(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C: 0.01〜0.2%、Si: 0.01〜1.0%、Mn: 0.05〜3.0%、P: 0.05%以下、S: 0.01%以下、Sn: 0.01〜0.5%、Cr: 2.6〜13.0%、Al: 0.1%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなり、かつ、Sn中の固溶Snの割合が95.0%以上であることを特徴とする、耐食性に優れた鋼材。
さらに、質量%で、Ca: 0.01%以下、Mg: 0.01%以下の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
さらに、質量%で、Nb: 0.1%以下、V: 0.5%以下、B: 0.01%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
【背景技術】
【0002】
鋼材の腐食を加速する因子として、塩化物の影響が極めて大きいことが良く知られている。特に海岸地域にある橋梁等の構造物、港湾施設に使用される鋼矢板や鋼管杭等、船舶外板やバラストタンク、海洋構造物、洋上風力発電設備などにおいては直接海水の飛沫を受け、さらに乾湿繰り返し環境にさらされるため、きわめて腐食が大きい。また海水中においても乾湿繰り返し環境ほどではないが腐食が大きい。海浜地域においては海水の飛沫は無いものの、海塩粒子の飛来により腐食が促進される。また、内陸部においても冬季には路面凍結を防ぐために塩化物を含む凍結防止剤を散布するなど、塩化物による腐食はいたるところで問題となっている。さらには、直接海水環境には曝されないが海水による洗浄等がおこなわれる鉱石運搬船や原油タンカーのタンクなども洗浄後に残留する塩化物による腐食が問題となる。また原油タンカー内においては高濃度塩化物溶液であるドレン水が存在する厳しい腐食環境となっている。その他オイルサンドの掘削・輸送設備においても塩化物による腐食が問題となる。
【0003】
このような事情により、特に塩化物による腐食が問題となる環境では鋼材を塗装して用いられているが、塗膜の劣化により、また鋼材エッジなどの塗膜厚の薄い部分から腐食が発生・進行するため、構造物を長期使用する際にはメンテナンス(再塗装)が必須である。その場合、構造物によっては足場を設置する必要があることなどからメンテナンス費が莫大なものとなること、また塗装により人体に有害とされているVOC(揮発性有機化合物)が大量に発生することなどが問題となる。こうしたことから、塗装をしなくても耐食性良い鋼材、または再塗装の間隔を延長可能な鋼材の開発が従来から強く望まれてきた。
【0004】
このような塩化物環境下で耐食性に優れた鋼材としては、特許文献1に示されるCrの含有量を増加させた鋼材や、特許文献2に示されるNi含有量を増加させた鋼材等が提案されている。
【0005】
しかし、Crは一般に鋼材の耐食性に寄与する元素であるが、非常に厳しい塩化物環境においては鋼材にCrを一定量含有させても耐食性が不十分になり、鋼材が長期間の使用に耐えられない場合がある。一方、鋼材にNi含有量を増加させた場合にも耐食性の改善効果を期待できるが、非常に厳しい塩化物環境下では十分な耐食性を持たず、また鋼材のコストが高くなるという問題がある。
【0006】
CrやNiを増加させずに耐食性に優れる鋼としては、例えば、特許文献3には、P, Ni, Moを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した鋼材が開示され、また、特許文献4には、P, Cu, Ni, Sbを必須添加した鋼材が開示されている。
【0007】
さらに、特許文献5には、Cuを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した鋼材が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、Crは一般に鋼材の耐食性に寄与する元素であるが、特許文献1に示されるCrの含有量を増加させた鋼材では、非常に厳しい塩化物環境においては鋼材にCrを一定量含有させても耐食性が不十分になり、鋼材が長期間の使用に耐えられない場合がある。鋼材にNi含有量を増加させた場合にも耐食性の改善効果を期待できるが、特許文献2に示されるNi含有量を増加させた鋼材では、非常に厳しい塩化物環境下では十分な耐食性を持たず、また鋼材のコストが高くなるという問題がある。
【0010】
そして、特許文献3に開示された、P,Ni,Moを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した溶接構造物用鋼材は、溶接性を阻害する0.03%以上のPを含有することから、その溶接性には不安が残る。一方、特許文献4に開示された、P, Cu, Ni, Sbを必須添加した鋼材は、飛来塩分量0.8mddの環境において耐候性が良好であるとしているにすぎず、それを超えるような厳しい塩分飛来環境下においては耐候性が十分でないという問題がある。
【0011】
さらに、特許文献5に開示された、Cuを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した鋼材は、重油などを燃焼させたときに排出される燃焼排ガスに対する耐食性を有する鋼材であって、本願発明にかかる塩化物環境下とは大きく異なる環境下で使用する鋼材である。したがって、必ずしもこのような鋼材をそのまま本願発明の塩化物環境下で適用することはできない。
【0012】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、その目的は、海水などの塩化物による腐食に対する抵抗性に優れる耐食性鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、塩化物による腐食促進機構について詳細に検討した結果、塩化物の多い環境においてはFeCl
3溶液の乾湿繰り返しが本質的条件となり、Fe
3+の加水分解により腐食界面のpHが低下した状態で、かつFe
3+が酸化剤として作用することによって腐食を加速することを見出した。
【0014】
このときの腐食反応は、以下に示すとおりである。
カソード反応:Fe
3++e
-→Fe
2+ (Fe
3+の還元反応)
アノード反応:Fe →Fe
2++2e
- (Feの溶解反応)
【0015】
したがって、腐食の総括反応は、次の(1)式の通りである。
2Fe
3++Fe→3Fe
2+ ・・・(1)式
となる。
【0016】
上記(1)式の反応により生成したFe
2+は、空気酸化によりFe
3+に酸化され、生成したFe
3+は再び酸化剤として腐食を加速する。この際、Fe
2+の空気酸化の反応速度は低pH環境では一般に遅いが、濃厚塩化物溶液中では加速され、Fe
3+が生成されやすくなる。このようなサイクリックな反応のため、飛来塩分量の非常に多い環境において鋼の耐食性が著しく劣化することが判明した。
【0017】
また、鋼自身のアノード溶解反応を遅くすることが耐食性改善に有用であることが判った。すなわち、塩化物が非常に多い環境では低pH塩化物溶液中におけるアノード溶解反応を抑制させることがキーとなる。
【0018】
本発明者等は、このような塩分環境における腐食のメカニズムを基に、種々の合金元素の耐候性への影響について検討した結果、下記の(a)〜(e)に示す知見を得た。
【0019】
(a) SnはSn
2+として溶解し、2Fe
3+ + Sn
2+ → 2Fe
2+ + Sn
4+なる反応によりFe
3+の濃度を低下させることで、(1)式の反応を抑制する。さらに、Snには溶解後イオンとしてアノード溶解を大幅に抑制する作用があることから、微量で耐食性を大幅に向上させることができる。
【0020】
(b) 特に、Snが鋼材中に固溶状態で存在している場合、Sn
2+として溶解しやすい。鋼材中の固溶Snが多ければ、(1)式の反応をより抑制することができるとともに、アノード溶解反応もより抑制することができる。
【0021】
(c) ある濃度以上のCrを含有させることにより、中性環境において著しく耐食性が向上し、Fe
2+の溶出を大幅に抑制することができる。その結果、腐食界面のpH低下を抑制することができ、耐食性を向上することができる。
【0022】
(d) Snと同様に鋼のアノード溶解反応を抑制する合金元素としては
、Ni, Cr, Mo, W, Sbが有効である。
【0023】
(e) また、Ti, Zrを含有させると腐食の起点となる介在物を低減することができるので、耐食性が向上する。
【0024】
(f) Ca, Mgは腐食界面のpHを上昇させて腐食環境をマイルドにする作用を有する。
【0025】
さらに、Cr含有鋼にSnを複合して含有させると、塩化物の多い腐食環境においても極めて保護性の高いさび層(α−FeOOH)が形成され、厳しい腐食環境においても従来の材料とは異なり時間とともに腐食速度が低減することが新たに判明した。
【0026】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであって、その要旨は下記の(1)〜(7)に示す耐食性に優れた鋼材である。
【0027】
(1) 質量%で、C: 0.01〜0.2%、Si: 0.01〜1.0%、Mn: 0.05〜3.0%、P: 0.05%以下、S: 0.01%以下、Sn: 0.01〜0.5%、
Cr:2.6〜13.0%、Al: 0.1%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなり、かつ、Sn中の固溶Snの割合が95.0%以上であることを特徴とする、耐食性に優れた鋼材。
【0028】
(2) さらに質量%で
、Ni: 1.0%以下、Mo: 1.0%以下、W: 1.0%以下、Sb: 0.3%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)の耐食性に優れた鋼材。
【0029】
(3) さらに質量%で、Ti: 0.2%以下、Zr: 0.2%以下の1種または2種を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)の耐食性に優れた鋼材。
【0030】
(4) さらに質量%で、Ca: 0.01%以下、Mg: 0.01%以下の1種または2種を含有することを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかの耐食性に優れた鋼材。
【0031】
(5) さらに質量%で、Nb: 0.1%以下、V: 0.5%以下、B: 0.01%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれかの耐食性に優れた鋼材。
【0032】
(6) さらに質量%で、REM: 0.01%以下を含有することを特徴とする、上記(1)〜(5)のいずれかの耐食性に優れた鋼材。
【0033】
(7) 鋼材表面がα−FeOOHから構成される保護性さび層で覆われていることを特徴とする、上記(1)〜(6)のいずれかの耐食性に優れた鋼材。
【0034】
(8) 鋼材表面の少なくとも一部に防食処理が施されたことを特徴とする、上記(1)〜(7)のいずれかの耐食性に優れた鋼材。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、塩化物を含む環境における耐食性に優れる耐食性鋼材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0038】
本発明において、鋼材の化学組成を規定する理由は次のとおりである。
【0039】
C: 0.01〜0.2%
Cは、材料としての強度を確保するために必要な元素であり、0.01%以上の含有量が必要である。しかし、0.2%を超えて含有させると溶接性が著しく低下する。また、C含有量の増大とともに、pHが低下する環境でカソードとなって腐食を促進するセメンタイトの生成量が増大するため、耐食性が低下する。このため上限を0.2%とした。Cの下限値は0.02%が好ましく、0.03%がより好ましい。Cの上限値は0.18%が好ましく、0.16%がより好ましい。
【0040】
Si: 0.01〜1.0%
Siは脱酸に必要な元素であり、十分な脱酸効果を得るためには0.01%以上含有させる必要がある。しかし、1.0%を超えて含有させると母材および溶接継手部の靱性が損なわれる。このため、Siの含有量を0.01〜1.0%とした。Siの下限値は0.03%が好ましく、0.05%がより好ましい。Siの上限値は0.8%が好ましく、0.6%がより好ましい。
【0041】
Mn: 0.05〜3.0%
Mnは低コストで鋼の強度を高める作用を有する元素であり、この効果を得るためには0.05%以上の含有量が必要である。しかし、3.0%を超えて含有させると溶接性が劣化するとともに継手靭性も劣化する。このため、Mnの含有量を0.05〜3.0%とした。Mnの下限値は0.2%が好ましく、0.4%がより好ましい。Mnの上限値は2.5%が好ましく、2.0%がより好ましい。
【0042】
P: 0.05%以下
Pは鋼材中に不純物として存在する元素である。Pは耐酸性を低下させる元素であり、腐食界面のpHが低下する塩化物腐食環境においては耐食性を低下させる。さらには溶接性および溶接熱影響部の靭性を低下させることから、含有量は少なければ少ないほどよい。このため、Pの含有量は0.05%以下に制限する。0.04%以下とすることが好ましく、0.03%未満とすることがより好ましい。
【0043】
S: 0.01%以下
Sは鋼材中に不純物として存在する元素である。Sは鋼中に腐食の起点となるMnSを形成し、その含有量が0.01%を超えると、耐食性の低下が顕著になる。このため、Sの含有量は0.01%以下に制限する。0.008%以下とすることが好ましく、0.006%以下とすることがより好ましい。
【0044】
Sn: 0.01〜0.5%
Snは本発明において重要な元素であり、低pH塩化物環境において鋼のアノード溶解反応を著しく抑制するため、塩化物腐食環境における耐食性を大幅に向上させる作用を有する。さらに、Crが1.0%を超えて含有する鋼材にSnを複合して含有させると、塩化物の多い厳しい腐食環境においてもきわめて保護性の高いさび層が鋼材の表面全域に均一に形成される。これらの効果を得るには0.01%以上の含有量が必要である。一方、0.5%を超えて含有させても前記の効果は飽和するばかりでなく、母材および大入熱溶接継手の靭性が劣化する。したがって、Snの含有量は0.01〜0.5%とする。Snの下限値は0.02%が好ましく、0.03%がより好ましい。Snの上限値は0.4%が好ましく、0.3%がより好ましい。
【0045】
Cr:1.0%を超え13.0%以下
Crは耐酸性に劣る元素であるが、1.0%を超えて含有させると中性環境での耐食性が著しく向上する。塩化物が多い環境においては腐食界面のpH低下がおこるが、Crを含有させることによりFe2+の溶出が著しく抑えられるため、空気酸化によるFe3+の生成も少なくなる。その結果、Fe3+の加水分解によるpH低下が大幅に抑制されるため耐食性が著しく向上する。しかし、13.0%を超えて含有させると溶接性が著しく低下する。したがって、Crの含有量は1.0%を超え13.0%以下とする。Crの下限値は1.5%が好ましい。また、Crの上限値は11.0%が好ましく、10.0%がより好ましい。
【0046】
Al: 0.1%以下
Alは、鋼の脱酸に有効な元素である。本発明では鋼中にSiを含有させるので、Siによっても脱酸が期待できる。よって、Alで脱酸処理することは必ずしも必要でない。しかし、Siに加えて、さらにAlを含有させて複合脱酸することもできる。ただし、Alの含有量が0.1%を超えると、低pH環境における耐食性が低下するため塩化物腐食環境における耐食性が低下するばかりでなく、窒化物が粗大化するために靱性の低下を引き起こす。したがって、Alを含有させる場合の含有量の上限を0.1%以下とする。好ましい上限は0.06%である。なお、Alによる脱酸効果を効果的に得るためには、Alの下限値を0.01%とすることが好ましく、0.03%とすることがより好ましい。
【0047】
本発明に係る鋼材は、上記の化学組成を有し、残部がFeおよび不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0048】
本発明に係る鋼材は、上記の成分のほか、必要に応じて、次の第1群から第5群までの少なくとも1群のうちから選んだ1種以上の成分を含有させることができる。以下、これらの群に属する成分について述べる。
【0049】
第1群の成分: Ni,Mo,W,Sb
【0052】
Ni: 1.0%以下
Ni
は低pH環境における鋼のアノード溶解を抑制することにより耐食性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、1.0%を超えて含有させると効果が飽和するだけでなく、コストの著しい上昇につながる。したがって、その含有量は1.0%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましい。Niの下限値は0.02%とすることがより好ましい。また、Niの上限値は0.8%が好ましい。
【0053】
Mo: 1.0%以下
Moは溶解して酸素酸イオンMoO
42-の形でさびに吸着し、さび層中の塩化物イオンの透過を抑制する作用効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、含有量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく、鋼材のコストが大幅に上昇する。したがって、Moの含有量は1.0%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましい。Moの下限値は0.02%とすることがより好ましい。また、Moの上限値は0.7%が好ましい。
【0054】
W: 1.0%以下
WはMoと同様に、溶解して酸素酸イオンMoO
42-の形で存在し、さび層中の塩化物イオンの透過を抑制する作用効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、含有量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく、鋼材のコストが大幅に上昇する。したがって、Wの含有量は1.0%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましい。Wの下限値は0.02%とすることがより好ましい。また、Wの上限値は0.7%が好ましい。
【0055】
Sb: 0.3%以下
Sbは耐酸性に優れた元素であり、低pH環境において鋼のアノード溶解反応を抑制するとともに、水素ガス発生反応やFe
3+の還元反応を抑制することで塩化物環境における耐食性を向上させるので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.3%を超えて含有させると靭性が著しく劣化する。したがって、Sbの含有量は0.3%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましい。Sbの下限値は0.02%とすることがより好ましい。また、Sbの上限値は0.25%が好ましい。
【0057】
Ti: 0.2%以下
Tiは硫化物の形成により腐食の起点となるMnSの形成を抑える作用効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.2%を超えて含有させると効果が飽和するだけでなく鋼材のコストが上昇する。したがって、Tiの含有量は0.2%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.001%以上含有させることが好ましい。Tiの下限値は0.005%とすることがより好ましい。また、Tiの上限値は0.15%が好ましい。
【0058】
Zr: 0.2%以下
ZrはTiと同様に、硫化物を形成することにより腐食の起点となるMnSの形成を抑える作用効果を有しているので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.2%を超えて含有させると効果が飽和するだけでなく鋼材のコストが上昇する。したがって、Zrの含有量は0.2%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.001%以上含有させることが好ましい。Zrの下限値は0.005%とすることがより好ましい。また、Zrの上限値は0.15%が好ましい。
【0060】
Ca: 0.01%以下
Caは鋼中に酸化物の形で存在し、腐食反応部における界面のpHの低下を抑制して、腐食の促進を抑える作用を有しているので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.01%を超えて含有させると効果が飽和する。したがって、Caの含有量は0.01%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.0002%以上含有させることが好ましい。Caの下限値は0.0005%とすることがより好ましい。また、Caの上限値は0.005%が好ましい。
【0061】
Mg: 0.01%以下
Mgは、Caと同様に、腐食反応部における界面のpHの低下を抑制するので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.01%を超えて含有させると効果が飽和する。したがって、Mgの含有量は0.01%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.0002%以上含有させることが好ましい。Mgの下限値は0.0005%とすることがより好ましい。また、Mgの上限値は0.005%が好ましい。
【0063】
Nb: 0.1%以下
Nbは鋼材の強度を上昇させる元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.1%を超えて含有させると効果が飽和するため、Nbの含有量は0.1%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.001%以上含有させることが好ましい。Nbの下限値は0.003%とすることがより好ましい。また、Nbの上限値は0.05%が好ましい。
【0064】
V: 0.5%以下
VはNbと同様に鋼材の強度を上昇させる元素であり、また、MoやWと同様に、溶解して酸素酸イオンの形で存在しさび層中の塩化物イオンの透過を抑制する作用も有するので、必要に応じて含有させることができる。しかし、含有量が0.5%を超えると効果が飽和するばかりでなくコストが著しく上昇する。したがって、Vの含有量は0.5%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.005%以上含有させることが好ましい。Vの下限値は0.01%とすることがより好ましい。また、Vの上限値は0.3%が好ましい。
【0065】
B: 0.01%以下
Bは焼入性を向上させて強度を高める元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかし、Bの含有量が0.01%を超えると、強度を高める効果が飽和し、また、母材、HAZともに靱性劣化の傾向が著しくなる。したがって、Bの含有量は0.01%以下とする。焼入れ性と強度を高める効果を効果的に得るためには、0.0003%以上含有させることが好ましい。
【0067】
REM: 0.01%以下
REM(希土類元素)は鋼の溶接性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させることができる。しかし、含有量が0.01%を超えると効果が飽和するため、REMの含有量は0.01%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、0.0002%以上含有させることが好ましい。REMの下限値は0.0005%とすることがより好ましい。また、REMの上限値は0.005%が好ましい。
ここで、REMとは、ランタノイドの15元素にYおよびScをあわせた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種または2種以上を含有させることができる。なお、REMの含有量はこれら元素の合計含有量を意味する。
【0068】
(B) 固溶Snについて
本発明においては、鋼材に添加したSnが高い割合で固溶していることが極めて重要である。Sn中の固溶Snの割合が95.0%以上とすることにより、保護性錆が形成され、十分な耐食性を確保することができる。というのは、先に延べたように、耐食性を向上させるのは腐食により溶解したSnイオンであることから、難溶性の析出物中にSnが含有されて鋼中への固溶度が低くなると、耐食性向上作用が十分でなくなるからである。なお、Sn中の固溶Snの割合が低いと、保護性さび形成に寄与するSnの量が減少するため、保護性さびが形成されない。
【0069】
なお、Sn中の固溶Snの割合を95.0%以上とするためには、例えば、Snと化合物を形成しやすいSやO(酸素)の含有量を低く抑えたスラブを、鋼の組成に応じて、1100〜1200℃程度で加熱後、圧延1パスあたりの圧下率が3%以上、圧延仕上げ温度が700〜900℃程度の条件で熱間圧延すればよい。圧延後は大気中で放冷するか、あるいはAr
3点以上の温度から少なくとも550℃程度までの温度域を、5.0℃/s以上の冷却速度で冷却することにより製造することができる。なお、ここでの温度とは鋼材表面の温度である。
【0070】
(C)さび層について
さび層は上述の組成を有する鋼材を高塩化物腐食環境下で一定期間使用することにより形成される。ここで、高塩化物腐食環境とは、海上および海浜地域のような自然環境を意味する。具体的には、飛来塩分量がNaClとして0.05〜10mg/dm
2/day(mdd)程度の自然環境下の地域をいう。
【0071】
従来、高塩化物腐食環境下では還元性を有するβ−FeOOHが鋼材上に形成されると考えられてきた。しかし、本発明では、Cr含有鋼にSnが複合含有されているため、難還元性を有するα−FeOOHで構成されるさび層が形成され、錆形成の進行が鈍化する。
【0072】
さび層はいわゆる保護性さびであり、鋼材表面に均一に形成されることから鋼材全面において耐候性を有する。さび層は必ずしも純粋なα−FeOOHである必要はなくCr,Cu,P,Al等の不純物元素或いはその酸化物を含んでもよい。また、耐候性能低下を招くγ−FeOOHなどが若干量混ざっていてもよいが、その混入量は10%以下が好ましい。また、鋼材表面の全部がα−FeOOHで構成される保護性さび層で覆われている必要はない。耐候性が必要な面、例えば鋼管として本鋼材を使用する場合であれば、外表面のみまたは内表面のみが保護性さび層で覆われていればよい。
【0073】
(D)防食皮膜について
上記に説明した本発明の鋼材は、そのまま使用しても良好な耐食性を示す。しかし、その表面に防食処理を施した場合、具体的には有機樹脂や金属からなる防食被膜で表面を被覆した場合には、従来の鋼材に比べ防食被膜の耐久性が向上し、耐食性が一段と向上する。
【0074】
ここで、有機樹脂からなる防食被膜としては、ビニルブチラール系、エポキシ系、ウレタン系、フタル酸系等の樹脂被膜を挙げることができる。また、金属からなる防食被膜としては、Zn、Al、Zn-Al等のメッキ被膜やZn、Al、Al-Mgなどの溶射被膜を挙げることができる。
【0075】
防食被膜の耐久性が向上するのは、下地である本発明鋼材の腐食が著しく抑制される結果として、防食被膜欠陥部からの下地鋼材腐食に起因する防食被膜のふくれや剥離が抑制されるためであると考えられる。
【0076】
上記の防食被膜で覆う処理は通常の方法で行えばよい。また、必ずしも鋼材の全面に防食被膜を施す必要はなく、腐食環境に曝される面としての鋼材の片面、鋼管であれば外面または内面だけ、すなわち鋼材表面の少なくとも一部を防食処理するだけでもよい。防食被膜で覆う処理は、前述のα−FeOOHからなる均一なさび層が形成された後に行ってもよい。すなわち、防食被膜で覆う処理を行うことなくそのまま使用した後に、防食被膜で覆う処理をしてもよい。
【実施例】
【0077】
真空溶解炉を用いて54種類の鋼を溶製し、50kg鋼塊とした後、通常の方法で熱間鍛造して厚さが60mmのブロックを作製した。
【0078】
表1および2に、作製したブロックの化学組成およびSn中の固溶Snの割合(Sn固溶度)を示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
なお、SnはO(酸素)やSと化合物を形成し、酸化スズ(SnO、SnO
2など)や硫化スズ(SnS、SnS
2)を形成する。したがって、これらの化合物が鋼中に形成されると、鋼材中の固溶Snは減少することから、鋼を溶製するに当たっては、以下のように脱酸、脱硫の管理をして鋼材中の固溶Snを調整した。
【0082】
すなわち、脱酸は、溶製初期段階で予めSiとMnを添加して予備脱酸を行い、溶存酸素濃度を100ppm以下とした後、Alを添加して改めて脱酸を行った。このとき、必要によりAlと共に脱酸効果を有するTiも合わせて添加した。一方、脱硫は、溶製により形成されたスラグに生石灰をスラグ改質剤とともに投入することにより行った。なお、表2中、比較例である鋼No.54の供試鋼については、Si、Mn、Alを同時添加して脱酸を行うと共に、脱硫も添加する生石灰の量を鋼No.1〜51の供試鋼に比べて減らして行った。このため、表2中の鋼No. 54の供試鋼はSn固溶度が低い値を示した。
【0083】
次いで、上記ブロックを、1120℃で1時間加熱してから熱間圧延し、850℃で厚さ20mmに仕上げ、その後室温まで大気中で放冷して鋼板とした。
【0084】
前記厚さが20mmの各鋼板から、幅が60mm、長さが100mm、厚さが3mmの試験片を採取し、塩化物環境を模擬した腐食試験に供した。一部の試験片については、変性エポキシ系塗料でスプレー塗装により約200μmの防食皮膜を形成した上、防食皮膜に十字の疵を入れて一部地金を露出し、同様の腐食試験に供した。
【0085】
腐食試験は、海岸地域における暴露試験を用いた。沖縄地方の海岸で海水飛沫の飛来がある極めて厳しい環境において、3年間の暴露試験をおこなった。暴露試験はJIS Z 2381(大気暴露試験方法通則)に準拠し、方位は南面、暴露角度は水平から30度として実施した。
【0086】
防食皮膜を形成しなかった各試験片には、暴露試験後にその表面全域に均一なさび層が形成された。これらの各試験片については、表面のさび層を除去し、板厚減少量を測定した。防食被膜を形成した各試験片については、防食皮膜疵部の最大腐食深さを測定した。
【0087】
試験結果を表3および4に示す。同表における「腐食減量」は、試験片の平均の板厚減少量であり、試験前後の重量減少と試験片の表面積を用いて算出したものである。「腐食深さ」は、塗装疵部の鋼材表面からの深さの最大値である。
【0088】
【表3】
【0089】
【表4】
【0090】
さび層が十分な保護性を有するかについての判定については、以下の方法を用いて、保護性さびが形成されている場合は「○」と表示した。そして、保護性さびが形成されていない場合は「×」と表示した。
暴露試験1, 2, 3年結果を用い、試験期間をx、腐食減量あるいは腐食深さをyとして、
y=A・x
B ・・・ (1)
の形で近似し、求めた係数Bが0.8以下である場合、保護性さびが形成されているとした。なお、保護性さびが形成されていない場合は腐食減量あるいは腐食深さが試験期間とともに直線的に増加するため、係数Bが1に近い値となる。
【0091】
表3および4の結果から明らかなように、比較例である供試鋼No.52およびNo.53の鋼材はSnを含有していないため、保護性錆が形成されず、腐食減量、腐食深さとも1mmを超えている。また、比較例である鋼No.54の鋼材は、Snの固溶度が低いために保護性錆が形成されず、腐食減量、腐食深さとも1mmを超えている。
【0092】
一方で、本発明例である供試鋼No.2〜4、6、8〜10、12、14、17〜19
、22、24〜26
、29、32、
33、42、45、46
、48および51の鋼材では、いずれも本発明で規定する成分含有量を満足し、Snの固溶度も95%以上であるので、腐食減量は0.51mm以下、腐食深さは0.50mm以下と小さくなっており、かつ保護性さびが形成されている。なお、供試鋼No.1、5、7、11、13、15、16、20
、21、23、27
、28、30、31
、34〜41、43、44、
47および50は参考例である。
【0093】
以上の測定に加え、一部の試験片(鋼No.1、9、20)については、保護性さび中の構成物質の同定をするために、X線回折法による測定を行った。その結果、生成したさび層はいずれもα−FeOOHであった。これにより、鋼No.1および9の鋼材表面にα−FeOOHが形成されれば、十分な保護性を有することがわかった。これにより、他の試験片にもα−FeOOHからなるさび層が形成されていると推測される。なお、
鋼No.1および20は参考例である。