(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
界磁(23)と、電機子巻線(22)を含む電機子(21)とを有する電動機(2)と、前記電動機へと電圧を出力する駆動装置(1)とを有する電動機駆動装置において、前記電動機の脱調を検出する装置であって、
前記界磁による鎖交磁束と同相のd軸に対して位相角(φc)をなすδc軸と、前記δc軸に対して第1方向に位相が90度進むγc軸とを有する回転座標において、前記電機子巻線に流れる電流([iδγc])を取得する電流取得部(5,34)と、
前記δc軸と前記γc軸とを有する回転座標の回転速度(ω1)を演算する回転速度演算部(32)と、
前記回転座標において、前記電機子巻線に印加される電圧もしくはその指令である取得電圧([V*])を取得する交流電圧取得部(35)と、
前記回転座標での前記電動機の電圧方程式において、前記電動機が脱調せずに回転するときの前記位相角の範囲を用いて導かれ、前記位相角を含まず、前記電流、前記回転速度および前記電圧を変数として含む脱調判別不等式を満たすか否かを判定し、前記脱調判別不等式を満たさないときに、前記電動機が脱調したと判定する判定部(4)と
を備える、脱調検出装置。
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施の形態の詳細な説明に入る前に、この発明の基本的思想について説明する。もちろん、この基本的思想も本発明の範疇にある。
【0022】
<1.基本思想>
図1は同期電動機(以下、単に「電動機」と称す。なお同期電動機の特殊なものとして、スイッチトリラクタンスモータのように界磁を有しないものもある。しかしここでは同期電動機とは界磁を有しているものを指す。)における空隙磁束[λ](記号[]はベクトル量を表す:以下同様)と、界磁による電機子への鎖交磁束[Λ0](以下、単に「鎖交磁束」と称す)との関係を示すベクトル図である。鎖交磁束[Λ0]は例えば電動機が永久磁石を有している場合には当該永久磁石によって発生するし、電動機が界磁巻線を有している場合には当該界磁巻線に電流が流れることによって発生する。
【0023】
電動機の回転と同期する回転座標系としてd−q回転座標系を導入する。ここではd軸を鎖交磁束[Λ0]と同相に設定し、q軸はd軸に対して、所定の進み方向に向かって位相が90度進む。
【0024】
また回転座標系としてδ−γ回転座標系とδc−γc回転座標系とを導入する。δ軸はd軸に対して、γ軸はq軸に対して、それぞれ当該進み方向に向かって位相角φで位相が進む。δc軸はd軸に対して、γc軸はq軸に対して、それぞれ当該進み方向に向かって位相角φcで位相が進む。以下、説明の便宜上、δ軸のd軸に対する位相角φを実位相角φと称し、δc軸のq軸に対する位相角φを推定位相角φcと称する。
【0025】
例えば、「一次磁束制御」として知られている電動機の制御方法では、空隙磁束[λ]と同相にδ軸を設定する。この場合、実位相角φは負荷角(鎖交磁束[Λ0]と空隙磁束[λ]との間の位相角)として把握される。なお空隙磁束[λ]は一次磁束とも称され、鎖交磁束[Λ0]と、電機子に流れる電機子電流(これは三相電流[i
x]でもある)によって発生する電機子反作用の磁束との合成である。
【0026】
さて、空隙磁束[λ]は周知のように、電動機(より詳細には電動機が備える電機子が有する電機子巻線)に供給される電圧及び電流と、電動機の機器定数(例えばインダクタンス、電機子巻線の抵抗成分の抵抗値、鎖交磁束)と、電動機の回転速度とで決定される。よって空隙磁束[λ]の推定値[λ^]は、上記の電圧及び電流、機器定数、回転速度の実測値(あるいは指令値、推定値)から得られる。よって電動機を制御する制御装置は、推定値[λ^]が空隙磁束[λ]の指令値[λ
*]と等しくなるように制御を行う。上述の「一次磁束制御」では、指令値[λ
*]のγ軸成分は0である。
【0027】
かかる制御においてδc−γc回転座標系を採用すると、推定位相角φcが実位相角φと一致することで、電動機の回転を適切に制御することができる。機器定数、回転速度、電動機に与えられる電圧及び電流が完全に把握されていれば、これらに基づいて得られる推定値[λ^]を指令値[λ
*]と等しくなるように制御することにより、空隙磁束[λ]が指令値[λ
*]と一致するからである。
【0028】
また例えば一次磁束制御では、発生トルクが実位相角φに対して単調増加する実位相角φの範囲において、速度制御が行われる。例えば表面磁石同期電動機では、実位相角φが−90度から90度の範囲において制御が行なわれる。しかしながら負荷の変動、外乱等により、電動機が適切に回転できず、脱調する場合がある。このとき、例えば表面磁石同期電動機では、推定位相角φcは−90度から90度の範囲内に収まらない。
【0029】
本発明はこの点に着目し、電動機が脱調せずに適切に回転する推定位相角の範囲を考慮して、脱調の有無を判別するための脱調判別不等式を導出する。そして、これを用いて脱調を検出することを企図する。
【0030】
ここでは、δc−γc回転座標系において制御を行なうので、脱調判別不等式の導出にあたり、δc−γc回転座標系における電圧方程式を考慮する。この電圧方程式は以下の式で表される。
【0032】
ここで、[V
δγc]は、電動機に印加される電圧のδc軸成分(以下、電圧V
δcとも呼ぶ)およびγc軸成分(以下、電圧V
γcとも呼ぶ)を有する電圧ベクトルであり、[V
δc V
γc]
t(上付きの”t”は行列の転置を示す)と表すことができる。Rは電機子巻線の抵抗成分の抵抗値である。[i
δγc]は、電機子巻線に流れる電流のδc軸成分(以下、電流i
δcとも呼ぶ)およびγc軸成分(以下、電流i
γcとも呼ぶ)を有する電流ベクトルであり、[i
δc i
γc]
tと表すことができる。pは微分演算子を示し、ω1は回転速度を示す。この回転速度ω1は、電動機が上記進み方向(正転方向)に回転するときに正となり、上記進み方向とは反対方向に回転するときに負となる。[λ
δγc]は、空隙磁束[λ]のδc軸成分λ
δcおよびγc軸成分λ
γcを有する磁束ベクトルであり、[λ
δc λ
γc]
tと表すことができる。Ld,Lqは、それぞれ電機子巻線のインダクタンスのd軸成分(以下、d軸インダクタンスとも呼ぶ)およびq軸成分(以下、q軸インダクタンスとも呼ぶ)である。鎖交磁束Λ0は鎖交磁束[Λ0]の大きさ(スカラー量)である。但し、[I],[J]及びそれらの要素を囲む記号[]は行列を示す。
【0033】
上記で示した電圧方程式は、周知のd−q回転座標系における電圧方程式に対して、推定位相角φcの回転変換を行なうことで導かれる。
【0034】
この電圧方程式は、電圧[V
δγc],電流[i
δγc],回転速度ω1および推定位相角φcを変数として含み、抵抗値R、d軸インダクタンスLd、q軸インダクタンスLqおよび鎖交磁束Λ0を、電動機の機器定数として含む。機器定数の値は、適宜に実測値、推定値または予め決められた設定値として取得され、変数は、適宜に実測値、推定値または指令値として取得される(詳細な一例は後述)。これらの情報を取得することで、電圧方程式において未知数は推定位相角φcのみとなるので、電圧方程式に基づいて推定位相角φcを算出することができる。しかしながら、本実施の形態では、脱調検出のためには、推定位相角φcの算出を行なわない。
【0035】
さて、電動機が脱調せずに回転するときの推定位相角φcの範囲は、例えば以下の式で表すことができる(但しφcの表現は−180°<φc<180°において行った)。
【0037】
推定位相角φcを含む電圧方程式(式(1)、(2))と、推定位相角φcの範囲を示す不等式(式(3))とが存在するので、これらの式に基づいて、以下に詳述するように、推定位相角φcを含まない不等式(脱調判別不等式)を導くことができる。そして、本実施の形態では、上記機器定数と上記変数とを取得して、脱調判別不等式を満足するか否かを判別し、その脱調判別不等式を満足しないときに、脱調を検出するのである。以下に詳細な一例について説明する。
【0038】
<2.非突極性の電動機>
<2−1.脱調判別不等式を用いた脱調検出>
まず突極性を有しない(換言すれば非突極性を有する)電動機について説明する。非突極性を有する電動機においては、その定義上、インダクタンスは等方的であるので、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqとが互いに等しい。よってここでは、非突極性を有する電動機の電機子巻線のインダクタンスの表記として符号Lqを採用する。このような電動機としては、コアと、コアの外周全周に亘って設けられる永久磁石とを有する界磁を採用した電動機(表面磁石同期電動機)を例示できる。
【0039】
Ld=Lqを考慮するとL0=Ld=Lq、L1=0となる。また簡単のために、定常状態を想定して微分演算子pで示される項を零に近似すると、電圧方程式は以下の式で表現される。式(5)および式(6)は、式(4)を電圧V
δc,V
γc毎に表現したものである。
【0041】
電動機が脱調していなければ、推定位相角φcの範囲は−90度以上90度以下である(式(3))。よって、推定位相角φcの余弦値(cosφc)は零以上である。式(6)を参照すると、電圧V
γcについての電圧方程式には余弦値(cosφc)が存在する。よってこの電圧V
γcについての電圧方程式を変形し、余弦値(cosφc)を示す等価式を以下のように導く。
【0043】
余弦値(cosφc)が零以上であるので、以下の不等式が導かれる。
【0045】
この式(8)を脱調判別不等式として採用する。式(8)において、各機器定数(抵抗値R、インダクタンスLq、鎖交磁束Λ0)の値は例えば予め決められる。よって、各変数(電圧V
γc,電流i
δc,i
γc、回転速度ω1)の値(実測値、指令値又は推測値)を取得して、この脱調判別不等式が満足するか否かを判別する。そして脱調判別不等式を満足しないと判別したときに、脱調が生じていると判断する。換言すれば、余弦値(cosφc)を示す等価式(式(8)の左辺)が零より小さいときに、脱調が生じていると判断するのである。
【0046】
なお上述の変数を所定のタイミング毎に繰り返し取得し、その都度、脱調判別不等式を満足するか否かの判別を行なうと良い。これにより、電動機の全運転中において、脱調を検出できる。
【0047】
以上のように、本実施の形態によれば、推定位相角φcを含まない脱調判別不等式(例えば式(8))を用いて脱調を検出する。したがって、推定位相角φcを算出するための逆三角関数の演算(例えばアークコサインなど)を行なう必要がない。よって、演算処理を容易にできる。
【0048】
なお式(8)においては、(ω1・Λ0)を分母とした除算が含まれている。除算の演算処理は他の四則演算に比して複雑である。そこで、(ω1・Λ0)を分母とした除算を用いない脱調判別不等式を以下で導出する。
【0049】
x>0のとき1を採り、x<0のときに−1を採るsgn(x)を、式(8)に導入すると、以下の式が導かれる。
【0051】
式(9)における分母の(|ω1|・Λ0)は正であるので、式(9)の両辺に(|ω1|・Λ0)を乗算すると、以下の式を導くことができる。
【0053】
式(10)を脱調判別不等式として採用すれば、(ω1・Λ0)を分母とした除算を行なう必要がない。よって、演算処理を更に容易にできる。
【0054】
なお式(10)を用いた脱調検出は、次のようにも説明できる。即ち、式(V
γc−R・i
γc−ω1・Lq・i
δc)の正負の極性が回転速度ω1の正負の極性と異なるときに、脱調を検出する、とも説明できる。
【0055】
なお推定位相角φcが−90度から90度の範囲内であっても、±90度近傍の値を採るときには、脱調が生じる可能性がある。例えば推定位相角φcが実位相角φと常に一致するとは限らないからである。そこで推定位相角φcの範囲として、より狭い範囲(例えば−80度から80度の範囲)を採用しても良い。
【0056】
このように推定位相角φcの範囲として−80度から80度の範囲を採用した場合、脱調判別式は以下の式で表される。
【0058】
この場合、式(11)から理解できるように、(|ω1|・Λ0)を算出する必要がある。よって、式(10)を採用するほうが(つまり推定位相角φcの範囲の上限値および下限値としてそれぞれ90度および−90度を採用するほうが)、演算を容易にできる。
【0059】
また推定位相角φcが−80度から80度の範囲を採用すれば、sinφcは−0.9848以上0.9848以下を満足する。よって式(5)を変形して、sinφcの等価式を求め、これがsin(−80°)以上sin(80°)以下を満足する不等式を、脱調判別式として採用することが考えられる。
【0060】
脱調が生じる際には、推定位相角φcが90度よりも小さい正の値から増大して90度を超え、或いは、推定位相角φcが−90度よりも大きい負の値から低減して、−90度を下回る。よって、脱調が生じるときには、sinφcの等価式がsin(−80°)を下回る期間またはsinφcの等価式がsin(80°)を上回る期間が存在する。これらの期間では、sinφcの等価式がsin(−80°)以上sin(80°)以下となる脱調判別式を満足しない。よって、この脱調判別式を用いても、脱調を検出することができる。
【0061】
しかるに、この脱調不等式では、sinφcの等価式がsin(−80°)を下回るかどうかの判別、および、sinφcの等価式がsin(80°)を超えるかどうかの判別の両方を行なうか、或いは、sinφの絶対値を算出し、これがsin(80°)を超えるかどうかの判別を行なう必要がある。一方、式(9)〜式(11)のように、cosφcの等価式を用いれば、絶対値を算出することなく、1回の判別で済む。よって、判別を簡易にできる。より一般的に説明すると、(i)推定位相角φcの範囲として、−x(xは0度以上180度未満)度以上、かつ、x度以下の範囲内の範囲を採用し、(ii)cosφcの等価式を用いて算出した値が、推定位相角φcの範囲に応じて決められる基準値よりも小さいときに、脱調を検出すればよい。これにより、判別を容易にできるのである。
【0062】
なお、同期電動機2の負荷によっては、同期電動機2は、負荷角φが例えば0度以上90度の範囲で運転される場合がある。つまり、負荷角φの上限値と下限値の絶対値とが相違する場合がある。この場合であれば次のように判定を行なってもよい。まず負荷角推定値φcの範囲として、例えばa(例えば0)度以上b(例えば90)度以下を採用する。そして、cosφcの等価式たる式(11)の左辺が、cos(b)を超えるかどうかの第1判定を行なう。さらに、式(5)を用いて導かれるsinφcの等価式が、sin(a)を超えるかどうかの第2判定も行なう。そして、第1判定および第2判定の少なくともいずれか一方において、否定的な判定がなされたときに、同期電動機2に異常が生じたと判定してもよい。
【0063】
<2−2.機器定数>
一例として、抵抗値RおよびインダクタンスLqの値として実測値または推定値を採用せずに、予め決められる設定値を採用することができる。しかるに、抵抗値RおよびインダクタンスLqには、製造上または物性上のばらつきが存在する。例えば各製品の温度が互いに等しくても、製造ばらつき(製造公差)によって、これらの値が相違し、また同一の製品であっても、温度によって値が変動する。つまり抵抗値RおよびインダクタンスLqは同期電動機2の製造公差及び動作温度の保証範囲で変動する。よって、もし、抵抗値RおよびインダクタンスLqの値として、実際の値(実測値)よりも式(10)の左辺が大きくなるような値を採用すると、脱調が生じているにもかかわらず、脱調判別不等式を満足する場合がありえる。このような場合は望ましくない。
【0064】
そこで、抵抗値RおよびインダクタンスLqのばらつきの範囲のうち、式(10)の左辺が最も小さくなるような値を採用する。これにより、ばらつきに起因する脱調検出の精度低下を抑制あるいは回避するのである。
【0065】
まず抵抗値Rについて詳述する。式(10)の左辺を展開して考慮すれば、抵抗値Rは式(10)の左辺の第2項{−R・i
γc・sgn(ω1)}のみに含まれる。他の項の値を固定して考慮すると、当該第2項が最も小さいときに、式(10)の左辺は最も小さくなる。
【0066】
回転速度ω1が正である場合には、sgn(ω1)は1であるので、当該第2項は値(−i
γc・R)で表される。値(−i
γc・R)は値(−i
γc)を比例係数として抵抗値Rに比例する。よって、電流i
γcが正である場合には、値(−i
γc・R)は、抵抗値Rとして上限値R
maxを採用するときに最も小さくなり、電流i
γcが負である場合には、抵抗値Rとして下限値R
minを採用するときに最も小さくなる。これらの上限値R
maxおよび下限値R
minは、抵抗値Rのばらつきの範囲を考慮して予め設定される。
【0067】
以上のように、回転速度ω1が正である場合には、上限値R
maxおよび下限値R
minのうち値(−i
γc・R)が小さくなる方を、抵抗値Rとして採用すればよい。このとき、当該第2項を最も小さくできるからである。言い換えれば、上限値R
maxおよび下限値R
minのうち、値(R・i
γc)が大きくなる方を、抵抗値Rとして採用すればよい。
【0068】
他方、回転速度ω1が負である場合には、sgn(ω1)は−1であるので、当該第2項は値(i
γc・R)で表される。したがって、この場合には、上限値R
maxおよび下限値R
minのうち値(R・i
γc)が小さくなる方を、抵抗値Rとして採用する。これにより、回転速度ω1が負である場合に当該第2項は最も小さくなる。
【0069】
次にインダクタンスLqについて説明する。式(10)の左辺を展開して考慮すれば、インダクタンスLqは式(10)の左辺の第3項{−ω1・Lq・i
δc・sgn(ω1)}のみに含まれる。ω1・sgn(ω1)=|ω1|が成立することを考慮すると、この第3項は、値{−|ω1|・Lq・i
δc}と表すことができる。よって、他の項の値および回転速度ω1の絶対値を固定して考慮すれば、当該第3項は、回転速度ω1の正負に依らず、値(Lq・i
δc)が最も大きいときに最も小さくなり、ひいては式(10)の左辺が最も小さくなる。
【0070】
したがって、インダクタンスLqとしては、その上限値Lq
maxおよび下限値Lq
minのうち値(Lq・i
δc)が大きくなる方を、採用すればよい。このとき当該第3項を最も小さくできるからである。これらの上限値Lq
maxおよび下限値Lq
minは、インダクタンスLqのばらつきの範囲を考慮して予め設定される。
【0071】
ここで、max[a,b]を導入して上述の内容を定式化して、脱調判別不等式を表現する。このmax[a,b]は、aがbよりも大きいときにaを採り、aがbよりも小さいときにbを採る関数である。
【0073】
これにより、製造上または物性上のばらつきに起因して脱調しているのも拘わらず脱調を検出できない事態を、回避することができる。
【0074】
なお上述の例では、抵抗値RおよびインダクタンスLqの両方のばらつきを考慮したが、いずれか一方のみを考慮しても良い。
【0075】
また、式(10)の代わりに式(11)を採用する場合には、鎖交磁束Λ0のばらつきを考慮しても良い。鎖交磁束Λ0についても、抵抗値RおよびインダクタンスLqと同様に、同期電動機2の製造公差及び動作温度の保証範囲で変動する。そこで、鎖交磁束Λ0のばらつきの範囲のうち、式(11)の左辺が最も小さくなるような値を採用する。
【0076】
式(11)の左辺を考慮すれば、鎖交磁束Λ0は式(11)の分母(|ω1|・Λ0)のみに含まれる。式(11)の左辺の分子が正である場合には、左辺は、鎖交磁束Λ0として上限値Λ0
maxを採用するときに最も小さくなり、左辺の分子が負である場合には、鎖交磁束Λ0として下限値Λ0
minを採用するときに最も小さくなる。これらの上限値Λ0
maxおよび下限値Λ0
minは、鎖交磁束Λ0のばらつきの範囲を考慮して予め設定される。
【0077】
但し、式(11)の右辺は正である。よって、式(11)の左辺が負である場合には、鎖交磁束Λ0の値によらず、式(11)は成立しない。したがって左辺が負である場合には、鎖交磁束Λ0によらず脱調と判定される。よって左辺が負である場合に鎖交磁束Λ0の値を考慮する必要はなく、左辺が正である場合のみを考慮してもよい。よって、鎖交磁束Λ0としては、左辺の分子の正負によらず、常に上限値Λ0
maxを採用してもよい。つまり式(11)の右辺が正である場合には、左辺が負であれば不等式は成り立たないので、左辺が正の場合のみに着目して上限値Λ0
maxを採用してもよいのである。
【0078】
その一方で、推定位相角φcの範囲によっては、式(11)の右辺が負になる場合もある。この場合には、左辺が正であれば不等式は成り立つ。よって、左辺が負の場合のみに着目して下限値Λ0
minを採用しても良い。つまり、左辺の分子の正負によらずに、常に下限値Λ0
minを採用してもよい。
【0079】
これにより、製造上または物性上のばらつきに起因して脱調しているのも拘わらず脱調を検出できない事態を、回避することができる。
【0080】
なお、式(10)を採用する場合には、式(10)は鎖交磁束Λ0を有さないので、鎖交磁束Λ0のばらつきを考慮しなくて良い。
【0081】
<3.逆突極性の電動機>
<3−1.脱調判別不等式を用いた脱調検出1>
次に、逆突極性の電動機について説明する。逆突極性の電動機においては、その定義上、d軸インダクタンスLdがq軸インダクタンスLqよりも小さい。このような電動機としては、例えば周方向における永久磁石の相互間(より詳細には極間)においてコアの一部が介在する界磁を採用した電動機がある。例えば永久磁石がコアに埋設される埋込磁石同期電動機を例示できる。
【0082】
ここで、以下に示すインダクタンス行列[L(φc)]を導入する。
【0084】
このインダクタンス行列[L(φc)]は、式(2)の右辺において丸括弧()で囲まれる部分と同じであり、2行2列の行列である。以下では、インダクタンス行列[L(φc)}の各要素を式(14)に示すように、値L
δδ,L
δγ,L
γδ,L
γγとも表現する。
【0085】
また簡単のために、式(1)において定常状態を想定して微分演算子pで示される項を零に近似し、さらにインダクタンス行列[L(φc)]も用いると、電圧方程式は以下の式で表される。
【0087】
式(15)を参照して、電圧V
γcについての電圧方程式には余弦値(cosφc)が存在することが分かる。よって、電圧V
γcについての電圧方程式を変形し、余弦値(cosφc)を示す等価式を以下のように導く。
【0089】
推定位相角φcの範囲は例えば−90度以上90度以下であるので、推定位相角φcの余弦値(cosφc)は零以上である。したがって、以下の不等式が導かれる。
【0091】
式(17)において、値L
δδ,L
δγは、推定位相角φcに依存する(式(14)も参照)。
図2は、値L
δδ,L
δγの一例を示す図である。しかしながら、ここでは、脱調検出のための推定位相角φcの算出を行なわないので、以下のように値L
δδ,L
δγを決定する。
【0092】
第1の決定方法として、推定位相角φcを±90度に近似して、値L
δδ,L
δγを決定する。その妥当性について次に説明する。推定位相角φcが−90度以上90度以下の範囲を超えるときに、式(17)の左辺が零より小さい。したがって、脱調検出としては、推定位相角φcが90度近傍または−90度近傍にある場合を考慮すればよい。よって、ここでは、推定位相角φcを±90度に近似しているのである。
【0093】
式(14)においてφc=±90を代入すると、値L
δδはq軸インダクタンスLq(=L0−L1)と一致し、値L
δγは零と一致するので、以下の不等式が導かれる。
【0096】
また、簡易的な脱調検出として、式(18)においてq軸インダクタンスLqの替わりに、d軸インダクタンスLd、または、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqとの平均値(=L0)等を採用しても良い。
【0097】
<3−2.脱調判別不等式を用いた脱調検出2>
第2の決定方法として、式(17)の左辺が最も小さくなるように、値L
δδ,L
δγを決定する。つまり、脱調判別不等式を満足しにくい値を採用するのである。これにより、脱調しているにも拘わらず、脱調していないと判別することを抑制する。
【0098】
まず、値L
δδについて考慮する。式(17)の左辺を展開して考慮すれば、値L
δδは式(17)の左辺の第3項{−ω1・L
δδ・i
δc・sgn(ω1)}のみに含まれる。ω1・sgn(ω1)=|ω1|が成立することを考慮すると、この第3項は、値(−|ω1|・L
δδ・i
δc)で表される。よって、他の項の値および回転速度ω1を固定して考慮すると、当該第3項は、回転速度ω1の正負に依らずに、値(L
δδ・i
δc)が最も大きいときに最も小さくなり、ひいては式(17)の左辺が最も小さくなる。
【0099】
値(L
δδ・i
δc)は電流i
δcを比例係数として値L
δδに比例する。よって、電流i
δcが負であるときには、値(L
δδ・i
δc)は、値L
δδが最小値を採るときに最も大きくなる。値L1が負である(なぜならLd<Lq)ことに注意すると、式(14)および
図2から理解できるように、値L
δδは、cos(2φc)が1を採るときに最小値(=Ld)を採る。よって、電流i
δcが負であるときには、値L
δδとしてd軸インダクタンスLdを採用する。
【0100】
一方で、電流i
δcが正である場合には、値(L
δδ・i
δc)は、値L
δδが最大値を採るときに最も大きくなる。値L1が負であることに注意すると、式(14)および
図2から理解できるように、値L
δδは、cos(2φc)が−1を採るときに最大値(=Lq)を採る。よって、電流i
δcが正であるときには、値L
δδとしてq軸インダクタンスLqを採用する。
【0101】
言い換えれば、d軸インダクタンスLdおよびq軸インダクタンスLqのうち、値(L
δδ・i
δc)が大きくなる方を、値L
δδとして採用すればよい。これにより、式(17)の第3項を最も小さくできる。
【0102】
次に、値L
δγについて考慮する。式(17)の左辺を展開して考慮すれば、値L
δγは式(17)の左辺の第4項{−ω1・L
δγ・i
γc・sgn(ω1)}のみに含まれる。ω1・sgn(ω1)=|ω1|が成立することを考慮すると、この第4項は、値(−|ω1|・L
δγ・i
γc)で表される。よって、他の項の値および回転速度ω1を固定して考慮すると、当該第4項は、値(L
δγ・i
γc)が最も大きいときに最も小さくなり、ひいては式(17)の左辺が最も小さくなる。
【0103】
値L1が負であることに注意すると、式(14)および
図2から理解できるように、値L
δγは、sin(2φc)が1を採るときに最大値(=−L1)を採り、sin(2φc)が1を採るときに最大値(=−L0)を採る。したがって、値(−L1){=−(Ld−Lq)/2},L1{=(Ld−Lq)/2}のうち、値(L
δγ・i
γc)が大きくなる方を、値L
δγとして採用すればよい。これにより、式(17)の第4項を最も小さくできる。
【0104】
また値L
δγは正弦波(−L1・sin(2φc))に沿って変動するので、その最大値と最小値の絶対値とは互いに等しく、−L1=(Lq−Ld)/2を採る。よって値(L
δγ・i
γc)の最大値は、(Lq−Ld)・max[i
γc,−i
γc]/2とも表すことができる。
【0105】
以上の内容に基づいて、脱調判別不等式は以下の式で表すことができる。
【0107】
また上述のように値L
δγを採用すれば、電流i
γcの正負によらず、値(L
δγ・i
γc)は値{(Lq−Ld)・|i
γc|/2}を採る。よって式(19)において、max[i
γc,−i
γc]を|i
γc|で表してもよい。
【0108】
<3−3.機器定数>
抵抗値R、d軸インダクタンスLdおよびq軸インダクタンスLqには、製造上または物性上のばらつきが存在するので、<2−2.機器定数>において述べたように、当該ばらつきを考慮しても良い。
【0109】
例えば式(18)を用いる場合には、ばらつきの範囲内のうち、式(18)の左辺が最も小さくなる値を、抵抗値RおよびインダクタンスLqの値として採用すればよい。より詳細には、式(11)を用いればよい。
【0110】
また式(19)を用いる場合にも、ばらつきの範囲内のうち、式(19)の左辺が最も小さくなる値を、抵抗値R、d軸インダクタンスLdおよびq軸インダクタンスLqの値として採用すればよい。
【0111】
まず抵抗値Rについて考慮する。この抵抗値Rは式(19)の左辺の第2項のみに含まれている。この第2項は、式(10)の第2項と同じであるので、式(11)の第2項と同様にして、抵抗値Rを決定すればよい。
【0112】
次に式(19)の左辺の第3項について考慮する。第3項のうち値(Ld・i
δc)は、上述したように、電流i
δcが負である場合に値(L
δδ・i
δc)の最大値として採用される値である。よって、d軸インダクタンスLdのばらつきを考慮する場合にも、値(Ld・i
δc)が最も大きくなるように、d軸インダクタンスLdの値を決定する必要がある。電流i
δcは負であるので、d軸インダクタンスLdの下限値Ld
minが採用されるときに、値(Ld・i
δc)が最も大きくなる。よってこのとき、値L
δδとしてd軸インダクタンスLdの下限値Ld
minを採用する。
【0113】
また第3項のうち値(Lq・i
δc)は、上述したように、電流i
δcが正である場合に値(L
δδ・i
δc)の最大値として採用される値である。よって、q軸インダクタンスLqのばらつきを考慮する場合にも、値(Lq・i
δc)が最も大きくなるように、q軸インダクタンスLqの値を決定する。電流i
δcが正であるので、q軸インダクタンスLqの上限値Lq
maxが採用されるときに、値(Lq・i
δc)が最も大きくなる。よってこのとき、値L
δδとしてq軸インダクタンスLqの上限値Lq
maxを採用する。
【0114】
言い換えれば、d軸インダクタンスLdの上限値Ld
maxおよびq軸インダクタンスLqの下限値Ld
minのうち、値(L
δδ・i
δc)が大きくなる方を、値L
δδとして採用すればよい。
【0115】
次に式(19)の左辺の第4項について説明する。第4項は、電流i
γcの正負によらず、{−|ω1|・(Lq−Ld)・max[i
γc,−i
γc]/2}で表される。よって、d軸インダクタンスLdおよびq軸インダクタンスのばらつきを考慮すると、値(Lq−Ld)が最も大きくなるときに、第4項は最も小さくなる。よって、値(Lq−Ld)としては値(Lq
max−Ld
min)を採用する。
【0116】
上述の内容を定式化すると、以下の式が導かれる。
【0118】
これにより、製造上または物性上のばらつきに起因して脱調しているのも拘わらず脱調を検出できない事態を、回避することができる。
【0119】
なお式(20)の左辺の第3項および第4項を、式(19)の左辺の第3項および第4項を用いて説明すると、次のようにも説明できる。即ち、式(19)の第3項および第4項において、d軸インダクタンスLdとして下限値Ld
minを採用し、q軸インダクタンスLqとして上限値Lq
maxを採用したものが、式(20)の左辺の第3項および第4項となる。
【0120】
また上述の例では、抵抗値Rおよびインダクタンスの両方のばらつきを考慮したが、いずれか一方のみを考慮しても良い。
【0121】
<4.電動機駆動装置の構成>
図3を参照して、脱調検出装置を備えた電動機駆動システムについて説明する。電動機駆動システムは、駆動装置1と電動機2と制御部3と判定部4と電流検出部5とを備えている。駆動装置1は電動機2へと交流電圧を印加して交流電流を出力する。これにより電動機2が駆動される。電動機2は電機子21と界磁23とを備えている。電機子21は電機子巻線22を有する。
図3の例示では、3つの電機子巻線22の一端の各々が駆動装置1に接続され、他端同士が接続される。かかる接続はいわゆるスター接続と呼ばれる。これらの電機子巻線22に三相交流電圧が印加されることによって、電機子巻線22は回転磁界を界磁23へと印加する。界磁23は電機子21へと鎖交磁束(界磁23による電機子21への鎖交磁束)を供給し、電機子21に対して回転磁界と同期して回転する。
【0122】
図3の例示では、駆動装置1はインバータであって、正極の直流電源線LHと負極の直流電源線LLとの間の直流電圧Vdcを入力し、この直流電圧Vdcを交流電圧に変換する。例えば駆動装置1は一対のスイッチング素子を三相分備えている。各相の一対のスイッチング素子は、直流電源線LH,LLの間で互いに直列に接続される。一対のスイッチング素子を接続する接続点は、相毎に対応する電機子巻線22の一端に接続される。各スイッチング素子には、ダイオードが並列に接続されていても良い。このダイオードの順方向は、直流電源線LLから直流電源線LHへと向かう方向である。
【0123】
駆動装置1は制御部3から制御信号Sを受け取る。かかる制御信号は、駆動装置1による交流電圧の印加を制御するための信号である。言い換えれば、駆動装置1は制御部3によって制御される。例えば制御部3は駆動装置1に属するスイッチング素子へと制御信号(スイッチング信号)Sを与える。スイッチング素子は当該制御信号Sに基づいて導通/非導通する。適切な制御信号Sがスイッチング素子に与えられることで、駆動装置1は直流電圧Vdcを交流電圧に変換して電動機2に印加することができる。
【0124】
なお駆動装置1および電動機2は必ずしも三相に限らず、単相であっても三相以上であってもよい。
【0125】
<5.制御>
<5−1.電動機に印加する電圧についての指令値の具体例>
制御を行なうための電圧指令(電機に印加する電圧についての指令)[V
δ*,V
γ*]は、例えば、電動機のδc−γc座標系における電圧方程式(式(1)参照)において、空隙磁束[λ
δγc]を[λ
δ* λ
γ*]
tと置き、回転速度ω1についての回転速度指令ω1
*を導入することで、以下の式で簡易的に求めることができる。ここでは、一例として、定常状態を想定することで、微分演算子の項を零に近似する。ただし、本実施の形態はこれに限らず、微分演算子も考慮しても構わない。
【0127】
式(21)において、電流i
δc,i
γcは検出値である。この電流i
δc,i
γcは電流検出部5に用いて検出される。電流検出部5は、電動機2(より詳細には電機子巻線22)を流れる交流電流を検出する。
図3の例示では、三相の交流電流iu,iv,iwが検出されているものの、二相のみの交流電流が検出されても良い。理想的には三相の交流電流iu,iv,iwの総和は零であるので、二相の交流電流から残りの一相の交流電流を算出できるからである。そして、周知の座標変換を用いて、この交流電流から電流i
δc,i
γcを算出することで、電流i
δc,i
γcが検出される。回転速度ω1は例えば後述するようにして算出される。一次磁束制御では、空隙磁束指令λ
γ*は零に設定される。
【0128】
式(21)では、いわゆるフィードフォワード制御のみを行なうことになる。よって電圧V
δcと電圧指令V
δ*との間には偏差(以下、誤差とも呼ぶ)が生じ、電圧V
γcと電圧指令V
γ*との間にも誤差が生じ得る。ひいては、空隙磁束[λ
δγc]と空隙磁束指令値[λ
*]との間にも、誤差[Δλ]が生じ得る。またこの誤差[Δλ]に伴って、推定位相角φcと負荷角φとの間にも誤差Δφが生じる。
【0129】
よって、このような誤差を低減すべく、フィードバック制御を行なってもよい。例えば空隙磁束指令値[λ
*]と空隙磁束[λ
δγc]との偏差にフィードバックゲインGλを乗じた値を、フィードバック量[B]として、式(21)の右辺に加算する。なお以下では、式(21)の右辺をフィードフォワード量[F]とも規定する。このときの電圧指令が、以下に示される。
【0131】
フィードバックゲインGλはスカラー量として示したが、空隙磁束の偏差に対して作用する2行2列の非零行列であってもよい。
【0132】
理想的には、フィードバック量[B]が0となれば、空隙磁束[λ
δγc]が空隙磁束指令値[λ
*]と一致することになり、式(4)で示される定常状態が、δc−γc回転座標系における制御で実現できていることになる。また、これにより、δ−γ回転座標系がδc−γc回転座標系に一致することになる。
【0133】
或いは、フィードバック量[B]を電流の偏差から求めてもよい。具体的には式(23)に従ってフィードバック量[B]を求めてもよい。但しフィードバックゲインGi(≠0)及び電流[i
δγc]の指令値[i
*]=[i
δ* i
γ*]
tを導入した。フィードバックゲインGiは電流の偏差に対して作用する2行2列の非零行列であってもよい。
【0135】
これにより誤差を低減することができる。ひいては、より精度よく制御を行なうことができる。
【0136】
なおフィードバック制御においては、比例制御に替えて、或いはこれと共に積分制御などを行なってもよい。或いは、フィードフォワード量[F]を用いずに、フィードバック量[B]のみで、電圧指令[V
*]を算出しても良い。
【0137】
<5−2.制御部の内部構成の一例>
制御部3は、回転速度算出部32と位相演算部33と座標変換部34,36と電圧指令演算部35と制御信号生成部37とを有している。
【0138】
回転速度算出部32は回転速度ω1を算出する。例えば回転速度算出部32は、速度指令補正部321と速度補償部322と減算器323とを有する。速度指令補正部321は、例えば外部から、電動機2についての回転速度指令(機械)ωrm
*を入力し、これに電動機の極対数を乗算して回転速度指令(電気)ω1
*を生成する。速度補償部322は例えば電流i
γcを入力し、この電流i
γcの直流分を除去し、これを定数倍して、補償量として減算器323へと出力する。減算器323は、回転速度指令ω1
*から補償量を減算して、回転速度ω1を算出する。このような回転速度ω1の算出は非特許文献2に記載されているとおりである。なお、非特許文献1に記載されているように、回転速度ω1を算出しても構わない。
【0139】
位相演算部33は回転速度ω1を入力し、これを積分して位相角θを算出する。この位相角θは、固定座標系(UVW相の固定座標系)と、δc−γc回転座標系との間の位相角に相当する。
【0140】
座標変換部34は、電流検出部5から交流電流iu,iv,iwと、位相演算部33からの位相角θを入力し、周知の座標変換を用いて電流i
δc,i
γcを算出する。
【0141】
電圧指令演算部35は、回転速度ω1と電流i
δc,i
γcと空隙磁束指令値[λ
*]を入力し、上述したように、電圧指令V
δ*,V
γ*を算出する。機器定数(抵抗値R、インダクタンスLd,Lqおよび鎖交磁束Λ0)を要する場合には、これらを制御部3内に予め格納しておく。
【0142】
座標変換部36は、電圧指令V
δ*,V
γ*と位相角θとを入力し、周知の座標変換を用いて、駆動装置1が出力する交流電圧についての、三相の固定座標系における電圧指令Vu
*,Vv
*,Vw
*を算出する。
【0143】
制御信号生成部37は、電圧指令Vu
*,Vv
*,Vw
*を入力し、周知のようにして駆動装置1を制御する制御信号(インバータに属するスイッチング素子のスイッチ信号)を生成する。例えばキャリアと電圧指令Vu
*,Vv
*,Vw
*との比較に基づいて、制御信号を生成する。
【0144】
<5−3.判定部>
判定部4は、座標変換部34から電流i
δc,i
γcを入力し、電圧指令演算部35から電圧指令V
δ*,V
γ*を入力し、回転速度算出部32から回転速度ω1を入力する。制御部3(あるいは判定部4)内には、機器定数(或いは更にその上限値、下限値)が適宜に格納される。
【0145】
判定部4は、電流i
δc,i
γc、電圧指令V
δ*,V
γ*および回転速度ω1を適宜に用いて、脱調判別不等式(例えば式(9)〜式(12)および式(17)〜式(20)のいずれか)を満足するか否かを判別する。このとき、脱調判定不等式の電圧V
γc、回転速度ω1,電流i
δc,i
γcとして、それぞれ、電圧指令V
γ*、回転速度算出部32によって算出された回転速度ω1、および、電流検出部5と座標変換部34との一組によって検出された電流i
δc,i
γcを用いる。
【0146】
そして判定部4は、脱調判別不等式を満足しないと判定したときに、例えば脱調信号Jを出力して脱調を検出する。これにより、逆三角関数が不要となるので、より簡易な演算で脱調を検出することができる。脱調信号Jは、例えば制御信号生成部37に入力されても良い。例えば制御信号生成部37は、脱調信号Jに基づいて脱調の発生を認識したときに、駆動装置1を停止させる制御信号Sを駆動装置1へと出力する。これにより、脱調状態で電動機2を運転することを回避できる。
【0147】
なお、電圧指令演算部35、および、電流検出部5と座標変換部34との一組は、それぞれ、電圧指令V
δc*を取得する電圧取得部、電流i
δc,i
γcを取得する電流取得部と把握できる。ただし、電圧V
δcとしては、電圧指令V
δc*のみならず、検出部(或いは推定部)を設けて検出値(或いは推定値)を採用しても良い。一方で、電流i
δc,i
γcとしては、指令生成部(或いは推定部)を設けて指令値(或いは推定値)を採用しても良い。
【0148】
なお上述の例では、主として一次磁束制御が行なわれる場合を例示して説明した。しかしながら、次のようにδc−γc回転座標系を設定して制御しても良い。例えばδ−γ回転座標系を、電圧方程式において変数として表現される物理ベクトル(電圧または電流など)と同相に設定する。そして、δc−γc回転座標系をδ−γ回転座標系と一致させる制御を行なってもよい。この制御は、例えば物理ベクトル(例えば電圧[V
δγc])のγ軸の成分(例えば電圧V)についての指令(例えば電圧指令V
γ*)を零に設定することで、行なわれる。この場合であっても、電動機が脱調しない推定位相角φcの範囲を適宜に設定し、δ−γ回転座標系における電圧方程式と、当該範囲とを用いて、上述した説明と同様の技術思想を用いて、推定位相角φcを用いない脱調判別不等式を導出すればよい。
【0149】
なお、回転速度ω1が大きい範囲では、脱調判別式の抵抗値Rを含む項が、回転速度ω1を含む項に比して小さいので、抵抗値Rを含む項を零に近似しても良い。これにより、脱調判別式を簡易にすることができる。つまり、回転速度ω1が所定の基準値よりも大きいかどうかを判定し、肯定的に判定したときに、抵抗値Rを零に近似しても良い。
【0150】
上記の種々の実施の形態は、互いの機能を損なわない限り、適宜に組み合わせることができる。
【0151】
上記のブロック図は模式的であり、各部はハードウェアで構成することもできるし、ソフトウェアによって機能が実現されるマイクロコンピュータ(記憶装置を含む)で構成してもよい。各部で実行される各種手順、あるいは実現される各種手段又は各種機能の一部又は全部をハードウェアで実現しても構わない。
【0152】
マイクロコンピュータは、プログラムに記述された各処理ステップ(換言すれば手順)を実行する。上記記憶装置は、例えばROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、書き換え可能な不揮発性メモリ(EPROM(Erasable Programmable ROM)等)、ハードディスク装置などの各種記憶装置の1つ又は複数で構成可能である。当該記憶装置は、各種の情報やデータ等を格納し、またマイクロコンピュータが実行するプログラムを格納し、また、プログラムを実行するための作業領域を提供する。なお、マイクロコンピュータは、プログラムに記述された各処理ステップに対応する各種手段として機能するとも把握でき、あるいは、各処理ステップに対応する各種機能を実現するとも把握できる。