(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5836558
(24)【登録日】2015年11月13日
(45)【発行日】2015年12月24日
(54)【発明の名称】二輪車の転倒防止方法及び装置
(51)【国際特許分類】
B62J 27/00 20060101AFI20151203BHJP
B62J 99/00 20090101ALI20151203BHJP
F02D 9/02 20060101ALI20151203BHJP
F02D 41/04 20060101ALI20151203BHJP
【FI】
B62J27/00 Z
B62J99/00 J
B62J99/00 K
F02D9/02 341Z
F02D41/04 301G
F02D41/04 310G
【請求項の数】18
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-526788(P2014-526788)
(86)(22)【出願日】2013年4月25日
(86)【国際出願番号】JP2013062217
(87)【国際公開番号】WO2014017138
(87)【国際公開日】20140130
【審査請求日】2015年1月12日
(31)【優先権主張番号】特願2012-164781(P2012-164781)
(32)【優先日】2012年7月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003333
【氏名又は名称】ボッシュ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小野 俊作
【審査官】
岸 智章
(56)【参考文献】
【文献】
特開平03−016889(JP,A)
【文献】
特開2004−099026(JP,A)
【文献】
特開2004−155412(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62J 27/00,99/00
F02D 9/02,41/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二輪車の転倒防止方法であって、
車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、
前記車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角が、前記車体の実際の傾斜角の時間変化に基づいて推定され、
前記車体の前記所定時間後の車体速度である推定車体速度が、前記車体の実際の車体速度の時間変化に基づいて推定され、
前記推定傾斜角が、前記推定車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合、または超えそうな場合に、前記車体を加速させるように、または、前記車体の減速を抑制するようになされた、二輪車の転倒防止方法。
【請求項2】
請求項1に記載の二輪車の転倒防止方法であって、
前記推定傾斜角が、前記推定車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、最大許容傾斜角としての前記推定傾斜角に対応する車体速度と前記推定車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量が算出される、二輪車の転倒防止方法。
【請求項3】
二輪車の転倒防止方法であって、
車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、
前記車体の実際の傾斜角が、前記車体の実際の車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、前記車体を加速させるようになされた、二輪車の転倒防止方法。
【請求項4】
請求項3に記載の二輪車の転倒防止方法であって、
前記車体の実際の傾斜角が、前記車体の実際の車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、最大許容傾斜角としての前記実際の傾斜角に対応する車体速度と前記実際の車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量が算出される、二輪車の転倒防止方法。
【請求項5】
請求項2または4に記載の二輪車の転倒防止方法であって、
前記駆動加算量が、PID制御により算出される、二輪車の転倒防止方法。
【請求項6】
請求項2、4または5に記載の二輪車の転倒防止方法であって、
前記駆動加算量の最大値が予め設定されており、
算出された前記駆動加算量が所定時間に亘って前記最大値を維持した場合に、前記駆動加算量が零にされる、二輪車の転倒防止方法。
【請求項7】
請求項1から6のうちいずれか一項に記載の二輪車の転倒防止方法であって、
前記方法は、所定の車体速度領域内でのみ実行される、二輪車の転倒防止方法。
【請求項8】
請求項1から7のうちいずれか一項に記載の二輪車の転倒防止方法であって、
前記車体の実際の傾斜角が、傾斜角センサの出力値に基づいて算出され、
前記傾斜角センサが、横方向加速度センサ、垂直方向加速度センサ、ヨーレートセンサ、及びロールレートセンサのうちの少なくとも一つである、二輪車の転倒防止方法。
【請求項9】
二輪車用転倒防止装置であって、
車体速度を検出する車速センサと、
車体の傾斜角を検出するための傾斜角センサと、
前記傾斜角センサの出力値に基づいて前記車体の傾斜角を算出する傾斜角算出手段と、
前記車体速度と前記傾斜角に基づいて、前記車体の走行不安定度を判断する不安定度判断手段と、
前記不安定度判断手段によって前記車体が不安定であると判断される場合にエンジン駆動加算量を算出する駆動加算量算出手段と、
エンジンECUに対して駆動加算量を出力する駆動力増加指示手段と、を備える二輪車用転倒防止装置。
【請求項10】
請求項9に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
前記車速センサの出力値を記憶する車体速度記憶手段と、
前記傾斜角算出手段の出力値を記憶する傾斜角記憶手段と、
前記車速センサの出力値の時間変化に基づいて、前記車体の所定時間後の車体速度である推定車体速度を算出する車体速度推定手段と、
前記傾斜角算出手段の出力値の時間変化に基づいて、前記車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角を算出する傾斜角推定手段と、を備えており、
前記不安定度判断手段は、前記推定車体速度と前記推定傾斜角に基づいて、前記車体の走行不安定度を判断する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項11】
請求項9に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、
前記不安定度判断手段は、前記車体速度と算出された前記傾斜角と前記最大許容傾斜角に基づいて、前記車体の走行不安定度を判断する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項12】
請求項11に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
前記駆動加算量算出手段は、最大許容傾斜角としての前記算出された傾斜角に対応する車体速度と、検出された前記車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量を算出する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項13】
請求項10に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、
前記不安定度判断手段は、前記推定車体速度と前記推定傾斜角と前記最大許容傾斜角に基づいて、前記車体の走行不安定度を判断する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項14】
請求項13に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
前記駆動加算量算出手段は、最大許容傾斜角としての前記推定傾斜角に対応する車体速度と、前記推定車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量を算出する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項15】
請求項9から14のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
前記駆動加算量算出手段は、PID制御によって駆動加算量を算出する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項16】
請求項9から15のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
前記駆動加算量の最大値が予め設定されており、
算出された前記駆動加算量が所定時間に亘って前記最大値を維持した場合に前記駆動加算量を零にする、駆動力増加制限手段をさらに備える、二輪車用転倒防止装置。
【請求項17】
請求項9から16のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
所定の車体速度領域内でのみ動作する、二輪車用転倒防止装置。
【請求項18】
請求項9から17のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、
前記傾斜角センサが、横方向加速度センサ、垂直方向加速度センサ、ヨーレートセンサ、及びロールレートセンサのうちの少なくとも一つである、二輪車用転倒防止装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二輪車に関し、特に、自動二輪車の転倒防止方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
二輪車の、特にカーブ走行時における走行安定性を改善するため、例えば、特開2004−99026に記載されるような自動二輪車用のエンジントルク調節方法が知られている。この装置では、カーブ走行中に車体に作用する遠心力または横方向加速度の関数として、走行方向の加速力または加速度の最大値が求められ、求められた最大値を超えないように、エンジントルクが制御される。すなわち、カーブ走行時の車輪の横滑りを防止するように二輪車の加速を抑制している。これは、高速でカーブ走行中の二輪車の強すぎる加速または制動が、タイヤの横滑りを引き起こすからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−99026
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来技術では、低速域における二輪車の走行不安定性については考慮していない。自動二輪車を運転する際、低速域でバランスを崩し、転倒することが多く、特にUターンのときのようにハンドルを切った状態での低速右旋回ではライダーの右手が燃料タンクに当たってアクセルを開けることができずに失速して転倒する場合がある。高速域に比べ、低速域では、小さな速度変化も車体の走行安定性に大きく影響する。
【0005】
上記に鑑み、本発明は、特に低速度域での二輪車の走行安定性を確保することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1の発明によれば、二輪車の転倒防止方法であって、車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角が、車体の実際の傾斜角の時間変化に基づいて推定され、車体の所定時間後の車体速度である推定車体速度が、車体の実際の車体速度の時間変化に基づいて推定され、推定傾斜角が、推定車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合、または超えそうな場合に、車体を加速させるように、または、車体の減速を抑制するようになされた、二輪車の転倒防止方法が提供される。この構成によれば、車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角が、車体の実際の傾斜角の時間変化に基づいて推定され、車体の所定時間後の車体速度である推定車体速度が、車体の実際の車体速度の時間変化に基づいて推定され、推定傾斜角が、推定車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合、または超えそうな場合に、車体を加速させるように、または、車体の減速を抑制するようになされているので、特にUターン等、バランスを崩しやすい低速でのカーブ走行時に、旋回半径に関する運転者の意思を変えることなく二輪車の転倒を防止することができる。また、所定時間後の走行状態を推定して制御を行うことができるので、適切なタイミングでエンジンの駆動力を変化させて車体を加速させる、または、車体の減速の抑制を行うことができる。
【0007】
請求項2の発明によれば、請求項1に記載の二輪車の転倒防止方法であって、推定傾斜角が、推定車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、最大許容傾斜角としての推定傾斜角に対応する車体速度と推定車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量が算出される、二輪車の転倒防止方法が提供される。
【0008】
請求項3の発明によれば、二輪車の転倒防止方法であって、車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、車体の実際の傾斜角が、車体の実際の車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、車体を加速させるようになされた、二輪車の転倒防止方法が提供される。この構成によれば、車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、車体の実際の傾斜角が、車体の実際の車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、車体を加速させるようになされているので、特にUターン等、バランスを崩しやすい低速でのカーブ走行時に、旋回半径に関する運転者の意思を変えることなく二輪車の転倒を防止することができる。
【0009】
請求項4の発明によれば、請求項3に記載の二輪車の転倒防止方法であって、車体の実際の傾斜角が、車体の実際の車体速度に対応する最大許容傾斜角を超える場合に、最大許容傾斜角としての実際の傾斜角に対応する車体速度と実際の車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量が算出される、二輪車の転倒防止方法が提供される。
【0010】
請求項5の発明によれば、請求項2または4に記載の二輪車の転倒防止方法であって、駆動加算量が、PID制御により算出される、二輪車の転倒防止方法が提供される。
【0011】
請求項6の発明によれば、請求項2、4または5に記載の二輪車の転倒防止方法であって、駆動加算量の最大値が予め設定されており、算出された駆動加算量が所定時間に亘って最大値を維持した場合に、駆動加算量が零にされる、二輪車の転倒防止方法が提供される。この構成によれば、駆動加算量の最大値が予め設定されており、算出された駆動加算量が所定時間に亘って最大値を維持した場合に、駆動加算量が零にされるので、傾斜角の検出値や車速の補正量に誤差が生じた場合に、二輪車が必要以上に加速されることを防止することができる。
【0012】
請求項7の発明によれば、請求項1から6のうちいずれか一項に記載の二輪車の転倒防止方法であって、方法は、所定の車体速度領域内でのみ実行される、二輪車の転倒防止方法が提供される。この構成によれば、二輪車の転倒防止方法は、所定の車体速度領域内でのみ実行されるので、二輪車が高速走行時にさらに加速されることを防止することができる。
【0013】
請求項8の発明によれば、請求項1から7のうちいずれか一項に記載の二輪車の転倒防止方法であって、車体の実際の傾斜角が、傾斜角センサの出力値に基づいて算出され、傾斜角センサが、横方向加速度センサ、垂直方向加速度センサ、ヨーレートセンサ、及びロールレートセンサのうちの少なくとも一つである、二輪車の転倒防止方法が提供される。
【0014】
また、請求項9の発明によれば、二輪車用転倒防止装置であって、車体速度を検出する車速センサと、車体の傾斜角を検出するための傾斜角センサと、傾斜角センサの出力値に基づいて車体の傾斜角を算出する傾斜角算出手段と、車体速度と傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断する不安定度判断手段と、不安定度判断手段によって車体が不安定であると判断される場合にエンジン駆動加算量を算出する駆動加算量算出手段と、エンジンECUに対して駆動加算量を出力する駆動力増加指示手段と、を備える二輪車用転倒防止装置が提供される。この構成によれば、二輪車用転倒防止装置は、車体速度と傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断する不安定度判断手段と、不安定度判断手段によって車体が不安定であると判断される場合にエンジン駆動加算量を算出する駆動加算量算出手段を備えているので、特にUターン等、バランスを崩しやすい低速でのカーブ走行時に、旋回半径に関する運転者の意思を変えることなく二輪車の転倒を防止することができる。
【0015】
請求項10の発明によれば、請求項9に記載の二輪車用転倒防止装置であって、車速センサの出力値を記憶する車体速度記憶手段と、傾斜角算出手段の出力値を記憶する傾斜角記憶手段と、車速センサの出力値の時間変化に基づいて、車体の所定時間後の車体速度である推定車体速度を算出する車体速度推定手段と、傾斜角算出手段の出力値の時間変化に基づいて、車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角を算出する傾斜角推定手段と、を備えており、不安定度判断手段は、推定車体速度と推定傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断する、二輪車用転倒防止装置が提供される。この構成によれば、二輪車用転倒防止装置は、車速センサの出力値を記憶する車体速度記憶手段と、傾斜角算出手段の出力値を記憶する傾斜角記憶手段と、車速センサの出力値の時間変化に基づいて、車体の所定時間後の車体速度である推定車体速度を算出する車体速度推定手段と、傾斜角算出手段の出力値の時間変化に基づいて、車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角を算出する傾斜角推定手段と、を備えており、不安定度判断手段は、推定車体速度と推定傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断するので、特にUターン等、バランスを崩しやすい低速でのカーブ走行時に、旋回半径に関する運転者の意思を変えることなく二輪車の転倒を防止することができる。また、所定時間後の走行状態を推定して制御を行うことができるので、適切なタイミングでエンジンの駆動力を変化させて車体を加速させる、または、車体の減速の抑制を行うことができる。
【0016】
請求項11の発明によれば、請求項9に記載の二輪車用転倒防止装置であって、車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、不安定度判断手段は、車体速度と算出された傾斜角と最大許容傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断する、二輪車用転倒防止装置が提供される。
【0017】
請求項12の発明によれば、請求項11に記載の二輪車用転倒防止装置であって、駆動加算量算出手段は、最大許容傾斜角としての算出された傾斜角に対応する車体速度と、検出された車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量を算出する、二輪車用転倒防止装置が提供される。
【0018】
請求項13の発明によれば、請求項10に記載の二輪車用転倒防止装置であって、車体の傾斜角に関して、車体速度に応じた最大許容傾斜角が予め設定されており、不安定度判断手段は、推定車体速度と推定傾斜角と最大許容傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断する、二輪車用転倒防止装置が提供される。
【0019】
請求項14の発明によれば、請求項13に記載の二輪車用転倒防止装置であって、駆動加算量算出手段は、最大許容傾斜角としての推定傾斜角に対応する車体速度と、推定車体速度との間の差を最小にするようにエンジン駆動加算量を算出する、二輪車用転倒防止装置が提供される。
【0020】
請求項15の発明によれば、請求項9から14のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、駆動加算量算出手段は、PID制御によって駆動加算量を算出する、二輪車用転倒防止装置が提供される。
【0021】
請求項16の発明によれば、請求項9から15のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、駆動加算量の最大値が予め設定されており、算出された駆動加算量が所定時間に亘って最大値を維持した場合に駆動加算量を零にする、駆動力増加制限手段をさらに備える、二輪車用転倒防止装置が提供される。この構成によれば、駆動加算量の最大値が予め設定されており、二輪車用転倒防止装置は、算出された駆動加算量が所定時間に亘って最大値を維持した場合に駆動加算量を零にする、駆動力増加制限手段を備えているので、傾斜角の検出値や車速の補正量に誤差が生じた場合に、二輪車が必要以上に加速されることを防止することができる。
【0022】
請求項17の発明によれば、請求項9から16のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、所定の車体速度領域内でのみ動作する、二輪車用転倒防止装置が提供される。この構成によれば、二輪車用転倒防止装置は、所定の車体速度領域内でのみ動作するので、二輪車が高速走行時にさらに加速されることを防止することができる。
【0023】
請求項18の発明によれば、請求項9から17のうちいずれか一項に記載の二輪車用転倒防止装置であって、傾斜角センサが、横方向加速度センサ、垂直方向加速度センサ、ヨーレートセンサ、及びロールレートセンサのうちの少なくとも一つである、二輪車用転倒防止装置が提供される。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、特に低速度域での二輪車の走行安定性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】傾斜した二輪車に作用する力を模式的に示す図である。
【
図2A】本発明の装置を含むシステム構成図である。
【
図2B】本発明の装置の他の実施形態を含むシステム構成図である。
【
図3A】本発明の方法における処理を示すフローチャートである。
【
図3B】本発明の方法の他の実施形態における処理を示すフローチャートである。
【
図5】駆動力増加制限手段の作用の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。
【0027】
はじめに、本発明の方法の原理について説明する。傾斜した二輪車には、重力方向の荷重と外向きの遠心力が作用する。これらの力を、Y−Z座標を用いて模式的に表すと
図1のようになる。
図1は、右旋回時の二輪車及び運転者の正面図(または背面図)であり、二輪車は旋回半径方向に関して内側に傾斜した姿勢にある。
図1中、100は二輪車の車輪を示し、101は、運転者を含めた二輪車の上部構造を示している。102は運転者の頭部を示す。θは、二輪車の傾斜角(重力方向に対する傾き角)である。荷重と遠心力は、それぞれ、運転者を含めた二輪車の重心Gを始点とするベクトルF1、F2で示されている。
図1に示すように重心Gを原点とするY´−Z´座標を定義すると、傾斜角θを一定に保つには、荷重F1のY´成分F1y´と遠心力F2のY´成分F2y´が釣り合う必要があることが分かる。このとき、
|F1y´|=|F2y´|
である。|F1y´|>|F2y´|の場合、傾斜角θは大きく、車体は倒れる方向に動く。一方、|F1y´|<|F2y´|の場合、傾斜角θは小さく、車体は起き上がる方向に動く。
【0028】
ここで、荷重、すなわち、二輪車及び運転者の合計重量をm、カーブ走行時の旋回半径をr、二輪車の車体速度をvとすると、遠心力 F2=mv
2/r であり、従って、F2y´=mv
2/r・cosθである。
【0029】
このことから、運転者の意思を変えずに(すなわち、旋回半径rを変えずに)車体が倒れないようにするには、車体速度vを増加させるとよいことが分かる。本発明によれば、例えば、車体速度vに応じて、車体が転倒する虞のある傾斜角θを予め決めておき、その傾斜角θを実際の傾斜角θが超える場合に車体速度vを増加させることにより、二輪車の転倒を防止することができる。換言すれば、傾斜角θに応じて、転倒の虞のある車体速度vを予め決めておき、その速度v以下にならないようにエンジンの駆動力を制御し、二輪車の転倒を防止することができる。
【0030】
尚、本明細書において、「傾斜角」は、横方向傾斜角を意味し、「横方向」は、「走行方向に対して横に」または「二輪車の長軸に対して横に」を意味する。
【0031】
図2Aは、本発明の一実施形態による二輪車用転倒防止装置を含むシステム構成図の一例である。本発明の二輪車用転倒防止装置は、車体速度を検出する車速センサ1と、車体の傾斜角を検出するための傾斜角センサ2と、傾斜角センサ2の出力値に基づいて車体の傾斜角を算出する傾斜角算出手段3と、車体速度と傾斜角に基づいて、車体の走行不安定度を判断する不安定度判断手段4と、不安定度判断手段4によって車体が不安定であると判断される場合にエンジン駆動加算量を算出する駆動加算量算出手段5と、エンジンECU(電子制御装置)に対して駆動加算量を出力する駆動力増加指示手段6とを備えている。
図2Aに示すように、傾斜角算出手段3、不安定度判断手段4、駆動加算量算出手段5、駆動力増加指示手段6は、既存のABS―ECUに組み込むことができる。また、本発明の二輪車用転倒防止装置は、図示しない駆動力増加制限手段を備えていてもよい。駆動力増加制限手段は、駆動加算量算出手段5によって算出された駆動加算量が所定時間に亘って所定の最大値に維持された場合に、駆動加算量を零にし、車体を自動で加速させないようにすることができる。
【0032】
傾斜角センサ2としては、例えば、横方向加速度センサ、垂直方向加速度センサ、ヨーレートセンサ、ロールレートセンサ等を用いることができる。横方向加速度センサは、車体が傾斜したときその傾斜角の正弦成分の重力加速度を検出するので、傾斜角センサ2として用いることができる。同様に、垂直方向(車体の高さ方向)加速度センサを用いることもできる。しかし、傾斜角センサとして横方向加速度センサのみまたは垂直方向加速度センサのみを用いると、遠心力と重力のバランスによっては、測定される加速度が非常に小さく、傾斜角を算出することが困難な場合がある。このため、傾斜角センサとして加速度センサを用いる場合は、横方向加速度センサと垂直方向加速度センサの両方を用いる必要がある。ヨーレートセンサを用いる場合は、検出されたヨーレートの時間積分により傾斜角θを算出することができる。この他、光センサまたは音響センサを用いて傾斜角θを求めることもできる。例えば、車体の両側に2つの送信器と2つの受信器とを取り付けることができる。この場合、2つの送信器からそれぞれ送り出された信号は、路面に反射されてそれぞれの受信器によって受信され、傾斜角θは、信号の所要時間差に基づいて求めることができる。ヨーレートセンサを用いて傾斜角を算出する方法については、例えば、特開2004−155412、光センサまたは音響センサを用いて傾斜角を算出する方法については、例えば、特開2004−83009に記載されている。
【0033】
図2Bは、本発明の他の実施形態による二輪車用転倒防止装置を含むシステム構成図の例を示す。本実施形態における二輪車用転倒防止装置は、
図2Aに示す要素に加えて、さらに、車速センサ1の出力値を記憶する車体速度記憶手段7と、車速センサ1の出力値の時間変化に基づいて、車体の所定時間後の車体速度である推定車体速度を算出する車体速度推定手段8と、傾斜角算出手段3の出力値を記憶する傾斜角記憶手段9と、傾斜角算出手段3の出力値の時間変化に基づいて、車体の所定時間後の傾斜角である推定傾斜角を算出する傾斜角推定手段10とを備えている。これら追加の手段もまた、既存のABS−ECUに組み込むことができる。この場合、不安定度判断手段4は、車体速度推定手段8によって算出された推定車体速度と、傾斜角推定手段10によって算出された推定傾斜角に基づいて、車体の不安定度を判断する。また、
図2Aの実施形態と同様に、本実施形態においても、二輪車用転倒防止装置は、図示しない駆動力増加制限手段を備えることができる。駆動力増加制限手段は、駆動加算量算出手段5によって算出された駆動加算量が所定時間に亘って所定の最大値に維持された場合に、駆動加算量を零にし、車体を自動で加速させないようにすることができる。本実施形態によれば、所定時間後の車体の走行状態を推定して制御を行うことができるので、より適切なタイミングで車体を加速させ、または、車体の減速を抑制することができ、これにより、二輪車の転倒をより確実に防止することができる。
【0034】
次に、本発明の方法に従って実施される処理について具体的に説明する。
図3Aは、上記原理に基づく、
図2Aの二輪車用転倒防止装置による車体速度制御処理の一例を示すフローチャートである。
【0035】
まず、車速センサ(車輪速度センサ)1から出力値を取得する(ステップ1)。次に、実際の車体速度(実車速度)V
aが、所定値以下であるか否かを判断する(ステップ2)。本発明による制御処理によって車体が加速されるため、本実施形態では、安全性を考慮して、車体速度について所定の最大値(例えば、50km/hr)を予め設定し、最大値以下の場合にのみ処理を実行することとしている。これにより、二輪車が高速走行時にさらに加速されることを防止することができる。
【0036】
車体速度V
aが所定値以下であると判断されると、例えば、ヨーレートセンサ等の傾斜角センサ2からの出力値が取得される(ステップ3)。この出力値に基づいて、車体の実際の傾斜角(実傾斜角)θが算出される(ステップ4)。
【0037】
次に、ステップ5において、車体の走行不安定度が判断されるが、この判断のため、ECUには、車体速度Vに対する最大許容傾斜角θ
m(度)が予めマップ化され、記憶されている。最大許容傾斜角θ
mは、或る車体速度Vで走行する車体が転倒する虞のない(或いは運転者のアクセル操作によって転倒することなく起き上がることができると想定される)範囲における最大傾斜角である。
図4の例でいえば、車体速度V=30km/hrのときの最大許容傾斜角θ
mは40度に設定されている。車体速度Vと最大許容傾斜角θ
mの対応関係は、車体の種類によって異なり、
図4に示すものには限られないが、車体の種類に関わらず、車体速度Vが増加するに従って、最大許容傾斜角θ
mは大きくなる傾向がある。
【0038】
算出された傾斜角θが、マップ上の曲線よりも下側の領域(換言すれば、安定領域)にあると、二輪車は左右のバランスが取り易い状態にあり、従って、運転者は転倒の虞無く、安定して走行できるため、走行状態は安定であると判断される(NO)。一方、算出された傾斜角θが、マップ上の曲線よりも上側の領域(換言すれば、不安定領域)に移行すると、二輪車は転倒する方向に動いており、走行状態は不安定であると判断される(YES)。この場合は、実車速度V
aを増加させる必要があるので、ステップ6において、エンジンECUに出力するための駆動加算量が算出される。そして、算出された駆動加算量に基づく信号がエンジンECUに出力される。(ステップ7)。この信号に基づき、エンジンECUは、加速のための燃料噴射量の増加、スロットルバルブの開度調整等の制御を行う。エンジンECUにおけるこれらの制御は従来と同様であるので、本明細書では説明を省略する。
【0039】
ステップ5で走行状態が安定であると判断された場合(NO)は、駆動加算量の算出を行うことなく、ステップ1に戻る。
【0040】
しかし、エンジンECUに駆動加算命令を送っても、ECU間の通信やエンジンの点火タイミングなどに起因して、実際のエンジン駆動力が変わるまでにタイムラグが生じ得る。従って、本発明では、より適切なタイミングでエンジン駆動力を変化させるように、所定時間後の車体の走行状態を推定して制御してもよい。
【0041】
図3Bは、
図2Bに示す二輪車用転倒防止装置による車体速度制御処理の例を示す。まず、車速センサ(車輪速度センサ)1から出力値を取得する(ステップ11)。次に、車体速度(実車速度)V
aが、所定値以下であるか否かを判断する(ステップ12)。車体速度V
aが所定値以下であると判断される(YES)と、ステップ13において、車体速度記憶手段7に記憶された実車速度V
aの値の時間変化に基づき、予め設定された所定時間(例えば、ステップ13における現在時刻からの所定時間)後の車体速度である推定車体速度V
eが算出される。次に、ステップ14において、傾斜角記憶手段9に記憶された実傾斜角θの値の時間変化に基づき、予め設定された所定時間(例えば、ステップ14における現在時刻からの所定時間)後の傾斜角である推定傾斜角θ
eが算出される。しかし、ステップ13で推定傾斜角θ
eが算出され、ステップ14で推定車体速度V
eが算出されてもよい。尚、本実施形態では、車速センサ1の出力値である実車速度V
a、傾斜角センサ2の出力値に基づいて算出された実傾斜角θは、常時、車体速度記憶手段7、傾斜角記憶手段9にそれぞれ記憶される。ステップ15において、車体の走行不安定度判断が、推定車体速度V
eと推定傾斜角θ
eに基づいて行われる。判断方法は、
図3Aの実施形態と実質的に同様であり、ECUに予め記憶されている、例えば
図4に示されるようなマップに基づいて行われる。すなわち、推定傾斜角θ
eが、マップ上の曲線よりも下側の安定領域にあると、走行状態は安定であると判断され(NO)、推定傾斜角θ
eが、マップ上の曲線よりも上側の不安定領域にあると、走行状態は不安定であると判断される(YES)。YESの場合、所定時間後の走行状態が安定領域になるように、車体を加速させるか、または、車体の減速を抑制する必要がある。従って、ステップ16において、エンジンECUに出力するための駆動加算量が算出される。そして、算出された駆動加算量に基づく信号がエンジンECUに出力され(ステップ17)、この信号に基づいて、エンジンECUは、加速のためのもしくは減速を抑制するための燃料噴射量の増加、スロットルバルブの開度調整等の制御を行う。また、本発明では、推定傾斜角θ
eが
図4の不安定領域に移行しそうな場合にもステップ15で走行状態は不安定であると判断し、走行状態を不安定領域に移行させないための制御(すなわち、車体の加速、または車体の減速の抑制)を行うこともできる。
【0042】
このように、
図3Bの例では、所定時間後の推定車体速度及び所定時間後の推定傾斜角に基づいて車体の走行不安定度判断が行われる。これにより、より適切なタイミングで車体を加速させ、または、車体の減速を抑制することができ、二輪車の転倒をより確実に防止することができる。
【0043】
本発明では、駆動加算量の算出は、PID制御によって行われることができる。これについて、再度
図4を参照して具体的に説明する。
【0044】
図3Aに示す処理の場合、
図4に示すように、実車体速度V1、実傾斜角θ1の走行状態(X0)から、実車体速度V2、実傾斜角θ2の走行状態(X1)に変化したと仮定する。この場合、変化後の走行状態は不安定領域内にあるが、実車体速度V2と、最大許容傾斜角としての実傾斜角θ2に対応する車体速度V3との間の差ΔVを最小にするように、車体を加速させることにより、車体を転倒させることなく安定状態に戻すことが可能である。従って、実車体速度V2と目標車体速度V3との差ΔVに基づくPID制御が行われる。このPID制御による算出値が、駆動加算量としてエンジンECUに出力される。
【0045】
同様に、
図3Bに示す処理の場合、実車体速度V1、実傾斜角θ1の走行状態(X0)において、所定時間後の走行状態が、推定車体速度V2、推定傾斜角θ2の走行状態(X1)であると推定されたと仮定する。この場合、推定車体速度V2と、最大許容傾斜角としての推定傾斜角θ2に対応する車体速度V3との間の差ΔVを最小にするように、車体を加速させるか、または、車体の減速を抑制することにより、走行状態が不安定領域に移行することを防止して車体の転倒を防止することができる。従って、推定車体速度V2と目標車体速度V3との差ΔVに基づくPID制御が行われ、このPID制御による算出値が、駆動加算量としてエンジンECUに出力される。
【0046】
しかし、上記したように、本発明の転倒防止装置は、駆動力増加制限手段を備えていてもよく、この場合、エンジンECUに出力される駆動加算量の最大値を予め設定しておき、算出された駆動加算量が、所定時間に亘って最大値に維持される場合は、駆動加算量算出(ステップ6、16)後エンジンECUへの出力(ステップ7、17)前に、駆動加算量を零とする制御を行ってもよい。このような駆動力増加制限手段の作用の一例を
図5に示す。この例では、駆動加算量の最大値を20N・mに設定しており、ステップ6またはステップ16で算出される駆動加算量が0.5秒間、20N・mである場合は、駆動加算量を零にする。この例では、駆動加算量が最大値に達してから1.0秒後に零としている。しかし、駆動加算量の具体的な最大値、最大値が維持される所定時間、駆動加算量が零にされるまでの時間等は、
図5の例には限られない。このように駆動力増加を制限することによって、傾斜角の検出値や車速の補正量に誤差が生じた場合に、二輪車が必要以上に加速されることを防止することができる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、自動二輪車に広く適用することができる。
【符号の説明】
【0048】
1 車速センサ
2 傾斜角センサ
3 傾斜角算出手段
4 不安定度判断手段
5 駆動加算量算出手段
6 駆動力増加指示手段
7 車体速度記憶手段
8 車体速度推定手段
9 傾斜角記憶手段
10 傾斜角推定手段
100 車輪
101 二輪車の上部構造
102 運転者頭部