(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、この種の機械式自動変速機に用いられるクラッチには、主に、潤滑油を介して動力を接断する湿式クラッチが用いられているが、湿式クラッチの特性は温度によって影響を受けやすいという問題がある。例えば、潤滑油温度が低いと粘性増加によってトルク伝達面における油膜が厚くなり、動力伝達効率が低下する。一方、潤滑油温度が高いと粘性低下によってトルク伝達面における油膜が薄くなり、接断時にショック(ひっかかりなど)が生じやすくなる。そのため、学習を実施する際にクラッチ温度に変動が生じると、特性が安定せず、学習結果に誤差が生じて品質が低下してしまうおそれがある。
【0006】
このような問題を解決する一策として、初期設定において学習を実施する前に暖機動作を実施することによって、クラッチ温度を安定させることが有効とされている。このような暖機運転は作業者によって手動実施されているのが実情であり、人為的要因が大きいため、学習結果にばらつきが生じやすく、また効率も悪い。そこで、このような暖機動作を自動化することで人為的要因を排除し、効率化を図ることが望ましい。
【0007】
一方、初期設定でクラッチ特性について学習を実施する際には、クラッチの断接状態を示す指標であるクラッチ制御指示値とエンジンからの出力トルクを示すエンジントルク情報とを取得し、クラッチが当該クラッチ制御指示値に対応する接続状態にある場合に、クラッチを介して伝達されるトルク(実クラッチ伝達トルク)がいくらになるかを対応付けることによって学習を行う。このように学習に用いられるエンジントルク情報の誤差は、エンジン自体の暖機状態に大きく依存する性質を有している。すなわち、エンジン冷態時には潤滑油の攪拌抵抗や機械的摩擦抵抗の増加、燃焼状態のばらつきなどが影響するため、正確なエンジントルク情報を得ることができない。その結果、初期設定時の学習結果に誤差を生じさせ、自動変速機としての品質が低下してしまうおそれがある。
特にデュアルクラッチトランスミッションでは、学習精度が低下すると変速ショックの増大や、意図しない吹け上がりの発生などの悪影響が生じるため、問題となる。
【0008】
本発明は上述の問題点に鑑みなされたものであり、エンジンの暖機が確実に完了した状態で学習を行うことによって、精度のよい初期設定が可能な機械式自動変速機の初期設定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る機械式自動変速機の初期設定方法は上記課題を解決するために、潤滑油を介してエンジン動力を接断可能な湿式クラッチを有する機械式自動変速機の初期設定方法であって、前記潤滑油の温度を潤滑油温度検出手段によって検出する潤滑油温度検出工程と、前記潤滑油温度検出手段の検出値が所定潤滑油温度未満である場合に、前記潤滑油温度と暖機動作量とを予め関連付けるマップに基づいて算出された前記検出値に対応する暖機動作量に基づいて暖機動作を自動的に実施する第1の暖機工程と、前記潤滑油温度検出手段の検出値が所定潤滑油温度以上である場合に、前記第1の暖機工程における暖機動作量より短く、且つ、前記クラッチの昇温に必要な量として予め規定された暖機動作量に基づいて暖機動作を自動的に実施する第2の暖機工程と、前記第1の暖気工程又は前記第2の暖機工程を実施した後、前記エンジンの冷却水温度を冷却水温度検出手段によって検出する冷却水温検出工程と、前記冷却水温度検出手段の検出値が所定水温以上である場合に前記機械式自動変速機の特性について学習を実施する学習工程と
を備える
。
【0010】
本発明によれば、機械式自動変速機を初期設定する際に、湿式クラッチの特性を安定させるために暖機動作を実施した後、エンジンの冷却水温度が所定水温以上であることによって、エンジンの暖機が完了していることが確認された場合に学習工程を実施する。このようにエンジンの暖機が完了しているとエンジントルク情報が有する誤差も小さくなるため、学習工程において精度の高い学習を実施することができ、機械式自動変速機の品質向上を図ることができる。
【0011】
本発明の一態様では、前記冷却水温度検出手段の検出値が前記所定水温未満である場合、前記学習工程の実施を禁止する。
暖機工程では湿式クラッチを暖機することによってクラッチ特性の安定化が図られるが、この暖機動作ではエンジンに負荷が加えられるため、結果的にエンジンの暖機も促進される。そのため、暖機動作の実施後にも関わらず、エンジンの冷却水温度が低温のままである場合には、系に何らかの異常が存在する可能性が考えられるため、学習工程を禁止する。これにより、異常が存在する状態のまま不正確な学習が実施されることを回避でき、機械式自動変速機の品質を確保することができる。
【0012】
本発明の他の態様では、前記暖機工程では、前記エンジンの回転数を増加すると共に前記湿式クラッチをスリップさせることによって、前記エンジンを暖機する。
暖機工程では暖機動作によって湿式クラッチを昇温することによってクラッチ特性の安定化が図られるが、この態様によれば、当該暖機動作においてエンジン回転数を増加させると共に湿式クラッチをスリップ制御させることでエンジンに負荷を与える。その結果、暖機工程において湿式クラッチのみならず、エンジンの暖機も実施することができる。これにより、初期設定に要する期間を効果的に短縮し、効率化を図ることで初期設定の作業効率を向上させることができる。
【0013】
本発明の他の態様では、前記冷却水温度検出手段は、前記エンジンの冷却水回路のうちサーモスタットの上流側に配設されている。
一般的に冷却水回路はサーモスタットによってラジエータへの冷却水供給を切り換えているが、この態様によれば、冷却水回路のうちサーモスタットの上流側に冷却温度検出手段を配設することによって、エンジンの冷態時に冷却水のラジエータへの供給が禁止されている間であっても、エンジン内部の冷却水温度を検知することによってエンジンの暖機状態を迅速に検出することができる。その結果、暖機動作の実施期間を短縮でき、初期設定制御の効率化を図ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、機械式自動変速機を初期設定する際に、湿式クラッチの特性を安定させるために暖機動作を実施した後、エンジンの冷却水温度が所定水温以上であることによって、エンジンの暖機が完了していることが確認された場合に学習工程を実施する。このようにエンジンの暖機が完了しているとエンジントルク情報が有する誤差も小さくなるため、学習工程において精度の高い学習を実施することができ、機械式自動変速機の品質向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を例示的に詳しく説明する。但し、この実施の形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りはこの発明の範囲をそれのみに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【0017】
図1は機械式自動変速機を搭載する車両の駆動系を概念的に示す図であり、
図2は
図1の構成例を示す摸式図である。
車両1には走行用動力源としてディーゼルエンジン(以下、適宜「エンジン」と称する)2が搭載されており、圧縮着火燃焼により発生させた動力を出力する。エンジン2の出力動力はクランクシャフト3で回転運動に変換後、出力軸4から出力される。該出力軸4はデュアルクラッチトランスミッション5の入力軸に連結されている。
【0018】
デュアルクラッチトランスミッション5は機械式自動変速機の一例であり、エンジン2からの動力を断接するクラッチ7と、該クラッチ7を介して伝達された動力を所定の減速比で変速して駆動輪側に伝達する変速機8と、該変速機8の変速段を切換制御するギヤシフト部19とを有している。
尚、ギヤシフト部19は変速機8内の各変速段に対応する図示されないシフトフォークを作動させる複数の油圧シリンダと、該油圧シリンダを作動させる図示されない複数の電磁弁を内蔵している。電磁弁は、変速機8の変速段を選択するチェンジレバー18の切換操作に応じて対応する変速段の油圧シリンダを作動させ、シフトフォークが操作される。
【0019】
デュアルクラッチトランスミッション5の詳細は、例えば特開2009−035168号公報などに記載されているので本願明細書では概略説明にとどめる。
デュアルクラッチトランスミッション5は、奇数変速段と偶数変速段とを相互に独立した動力伝達系を有しており、いずれか一方で動力伝達しているときに他方を次に予測される変速段に予め切り換えておくことで、動力伝達を中断することなく、変速動作を完了するシステムである。
【0020】
本実施例では、クラッチ7はインナークラッチ7a及びアウタークラッチ7bを有しており、それぞれ変速機8の奇数変速段及び偶数変速段に接続されている。このように、デュアルクラッチトランスミッション5はインナークラッチ7aを含む動力伝達系と、アウタークラッチ7bを含む動力伝達系の2系統を有している。
【0021】
クラッチ7は潤滑油を介して動力を伝達する湿式クラッチであり、油圧を供給するための油圧回路10が接続されている。油圧回路10上には、潤滑油を圧送することで所定油圧を印加可能なオイルポンプ22が設けられており、インナークラッチ7a及びアウタークラッチ7bに対応して2系統(10a及び10b)に分岐している。油圧回路10a及び10bには、それぞれに油圧制御用のリニアソレノイドバルブ11a及び11bが設けられている。インナークラッチ7a及びアウタークラッチ7bの断接状態は、それぞれリニアソレノイドバルブ11a及び11bの開度を調整することによって印加油圧を制御することにより、インナークラッチ7a及びアウタークラッチ7bの押しつけ圧力を調整して制御される。
【0022】
オイルポンプ22はエンジン2の出力軸4に設けられたギヤポンプであり、エンジン1の回転によって駆動される。そのため、エンジン2の停止時には油圧回路10の油圧は低下しているが、エンジン2を始動するとオイルポンプ22は潤滑油の圧送を開始することによって、クラッチ7の断接制御に必要な油圧が供給される。
また油圧回路10にはオイルクーラ13が設けられており、クラッチ7で昇温された潤滑油を放熱して、潤滑油温度を適切な温度範囲に保持可能に構成されている。潤滑油の温度は、潤滑油回路10に設けられた潤滑油温度センサ14によって監視されており、その検出値は後述するECU20において各種制御に利用される。
【0023】
エンジン2には冷却水が循環する冷却水回路が内蔵されており、その一部がエンジン2外部に配設されたラジエータ12に接続されている(
図2では、エンジン2の外部に見える冷却水回路を符号15で示している)。冷却水回路15には冷却水温度に応じて冷却水の流量制御を行うサーモスタット16が設けられており、冷却水の温度管理を行なっている。例えば冷却水温が低い場合にはサーモスタット16が閉状態に切り換えられ、冷却水はエンジン2の内部で循環されることにより迅速に昇温される(この場合、サーモスタット16によってラジエータ12への冷却水供給は行われない)。一方、冷却水温度が十分に昇温されると、サーモスタット16が開状態に切り換えられ、冷却水がラジエータ15側に送られて放熱されることで、適切な温度範囲に維持される。
冷却水回路15のうちサーモスタット16の上流側(エンジン2の内部側)には、冷却水温度を監視するための冷却水温度センサ17が設置されており、その検出値は後述するECU20において各種制御に利用される。
【0024】
ECU20は車両1で必要となる各種制御(例えばエンジン2の運転制御(燃料噴射時期や燃料噴射量の制御など)をはじめ、後述するデュアルクラッチトランスミッション5の初期設定制御など)を実施する電子制御ユニットであり、潤滑油温度センサ14や冷却水温度センサ17などの各種センサ類から取得した検出値に基づいて、予めメモリ等の記憶部に記憶された制御ロジックに従って制御を実施する。
【0025】
デュアルクラッチトランスミッション5では機械的な変速動作が実施されるため、構成部品の製造ばらつきによって個体間に特性差が生じやすい。そこで、例えば新たにデュアルクラッチトランスミッション5を車両1に搭載する場合(具体的には、製造ラインで製造された車両の工場出荷前や、サービス拠点での交換作業時など)や、デュアルクラッチトランスミッション5の潤滑油交換時などのように、機械的性能が初期化された際には、以下説明する初期設定制御を実施する。
【0026】
図3は初期設定制御のフローチャートである。
初期設定制御を開始する際には、ECU20によって所定の開始条件が成立したか否かが判定される(ステップS101)。開始条件が成立した場合(ステップS101:YES)、ECU20はメモリ等の記憶部に予め記憶したプログラムを実行することによりによって自動シーケンス制御を開始することによって、以下の各種処理を実施する(ステップS102)。
【0027】
ここでステップS101における開始条件の判定プロセスを、
図4を参照して段階的に説明する。
図4は、
図3のステップS101における開始条件の判定プロセスの詳細を示すフローチャートである。
まずステップS201では、車両1の運転モードを通常状態から、初期設定を実施するための初期設定モード待機状態に移行するための条件が判定される。ここではオペレータによって以下の条件(a)〜(h)が順次実施された場合に、当該条件を満足したものと判定される。
(a)車両が平滑路で停車状態にあること。
(b)始動キーがON操作されたこと。
(c)エンジンが停止状態にあること。
(d)エアコン、架装物負荷(冷凍機用コンプレッサーなど)及び排気ブレーキスイッチがOFF状態にあること。
(e)アクセルペダルがON操作されていること。
(f)フットブレーキがON操作されていること。
(g)チェンジレバーがDレンジ(走行レンジ)に所定期間保持された後にA/Mレンジ(変速ギヤ段が維持されるマニュアルレンジ)に保持されていること。
(h)パーキングブレーキが所定期間ON操作された後に所定期間OFF操作され、更に強めにON操作されること。
このような条件(a)〜(h)を判定することで、後述する暖機動作を実施した際に車両1が停車状態を安全に確保することができ、特に条件(d)ではエンジン出力の一部がこれらの機器で消費されることを防止することで、エンジン1の出力をデュアルクラッチトランスミッション5側に確実に伝達し、エンジントルク情報の精度を確保できる(すなわち、ECU20がエンジン1の出力トルクとして取得する値と、実際にデュアルクラッチトランスミッション5に伝達されるトルク値との間の誤差を小さくすることができる)。
【0028】
条件(a)〜(h)が満足されたと判定された場合(ステップS201:YES)、ECU20は車両1を初期設定モード待機状態に移行し(ステップS202)、オペレータによって更に次の操作(i)(j)が行われたか否かを判定する(ステップS203)。
(i)アクセルペダルをOFF操作すること。
(j)チェンジレバーをPレンジに操作すること。
操作(i)(j)が確認されると(ステップS203:YES)、ECU20はエンジン2を自動始動し(ステップS204)、自動シーケンス制御を実施することにより初期設定制御を開始する(ステップS102)。このように操作(i)(j)を判定することで、オペレータが初期設定モード待機状態から実際に以下の制御を実行する意思を有しているか否かを確認することができる。
尚、ステップS204におけるエンジン始動は作業者の手動によって実施し、ECU20がエンジン始動を検知することによって自動シーケンス制御を開始するようにしてもよい。
【0029】
図3に戻って、ステップS102で自動シーケンス制御が開始されると、ECU20は熱分散制御を実施する(ステップS103)。熱分散制御では、予め設定された所定期間(例えば30秒間)待機することによって、クラッチ7などの発熱要因の熱溜まりを分散させる。例えば初期設定制御の開始前に、クラッチ負荷の高い走行を行った場合や、初期設定制御を一旦中断して再実施する場合には、クラッチ7に熱量が蓄積されている。このような場合、発熱要因の蓄積熱が潤滑油等に十分分散するのを待つことによって、油圧回路10上に設置された潤滑油温度センサ14で正確な温度検知が可能になる。
【0030】
油圧回路10上に設置された潤滑油温度センサ14は、インナークラッチ7a及びアウタークラッチ7bなどの暖機動作時に発熱要因として機能する部位から少なからず離れた位置に配設されているため、これらの発熱要因から出力された熱量が潤滑油温度センサ14に伝達されるまでには時間を要する。そのため、ステップS103では熱分散に必要な期間待機することによって、潤滑油温度センサ14の検出値に含まれるタイムラグ要因を排除して、検出精度を向上することができる。
【0031】
尚、熱分散制御を実施している間、ECU20はエンジン2の回転数をアイドル回転数から上昇させることで、熱分散を促進するとよい。油圧回路10に設けられたオイルポンプ22はエンジン2の出力軸4に連動して作動するため、エンジン回転数を上昇させることによって、油圧回路10における循環量を増加させ、発熱要因からの熱分散を促進することができる。このように熱分散を迅速に実施することによって、初期設定制御の所要時間を短縮することができ、効率化を図ることができる。
【0032】
熱分散制御における待機期間では、この時間を利用して初期設定制御に関する他の制御を行うことによって、初期設定制御の所要時間の短縮を図るとよい。当該他の制御は、潤滑油温度による影響が少ないものである範囲において限られないが、本実施例では特に、約30秒間の待機期間を2段階に分けて、ギヤシフト位置の学習制御(20秒間)や、クラッチ7を作動させるためのシリンダ機構(不図示)への作動油充填制御(10秒間)を実施している。
【0033】
尚、ギヤシフト位置の学習制御では、デュアルクラッチトランスミッション5の変速動作を実施するギヤシフト部19において、位置センサでの検出値と、各変速段に対応するギヤ位置との対応付けを行う。また作動油充填制御では、クラッチ7を駆動するためのシリンダ機構に対して、オイルパンから作動油(潤滑油と同様)をオイルポンプによって汲み上げて充填する。
このように熱分散制御での待機期間を利用して他の制御を実施することで、初期設定制御を効率的に実施できる。
【0034】
熱分散制御が完了すると、ECU20は潤滑油温度センサ14の検出値を取得することにより、潤滑油温度TLが所定値TL1(例えば45℃)より低いか否かを判定する(ステップS104)。潤滑油温度TLが所定値TL1より低い場合(ステップS104:YES)、潤滑油が低温であるために暖機動作を実施する必要があると判断し、当該暖機動作に必要な暖機動作量Qの算出を行う(ステップS105)。
【0035】
図5は、暖機動作の実施状態、潤滑油温度センサ14の検出値、当該暖機動作によって供給されるエネルギー積算値の推移を示すタイムチャートである。ここでは、
図5(a)に示すように、時刻t1から時刻t2にかけて暖機動作を実施した場合における、潤滑油温度センサ14の検出値とエネルギー積算値をそれぞれ
図5(b)及び
図5(c)に示している。
【0036】
時刻t1から時刻t2に実施された暖機動作に対して、潤滑油温度センサ14の検出値は、時刻t1から遅れるタイミングで、初期値TL0(0℃)から目標値TL1(50℃)まで上昇している。上述したように、潤滑油温度センサ14は暖機動作の実施時に発熱要因となるクラッチ7から離れた位置に設けられているため、当該検出値TLにはセンサ取り付け位置に応じたタイムラグを有している。このように潤滑油温度センサ14の検出値にはタイムラグを有しているため、仮に当該検出値TLに基づいて暖機動作量Qをフィードバック的に制御すると、供給エネルギーが過剰になってしまい、潤滑油温度が目標値を超えてしまう。
【0037】
そこでステップS105では、潤滑油温度センサ14の検出値と当該検出値が得られた場合の潤滑油を目標値TL1まで昇温するための暖機動作量Qとの関係を予めマップ21として用意しておき、実際の潤滑油温度センサ14の検出値TLを当該マップ21に当てはめることによって、暖機動作量Qを算出する。このようなマップ21はECU20に内蔵されたメモリなどの記憶部に予め記憶されている。
【0038】
マップ21の一例を
図6に示す。この例では、暖機動作量Qとして所望の潤滑油や機器を目標温度まで暖機するために必要な仕事量が規定されており、潤滑油温度TLが高くなるに従って、暖機動作量Qが減少する傾向が示されている。すなわち、潤滑油温度TLが低いと昇温に必要なエネルギーが多くなるため暖機動作量Qは多くなり、一方、潤滑油温度TLが高いと昇温に必要なエネルギーが少なくなるため暖機動作量Qは少なく傾向が表れている。
図6のマップ21によれば、潤滑油温度TLを0℃から50℃に昇温する場合に必要となる暖機動作量Qは2KJであり、25℃から50℃に昇温する場合に必要となる暖機動作量Qは1KJである。
【0039】
尚、暖機動作時の発熱要因からの出力が略一定にみなせる場合、暖機動作量Qとして暖機動作の実施期間tをパラメータとしてマップ21を設定してもよい(すなわち、タイマー制御で暖機動作を実施してもよい)。この場合、マップ21には潤滑油温度TLと、当該温度に対応する暖機動作の実施期間tを規定することで、次式
暖機動作量=単位時間当たりの暖機エネルギー源の出力×暖機動作の実施期間
に基づいて暖機動作量Qを算出することができる。この場合、暖機動作を実施するための制御ロジックを簡略化できる点で有利である。この場合に対応するマップ21の一例を
図7に示す。
【0040】
図3に戻って、このように暖機動作量Qが算出されると、ステップS106では第1の暖機工程が実施される。第1の暖機工程では、暖機動作によって発熱要因から出力されたエネルギー積算値が、ステップS105で算出した暖機動作量Qに到達するまでの間、暖機動作が実施される。すなわち、ECU20は暖機動作が実施されている間、当該暖機動作によって供給されたエネルギー量を随時積算し、その積算量が暖機動作量Qに到達するタイミングで暖機動作を終了する(
図5(c)を参照)。
尚、ステップS106では、ECU20はエンジン2の回転数を上昇することで潤滑油の撹拌抵抗を発生させつつ(例えば、エンジン回転数をアイドル回転数650rpmから1750rpm程度まで上昇させる)、クラッチ7にスリップによる摩擦熱が発生するように半クラッチ制御を行うことにより、暖機動作を実施する。
【0041】
尚、暖機動作の実施中は、エンジン2が始動している状態でクラッチ7が半クラッチ制御されるので駆動輪側に動力が少なからず伝達されるが、上記開始条件にて停車状態が確保されているため(ハンドブレーキがON操作されている等)、車両1がオペレータの意思に反して移動することはなく、安全に暖機動作を実施できるようになっている。
【0042】
第1の暖機工程で暖機動作が開始されると、ECU20は潤滑油温度TLが所定値TL1未満であり、且つ、クラッチ温度TCが所定値TC1未満であるかを判定することによって、暖機動作中に潤滑油及びクラッチ7が過剰に昇温されていないか否か監視する(ステップS107)。このように潤滑油温度TLだけでなくクラッチ温度TCについても監視を行う理由は、上述したように潤滑油とクラッチ7のとの間に温度差が存在する場合があるからである。
尚、クラッチ温度TCをセンサによって直接計測することが困難である場合には、例えばエンジン2からクラッチ7までの入力系の回転数と、クラッチ7から駆動輪までの出力系の回転数との差を算出した回転数差と、エンジン2の軸トルクとの積からクラッチ7の発熱量を算出することにより、クラッチ温度を推定して用いるとよい。
【0043】
ステップS107で潤滑油やクラッチ7に過剰な昇温が確認されなかった場合(ステップS107:YES)、ECU20はステップS105で算出した暖機動作量Qに従って暖機動作を継続し、供給されたエネルギー積算値が暖機動作量Qに到達するタイミングで暖機動作を完了する(ステップS108)。
一方、ステップS107で潤滑油及びクラッチ7に過剰な昇温が確認された場合(ステップS107:NO)、仮に暖機動作を継続すると潤滑油やクラッチ7が更に昇温されて損傷するおそれがあるため、供給されたエネルギー積算値が暖機動作量Qに到達するのを待たずに、暖機動作を途中で中断する(ステップS109)。
【0044】
このように第1の暖機工程では、マップ21に基づいて算出した暖機動作量Qに従って暖機動作を行うことによって、潤滑油温度センサ14の検出値が有するタイムラグの影響を排除して、精度よく暖機制御を実施することができる。
またマップ21に基づいて算出した暖機動作量Qに従って暖機動作を実施することで、加熱速度が急速な暖機動作の実施が可能となる。仮に潤滑油温度センサ14の検出値に基づいてフィードバック的に暖機動作を行うとタイムラグに起因した検出誤差が生じるため、加熱速度を低くせざるを得ないが、本実施例では、マップ21に基づいて必要な暖機動作量Qを精度よく求めることができるので、加熱速度を急速に設定することが可能になる。その結果、暖機完了までに要する時間を短縮でき、初期設定制御を効率化できる。
【0045】
一方、ステップS104で潤滑油温度TLが所定値TL1以上である場合(ステップS104:YES)、ECU20は第2の暖機工程を実施する(ステップS110)。この場合、潤滑油温度センサ14の検出値に基づいて潤滑油は既に十分昇温されていることが確認できているが、上述したようにクラッチ7と潤滑油との間には温度差がある場合がある。そのため、潤滑油の暖機は十分であっても、クラッチ7の暖機は不十分な場合がある。ステップS110では、潤滑油温度が十分に高い場合であっても暖機動作を実施することによって、クラッチを昇温させることで、確実に暖機を完了させる。
【0046】
第2の暖機工程で実施される暖機動作は、前記第1の暖機工程と同様に、例えば、エンジン回転数を上昇することで潤滑油の撹拌抵抗を発生させつつ(例えば、エンジン回転数をアイドル回転数650rpmから1750rpm程度まで上昇させる)、クラッチ7をスリップして摩擦熱が発生するように半クラッチ制御を行う。ただし、ステップS110では、潤滑油の暖機は既に完了していることが確認されているため、クラッチ7を昇温するために必要な暖機動作量を供給すれば足りる。一般的にクラッチ7は熱容量が少ないため、潤滑油とクラッチ7の双方を昇温する必要がある第1の暖機工程に比べて、短い暖機動作期間で済む。すなわち、第1の暖機工程と第2の暖機工程とでは、エンジン回転数を上昇すると共にクラッチをスリップさせる点では共通しているが、第2の暖機工程はこのような暖機動作を実施する期間が第1の暖機工程に比べて短くて済む。
【0047】
このように各ケースに応じて暖機動作を実施した後、ECU20は所定期間待機することにより熱分散制御を実施する(ステップS111)。これにより、上述の第1の暖機工程及び第2の暖機工程で潤滑油及びクラッチに与えられた熱量を分散させ、クラッチ特性を安定化できる。
【0048】
続いてECU20は冷却水温度センサ17の検出値TWを取得することにより、エンジン2の冷却水温度が所定値TW1以上である否かを判定する(ステップS112)。後述する学習工程では、ECU20はクラッチ7の断接状態を示す指標であるクラッチ制御指示値とエンジン2からの出力トルクを示すエンジントルク情報Fとを取得し、実際にクラッチ7を介して伝達されるトルク(実クラッチ伝達トルク)がいくらになるかを学習する。このように学習工程で用いられるエンジントルク情報Fに含まれる誤差の大きさは、エンジン2の暖機状態に依存する。
【0049】
図8はエンジン2の冷却水温度TWとエンジントルク情報Fに含まれる誤差との関係を示すグラフである。これに示すように、冷却水温度TWが低温になるに従って誤差が増加する傾向があり、特に誤差が10%を超えると学習精度に大きな影響を与えるため問題となる。これは、エンジン冷態時には潤滑油の攪拌抵抗や機械的摩擦抵抗の増加、燃焼状態のばらつきが影響し、正確なエンジントルク情報を得ることができないことに起因するものと考えられる。
このようにエンジン2の暖機が不十分な場合に学習を実施すると、学習結果にも相応の誤差が含まれることとなり、品質低下につながるおそれがある。特にデュアルクラッチトランスミッション5では、学習精度が低下すると変速ショックの増大や、意図しない吹け上がりの発生などの悪影響が生じるため、問題となる。
【0050】
このような問題に鑑み、ステップS112ではエンジン2の冷却水温度TWが所定値TW1以上であるか否かを判定することにより、エンジン2が暖機されており、エンジントルク情報Fの誤差が十分に小さいかを確認する。冷却水温度TWが所定値TW1以上である場合(ステップS112:YES)、エンジントルク情報Fの誤差が小さいとして、学習工程を実施する(ステップS113)。
【0051】
尚、上述したように第1又は第2の暖機工程で暖機動作を実施する際にエンジン2に負荷が与えられているため、車両1が正常な状態であれば、基本的にステップS112では冷却水温度TWは所定値TW1以上であり、エンジン2の暖機は完了していなければならない。それにもかかわらず、ステップS112において冷却水温度TWが所定値TW1未満である場合には(ステップS112:NO)、車両1に何らかの不具合が存在する可能性があるため、学習工程を実施することなく、初期設定制御を終了する(END)。
【0052】
尚、ステップS112で冷却水温度TWが所定値TW1未満である場合に(ステップS112:NO)、エンジン2の暖機動作を更に継続することにより、冷却水温度TWが所定値TW1以上に到達するまで待機した後、学習工程を実施するようにしてもよい。
【0053】
尚、ステップS112で判定閾値として使用される所定値TW1は、エンジントルク情報Fの誤差が学習に与える影響が許容できる範囲として規定するとよく、好ましくはエンジントルク情報Fの誤差が10%以内になる範囲がよい。更に好ましくは、エンジン2の冷却水温度TWが15〜20℃以上になる温度範囲で設定するとよい。
【0054】
ここで、ステップS112の判定に使用される冷却水温度TWは冷却水温度センサ17の検出値が用いられるが、該冷却水温度センサ17は冷却水回路15のうちサーモスタット16の手前側(上流側)に配設されている。エンジン2の冷態時、サーモスタット16が閉じられることによって冷却水はラジエータ側に循環せず、エンジン2の内部で昇温される。冷却水温度センサ17をサーモスタット16より上流側(エンジン2の内部側)に配置することにより、エンジン2の暖機が完了するのを早いタイミングで検出することができるため、暖機動作の実施期間を短縮でき、初期設定制御を効率化できる。
【0055】
ステップS113では学習工程を実施する。クラッチ7は湿式クラッチであるため、温度によって影響を受けやすい特性を有しているが、上述したように暖機動作を実施することによってクラッチ7や潤滑油を適切な温度に管理することができ、安定した機器特性のもとで学習を実施することができる。これにより、初期設定作業時の温度管理が確実になされ、暖機不足による初期設定精度不良が排除でき、品質確保を図ることができる。
【0056】
以上説明したように、初期設定する際に潤滑油温度センサ14の検出値に基づいて潤滑油の温度が低温であると判定された場合に、自動的に暖機動作を実施する。従来、暖機動作は手動操作により実施されていたが、暖機動作を自動化することで人為的要因を排除し、高精度且つ効率的に初期設定を実施することができる。その結果、機械式自動変速機の品質向上、並びに、初期設定作業の効率化を図ることができる。