特許第5851386号(P5851386)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5851386マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5851386
(24)【登録日】2015年12月11日
(45)【発行日】2016年2月3日
(54)【発明の名称】マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/88 20060101AFI20160114BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20160114BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20160114BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20160114BHJP
【FI】
   H01M4/88 C
   H01M4/86 B
   H01M4/96 B
   H01M4/86 H
   !H01M8/10
【請求項の数】4
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-266386(P2012-266386)
(22)【出願日】2012年12月5日
(65)【公開番号】特開2013-191537(P2013-191537A)
(43)【公開日】2013年9月26日
【審査請求日】2015年1月22日
(31)【優先権主張番号】特願2012-28216(P2012-28216)
(32)【優先日】2012年2月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000100780
【氏名又は名称】アイシン化工株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000615
【氏名又は名称】特許業務法人 Vesta国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】牧野 肇
(72)【発明者】
【氏名】遠山 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】柴田 幸弘
(72)【発明者】
【氏名】越智 勉
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−129310(JP,A)
【文献】 特開2007−327092(JP,A)
【文献】 特開2007−194004(JP,A)
【文献】 特開2006−066396(JP,A)
【文献】 特開2003−100305(JP,A)
【文献】 特開2004−196994(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 4/96
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボン粒子、分散剤、PTFEエマルジョン、イオン交換水を主組成とし、前記主組成の混合材料の所定量を遊星式撹拌・脱泡装置で所定時間混合分散し、その後、ポリエチレンオキサイドを増粘剤として配合し、攪拌機で混合してマイクロポーラス層用ペーストとすることを特徴とするマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法。
【請求項2】
前記カーボン粒子がアセチレンブラックであることを特徴とする請求項1に記載のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法。
【請求項3】
前記増粘剤として、粘度平均分子量が200万〜600万の範囲内のポリエチレンオキサイドを用いたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法。
【請求項4】
前記マイクロポーラス層用ペーストは、その流動曲線のずり応力/ずり速度の傾きがずり速度3〔1/S〕以上で略一定の比例関係にあることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質膜、電極基材等の表面に、カーボン粒子、水溶性樹脂等を含有するペーストを基材に塗布してガス拡散層のマイクロポーラス層を形成するマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の燃料電池、特に、固体高分子電解質型燃料電池やダイレクトメタノール型燃料電池等の電極には、高分子電解質膜、電極基材または転写用支持体の表面に、カーボン粒子等の導電材粒子を含有する塗膜層を塗布して電極が形成されている。この塗膜層を形成するためには、導電材粒子を含有するペーストを作製し、塗布する工程が必要となる。
【0003】
特許文献1は、触媒層と、導電性基材で構成される気体拡散層と、前記触媒層と前記気体拡散層との間に位置し、導電性物質、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース及びヒドロキシプロピルエチルセルロースから選択される非イオン性セルロース系列化合物である増粘剤並びにフッ素系列樹脂を含む微細気孔層とを具備し、燃料電池用電極の微細気孔層を形成する組成物の粘度を向上させ、電極製造時に使用される組成物の貯蔵安定性を向上することが可能な燃料電池の技術を開示している。
【0004】
また、特許文献2は、導電材粒子及び合成樹脂を含むペーストを調製する工程及び調製されたペーストを高分子電解質膜、電極基材または支持体の表面に塗布して塗膜層を形成する工程を有する燃料電池用電極の製造方法において、前記ペーストを調製する工程が、導電材粒子及び分散媒を強い剪断力で混合処理してペースト中の前記導電材粒子の二次粒子化を促進する工程、次いで合成樹脂分を添加し、前記合成樹脂の凝集が発生しない程度の弱い剪断力で混合処理する工程からなり、合成樹脂の添加前に強い剪断応力を付加して固形成分の二次粒子化を促進し、合成樹脂分添加後は弱い剪断応力で混合処理して樹脂の凝集が発生しないようにする技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−19300
【特許文献2】特開2003−100305
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、増粘剤が非イオン性セルロース系列化合物であり、増粘剤及びフッ素系列樹脂の混合比率は、重量比に対し,30〜80:1から30:10〜50の範囲内とし、組成物の粘度を向上させ、電極製造時に使用される組成物の貯蔵安定性を向上するものである。
【0007】
また、特許文献2についても、添加する樹脂としてはカルボキシメチルセルロース等のセルロース系を使用している。
【0008】
しかし、カーボンペーパー等の基材の表面に導電粉末と撥水性樹脂等からなるマイクロポーラス層形成用のペースト状混合物を塗布してガス拡散層を形成する燃料電池の製造方法においては、マイクロポーラス層形成用のペースト状混合物がカーボンブラック等のカーボン粒子、分散剤、PTFEエマルジョンで構成されている場合、300℃の乾燥・焼成温度で10分程度の乾燥・焼成時間で処理できるものの流動特性が悪く、生産効率を上げることができない。また、固形分であるカーボンブラック等のカーボン粒子やPTFEエマルジョンが沈降しやすく、ペーストの固液分離が生じてカーボン粒子の凝集状態変化等のペーストの変性が起こりすいため、長期保存後に塗工された場合、拡散層の性能が低下する恐れがあり、ペーストの長期保存性に課題があった。
【0009】
流動特性を良くするために、セルロース系の水溶性高分子やウレタン会合型の増粘剤を添加すると、目的の塗工性は改善されるものの、乾燥・焼成温度を350℃程度にまで上げないとマイクロポーラス層が撥水性を発現せず、乾燥から焼成までを行う乾燥工程での負荷が増える問題が生じる。
また、セルロース系の水溶性高分子やウレタン会合型の増粘剤の使用によって組成物の粘度を向上させることで貯蔵安定性が向上可能とされているものの、長期保存後に組成物を使用する(塗工を施す)際、この種の増粘剤が含まれている組成物では、剪断を加えても所望の粘度に調整することが難しく、塗工に適した粘度を確保することは困難で、塗工時の生産効率も悪くなる。
【0010】
そこで、本発明は、上記問題点を解消すべく、ガス拡散層のマイクロポーラス層形成用ペーストの増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで乾燥工程の負荷を必要以上に増大させることなく、ペーストの流動特性を改善し、塗工時の生産効率を向上させることができ、また、長期保存が可能なマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、カーボン粒子、分散剤、PTFEエマルジョン、イオン交換水を主組成とし、それらの混合材料の所定量を遊星式撹拌・脱泡装置で混合分散し、その後、ポリエチレンオキサイドを増粘剤として配合し、攪拌機で混合することでマイクロポーラス層用ペーストとするものである。
【0012】
ここで、カーボン粒子としては、例えば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、ファーネスブラック等のカーボンブラックの粒子が挙げられる。
【0013】
請求項2の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、前記カーボン粒子がアセチレンブラックとしたものである。ここでアセチレンブラックを用いるのは、純度が高くて使いやすく、燃料電池の電極に使用される塗膜層を形成するのに好適であるためである。
【0014】
請求項3の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、前記増粘剤として、粘度平均分子量が200万〜600万の範囲内のポリエチレンオキサイドを用いたものである。
【0015】
ここで、ポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が200万〜600万の範囲内とは、本発明者らが鋭意実験研究を重ねた結果、ポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が200万未満では、固形分であるカーボン粒子やPTFEエマルジョンが沈降してペーストの固液分離率が大きくペーストの長期保存が困難であり、一方、ポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が600万を超えると、イオン交換水に溶けにくくて取扱いが困難となり実用化に適さないことを見出し、この知見に基づいて設定されたものである。
なお、より好ましくは、ポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が250万〜500万の範囲内である。
【0016】
請求項4の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物のマイクロポーラス層用ペーストは、その流動曲線のずり応力/ずり速度の傾きが、ずり速度3〔1/S〕以上で略一定の比例関係にあるものである。
【0017】
ここで、ずり速度3〔1/S〕以上との特定は、ずり速度3〔1/S〕未満に降伏値が存在することを意味する。
【発明の効果】
【0018】
請求項1のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、カーボン粒子、分散剤、PTFEエマルジョン、イオン交換水を主組成とし、それらの混合材料の所定量を遊星式撹拌・脱泡装置で混合分散し、その後に、ポリエチレンオキサイドを増粘剤として配合し、攪拌機で更にそれらを混合することでマイクロポーラス層用ペーストとするものである。即ち、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで乾燥工程の負荷を必要以上に増大させることなく使用できる。更に、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性を改善し、塗工時の生産効率を向上させることができる。また、増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工工程に合致した粘度特性を持つマイクロポーラス層用ペーストを供給できる。
【0019】
特に、粘度平均分子量が200万以上の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用すると、マイクロポーラス層用ペーストの粘性が向上し、固液分離が抑制されて長期保存が可能となる。更に、保存後のマイクロポーラス層用ペーストを塗工する際には、一定の剪断を加えるだけで、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が改善されて良好な塗工性が得られ、塗工時の生産効率も良い。
【0020】
そして、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になるから、従来の拡散層に比べ電池の出力が向上する。
【0021】
また、前記マイクロポーラス層用ペーストは、流動曲線(図2参照)において、ずり速度に関係なく、ずり応力/ずり速度の傾きが一定で、ずり速度とずり応力は比例関係にあるから、このマイクロポーラス層用ペーストは増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工特性に合わせた粘度特性を持つことができ、製造品質が均一化できる。
【0022】
請求項2の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、前記カーボン粒子がアセチレンブラックとしたものである。故に、請求項1に記載の効果に加えて、アセチレンブラックは純度が高く導電性も高いため、燃料電池の電極に使用される塗膜層を形成するのに好適である。
【0023】
請求項3の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、粘度平均分子量が200万〜600万の範囲内のポリエチレンオキサイドを用いたものである。
ここで、粘度平均分子量が200万以上のポリエチレンオキサイドを用いることで、固形分であるアセチレンブラック等のカーボン粒子やPTFEエマルジョン中のPTFE樹脂の沈降を抑制でき、固液分離によるカーボン粒子の凝集状態変化等によってマイクロポーラス層用ペーストの変性が抑制できることから貯蔵安定性が向上する。更に、保存後のマイクロポーラス層用ペーストを塗工する際には、一定の剪断を加えるだけで、ポリエチレンオキサイドの高分子鎖が切断されて粘性が低下してマイクロポーラス層用ペーストの流動特性が改善され、塗工性が良好となり生産効率が向上する。また、粘度平均分子量が600万以下とすることでイオン交換水にも溶けやすくて取扱いも容易であり、マイクロポーラス層用ペーストの作製が容易にできる。
したがって、請求項1または請求項2に記載の効果に加えて、固液分離が抑制できることで貯蔵安定性が向上し、かつ、塗工時の生産効率もよく、しかも、ペーストの作製も容易にできる。
【0024】
請求項4の発明にかかるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物のマイクロポーラス層用ペーストが、その流動曲線のずり応力/ずり速度の傾きがずり速度3〔1/S〕以上で略一定の比例関係にあるから、請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の効果に加えて、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工特性に合わせた粘度特性を持たせることができ、塗工条件に合わせた粘度特性によって施工ができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は本発明の実施の形態1のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物を使用した燃料電池用ガス拡散層を有する固体高分子型燃料電池の概略構成図である。
図2図2は本発明の実施の形態1のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物と比較例1との比較を行ったずり速度、ずり応力の流動曲線の特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて説明する。
【0027】
図1の本実施の形態によるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物を用いた燃料電池用ガス拡散層が適用される固体高分子型燃料電池(単セル)の概略構成図を用いて、その構造を説明する。
【0028】
図示のように、本実施の形態によるマイクロポーラス層形成用ペースト組成物を用いた燃料電池1は、単セルの芯となる電解質膜11の一方の表面に酸素ガス等の酸化ガスが反応するカソード電極12Aを、他方の表面に水素ガス等の燃料ガスが反応するアノード電極12Bを配設してなる膜−電極接合体10と、膜−電極接合体10のカソード電極12Aの表面に配置されるカソード側セパレータ20Aと、膜−電極接合体10のアノード電極12Bの表面に配置されるアノード側セパレータ20Bとで構成されている。膜−電極接合体10は膜−電極アッセンブリ(Membrane Electrode Assembly)とも呼ばれ、燃料ガス及び酸化ガスが反応して、カソード側セパレータ20Aとアノード側セパレータ20Bとの間で電力が取り出される。
【0029】
イオン交換基となる高分子膜からなる電解質膜11は、特定のイオンと強固に結合し、陽イオンまたは陰イオンを選択的に透過する性質を有する。電解質膜11の両表面に形成される電極12(カソード電極12A及びアノード電極12B)は、触媒層13(カソード側触媒層13A及びアノード側触媒層13B)と、拡散層14(カソード側拡散層14A及びアノード側拡散層14B)とで構成される。
【0030】
燃料ガスまたは酸化ガスが反応する触媒層13(カソード側触媒層13Aまたはアノード側触媒層13B)は、白金、金、パラジウム等の貴金属触媒を、カーボンで担持した触媒担持カーボンと、触媒担持カーボンを電解質膜11と接着する樹脂とで構成されている。ガス透過性及び水透過性を有する拡散層14(カソード側拡散層14Aまたはアノード側拡散層14B)は、触媒層13(カソード側触媒層13Aまたはアノード側触媒層13B)の表面に形成される。
【0031】
拡散層14(カソード側拡散層14Aまたはアノード側拡散層14B)は、基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)とマイクロポーラス層(微多孔質層)としての表面層15(カソード側表面層15Aまたはアノード側表面層15B)とを有し、表面層15(カソード側表面層15Aまたはアノード側表面層15B)は触媒層13(カソード側触媒層13Aまたはアノード側触媒層13B)の表面に形成され、基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)は表面層15(カソード側表面層15Aまたはアノード側表面層15B)の表面に形成される。
【0032】
導電性を有する表面層15(カソード側表面層15Aまたはアノード側表面層15B)は、カーボンブラック等の粉末状の導電性材料や、炭素繊維等の繊維状の導電性材料により導電性が付与される。また、撥水性を有する表面層15(カソード側表面層15Aまたはアノード側表面層15B)は、例えば、PTFE等の撥水性樹脂により撥水性が付与されている。そして、基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)は、カーボンペーパー、カーボンクロス等の導電性多孔質材料に撥水処理を施したものからなる。
【0033】
この構成によって、外部より酸化ガスがカソード側セパレータ20Aの酸化ガス流路21Aに供給されると、酸化ガス流路21Aに沿って流れる酸化ガスのうち、一部がカソード側の拡散層14Aの基材16A側表面より内部へ浸入する。その他の未反応の酸化ガスは、酸化ガス流路21Aに沿って流れ、燃料電池1の外部へ排出される。同様に、外部より燃料ガスがアノード側セパレータ20Bの燃料ガス流路21Bに供給されると、燃料ガス流路21Bに沿って流れる燃料ガスのうち、一部がアノード側の拡散層14Bの基材16B側表面より内部へ浸入する。その他の未反応の燃料ガスは、そのまま燃料ガス流路21Bに沿って流れ、燃料電池1の外部へ排出される。
【0034】
本実施の形態では、導電性多孔質材料に撥水処理を施した基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)に対して、アセチレンブラック(電気化学工業 デンカブラック)の粉末状の導電性材料や、炭素繊維等の繊維状の導電性材料により導電性が付与され、撥水性を有する表面層15(カソード側表面層15Aまたはアノード側表面層15B)は、導電粉末としてカーボン粒子のアセチレンブラック、撥水性の樹脂としてPTFEエマルジョン(ダイキンPOLYFLON PTFE D−210C)、分散剤としてポリオキシエチレンラウリルエーテル、イオン交換水を主組成とし、その混合材を遊星式撹拌・脱泡装置(倉敷紡績株式会社 マゼルスター KK−1000W)で混合分散する。
【0035】
次に、ポリエチレンオキサイドを増粘剤として配合し、4枚プロペラの攪拌機(直径100mm、200〜300rpm)で混合することでマイクロポーラス層用ペーストを作製し、基材16に塗工することでマイクロポーラス層としての表面層15を有する拡散層14(カソード側拡散層14Aまたはアノード側拡散層14B)となる。
【0036】
マイクロポーラス層用ペースト組成物に使用する増粘剤の種類による塗工性と撥水性について検討を行った。表1に実施例及び比較例の配合組成とそれを使用した評価結果について示す。
【0037】
[実施例]
実施例1は、増粘剤にポリエチレンオキサイドを使用した。具体的にはマイクロポーラス層形成用ペースト組成物は、カーボン粒子としてのアセチレンブラック 75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル 7.5g、PTFEエマルジョン 41g、増粘剤としてのポリエチレンオキサイド 0.3〜1g、イオン交換水 375.5gの割合で配合されるが、増粘剤を配合する前の材料600gを公転8、自転9に設定した遊星式撹拌・脱泡装置で3分間混合分散し、次にこの混合材料に増粘剤としてポリエチレンオキサイドを配合して4枚プロペラの攪拌機(直径100mm、200〜300rpm)を回転させて混合することでマイクロポーラス層用ペースト組成物は実施例1のマイクロポーラス層用ペーストとなる。
【0038】
このマイクロポーラス層用ペーストを薄膜塗布工具(ダイコーター)で基材16としてのカーボンペーパー上に塗布し、その時のマイクロポーラス層用ペーストの流動状態と外観の均一性によって塗工性を評価し、その後所定温度で10分間乾燥・焼成して、マイクロポーラス層を形成した拡散層14(カソード側拡散層14Aまたはアノード側拡散層14B)を作製した。所定温度は300℃、330℃、350℃の3水準で実施した。このように作製した拡散層14のマイクロポーラス層表面の撥水性を確認するため、霧吹きでイオン交換水を吹き付け、その水滴が転落するか否かによって撥水性の評価を行った。
【0039】
実施例1のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物では、流動特性が良く、滑らかに塗布でき、塗工性は大きく改善された。また、乾燥・焼成温度を300℃でマイクロポーラス層が撥水性を発現でき、後述する比較例のように330℃以上の温度をかける必要がないため乾燥工程での負荷の増大は抑制されている。
【0040】
【表1】
【0041】
次に比較例について説明する。
[比較例]
比較例1として、増粘剤を使用していないマイクロポーラス層用ペーストを作製した。
【0042】
即ち、カーボン粒子としてのアセチレンブラック 75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル 7.5g、PTFEエマルジョン 41g、イオン交換水 331gで配合し、比較例1のマイクロポーラス層用ペーストを作製した。
マイクロポーラス層用ペーストと拡散層の作製方法及び作製した拡散層での撥水性の試験や塗工性については、実施例1と同様に行なった。また、以後に説明する比較例2乃至比較例4も同様である。
【0043】
結果、比較例1では、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が悪く均一な膜の作製ができず塗工性が好ましくなかった。また、乾燥・焼成温度を300℃でマイクロポーラス層が撥水性を発現することから、増粘剤がない組成では300℃の乾燥温度で撥水性が確保できることが確認された。
【0044】
比較例2としては、増粘剤にメチルセルロースを使用した。
【0045】
即ち、カーボン粒子としてのアセチレンブラック 75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル 7.5g、PTFEエマルジョン 41g、増粘剤 1g、イオン交換水 375.5gの割合で配合した。これは、増粘剤の種類が異なる以外は実施例1と同じである。つまり、増粘剤を除いた材料600gを公転8、自転9に設定した遊星式撹拌・脱泡装置で3分間混合分散した。次に、増粘剤としてメチルセルロースを配合し、4枚プロペラの攪拌機を回転させ、それらを混合することでマイクロポーラス層用ペーストを比較例2として作製した。
【0046】
結果、比較例2では、流動特性が良く塗工性の改善は確認された。しかし、乾燥・焼成温度を300℃では、マイクロポーラス層が撥水性を発現できなかった。乾燥・焼成温度を330℃以上では、マイクロポーラス層が撥水性を発現した。故に、比較例2は増粘剤を熱分解して撥水性を確保するために乾燥工程での温度を上げる必要があり、乾燥工程の負荷が実施例1に比べて30℃増大する結果となった。
【0047】
比較例3としては、増粘剤にヒドロキシエチルセルロースを使用した。
【0048】
即ち、カーボン粒子としてのアセチレンブラック 75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル 7.5g、PTFEエマルジョン 41g、増粘剤1g、イオン交換水 375.5gの割合で比較例2と同様に増粘剤の種類を変えて実施例1と同様の配合割合で配合した。また、作製条件も増粘剤を配合する前のペースト材料600gを公転8、自転9に設定した遊星式撹拌・脱泡装置にて3分間混合分散し、次に、増粘剤としてヒドロキシエチルセルロースを配合し、4枚プロペラの攪拌機を回転させ、それを混合することでマイクロポーラス層用ペーストを比較例3として作製した。
【0049】
結果、比較例3では、流動特性が良く塗工性は改善された。しかし、乾燥・焼成温度を300℃、330℃では、マイクロポーラス層が撥水性を発現できなかった。乾燥・焼成温度を350℃では、マイクロポーラス層が撥水性を発現した。故に、比較例3は増粘剤を熱分解して撥水性を確保するために、乾燥温度を増粘剤を使用しない比較例1やポリエチレンオキサイドを使用した実施例1に比べて50℃程度上げる必要があり、乾燥工程の負荷が増大する結果となった。
【0050】
比較例4としては、増粘剤にウレタン会合型を使用した。
【0051】
即ち、配合割合はカーボン粒子としてのアセチレンブラック75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル7.5g、PTFEエマルジョン41g、増粘剤としてウレタン会合型2.5g、イオン交換水373gとした。また作製条件は実施例1及び比較例1乃至比較例3同様に、増粘剤を配合する前の材料600gを公転8、自転9に設定した遊星式撹拌・脱泡装置にて3分間混合分散し、次に、増粘剤としてウレタン会合型を配合し、4枚プロペラの攪拌機を回転させ、それを混合することでマイクロポーラス層用ペーストを比較例4として作製した。
【0052】
結果、比較例4では、比較例3と同様、流動特性が良く塗工性は改善された。しかし、乾燥・焼成温度を300℃、330℃では、マイクロポーラス層が撥水性を発現できなかった。乾燥・焼成温度を350℃ではマイクロポーラス層が撥水性を発現した。故に、比較例4は増粘剤を熱分解して撥水性を確保するために、乾燥温度を増粘剤を使用しない比較例1やポリエチレンオキサイドを使用した実施例1に比べて50℃程度上げる必要があり、乾燥工程の負荷が比較例3同様増大する結果となった。
【0053】
上記実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物を用いた燃料電池用ガス拡散層は、カーボン粒子としてのアセチレンブラック、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル、PTFEエマルジョン、増粘剤としてのポリエチレンオキサイド、イオン交換水を所定の割合で配合するわけであるが、その製造方法は増粘剤を除いて配合した材料を公転、自転を特定の値に設定した遊星式撹拌・脱泡装置にて混合分散し、次に、この混合分散した材料に増粘剤としてポリエチレンオキサイドを配合し、それを攪拌機で混合することでマイクロポーラス層用ペーストとした。このマイクロポーラス層用ペーストを実施例1として、導電性多孔質材料に撥水処理を施した基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)にマイクロポーラス層を形成してなる拡散層14とした。
【0054】
以上の結果から、増粘剤にポリエチレンオキサイドを使用、特にポリエチレンオキサイドのみを使用することで、流動特性が良く塗工性に優れたマイクロポーラス層用ペーストとなる。また、乾燥・焼成温度300℃でマイクロポーラス層が撥水性を発現していることから、増粘剤の配合による乾燥工程の負荷がメチルセルロースやヒドロキシエチルセルロース、またはウレタン会合型を使用した時のように温度増加による乾燥工程での負荷増大を招くことなく、増粘剤のポリエチレンオキサイドは熱分解してマイクロポーラス層から揮散しマイクロポーラス層の特性に影響を与えない。つまり、塗工性の向上と撥水性を含めたマイクロポーラス層に要求される特性確保を両立することができる。
【0055】
したがって、カーボンペーパー等の基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)の表面にアセチレンブラック等の導電粉末とPTFEエマルジョン等の撥水性樹脂等からなるマイクロポーラス層形成用のペースト状混合物、即ち、マイクロポーラス層用ペーストを塗布してガス拡散層を形成する燃料電池で、マイクロポーラス層形成用のペースト状混合物がアセチレンブラック等のカーボンブラック、分散剤、PTFEエマルジョンで構成されている場合でも、300℃で10分程度で乾燥でき、しかも、流動特性が良く、生産効率を良くすることができる。特に、流動特性を良くするために、セルロース系の水溶性高分子、ウレタン会合型の増粘剤を添加しなくとも塗工性は改善され、乾燥・焼成温度を330℃程度まで上げなくても、マイクロポーラス層が撥水性を発現できてマイクロポーラス層に必要な特性が得られ、乾燥工程の負荷の増大が抑制できる。
【0056】
本実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用すると、分子量が大きくなっても焼成温度が300℃未満で熱分解し、乾燥工程の負荷の増大を抑制しつつ、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性を改善し、塗工時の生産効率を向上させることができる。
【0057】
燃料電池用ガス拡散層の増粘剤としてポリエチレンオキサイドを使用した場合には、分解温度が低く、分子量による分解温度の差が小さいから、ポリエチレンオキサイドの分子量を調整することで粘度調整が容易になる。
【0058】
因みに、
ポリエチレンオキサイド PEO-1では、熱分解温度225℃、
ポリエチレンオキサイド PEO-8では、熱分解温度231℃、
ヒドロキシエチルセルロース CF−Vでは、熱分解温度270℃、
メチルセルロース SM4000では、熱分解温度281℃、
であった。
【0059】
発明者らの実験によれば、分子量と耐熱性の関係は、同じ分子構造の場合、ある一定の分子量までは分子量が大きくなると耐熱性も良くなるが、それ以上分子量が大きくなっても耐熱性は変わらないことが確認された。また、ポリエチレンオキサイドPEOは分子量が5万以下の構造体は、ポリエチレングリコール(polyethylene glycol;PEG)と一般的に呼ばれており、発明者らの実験した商品PEO−1は5万以上の高分子量と推定される。
【0060】
上記実施の形態では、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで、乾燥工程の負荷の増大を抑制し、更にマイクロポーラス層用ペーストの流動特性を改善し、塗工時の生産効率を向上させて発電効率に大きく影響を与える拡散層の重要特性である撥水性を確保することができる。また、増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工工程に適用された粘度特性に設定できるマイクロポーラス層用ペーストとすることができる。
【0061】
また、マイクロポーラス層用ペーストは流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になるから、従来の拡散層に比べ電池の出力が向上する。
【0062】
図2は本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストの横軸にずり速度、縦軸にずり応力をとった流動曲線で、マイクロポーラス層用ペースト製造後24時間経過時の特性である。
【0063】
ここで測定には測定器(HAAKE RS600)を用いて、ずり速度を0(1/S)から50(1/S)まで1分で変化させ、更に50(1/S)から0(1/S)まで1分で戻すことによって測定した。また測定温度は25℃である。
【0064】
図2において、ずり応力/ずり速度の勾配が一定の関係にあるものをニュートン流動と云われており、本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストはずり速度に関係なくずり応力/ずり速度の傾きが一定である。本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストは、ずり速度とずり応力は比例関係にある。詳しくは、ずり速度を加えた初期から若干の流れが生じるものの、図2におけるずり速度1〔1/S〕、ずり応力7〔Pa〕の降伏値を超えると、流動を開始する所謂、ビンガム塑性と呼ばれる塑性流動となる。
【0065】
しかし、比較例1(比較例2乃至比較例4も同様の傾向)は、ずり速度を加えた初期から急激に大きなずり応力が生じ、図2におけるずり速度2〔1/S〕、ずり応力55〔Pa〕の降伏値を超えると、ずり応力がずり速度22〔1/S〕付近で急激に変化する。ずり応力から見れば、ずり速度21〔1/S〕以下でずり応力55〔Pa〕、ずり速度30〔1/S〕以上でずり応力43〔Pa〕となる。
【0066】
このように、本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストは、図2に示す流動曲線において、ずり速度に関係なく、ずり応力/ずり速度の傾きが一定であり、ずり速度とずり応力は比例関係にあることから、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工特性に合わせた粘度特性を持たせることができる。
【0067】
即ち、本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストは、図2に示す流動曲線のずり応力/ずり速度の傾き、即ち、粘性係数(粘度)が、ずり速度約3〔1/S〕以上で略一定の比例関係にあり、比較例1よりも本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストは、軟らかい特性を呈していることが分かる。また、本実施の形態よりも比較例1のマイクロポーラス層用ペーストは立ち上がり特性が急激であり、降伏値がずり速度3〔1/S〕未満に存在し、ずり速度の初期に固く、その後、若干軟化することが分かる。
【0068】
結果、本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストは、塗工条件に合わせた粘度特性によって施工ができる。
【0069】
上記実施の形態は、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで、塗工特性が向上し、将来に向けて連続高速生産に対応することができる。低温での焼成が可能であり、乾燥・焼成温度を330℃程度まで上げなくても、増粘剤を分解消失させてマイクロポーラス層が撥水性を発現でき、乾燥・焼成温度の上昇によって引き起こされる乾燥工程の負荷の増大を抑制できる。
【0070】
しかも、増粘剤の分子量と添加量を調整することで、塗工工程にあわせた粘度特性を持つマイクロポーラス層用ペーストとすることが可能となる。
【0071】
また、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になり、従来の拡散層14に比べ電池の出力が向上する。
【0072】
上記実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで、撥水性等のマイクロポーラス層に要求される特性を確保するために、乾燥工程の負荷を必要以上に増大させることなく、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性を改善し塗工時の生産効率を向上させることができる。また、増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工工程に適用された粘度特性に設定できるマイクロポーラス層用ペーストとすることができる。
【0073】
マイクロポーラス層用ペーストは流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になるから、従来の拡散層14に比べ電池の出力が向上する。
【0074】
上記実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで、塗工特性が向上し、将来に向けて連続高速生産に対応することができる。低温での焼成が可能であり、乾燥・焼成温度を330℃程度まで上げなくても、増粘剤を分解消失させてマイクロポーラス層が撥水性を発現でき、乾燥・焼成温度の上昇によって引き起こされる乾燥工程の負荷増大を抑制できる。
【0075】
しかも、増粘剤の分子量と添加量を調整することで、塗工工程にあわせた粘度特性を持つマイクロポーラス層用ペーストとすることが可能となる。
【0076】
また、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になるため、従来の拡散層に比べ電池の出力が向上する。
【0077】
ここで、マイクロポーラス層形成用ペーストを増粘させる増粘剤として使用される水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量に対する塗工性及びマイクロポーラス層用ペーストの固形分離の関係について説明する。
カーボンペーパー等の基材の表面に導電粉末と撥水性樹脂等からなるマイクロポーラス層形成用のペースト状混合物、つまりマイクロポーラス層用ペーストを塗布してガス拡散層を形成する燃料電池の製造方法において、マイクロポーラス層形成用のペースト状混合物にカーボンブラック等のカーボン粒子、分散剤、PTFEエマルジョンが使用される場合、固形分であるカーボンブラック等のカーボン粒子やPTFEエマルジョン中のPTFE樹脂が沈降してマイクロポーラス層用ペーストは固液分離が起こりやすい。
【0078】
そこで、本発明者らは、増粘剤としてのポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が異なる実施例2乃至実施例5に係るマイクロポーラス層用ペースト並びに比較例5のマイクロポーラス層用ペーストを作製し、また、増粘剤を使用しない比較例6のマイクロポーラス層用ペーストを作製し、それらマイクロポーラス層用ペーストの固形分離状態を評価した。合わせて塗工性についても評価した。
【0079】
実施例2に係るマイクロポーラス層形成用ペースト組成物は、増粘剤として粘度平均分子量が450万〜500万のポリエチレンオキサイドを用いた。具体的には、カーボン粒子としてのアセチレンブラック 75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル7.5g、PTFEエマルジョン41g、イオン交換水 243.2gの割合で配合された材料を、公転8、自転9に設定した遊星式撹拌・脱泡装置で3分間混合分散したのち、増粘剤としての粘度平均分子量が450万〜500万のポリエチレンオキサイド(明成化学工業製E−240)0.75%水溶液133.3g(固形分量1g、水分量132.3g)を加え、4枚プロペラの攪拌機(直径100mm、200〜300rpm)を回転させて混合することで実施例2に係るマイクロポーラス層用ペーストを得た。
【0080】
実施例3としては、増粘剤として粘度平均分子量が360万〜400万のポリエチレンオキサイド(明成化学工業製E−160)を用い、増粘剤としてのポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が異なる以外は実施例2と同じ条件及び配合比率で作製しマイクロポーラス層用ペーストとした。以下、実施例4乃至実施例5、比較例5も同様である。
【0081】
実施例4としては、増粘剤として粘度平均分子量が250万〜300万のポリエチレンオキサイド(明成化学工業製E−100)を用いた。
実施例5としては、増粘剤として粘度平均分子量が200万〜250万のポリエチレンオキサイド(明成化学工業製E−75)を用いた。
比較例5としては、増粘剤として粘度平均分子量が100万〜120万のポリエチレンオキサイド(明成化学工業製E−60)を用いた。
【0082】
比較例6としては、増粘剤を使用していないマイクロポーラス層用ペーストを作製した。即ち、カーボン粒子としてのアセチレンブラック 75g、分散剤としてのポリオキシエチレンラウリルエーテル7.5g、PTFEエマルジョン41g、イオン交換水 376.5gの割合で配合された材料を、公転8、自転9に設定した遊星式撹拌・脱泡装置で3分間混合分散して比較例6のマイクロポーラス層用ペーストを得た。
【0083】
そして、このようにして得られた実施例2乃至実施例5に係るマイクロポーラス層用ペースト、並びに比較例5及び比較例6のマイクロポーラス層用ペーストをそれぞれ容器に400g入れ、20℃にて12週間保管し、マイクロポーラス層用ペーストの固液分離状態の評価を行った。
固液分離状態の評価としては、保管開始前の初期の固形分に対する12週間保管後の容器底部の固形分の上昇率を指標とした。ここで容器底部の固形分とは、スポイトを容器の最下部に押し当てて採取したマイクロポーラス層用ペーストの固形分であり、保管開始前の初期の固形分も同様に最下部から採取した。また、固形分測定に際し、採取する試料量は約1gとし、水約2mlで希釈したあと乾燥を行い、その際の乾燥条件としては、100℃で1時間乾燥後、更に300℃で20分乾燥した。
【0084】
更に、20℃で12週間保管したマイクロポーラス層用ペーストをホモミキサー(TKホモミキサー MARKII 2.5型)にて3000rpmで5分間攪拌し、攪拌後のペーストの塗工性を評価した。塗工性については、保管開始前のペーストに対しても行い、塗工方法は実施例1と同様に薄膜塗布工具(ダイコーター)で基材16としてのカーボンペーパー上に塗布する方法で行った。
12週間保管後のマイクロポーラス層用ペーストの固液分離状態及び塗工性の評価結果を表2に示す。
【0085】
【表2】
【0086】
実施例2は増粘剤として粘度平均分子量が450万〜500万のポリエチレンオキサイドを使用したマイクロポーラス層用ペースト、実施例3は増粘剤として粘度平均分子量が360万〜400万のポリエチレンオキサイドを使用したマイクロポーラス層用ペースト、実施例4は増粘剤として粘度平均分子量が250万〜300万のポリエチレンオキサイドを使用したマイクロポーラス層用ペースト、及び実施例5は増粘剤として粘度平均分子量が200万〜250万のポリエチレンオキサイドを使用したマイクロポーラス層用ペーストである。
【0087】
表2から分かるように、実施例2乃至実施例5は、マイクロポーラス層用ペーストの粘性が上昇することで、容器底部に沈降する固形分(カーボン粒子(本実施の形態ではアセチレンブラック)とPTFEエマルジョン中のPTFE樹脂)の増大が少なくなり、固液分離が抑制され、沈降物も攪拌により容易に混ざり合う程度の固さであった。したがって、12週間保管後においても、攪拌によって剪断を加えることで、良好な流動特性が保持され、滑らかに塗布できて塗工性が良好であった。
特に、増粘剤として平均分子量が450万〜500万のポリエチレンオキサイドを使用した実施例2では、固形分上昇率が3%と極めて少なく、固液分離が大幅に抑制されていた。
【0088】
一方、増粘剤として粘度平均分子量が100万〜120万のポリエチレンオキサイドを使用した比較例5においては、12週間保管後の容器底部に沈降する固形分(カーボン粒子(本実施の形態ではアセチレンブラック)とPTFEエマルジョン中のPTFE樹脂)の増大は大きく(固形分上昇率:23%)、沈降物も固いものであった。そのため塗工性は、初期は粘性付与効果により良好であったが、保管後のマイクロポーラス層用ペーストは底部の沈降物を容易には均一に混合できず、所望の目付量の膜の作製ができず、長期保存後の塗工性は良好でなかった。
【0089】
比較例6は増粘剤を使用していないマイクロポーラス層用ペーストである。12週間保管後において、容器底部に沈降する固形分(カーボン粒子(本実施の形態ではアセチレンブラック)とPTFEエマルジョン中のPTFE樹脂)の増大が大きかった(固形分上昇率:25%)。また、沈降物も固く攪拌によって剪断を加えても、均一に混合するのは困難であった。比較例6は増粘剤を使用していないマイクロポーラス層用ペーストであることから、初期から塗工に適した流動特性が得られておらず、初期、長期保存後とも均一な膜の作製ができず塗工性が好ましくなかった。
【0090】
以上の結果から、増粘剤に粘度平均分子量が200万以上のポリエチレンオキサイド、より好ましくは、粘度平均分子量が250万以上のポリエチレンオキサイドを使用することで、マイクロポーラス層用ペーストの粘性が上昇し、固形分の沈降が抑えられて、マイクロポーラス層用ペーストの分散状態が長期間に亘って変化しにくくなり、長期保存が可能となる。
また、マイクロポーラス層用ペーストを使用する際には、ホモミキサー等で一定の剪断を加えることで、ポリエチレンオキサイドの高分子鎖が切断されてマイクロポーラス層用ペーストの粘性が低下し、流動特性が改善されて塗布量が均一で凹凸のないマイクロポーラス層(塗布膜)が得られる。
【0091】
したがって、本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストの粘性を増すためにマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、粘度平均分子量が200万以上、より好ましくは粘度平均分子量が250万以上の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用すると、カーボンペーパー等の基材16(カソード側基材16Aまたはアノード側基材16B)の表面にアセチレンブラック等の導電粉末とPTFEエマルジョン等の撥水性樹脂等からなるマイクロポーラス層形成用のペースト状混合物、即ち、マイクロポーラス層用ペーストを塗布してガス拡散層を形成する燃料電池で、マイクロポーラス層形成用のペースト状混合物がアセチレンブラック等のカーボン粒子、分散剤、PTFEエマルジョンで構成されている場合、固形分であるカーボン粒子やPTFE樹脂の沈降が抑制されて、固液分離によるカーボン粒子の凝集状態変化等に起因するマイクロポーラス層用ペーストの変性が抑制され長期保存が可能となる。更に、保存後のマイクロポーラス層用ペーストを塗工する際には、マイクロポーラス層用ペーストに一定の剪断を加えるだけで、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が改善される。このため、保存後においても良好な塗工性が得られ、塗工時の生産効率も良い。その上、乾燥工程における乾燥・焼成温度を330℃程度まで上げなくても、300℃で10分程度の加熱でポリエチレンオキサイドを熱分解できることから、増粘剤添加による乾燥工程の負荷増大の抑制が可能となる。
【0092】
更に、本発明者らの実験研究によれば、ポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が大きい程、マイクロポーラス層用ペーストの粘性が上昇し、固形分の沈降を抑えることができるが、ポリエチレンオキサイドの粘度平均分子量が600万を超えるとイオン交換水に溶けにくくなり取扱いが困難となるため容易にマイクロポーラス層用ペーストを作製できないことが判明している。
【0093】
したがって、長期保存が可能で、かつ、塗工時の生産効率もよいマイクロポーラス層用ペーストを容易に作製するためには、本実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤としては、粘度平均分子量が200万〜600万の範囲内の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを用いるのが好ましい。なお、より好ましくは粘度平均分子量が250万〜500万の範囲内の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドである。
【0094】
このように、燃料電池用ガス拡散層の増粘剤としてポリエチレンオキサイドを使用した場合には、分解温度が低く、分子量による分解温度の差が小さいから、ポリエチレンオキサイドの分子量を調整することで塗工工程にあった所望の粘度調整が容易になる。そして、本実施の形態のマイクロポーラス層用ペーストを増粘させるためにマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、粘度平均分子量が200万〜600万の範囲内、より好ましくは250万〜500万の範囲内の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用すると、マイクロポーラス層用ペーストの粘性が向上し、固液分離が抑制されて長期保存が可能となる。また、保存後のマイクロポーラス層用ペーストを塗工する際には、マイクロポーラス層用ペーストに一定の剪断を加えるだけで流動特性が改善され、分子量が大きくなっても焼成温度が300℃未満で熱分解しマイクロポーラス層は撥水性等の所望の特性を発現できることから、乾燥工程の負荷の増大を抑えて、良好な塗工性が得られ、塗工時の生産効率も良くすることができる。
【0095】
上記実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物は、カーボン粒子としてのアセチレンブラック、分散剤、PTFEエマルジョン、イオン交換水を主組成とし、前記主組成の混合材料の所定量を遊星式撹拌・脱泡装置で所定時間混合分散し、その後、ポリエチレンオキサイドを増粘剤として配合し、攪拌機で混合しマイクロポーラス層用ペーストとしたものである。
【0096】
増粘剤はマイクロポーラス層に残存するとマイクロポーラス層の特性に悪影響を及ぼすため乾燥と焼成を行う乾燥工程にて熱分解されるが、増粘剤の熱分解温度によっては乾燥工程の温度を、増粘剤を使用しないときに比べて高くする必要が生じ負荷が増す。そのため本発明では増粘剤に300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで増粘剤の熱分解に伴う乾燥工程での負荷を、増粘剤を使用しない場合に比べて必要以上に増大せずに負荷の抑制を可能としている。更に、塗工時にはこの増粘剤により、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性を改善し、生産効率を向上させることができる。また、増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工工程に合わせた粘度特性を持つマイクロポーラス層用ペーストを選択できる。
【0097】
また、上記実施の形態では、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで低温での焼成が可能であり、乾燥工程での乾燥・焼成温度を330℃程度まで上げなくても、マイクロポーラス層が撥水性を発現できることから、乾燥工程での負荷増大を小さく抑えることが出来る。そして、マイクロポーラス層用ペーストの増粘効果によって流動特性が改善されることで塗工特性が向上し、将来に向けて連続高速生産に対応することができる。また、増粘剤としてのポリエチレンオキサイドの分子量と添加量を調整することで塗工工程に適用された粘度特性に設定できるマイクロポーラス層用ペーストとすることができる。
【0098】
特に、上記実施の形態の増粘剤として、粘度平均分子量が200万以上、より好ましくは粘度平均分子量が250万以上の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで、固液分離が抑制されて長期保存が可能となり、更に、保存後にマイクロポーラス層用ペーストを塗工する際には、マイクロポーラス層用ペーストに一定の剪断を加えるだけで流動特性が改善されることから、良好な塗工性が得られ、塗工時の生産効率も良くなる。
また、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になるから、従来の拡散層14に比べ電池の出力が向上する。
【0099】
上記実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、カーボン粒子としてのアセチレンブラック、分散剤、PTFEエマルジョン、イオン交換水を主組成とし、前記主組成の混合材料の所定量を遊星式撹拌・脱泡装置で所定時間混合分散し、その後、ポリエチレンオキサイドを増粘剤として配合し、攪拌機で混合することでマイクロポーラス層用ペーストとしたものである。
【0100】
上記実施の形態のマイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法は、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の増粘剤として、分子量が大きくなっても300℃未満で熱分解する水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで低温での焼成が可能であり、乾燥工程の乾燥・焼成温度を330℃程度まで上げなくても、ポリエチレンオキサイドが分解消失するためマイクロポーラス層は撥水性等所望の特性が得られる。したがってポリエチレンオキサイドの分解消失のための焼成の負荷は必要以上に増大しないため、乾燥工程の負荷の増大が抑制される。また増粘剤を使用することで、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が改善されて塗工特性が向上し、将来に向けて連続高速生産に対応することができる。この際、増粘剤の分子量と添加量を調整することで塗工工程に合わせた粘度特性に設定できるマイクロポーラス層用ペーストとすることができる。
【0101】
特に、増粘剤として粘度平均分子量が200万以上、より好ましくは粘度平均分子量が250万以上の水溶性樹脂のポリエチレンオキサイドを使用することで、固液分離が抑制されて長期保存が可能となり、更に、保存後にマイクロポーラス層用ペーストを塗工する際には、マイクロポーラス層用ペーストに一定の剪断を加えるだけで、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が改善されることから、良好な塗工性が得られ、塗工時の生産効率も良い。
また、マイクロポーラス層用ペーストの流動特性が良いため、マイクロポーラス層表面が均一になりガスの拡散が均一になるから、従来の拡散層14に比べ電池の出力が向上する。
【0102】
なお、本発明を実施するに際しては、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物のその他の部分の組成、成分、配合量、材質等、また、マイクロポーラス層形成用ペースト組成物の製造方法のその他の工程について、本実施の形態に限定されるものではない。
また、本発明の実施の形態で挙げている数値は、臨界値を示すものではなく、実施に好適な適正値を示すものであるから、上記数値を若干変更してもその実施を否定するものではない。
【0103】
1 燃料電池
11 電解質膜
10 膜−電極接合体
12 電極(カソード電極12A,アノード電極12B)
13 触媒層(カソード側触媒層13A,アノード側触媒層13B)
14 拡散層(カソード側拡散層14A,アノード側拡散層14B)
15 表面層(カソード側表面層15A,アノード側表面層15B)
16 基材(カソード側基材16A,アノード側基材16B)
図1
図2