特許第5852338号(P5852338)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社神戸製鋼所の特許一覧

特許5852338スケール付着抑制性に優れた表面処理金属材の製造方法および海水蒸発器
<>
  • 特許5852338-スケール付着抑制性に優れた表面処理金属材の製造方法および海水蒸発器 図000005
  • 特許5852338-スケール付着抑制性に優れた表面処理金属材の製造方法および海水蒸発器 図000006
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5852338
(24)【登録日】2015年12月11日
(45)【発行日】2016年2月3日
(54)【発明の名称】スケール付着抑制性に優れた表面処理金属材の製造方法および海水蒸発器
(51)【国際特許分類】
   C23F 14/02 20060101AFI20160114BHJP
   C23C 22/07 20060101ALI20160114BHJP
   C23C 22/36 20060101ALI20160114BHJP
【FI】
   C23F14/02 A
   C23C22/07
   C23C22/36
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2011-137067(P2011-137067)
(22)【出願日】2011年6月21日
(65)【公開番号】特開2012-180587(P2012-180587A)
(43)【公開日】2012年9月20日
【審査請求日】2013年9月2日
(31)【優先権主張番号】特願2010-184450(P2010-184450)
(32)【優先日】2010年8月19日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2011-24106(P2011-24106)
(32)【優先日】2011年2月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 佳寿美
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−049299(JP,A)
【文献】 特開平11−051849(JP,A)
【文献】 特開2004−176088(JP,A)
【文献】 特開平01−123080(JP,A)
【文献】 特開平11−256374(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 11/00−11/18,
14/00−17/00
C23C 22/00−22/86
F28F 11/00−19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる基材表面が改質された表面処理金属材であって、最表面から10nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上である表面処理金属材を製造するに当り、
Pを含有する化合物と、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属イオンを含有する溶液に、基材を3〜12時間浸漬することを特徴とするスケール付着抑制性に優れた表面処理金属材の製造方法。
【請求項2】
チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる基材表面が改質された表面処理金属材であって、最表面から200nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上である表面処理金属材を製造するに当り、
Pを含有する化合物と、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属イオンを含有し、更にフッ酸および硝酸を含有する溶液に、基材を浸漬することを特徴とするスケール付着抑制性に優れた表面処理金属材の製造方法。
【請求項3】
チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる基材表面が改質された表面処理金属材であって、最表面から10nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上である表面処理金属材を、水または海水を媒体として流通させる伝熱部に、前記改質された表面が、水または海水に接触するように配置して構成されたものであることを特徴とする海水蒸発器。
【請求項4】
チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる基材表面が改質された表面処理金属材であって、最表面から200nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上である表面処理金属材を、水または海水を媒体として流通させる伝熱部に、前記改質された表面が、水または海水に接触するように配置して構成されたものであることを特徴とする海水蒸発器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱交換器や海水蒸発器等に用いられる表面処理金属材、およびその製造方法、並びにこの表面処理金属材を配置して構成される熱交換器または海水蒸発器等に関するものであり、特に炭酸カルシウムを主体とするスケールの付着抑制性に優れた表面処理金属材等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
熱交換器(例えば、プレート式熱交換器)や海水蒸発器(海水淡水化装置)には、耐食性があり伝熱性の高いチタン材やチタン合金材、或はステンレス鋼が多く用いられている(これらを総括して「金属材」と呼ぶことがある)。地下水や上水等の金属材に接触する水には、カルシウムイオン(Ca2+)や炭酸水素イオン(HCO3-)が微量含まれている。そのため、熱交換器や海水蒸発器で水が加熱されると、下記(1)式の反応式によって炭酸カルシウム(CaCO3)が生成し、この炭酸カルシウムを主成分とするスケールが金属材表面に付着することが知られている。
Ca2++2HCO3-→Ca(HCO32→CO2+H2O+CaCO3 …(1)
【0003】
上記の反応は、高温になるほど進行し易くなる傾向がある。特に、熱交換器や海水蒸発器で使用されている金属材に接触する水は60〜90℃程度まで昇温し、炭酸カルシウムを主体とするスケール(以下、単に「スケール」と呼ぶことがある)が生成し易い環境となっている。熱交換器や海水蒸発器を長期間使用すると、金属材にスケールが多量に付着し、これらの機器の伝熱性が低下することになる。このため、現状では、1ヶ月から1年に一度の頻度で定期的に金属材表面に付着したスケールを除去する作業を行なう必要があり、メンテナンスコストが嵩むという問題がある。
【0004】
スケール除去のためのメンテナンスを効率的に行なうためのスケール除去剤についても提案されている(例えば、特許文献1)。この技術では、オキシカルボン酸、スルファミン酸、硫酸アンモニウムを有効成分として含有するスケール除去剤が提案されており、金属材表面に付着したスケールを効率良く除去できることが示されている。
【0005】
しかしながら、上記技術はスケールの付着そのものを抑制するものではなく、メンテナンス頻度を低減できる技術ではなく、炭酸カルシウムを主成分とするスケールが金属材に付着することによる伝熱性の低下自体を解決するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3647843号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の様な状況の下でなされたものであって、その目的は、炭酸カルシウムを主体とするスケールの付着抑制性に優れた表面処理金属材、およびそのような表面処理金属材を製造するための有用な方法、並びに上記のような表面処理金属材を配置して構成される熱交換器または海水蒸発器等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決することのできた本発明の表面処理金属材とは、チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる(特に、チタン若しくはチタン合金からなる)基材表面が改質された表面処理金属材であって、最表面から10nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上である点に要旨を有する。
【0009】
本発明の上記課題は、チタンまたはチタン合金からなる基材表面が改質された表面処理金属材であって、最表面から200nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上とする構成を採用することによっても解決できる。
【0010】
上記のような各種表面処理金属材を製造するに当たっては、Pを含有する化合物と、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属イオンとを含有する溶液に、基材を浸漬するようにすれば良い。
【0011】
この製造方法においては、前記溶液は、更にフッ酸および硝酸を含有するものである
ことが好ましい。
【0012】
上記のような各種表面処理金属材を、水または海水を媒体として流通させる伝熱部に、前記改質された表面が、水または海水に接触するように配置して構成することによって、表面処理金属材への炭酸カルシウムを主体とするスケールの付着が抑制されたものとなり、メンテナンス頻度を低減できる金属製熱交換器または海水蒸発器が実現できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の表面処理金属材では、最表面から10nm深さまで、または最表面から200nm深さまでにおいて、P濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上とすることによって、炭酸カルシウムを主体とするスケールの付着が抑制されたものとなり、メンテナンス頻度を低減できる金属製熱交換器や海水蒸発器の素材として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実験No.1でのチタン材表面のスケール付着状態を示す図面代用SEM写真である。
図2】実験No.5でのチタン材表面のスケール付着状態を示す図面代用SEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者は、炭酸カルシウムを主体とするスケールの付着を抑制した表面処理金属材を実現するべく、様々な角度から検討した。その結果、金属基材表面に、P(リン)と共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素を共存させた層(以下、便宜的に「改質層」と呼ぶことがある)を形成してやれば、スケールの付着抑制性に優れたものとなることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
また、チタン若しくはチタン合金材(以下、「チタン材」で代表することがある)、またはステンレス鋼からなる基材表面に、P(リン)と共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素を共存させた層を形成するに際して、フッ酸でチタンを溶解しながら硝酸で不働態皮膜を再生するときには、上記各元素が取り込まれて比較的厚い改質層(表面改質層)となることも分かった。そして、こうした表面改質層を形成した場合であっても、スケールの付着抑制性に優れたものとなる。
【0017】
上記のような各種改質層を金属材表面に形成することによって、スケールの付着抑制性が優れたものとなる理由については、その全てを解明し得た訳ではないが、おそらく次のように考えることができた。即ち、Pと共に、特定の金属元素を所定量含むような改質層では、水(水および海水)と接触したときに、改質層中の金属成分が水中に徐々に溶出し、炭酸カルシウムの結晶成長面に吸着し、その結果炭酸カルシウムの結晶成長を阻害[前記(1)式の反応の進行を抑制]することになるので、スケールの付着が抑制されることになると考えられる。
【0018】
金属基材表面に形成される改質層は、母材金属材との界面(境界)は明確には区別できない状態となるが、最表面(改質層表面)から10nm深さまで、または200nm深さまでのP濃度や金属元素濃度が上記の範囲となっていることによって、改質層の厚さは10nm以上または200nm以上となっていると判断でき、この厚さが10nm以上または200nm以上となることによって本発明の効果が発揮されることになる。即ち、最も深いところ(最表面から10nm、または200nm)での濃度が最も小さいから、これらの深い位置での濃度を調べることによって、改質層内での濃度を知ることができる。
【0019】
スケールの付着を抑制するためには、最表面(改質層表面)から10nm深さ、または200nm深さでのP濃度が1.0原子%以上であると共に、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属元素濃度が合計で1.0原子%以上とする必要がある。それよりも浅いところでは、P濃度がより高くなっている。これらの濃度のいずれかが、1.0原子%未満になると、元素の溶出量が不十分となり、炭酸カルシウムの成長を十分に抑制できないことになる。これらの濃度(P濃度、または金属元素濃度の夫々)は、好ましくは2原子%以上(より好ましくは3原子%以上)とするのがよいが、現実的に作製可能な観点からして50原子%以下(例えば、30原子%以下、特に10原子%以下)であることが好ましい。尚、各成分の濃度測定位置の基準を「改質層表面から10nm深さまでの位置」または「改質層表面から200nm深さまでの位置」としたのは、形成される各改質層の厚さを考慮し、夫々の厚さにおいて、実環境で使用中に上記各元素が溶出する深さが「10nm」または「200nm」であるという観点からである。
【0020】
上記改質層を構成する元素は、P(リン)および上記の金属元素(Sn,Co,Ni,Fe,Zn,Mg)が所定の割合で含まれることになるが、その他(残部)は、金属基材がチタンまたはチタン合金の場合は、基本的に酸素(O)とチタン(Ti)である。また
金属基材がステンレス鋼の場合にも、改質層を構成する元素は、P(リン)および上記の金属元素(Sn,Co,Ni,Fe,Zn,Mg)が所定の割合で含まれることになるが、その他(残部)は、基本的に酸素(O)と、鉄(Fe)およびクロム(Cr)である。上記改質層は、金属材の表面酸化の皮膜中に、P(リン)および上記の金属元素が、酸素と結合した形態で存在していると考えられる。
【0021】
上記のような改質層を形成した表面処理金属材とすることによって、炭酸カルシウムを主体とするスケールが生成しやすい高温条件で、水や海水を流通させる熱交換器や海水蒸発器の伝熱部に適用することで、伝熱効率の低下が少なく、メンテナンス頻度を少なくすることができるものとなる。
【0022】
本発明の表面処理金属材を製造するに当たっては、(a)P(リン)を含有する化合物(例えば、リン酸、亜リン酸、ポリリン酸等のリン酸類、およびその塩)と、(b)上記金属元素(Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の元素)の塩類(例えば、硫酸塩、塩化物、酢酸塩等)、の両方を溶解した水溶液(金属元素はイオンの状態となる)に、チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる基材を浸漬することで達成される。また、比較的厚い表面改質層を形成するには、Sn,Co,Ni,Fe,ZnおよびMgよりなる群から選ばれる1種以上の金属イオンと、フッ酸および硝酸を含有する溶液に、チタン若しくはチタン合金、またはステンレス鋼からなる基材を浸漬するようにすれば良い。尚、このようにして形成される改質層の厚さは、浸漬時間(複数回浸漬するときは合計時間)を変えることによって調整することができる。また、上記溶液中のフッ酸および硝酸の含有量は0.05〜1.0%程度であることが好ましい。
【0023】
本発明で基材として用いるチタン材としては、例えば工業用純チタン1種から4種(JIS H 4600)等が挙げられ、チタン合金材としては例えばTi−0.15質量%Pd合金が挙げられる。また、本発明で基材として用いるステンレス鋼としては、SUS304(JIS G 4304)が代表的なものとして挙げられるが、これに限定されず、例えばSUS403、SUS430等のステンレス鋼も用いることができる。また、これらの基材は、表面処理される前に、アセトンや酸溶液等によって洗浄される。
【0024】
本発明の表面処理金属材の形態については、板状や管状のいずれも採用できる。例えば、プレート型熱交換器では、板状の金属材の表面に多数の波状突起を形成した状態(プレート)で熱交換部材として使用されることになる。また、海水蒸発器では、管状に形成した金属材を伝熱管として使用されることになる。
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明の構成および作用効果をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0026】
[実施例1]
〈供試材の作製〉
基材となるチタンとして、工業用純チタン2種(JIS H 4600)からなる板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを10mm×50mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このチタン板を、フッ酸と硝酸からなる混酸水溶液(2%HF−10%HNO3)に室温にて15秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、後記表1に示すポリ燐酸塩(ポリ燐酸ナトリウム:Nan+2n3n+1)と、金属塩(塩化物)との混合水溶液(表面処理液)に3分または3〜12時間浸漬した後、再びイオン交換水にて洗浄し、室温にて風乾した。
【0027】
〈表面元素濃度の測定〉
改質層内の各元素の濃度は、グロー放電発光分析法(GD−OES法)により行なった。供試材は、約10mm角の切断し、インジウム(In)に包埋して測定に供した。分析は、堀場製作所製GD−PROFILER2型GD−OES装置を用いて、パルススパッタ分析モードにて、アノード径(分析面積):4mmφ、放電電力:35W、アルゴン(Ar)ガス圧:600Paの条件で行なった。供試材の最表面(改質層の表面)を深さゼロとし、材料の深さ方向の元素分布を調査し、最表面から10nm深さの位置での元素濃度を改質層の評価指標とした。尚、元素濃度を、「最表面から10nm深さ位置」で測定したのは、上記元素の濃度は最表面から深くなるにつれて少なくなり、上記位置での濃度はその範囲での最低濃度となるので、この位置での濃度によって「最表面から10nm深さまでの濃度」がどの程度以上になっているかが判断できるからである。
【0028】
〈スケール付着性評価〉
スケール付着液として、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3):1.5g/L(リットル)、塩化カルシウム(CaCl2・2H2O):1.3g/Lの混合水溶液(Ca濃度:354ppm)を20℃で調製した[炭酸水素ナトリウム、塩化カルシウム:和光純薬工業(株)製の特級試薬]。
【0029】
細長ビーカに上記水溶液30mLを入れて、予め質量を測定した供試材を浸漬した。そして、この細長ビーカを90℃のウオーターバスにいれて細長ビーカ内の試験液が室温(20℃)から90℃までに昇温した時点で1サイクル終了とし、次サイクルとして細長ビーカ内を新たな試験液(20℃、30mL)に入れ替えて、同様に昇温を繰り返した(スケール付着工程)。尚、1サイクルにおける試験液の90℃までの昇温には、約6分を要した。
【0030】
スケール付着工程は、各供試材につき10サイクルで行なった。10サイクルでのスケール付着の後、混合水溶液から取り出したチタン材の質量を測定することで、スケール付着性を評価した。上記スケール付着工程の後、スケール生成液から取り出したチタン板を乾燥させて秤量し、チタン板の質量を測定した。そして、スケール付着工程に給する前のチタン材(スケール付着前のチタン材)の質量の差分から、面積当りのスケール付着量(mg/mm2)を算出した。
【0031】
これらの結果を、表面処理液の種類と共に、下記表1(実験No.1〜11)に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.1のものは、ポリ燐酸塩も金属塩も含有しないイオン交換水に浸漬した例であり、最表面から10nm深さ位置(最表面から10nm深さまでの位置)にPも金属元素も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は16.0×10-4mg/mm2であり、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。このときの、チタン材表面のスケール付着状態を図1(図面代用SEM写真)に示す。
【0034】
実験No.2のものは、ポリ燐酸塩は含有するが、金属塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度は4.5原子%であるが、金属元素は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.1と比べてほとんど低減しなかった。
【0035】
実験No.3のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に浸漬した例であるが、浸漬時間が3分と短く、10nm深さの位置にPも金属元素(Sn)も1.0原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.1と比べてほとんど低減しなかった。
【0036】
実験No.4のものは、金属塩(塩化スズ)は含有するが、ポリ燐酸塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのSn濃度は3.5原子%であるが、P濃度は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.1と比べてほとんど低減しなかった。
【0037】
実験No.5のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に十分浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が4.6原子%、金属元素(Sn)濃度が3.5原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.1の約13%にまで低減していた。このときの、チタン材表面のスケール付着状態を図2(図面代用SEM写真)に示す。
【0038】
実験No.6のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に3時間浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が1.3原子%、金属元素(Sn)濃度が1.1原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.1の約半分にまで低減していた。
【0039】
実験No.7〜11では、ポリ燐酸塩も金属塩も含有する水溶液に十分浸漬したため、10nm深さ位置でのP濃度が2.8〜5.0原子%、金属元素濃度が2.2〜4.7原子%存在する改質層が形成されており、スケール付着量は実験No.1の1/3以下にまで低減していた。
【0040】
[実施例2]
〈供試材の作製〉
基材となるステンレス鋼として、SUS304(JIS G 4304)からなる板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを10mm×50mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このステンレス板を、イオン交換水で洗浄し、後記表2に示すポリ燐酸塩(ポリ燐酸ナトリウム:Nan+2n3n+1)と、金属塩(塩化物)との混合水溶液(表面処理液)に3分または3〜12時間浸漬した後、再びイオン交換水にて洗浄し、室温にて風乾した。
【0041】
表面処理したステンレス鋼材において、表面元素濃度の測定、スケール付着性評価を、実施例1と同様に実施した。
【0042】
これらの結果を、表面処理液の種類と共に、下記表2(実験No.12〜22)に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.12のものは、ポリ燐酸塩も金属塩も含有しないイオン交換水に浸漬した例であり、最表面から10nm深さ位置(最表面から10nm深さまでの位置)にPも金属元素も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は20.1×10-4mg/mm2であり、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。
【0045】
実験No.13のものは、ポリ燐酸塩は含有するが、金属塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度は3.9原子%であるが、金属元素は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.12と比べてほとんど低減しなかった。
【0046】
実験No.14のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に浸漬した例であるが、浸漬時間が3分と短く、10nm深さの位置にPも金属元素(Sn)も1.0原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.12と比べてほとんど低減しなかった。
【0047】
実験No.15のものは、金属塩(塩化スズ)は含有するが、ポリ燐酸塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのSn濃度は2.8原子%であるが、P濃度は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.12と比べてほとんど低減しなかった。
【0048】
実験No.16のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に十分浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が5.5原子%、金属元素(Sn)濃度が4.0原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.12の約半分にまで低減していた。
【0049】
実験No.17のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に3時間浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が1.6原子%、金属元素(Sn)濃度が1.2原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.12の約70%にまで低減していた。
【0050】
実験No.18〜22では、ポリ燐酸塩も金属塩も含有する水溶液に十分浸漬したため、10nm深さ位置でのP濃度が2.3〜4.4原子%、金属元素濃度が2.0〜4.1原子%存在する改質層が形成されており、スケール付着量は実験No.12の60%以下にまで低減していた。
【0051】
[実施例3]
〈供試材の作製〉
基材となるチタンとして、工業用純チタン2種(JIS H 4600)からなる板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを10mm×50mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このチタン板を、フッ酸と硝酸からなる混酸水溶液(2%HF−10%HNO3)に室温にて15秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、後記表3に示すポリ燐酸塩(ポリ燐酸ナトリウム:Nan+2n3n+1)と、金属塩(塩化物)を、水、またはフッ酸と硝酸(0.1%HF−0.5%HNO3)を溶媒とする表面処理液に、12時間浸漬した後、再びイオン交換水にて洗浄し、室温にて風乾した。
【0052】
表面処理したチタン材において、表面元素濃度の測定、スケール付着性評価を下記の方法で実施した。
【0053】
〈表面元素濃度の測定〉
元素濃度を、「最表面から200nm深さ位置」で測定する以外は実施例1と同様にして表面元素濃度を測定した。尚、元素濃度を、「最表面から200nm深さ位置」で測定したのは、上記と同様に、上記元素の濃度は最表面から深くなるにつれて少なくなり、上記位置での濃度はその範囲での最低濃度となるので、この位置での濃度によって「最表面から200nm深さまでの濃度」がどの程度以上になっているかが判断できるからである。
【0054】
〈スケール付着性評価〉
スケール付着工程を、各供試材につき20サイクルで行なう以外は、実施例1と同様にしてスケール付着性を評価した。
【0055】
これらの結果を、表面処理液の種類と共に、下記表3(実験No.23〜30)に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.23のものは、ポリ燐酸塩も金属塩も含有しないイオン交換水に浸漬した例であり、最表面から200nm深さ位置(最表面から200nm深さまでの位置)にPも金属元素も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は28.0×10-4mg/mm2であり、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。
【0058】
実験No.24のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に浸漬した例であるが、200nm深さの位置にPも金属元素(Sn)も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.23に比べては低減しているものの、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。尚、実験No.24であっても、表面改質層が薄く形成されているため(表3参照)、スケール付着量は実験No.23と比べて少なくなっている。
【0059】
実験No.25〜30では、ポリ燐酸塩も金属塩も含有する水溶液に十分浸漬したため、200nm深さ位置でのP濃度が1.6〜8.0原子%、金属元素濃度が1.9〜4.3原子%存在する改質層が形成されており、スケール付着量は実験No.23の13%以下にまで低減していた。
図1
図2