特許第5850203号(P5850203)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5850203
(24)【登録日】2015年12月11日
(45)【発行日】2016年2月3日
(54)【発明の名称】溶接継手及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20160114BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20160114BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20160114BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160114BHJP
【FI】
   B23K35/30 320B
   B23K9/23 B
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
【請求項の数】4
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-524539(P2015-524539)
(86)(22)【出願日】2015年2月20日
(86)【国際出願番号】JP2015054722
【審査請求日】2015年5月13日
(31)【優先権主張番号】特願2014-35376(P2014-35376)
(32)【優先日】2014年2月26日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100112715
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100125704
【弁理士】
【氏名又は名称】坂根 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100120662
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 桂子
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】浄徳 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】平田 弘征
(72)【発明者】
【氏名】大村 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 潤
(72)【発明者】
【氏名】小薄 孝裕
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/005570(WO,A1)
【文献】 国際公開第2004/083476(WO,A1)
【文献】 国際公開第2004/110695(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
B23K 9/23
C22C 38/00 − 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.005〜0.1%、
Si:1.2%以下、
Mn:2.5〜6.5%、
Ni:8〜15%、
Cr:19〜25%、
Mo:0.01〜4.5%、
V :0.01〜0.5%、
Nb:0.01〜0.5%、
Al:0.05%未満、
N :0.15〜0.45%、
O :0.02%以下、
P :0.05%以下、
S :0.04%以下、
残部:鉄及び不純物である母材を準備する工程と、
化学組成が、質量%で、
C :0.005〜0.1%、
Si:0.7%以下、
Mn:0.5〜3%、
Ni:8〜23%、
Cr:17〜25%、
Mo:0.01〜4%、
V :0〜0.5%、
Nb:0〜0.5%、
Al:0.05%未満、
N :0.15%未満、
O :0.02%以下、
P :0.03%以下、
S :0.02%以下、
残部:鉄及び不純物である溶接材料を準備する工程と、
前記溶接材料を用いて前記母材を溶接する工程とを備え、
前記母材の化学組成が、式(1)を満たし、
前記溶接材料の化学組成が、式(1)及び式(2)を満たす、溶接継手の製造方法。
Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Si+12.6C≧29・・・(1)
0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo≦−1.0・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接継手の製造方法であって、
前記溶接材料の化学組成が、質量%で、
V :0.01〜0.5%、及び
Nb:0.01〜0.5%、
からなる群から選択された1種又は2種を含有する、溶接継手の製造方法
【請求項3】
請求項1又は2に記載の溶接継手の製造方法であって、
前記溶接継手は、式(3)を満たす表面余盛高さh(mm)を有する、溶接継手の製造方法
1.9×(0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo)+3≦h・・・(3)
ここで、式(3)の各元素記号には溶接材料における対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶接継手の製造方法であって、
前記溶接継手は、800MPa以上の引張強さを有する、溶接継手の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接継手及び溶接継手の製造方法に関し、より詳しくは、オーステナイト鋼溶接継手及びオーステナイト鋼溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水素、天然ガス等をエネルギーとして利用する輸送機器の実用化研究が進められている。その実用化に際しては、これらのガスを高圧で貯蔵及び輸送できる使用環境の整備が併せて必要である。そこに使用される引張強さ800MPaを上回るような高強度材料の開発及び適用検討が並行して進められている。
【0003】
国際公開第2004/083476号、国際公開第2004/083477号、及び国際公開第2004/110695号には、高Mn化することでNの溶解度を高め、かつVを含有させることにより、あるいはVとNbとを複合して含有させることにより、Nの固溶強化及び窒化物の析出強化を活用し、高強度化を試みたオーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。
【0004】
高強度オーステナイト系鋼を構造物として使用する場合、溶接による組み立てが必要である。使用性能の観点からは、溶接部も母材と同等の強度を有することが要求される。国際公開第2004/110695号、特開平5−192785号公報、及び特開2010−227949号公報には、Al、Ti及びNbを積極的に活用することにより、800MPaを超える引張強さを有する溶接材料及び溶接金属が提案されている。
【0005】
これらの溶接材料及びその溶接材料を使用して得られた溶接金属は、いずれも高強度化のため溶接後熱処理を必要とする。長時間の溶接後熱処理は、製造の制約になるとともに、製造コストの増大を招く場合がある。
【0006】
国際公開第2013/005570号には、溶接金属に対してNによる固溶強化を活用することにより、溶接後熱処理を行うことなく、高強度及び優れた耐水素脆化特性を備えるオーステナイト鋼溶接継手が提案されている。
【発明の開示】
【0007】
上記の国際公開第2013/005570号に記載されたオーステナイト鋼溶接継手は、0.15〜0.35%のNを含有する溶接材料を用いて溶接することで、溶接金属に0.15〜0.35%のNを含有させる。そのため、このオーステナイト鋼溶接継手では、使用できる溶接材料が制約される。このオーステナイト鋼溶接継手は、多量のNを含有する溶接材料を用いるため、製造性が悪く、溶接の条件によってはブローホール等の溶接欠陥が生じる場合がある。
【0008】
また、多量のNを含有する溶接材料を用いた場合であっても、溶接施工時にNが溶接金属から離脱する場合がある。Nによる固溶強化を活用するためには、溶接金属にNを留まらせる必要がある。従来の溶接継手では、広い溶接条件において、安定的に溶接金属中のN含有量を確保することが困難である。
【0009】
また、高圧水素用として使用される溶接継手は、優れた耐水素脆化特性が要求される。
【0010】
本発明の目的は、高強度と優れた耐水素脆化特性とを有する溶接継手を提供することである。
【0011】
本発明による溶接継手は、溶接材料を用いて母材を溶接した溶接継手である。母材の化学組成が、質量%で、C:0.005〜0.1%、Si:1.2%以下、Mn:2.5〜6.5%、Ni:8〜15%、Cr:19〜25%、Mo:0.01〜4.5%、V:0.01〜0.5%、Nb:0.01〜0.5%、Al:0.05%未満、N:0.15〜0.45%、O:0.02%以下、P:0.05%以下、S:0.04%以下、残部:鉄及び不純物である。溶接材料の化学組成が、質量%で、C:0.005〜0.1%、Si:0.7%以下、Mn:0.5〜3%、Ni:8〜23%、Cr:17〜25%、Mo:0.01〜4%、V:0〜0.5%、Nb:0〜0.5%、Al:0.05%未満、N:0.15%未満、O:0.02%以下、P:0.03%以下、S:0.02%以下、残部:鉄及び不純物である。母材の化学組成が、式(1)を満たす。溶接材料の化学組成が、式(1)及び式(2)を満たす。
Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Si+12.6C≧29・・・(1)
0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo≦−1.0・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0012】
本発明によれば、高強度と優れた耐水素脆化特性とを有する溶接継手が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、溶接後熱処理を行うことなく、また、多量のNを含有する溶接材料を用いることなく、高強度と優れた耐水素脆化特性とを有する溶接継手を得るための条件を検討した。その結果、下記の(a)〜(c)が明らかになった。
【0014】
(a)溶接金属のオーステナイト相が不安定な場合、溶接残留歪及びその後の加工によって、溶接金属のオーステナイト相がマルテンサイト化する。そのため、溶接金属の耐水素脆化特性が低下する。したがって、溶接金属の化学組成を調整してオーステナイト相を安定化すれば、溶接金属の耐水素脆化特性を向上できる。具体的には、溶接金属が、下記の式(1)を満たすようにすれば良い。溶接金属の化学組成が式(1)を満たすためには、母材及び溶接材料の化学組成の両方が、式(1)を満たしていれば良い。
Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Si+12.6C≧29・・・(1)
ここで、式(1)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0015】
(b)母材と同等の強度を有する溶接継手を得るためには、溶接金属中に多くのNを固溶させて、Nによる固溶強化を活用することが有効である。そのためには、溶接材料の化学組成が、式(2)を満たすようにすれば良い。溶接材料の化学組成が式(2)を満たせば、溶接材料のN含有量が0.15質量%未満であっても、溶接金属中に多くのNを固溶させることができる。
0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo≦−1.0・・・(2)
ここで、式(2)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0016】
(c)溶接継手の外表面に形成される余盛高さ(表面余盛高さ)を、溶接材料の化学組成に応じて調整することで、より高い引張強さが得られる。具体的には、表面余盛高さh(mm)が、式(3)を満たすようにすれば良い。
1.9×(0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo)+3≦h・・・(3)
ここで、式(3)の各元素記号には、溶接材料における対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0017】
以上の知見に基づいて、本発明による溶接継手は完成された。以下、本発明の一実施形態による溶接継手を詳細に説明する。なお、以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0018】
本実施形態による溶接継手は、溶接材料で母材を溶接したものである。溶接継手は、母材と、溶接金属とを備える。溶接金属は、母材の一部と溶接材料とが溶融及び凝固して形成される。溶接継手は例えば、鋼管同士又は鋼板同士を互いの端部で溶接したものである。
【0019】
[化学組成]
母材及び溶接材料は、以下の化学組成を備えている。
【0020】
C:0.005〜0.1%(母材及び溶接材料)
炭素(C)は、オーステナイトを安定化する。一方、Cが過剰に含有されると、溶接時の熱によって粒界に炭化物が形成されやすくなり、耐食性及び靱性が低下する。したがって、C含有量は、母材及び溶接材料の両方において0.005〜0.1%である。C含有量の好ましい下限は0.008%である。C含有量の好ましい上限は0.08%である。
【0021】
Si:1.2%以下(母材)、0.7%以下(溶接材料)
珪素(Si)は、鋼を脱酸する。Siはまた、鋼の耐食性を向上させる。しかし、Siが過剰に含有されると、鋼の靱性が低下する。したがって、母材のSi含有量は、1.2%以下である。母材のSi含有量の好ましい上限は、1.0%である。
【0022】
溶接材料が溶融して形成される溶接金属にSiが過剰に含有されると、上記に加えて、凝固時に柱状晶境界に偏析して液相の融点が下がり、凝固割れ感受性が高くなる。そのため、溶接材料のSi含有量の上限は、母材の場合よりも低くする。したがって、溶接材料のSi含有量は、0.7%以下である。溶接材料のSi含有量の好ましい上限は、0.6%である。Siの含有量は、特に下限を設ける必要はないが、極端な低下は脱酸効果が十分に得られず、鋼の清浄度が大きくなって清浄性を劣化させるとともに、コストが増大する。したがって、望ましいSiの下限は母材、溶接材料ともに0.01%である。
【0023】
Mn:2.5〜6.5%(母材)、0.5〜3%(溶接材料)
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸する。Mnはまた、オーステナイト相を安定化する。Mnはさらに、母材製造時及び溶接時に、溶融金属へのNの溶解度を大きくして、溶融金属の強度を高めるのに間接的に寄与する。一方、Mnが過剰に含有されると、鋼の延性が低下する。したがって、母材のMn含有量は2.5〜6.5%である。母材のMn含有量の好ましい下限は2.7%である。母材のMn含有量の好ましい上限は6%である。
【0024】
溶接材料が溶融して形成される溶融金属では、母材の製造時に比べて凝固速度が速く、凝固過程でのNの減少が少ない。そのため、溶接材料のMn含有量の下限は、母材の場合よりも小さくできる。一方、溶接材料の場合、延性の低下によって細線への加工が困難となるため、溶接材料のMn含有量の上限は、母材の場合よりも小さくなる。したがって、溶接材料のMn含有量は、0.5〜3%である。溶接材料のMn含有量の好ましい下限は、0.7%である。溶接材料のMn含有量の好ましい上限は、2.5%である。
【0025】
Ni:8〜15%(母材)、8〜23%(溶接材料)
ニッケル(Ni)は、オーステナイト相を安定化する。その効果を安定に得るためには8%以上含有する必要がある。しかし、Ni量が過剰になると母材製造時に、溶接金属へのNの溶解度が小さくなる。さらに、Niは高価な元素であるため、過剰に含有されると、コストが増大する。したがって、母材のNi含有量の上限は15%である。さらに、母材のNi含有量の好ましい下限は、9%である。母材のNi含有量の好ましい上限は、14.5%である。
【0026】
溶接金属においても、Niはオーステナイト相を安定化する。その効果を安定に得るためには、溶接材料のNi含有量を8%以上とする必要がある。しかし、Niが過剰に含有されると溶接金属へのNの溶解度が小さくなる。さらに、Niは高価な元素であるため、過剰に含有されると、小規模製造の溶接材料においてもコストが増大する。そのため、溶接材料におけるNiの上限は23%とする。溶接材料のNi含有量の好ましい下限は、9%である。溶接材料のNi含有量の好ましい上限は、22.5%である。
【0027】
Cr:19〜25%(母材)、17〜25%(溶接材料)
クロム(Cr)は、鋼の耐食性を高める。Crはさらに、母材製造時及び溶接時に、溶融金属へのNの溶解度を大きくして、溶融金属の強度を高めるのに間接的に寄与する。一方、Crが過剰に含有されると、延性及び靱性を低下させる粗大なM23等の炭化物が多量に生成しやすくなる。また、Crが過剰に含有されると、溶接ガス環境によっては鋼を脆化させる。したがって、母材のCr含有量は、19〜25%である。母材のCr含有量の好ましい下限は、19.2%である。母材のCr含有量の好ましい上限は、24.5%である。
【0028】
溶接材料が溶融して形成される溶融金属では、母材の製造時に比べて凝固速度が速く、凝固過程でのNの減少が少ない。そのため、溶接材料のCr含有量の下限は、母材の場合よりも小さくできる。したがって、溶接材料のCr含有量は、17〜25%である。溶接材料のCr含有量の好ましい下限は、18.2%である。溶接材料のCr含有量の好ましい上限は、24.5%である。
【0029】
Mo:0.01〜4.5%(母材)、0.01〜4%(溶接材料)
モリブデン(Mo)は、マトリックスに固溶して、又は炭窒化物として析出して、鋼の強度を高める。Moはまた、鋼の耐食性を高める。一方、Moが過剰に含有されると、コストが増大する。また、過剰に添加しても、その効果は飽和する。したがって、母材のMo含有量は0.01〜4.5%である。母材のMo含有量の好ましい下限値は、0.03%である。母材のMo含有量の好ましい上限値は、4%である。
【0030】
溶接材料が溶融して形成される溶接金属では、母材の製造時に比べて凝固速度が速く、凝固過程でのNの減少が少ない。そのため、溶接材料のMo含有量の上限は、母材の場合よりも小さくする。したがって、溶接材料のMo含有量は0.01〜4%である。溶接材料のMo含有量の好ましい下限値は、0.03%である。溶接材料のMo含有量の好ましい上限値は、3.8%である。
【0031】
V:0.01〜0.5%(母材)、0〜0.5%(溶接材料)
バナジウム(V)は、マトリックスに固溶して、又は炭化物として析出して、鋼の強度を高める。一方、Vが過剰に含有されると、炭化物が多量に析出して、鋼の延性が低下する。したがって、母材のV含有量は0.01〜0.5%である。母材のV含有量の好ましい上限は、0.4%である。
【0032】
バナジウム(V)は、溶接材料には添加されなくても良い。すなわち、溶接材料においてVは任意元素である。溶接材料がVを含有すれば、溶接金属の強度を高めることができる。したがって、溶接材料のV含有量は、0〜0.5%である。Vを添加する場合、溶接材料のV含有量の好ましい下限は、0.01%である。溶接材料のV含有量の好ましい上限は、0.4%である。
【0033】
Nb:0.01〜0.5%(母材)、0〜0.5%(溶接材料)
ニオブ(Nb)は、マトリックスに固溶して、又は炭窒化物として析出して、鋼の強度を高める。一方、Vが過剰に含有されると、炭窒化物が多量に析出して、鋼の延性が低下する。したがって、母材のNb含有量は0.01〜0.5%である。母材のNb含有量の好ましい上限は、0.4%である。
【0034】
ニオブ(Nb)は、溶接材料には添加されなくても良い。すなわち、溶接材料においてNbは任意元素である。溶接材料がNbを含有すれば、溶接金属の強度を高めることができる。したがって、溶接材料のNb含有量は、0〜0.5%である。Nbを添加する場合、溶接材料のNb含有量の好ましい下限は、0.01%である。溶接材料のNb含有量の好ましい上限は、0.4%である。
【0035】
Al:0.05%未満(母材及び溶接材料)
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Alが過剰に含有されると、窒化物が多量に析出して、鋼の延性が低下する。したがって、Al含有量は、母材及び溶接材料の両方において0.05%未満である。Al含有量の好ましい上限は、0.04%である。なお、Al含有量は少ないほど良い。ただし、Alを極端に低減すると脱酸効果が十分に得られない。また、Alを極端に低減すると、鋼の清浄度が大きくなる。また、Alを極端に低減するとコストが増大する。そのため、Al含有量の好ましい下限は、0.0001%である。
【0036】
N:0.15〜0.45%(母材)、0.15%未満(溶接材料)
Nは、マトリックスに固溶して、又は微細な窒化物を形成して、鋼の強度を高める。一方、Nが過剰に含有されると、鋼の熱間加工性が低下する。したがって、母材のN含有量は、0.15〜0.45%である。母材のN含有量の好ましい下限は、0.16%である。母材のN含有量の好ましい上限は、0.42%である。
【0037】
溶接材料が溶融して形成される溶接金属では、過剰なNは溶接中に溶融池に溶解できず、ブローホール及び/又はピットの原因となる。したがって、溶接材料のN含有量は、0.15%未満である。溶接材料のN含有量の好ましい下限は、0.01%である。溶接材料のN含有量の好ましい上限は、0.13%である。
【0038】
母材及び溶接金属の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、又は、製造工程の種々の要因によって混入する元素を意味する。本実施形態では、不純物のうち、O、P、及びSの含有量をそれぞれ、次の範囲に制限する。
【0039】
O:0.02%(母材及び溶接材料)
酸素(O)は、不純物である。Oが過剰に含有されると、母材及び溶接材料を製造する際の熱間加工性が低下する。さらに、Oが過剰に含有されると、溶接金属の靱性及び延性が低下する。したがって、O含有量は、母材及び溶接材料の両方において、0.02%以下である。O含有量の好ましい上限は、0.01%である。
【0040】
P:0.05%以下(母材)、0.03%以下(溶接材料)
燐(P)は、不純物である。Pが過剰に含有されると、母材及び溶接材料を製造する際の熱間加工性が低下する。したがって、母材のP含有量は、0.05%以下である。母材のP含有量の好ましい上限は、0.03%である。
【0041】
溶接材料が溶融して形成される溶接金属では、Pは凝固時に液相の融点を低下させ、溶接金属の凝固割れ感受性を増加させる。そのため、溶接材料のP含有量の上限は、母材の場合よりも小さくする。したがって、溶接材料のP含有量は、0.03%以下である。溶接材料のP含有量の好ましい上限は、0.02%である。
【0042】
S:0.04%以下(母材)、0.02%(溶接材料)
硫黄(S)は、不純物である。Sが過剰に含有されると、母材及び溶接材料を製造する際の熱間加工性が低下する。したがって、母材のP含有量は、0.04%以下である。母材のP含有量の好ましい上限は、0.03%である。
【0043】
溶接材料が溶融して形成される溶接金属では、Sは凝固時に液相の融点を低下させ、溶接金属の凝固割れ感受性を増加させる。そのため、溶接材料のS含有量の上限は、母材の場合よりも小さくする。したがって、溶接材料のS含有量は、0.02%以下である。溶接材料のP含有量の好ましい上限は、0.01%である。
【0044】
本実施形態による母材及び溶接材料の化学組成は、さらに、下記の式(1)を満たす。
Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Si+12.6C≧29・・・(1)
ここで、式(1)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0045】
水素環境中においてオーステナイト相が安定であれば、優れた耐水素脆化特性が得られる。溶接金属は急冷凝固組織であるため、オーステナイト相が不安定になりやすい。既述のように、溶接金属は、母材の一部と溶接材料とが溶融及び凝固して形成される。母材及び溶接材料の両方の化学組成が式(1)を満たせば、溶接金属においてもオーステイト相が安定になる。これによって、溶接継手の耐水素脆化特性が高まる。
【0046】
式(1)の左辺の値は、好ましくは32以上であり、より好ましくは34以上である。
【0047】
本実施形態による溶接材料の化学組成は、さらに、下記の式(2)を満たす。
0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo≦−1.0・・・(2)
ここで、式(2)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0048】
溶接材料は、溶接時に溶融して溶融金属を形成する。このとき、Nが溶接金属から離脱する場合がある。Nが溶接金属から離脱すると、固溶強化の効果が得られなくなり、溶接金属の強度が低下する。溶接材料の化学組成が式(2)を満たせば、Nの活量が小さくなり、溶接金属からのNの離脱を低減できる。そのため、溶接材料のN含有量が0.15%未満であっても、溶接金属中に多くのNを固溶させることができる。
【0049】
式(2)の左辺の値は、小さいほど良い。式(2)の左辺の値が小さいほど、次に説明する表面余盛高さを低くできる。式(2)の左辺は、好ましくは−1.1以下であり、より好ましくは−1.3以下である。
【0050】
本実施形態による溶接継手は、表面余盛高さh(mm)が、次の式(3)を満たすことが好ましい。
1.9×(0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo)+3≦h・・・(3)
ここで、式(3)の各元素記号には、溶接材料における対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0051】
式(3)は、式(2)の左辺の値をP2として、次のように表すことができる。すなわち、式(3)は、表面余盛高さhが溶接材料のNの活量に応じて調整されることを意味している。
1.9×P2+3≦h
【0052】
表面余盛高さとは、母材の表面から溶接ビードの最も高い位置までの距離(mm)である。溶接継手の表面余盛高さhが式(3)を満たせば、より高い引張強さを有する溶接継手が得られる。より具体的には、母材の引張強さと同等の引張強さを有する溶接継手が得られる。
【0053】
[製造方法]
まず、母材を製造方法の一例を説明する。上述した母材の化学組成を有する鋼を溶製する。溶製は、電気炉で行っても良いし、Ar−O混合ガス底吹き脱炭炉(AOD炉)で行っても良いし、真空脱炭炉(VOD炉)で行っても良い。溶製された鋼を、造塊法によってインゴットにする。あるいは、溶製された鋼を、連続鋳造法によって鋳片にする。
【0054】
インゴット又は鋳片を用いて母材を製造する。母材は例えば、鋼板又は鋼管である。鋼板は例えば、インゴット又は鋳片に、熱間鍛造、又は熱間圧延等の熱間加工を実施して製造される。鋼管は例えば、インゴット又は鋳片を熱間加工によって丸ビレットを形成し、丸ビレットに穿孔圧延、熱間押出、又は熱間鍛造等の熱間加工を実施して製造される。鋼管はあるいは、鋼板を曲げ加工してオープンパイプを形成し、オープンパイプの長手方向の両端面を溶接して製造される。
【0055】
母材に対して、熱処理を実施する。具体的には、母材を熱処理炉に収納し、1000〜1200℃で均熱する。その後、必要に応じて、冷間圧延及び800〜1200℃での2次熱処理を実施する。これによって、800MPaの引張強さを有する母材が安定的に得られる。
【0056】
次に、溶接材料の製造方法の一例を説明する。上述した溶接材料の化学組成を有する鋼を溶製する。溶製された鋼を鋳造してインゴットにする。インゴットを熱間加工して溶接材料を製造する。溶接材料は棒状であっても良いし、ブロック状であっても良い。
【0057】
溶接材料に対しても、母材と同様に熱処理を実施する。その後、必要に応じて、冷間圧延及び800〜1250℃での2次熱処理を実施する。
【0058】
上記の溶接材料を用いて上記の母材を溶接する。これによって、溶接継手が得られる。溶接方法は例えば、TIG溶接、MIG溶接、MAG溶接、及びサブマージ溶接である。溶接時に、母材の一部と溶接材料とが溶融及び凝固して溶接金属が形成される。
【実施例】
【0059】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0060】
表1に示す化学組成を有する符号Aの鋼を実験室溶解してインゴットを作製した。作製したインゴットに、熱間鍛造、熱間圧延、及び熱処理を実施して、外径9.53mm、板厚2.2mm、長さ60mmの鋼管(母材)を作製した。
【0061】
【表1】
【0062】
なお、母材の化学組成を式(1)に代入すると、式(1)の左辺の値は34になり、式(1)を満たす。
【0063】
表2に示す化学組成を有する符号R〜Zの鋼を実験室溶解してインゴットを作製した。なお、表2中の「−」は、対応する元素の含有量が不純物レベルであることを示す。インゴットに、熱間鍛造、熱間圧延、1次熱処理、冷間加工、及び2次熱処理を実施して、外径1.2mmの溶接ワイヤ(溶接材料)を作製した。
【0064】
【表2】
【0065】
上記の鋼管の周方向に、開先加工を実施した後、母材及び溶接材料を表3に示す組み合わせで、表面余盛高さを変化させた溶接継手を作製した。溶接継手は、溶接入熱、溶接パス数、及び溶接方向を変化させて作製した。なお、溶接材料供給速度は溶接入熱に合わせて変化させた。
【0066】
【表3】
【0067】
ここで、溶接方向の「水平」、「垂直」とはそれぞれ、JIS Z 3001の「下向き姿勢」、「上向き姿勢」で溶接されたことを指す。具体的には、「水平」とは地面に対して水平に(下向きに)溶接することを指す。水平に溶接する場合、重量に逆らわずに溶接することから、一般的に最も簡易な溶接姿勢(方向)である。一方、「垂直」とは、通常は地面に対して下から上方向に進んで溶接することを指す。垂直に溶接する場合、重力に逆らって溶接することから、溶けている部分がたれることがあるため、溶接が難しくかつ溶接欠陥も発生しやすい。
【0068】
作製した溶接継手の各々の表面余盛高さを測定した。
【0069】
作製した溶接継手の各々から溶接部分を含む試験片を採取した。採取した試験片の断面を研磨して光学顕微鏡で観察し、溶接欠陥の有無を調査した。ブローホール等の溶接欠陥がなかったものを合格と判定した。
【0070】
作製した溶接継手の各々から、溶接金属を平行部中央にもつ管状引張試験片を2つずつ作製し、常温での引張試験に供した。引張試験において、800MPa以上の引張強度を示したものを合格と判定した。
【0071】
作製した溶接継手の各々から、溶接金属を平行部とする管状低歪速度引張試験片を採取した。採取した試験片を、大気中、及び85MPaの高圧水素環境化における低歪速度引張試験に供した。歪速度は3×10−5/sとした。低歪速度引張試験において、高圧水素環境下での破断絞りと大気中での破断絞りとの比か90%以上となるものを合格と判定した。
【0072】
表4に各溶接継手の溶接欠陥の有無、表面余盛高さ測定結果、常温引張試験の結果、及び低歪速度引張試験の結果を示す。
【0073】
【表4】
【0074】
表4の「P1」の欄には、各溶接継手の溶接材料の化学組成を式(1)に代入したときの式(1)の左辺の値が記載されている。「P2」の欄には、各溶接継手の溶接材料の化学組成を式(2)に代入したときの式(2)の左辺の値が記載されている。「P3」の欄には、各溶接継手の溶接材料の化学組成を式(3)に代入したときの式(3)の左辺の値が記載されている。
【0075】
表4の「溶接欠陥」の欄には、溶接欠陥の有無が記載されている。「○」は、溶接欠陥がなかったことを示す。「×」は、ブローホールが発生していたことを示す。
【0076】
表4の「余盛高さ」の欄には、各溶接継手の表面余盛高さ(mm)が記載されている。
【0077】
「引張試験」の欄には、引張試験の結果が記載されている。「◎」は、引張試験において2本の試験片中2本ともが母材破断又は熱溶接部破断(HAZ破断)したことを示す。「○」は、引張強さは800MPa以上であったものの、2本の試験片中1本が母材破断、1本が溶接金属破断したことを示す。「△」は、引張強さは800MPa以上であったものの、2本の試験片中2本ともが溶接金属破断したことを示す。「×」は、溶接金属破断し、引張強さが800MPa未満であったことを示す。
【0078】
「低歪速度引張試験」の欄には、低歪速度引張試験の結果が記載されている。「○」は、高圧水素環境化での破断絞りと大気中での破断絞りの比が90%以上であったことを示す。「×」は、高圧水素環境化での破断絞りと大気中での破断絞りの比が90%未満であったことを示す。
【0079】
試験符号J1〜J18、J22〜J24、及びJ35〜J37の溶接継手は、本発明の範囲内であった。具体的には、これらの溶接継手は、母材及び溶接材料の化学組成が本発明の範囲内であり、母材及び溶接材料の化学組成が式(1)を満たし、溶接材料の化学組成が式(2)を満たした。その結果、これらの溶接継手は、800MPa以上の引張強さを有し、低歪速度引張試験に合格した。
【0080】
また、これらの溶接継手は、溶接欠陥が発生していなかった。特に、試験符号J1、J5、J9、J13、J16、J22、J36の溶接継手は、溶接入熱が比較的高めであったが、溶接欠陥が発生していなかった。試験符号J35〜J37は、溶接方向が垂直あったが、溶接欠陥が発生していなかった。
【0081】
試験符号J1、J3〜J5、J7〜J9、J11〜J13、J15、J16、J18、J22、J24、及びJ35〜J37の溶接継手では、上記に加えて、表面余盛高さhが式(3)を満たした。換言すれば、これらの溶接継手では、表面余盛高さhの値がP3以上であった。その結果、これらの溶接継手は、特に高い引張強さを有していた。具体的には、これらの溶接継手は、引張試験において母材破断又はHAZ破断した。
【0082】
試験符号J19〜J21の溶接継手は、母材及び溶接金属の化学組成が本発明の範囲内であり、母材の化学組成が式(1)を満たした。しかし、これらの溶接継手は、溶接材料の化学組成が式(1)を満たさなかった。その結果、これらの溶接継手は、低歪速度引張試験に合格しなかった。
【0083】
試験符号J25〜J27、J38、及びJ39の溶接継手は、溶接材料(符号V又はW)のN含有量が多すぎた。その結果、溶接部に溶接欠陥、具体的にはブローホールが発生し、健全な継手が得られなかった。その結果、これらの溶接継手は、引張強さが800MPa以下であった。
【0084】
試験符号J28〜J30の溶接継手は、溶接材料(符号X)のSi含有量及びCr含有量が多すぎた。また、これらの溶接継手は、溶接材料の化学組成が式(1)を満たさなかった。その結果、これらの溶接継手は、低歪速度引張試験に合格しなかった。
【0085】
試験符号J31〜J34の溶接継手は、溶接材料(符号Y又はZ)の化学組成が、各々の元素の含有量は本発明の範囲内であったものの、式(2)を満たさなかった。その結果、これらの溶接継手は、引張強さが800MPa以下であった。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、高圧ガス配管、特に、高圧水素ガス配管用の溶接継手に好適に利用できる。
【要約】
高強度と優れた耐水素脆化特性とを有する溶接継手を提供する。溶接継手は、溶接材料を用いて母材を溶接した溶接継手である。母材の化学組成が、質量%で、C:0.005〜0.1%、Si:1.2%以下、Mn:2.5〜6.5%、Ni:8〜15%、Cr:19〜25%、Mo:0.01〜4.5%、V:0.01〜0.5%、Nb:0.01〜0.5%、Al:0.05%未満、N:0.15〜0.45%、O:0.02%以下、P:0.05%以下、S:0.04%以下、残部:鉄及び不純物であり、式(1)を満たす。溶接材料の化学組成は、式(1)及び式(2)を満たす。
Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Si+12.6C≧29・・・(1)
0.31C+0.048Si−0.02Mn−0.056Cr+0.007Ni−0.013Mo≦−1.0・・・(2)