少なくとも1つの抗菌性化学強化表面を有するガラス物品を形成する工程を有してなり、ガラスの表面の銀イオンの濃度が、ゼロ超から0.047μg/cm2未満の範囲にあり、第2の浴のイオン交換時間が30分未満である方法に関する。1つの実施の形態において、圧縮応力は500MPa超である。第2のイオン交換浴は、0.15質量%から10質量%の範囲の量の硝酸銀からなり、その浴の残りは硝酸カリウムである。1つの実施の形態において、第2の浴のイオン交換時間は20分以下である。別の実施の形態において、第2の浴のイオン交換時間は10分以下である。提供されるガラス物品は、ソーダ石灰ガラス物品、アルカリアルミノケイ酸塩ガラス物品およびアルカリアルミノホウケイ酸塩ガラス物品からなる群より選択される。1つの実施の形態において、提供されるガラスは、組成:
(a) 60〜70モル%のSiO2、6〜14モル%のAl23、0〜15モル%のB23、0〜15モル%のLi2O、0〜20モル%のNa2O、0〜10モル%のK2O、0〜8モル%のMgO、0〜10モル%のCaO、0〜5モル%のZrO2、0〜1モル%のSnO2、0〜1モル%のCeO2、50ppm未満のAs23、および50ppm未満のSb23、ここで、12モル%≦Li2O+Na2O+K2O≦20モル%、0モル%≦MgO+CaO≦10モル%;
(b) 64モル%≦SiO2≦68モル%、12モル%≦Na2O≦16モル%、8モル%≦Al23≦12モル%、0モル%≦B23≦3モル%、2モル%≦K2O≦5モル%、4モル%≦MgO≦6モル%、および0モル%≦CaO≦5モル%、ここで、66モル%≦SiO2+B23+CaO≦69モル%、Na2O+K2O+B23+MgO+CaO+SrO>10モル%、5モル%≦MgO+CaO+SrO≦8モル%、(Na2O+B23)−Al23≦2モル%、2モル%≦Na2O−Al23≦6モル%、および4モル%≦(Na2O+K2O)−Al23≦10モル%;
(c) 61モル%≦SiO2≦75モル%、9モル%≦Na2O≦21モル%、7モル%≦Al23≦15モル%、0モル%≦B23≦12モル%、0モル%≦K2O≦4モル%、0モル%≦MgO≦7モル%、および0モル%≦CaO≦モル%;
(d) 50モル%≦SiO2≦70モル%、8モル%≦Na2O≦16モル%、9モル%≦Al23≦17モル%、2モル%≦B23≦12モル%、0モル%≦K2O≦4モル%、0モル%≦MgO≦4モル%、および0モル%≦CaO≦0.2モル%、ここで、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物は改質剤であり、[(モル%Al23+モル%B23)÷Σモル%改質剤]は1より大きい、すなわち、
[(モル%Al23+モル%B23)÷Σモル%改質剤]>1;および
(e) SiO2>50モル%、11モル%≦Na2O≦25モル%、7モル%≦Al23≦26モル%、0モル%≦B23≦9モル%、0モル%≦K2O≦2.5モル%、0モル%≦MgO≦8.5モル%、および0モル%≦CaO≦1.52モル%、ここで、これらにはリチウムが実質的に含まれない、
を有するガラスから選択される。
【0059】
前記方法は、少なくとも1つの抗菌性化学強化ガラス表面に、フルオロアルキルシラン、ペルフルオロポリエーテルアルコキシシラン、ペルフルオロアルキルアルコキシシラン、フルオロアルキルシラン−(非−フルオロアルキルシラン)コポリマー、およびフルオロアルキルシランと親水性シランの混合物から選択される、低表面エネルギーコーティングを施す工程;および施されたコーティングを硬化させ、それによって、コーティングとガラスとの間のSi−O結合によってコーティングをガラスに結合させる工程をさらに含み、この機能性コーティングが0.5nmから20nmの範囲の厚さを有する。1つの実施の形態において、低表面エネルギー機能性コーティングは、式(RF1x−Si(OR)4-xのペルフルオロアルキルアルコキシシランであり、式中、x=1または2、RF1部分は、16〜130炭素原子の範囲の炭素鎖長を有するペルフルオロアルキル基であり、ORは、アセトキシ、−OCH3またはOCH2CH3である。別の実施の形態において、抗菌性化学強化ガラスに結合した低表面エネルギー機能性コーティングは、式[CF3−(CF2CF2O)ax−Si(OR)4-xのペルフルオロポリエーテルアルコキシシランであり、式中、aは5〜10の範囲にあり、x=1または1、ORは、アセトキシ、−OCH3またはOCH2CH3であり、ケイ素原子から、最大の長さでの鎖の末端までのペルフルオロエーテル鎖の全長は、1nmから10nm、16〜130炭素原子の範囲にある。さらに別の実施の形態において、抗菌性化学強化ガラスに結合した低表面エネルギー機能性コーティングは、式[RF2−(CH2bx−Si(OR)4-xのペルフルオロアルキルアルコキシシランであり、式中、RF2部分は、10〜16炭素原子の範囲の炭素鎖長を有するペルフルオロアルキル基であり、xは2または3であり、ORは、アセトキシ、−OCH3またはOCH2CH3である。1つの実施の形態において、低表面エネルギー機能性コーティングが施されて、ガラスの表面上の領域およびコーティングのない非領域を形成する。別の実施の形態において、低表面エネルギーコーティングは、ガラス表面に亘り均一に/連続的に施され、0.5nmから10nmの範囲の厚さを有する。1つの実施の形態において、その厚さは1nmから3nmの範囲にある。この方法により、少なくとも88%の、400nmから750nmの波長範囲に亘る、反射損失について未補正の、ガラスの透過率を有するガラスが製造され、428nm/650nmでの透過率の比は99%である。
【0060】
ガラスの色が懸念されない、抗菌性棚材料、テーブルの上面および病院、研究室および生物学的物質を取り扱う他の施設における他の用途での使用について、0.035μg/cm2超の銀イオン表面濃度を有するガラスが適しているであろう。ここに記載された方法を使用して、0.5以上の銀イオン表面濃度を有するガラスを調製してもよい。
【0061】
説明の目的で一般は的な実施の形態を述べてきたが、先の記載は、本開示の範囲または付随の特許請求の範囲への制限であると解釈すべきではない。したがって、本開示の範囲または精神もしくは付随の特許請求の範囲から逸脱せずに、様々な改変、適用および代替が当業者に想起されるであろう。
【符号の説明】
【0062】
10 サンプルプレートへの細菌懸濁液の添加
12 サンプルプレート
14 プレートを覆う
16 被覆プレート
18 インキュベーション
20 コロニーを計数
100 島
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8