特許第5851520号(P5851520)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5851520軟骨細胞が付着した多孔質体の長期保存方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5851520
(24)【登録日】2015年12月11日
(45)【発行日】2016年2月3日
(54)【発明の名称】軟骨細胞が付着した多孔質体の長期保存方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20160114BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20160114BHJP
【FI】
   C12N5/00 202G
   !C12M3/00 A
【請求項の数】10
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2013-547240(P2013-547240)
(86)(22)【出願日】2012年11月30日
(86)【国際出願番号】JP2012081134
(87)【国際公開番号】WO2013081122
(87)【国際公開日】20130606
【審査請求日】2014年2月6日
(31)【優先権主張番号】特願2011-263837(P2011-263837)
(32)【優先日】2011年12月1日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人科学技術振興機構の独創的シーズ展開事業の委託開発「先天性顔面疾患に用いるインプラント型再生軟骨」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】593059773
【氏名又は名称】富士ソフト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】特許業務法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原井 基博
(72)【発明者】
【氏名】館山 俊晶
【審査官】 荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/135103(WO,A1)
【文献】 KO, E.C., et al.,J. Biomed. Mater. Res. Part A,2011年 3月 9日,Vol.97A,pp.186-192
【文献】 FREED, L.E., et al.,Biotechnology and Bioengineering,1994年,Vol.43,pp.597-604
【文献】 FREED, L.E., et al.,Exp. Cell. Res.,1998年,Vol.240,pp.58-65
【文献】 FREED, L.E., et al.,Journal of Biomedical Materials Research,1993年,Vol.27,pp.11-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00− 5/077
C12M 3/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟骨細胞付着多孔質体を密封状態で少なくとも14日間に亘り長期保存する方法であって、
単離された軟骨細胞を2〜3%アテロコラーゲンに1.0×10cells/ml〜1.0×10cells/mlの投与細胞濃度で懸濁して細胞懸濁液を調製することと、
前記の細胞懸濁液を生体適合性の多孔質体に播種することと、
前記細胞懸濁液を前記多孔質体においてゲル化して軟骨細胞付着多孔質体を得ることと、
前記軟骨細胞付着多孔質体を、投与生細胞数1.0×10cellsあたり1mL以上の量の、インスリン、線維芽細胞成長因子および5%以上の血清を含む培地中で、培地の振盪速度が、0cm/sよりも大きく2.8cm/s以下の範囲で振盪しながら、26〜37℃で密封状態で維持することと、
を具備する方法。
【請求項2】
前記振盪速度が、1.6cm/s〜2.8cm/sの範囲である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記振盪速度が、振盪振り幅が直線の場合には少なくとも一方向に10mm〜50mm、円方向の場合にはその直径が10mm〜50mmであり、振盪速度15rpm〜90rpmの範囲での振盪により達成される請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記軟骨細胞が耳介軟骨細胞であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記血清濃度が培地中に5体積%以上で含まれることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記血清濃度が培地中に10体積%以上で含まれることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記培地がDMEM/F12であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記保存温度が30℃〜34℃であることを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。
【請求項9】
軟骨細胞付着多孔質体を密封状態で少なくとも14日間に亘り長期保存する方法であって、
単離された軟骨細胞を2〜3%アテロコラーゲンに1.0×10cells/ml〜1.0×10cells/mlの投与細胞濃度で懸濁して細胞懸濁液を調製することと、
前記の細胞懸濁液を生体適合性の複数の多孔質体に対して播種することと、
前記複数の多孔質体のそれぞれにおいて前記細胞懸濁液をゲル化して、複数の軟骨細胞付着多孔質体を得ることと、
前記複数の軟骨細胞付着多孔質体のそれぞれを、投与生細胞数1.0×10cellsあたり1mL以上の量の、インスリン、線維芽細胞成長因子および5%以上の血清を含む培地中で、培地の振盪速度が、0cm/sよりも大きく2.8cm/s以下の範囲で振盪しながら、26〜37℃でそれぞれ密封状態で少なくとも14日間に亘り維持することと、
を具備する方法。
【請求項10】
軟骨細胞付着多孔質体を密封状態で少なくとも14日間に亘り長期保存する方法であって、
単離された軟骨細胞を2〜3%アテロコラーゲンに1.0×10cells/ml〜1.0×10cells/mlの投与細胞濃度で懸濁して細胞懸濁液を調製することと、
前記の細胞懸濁液を生体適合性の複数の多孔質体に対して播種することと、
前記複数の多孔質体のそれぞれにおいて前記細胞懸濁液をゲル化して、複数の軟骨細胞付着多孔質体を得ることと、
前記複数の軟骨細胞付着多孔質体のうちの少なくとも1つを無菌試験用とし、残りの当該軟骨細胞付着多孔質体を、当該軟骨細胞付着多孔質体毎に、投与生細胞数1.0×10cellsあたり1mL以上の量の、インスリン、線維芽細胞成長因子および5%以上の血清を含む培地中で、培地の振盪速度が、0cm/sよりも大きく2.8cm/s以下の範囲で振盪しながら、26〜37℃で、密封状態で少なくとも14日間に亘り維持することと、
を具備する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軟骨細胞が付着した多孔質体を長期に保存するための保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、軟骨細胞を培養して得られた培養軟骨組織をリン酸緩衝液、リンゲル系保存液、または生理食塩水等の等張塩類溶液を用いて2〜25℃で10日間に亘り保存する方法が開示されている。
【0003】
特許文献2には、細胞保存液に細胞を浸漬する細胞保存方法であって、隣接する2つの細胞集合体の回転速度を測定し、その回転速度に基づいて細胞保存液のエネルギ源の濃度または量を相違させ、細胞活性を維持しつつ細胞増殖能を鈍化させる方法が開示されている。
【0004】
特許文献1に記載の方法は輸送期間を意図した保存(10日程度)を目的としており、薬局方で定められた無菌試験で求められる14日の期間について保存を意図したものではない。
【0005】
特許文献2では隣接した2つの細胞集合体の回転速度が細胞活性を維持しつつ細胞増殖能を鈍化させる範囲となるよう細胞保存液のエネルギ源や量を異ならせるものであるために培地が交換できない状況では適用することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−95152号公報
【特許文献2】特許第4230750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、培地交換を必要とせずに軟骨細胞が付着した多孔質体を長期に保存する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するための本発明は、
軟骨細胞が付着した多孔質体を密封状態で少なくとも14日間に亘り長期保存する方法であって、
単離された軟骨細胞をアテロコラーゲンに1.0×10cells/ml〜1.0×10cells/mlの投与細胞濃度で懸濁して細胞懸濁液を調製することと、
前記の細胞懸濁液を多孔質体に播種することと、
前記細胞懸濁液を前記多孔質体においてゲル化して軟骨細胞が付着した多孔質体を得ることと、
前記軟骨細胞が付着した多孔質体を、投与生細胞数1.0×10cellsあたり1mL以上の量の、インスリン、線維芽細胞成長因子および5%以上の血清を含む培地中で、培地の振盪速度が、0cm/sよりも大きく2.8cm/s以下の範囲で振盪しながら、26〜37℃で維持することと、
を具備する方法
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明に従うと、培地交換を必要とせずに軟骨細胞が付着した多孔質体を長期に保存することが可能になる。それにより、軟骨細胞が付着した多孔質体の無菌状態を無菌試験により確認することができる。また本発明に従うと、長期保存中において、多孔質体に付着した軟骨細胞の過増殖を防ぐことが可能となる。更に、長期保存後における死細胞数が少ないので、長期保存後においても移植に好適な状態の、軟骨細胞が付着した多孔質体を提供することが可能となる。従って、従来よりも長期間に亘り、例えば、日本薬局方で定められた無菌試験の期間中、即ち、14日間に亘り培地を交換することなく軟骨細胞が付着した多孔質体を保存する方法を提供することが可能となる。また、法律により14日間の保存が義務付けられていない国や地域においても、軟骨細胞が付着した多孔質体を製造してから患者に移植する機関に提供するまでに多少の時間差が生じることも想定されるが、その期間においても、少なくとも14日間は軟骨細胞を生かした状態で安全に保存することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、耳介軟骨細胞が付着した多孔質体の製造工程を示すスキーム図である。
図2図2は、多孔質体に対してアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を投与している状態を示す模式図である。
図3図3は、細胞付着多孔体を密閉容器内に保存した状態を示す模式図である。
図4図4は、細胞付着多孔体を長期保存している状態を示す模式図である。
図5図5は、保存温度による保存中の細胞生存率の違いを示すグラフである。
図6図6は、特定の保存温度では細胞生存率に相違がないことを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(1)軟骨細胞が付着した多孔質体の製造および保存の概要
本明細書においては「軟骨細胞が付着した多孔質体」を「細胞付着多孔質体」とも称す。細胞付着多孔質体の製造工程の概略を図1を用いて説明する。
【0012】
まず、軟骨を対象から採取する。得られた軟骨を例えばコラゲナーゼ処理などによる酵素処理を行い、軟骨細胞を単離する。次にこれを1.0×10cells/mL〜1.0×10cells/mLの濃度で2〜3%アテロコラーゲン溶液に懸濁する。得られた細胞懸濁液を多孔質体に播種する。次に、例えば、37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化することによって細胞を多孔質体に固定する。これにより、細胞付着多孔質体が得られる。細胞付着多孔質体は、対象において移植されて使用される。従って、移植に先駆けて、作製された細胞付着多孔質体が無菌であることを試験する必要がある。
【0013】
無菌試験は、1つのロットについて、同じ軟骨に由来する複数の細胞付着多孔質体を作製し、そのロットに含まれる一部の細胞付着多孔質体について無菌試験を行うものである。無菌試験に供されない細胞付着多孔質体は、無菌試験を受けている細胞付着多孔質体と並行して密閉容器に密封保存される。密封保存は、少なくとも無菌試験の期間中維持される。密封保存は、細胞付着多孔質体を、投与生細胞数1.0×10cellsあたり1mL以上の量の、インスリン、線維芽細胞成長因子および5%以上の血清を含む保存用培地中で、振盪振り幅が直線の場合には少なくとも一方向に10mm〜50mm、円方向の場合であってもその直径が10mm〜50mmであり、振盪速度15rpm〜90rpmの範囲で振盪しながら、26〜37℃で維持することにより行われる。無菌試験により当該ロットが無菌であることが確認された後に、密封保存されていた細胞付着多孔質体が移植に用いられる。
【0014】
(2)細胞付着多孔質体
細胞付着多孔質体は、多孔質体と、多孔質体の表面および孔の内面に固定された軟骨細胞とを含む。
【0015】
(3)単離細胞
単離細胞は次のように調製される。まず、軟骨細胞、例えば、耳介軟骨細胞を採取する。次に採取された軟骨細胞から脂肪、血管および血液などを除去する。これを細切する。更に、酵素、例えば、コラゲナーゼ溶液で消化することにより、単離細胞を得る。
【0016】
単離細胞を使用して細胞付着多孔質体を調製する前に、単離細胞は、ゼラチンコートされたシャーレまたはゼラチンコートされたフラスコに播種され、これを例えばトリプシンなどの酵素により消化して回収することにより初代培養および継代培養されてよい。
【0017】
初代培養および継代培養のための増殖培地は、基礎培地、例えば、DMEM/F12またはMEM中に抗生物質、例えば、ペニシリンおよびストレプトマイシンを含む。
【0018】
単離細胞を多孔質体に固定し、細胞付着多孔質体を調製する工程は次のように行われる。単離された細胞を、アテロコラーゲン液に懸濁して細胞懸濁液を得る。アテロコラーゲン液は、アテロコラーゲンと、基礎培地、例えば、MEM、DMEM/F12と、抗生物質、例えば、ペニシリンおよびストレプトマイシンとを含む。
【0019】
細胞懸濁液を例えば半円柱状の多孔質体に添加する。多孔質体への細胞懸濁液の添加は、図2に示すように所望の大きさの多孔質体21の上方から、細胞懸濁液22をピペット23により投与することにより行われてよい。多孔質体に投与される細胞懸濁液は、細胞を1.0×10cells/mL〜1.0×10cells/mLで含んでよい。
【0020】
多孔質体は、生体適合性の多孔質材料、例えば、ポリ乳酸であってよい。多孔質体の体積は、移植される部位に依存して決定されればよい。多孔質体の気孔率は、85〜90%であり、平均孔径は約400μmである。
【0021】
細胞が投与された多孔質体を、37℃の十分に湿度のある環境で、例えば蓋を閉めたシャーレに入れた状態で37℃のインキュベータ内に静置して約2時間維持することによってアテロコラーゲンをゲル化する。
【0022】
アテロコラーゲンのゲル化により、細胞懸濁液がゲル化し、それにより細胞が多孔質体の表面および孔の内面に固定され、細胞付着多孔質体が得られる。
【0023】
また、アテロコラーゲン液のゲル化は、例えば、基礎培地、例えばMEM、DMEM、DMEM/F12またはDMEM/F12に抗生物質、例えばペニシリンおよびストレプトマイシンを加えた培地を10mL入れた直径9cmのシャーレ内に多孔質体を載せる台を設置し、その台の上に、細胞が投与された多孔質体が培地に沈まずに培地から露出した状態で載置して、シャーレの蓋を閉めた状態で、例えば37℃のインキュベータ内で2時間インキュベートすることによって行ってもよい。
【0024】
(4)密封保存
密封保存について図3に示す。まず、滅菌された密閉容器30を準備する。この密閉容器30は、開口縁部の外面にネジ切り加工された片封じ筒体31と、開口縁部の内面にネジ切り加工され、片封じ筒体31のネジ部に螺着されるキャップ32とを備える。次いで、片封じ筒体31の内部に保存用培地33を収容する。つづいて、片封じ筒体31の内部に細胞付着多孔質体34を収納する。片封じ筒体31の開口部にキャップ32を螺着して片封じ筒体31内部を密閉する。
【0025】
(5)保存用培地の振盪
保存用培地33の振盪を図4を参照して説明する。まず、例えば楕円形に移動可能なスライド台41を内部に配置した恒温振盪器40を用意する。スライド台41上に密閉容器30をその容器30の軸方向がスライド台41の表面に対して略平行になるように載置する。なお、密閉容器30には細胞付着多孔質体34全体が保存用培地33に沈むように収納されている。
【0026】
容器30をスライド台41上に載置した後に、恒温振盪器40の内部を26〜37℃の環境に設定し、スライド台41を運動させる。スライド台41の運動により保存用培地33が容器30内で振盪される。
【0027】
スライド台41の動きは、楕円運動のほかに、例えば、円運動、往復運動および/または八の字型運動など楕円以外の運動であってもよい。スライド台41の運動により、密閉容器30内に含まれる保存用培地は、振盪振り幅が直線の場合には少なくとも一方向に10mm〜50mm、円方向の場合であってもその直径が10mm〜50mmであり、振盪速度15rpm〜90rpmの範囲で振盪される。そのような振盪環境は、例えば、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて15rpm〜90rpmの設定により生じる楕円運動により達成される。また、それ自身公知の振盪機により、例えばスライド台41を例えば傾斜角度0°〜15°で繰り返して傾斜させることによって同様の振盪効果を達成することも可能である。
【0028】
振盪振り幅が20mm(円運動)で保存用培地を振盪させた際の保存用培地33の流速は東芝製Aplio(登録商標)XG1202Sで測定したところ以下の通りであった。
【0029】
15rpm・・・流速測定できず。ただし、密閉容器30内の保存用培地33の水面はスライド台41の運動に伴って僅かに上下することが確認できた。したがって、測定機では測定できない0以上の僅かな流れが形成されているものと思われる。
【0030】
30rpm・・・流速測定できず。ただし、密閉容器30内の保存用培地33の水面は15rpmの時と同様、スライド台41の運動に伴って上下することが確認できた。また水面の上下は15rpmの場合と比較して、明らかにその振幅が大きく観察された。したがって、測定機では測定できない0以上の流れが形成されているものと思われる。
【0031】
60rpm・・・流速は0.5〜1.0cm/sであり、密閉容器30内の保存用培地33の水面がスライド台41の運動に伴って明らかに上下することが確認できた。
【0032】
90rpm・・・流速は1.6〜2.8cm/sであり、密閉容器30内の保存用培地33の水面がスライド台41の運動に伴って大きく上下することが確認できた。
【0033】
保存用培地の振盪速度は、0cm/sよりも大きく2.8cm/s以下であればよく、好ましくはU=1.6cm/s以上2.8cm/s以下であればよい。この速度は、保存用培地の流速をuとしたとき、0cm/s<u≦2.8cm/s、U=1.6cm/s〜2.8cm/sの式により表される。
【0034】
なお、下記の実施例における振盪機の振盪幅は特に表記が無い限り20mmで検証している。
【0035】
保存用培地は、基礎培地、例えば、DMEM/F12中に、インスリン、線維芽細胞成長因子および5%以上の血清を含む培地であり、更に、抗生物質、例えば、ペニシリンおよびストレプトマイシンを含む。
【0036】
本発明の方法に従うと、培地交換を行うことなく、細胞付着多孔質体を長期に、少なくとも14日間に亘り保存することが可能になる。それにより、細胞付着多孔質体の無菌状態を確認するための無菌試験を行うことが可能である。また、当該方法は、長期保存中に細胞付着多孔質体の過増殖を防ぎ、長期保存後における死細胞数を少なくすることが可能である。従って、長期保存後であっても移植に好適な状態の細胞付着多孔質体を提供することが可能である。
【0037】
[例]
1.軟骨細胞付着多孔質体の作製手順
後述する例1〜例8で使用する軟骨細胞付着多孔質体を基本的に以下のように作製した。
【0038】
(1)軟骨組織の単離と細胞播種(P0)
無菌操作により採取された軟骨組織を搬入し、脂肪や血液などを除去した。次に、得られた軟骨を細切した。細切された軟骨を1.2%のコラゲナーゼ溶液に入れて、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて37℃で18時間120rpm(長径が20mmの円運動、以下、特に記載がない場合、振盪の動きは同じ)で振盪して、細胞を単離した。単離細胞を所望の細胞数で増殖培地(5μg/mLのインスリン+0.1μg/mLのFGF+5%血清+ペニシリン−ストレプトマイシンを含むDMEM/F12)に懸濁した。細胞懸濁液を、2×10cells/シャーレの濃度でゼラチンコートシャーレに播種した。これを37℃、COインキュベータでインキュベートした。
【0039】
1.2%のコラゲナーゼ溶液は次のように調製した。コラゲナーゼを0.3g量り、50mLチューブに加えた。これに対してDMEM/F12を25mL添加し、完全に溶かした。
【0040】
培養培地は次のように調製した。培地瓶に50mLピペットでDMEM/F12を450mL加えた。次に、5mLピペットで100ユニット/mLペニシリン−0.1mg/mLのペニシリン−ストレプトマイシンを5mL加えた。更に、1000μLチップで100μg/mlのFGFを500μL加えた。更に、1000μLチップでノボリンRをインスリンとして710μL加えた。これに対して25mLピペットで血清を25mL加えてよく混合した。
【0041】
<P0細胞培地交換>
上記(1)の細胞についての培地交換は次の通りに行った。上記(1)の細胞を含む培養中のゼラチンコートシャーレから、アスピレーターにより培地を除去した。次に、増殖培地を各10mL加えた。これを更に、37℃、COインキュベータでインキュベートした。培地交換は、3〜4日に1回行った。
【0042】
(2)継代(P0→P1)
次のように継代を行った。初代培養中の細胞を含むゼラチンコートシャーレから細胞をトリプシン処理により剥がし、1本のチューブに纏めた。回収された細胞を増殖培地(5μg/mLのインスリン+0.1μg/mLのFGF+5%血清+ペニシリン−ストレプトマイシンを含むDMEM/F12)に懸濁した。得られた細胞懸濁液を1.5×10cells/フラスコの濃度でゼラチンコートフラスコ18枚に播種した。これを37℃、COインキュベータでインキュベートした。
【0043】
<培地交換>
継代培養中の培地交換は次のように行った。ゼラチンコートフラスコから、アスピレーターを用いて培地を除去した。次に、増殖培地をそのゼラチンコートフラスコに20mL加えた。これを37℃、COインキュベータでインキュベートした。
【0044】
(3)細胞回収と多孔質体への投与
ゼラチンコートフラスコ18枚から細胞を剥がし、1本のチューブに纏めて細胞を回収した。回収された細胞懸濁液を遠心分離した後、ペニシリン−ストレプトマイシンを含むMEMにして、その一部を用いて細胞数を測定した。測定された細胞に基づいて、2.25×10cellsに相当する量の細胞懸濁液を25mLのチューブに移し取り、遠心分離後、その上清を除去した。得られた細胞ペレットを、最終液量が3.0mLになるようにペニシリン−ストレプトマイシンを含むMEMに懸濁した。これを3%アテロコラーゲンの1.5mLと混合した。ここで、細胞懸濁液:アテロコラーゲン=2:1であり、混合後のアテロコラーゲンの終濃度は1%である。1mLのシリンジで700μLを採取し、ポリ乳酸製の略半円柱状の多孔質体(6(幅、W)×50(長さ、L)×3(高さ、H))に投与した。多孔質に添加するアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液中の量は、多孔質体の大きさに従って決定した。例えば多孔質の大きさが、6(W)×5(L)×3(H)の場合は、投与液量を70μLとし、10(W)×5(L)×3(H)の場合は120〜150μLを投与した。
【0045】
(4)細胞の固定
次に、細胞を投与した多孔質体をペニシリン−ストレプトマイシンを含む保存用培地を入れたシャーレに配置して、37℃のインキュベータ内で2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化して細胞付着多孔質体を得た。
【0046】
2.細胞数計測方法
例における細胞数の計測は、chemometec社製のNucleoCounter(登録商標)を使用して、細胞処理試薬としてReagent A100およびReagent B100(chemometec社製)並びに専用サンプルカセットであるNucleoCassette(登録商標)を用いて行った。
【0047】
全細胞濃度測定は次の通りに行った。
【0048】
・サンプルの調製
測定しようとする細胞の懸濁液の50μLを試験管に採取し、細胞処理試薬Reagent A100およびReagent B100をそれぞれ50μL加えてサンプルを調製した。
【0049】
・全細胞濃度の測定
全細胞濃度の測定は、上記の「サンプルの調製」の項で調製されたサンプルをNucleoCassette(登録商標)に吸引し、NucleoCounter(登録商標)にセットした。次にNucleoCounter(登録商標)の「Run」のボタンを押して、全細胞数の測定を開始し、計測結果を得た。
【0050】
・死細胞濃度の測定
死細胞濃度の測定は次のように行った。培養細胞100μLをチューブにとりNucleoCassette(登録商標)に吸引し、NucleoCounter(登録商標)にセットした。次にNucleoCounter(登録商標)の「Run」のボタンを押し、死細胞数の測定を開始し、計測結果を得た。
【0051】
細胞生存率は次の計算式を用いて算出した:
生細胞濃度=全細胞濃度―死細胞濃度
細胞生存率=生細胞濃度/全細胞濃度。
【0052】
<例1>
保存用培地の組成
細胞付着多孔質体の保存用培地の組成を決定した。成長因子であるインスリン、FGF(Fibroblast Growth Factors:線維芽細胞増殖因子)、デキサメタゾン(軟骨細胞の再分化を誘導する)およびソマトメジン(軟骨細胞の再分化を誘導する)並びに血清の何れかを組み合わせて含む培地について、細胞付着多孔質体の長期保存後の細胞に与える影響を検討した。
【0053】
培地に含まれる各成分は以下の記号により示し、使用濃度と共に略語の対応を以下の表1に示す。
【表1】
【0054】
・実験1
培地A0、A1およびA2を比較した。これらの培地の基礎培地にはDMEMを使用し、ペニシリン−ストレプトマイシンを含む。各培地の組成は以下の通りである。
【0055】
培地A0の組成:インスリン5μg/mL、FGF0.1μg/mLおよび5%血清;
培地A1の組成:ソマトメジンC100ng/mL、インスリン5μg/mL、FGF0.1μg/mLおよび5%血清;
培地A2の組成:デキサメタゾン1μM、インスリン5μg/mL、FGF0.1μg/mLおよび5%血清。
【0056】
これらの培地を比較することにより、軟骨細胞増殖因子であるデキサメタゾンおよびソマトメジンの細胞付着多孔質体の長期保存後の細胞に与える影響を検討した。
【0057】
細胞付着多孔質体を、上記(1)〜(4)に記載の方法に準じて調製した。即ち、上記「1.軟骨細胞付着多孔質体の作製手順」における(1)〜(2)に従い調製した継代培養細胞を用いてアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与細胞数が1.5×10cellsとなるように、調製された1.0×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ10(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。アテロコラーゲンを37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりゲル化した。その後、2%アガロースの上に培地A0、A1またはA2を30mLずつ添加してその上に静置し、培地A0、A1またはA2中で環境温度37℃で2週間維持した。
【0058】
その後、細胞付着多孔質体から細胞をトリプシン(TrypLE Express、GIBCO社製)処理した後に回収し、全細胞数、生細胞数および細胞数比率を算出して比較した。データは2例についての平均値で示した。
【0059】
結果を表2に示す。
【表2】
【0060】
表中の各項目は次のことを示す;
生存率は、2週間保存後の全細胞数中の生細胞数の割合である。
【0061】
死細胞には、完全に膜が破壊された死細胞と、膜の破壊に至っていない死細胞の両方が含まれる。死細胞が多く存在すると移植後に細胞から漏出成分によって炎症が惹起される恐れがある。従って、死細胞が多く存在するものは移植には望ましくない。
【0062】
細胞数比率は、2週間保存後に確認できた生細胞数と、2週間前に投与した投与細胞数との比率である。
【0063】
生細胞数は、2週間保存後に確認できた生細胞の数である。
【0064】
表2に示すように、培地A0、A1およびA2の何れの場合においても、細胞数比率は殆ど変わらなかった。従って、デキサメタゾンおよびソマトメジンの添加による軟骨細胞の保存性を改善しないことが示唆された。従って、以下の実験では、A0培地、即ち、5μg/mLのインスリン、0.1μg/mLのFGFおよび5%の血清を含むDMEMを使用することとした。また、何れの培地の場合も細胞数比率が25%程度と低い値であった。これは静置による保存が原因であると考えた。以下の実験においては、振盪保存を行うこととした。
【0065】
・実験2
培地A0において、FGFおよびインスリンが、細胞付着多孔質体の長期保存後の細胞に悪影響を及ぼしているか否かを確認する。培地A0からFGFを除いた培地、即ち、インスリン5μg/mLおよび5%の血清を含むDMEM培地(即ち、A3培地)と、培地A0からFGFおよびインスリンを除いた培地、即ち、5%の血清を含むDMEM培地(即ち、A4培地)とで細胞に対する影響を比較した。
【0066】
細胞付着多孔体を、実験1と同様に調製した。上記(1)〜(2)に従い調製した継代培養細胞を用いてアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与細胞数が、投与生細胞数1.2×10cellsとなるように調製された1.0×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ10(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化した後、培地A0、A3またはA4を30mLずつ収容した密閉容器内に収納し、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて37℃で振盪速度15rpmで振盪しながら2週間保存した。
【0067】
各培地の組成を以下に纏める;
培地A0の組成:インスリン5μg/mL、FGF0.1μg/mLおよび5%血清;
培地A3の組成:インスリン5μg/mLおよび5%血清;
培地A4の組成:5%血清。
【0068】
その後、生存率、生細胞数および細胞数比率を得た。その結果を表3に示す。データは2例の平均値で示した。
【表3】
【0069】
培地A3およびA4と比較して、培地A0の細胞数比率および生存率は共に高いことが明らかとなった。また、静置保存に比較して、振盪保存の方が、細胞数比率および生存率は共に高いことが明らかとなった。これは保存用培地が細胞付着多孔体に対して僅かながらではあるがある流速をもって接触し、多孔質体に付着した細胞に保存用培地が供給されやすくなり、あるいは多孔質体内の細胞が生じる老廃物が保存用培地の流れにより一ヶ所に留まることなく流れたためと推定される。すなわち、保存用培地の流速は0を超える状態であることが好ましい。
【0070】
例1のまとめ
本発明の目的は、多孔質体に細胞を付着させることにより作製された細胞付着多孔質体を日本薬局方で定められた無菌試験の期間、即ち、14日間に亘り、培地交換を行わずに軟骨細胞を良好な状態で保存することである。そのためには生存率100%、細胞数比率100%がより好ましい。一方で、細胞数比率が100%を大きく超えるということは、保存期間中に細胞が増殖していることを意味する。また、細胞増殖=癌化である恐れもある。従って、2週間の保存期間後における細胞数比率は100%前後が好ましい。本発明の方法に従う保存期間後における細胞数比率は、約80%〜約120%であればよく、好ましくは約90%〜約110%であればよい。
【0071】
例1において、生存率及び細胞数比率がより好ましい条件は、実験2の条件でA0培地を使用した場合であった。即ち、5μg/mLのインスリン、0.1μg/mLのFGFおよび5%の血清を含むDMEMを保存用培地として使用し、37℃の振盪下で保存した場合に、より好ましい生存率および細胞数比率が得られた。従って、以下の実験では、培地A0を使用し、振盪保存を行うこととした。
【0072】
<例2>
保存用培地の量および投与細胞数
多孔質体に細胞を播種した状態で14日間保存するために最適な細胞数及び培地量を見出すために複数の実験を行った。
【0073】
・実験3
細胞付着多孔質体を良好に保存するために必要な保存用培地の量を検討するために、細胞付着多孔質体を用いて実験を行った。
【0074】
上記(1)〜(2)と同様の方法により得たアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与生細胞数が1.5×10cellsとなるように投与細胞濃度1×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ10(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化した後、細胞付着多孔質体を作製した。これを、培地A0を30mLまたは300mLをそれぞれ収容した片封じ筒体に収納して、キャップを閉めた。これにより密閉容器に細胞付着多孔質体を収納した。これを、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて環境温度37℃で2週間、振盪速度15rpmで振盪しながら2週間に亘り保存した。
【0075】
その後、生存率、生細胞数および細胞数比率を得た。結果を表4に示す。
【表4】
【0076】
投与細胞濃度が1×10cells/mLで投与細胞数が1.5×10cellsの細胞懸濁液を用いて細胞付着多孔質体を作製した場合、培地量が30mLおよび300mLの何れの場合も14日後には細胞数が増加した。この結果から、投与細胞濃度が1×10cells/mLで投与細胞数が1.5×10cellsの細胞懸濁液を使用した場合には、保存用培地の量は少なくとも30mLあれば足ることが示唆された。
【0077】
・実験4
実験3の結果から、保存用培地の量は30mLで足りることが明らかとなった。次に、投与細胞濃度について検討した。
【0078】
投与細胞濃度および投与細胞数のみを変更し、他の条件は実験3と同様の条件で細胞付着多孔質体を2週間保存した。
【0079】
上記(1)〜(2)と同様の方法により得たアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与生細胞数が3×10cellsとなるように投与細胞濃度2×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ10(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化した後、細胞付着多孔質体を作製した。これを、培地A0を30mL収容した片封じ筒体に収納して、キャップを閉めた。これにより密閉容器に細胞付着多孔質体を収納した。これを、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて環境温度37℃で2週間、振盪速度15rpmで振盪しながら2週間に亘り保存した。
【0080】
その後、生存率、生細胞数および細胞数比率を得た。結果を表5に示す。データは、2例の平均値で示した。
【表5】
【0081】
投与細胞濃度が2×10cells/mlで投与細胞数が3×10cellsの場合、培地量が30mLで細胞数比率は103%であった。この結果から、実験4の条件において良好に細胞を保存できることが示唆された。
【0082】
・実験5
上記の実験4に示す通り、投与細胞濃度が2×10cells/mLであり、投与細胞数が3×10cellsである場合に、培地量を30mLで使用することによって細胞数比率は103%であることが確認できた。次に、実際の再生医療現場で用いられる可能性が高い大きさの多孔質体を使用して保存条件を検討した。
【0083】
上記(1)〜(2)と同様の方法により得たアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与生細胞数が3.5×10cellsまたは7×10cellsとなるように投与細胞濃度5×10cells/mLまたは1×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ6(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。アテロコラーゲンのゲル化を行わずに、細胞付着多孔質体を作製した。これを、培地A0を50mL収容した片封じ筒体に収納して、キャップを閉めた。これにより密閉容器に細胞付着多孔質体を収納した。これを、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて環境温度37℃で2週間、振盪速度15rpmで振盪しながら2週間に亘り保存した。
【0084】
ここで、このような実験5の結果を上述の実験4の結果と比較すると、実験5における投与細胞濃度である5.0×10cells/mLおよび1.0×10cells/mLは、実験4の投与細胞濃度のそれぞれ2倍および5倍である。しかしながら、実験5で使用した細胞付着多孔質体は、実験4で用いた細胞付着多孔質体の体積の6割の体積である。従って、実験4と比較したときの多孔質体の体積に対する投与生細胞数は、実験5における投与細胞濃度が5.0×10cells/mLおよび1.0×10cells/mLの場合で、それぞれ1.17倍および2.3倍程度になる。このような条件と、実験2の良好な結果を生じる条件とを考慮して、実験5では50mLの量の保存用培地を使用した。
【0085】
上記の条件で細胞付着多孔質体を保存した後に、生存率、生細胞数および細胞数比率を計測および算出した。結果を表6に示す。データは、0日目については2例の平均値、14日目については3例の平均値で示した。
【表6】
【0086】
この結果から、投与細胞濃度5.0×10cells/mLでは、保存用培地の量が50mLで細胞数比率を約90%に維持できることが明らかになった。一方、投与細胞濃度1×10cells/mLの場合、細胞数比率は59.5%であった。
【0087】
投与細胞濃度5×10cells/mLで細胞付着多孔質体を作製した場合には、保存用培地を50mLにすることにより、2週間の保存後の細胞数比率は90.9%であった。従って、このような条件であれば、良好に細胞付着多孔質体の保存が可能であると判断した。
【0088】
これらの結果から、軟骨細胞を良好に長期間に亘り保存するためには、保存用培地の量を適切な条件にすることが重要であると考えられる。一方で、保存用培地に含まれる栄養成分、例えば、血清などの含有量が影響する可能性も示唆された。即ち、採用された投与細胞数に対して、使用される保存用培地の量が少ない場合には、細胞への栄養供給量が少ないために細胞数比率が低い結果となることも示唆される。保存用培地の量を増やすことなく、保存用培地に含まれる栄養成分の量を増大することによって、即ち、血清量を増やすことにより、何れの投与細胞数についても良好に細胞を長期間に亘って保存することが可能であることが示唆された。
【0089】
なお、実験結果は示さないが、投与細胞濃度を1×10cells/mLで作製された細胞付着多孔質体と、投与細胞濃度5×10cells/mLで作製された細胞付着多孔質体とについて、軟骨の再分化の傾向を検証したところ、何れの投与細胞濃度の場合においても再分化の傾向に差はなかった。
【0090】
<例3>
振盪速度の検討
上記例2で示された通り、良好な結果を得ることができる幾つかの条件、即ち、投与細胞濃度、保存用培地の量および保存環境条件などが明らかになった。しかしながら、更に細胞数比率を高めるための更なる条件を求めるための検討を行った。
【0091】
・実験6
実験5で投与細胞濃度5×10cells/mLを用いて作製した細胞付着多孔質体を、50mLの保存用培地で保存したときには細胞数比率が90.9%であった。そのような実験5の条件を維持しながら、更に生存率および細胞数比率を向上するための更なる条件について検証した。
【0092】
更なる保存条件として振盪速度について検討した。振盪速度が細胞付着多孔質体の長期保存後の細胞に与える影響について検討した。投与生細胞数が3×10cellsとなるように投与細胞濃度5×10cells/mLを使用して細胞付着多孔質体を作製すること、および保存中、60rpmで振盪すること以外は、実験5と同様の方法により実験を行った。
【0093】
上記の条件で細胞付着多孔質体を2週間に亘り保存した後に、生存率、生細胞数および細胞数比率を計測および算出した。結果を表7に示す。データは、3例の平均値で示した。
【表7】
【0094】
振盪速度が15rpmであるときに比べて、60rpmであるときの方が生存率および細胞数比率共に良好であった。このような結果から、振盪速度を速めることによって、多孔質体内の細胞に培地に含まれる栄養分の供給が円滑に行われることが示唆された。
【0095】
また、振盪速度が15rpmの場合、保存用培地の流速は流速測定機等では測定ができない程度(ただし、ゼロではない)であった。振盪速度が60rpmの場合には振盪機の動きに伴って保存用培地の水面が明らかに上下し、その流速は0.5〜1.0cm/sであった。保存用培地の流速が高くなるほど多孔質体内の細胞に対して培地に含まれる栄養分がより円滑に供給されるものと推定できる。なお、15rpmおよび60rpmの何れの場合においても、多孔質体に損傷がないことを目視により確認した。
【0096】
ここにおいて、振盪速度は、多孔質体に内包された細胞への培地の供給される流速、すなわち、振盪機の振盪の振り幅、回転数、往復数、或いは傾斜確度およびその周期に関係していることが示唆された。しかしながら、振盪速度を極端に高めた場合には、多孔質体が損傷する恐れがある。そのため、回転数を極端に高めることはできないという一面もある。従って、多孔質体が損傷しない範囲内の高い速度で振盪させることが重要であることが示唆された。
【0097】
<例4>
保存温度の検証
保存温度をどの程度可変することができるかについて検証した。
【0098】
・実験7
保存温度が37℃または32℃の場合について、細胞付着多孔質体の長期保存後の細胞に与える影響を検討した。
【0099】
上記(1)〜(2)と同様の方法により得たアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与生細胞数が3.5×10cellsまたは7.0×10cellsとなるように投与細胞濃度5.0×10cells/ml、1.0×10cells/mlの細胞懸濁液を、大きさ6(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化した後、細胞付着多孔質体を作製した。これを、培地A0を50mL収容した片封じ筒体に収納して、キャップを閉めた。これにより密閉容器に細胞付着多孔質体を収納した。これを、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて、環境温度37℃または32℃で2週間、振盪速度60rpmで振盪しながら2週間に亘り保存した。
【0100】
上記の条件で細胞付着多孔質体を保存した後に、生存率、生細胞数および細胞数比率を計測および算出した。結果を表8に示す。データは、5.0×10cells/mlの37℃については10例、32℃については12例、1.0×10cells/mlの37℃については3例、32℃については5例の平均値で示した。
【表8】
【0101】
投与細胞濃度が5.0×10cells/mLで作製された細胞付着多孔質体を32℃で保存したとき、細胞数比率が110.4%および生存率が95.4%であり、表8の他の条件のときに比べて何れもより良好な保存が達成された。
【0102】
一方、投与細胞濃度が1.0×10cells/mLで作製された細胞付着多孔質体の場合では、37℃で保存したときよりも32℃で保存したときの方が、細胞数比率および生存率共に良好な結果を得られた。
【0103】
表8に示した細胞数比率についての各値をグラフで表した結果を図5に示す。図5の結果から、保存温度を37℃から32℃に下げることにより、安定的して細胞付着多孔質体を保存できることが明らかになった。しかしながら、細胞投与濃度が1×10cells/mLの場合では、5.0×10cells/mLの場合と比較して、生存率および細胞数比率が低く、保存性が低いことが分かる。従って、細胞付着多孔質体の作製には、5.0×10cells/mLの濃度を使用することが望ましいと考えた。
【0104】
・実験8
上記実験7において、保存温度は37℃よりも32℃である方が良好な保存が達成できることを確認できた。更に、実験8では、保存温度をどの程度可変できるかについて検証した。
【0105】
上記(1)〜(2)と同様の方法により得たアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与生細胞数が3.5×10cellsとなるように投与細胞濃度5.0×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ6(W)×5(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化した後、細胞付着多孔質体を作製した。これを、培地A0を50mL収容した片封じ筒体に収納して、キャップを閉めた。これにより密閉容器に細胞付着多孔質体を収納した。これを、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて、環境温度30℃、32℃または34℃で2週間、振盪速度60rpmで振盪しながら2週間に亘り保存した。
【0106】
上記の条件で細胞付着多孔質体を保存した後に、生存率、生細胞数および細胞数比率を計測および算出した。結果を表9に示す。データは、30℃、34℃については3例、32℃については6例の平均値で示した。
【0107】
表9は、30℃、32℃および34℃でそれぞれ保存した場合の結果を示す。
【表9】
【0108】
表9に示した細胞数比率についての各値をグラフで表した結果を図6に示す。図6の結果から、保存温度を30℃、32℃および34℃の何れの条件においても、安定的して細胞付着多孔質体を保存できることが明らかになった。
【0109】
30℃、32℃および34℃の何れの条件でも良好な生存性が維持された。安全域を考慮すると、32℃で保存することが好ましいと示唆された。
【0110】
<例5>
多孔質の大きさを変更した場合の検討
・実験9
実験1、2、3および4では10(W)×5(L)×3(H)の大きさの多孔質体を用いた。実験5、6、7および8では6(W)×5(L)×3(H)の大きさの多孔質体を用いた。これらの多孔質体をそれぞれ使用して細胞付着多孔質体を作製した。作製された細胞付着多孔質体を保存する際の保存条件を検討した。更に、実験9では、6(W)×50(L)×3(H)の大きさの多孔質体について、最適な保存条件を検討した。
【0111】
上記(1)〜(2)と同様の方法により得たアテロコラーゲンを含む細胞懸濁液を調製した。投与生細胞数が3.5×10cellsとなるように投与細胞濃度5.0×10cells/mLの細胞懸濁液を大きさ6(W)×50(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与した。37℃のインキュベータ内に2時間静置することによりアテロコラーゲンをゲル化した後、細胞付着多孔質体Aを作製して実験Aに使用した。同様の方法により、更に3つの細胞付着多孔質体B、CおよびDを作製してそれぞれ実験B〜Dに使用した。
【0112】
得られた細胞付着多孔質体A、B、CおよびDをそれぞれ5μg/mLのインスリン、0.1μg/mLのFGFおよび10%血清を含むDMEM培地(即ち、培地A5)を250mL収容した片封じ筒体に収納して、キャップを閉めた。これにより密閉容器に細胞付着多孔質体を収納した。これを、超小型恒温振盪培養機(タイテック社製、V・BR−36)を用いて、それぞれ環境温度32℃で2週間、振盪速度90rpmで振盪しながら2週間に亘り保存した。
【0113】
上記の条件で細胞付着多孔質体A、B、CおよびDをそれぞれ保存した後に、生存率、生細胞数および細胞数比率をそれぞれ計測および算出した。結果を表10に示す。
【表10】
【0114】
表10中の実験A〜Dの平均細胞数比率は88.6%であった。
【0115】
ここで、6(W)×50(L)×3(H)の大きさの多孔質体が実際に保持できる細胞数は3.0×10cellsである。従って、多孔質体の保持できる細胞数を考慮して、測定された88.6%の平均細胞数比率を補正すると、補正後の平均細胞数比率は103.3%になる。この補正は以下の式に従って計算した;
細胞数比率(%)=(細胞付着多孔質体から回収した生細胞数)/(多孔質体が実際に維持できる細胞数(3.0×10cells))×100。
【0116】
以上の結果から、6(W)×50(L)×3(H)の大きさの多孔質体を用いた場合においても、細胞付着多孔質体を良好に長期保存することが可能であることが明らかとなった。
【0117】
ここで、上述の実験1〜実験8においては、実験9よりも小さい多孔質体を使用した。実験1〜実験8のような小さい多孔質体の場合、多孔質体に対して細胞懸濁液を投与した際のロスは殆どない。それに対して実験8のような大きい多孔質体の場合には投与によりロスが生じる。そのために多孔質体に投与する細胞数を多めに設定した。一方で多孔質体が実際に維持できる量は、多孔質体の体積に気孔率87%を掛け合わせた量である。従って、多孔質が実際に維持できる細胞数は、次の計算式;5.0×10cells/mL×0.59mL=3.0×10cells;により算出される。
【0118】
また、実験9の条件設定は次のように行った。実験9において使用する多孔質体の大きさは6(W)×50(L)×3(H)である。この多孔質体は、実験5〜8において使用した多孔質体6(W)×5(L)×3(H)の10倍の体積である。従って、実験9で使用する多孔質体は、実験5〜8で使用した多孔質体の10倍になる。従って、保存用培地の量は、実験5〜8で採用した50mLの10倍の500mLを選択することも考えられた。しかしながら、実験5の考察に基づいて、保存用培地の量は250mLとし、そこに含まれる血清の濃度を10%として実験を行った。また、実験5〜8において密閉容器中で生じる保存用培地の循環と等しい循環を得るために、振盪速度を90rpmに設定した。
【0119】
実際には振盪速度を90rpmに設定すると、保存用培地の流速は1.6〜2.8cm/sであり、このような流速下で軟骨細胞が付着した多孔質体を保存すると、軟骨細胞への栄養供給が十分に行われ、また細胞からの老廃物が適度に多孔質体内から流出した結果、良好に保存を行うことができたものと推定された。上述した各例を考慮すると、保存用培地の流速uは0<u≦2.8cm/s、好ましくは1.6〜2.8cm/sである。
【0120】
<例6>
例1〜例5の実験により好ましいことが明らかになった条件で細胞付着多孔質体を保存した。
【0121】
上述の「1.軟骨細胞付着多孔質体の作製手順」の(1)〜(4)に記載の方法により、細胞付着多孔質体を作製した。また、多孔質体への細胞の投与は、3.5×10cellsとなるように投与細胞濃度5.0×10cells/mLの細胞懸濁液を用いて大きさ6(W)×50(L)×3(H)の半円柱状のポリ乳酸製の多孔質体に投与することにより行った。
【0122】
・長期保存
上記で作製された細胞付着多孔質体を以下のように保存した。
【0123】
ゲル化終了後、細胞付着多孔質体をシャーレからすばやく取り出し、予め5μg/mLのインスリン、0.1μg/mLのFGF、10%の血清およびペニシリン−ストレプトマイシンを含む保存用培地A5を収容した片封じ筒体に収納して、キャップをしっかり閉じた。これにより細胞付着多孔質体を密閉容器内に収納した。同様にして同じものを5つ作製した。ここで使用される保存用培地は、ゲル化が終了するのに先駆けて、密閉容器の片封じ筒体内で調製した。まず、50mLのピペットでDMEMを225mL加えた。次に、5mLのピペットで100ユニット/mLペニシリン−0.1mg/mLストレプトマイシンを2.5mL加えた。更に、これに1000μLのチップで100μg/mLのFGFを各250μL加えた。次に1000μLのチップでインスリンとしてノボリンRを350μL加えた。更に25mLのピペットで血清を25mL加えてよく混合して調製した。
【0124】
5つの細胞付着多孔質体を含む密閉容器を32℃で、90rpmで振盪しながらインキュベートした。2時間後に5つの密閉容器のうち1つから細胞付着多孔質体を取り出して、無菌検査用に使用した。7日後に残り4つのうち1つの三つ容器から細胞付着多孔質体を取り出して、生化学検査およびmRNA検査を行った。振盪開始から14日後に、残り3つの密閉容器うち1つから細胞付着多孔質体を取り出して細胞数測定を行った。検査結果を得て、それらの結果が出荷基準を満たしている場合に、残り2つの密閉容器に収納された状態で細胞付着多孔質体を移植に使用するために出荷される。
【0125】
このように保存された細胞付着多孔質体は、良好な細胞生存率および細胞数比率を示した。本発明によって、多孔質体に細胞を付着させることにより作製された細胞付着多孔質体を日本薬局方で定められた無菌試験の期間、即ち、14日間に亘り、培地交換を行わずに軟骨細胞を良好な状態で保存することが可能となった。
【0126】
なお、本実施例では振盪の動作を直径が20mmの円運動の場合を例に挙げて説明したが、これに限定するものではなく、円運動の直径を10mmないし50mmに設定してもよく、また、円運動ではなく往復運動やスライド台を用いた傾斜による振盪により細胞付着多孔質体に内包された細胞へ培地が供給されれば同様の効果を達成することができる。
【0127】
さらに、振盪の動作を円運動の直径10mmないし50mmに設定した場合、培地の流速が円運動の直径に比例すると仮定すると、流速は0を超え7cm/s程度の範囲となり、多孔質体が破損しない限りこの範囲の流速を与えることで好ましい結果を得ることができると予想される。また振盪の動作を直線運動にした場合には、円運動と比較して培地が密閉容器の内壁に勢い良く当たり、瞬間的に一部の培地では流速が高い部分が生じているように見受けられたが、培地全体の流速としてはほぼ同じ範囲と考えられる。
【0128】
また、本実施例に用いた基礎培地の成分は、塩化カリウム、塩化ナトリウム等の無機塩、L−アルギニン・HCl、L−シスチン・2HCl、L−ヒスチジン・HCl・HO、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン・HCl、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン・2Na・2HO、L−バリン等のアミノ酸、塩化コリン、葉酸、ナイアシンアミド、D−パントテン酸、ピリドキサール・HCl、リボフラビン、チアミン・HCl等のビタミン及びグルコース等の糖を含むものであるが、これら全ての成分が必須のものではなく、細胞を培養するための培地であれば、同様の効果を発揮する。
図1
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図5
図6