【実施例】
【0016】
以下、図面を用いて実施例により本発明を具体的に説明する。なお、本実施例では、本発明に係る「潤滑対象部」としてすべり軸受部を例示する。
【0017】
(1)すべり軸受部診断方法
本実施例におけるすべり軸受部診断方法は、PEEK製のすべり軸受(本発明に係る「樹脂摺動材」として例示する)又はPTFE製のすべり軸受(本発明に係る「樹脂摺動材」として例示する)を備えるすべり軸受部の診断方法である。この診断方法は、以下に述べる摩耗深さ及び摩耗速度による第1診断処理(
図1参照)と、摩耗粒子の大きさ及び種類による第2診断処理(
図2参照)と、を備えている。
【0018】
上記第1診断処理は、
図1に示すように、熱分解クロマトグラフィにより潤滑オイル(本発明に係る「潤滑流体」として例示する。)中の樹脂成分濃度を分析する工程(ステップS1)と、分析された樹脂成分濃度に基づいてすべり軸受の摩耗深さDpを算出する工程(ステップS2)と、この摩耗深さDpに基づいて摩耗速度Wspを算出する工程(ステップS3)と、を備えている。上記摩耗深さDpは、以下に示す数式(1)により算出され、摩耗速度Wspは、以下に示す数式(2)により算出される。
【0019】
【数1】
【0020】
なお、上記すべり軸受(PEEK)では、試料油100ml中のPEEKの摩耗粒子を0.8μm銀製フィルタにより分離抽出し、フィルタ上に捕捉した摩耗粒子をフィルタごと加熱分解装置に投入し、ガスクロマトグラフィでフェノール濃度を測定する。また、上記すべり軸受(PTFE)では、試料油100ml中のPTFEの摩耗粒子を0.8μmメンブランフィルタにより分離抽出し、フィルタ上に捕捉した摩耗粒子をフィルタごと加熱分解装置に投入し、イオンクロマトグラフィでフッ素濃度を測定する。
【0021】
また、上記第1診断処理は、摩耗深さDpと所定の第1基準値C1とを比較する第1比較工程(ステップS4)と、摩耗速度Wspと所定の第2基準値C2とを比較する第2比較工程(ステップS7)と、この第2比較工程の比較結果に応じて摩耗深さDpと所定の第3基準値C3(第3基準値C3<第1基準値C1)とを比較する第3比較工程(ステップS8)と、を備えている。上記第1基準値C1は、すべり軸受の使用限界を迎える摩耗深さを示す適当な値とされている。また、第2基準値C2は、すべり軸受部の運転時間として残りどのくらい使用すると使用限界となるかを示す適当な値とされている。さらに、第3基準値C3は、すべり軸受部の摩耗が進行しつつある領域の摩耗深さを示す適当な値とされている。
【0022】
そして、第1比較工程において摩耗深さDpが所定の第1基準値C1未満の場合(ステップS4でNo判定)には、すべり軸受部の潤滑状態が健全(即ち、正常)であると判定する(ステップS5)。一方、第1比較工程において摩耗深さDpが所定の第1基準値C1を超えた場合(ステップS4でYes判定)には、すべり軸受部の潤滑状態が異常である(即ち、すべり軸受部の点検実施が必要である)と判定する(ステップS6)。
【0023】
また、第2比較工程において摩耗速度Wspが所定の第2基準値C2未満の場合(ステップS7でNo判定)には、すべり軸受部の潤滑状態が健全(即ち、正常)であると判定する(ステップS5)。一方、第2比較工程において摩耗速度Wspが所定の第2基準値C2を超え(ステップS7でYes判定)且つ第3比較工程において摩耗深さDpが所定の第3基準値C3未満の場合(ステップS8でNo判定)には、すべり軸受部の潤滑状態が要注意である(即ち、すべり軸受部の診断周期の短縮が必要である)と判定する(ステップS9)。さらに、第2比較工程において摩耗速度Wspが所定の第2基準値C2を超え(ステップS7でYes判定)且つ第3比較工程において摩耗深さDpが所定の第3基準値C3を超えた場合(ステップS8でYes判定)には、すべり軸受部が使用限界を超えていると判定する(ステップS10)。
【0024】
上記第2診断処理は、
図2に示すように、顕微赤外分光装置(顕微FT−IR)を用いて潤滑オイル中の摩耗粒子の成分を同定するとともに摩耗粒子を観察する第1観察工程(ステップS11)と、その観察結果に基づいて中期的摩耗粒子の有無を判定する工程(ステップS12)と、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて潤滑オイル中の摩耗粒子を観察する第2観察工程(ステップS14)と、その観察結果に基づいて終期的摩耗粒子の有無を判定する工程(ステップS15)と、を備えている。
【0025】
なお、上記第1観察工程では、試料油中の摩耗粒子をフィルタにより分離抽出し、フィルタをそのまま顕微赤外分光装置にセットし、フィルタ上の摩耗粒子を1個ずつ分析する。ここで、上記すべり軸受(PEEK)では、上記第1観察工程において、
図3に示すように、樹脂成分が同定されるとともに、摩耗粒子が観察される。一方、上記すべり軸受(PTFE)では、上記第1観察工程において、
図4に示すように、樹脂成分が同定されるとともに、摩耗粒子が観察される。
【0026】
上記すべり軸受(PEEK)では、初期的摩耗粒子として、
図5(a)に示すように、最大長さが20μm未満のフレーク状であり、非常に薄い樹脂摩耗粒子が観察される。また、中期的摩耗粒子として、
図5(b)(c)に示すように、最大長さが20〜60μmのフレーク状の樹脂摩耗粒子が観測される。さらに、終期的摩耗粒子として、
図6(a)(b)に示すように、すべり軸受に含まれる最大長さが20μm前後のカーボンファイバー(補強繊維)からなる棒状の繊維摩耗粒子が観察されたり、
図6(c)に示すように、最大長さが60μmを超える大型サイズの樹脂摩耗粒子が観察されたりする。
【0027】
一方、上記すべり軸受(PTFE)では、初期的摩耗粒子として、
図7(a)に示すように、最大長さが10μm未満のフレーク状の樹脂摩耗粒子が観察される。また、中期的摩耗粒子として、
図7(b)(c)に示すように、最大長さが10〜40μmの若干厚みのある樹脂摩耗粒子が観測される。さらに、終期的摩耗粒子として、
図8(a)(b)に示すように、すべり軸受に含まれる最大長さが20〜40μm前後のガラスファイバー(補強繊維)からなる棒状の繊維摩耗粒子が観察されたり、
図8(c)に示すように、最大長さが40μmを超える大型サイズの樹脂摩耗粒子が観察されたりする。
【0028】
そして、第2診断処理において、
図2に示すように、中期的摩耗粒子の存在が確認されない場合(ステップS12でNo判定)、即ち初期的摩耗粒子のみの存在が確認された場合には、すべり軸受部の潤滑状態が健全(即ち、正常)であると判定する(ステップS13)。一方、中期的摩耗粒子の存在が確認され(ステップS12でYes判定)且つ終期的摩耗粒子の存在が確認されない場合(ステップS15でNo判定)には、すべり軸受部の潤滑状態が要注意である(即ち、すべり軸受部の診断周期の短縮が必要である)と判定する(ステップS16)。さらに、中期的摩耗粒子の存在が確認され(ステップS12でYes判定)且つ終期的摩耗粒子の存在が確認された場合(ステップS15でYes判定)には、すべり軸受部の潤滑状態が異常である(即ち、すべり軸受部の点検実施が必要である)と判定する(ステップS17)。
【0029】
なお、上記第1及び第2診断処理で異なる診断結果となった場合には、一方の診断結果(例えば、悪い方の診断結果)を選択してもよいし、両診断結果に基づいて新たな診断結果をくだすようにしてもよい。
【0030】
(2)実施例の効果
以上より、本実施例のすべり軸受部診断方法によると、潤滑オイル中に繊維摩耗粒子及び終期的樹脂摩耗粒子が含まれている場合に、すべり軸受部の潤滑状態が異常であると判定され、潤滑オイル中に、繊維摩耗粒子及び終期的樹脂摩耗粒子が含まれておらず、且つ、中期的樹脂摩耗粒子が含まれている場合に、すべり軸受部の潤滑状態が要注意であると判定され、潤滑流体中に、繊維摩耗粒子、終期的樹脂摩耗粒子及び中期的樹脂摩耗粒子が含まれておらず、且つ、初期的樹脂摩耗粒子が含まれている場合に、すべり軸受部の潤滑状態が正常であると判定される。このように、摩耗粒子の大きさ及び種類に基づいてすべり軸受部を診断するようにしたので、PEEK又はPTFE製の樹脂摺動材を備えるすべり軸受部を高精度に診断することができる。
【0031】
また、本実施例では、熱分解クロマトグラフィにより分析される潤滑オイル中の樹脂成分濃度に基づいて、樹脂摺動材の摩耗深さDp、及び摩耗深さの時間経過に伴う変化率を示す摩耗速度Wspを算出する工程を備えるので、摩耗深さDpが所定の第1基準値C1を超えた場合に、すべり軸受部の潤滑状態が異常であると判定され、摩耗速度Wspが所定の第2基準値C2を超え、且つ、摩耗深さDpが所定の第3基準値C3以下である場合に、すべり軸受部の潤滑状態が要注意であると判定され、摩耗深さDpが所定の第1基準値C1以下であるか、又は摩耗速度Wspが所定の第2基準値C2以下である場合に、すべり軸受部の潤滑状態が正常であると判定される。これにより、摩耗粒子の大きさ及び種類に加えて、樹脂摺動材の摩耗深さ及び摩耗速度に基づいてすべり軸受部が診断されるので、すべり軸受部を更に高精度に診断できる。
【0032】
さらに、本実施例では、摩耗速度Wspが所定の第2基準値C2を超え、且つ、摩耗深さDpが所定の第3基準値C3を超えた場合に、樹脂摺動材が使用限界を超えていると判定するので、すべり軸受部を更に高精度に診断できる。
【0033】
尚、本発明においては、上記実施例に限られず、目的、用途に応じて本発明の範囲内で種々変更した実施例とすることができる。すなわち、上記実施例では、潤滑対象部としてすべり軸受部を例示したが、これに限定されず、例えば、転がり軸受部、ギヤ部、変圧器における接点切換機構の摺動部等としてもよい。また、上記実施例では、樹脂摺動材としてPEEK又はPTFE製の摺動材を例示したが、これに限定されず、例えば、その他の摺動性に優れた樹脂からなる摺動材としてもよい。さらに、上記実施例では、潤滑流体として潤滑オイルを例示したが、これに限定されず、例えば、グリースやエア等としてもよい。
【0034】
前述の例は単に説明を目的とするものでしかなく、本発明を限定するものと解釈されるものではない。本発明を典型的な実施形態の例を挙げて説明したが、本発明の記述および図示において使用された文言は、限定的な文言ではなく説明的および例示的なものであると理解される。ここで詳述したように、その形態において本発明の範囲または精神から逸脱することなく、添付の特許請求の範囲内で変更が可能である。ここでは、本発明の詳述に特定の構造、材料および実施例を参照したが、本発明をここにおける開示事項に限定することを意図するものではなく、むしろ、本発明は添付の特許請求の範囲内における、機能的に同等の構造、方法、使用の全てに及ぶものとする。
【0035】
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本発明の請求項に示した範囲で様々な変形または変更が可能である。