(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記円弧速度制御手段は、前記加工経路上での凸円弧部では直線部より加速し、前記加工経路上での凹円弧部では直線部より減速するように前記加工経路上での円弧部における指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機。
前記円弧速度制御手段は、前記加工経路上での円弧長およびそれに対応する前記所望形状の円弧長の関係を利用し、前記両円弧長の比から前記加工経路上での円弧部における指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機。
前記円弧速度制御手段は、前記所望形状とそれに対応する前記加工経路上との円弧部の曲率半径の比から前記加工経路上での円弧部における指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機。
前記加工速度演算手段によって求められる加工速度は被加工物の板厚、材質や加工環境に応じて可変な変数であり、前記円弧速度制御手段は、前記変数に基づいて前記加工経路上での指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機。
前記円弧速度制御手段は、前記所望形状の円弧部とそれに対応する前記加工経路上での角速度が同じになるように前記加工経路上での指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機。
【背景技術】
【0002】
ワイヤ放電加工では、図面に基づいて所望形状を作成するのは一般的である。この所望形状に放電ギャップやワイヤ径などを加味したワイヤ中心の移動経路は加工経路と呼ばれる。この加味された放電キャップやワイヤ径などを総じて「オフセット」と定義されている(
図1参照)。
【0003】
実際の加工では、ワイヤ放電加工機に装備されているコンピュータ数値制御装置が、ワイヤ(ワイヤ電極)が加工経路に沿って相対移動するよう制御し、被加工物を所望の形状に仕上げる。所望形状における直線部分の場合、それに対応する加工経路と平行しているので、ワイヤが任意の距離L移動する間に被加工物も同じ距離Lだけ加工される。すなわち、ワイヤの移動距離と被加工物の加工面の長さが同じになる。
【0004】
しかし、円弧の加工部分を考えてみると、凸円弧の場合は、所望形状の加工距離がそれに対応する加工経路よりも短くなるので、ワイヤが任意の距離a移動する間に被加工物が加工される距離a’はaより短くなるので放電の密度が高くなり直線部を加工するときよりも過剰に加工される。また、凹円弧の場合は、所望形状の加工距離がそれに対応する加工経路よりも長くなるので、ワイヤが任意の距離b移動する間に被加工物が加工される距離b’はbより長くなるので放電の密度が薄くなって直線部を加工するときよりも取残しが発生しやすい。その結果、凸円弧では過剰加工、凹円弧では取残しが発生し、形状精度が低下してしまうことになる。
【0005】
先行技術について
前述した問題を解決するために、以下のような技術が公知である。
<円弧部での速度を制限する技術>
特許文献1には、ワイヤ放電加工において、加工経路に円弧状加工経路が含まれる場合、円弧状加工経路に生じる形状ダレを改善するため、円弧状加工経路での加工条件を通常の直線加工範囲に施す放電加工の加工条件を円弧半径を変数とする関数に基づいて算出し、通常の直線加工範囲の場合、高速加工条件を使用するのに対し、円弧状加工経路の場合、中速加工条件で制御するワイヤ放電加工の制御方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、誤差電圧によって求められる速度変更量を前回の計算値に加算することで指令速度を計算し、円弧部の加工においてプログラム円弧半径と電極オフセット量の関数によって速度目標値を計算し、前記指令速度が当該速度目標値以上となった場合には当該速度目標値を指令速度とする演算手段を有するワイヤ放電加工機が開示されている。 特許文献1や特許文献2に開示された技術は円弧部での速度を制限することによって、円弧部の形状精度の向上を図るものである。
【0007】
<加工量に応じてコーナ部での加工速度を制御する技術>
特許文献3には、見積もられた加工量に応じて、コーナ部分におけるワイヤ中心軌跡ごとの加工速度をコーナ速度制御部で制御し、前記コーナ部に対応する部分のプログラム軌跡の円弧半径に応じて、加工段ごとの加工条件を補正することを特徴とするワイヤ放電加工装置が開示されている。
【0008】
特許文献4には、コーナ部分では4つの変更点を設定し、それぞれの区間における除去距離と直線部での除去距離との比を設定された送り速度に乗じて適正送り速度を求めるワイヤ放電加工方法が開示されている。また、送りの方式は定速送り方式である。
【0009】
特許文献5には、(コーナ部での所定単位距離毎の加工体積)/(直線部での所定単位距離毎の加工体積)に直線部における平均速度を乗じ、コーナ部での加工速度を算出するワイヤ放電加工装置が開示されている。
特許文献3〜5に開示された技術は加工量に応じて加工速度を制御することによって、円弧部の形状精度の向上を図るものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1は、直線部を高速条件で加工するのに対し、円弧部を中速条件で加工する手法である。しかし、凸円弧の場合は、所望形状の加工距離がそれに対応する加工経路よりも短くなるため、ワイヤが任意の距離a移動する間に被加工物が加工される距離a’はaより短くなるので放電の密度が高くなり、直線部を加工するときよりも過剰に加工される。この過剰加工を防ぐために凸円弧では直線部よりも速い速度で加工すべきにも関わらず、特許文献1の技術では直線部よりも遅い中速条件で加工する。その結果、円弧部の形状精度は逆に悪くなってしまう。
【0012】
特許文献2は、円弧部も直線部と同様な手法によって指令速度を計算し、プログラム円弧半径と電極オフセット量の関数によって速度の上限値を計算するものである。前記したように、円弧部の場合、所望形状と加工経路との円弧長が異なるため、直線部と同様な手法で指令速度を計算すると、必ずしも所望の形状が得られない。また、円弧部における速度上限値を計算するにはいくつかの係数が必要であって、これらの係数の求め方について明示されておらず、実験によって求めるのは莫大な時間と労力が必要である。
【0013】
特許文献3は、加工量に応じてコーナ部における加工速度を制御し、加工速度の制御のみで形状精度を確保できない場合、記憶装置に記憶された円弧半径ごとの補正値を用いて補正を行うものである。しかし、肝心な円弧半径ごとの補正値の求め方について明示されておらず、実験によってすべての円弧半径に対応するこれらの補正値を求めるのは莫大な時間と労力が必要である。
【0014】
特許文献4は、4つの変更点を設定し、それぞれの区間における除去距離と直線部での除去距離との比を設定された送り速度に乗じて適正送り速度を求める手法である。この先行技術ではいくつかの変更点を設定する必要があり、実際の操作では困難である。また、4)は定速送りを前提とするため、利用可能な範囲は極めて狭い。
【0015】
特許文献5は、(コーナ部での所定単位距離毎の加工体積)/(直線部での所定単位距離毎の加工体積)に直線部における平均速度を乗じ、コーナ部での加工速度を算出するものである。荒加工の場合は、加工プログラムによって所定単位距離毎の加工体積をある程度見積もることはできるが、仕上げ加工の場合は、荒加工の加工具合によって、各部分における加工代が大きく変わるため、所定単位距離毎の加工体積を見積もることはできない。従って、この先行技術は仕上げ加工に適用できない。
【0016】
そこで本発明の目的は上記の従来技術の問題点を鑑み、所望形状の円弧部とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いを考慮して加工経路上での指令速度を制御することによって円弧部分の形状精度を向上させることが可能な、円弧コーナにおける所望形状と加工経路の違いを考慮して速度指令を行うワイヤ放電加工機を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本願の請求項1に係る発明は、図面に基づいて所望形状を作成する所望形状作成手段と、当該所望形状に放電ギャップ、ワイヤ径のうち少なくとも1つを加味した加工経路を作成する加工経路作成手段と、加工電圧、放電パルスのうち少なくとも1つの検出値によって加工速度を演算する加工速度演算手段と、前記所望形状における円弧部を判定する円弧判定手段と、該円弧判定手段において円弧部と判定された所望形状の円弧部に対応する加工経路において前記所望形状と前記加工経路上での円弧長の違いに応じて前記加工経路上での指令速度を制御する円弧速度制御手段と、前記円弧速度制御手段により制御される指令速度の指令に基づいて加工経路に沿ってワイヤ電極を被加工物に対して相対移動させるワイヤ移動制御手段と、を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工機である。
【0018】
請求項2に係る発明は、図面に基づいて所望形状を作成する所望形状作成手段と、当該所望形状に放電ギャップ、ワイヤ径のうち少なくとも1つを加味した加工経路を作成する加工経路作成手段と、加工電圧、放電パルスのうち少なくとも1つの検出値によって加工速度を演算する加工速度演算手段と、前記加工経路における円弧部を判定する円弧判定手段と、該円弧判定手段において円弧部と判定された加工経路において前記所望形状とそれに対応する前記加工経路上での円弧長の違いに応じて前記加工経路上での指令速度を制御する円弧速度制御手段と、前記円弧速度制御手段により制御される指令速度の指令に基づいて加工経路に沿ってワイヤ電極を被加工物に対して相対移動させるワイヤ移動制御手段と、を備えたことを特徴とするワイヤ放電加工機である。
【0019】
請求項3に係る発明は、前記円弧速度制御手段は、前記
所望形状上での円弧部と直線部における単位距離当たりの放電密度が均一になるよう前記加工経路上での円弧部での指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機である。
請求項4に係る発明は、前記円弧速度制御手段は、前記加工経路上での凸円弧部では直線部より加速し、前記加工経路上での凹円弧部では直線部より減速するように前記加工経路上での円弧部における指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機である。
【0020】
請求項6に係る発明は、前記円弧速度制御手段は、前記所望形状の円弧部とそれに対応する前記加工経路上の円弧部との曲率半径の比から前記加工経路上での円弧部における指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機である。
請求項7に係る発明は、前記加工速度演算手段によって求められる加工速度は被加工物の板厚、材質や加工環境に応じて可変な変数であり、前記円弧速度制御手段は、前記変数に基づいて前記加工経路上での指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機である。
請求項8に係る発明は、前記円弧速度制御手段は、前記所望形状の円弧部とそれに対応する前記加工経路上の円弧部での角速度が同じになるように前記加工経路上での指令速度を制御することを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のワイヤ放電加工機である。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いを考慮して加工経路上での指令速度を制御することによって円弧部分の形状精度を向上させることが可能な、円弧コーナにおける所望形状と加工経路の違いを考慮して速度指令を行うワイヤ放電加工機を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を図面と共に説明する。
円弧部の問題について
図2は被加工物2における所望形状3の直線部とそれに対応する加工経路4との関係を示す図である。ワイヤ放電加工では、予め図面に基づいて所望形状を作成するのは一般的であって、この所望形状3に放電ギャップやワイヤ径などを加味したワイヤ中心の移動経路は加工経路4と呼ばれる。
【0024】
実際の加工では、ワイヤ放電加工装置に装備されているコンピュータ付き数値制御装置は、ワイヤ(ワイヤ電極)が加工経路に沿って相対的に移動するよう制御し、被加工物2を所望の形状に仕上げる。
図2に示すように直線部を加工する場合、所望形状3の直線部とそれに対応する加工経路4が平行しているため、ワイヤが任意の距離L移動する間に被加工物2も同じ距離Lだけ加工される。即ち、ワイヤの移動距離と被加工物の加工面の長さが同じになる。
【0025】
しかし、
図3に示した円弧部の場合は直線部の状況と大きく異なる。
図3は被加工物の凸円弧部と凹円弧部における所望形状と加工経路との関係を示す図である。凸円弧の場合(
図3(A))は、所望形状3の加工距離がそれに対応する加工経路4よりも短くなるので、ワイヤが任意の距離a移動する間に被加工物2が加工される距離a’はaより短くなる。このため、放電の密度が高くなり直線部を加工するときよりも過剰に加工される。また、凹円弧の場合は(
図3(B))、所望形状3の加工距離がそれに対応する加工経路4よりも長くなるため、ワイヤが任意の距離b移動する間に被加工物が加工される距離b’はbより長くなる。このため、放電の密度が低くなり、直線部を加工するときよりも取残しが発生しやすい。その結果、凸円弧では過剰加工、凹円弧では取残しが発生し、形状精度が低下してしまうことになる。
【0026】
そこで本発明は、円弧部分における所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いを考慮して加工経路上の指令速度を制御することによって円弧部分の形状精度を向上させるワイヤ放電加工機を考案した。
【0027】
加工経路上とそれに対応する所望形状上での円弧長の違いについて説明する。
図4を用いて加工経路上とそれに対応する所望形状の円弧長の違いについて説明し、当該違いによる形状精度の低下について説明する。
図4(A)は凸円弧の場合の所望形状と加工経路との関係を示している。また、
図4(B)は凹円弧の場合の所望形状と加工経路との関係を示している。
【0028】
まず、
図4(A)の凸円弧の場合について説明する。
被加工物2を加工するための所望形状3の円弧部の円心を点Oとし、点Oから実線の所望形状3に下ろした垂線と所望形状3との交点はそれぞれAとBであって、OAとOBをそれぞれ一点鎖線の加工経路4の方向に延長して加工経路4との交点はそれぞれCとDである。また、点Cから一点鎖線の加工経路4上で点Dと反対方向に同等な距離を離れた点はFとし、点Fから実線の所望形状3に下ろした垂線と所望形状3との交点はEである。
【0029】
単位距離当たりの放電密度をE
aとすれば、CD間の放電エネルギーE
CDとCF間の放電エネルギーE
CFは数1式によって求められる。
【0031】
図4(A)に示すように、ワイヤが加工経路CDに沿って加工する場合、被加工物2のAB部分が加工される。ワイヤが加工経路CFに沿って加工する場合、被加工物2のAE部分が加工される。加工経路4上において数2式で算出されたCDとCF間の放電エネルギーを用い、それに対応する所望形状でのABとAE間の距離当たりの放電密度E
ABa、E
AEaを数2式により計算できる。
【0033】
また、加工経路4上でのCD間とCF間の距離が同じであるため、数2式は数3式のように書き換えることもできる。
【0035】
AE=CF=CD>ABのため、E
ABa>E
AEaとなる。即ち、所望形状のAB間にける放電密度がAE間よりも高くなる。その結果、円弧のAB部分が過剰に加工されて形状精度が低下してしまう。同様な理由によって、
図3(B)に示した凹円弧の場合、所望形状3のA'B'間における放電密度がA'E'間よりも低くなるため、円弧のA'B'部分では取残しが発生してしまう。
【0036】
本発明はこの所望形状3の円弧部とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いに着目し、所望形状の円弧部と直線部における単位距離当たりの放電密度が均一(同一)になるよう指令速度を制御し、円弧部の形状精度を向上させる。
速度制御について
前記したように、所望形状の円弧部とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いによって、凸円弧の場合は、所望形状での単位距離当たりの放電密度は直線部より高くなる。凹円弧の場合は、所望形状での単位距離当たりの放電密度は直線部より低くなる。形状精度を確保するため、所望形状の円弧部と直線部における単位距離当たりの放電密度を均一(同一)にする必要がある。
【0037】
そのため、凸円弧の場合、加工経路上での加工速度を直線部より速くすることで、それに対応する所望形状での単位距離当たりの放電密度が過剰になることを有効に防ぐことができる。また、凹円弧の場合、加工経路上での加工速度を直線部より遅くすることで、それに対応する所望形状での単位距離当たりの放電密度が過疎になることを有効に防ぐことができる。凸円弧で加速、凹円弧で減速するよう、円弧部の指令速度を制御することによって、円弧部の形状精度を向上させることができる。更に、本発明は所望形状と加工経路上での円弧長の関係を利用し、円弧部での指令速度を自動的に求めることができ、実験による係数を求める手間や変更点を設定する手間などを省くこともできる。
【0038】
以上の考えに基づいて、本発明は円弧部における所望形状と加工経路との違いに応じて指令速度を制御する、以下のようなワイヤ放電加工機を考案した。
本発明の構成について
図5は本発明の実施形態を示す図である。所望形状記憶手段10には図面に基づいて作成された所望形状が記憶されている。円弧判定手段12は所望形状中の円弧を検出し、その情報を解析し、円弧部を抽出する。加工経路作成手段13は所望形状に放電ギャップやワイヤ径などの要素を加味して加工経路を作成する。加工速度演算手段14は加工電圧や放電パルスなどの要素を用いて加工速度を自動的に算出する。円弧速度制御手段15は所望形状と加工経路上での円弧長の違いに応じて、加工速度演算手段14によって算出された加工速度に基づき、加工経路の円弧部における指令速度を補正する。ワイヤ移動制御手段16はワイヤ放電加工機の各軸を制御し、加工経路に沿ってワイヤ(ワイヤ電極)を被加工物に対して相対移動する。
【0039】
なお、
図5の構成では、円弧部の抽出を所望形状記憶手段10によって記憶された所望形状の情報を用いているが、これに替えて、加工経路作成手段13によって作成される加工経路の情報を用いて円弧部の抽出を行うようにしてもよい。
【0040】
図5に示される本発明の構成では、加工電圧や放電パルスに応じて加工速度を算出するため、算出された加工速度はその時点の状況に応じたものである。しかし、このような加工速度演算手段14と別に定速送りという加工速度の制御手段もある。即ち、加工速度を予め設定し、加工中では始終同じ速度でワイヤ電極と被加工物と相対運動させる。本発明が考案した加工経路の円弧部における加工速度の制御方法は加工電圧や放電パルスに応じて加工速度を算出することに基づくものであるが、定速送りの場合にも同様に適用できる。
【0041】
実施形態1では、定速送りの場合の速度制御について説明する。実施形態2では、加工電圧や放電パルスに応じて加工速度を算出する場合の速度制御について説明する。実施形態3では、所望形状と加工経路上での円弧長の関係を利用し、指令速度を制御する方法について説明する。
【0042】
<実施形態1>
前記したように、円弧部の形状精度を確保するため、所望形状の円弧部と直線部との放電密度が均一になる必要がある。放電密度の均一化は加工経路上での円弧部における指令速度を制御することによって実現できる。ここでは、指令速度の制御方法の一例について説明する。
(1)
図4(A)の凸円弧を例として説明する。単位時間当たりの放電密度E
Tを一定とし、所望形状3でのAB間における平均加工速度はv
AB、所望形状3でのAE間における平均加工速度はv
AEとすれば、所望形状3でのABとAE間における単位距離当たりの放電密度が数4式によって求められる。
【0044】
数4式によって、所望形状3での円弧部と直線部における単位距離当たりの放電密度を均一にするために、ABとAE間での平均加工速度が数5式の関係に満たさなければならない。
【0046】
図6は
図4(A)の分解図である。(A)は直線部AE、(B)は円弧部ABを示している。まずは直線部について説明する。被加工物2のAE部を加工するために、ワイヤが加工経路CFに沿って移動する時間をtとすれば、数6式の関係式が得られる。
【0048】
直線部においては、加工経路4上でのCFは所望形状3でのAEと等しいため、数7式の速度関係式が得られる。
【0050】
次に円弧部について説明する。被加工物2のAB部を加工するために、ワイヤが加工経路CDに沿って移動する時間をtとすれば、数8式の関係式が得られる。
【0052】
円弧部においては、加工経路上でのCDは所望形状でのABと等しくないため、加工経路上での加工速度はそれに対応する所望形状での加工速度とも異なり、その関係は数9式によって表すことができる。
【0054】
前記したように、円弧部での放電密度を直線部と均一(同一)にするため、数5式に示したような速度関係に満たさなければならない。そのため、数5式、数7式と数9式によって、円弧部の形状精度を確保するため、加工経路上での指令速度を数10式の関係式に基づいて制御すれば良い。
【0056】
(2)
図4(B)の凹円弧を例として説明する。
図7は
図4(B)の分解図である。(A)は直線部、(B)は円弧部を示している。前記した凸円弧と同様な考え方によって、数11式の速度制御式が得られる。
【0058】
以上、凸円弧と凹円弧の速度制御式によって、定速送りの場合、円弧部における指令速度は数12式から求められる。
【0060】
<実施形態2>
実施形態1に説明したように、円弧部の場合、所望形状と加工経路上での円弧長の違いによって、加工経路上での指令速度はそれに対応する所望形状に反映されるとき、差分が発生する。凸円弧の場合、所望形状の円弧長は加工経路上より短いため、所望形状での加工速度は実際の加工経路上での加工速度より遅くなる。凹円弧の場合、所望形状の円弧長は加工経路より長いため、所望形状での加工速度は実際の加工経路上での加工速度より速くなる。
【0061】
加工電圧や放電パルスに応じて加工速度を算出する場合、加工経路上での直線部でも円弧部でも放電密度が均一(同一)になるように加工速度が制御される。しかし、前記した理由によって、円弧部においては所望形状とそれに対応する加工経路上での加工速度と異なるため、加工経路上での放電密度を均一にしても、所望形状での放電密度が均一にならない。
【0062】
所望形状は実際の最終製品の輪郭となるため、所望形状の各部における放電密度が仕上げた形状を直接に影響する。そのため、円弧部の形状精度を確保するため、それに対応する所望形状での放電密度を均一にする必要がある。
【0063】
所望形状の各部における放電密度を均一にするため、所望形状の各部における加工速度を実際に算出された加工速度に等しくする必要がある。つまり、加工経路上での加工速度を制御することによって、それに対応する所望形状での加工速度を実際に算出された加工速度にすれば良い。
【0064】
図8は凸円弧と凹円弧における所望形状とそれに対応する加工経路との関係を示す図である。(A)は凸円弧、(B)は凹円弧である。
(1)
図8(A)の凸円弧を例として説明する 加工速度演算手段によって算出された加工経路CD上での加工速度をv
CDとすれば、前記したようにそれに対応する所望形状での放電密度を均一にするため、所望形状での加工速度をv
CDにしなければならない。
図8(A)の円弧部では、ワイヤ電極が被加工物に対する相対移動時間をtとすれば、数13の式が得られる。
【0066】
所望形状上であっても加工経路上であっても、ワイヤ電極が被加工物に対する相対移動時間は等しいため、加工経路上での円弧速度制御手段によって出力される指令速度をvとすれば、数14式が得られる。
【0068】
数13式と数14式から、加工経路上での制御速度は数15式によって求められる。
【0070】
(2)
図8(B)の凹円弧を例として説明する。前記した凸円弧と同様な考え方によって、数16式の速度制御式が得られる。
【0072】
以上、凸円弧と凹円弧の速度制御式によって、加工電圧や放電パルスなどに応じて加工速度を算出する場合、円弧部における指令速度は数17式から求められる。
【0074】
この方法では、いくつかの係数や変更点を設定する手間を省くことができ、作業者の手間を大幅に低減できる。
【0075】
<実施形態3>
前記したように、ワイヤ放電加工では、予め図面に基づいて所望形状を作成するのは一般的であって、この所望形状に放電ギャップやワイヤ径などを加味したワイヤ中心の移動経路は加工経路と呼ばれる。この加味された放電ギャップやワイヤ径などを総じて「オフセット」と定義されている。
【0076】
実施形態1と実施形態2で説明したように、所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧長の関係を利用することで、円弧部における指令速度を簡単に求めることができる。
図9は凸円弧部における所望形状と加工経路との関係を示す図である。当該イメージ図から、円弧部では所望形状と加工経路がお互いに同心円になっていることがわかる。
【0077】
同心円の場合、円心角が同じであれば、円弧長の比例関係は円弧半径によって数18のように表すことができる。
【0079】
実施形態2で説明した計算式に基づき、所望形状と加工経路上での円弧半径を用いれば、数19式が得られる。数19式では、加工経路上での円弧半径、それに対応する所望形状での円弧半径と加工速度演算手段14によって算出された加工速度の三要素が必要である。この三要素のみで加工経路上での制御速度を簡単に求められる。
【0081】
例えば、
図10に示されるプログラムで加工形状を仕上げるとき、プログラム中に円弧半径に関する記述もあって、当該半径値を円弧速度制御手段に出力すれば、三要素の一つがわかる。
【0082】
また、前記したように、加工経路は所望形状にオフセットを加味したものである。つまり、
図9に示すように「加工経路上での円弧半径=所望形状の円弧半径+オフセット値」である。
【0083】
図10に示されるプログラム1では、円弧半径に関する記述以外、オフセットに関する記述もある。当該オフセット番号に対応するオフセット値(
図11参照)を円弧速度制御手段15に出力すれば、前記所望形状の円弧半径を含め、二つの要素がわかる。
【0084】
加工経路上でのワイヤ電極が被加工物に対する相対移動速度は加工速度演算手段14によって算出できるため、前記二つの要素と合わせて、必要な三要素を簡単に入手できる。この方法では、円弧速度制御手段15によって指令速度を自動的に制御でき、いくつかの係数や変更点を設定する手間を省くことができる。
【0085】
図12は、実施形態1における加工経路上での指令速度の制御を説明するフローチャートである。
ステップSA1で、所望形状と加工経路を受け取る。
ステップSA2で、受け取った所望形状をブロックごとに解析する。
ステップSA3で、解析結果が円弧か否かを判定し、円弧部であればステップSA4に、円弧部でなければステップSA6に進む。
ステップSA4で、予め設定された加工速度、所望形状の円弧長と加工経路上での円弧長を円弧速度制御手段に出力する。
ステップSA5で、円弧速度制御手段に設定された実施例1の計算式によって指令速度を算出する。
ステップSA6で、全てのブロックを解析したか否かを判定し、未解析のブロックが存在すれば、ステップSA2に戻る。全てのブロックの解析が終了した場合、制御を終了する。
【0086】
図13は、実施形態2における加工経路上での指令速度の制御を説明するフローチャートである。
ステップSB1で、所望形状と加工経路を受け取る。
ステップSB2で、所望形状をブロックごとに先読み、解析する。
ステップSB3で、解析結果が円弧か否かを判定し、円弧部であればステップSB4に、円弧部でなければステップSB7に進む。
ステップSB4で、加工速度演算手段によって算出された加工速度を受け取る。
ステップSB5で、受け取った加工速度、所望形状の円弧長と加工経路上での円弧長を円弧速度制御手段に出力する。
ステップSB6で、円弧速度制御手段に設定された実施例2の計算式によって指令速度を算出する。
ステップSB7で、全てのブロックを解析したか否かを判定し、未解析のブロックが存在すれば、ステップSB2に戻る。全てのブロックの解析が終了した場合、制御を終了する。
【0087】
実施形態3の制御フローチャートは実施形態2の制御のフローチャートと類似するため、省略する。
【0088】
本発明の効果について述べる。
本発明は円弧部の形状精度を向上することを目的とし、形状精度を影響する放電密度の均一性に注目する。所望形状とそれ対応する加工経路上での円弧長の違いによる放電密度の変化に着目し、加工経路上での指令速度を制御することによって、所望形状の各部における放電密度を均一させ、円弧部における形状精度の向上を実現できる。
【0089】
また、本発明は速度を制御する係数として、所望形状の円弧長とそれに対応する加工経路上での円弧長の比のみ利用するため、いくつかの係数を用意する手間を省くことができる。さらに、円弧の開始点や終了点は加工プログラムによって簡単にわかるため、いくつかの変更点を設定する手間も省くことができる。特に、プログラム中に円弧長や円弧半径などの情報が含まれる場合、人為的に介入せずに自動的に制御できることも本発明の特徴である。また、本発明はコーナ部の円弧に限らずに単独円弧においても同様に形状精度の向上効果が得られる。このように、本発明により、各種の変更点や補正値を用意するための労力を大幅に軽減し、広い範囲での円弧加工に適用できる円弧速度制御手段を備えたワイヤ放電加工機を提供できる。
【0090】
ここで、本発明と各特許文献に記載のものとの差異を補足して説明する。
特許文献1に対して本発明は、所望形状での送り速度を所望の加工速度に達するため、所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いに着目して加工経路上での指令速度を制御するものであって、電流など電気的な条件を制御するものではない。また、通常の直線加工は高速加工条件を使用し、円弧状加工は中速加工条件で制御する点とも本質的に異なる。本発明は円弧で減速するものではなく、それぞれの円弧の状況に応じて制御を行うもので、場合によって、円弧部での指令速度は直線部よりも速い。
【0091】
特許文献2に対して本発明は、加工電圧や放電パルスに応じて加工速度を演算する加工速度演算手段を有し、円弧部を加工する際に、所望形状とそれに対応する加工経路上の円弧長の違いに着目して円弧部を加工する際の放電密度が直線部と同じになるように円弧部の指令速度を算出する円弧速度演算手段を有するものである。
【0092】
一方、この先行技術は、プログラム円弧半径と電極オフセット量の関数として求められる速度目標値を計算する速度目標値演算手段と、円弧部の加工において速度指令が速度目標値以上となった場合には速度目標値を指令速度とする演算手段と有するものであり、構成要件が明確に異なる。また、速度を演算する際に、所望形状とそれに対応する加工経路上の円弧長の違いには着目していない。
【0093】
特許文献3に対して本発明は、円弧部において加工速度演算手段によって演算される加工速度を元に、所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いに着目して指令速度を制御するものであって、加工量に応じて加工速度を制御するものではない。一方、この先行技術では加工量に応じて加工速度の制御のみで形状精度を確保できない場合、記憶装置に記憶された円弧半径ごとの補正値を用いて補正を行う仕組みになっている。また、この補正値の求め方について明示されておらず、所望形状とそれに対応する加工経路上の円弧長の関係から補正値が決められるものではない。さらに、実験によってすべての円弧半径に対応するこれらの補正値を求めるのは莫大な時間と労力が必要であるが、本発明ではそのような時間や労力は不要である。さらに、この先行技術ではワイヤ中心軌跡の円弧半径、つまり加工経路上での円弧半径のみに着目して補正値を求めるに対し、本発明は所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧長の違いに着目し、指令速度を制御する。
【0094】
特許文献4に対して本発明は、円弧部での所望形状と加工経路上での円弧長の違いに着目し、指令速度を制御するものであって、直線部と円弧部の除去距離の違いに応じて加工速度を制御するものではない。この先行技術ではいくつかの変更点を設定する必要があり、実際の操作では困難である。これに対し、本発明は変更点などを設定することなく、所望形状とそれに対応する加工経路上での円弧径の関係によって簡単に速度制御を行うことができる。また、本発明は加工電圧や放電パルスに応じて加工速度を演算する加工速度演算手段を有するが、この先行技術は定速送り方式である。
【0095】
特許文献5に対して本発明は、円弧部での所望形状と加工経路上での円弧長の違いに着目して指令速度を制御するものであって、所定単位距離毎の加工体積に応じて指令速度を制御するものではない。