【実施例】
【0026】
[実施例1]
〈供試材の作製〉
基材となるチタンとして、工業用純チタン2種(JIS H 4600)からなる板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを10mm×50mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このチタン板を、フッ酸と硝酸からなる混酸水溶液(2%HF−10%HNO
3)に室温にて15秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、後記表1に示すポリ燐酸塩(ポリ燐酸ナトリウム:Na
n+2P
nO
3n+1)と、金属塩(塩化物)との混合水溶液(表面処理液)に3分または3〜12時間浸漬した後、再びイオン交換水にて洗浄し、室温にて風乾した。
【0027】
〈表面元素濃度の測定〉
改質層内の各元素の濃度は、グロー放電発光分析法(GD−OES法)により行なった。供試材は、約10mm角の切断し、インジウム(In)に包埋して測定に供した。分析は、堀場製作所製GD−PROFILER2型GD−OES装置を用いて、パルススパッタ分析モードにて、アノード径(分析面積):4mmφ、放電電力:35W、アルゴン(Ar)ガス圧:600Paの条件で行なった。供試材の最表面(改質層の表面)を深さゼロとし、材料の深さ方向の元素分布を調査し、最表面から10nm深さの位置での元素濃度を改質層の評価指標とした。尚、元素濃度を、「最表面から10nm深さ位置」で測定したのは、上記元素の濃度は最表面から深くなるにつれて少なくなり、上記位置での濃度はその範囲での最低濃度となるので、この位置での濃度によって「最表面から10nm深さまでの濃度」がどの程度以上になっているかが判断できるからである。
【0028】
〈スケール付着性評価〉
スケール付着液として、炭酸水素ナトリウム(NaHCO
3):1.5g/L(リットル)、塩化カルシウム(CaCl
2・2H
2O):1.3g/Lの混合水溶液(Ca濃度:354ppm)を20℃で調製した[炭酸水素ナトリウム、塩化カルシウム:和光純薬工業(株)製の特級試薬]。
【0029】
細長ビーカに上記水溶液30mLを入れて、予め質量を測定した供試材を浸漬した。そして、この細長ビーカを90℃のウオーターバスにいれて細長ビーカ内の試験液が室温(20℃)から90℃までに昇温した時点で1サイクル終了とし、次サイクルとして細長ビーカ内を新たな試験液(20℃、30mL)に入れ替えて、同様に昇温を繰り返した(スケール付着工程)。尚、1サイクルにおける試験液の90℃までの昇温には、約6分を要した。
【0030】
スケール付着工程は、各供試材につき10サイクルで行なった。10サイクルでのスケール付着の後、混合水溶液から取り出したチタン材の質量を測定することで、スケール付着性を評価した。上記スケール付着工程の後、スケール生成液から取り出したチタン板を乾燥させて秤量し、チタン板の質量を測定した。そして、スケール付着工程に給する前のチタン材(スケール付着前のチタン材)の質量の差分から、面積当りのスケール付着量(mg/mm
2)を算出した。
【0031】
これらの結果を、表面処理液の種類と共に、下記表1(実験No.1〜11)に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.1のものは、ポリ燐酸塩も金属塩も含有しないイオン交換水に浸漬した例であり、最表面から10nm深さ位置(最表面から10nm深さまでの位置)にPも金属元素も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は16.0×10
-4mg/mm
2であり、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。このときの、チタン材表面のスケール付着状態を
図1(図面代用SEM写真)に示す。
【0034】
実験No.2のものは、ポリ燐酸塩は含有するが、金属塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度は4.5原子%であるが、金属元素は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.1と比べてほとんど低減しなかった。
【0035】
実験No.3のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に浸漬した例であるが、浸漬時間が3分と短く、10nm深さの位置にPも金属元素(Sn)も1.0原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.1と比べてほとんど低減しなかった。
【0036】
実験No.4のものは、金属塩(塩化スズ)は含有するが、ポリ燐酸塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのSn濃度は3.5原子%であるが、P濃度は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.1と比べてほとんど低減しなかった。
【0037】
実験No.5のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に十分浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が4.6原子%、金属元素(Sn)濃度が3.5原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.1の約13%にまで低減していた。このときの、チタン材表面のスケール付着状態を
図2(図面代用SEM写真)に示す。
【0038】
実験No.6のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に3時間浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が1.3原子%、金属元素(Sn)濃度が1.1原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.1の約半分にまで低減していた。
【0039】
実験No.7〜11では、ポリ燐酸塩も金属塩も含有する水溶液に十分浸漬したため、10nm深さ位置でのP濃度が2.8〜5.0原子%、金属元素濃度が2.2〜4.7原子%存在する改質層が形成されており、スケール付着量は実験No.1の1/3以下にまで低減していた。
【0040】
[実施例2]
〈供試材の作製〉
基材となるステンレス鋼として、SUS304(JIS G 4304)からなる板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを10mm×50mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このステンレス板を、イオン交換水で洗浄し、後記表2に示すポリ燐酸塩(ポリ燐酸ナトリウム:Na
n+2P
nO
3n+1)と、金属塩(塩化物)との混合水溶液(表面処理液)に3分または3〜12時間浸漬した後、再びイオン交換水にて洗浄し、室温にて風乾した。
【0041】
表面処理したステンレス鋼材において、表面元素濃度の測定、スケール付着性評価を、実施例1と同様に実施した。
【0042】
これらの結果を、表面処理液の種類と共に、下記表2(実験No.12〜22)に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.12のものは、ポリ燐酸塩も金属塩も含有しないイオン交換水に浸漬した例であり、最表面から10nm深さ位置(最表面から10nm深さまでの位置)にPも金属元素も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は20.1×10
-4mg/mm
2であり、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。
【0045】
実験No.13のものは、ポリ燐酸塩は含有するが、金属塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度は3.9原子%であるが、金属元素は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.12と比べてほとんど低減しなかった。
【0046】
実験No.14のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に浸漬した例であるが、浸漬時間が3分と短く、10nm深さの位置にPも金属元素(Sn)も1.0原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.12と比べてほとんど低減しなかった。
【0047】
実験No.15のものは、金属塩(塩化スズ)は含有するが、ポリ燐酸塩は含有しない水溶液に浸漬した例であり、10nm深さ位置でのSn濃度は2.8原子%であるが、P濃度は0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.12と比べてほとんど低減しなかった。
【0048】
実験No.16のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に十分浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が5.5原子%、金属元素(Sn)濃度が4.0原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.12の約半分にまで低減していた。
【0049】
実験No.17のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に3時間浸漬した例であり、10nm深さ位置でのP濃度が1.6原子%、金属元素(Sn)濃度が1.2原子%存在する改質層が形成されているため、スケール付着量は実験No.12の約70%にまで低減していた。
【0050】
実験No.18〜22では、ポリ燐酸塩も金属塩も含有する水溶液に十分浸漬したため、10nm深さ位置でのP濃度が2.3〜4.4原子%、金属元素濃度が2.0〜4.1原子%存在する改質層が形成されており、スケール付着量は実験No.12の60%以下にまで低減していた。
【0051】
[実施例3]
〈供試材の作製〉
基材となるチタンとして、工業用純チタン2種(JIS H 4600)からなる板(厚さ:0.5mm)を使用し、これを10mm×50mmに切り出して、アセトン洗浄後、室温にて風乾した。このチタン板を、フッ酸と硝酸からなる混酸水溶液(2%HF−10%HNO
3)に室温にて15秒浸漬した後、イオン交換水で洗浄し、後記表3に示すポリ燐酸塩(ポリ燐酸ナトリウム:Na
n+2P
nO
3n+1)と、金属塩(塩化物)を、水、またはフッ酸と硝酸(0.1%HF−0.5%HNO
3)を溶媒とする表面処理液に、12時間浸漬した後、再びイオン交換水にて洗浄し、室温にて風乾した。
【0052】
表面処理したチタン材において、表面元素濃度の測定、スケール付着性評価を下記の方法で実施した。
【0053】
〈表面元素濃度の測定〉
元素濃度を、「最表面から200nm深さ位置」で測定する以外は実施例1と同様にして表面元素濃度を測定した。尚、元素濃度を、「最表面から200nm深さ位置」で測定したのは、上記と同様に、上記元素の濃度は最表面から深くなるにつれて少なくなり、上記位置での濃度はその範囲での最低濃度となるので、この位置での濃度によって「最表面から200nm深さまでの濃度」がどの程度以上になっているかが判断できるからである。
【0054】
〈スケール付着性評価〉
スケール付着工程を、各供試材につき20サイクルで行なう以外は、実施例1と同様にしてスケール付着性を評価した。
【0055】
これらの結果を、表面処理液の種類と共に、下記表3(実験No.23〜30)に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.23のものは、ポリ燐酸塩も金属塩も含有しないイオン交換水に浸漬した例であり、最表面から200nm深さ位置(最表面から200nm深さまでの位置)にPも金属元素も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は28.0×10
-4mg/mm
2であり、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。
【0058】
実験No.24のものは、ポリ燐酸塩も金属塩(塩化スズ)も含有する水溶液に浸漬した例であるが、200nm深さの位置にPも金属元素(Sn)も0.01原子%未満しか存在せず、スケール付着量は実験No.23に比べては低減しているものの、表面を炭酸カルシウムのスケールが覆っている状態となっていた。尚、実験No.24であっても、表面改質層が薄く形成されているため(表3参照)、スケール付着量は実験No.23と比べて少なくなっている。
【0059】
実験No.25〜30では、ポリ燐酸塩も金属塩も含有する水溶液に十分浸漬したため、200nm深さ位置でのP濃度が1.6〜8.0原子%、金属元素濃度が1.9〜4.3原子%存在する改質層が形成されており、スケール付着量は実験No.23の13%以下にまで低減していた。