特許第5843982号(P5843982)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5843982加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5843982
(24)【登録日】2015年11月27日
(45)【発行日】2016年1月13日
(54)【発明の名称】加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20151217BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20151217BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20151217BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20151217BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/38
   C21D9/46 R
   C22C38/60
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-559804(P2014-559804)
(86)(22)【出願日】2014年2月4日
(86)【国際出願番号】JP2014052551
(87)【国際公開番号】WO2014119796
(87)【国際公開日】20140807
【審査請求日】2015年4月27日
(31)【優先権主張番号】特願2013-19608(P2013-19608)
(32)【優先日】2013年2月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100113918
【弁理士】
【氏名又は名称】亀松 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100140121
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 朝幸
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【審査官】 小谷内 章
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/173272(WO,A1)
【文献】 国際公開第2004/53171(WO,A1)
【文献】 特開平9−155407(JP,A)
【文献】 特開昭61−163216(JP,A)
【文献】 特開2012−172161(JP,A)
【文献】 特開2006−233278(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/38
C22C 38/60
C21D 9/46
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:10〜30%、Sn:0.005〜1%、C:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.1%、Si:0.01〜3.0%、Mn:0.01〜3.0%、P:0.005〜0.1%、S:0.0001〜0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、板厚をtとしたとき、表層からt/4における{100}<012>方位のX線回折強度が2以上であることを特徴とする加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%で、Ti:0.005〜0.5%、Nb:0.005〜0.5%、Zr:0.005〜0.5%、V:0.01〜0.5%、Ni:0.01〜1%、Mo:0.1〜3.0%、W:0.1〜3.0%、Cu:0.1〜3.0%、B:0.0003〜0.0100%、Al:0.01〜1.0%、Ca:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.005%、Co:0.001〜0.5%、Sb:0.005〜0.3%、REM:0.001〜0.2%、Ga:0.0002〜0.3%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
熱延板焼鈍工程において、熱延板を850℃以上に加熱し、
500℃までの冷却速度を50℃/sec以下として冷却し、
冷延工程において、直径が150mm以下のロール径を用い、圧下率60%以上で圧延する
ことを特徴とする加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工性とリジング特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼板は、耐食性や耐熱性に優れており、家電製品、輸送機器、建築用等の様々な分野で使用されている。しかしながら、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて延性に劣るとともに、成形加工時にリジングと呼ばれる表面凹凸が生じ、表面品質や成形加工後の研磨性を阻害する問題がある。
【0003】
成形性の向上に関しては、特許文献1に記載される様に、CやNを低減し、かつTiやNbを添加する方法が開示されている。鋼成分を高純度化し{111}結晶方位を増加させることで、フェライト系ステンレス鋼板は深絞り性の指標であるr値が向上し、成形性を向上させることが可能となる。
【0004】
リジングに関しては、鋳造組織や熱延組織に起因して類似の結晶方位を有する結晶粒集団(コロニー)が製品板に残存することでリジングが発生することが知られている。この中で、特に{100}結晶方位を有するコロニーを低減させるための技術が数多く開示されている。代表的な技術としては、凝固組織を等軸化する手法として特許文献2等に示されている、電磁撹拌、凝固核接種、低温鋳造等がある。また、熱延条件や焼鈍条件や製品板のコロニーサイズの限定が、特許文献3〜5等で公知となっている。
【0005】
以上の様に、従来のフェライト系ステンレス鋼板のr値向上やリジング低減には、成分調整や製造条件の適正化によるものが開示されている。特にリジングに関しては完全に無害化できるレベルまで到達しておらず、板厚方向の不均一な組織、集合組織を制御し、更なる表面品質改善が必要である。
【0006】
一方、特許文献6,7および8において、Sn添加フェライト系ステンレス鋼に関する特許が公開されている。特許文献7には、耐食性、加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼に関する技術が開示されており、加工性に関しては、Sn添加鋼で0.2%耐力が300MPa以下、破断伸びが30%以上とする技術が示されている。しかしながら、0.2%耐力や破断伸びだけでは深絞り性やリジング性は十分満足するものが得られず、加工性に関する課題が残されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭61−261460号公報
【特許文献2】特願昭50−123294号公報
【特許文献3】特公昭61−19688号公報
【特許文献4】特公昭57−38655号公報
【特許文献5】特開平10−330887号公報
【特許文献6】特開2008−190003号公報
【特許文献7】特開2009−174036号公報
【特許文献8】特開2010−159487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、既知技術の問題点を解決し、成形性が良好でリジングの発生が少ない加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼板の加工性、リジング性に関して、鋼組成、製造過程における集合組織形成、さらにはリジングの発生機構に関する詳細な研究を行った。
【0010】
その結果、鋼板内部に特定の結晶方位の組織を生成することにより、深絞り性や耐リジング性に代表される成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を製造することが可能であることを見出した。
【0011】
上記課題を解決する本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1)質量%で、Cr:10〜30%、Sn:0.005〜1%、C:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.1%、Si:0.01〜3.0%、Mn:0.01〜3.0%、P:0.005〜0.1%、S:0.0001〜0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、板厚をtとしたとき、表層からt/4における{100}<012>方位のX線回折強度が2以上であることを特徴とする加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(2)さらに、質量%で、Ti:0.005〜0.5%、Nb:0.005〜0.5%、Zr:0.005〜0.5%、V:0.01〜0.5%、Ni:0.01〜1%、Mo:0.1〜3.0%、W:0.1〜3.0%、Cu:0.1〜3.0%、B:0.0003〜0.0100%、Al:0.01〜1.0%、Ca:0.0001〜0.003%、Mg:0.0001〜0.005%、Co:0.001〜0.5%、Sb:0.005〜0.3%、REM:0.001〜0.2%、Ga:0.0002〜0.3%から選択される1種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(3)(1)又は(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、熱延板焼鈍工程において、850℃以上に加熱し、500℃までの冷却速度を50℃/sec以下として冷却し、冷延工程において、直径が150mm以下のロール径を用い、圧下率60%以上で圧延することを特徴とする加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
である。
【発明の効果】
【0012】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば特にリジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を特別な新規設備を必要とせず、効率的に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】冷延焼鈍板の表層からt/4における{100}<012>方位強度とリジング高さの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の限定理由について説明する。
Crは、耐食性、高温強度および耐酸化性の確保のために10%以上添加する必要があるが、30%以上の添加は靱性劣化により製造性が悪くなる他、材質も劣化する。よって、Crの範囲は10〜30%とした。さらに、コストと耐食性の観点では13.0〜25.0%が望ましい。なお、製造性や高温延性を考慮すると、13.0〜18.0%が望ましい。15.5〜16.5%であってもよい。
【0015】
Snは、結晶方位制御によるリジング抑制のために本発明で極めて重要な元素であり、0.005〜1%を添加する。Snは粒界に偏析しやすい元素であり、製造工程における熱延板焼鈍工程で粒界偏析が生じる。本発明者らは、これを冷間圧延し、再結晶のための熱処理を施すと、Sn偏析部からリジング低減に有効な特徴的な結晶方位が核生成しやすくなることを見出した。
【0016】
一般的に冷間圧延後の再結晶方位としては、板厚中心部では{111}結晶方位が主として発達する。この他に{111}よりも塑性変形能が小さく板厚減少が生じやすい{100}方位がコロニー状に存在すると、加工後に表面凹凸が生じリジング性が悪くなる。一方、表層からt/4部近傍においては、{111}結晶方位は弱くなる。本研究では、Snを添加した場合、冷間圧延後の焼鈍段階で表層からt/4近傍において{100}<012>方位が形成されやすくなることを知見した。冷間圧延時に表層からt/4部は大きなせん断歪が材料内部に作用する。熱延板焼鈍時にSnが粒界偏析していると、このせん断歪が偏析部に顕著に作用し、その後の熱処理工程で{100}<012>という特異な結晶方位が核生成しやすくなると考えられる。
【0017】
後述する様に、{100}<012>方位が表層からt/4部に生成すると、板厚中心層部のコロニー間の塑性異方性に起因して生じる凹凸を緩和する作用が表層部近傍で起きるため、表面凹凸が生じにくくなると推定される。Snの粒界偏析と{100}<012>方位形成には、0.005%以上の添加でおきることから、下限を0.005%とした。一方、過度な添加は製造工程における割れ等の問題が生じることから、その上限を1%とした。また、溶接性が劣化する観点から、上限を0.5%とするのが望ましい。さらに、耐食性や靭性の観点から、0.03〜0.5%が望ましい。さらに望ましくは0.1〜0.3%であり、最適には0.15〜0.25%である。
【0018】
本発明では、上記の様にSn添加によって、製造過程でSnが粒界偏析を生じることを活用し、冷延および焼鈍後に板厚表層からt/4部近傍で、通常ではほとんど発生しないマイナーな結晶方位{100}<012>を発生させ、リジング低減に図ることが特徴である。
【0019】
図1に表層からt/4近傍における{100}<012>方位強度とリジング性の関係を示す。ここでは、17%Cr鋼(0.005%C−0.1%Si−0.1%Mn−0.01%P−0.0001%S−0.1%Ti−0.18%Nb−0.007%N)でSn無添加(<0.001%)と0.2%Sn添加鋼を真空溶解し、熱延、冷延、焼鈍を施して冷延焼鈍板を得た。{100}<012>方位のX線回折強度は、X線回折装置(理学電機工業株式会社製)を使用し、Mo−Kα線を用いて、表層からt/4近傍領域(機械研磨と電解研磨の組み合わせで測定面を現出)の(200)、(310)および(211)正極点図を得、これらから球面調和関数法を用いて3次元結晶方位密度関数を得、結晶方位強度(ランダムサンプルとの強度比率)を求めた。
【0020】
リジング性に関しては、冷延焼鈍板からJIS5号引張試験片を採取し、圧延方向と平行に16%の歪を付与し、リジング高さ(圧延方向と直角方向に生じる凹凸の最大距離)と目視検査でリジング性を評価した。目視検査のランクは、
A:リジングが認められない(リジング高さ5μm以下)、
B:リジングが目視で若干認められる(リジング高さ10μm以下)、
C:リジングが目視で明瞭に認められる(リジング高さ20μm)、
D:リジングが目視で明瞭に認められるとともに、表面を指で触ったときに凹凸の発生が分かる(リジング高さ30μm超)
である。
【0021】
図1より、表層からt/4(tは板厚)における{100}<012>方位のX線回折強度を2以上とすることで、リジング特性がAレベルとなり、実用上問題ないレベルまで低減することが可能となる。そこで、{100}<012>方位強度の下限を2以上とした。該結晶方位は、上記の様にSnの粒界偏析とせん断歪付与によって得られる。より顕著に生じさせるためには、Snの粒界偏析量の増加や強せん断歪が必要である。これらは、製造性に課題を伴う場合がある他、r値の低下にも繋がることから、望ましい範囲として上限を10以下とする。
【0022】
Cは、加工性、耐食性および耐酸化性を劣化させることから、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.1%とした。ただし、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とした。さらに、製造コスト、耐食性および加工性を考慮すると0.002〜0.05%が望ましい。さらに耐食性の観点から、0.002〜0.009%とすることが望ましい。
【0023】
NもCと同様、加工性、耐食性および耐酸化性を劣化させることから、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.1%とした。ただし、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とした。さらに、製造コスト、耐食性および加工性を考慮すると0.002〜0.05%が望ましい。
【0024】
Siは、脱酸元素として添加される場合がある他、耐酸化性や高温強度を向上させる元素であり、0.01%以上添加する。過度な添加は、常温延性を低下させて加工性を劣化させるため、上限を3.0%とした。さらに、材質および酸化特性を考慮すると0.05〜1.0%が望ましい。さらに望ましくは0.1〜0.7%である。
【0025】
Mnは、高温においてMnCr24やMnOを形成し、スケール密着性を向上させる。この効果は、0.01%以上で発現することから、下限を0.01%とした。一方、過度な添加は耐食性や延性を低下させるため、上限を3.0%とした。さらに、加工性と製造性を考慮すると0.05〜1.5%が望ましい。さらに望ましくは、0.1〜1.0%である。
【0026】
Pは、Siと同様に固溶強化元素であって、材質上その含有量は少ないほど良く、上限を0.1%とした。ただし、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.005%とした。さらに、製造コストと耐酸化性を考慮すると0.01〜0.025%が望ましい。
【0027】
Sは、材質、耐食性および耐酸化性の観点から少ないほど良いため、上限を0.01%とした。特に、過度な添加はTi等と化合物を生成させ、熱延焼鈍板の再結晶と粒成長を促進しすぎてr値を劣化させる。ただし、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001%とした。さらに、製造コストと耐食性を考慮すると0.0010〜0.0050%が望ましい。
【0028】
Tiは、C,N,Sと結合させて耐食性、耐粒界腐食性および深絞り性をさらに向上させるために添加する元素である。特にr値を向上させる{111}結晶方位の発達は0.005%以上の添加で発現することから、下限を0.005%とした。0.5%以上の添加により靭性、2次加工性およびr値が劣化することから、上限を0.5%とした。さらに、製造コスト、表面疵およびスケール剥離性を考慮すると、0.05〜0.2%が望ましい。
【0029】
Nbは、固溶強化および析出強化により高温強度や高温疲労特性を向上させるために添加する元素である。また、CやNを炭窒化物として固定し、製品板の再結晶集合組織を発達させるとともに、Laves相と呼ばれるFeとNbの金属間化合物を形成し、その体積率やサイズによって再結晶集合組織形成に影響を与え、r値向上に寄与する。これらの作用は、0.005%以上で発現するため、下限を0.005%とした。一方、過度な添加は硬質化をもたらし、常温延性やr値の低下につながることから、上限を0.5%とした。さらに、コストや製造性を考慮すると0.1〜0.3%が望ましい。
【0030】
Zrは、耐酸化性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。その作用は0.005%以上で発現するため、下限を0.005%とした。ただし、0.5%以上の添加は、靭性や酸洗性などの製造性を著しく劣化させる他、Zrと炭素および窒素の化合物が粗大化して、熱延焼鈍板組織を粗粒化させて、r値を低化するため、上限を0.5%とした。さらに、製造コストを考慮すると、0.05〜0.20%が望ましい。
【0031】
Vは、C,Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性および深絞り性をさらに向上させるために添加する元素である。特にr値を向上させる{111}結晶方位の発達は0.01%以上の添加で発現することから、下限を0.01%とした。一方、0.5%以上の添加により靭性や2次加工性が劣化することから、上限を0.5%とした。さらに、製造コスト、表面疵を考慮すると、0.05〜0.3%が望ましい。
【0032】
Niは、靭性と耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて添加する。靭性への寄与は0.01%以上で発現するため、下限を0.01%とした。一方、1%超の添加によりオーステナイト相が生成し、r値が低化するため、上限を1%とした。さらに、コストを考慮すると、0.05〜0.5%が望ましい。また、隙間腐食性の観点も考慮すると、0.2〜0.5%がさらに望ましい。
【0033】
Moは、耐食性を向上させるとともに、固溶Moによる高温強度の向上をもたらす。この効果は0.1%以上で発現することから、下限を0.1%とした。ただし、過度な添加は靭性の劣化や伸びの低下をもたらす。また、Laves相が生成しすぎて{011}方位粒が生成しやすくなり、r値の低下をもたらす他、3.0%超の添加で耐酸化性が劣化するために、上限を3.0%とした。さらに、製造コストおよび製造性を考慮すると0.1〜2.0%が望ましい。
【0034】
Wは、Moと同様に、耐食性を向上させるとともに、固溶Moによる高温強度の向上をもたらす。この効果は0.1%以上で発現することから、下限を0.1%とした。ただし、過度な添加は靭性劣化や伸びの低下をもたらす。また、Laves相が生成しすぎて{011}方位粒が生成しやすくなり、r値の低下をもたらす他、3.0%超の添加で耐酸化性が劣化するために、上限を3.0%とした。さらに、製造コストおよび製造性を考慮すると0.1〜2.0%が望ましい。
【0035】
Cuは、耐錆性を向上させるとともに、ε−Cu析出によって、特に中温域での高温強度を上げる元素である。この効果は0.1%以上の添加により発現することから、下限を0.1%とした。一方、3.0%以上の添加により、靭性劣化や伸びの極端な低下をもたらす他、熱延過程でε−Cuが析出し、{011}方位粒が生成してr値が低化するため、上限を3.0%とした。さらに、耐酸化性や製造性、乾湿繰り返し腐食環境における錆流れ抑制の観点から0.2〜1.5%が望ましい。コストを考慮すると、0.2〜0.5%が良い。
【0036】
Bは、2次加工性を向上させる元素であり、その効果は0.0003%以上で発現することから、下限を0.0003%とした。0.0100%超の添加によりCr2B等のB化合物が生成し、粒界腐食性や疲労特性を劣化させる他、{011}方位粒の増加をもたらしてr値を低化するため、上限を0.0100%とした。さらに、溶接性や製造性を考慮すると、0.0003〜0.0020%が望ましい。
【0037】
Alは、脱酸元素として添加される場合がある他、高温強度や耐酸化性を向上させる。その作用は0.01%から発現するため、下限を0.01%とした。また、1.0%以上の添加は、伸びの低下や溶接性および表面品質の劣化をもたらす他、Al酸化物により{011}方位粒の生成が促進し、r値が低下するため、上限を1.0%とした。さらに、精錬コストを考慮する0.02〜0.15%が望ましい。
【0038】
Caは、Sを固定するために添加される場合があり、その効果は0.0001%以上で発現することから、下限を0.0001%とした。一方、過度な添加は耐食性を劣化させるため、上限を0.003%した。さらに、製造性と耐食性を考慮すると、0.0005〜0.002%が望ましい。
【0039】
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成して脱酸剤として作用する他、微細晶出したMg酸化物が核となり、NbやTi系析出物が微細析出する。これらが熱延工程で微細析出すると、熱延工程および熱延板焼鈍工程において、微細析出物が再結晶核となり非常に微細な再結晶組織が得られ、集合組織の発達に寄与する。この作用が発現するのは0.0001%からであるため、下限を0.0001%とした。ただし、過度な添加は、耐酸化性の劣化や溶接性の低下などをもたらすため、上限を0.005%とした。さらに、精錬コストを考慮すると、0.0003〜0.002%が望ましい。
【0040】
Coは高温強度を向上させる元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。ただし、過度な添加は加工性を劣化させるため、上限を0.5%とした。さらに、製造コストを考慮すると、0.05〜0.3%が望ましい。
【0041】
Sbは耐食性の向上に有効であり必要に応じ、0.3%以下で添加してもよい。特に隙間腐食性の観点から下限を0.005とする。さらに、製造性やコストの観点から0.01%とすることが好ましい。
【0042】
REMは、耐酸化性の向上に有効であり、必要に応じて添加する。下限は0.001%とする。また、0.20%を超えて添加してもその効果は飽和し、REMの粒化物による耐食性低下を生じるため、上限を0.2%とする。製品の加工性や製造コストを考慮すると、0.002%〜0.05%とすることが望ましい。REM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム (Sc)、イットリウム (Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu) までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加してもよいし、混合物であってもよい。
【0043】
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、0.3%以下で添加してもよい。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0002%とする。さらに、製造性やコストの観点から0.0020%以上が好ましい。
【0044】
その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、本発明においては、Ta、Bi等を必要に応じて添加してもかまわない。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが好ましい。
【0045】
本発明では、上記の集合組織や成分組成の他に製造方法についても検討を行い、熱延板焼鈍条件、冷延条件のコントロールにより結晶方位分布を制御し、優れた加工性が得られることを知見した。
【0046】
スラブが熱間圧延された後、一般的に再結晶組織を得るために熱延板焼鈍が施される。本発明では、これに加えて、リジング低減のためにこの工程でSnの結晶粒界への偏析を促進する。熱延板焼鈍で再結晶組織を得るために850℃以上の温度に材料を加熱するが、冷却段階で500℃までの冷却速度を50℃/sec以下として、この間に粒界偏析を促進する。加熱温度が850℃未満の場合は再結晶組織が得られず、熱延のバンド状組織やr値を低下させる熱延方位が残留するため、下限を850℃とした。
一方、過度な高温化は結晶粒粗大化が生じるため、上限は1100℃が望ましい。熱延板焼鈍で再結晶組織を得る目的であれば、上限値が1000℃以下でよく、さらに望ましくは上限は900℃未満でよい。
【0047】
冷却速度については、Snを十分に偏析させるために、50℃/sec以下とするが、板形状の均一性の維持を考慮すると15℃/sec未満が好ましい。Snの粒界偏析の促進の観点からも15℃/sec未満が好ましい。
一方、過度な緩冷化は製造性を落とす他、熱延焼鈍板の靭性の低下につながることから、5℃/sec以上が望ましい。また、微細な炭窒化物析出による靭性低下や酸洗性劣化を防ぐ理由から10℃/sec超が望ましい。本発明においては、10℃/sec超、15℃/sec未満が望ましい。
【0048】
熱延板焼鈍後の冷間圧延においては、所定の板厚まで圧延される。この際直径が150mm以下のロールを用い、圧下率を60%以上とする。これは、表層からt/4部のSn偏析部に十分なせん断歪を与えるためである。ただし、ロール径が小さすぎると板形状が悪くなるため、ロール径の下限は30mmが望ましい。また、圧下率の過度な増加はr値の低下につながることから、上限は95%が望ましい。さらに、生産性や加工性を考慮すると、冷延ロール径は、30〜100mmが望ましく、圧下率は75〜90%が望ましい。
【実施例】
【0049】
表1に示す成分組成の鋼を溶製しスラブに鋳造し、スラブを熱間圧延して、4.0mm厚の熱延板とした。その後、熱延板を連続焼鈍処理した後、酸洗し、0.8mm厚まで冷間圧延し、連続焼鈍−酸洗後、調質圧延(伸び率1.0%)を施して製品板とした。熱延条件は、スラブ加熱温度を1100〜1250℃、仕上温度を700〜950℃、巻取温度を500℃以下とした。熱延板焼鈍における加熱温度は、鋼成分に応じて焼鈍温度を850〜1100℃とし、冷却速度は11℃/secとした。冷間圧延では、φ60mmのロールを用いて、圧下率80%で圧延した。冷延板焼鈍は、鋼成分に応じて再結晶組織となる様に、800〜1000℃で行った。
【0050】
【表1】
【0051】
このようにして得られた製品板のリジング特性と、{100}<012>方位強度を先述した方法で評価した。また、深絞り性の指標であるr値を評価した。ここでr値は、冷延焼鈍板からJIS13号B引張試験片を採取して圧延方向、圧延方向と45°方向、圧延方向と90°方向に14.4%歪みを付与した後に(1)式および(2)式を用いて平均r値を算出する。
r=ln(W0/W)/ln(t0/t) (1)
ここで、W0は引張前の板幅、Wは引張後の板幅、t0は引張前の板厚、tは引張後の板厚である。
平均r値=(r0+2r45+r90)/4 (2)
ここで、r0は圧延方向のr値、r45は圧延方向と45°方向のr値、r90は圧延方向と直角方向のr値であり、平均r値が1.5以上あれば十分に加工できる特性である。
【0052】
表1から明らかなように、本発明で規定する成分組成を有する鋼は、比較例に比べてリジング特性に優れており、平均r値が1.5以上と高い。一方、比較例は、鋼成分が本発明から外れているため、製品板の{100}<012>方位強度が本発明外となり、リジング特性でAランクが得られない他、平均r値が1.5に満たない鋼がある。
【0053】
本発明例No.A1〜A3について、製造条件を種々変化させた場合の特性を表2に示す。本発明で規定される製造条件から外れる比較例の場合、{100}<012>方位強度が本発明外となり、リジング性がAランクとならない。
【0054】
【表2】
【0055】
また、表2に示す鋼に対しては、乾湿繰り返し試験により耐食性を評価した。試験溶液は、硝酸イオンNO3-:100ppm、硫酸イオンSO42-:10ppm、塩化物イオンCl-:10ppm、pH=2.5とした。
外径15mm、高さ100mm、厚さ、0.8mmの試験管に試験溶液を10ml満たし、ここに1t×15×100mm(全面を#600エメリー紙にて湿式研磨処理)のサンプルを半浸漬させた。この試験管を80℃の温浴に入れ、24時間経過後に完全に乾燥したサンプルをかるく蒸留水で洗浄後、新たに洗浄した試験管に試験溶液を再度満たしてサンプルを再び半浸漬し、80℃で24時間保持することを14サイクル行った。
【0056】
本発明の鋼は、いずれも最大腐食深さは50μm以下と良好であった。なお,NiやCuを含有する鋼の場合には、最大腐食深さが15μm以下と、耐食性に極めて優れる結果を示した。また、Snの含有量が本発明の成分範囲から外れる鋼No.B8は、浸食深さが50μmで、発明例に比べて耐食性に劣る。
【0057】
なお、スラブ厚さ、熱延板厚などは適宜設計すればよい。また、冷間圧延においては、圧下率、ロール粗度、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは適宜選択すればよい。焼鈍は、必要であれば、水素ガスあるいは窒素ガスなどの無酸化雰囲気で焼鈍する光輝焼鈍でも、あるいは大気中で焼鈍しても構わない。さらに、最終の調質圧延の伸び率は適宜調整してよく、省略しても構わない。この他、テンションレベラー等による形状矯正を付与してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、深絞り性や耐リジング性に代表される成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を、特別な設備を付加することなく低コストで製造することが可能となる。その結果、家電製品や輸送用機器、あるいは建築用ステンレス鋼板素材として、供給することができ、産業上の意義は大きい。
図1