【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、PTFEに特定量の硫酸バリウムと、珪酸マグネシウムと、リン酸塩と、酸化チタンとを配合することによって、鉛又は鉛合金を含有した複層摺動部材よりも優れた耐摩耗性及び耐荷重性を発揮する複層摺動部材が得られることを知見し、この複層摺動部材を使用した自動車のラックピニオン式舵取装置におけるラックガイドにおいては、優れた耐摩耗性及び耐荷重性を発揮し、ラックバーの円滑な摺動を行わせることができることを知見した。
【0010】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、本発明の複層摺動部材は、鋼板からなる裏金と、該裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と、該多孔質金属焼結層の孔隙に充填されかつその表面に被覆された合成樹脂組成物からなる摺動層とを有した複層摺動部材であって、該合成樹脂組成物が硫酸バリウム5〜30重量%と、珪酸マグネシウム1〜15重量%と、リン酸塩1〜25重量%と、酸化チタン0.5〜3重量%と、残部四ふっ化エチレン樹脂からなることを特徴とする。
【0011】
成分中の硫酸バリウム(BaSO
4)は、主成分をなすPTFE単体の欠点である耐摩耗性及び耐荷重性を改善し、耐摩耗性及び耐荷重性を大幅に向上させる作用を有する。硫酸バリウムとしては、沈降性または簸性硫酸バリウムのいずれでもよい。斯かる硫酸バリウムは、例えば、堺化学工業(株)から市販されており、容易に入手することができる。使用される硫酸バリウムの平均粒径は、10μm以下、好ましくは1〜5μmである。硫酸バリウムの配合量は、5〜30重量%、好ましくは5〜20重量%、さらに好ましくは10〜15重量%である。配合量が5重量%未満では、PTFEの耐摩耗性及び耐荷重性を向上させる効果を得ることが難しく、また配合量が30重量%を超えると、耐摩耗性を悪化させることがある。
【0012】
珪酸マグネシウムは、その結晶構造が層状構造を呈し、せん断され易いことから、PTFE固有の性質である低摩擦性を充分に発揮させると共に、耐摩耗性を向上させる効果を有する。珪酸マグネシウムとしては、二酸化珪素(SiO
2)を通常40.0重量%以上及び酸化マグネシウム(MgO)を通常10.0重量%以上含有し、かつ、酸化マグネシウムに対する二酸化珪素の重量比が通常2.1〜5.0で、嵩が低く、比表面積が小さいものが好適に使用される。具体的には、2MgO・3SiO
2・nH
2O、2MgO・6SiO
2・nH
2Oなどが例示される。酸化マグネシウムに対する二酸化珪素の重量比が2.1未満または5.0を超えるとPTFEの低摩擦性及び耐摩耗性を悪化させる。
【0013】
珪酸マグネシウムの配合量は、1〜15重量%、好ましくは3〜13重量%、さらに好ましくは3〜10重量%である。配合量が1重量%未満では、上記した効果が充分発揮されず、また15重量%を超えると前記した硫酸バリウム配合によるPTFEの耐摩耗性及び耐荷重性を向上させる効果を損なうことになる。
【0014】
リン酸塩は、それ自体黒鉛や二硫化モリブデンのような潤滑性を示す物質ではないが、PTFEに配合されることにより、相手材との摺動において、相手材表面(摺動摩擦面)へのPTFEの潤滑被膜の造膜性を助長する効果を発揮する。
【0015】
リン酸塩としては、オルトリン酸、ピロリン酸、亜リン酸、メタリン酸などの金属塩及びこれらの混合物を挙げることができる。中でも、ピロリン酸及びメタリン酸の金属塩が好ましい。金属としては、アルカリ金属及びアルカリ土類金属が好ましく、とくにリチウム(Li)、カルシウム(Ca)及びマグネシウム(Mg)がより好ましい。具体的には、リン酸三リチウム(Li
3PO
4)、ピロリン酸リチウム(Li
4P
2O
7)、ピロリン酸カルシウム(Ca
2P
2O
7)、ピロリン酸マグネシウム(Mg
2P
2O
7)、メタリン酸リチウム(LiPO
3)、メタリン酸カルシウム〔Ca(PO
3)
2〕、メタリン酸マグネシウム〔Mg((PO
3)
2〕
n等が例示される。中でも、メタリン酸マグネシウムが好ましい。
【0016】
リン酸塩は、PTFEに対して少量、例えば1重量%配合することにより、PTFEの相手材表面への潤滑被膜の造膜性を助長する効果が現れ始め、25重量%まで当該効果は維持される。しかしながら、25重量%を超えて配合すると、相手材表面への潤滑被膜の造膜量が多くなり過ぎ、却って耐摩耗性を低下させることになる。したがって、リン酸塩の配合量は、1〜25重量%、好ましくは5〜20重量%、さらに好ましくは10〜15重量%である。
【0017】
酸化チタン(TiO
2)は、PTFEの耐摩耗性を一層向上させる効果を発揮する。酸化チタンには結晶の形によって、正方晶系のルチル型、アナターゼ型そして斜方晶型のブルッカイト型の3種類があるが、本発明では正方晶系のアナターゼ型が使用されて好適である。このアナターゼ型の酸化チタンは、モース硬度5.5〜6.0を呈し、平均粒径が10μm以下、就中5μm以下のものが好ましく使用される。酸化チタンの配合量は、0.5〜3重量%、好ましくは0.5〜2重量%、さらに好ましくは1〜1.5重量%である。酸化チタンの配合量が0.5重量%未満では、PTFEの耐摩耗性を向上させる効果が現れず、また配合量が3重量%を超えると、相手材との摺動において相手材表面を損傷させる虞がある。
【0018】
複層摺動部材の樹脂層の主成分をなすPTFEとしては、モールディングパウダーまたはファインパウダーとして主に成形用に使用されるPTFEが使用される。モールディングパウダーとしては、三井デュポンフロロケミカル社製の「テフロン(登録商標)7−J(商品名)」、「テフロン(登録商標)70−J(商品名)」など、ダイキン工業社製の「ポリフロン(登録商標)M−12(商品名)」など、旭硝子社製の「フルオン(登録商標)G163(商品名)」、「フルオン(登録商標)G190(商品名)」などが挙げられる。ファインパウダー用PTFEとしては、三井デュポンフロロケミカル社製の「テフロン(登録商標)6CJ(商品名)」など、ダイキン工業社製の「ポリフロン(登録商標)F201(商品名)」など、旭硝子社製の「フルオン(登録商標)CD076(商品名)」、「フルオン(登録商標)CD090(商品名)」などが挙げられる。
【0019】
摺動層を形成する合成樹脂組成物中のPTFEの配合量は、樹脂組成物量から充填剤の配合量を差引いた残りの量であり、好ましくは50重量%以上、より好ましくは50〜75重量%である。
【0020】
本発明の複層摺動部材の摺動層を形成する合成樹脂組成物には、耐摩耗性を一層向上させるために、追加成分として、固体潤滑剤及び/又は低分子量PTFEを加えることができる。
【0021】
固体潤滑剤としては、黒鉛、二硫化モリブデンなどが挙げられる。固体潤滑剤の配合量は、0.1〜2重量%、好ましくは0.5〜1重量%である。これら固体潤滑剤は、単独又は2種以上混合して使用してもよい。
【0022】
低分子量PTFEは、放射線照射などにより高分子量のPTFE(前記のモールディングパウダーまたはファインパウダー)を分解またはPTFEの重合時に分子量を調節して、分子量を低下させたPTFEである。具体的には、三井デュポンフロロケミカル社製の「TLP−10F(商品名)」など、ダイキン工業社製の「ルブロンL−5(商品名)」など、旭硝子社製の「フルオン(登録商標)L169J(商品名)」など、喜多村社製の「KTL−8N(商品名)」などが挙げられる。低分子量PTFEの配合量は、1〜10重量%、好ましくは2〜7重量%である。
【0023】
つぎに、鋼裏金と、この鋼裏金の表面に一体に形成された多孔質金属焼結層と、該多孔質金属焼結層の孔隙に充填されかつ表面に被覆された合成樹脂組成物からなる摺動層とを有する複層摺動部材の製造方法について説明する。
【0024】
鋼裏金としては、一般構造用圧延鋼板が使用される。鋼板は、コイル状に巻いてフープ材として提供される連続条片を使用することが好ましいが、必ずしも連続条片に限らず、適当な長さに切断した条片を使用することもできる。これらの条片は、必要に応じて銅メッキまたは錫メッキなどを施して耐食性を向上させたものであってもよい。鋼裏金としての鋼板の厚さは、概ね0.5〜1.5mmであることが好ましい。
【0025】
多孔質金属焼結層を形成する金属粉末は、その金属自体、摩擦摩耗特性に優れた青銅、鉛青銅あるいはリン青銅などの、概ね100メッシュを通過する銅合金粉末が用いられるが、目的に応じては銅合金以外の、例えばアルミニウム合金、鉄などの粉末も使用し得る。この金属粉末の粒子形態は、塊状、球状または不規則形状のものを使用し得る。この多孔質金属焼結層は、合金粉末同志および前記鋼板等の条片と強固に結合されていて、一定の厚さと必要とする多孔度を備えていなければならない。この多孔質金属焼結層の厚さは、概ね0.15〜0.40mm、就中0.2〜0.3mmであることが好ましく、多孔度は、概ね10容積%以上、就中15〜40容積%であることが推奨される。
【0026】
複層摺動部材の摺動層を形成する合成樹脂組成物は、PTFEと前述した各充填材とを混合した後、得られた混合物を石油系溶剤を加えて攪拌混合する方法により、湿潤性が付与された樹脂組成物が得られる。PTFEと充填材との混合は、PTFEの室温転移点(19℃)以下、好ましくは10〜18℃の温度で行なわれ、また得られた混合物と石油系溶剤との攪拌混合も上記と同様の温度で行なわれる。斯かる温度条件の採用により、PTFEの繊維状化が妨げられ、均一な混合物を得ることができる。
【0027】
石油系溶剤としては、ナフサ、トルエン、キシレンのほか、脂肪族系溶剤またはナフテン系溶剤との混合溶剤が使用される。石油系溶剤の使用割合は、PTFE粉末と充填材との混合物100重量部に対し15〜30重量部とされる。石油系溶剤の使用割合が15重量部未満の場合は、後述する多孔質金属焼結層への充填被覆工程において、湿潤性が付与された合成樹脂組成物の展延性が悪く、その結果、焼結層への充填被覆にムラを生じ易くなる。一方、石油系溶剤の使用割合が30重量部を超える場合は、充填被覆作業が困難となるばかりでなく、合成樹脂組成物の被覆厚さの均一性が損なわれたり、合成樹脂組成物と焼結層との密着強度が悪くなる。
【0028】
本発明の複層摺動部材は、以下の(a)〜(d)の工程を経て製造される。
【0029】
(a)鋼薄板からなる裏金の表面に形成された多孔質金属焼結層の表面に湿潤性が付与された合成樹脂組成物を散布供給し、ローラで圧延して多孔質金属焼結層に合成樹脂組成物を充填するとともに多孔質金属焼結層の表面に一様な厚さの合成樹脂組成物からなる摺動層としての被覆層を形成する。この工程において、摺動層としての被覆層の厚さは、合成樹脂組成物が最終製品に必要とされる摺動層厚さの2〜2.2倍の厚さとされる。多孔質金属焼結層の孔隙中への樹脂組成物の充填は、当該工程でその大部分が進行する。
【0030】
(b)上記(a)工程で処理された裏金を200〜250℃の温度に加熱された乾燥炉内で数分間保持することにより、石油系溶剤を除去し、その後、乾燥した合成樹脂組成物をローラによって所定の厚さになるように29.4〜58.8MPa(300〜600kgf/cm
2)の加圧下で加圧ローラ処理する。
【0031】
(c)上記(b)工程で処理された裏金を加熱炉に導入して360〜380℃の温度で数分ないし10数分間加熱して焼成を行なった後、炉から取り出し、再度ローラ処理によって寸法のバラツキを調整する。
【0032】
(d)上記(c)工程で寸法調整された裏金を冷却(空冷ないし自然冷却)し、その後、必要に応じて裏金のうねりなどを矯正するため、矯正ローラ処理を行ない、所望の摺動部材とする。
【0033】
上記(a)〜(d)の工程を経て得られた複層摺動部材において、多孔質金属焼結層の厚さは0.10〜0.40mm、合成樹脂組成物から形成された摺動層としての被覆層の厚さは0.02〜0.15mmとされる。このようにして得られた摺動部材は、適宜の寸法に切断されて平板状態で滑り板として使用され、また丸曲げされて円筒状の巻きブッシュとして使用される。
【0034】
ギアケースと、このギアケースに回転自在に支持されたピニオンと、このピニオンに噛み合うラック歯が形成されたラックバーと、このラックバーを摺動自在に支持するラックガイドと、このラックガイドをラックバーに向かって押圧するバネとを具備したラックピニオン式舵取装置において、本発明のラックガイドは、ギアケースの筒状の内周面に摺動自在に接する筒状の外周面を具備しており、複層摺動部材は、ラックバーの外周面に摺動自在に当接してラックバーを摺動自在に支持する凹面を摺動層に有している。
【0035】
本発明において、ラックガイド基体は、円弧状凹面を備えていると共に該円弧状凹面の底部中央に円形の孔を備えていてもよく、複層摺動部材は、その摺動層に円弧状の凹面を備えていると共に該円弧状の凹面の底部中央に該底部から裏金側に伸びる中空円筒状の突出部を備えていてもよい。
【0036】
ラックガイド基体の円弧状凹面に、該円弧状凹面に相補的な円弧状の凹面を備えた複層摺動部材が当該円弧状の凹面の裏面に突出する中空円筒状の突出部をラックガイド基体の円弧状凹面の底部中央に形成された円形の孔に嵌合させて着座せしめられて、当該複層摺動部材がラックガイド基体に固着されてなるラックガイドが形成される。
【0037】
本発明において、ラックガイド基体は、互いに対向する一対の平坦面と一対の平坦面の夫々から相対向して一体的に伸びる一対の傾斜面と一対の平坦面から一体的に伸びる底平坦面とを有した凹面を備えると共に該凹面の底部中央に円形の孔を備えていてもよく、複層摺動部材は、相対向する一対の傾斜面部と該傾斜面部の夫々に連続する一対の平坦面部と該平坦面部の夫々に連続する底面部と該底面部の中央に裏金側に伸びる中空円筒状の突出部とを具備していてもよい。
【0038】
ラックガイド基体の凹面には、相対向する一対の傾斜面部と該傾斜面部の夫々に連続する一対の平坦面部と該平坦面部の夫々に連続する底面部と該底面部の中央に裏金側に伸びる中空円筒状の突出部とを具備した複層摺動部材が該底面部の中央の突出部をラックガイド基体の凹面の底部中央の孔に嵌合させて着座せしめられて、当該複層摺動部材がラックガイド基体に固着されてなるラックガイドが形成される。