【文献】
K. KUSAKABE et al.,Pore structure of silica membranes formed by a sol-gel technique using tetraethoxysilane and alkyltriethoxysilanes,Separation and Purification Technology,1999年,16,139-146.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドを含有するシリカ原料を、加水分解及び重縮合させて前駆体ゾルを含有する前駆体溶液を得る前駆体溶液調製工程と、
前記前駆体溶液を多孔質基材の表面上に接触させ、前記前駆体溶液の自重による流下によって、前記前駆体溶液に含まれた前記前駆体ゾルを前記多孔質基材の表面上に付着させる被覆工程と、
前記多孔質基材の前記表面上に付着した前記前駆体ゾルを乾燥し、次いで300〜600℃にて熱処理する乾燥・熱処理工程と、を有し、
前記前駆体溶液調製工程に用いられる前記炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基が、その一部に酸素原子及び窒素原子の少なくとも一方を含む官能基を含んでいるシリカ膜フィルタの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0021】
(1)シリカ膜フィルタ:
まず、本発明のシリカ膜フィルタの一の実施形態について説明する。
図1は、本発明のシリカ膜フィルタの一の実施形態を模式的に示す斜視図である。
図1に示すように、本実施形態のシリカ膜フィルタ100は、多孔質基材1と、この多孔質基材1の表面に設けられたシリカ膜3と、を備えたものである。
【0022】
本実施形態のシリカ膜フィルタ100のシリカ膜3は、炭素原子、水素原子、窒素原子、及び酸素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含む官能基を含むものである。更に、このシリカ膜3は、炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドを含有するシリカ原料からなる前駆体ゾルを熱処理して得られたものである。なお、
図1において、符号2は、セルを示す。また、符号11は、多孔質基材1の一方の端面を示し、符号12は、多孔質基材1の他方の端面を示す。
【0023】
本実施形態のシリカ膜フィルタにおいては、上述したシリコンアルコキシドに含まれる「炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基」の一部が、上記熱処理によって、シリカ膜の細孔を形成している。このような「炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基」によって形成されたシリカ膜の細孔は、従来のシリカ膜フィルタのシリカ膜の細孔よりも、細孔径が大きなものである。そして、シリカ膜に、このような大きな細孔が形成されることにより、有機混合化合物(例えば、有機混合液体)からのアルコール分離において、極めて良好な透過性を発現させることが可能となる。
【0024】
このため、本実施形態のシリカ膜フィルタのシリカ膜は、アルコールを含む有機混合液体から、当該アルコールを選択的に透過させる分離膜として特に好適に利用することができる。以下、アルコールを含む有機混合化合物から、アルコールを選択的に分離する能力のことを、「アルコール選択性能」ということがある。また、本実施形態のシリカ膜フィルタにおいては、有機混合化合物から分離するアルコールの種類については特に制限はないが、炭素数1〜4のアルコールを好適例として挙げることができる。
【0025】
シリカ原料に含有されるシリコンアルコキシドが、炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を含まない場合には、シリカ膜に形成される細孔が小さくなり、良好なアルコール選択性能が発現しない。例えば、シリコンアルコキシドに含まれる有機官能基の炭素数が7以下であったり、その有機官能基の分子量が120未満であったりした場合には、シリカ膜に形成される細孔の透過抵抗が大きくなり、アルコール透過性が悪くなってしまう。
【0026】
(1−1)シリカ膜:
本実施形態のシリカ膜フィルタに用いられるシリカ膜は、上述したように、炭素原子、水素原子、窒素原子、及び酸素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含む官能基を含むものである。更に、このシリカ膜は、炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドを含有するシリカ原料からなる前駆体ゾルを熱処理して得られたものである。以下、シリカ膜に実際に含まれる「炭素原子、水素原子、窒素原子、及び酸素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含む官能基」のことを、「シリカ膜に含まれる官能基」ということがある。また、シリカ原料に含有されるシリコンアルコキシドに含まれる有機官能基のことを、「シリコンアルコキシドに含まれる有機官能基」ということがある。また、シリコンアルコキシドに含まれる「炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基」のことを、「シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基」又は単に「特定有機官能基」ということがある。なお、「シリカ膜に含まれる官能基」は、上述したように、炭素原子、水素原子、窒素原子、及び酸素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含む官能基であればよい。即ち、炭素原子を含む官能基であってもよいし、炭素原子を含まない官能基であってもよい。例えば、ヒドロキシ基や、水素原子であってもよい。
【0027】
シリカ膜に含まれる官能基は、炭素原子、水素原子、窒素原子、及び酸素原子からなる群より選択される少なくとも1種を含む官能基である。この官能基は、上述したシリカ原料に含有されるシリコンアルコキシドに含まれる有機官能基の一部が、熱処理において分解されずに、残存したものであってもよい。また、シリカ原料に含有されるシリコンアルコキシドに含まれる有機官能基の一部が、熱処理において分解された後に生成されたその他の官能基であってもよい。
【0028】
シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基は、炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基である。この特定有機官能基は、形状は特に限定されないが、直鎖状あるいは分岐鎖状のアルキル基、環状の飽和炭化水素、芳香族炭化水素を含むものを挙げることができる。また、それらの一部に、酸素原子や窒素原子を含む官能基を含んでい
る。酸素原子や窒素原子を含む官能基としては、形状は特に限定されないが、例として、ヒドロキシル基、エポキシ基、カルボキシル基、アルデヒド基、アミノ基、アミド基等を挙げることができる。
【0029】
シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基においては、炭素数が、8〜20であることが好ましく、8〜18であることが更に好ましく、8〜15であることが特に好ましい。上記特定有機官能基の炭素数を上記数値範囲とすることにより、アルコール選択性を兼ね備えつつアルコール透過性に優れたシリカ膜を作製することができる。なお、炭素数が、20を超えると、特定有機官能基が大きくなり過ぎて、特定有機官能基が熱処理により消失して生成する細孔が大きくなり過ぎることがある。そのため、アルコール透過性は高くなるものの、アルコール選択性が低下してしまうことがある。
【0030】
シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基においては、分子量が、120〜300であることが好ましく、120〜250であることが更に好ましく、120〜200であることが特に好ましい。上記特定有機官能基の分子量を上記数値範囲とすることにより、アルコール選択性を兼ね備えつつアルコール透過性に優れたシリカ膜を作製することができる。なお、分子量が、300を超えると、特定有機官能基が大きくなり過ぎて、特定有機官能基が熱処理により消失して生成する細孔が大きくなり過ぎることがある。そのため、アルコール透過性が高くなるものの、アルコール選択性が低下してしまうことがある。
【0031】
シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基としては、デシル基、ドデシル基、オクタデシル基、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチル基、N−フェニル−3−アミノプロピル基、N−シクロヘキシルアミノプロピル基、等を挙げることができる。
【0032】
また、シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基においては、アセン類の有機官能基を含まないことが好ましい。アセン類の有機官能基とは、複数のベンゼン環が直線状に縮合した化合物を含む有機官能基のことである。アセン類の有機官能基は、同じ分子量の炭化水素を含む有機官能基と比較して、その沸点が著しく高くなる。このため、熱処理の工程において、特定有機官能基が分解され難く、この特定有機官能基に由来する細孔が形成され難くなる。また、同様に、シリコンアルコキシドに含まれる特定有機官能基においては、多環芳香族炭化水素を有する有機官能基を含まないことが好ましい。このような多環芳香族炭化水素を有する有機官能基も、同じ分子量の炭化水素を含む有機官能基と比較して、その沸点が著しく高くなる。その結果、この特定有機官能基に由来する細孔が形成され難くなる。
【0033】
一般的に、分子量が大きい有機官能基は、その分、沸点が高く、シリカ膜から除去させるために必要な熱処理の温度(以下、「熱処理温度」ともいう)が高温となる。また、シリカ膜は一般的に、熱処理温度が高温になるほどシリカ構造が緻密化することが知られており、熱処理温度が高くなることによりシリカ膜の透過性が低下することが懸念される。シリカ膜の熱処理温度を高温化させることなく、分子量が大きい有機官能基をシリカ膜中から除去させるために、有機官能基が熱分解しにくい構造であることは好ましくない。即ち、有機官能基が熱分解し易い構造であることが好ましい。このため、上記特定有機官能基を、アセン類の有機官能基及び多環芳香族炭化水素を有する有機官能基以外の有機官能基とすることで、シリカ膜の熱処理の高温化を抑制することができる。
【0034】
また、本実施形態のシリカ膜フィルタにおいては、シリカ原料に含有されるシリコンアルコキシドに含まれる「炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基(即ち、特定有機官能基)」が、40〜100%分解されていることが好ましい。このように構成することによって、アルコール透過性を良好に発現させる細孔が、シリカ膜に十分に形成されることとなる。
【0035】
本実施形態のシリカ膜フィルタのシリカ膜は、以下のように作製されたものである。まず、上記特定有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドを含有するシリカ原料を、加水分解及び重縮合させることにより前駆体ゾルを作製する。次いで、この前駆体ゾルを、多孔質基材上に膜状に配置する。多孔質基材上に膜状に配置した前駆体ゾルを、熱処理して、シリカ膜を作製する。ここで、前駆体ゾルを作製するためのシリカ原料には、シリコンアルコキシド以外の物質が含まれていてもよい。例えば、シリカ原料には、シリコン以外の金属元素を含んでいてもよい。
【0036】
上記特定有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドとしては、デシルトリメトキシシラン、ドデシルトリメトキシシラン、オクタデシルトリメトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、ナフタリルトリメトキシシラン、N−シクロヘキシルアミノプロピルトリメトキシシラン等を挙げることができる。上述した「特定有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシド」は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。また、シリカ膜を作製するシリカ原料には、上述した「特定有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシド」以外のシリコンアルコキシドを含んでいてもよい。ここで、「特定有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシド」を「シリコンアルコキシド(A)」とし、「「特定有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシド」以外のシリコンアルコキシド」を「シリコンアルコキシド(B)」とする。シリカ膜を作製するシリカ原料に、シリコンアルコキシド(A)と、シリコンアルコキシド(B)との両方が含まれている場合には、シリコンアルコキシド(B)の総分子量に対する、シリコンアルコキシド(A)の総分子量の比が、1以上であることが好ましい。なお、シリコンアルコキシド(B)の総分子量に対する、シリコンアルコキシド(A)の総分子量の比は、「シリコンアルコキシド(A)の総分子量/シリコンアルコキシド(B)の総分子量」で表すことができる。
【0037】
本実施形態のシリカ膜フィルタでは、上述した熱処理によっても特定有機官能基の一部がシリカ膜に残存している場合に、シリカ膜が疎水性となる。即ち、上述した熱処理により、特定有機官能基が100%分解されていない場合に、シリカ膜が疎水性となる。その結果、シリカ膜が水蒸気を吸着しにくくなるので、シリカ膜は水蒸気に対する耐久性が高まる。
【0038】
前駆体ゾルを作製する際にシリコンアルコキシドを加水分解及び重縮合させると、シリコンアルコキシド同士が次々に結合していき、シリコンアルコキシドに由来した構造単位が連なった鎖ができる。また、この鎖は時折分岐しながら作りあげられていく。その結果、シリコンアルコキシドに由来した構成単位を連ねた鎖が網目状の構造を形作る。この網目状の構造の網の目が細孔の原型となる。シリコンアルコキシド同士が結合して網目状の構造を形成していく際には、特定有機官能基が三次元構造上の障害となって小さな網の目になることを妨げたり、あるいは特定有機官能基が鎖と鎖との交わる角度を所定の角度となるように作用したりすることが推察される。このような、特定有機官能基の作用によって、細孔の原型となる網の目の大きさや網の目の形がアルコールを通過させるのに適したものになると推察される。
【0039】
こうして作製した前駆体ゾルを熱処理することにより、上述した網目状の構造の網の目が細孔になる。この熱処理により、前駆体ゾルに含まれる一部の特定有機官能基が分解される。特に、細孔の原型となる網の目の内側にあった特定有機官能基が分解されると、特定有機官能基が分解しなければ占めていたはずであろう場所に空間がつくられて細孔が大きくなると推察される。あるいは、特定有機官能基が分解されたことに起因して、細孔の形が変化すると推察される。こうした細孔の大きさや形の変化により、細孔がアルコールを通過させるのにより適した状態になると推察される。本実施形態のシリカ膜フィルタのシリカ膜において、アルコールのみが選択的に透過する理由は不明であるが、以下のようなことが推察される。即ち、細孔の大きさや形が、アルコール以外の有機化合物の透過よりもアルコールの透過に適した状態になっており、アルコールを含む有機混合化合物からアルコールが選択的に透過できたものと推察される。
【0040】
(1−2)多孔質基材:
本実施形態のシリカ膜フィルタは、多孔質基材を備えたものである。そして、この多孔質基材の表面に、シリカ膜が設けられている。シリカ膜を多孔質基材の表面に設けると、シリカ膜の強度を補強することができる。多孔質基材は、多数の細孔が貫通している。そのため、流体は多孔質基材を通過することができる。
【0041】
本実施形態のシリカ膜フィルタに用い得る多孔質基材としては、アルミナ、チタニア、シリカ、コージェライト、ジルコニア、ムライトなどのうちの少なくとも1種を主成分とした多孔質セラミックスからなるものを用いることが好ましい。ここに挙げたアルミナなどが主成分の場合には、多孔質基材が、耐熱性、耐薬品性、耐衝撃性などに優れたものとなる。
【0042】
多孔質基材は、シリカ膜が設けられている部分の表面において、平均細孔径が0.0005〜5μmの細孔が開口していることが好ましい。このように構成することによって、シリカ膜を透過する物質の透過流束を高くすることができる。また、多孔質基材の平均細孔径が、上記数値範囲であると、多孔質基材の細孔の開口部分に対してシリカ膜を完全に充填させることができる。
【0043】
また、本実施形態のシリカ膜フィルタにおいては、多孔質基材が、単層構造であってもよし、複層構造であってもよい。単層構造とは、多孔質基材が、一種類の多孔質の基材によって構成されたもののことをいう。複層構造とは、多孔質基材が、二種類以上の多孔質の基材からなり、上記二種類以上の多孔質の基材が積層されて構成されたもののことをいう。
【0044】
多孔質基材の形状については、特に制限はない。多孔質基材の形状としては、例えば、円筒、角筒等の筒状(チューブ状)状や、円柱、角柱等の柱状を挙げることができる。また、多孔質基材の形状としては、円板状、多角形板状等の板状であってもよい。なお、シリカ膜フィルタの容積に対するシリカ膜の表面積の比率を大きくできることから、多孔質基材の形状が、モノリス形状であることが好ましい。「モノリス形状」とは、一方の端面及び他方の端面を有する柱状の基材に、流体の流路となる一方の端面から他方の端面まで延びる複数のセル(孔)が形成された、レンコン状の形状のことをいう。このようなモノリス形状の多孔質基材を用いた場合には、レンコン状に開いている孔の内壁面に、シリカ膜を設けることが好ましい。
【0045】
また、本実施形態のシリカ膜フィルタでは、シリカ膜は、シリカ膜を透過する物質の透過流束を高くする観点から、多孔質基材の表面から細孔内に深く侵入していない状態で設けられていることが好ましい。
【0046】
(2)シリカ膜フィルタの製造方法:
次に、本発明のシリカ膜フィルタの製造方法の一の実施形態について説明する。本実施形態のシリカ膜フィルタの製造方法は、「前駆体溶液調製工程」と、「被覆工程」と、「乾燥・熱処理工程」と、を有するものである。「前駆体溶液調製工程」は、炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドを含有するシリカ原料を、加水分解及び重縮合させて前駆体ゾルを含有する前駆体溶液を得る工程である。「被覆工程」は、前駆体溶液調製工程にて得られた前駆体溶液を、多孔質基材の表面上に接触させ、前駆体溶液の自重による流下によって、前駆体溶液に含まれた前駆体ゾルを多孔質基材の表面上に付着させる工程である。「乾燥・熱処理工程」は、多孔質基材の表面上に付着した上記前駆体ゾルを乾燥し、次いで300〜600℃にて熱処理する工程である。このような各工程を経て、シリカ膜フィルタを製造することができる。本実施形態のシリカ膜フィルタの製造方法によって得られたシリカ膜フィルタは、これまでに説明した本発明のシリカ膜フィルタとなる。
【0047】
前駆体溶液調製工程では、シリカ原料を40〜150℃で攪拌して、上記シリコンアルコキシドを加水分解及び重縮合をさせることにより、シリコンアルコキシドの重合が促進されて成膜に適当な大きさの前駆体ゾルを得ることができる。また、シリカ原料を攪拌する際に、シリカ原料の温度、及びシリカ原料を攪拌する時間等を調整することによって、前駆体ゾルの大きさを調整することができる。前駆体ゾルが大きい場合、続く被覆工程において前駆体ゾルが多孔質基材の表面から細孔内に侵入しにくくなる。その結果、シリカ膜は多孔質基材の表面から細孔内に侵入した分の厚みを小さくすることができる。従って、大きな前駆体ゾルを用いることにより、薄い膜厚のシリカ膜を作製することが可能になる。こうしてシリカ膜を薄くすると、シリカ膜に物質を透過させる際の透過流束を高めることが可能になる。
【0048】
シリカ原料には、炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシドが含有される。以下、「炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基を少なくとも1つ含むシリコンアルコキシド」のことを、「特定シリコンアルコキシド」ということがある。また、このシリカ原料には、有機溶媒が含有されることが好ましい。この有機溶媒としては、特に限定されないが、シリカ原料及び水と混和可能なアルコール類、エーテル類、ケトン類、アミド類、芳香族類などを挙げることができる。例えば、エタノール、イソプロパノール、N−メチル−2ピロリドンなどを挙げることができる。また、有機溶媒は1種類のみではなく2種類以上を混合してもよい。
【0049】
前駆体溶液調製工程にて調製される前駆体溶液は、特定シリコンアルコキシドの加水分解を促進するために、触媒を含んでいることが好ましい。前駆体溶液にて含まれる触媒としては、酸触媒、又はアルカリ触媒を挙げることができる。具体的には、酸触媒としては、例えば、硝酸、塩酸、硫酸、燐酸、酢酸などを挙げることができる。また、アルカリ触媒としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアなどを挙げることができる。
【0050】
前駆体溶液調製工程にて使用されるシリカ原料は、上記特定シリコンアルコキシドと、上記有機溶媒とを混ぜて攪拌し、次いで、酸触媒と水とを更に加えて攪拌する方法によって調製することができる。
【0051】
被覆工程においては、前駆体溶液の自重による流下によって、前駆体溶液に含まれた前駆体ゾルを多孔質基材の表面上に付着させる(この被覆の方法を、以下、流下法という)。流下法によって多孔質基材上に前駆体ゾルを付着させた場合には、後述するディップ法やスピンコート法などによって前駆体ゾルを付着させたときと比べ、前駆体ゾルが適度な応力を受けつつ短時間で多孔質基材の細孔を閉塞する。その結果、得られるシリカ膜の膜厚が薄くなり、且つ、得られるシリカ膜の細孔径が、アルコール選択性能を発現するのに適した大きさになる。
【0052】
ディップ法によって多孔質基材上に前駆体ゾルを付着させた場合には、流下法の場合と比べて、得られるシリカ膜の膜厚が厚くなりやすい。この際、前駆体ゾルが多孔質基材の細孔内に自由に入ってしまうため、多孔質基材の細孔内に前駆体ゾルが過剰に充填されてしまう。ディップ法によって得られるシリカ膜の細孔径が、アルコール選択性能を発現するのに適した大きさよりもやや小さくなる。また、シリカ膜の膜厚を薄くするために、前駆体ゾルの付着量を減少させた場合には、多孔質基材の細孔を、前駆体ゾルによって完全に閉塞させることが困難になる。このため、得られるシリカ膜に、孔径が数nm以上の大きさの孔が形成されてしまうことがある。こうした孔径が数nm以上の孔がシリカ膜に形成されていると、この孔から、分離目的以外の物質が通過してしまう。即ち、上記孔径が数nm以上の孔が、シリカ膜の欠陥となる。
【0053】
スピンコート法によって多孔質基材上に前駆体ゾルを付着させた場合には、流下法の場合と同様に、シリカ膜の膜厚を薄くすることが可能である。ところが、スピンコート法の場合、スピンコートの回転時の過度の応力によって、前駆体ゾルが多孔質基材の細孔内に緻密に充填されてしまう。そのため、ディップ法と同様に、得られるシリカ膜の細孔径が、アルコール選択性能を発現するのに適した大きさよりも小さくなる。ここで、スピンコートの回転時の応力を減少させるために、スピンコートの回転数を減少させると、シリカ膜の膜厚が厚くなってしまう。また、スピンコートの回転数を減少させると、多孔質基材の細孔を、前駆体ゾルによって完全に閉塞させることが困難になる。このため、得られるシリカ膜に、孔径が数nm以上の大きさの孔が形成されてしまうことがある。上述したように、この孔径が数nm以上の孔が、シリカ膜の欠陥となる。
【0054】
ゾル−ゲル法ではなく、CVD法などの気相法によってシリカ膜を成膜した場合にも、流下法の場合と比べて、前駆体ゾルが多孔質基材の細孔内に自由に入ってしまう。そのため、多孔質基材の細孔内に、前駆体ゾルが過剰に充填されてしまう。その結果、得られるシリカ膜の細孔径が、アルコール選択性能を発現するのに適した大きさよりも小さくなりやすい。
【0055】
図2は、本発明のシリカ膜の製造方法の一の実施形態における、被覆工程の一例を示す模式図である。前駆体ゾルの被覆工程に先だって、多孔質基材33の外周面の少なくとも一部を、マスキングテープ41でマスクする。続いて、
図2に示すように、セル35が延びる方向を鉛直方向に合わせた状態で多孔質基材33を保持し、多孔質基材33の上側の端面より、多孔質基材33のセル35内に前駆体溶液31を流し込む。
図2における符号37は、多孔質基材33の隔壁を示す。
【0056】
このとき、まず、前駆体溶液31に含まれた前駆体ゾルは、多孔質基材33の上側の端面周辺でセル35の内壁面39に付着する。続いて、前駆体ゾルは、内壁面39に付着しながら自重によって流下していくことにより、上側から下側へ拡がりながら内壁面39上を膜状に覆っていく。そして、前駆体ゾルが内壁面39を下側の端面まで覆い尽くすと、内壁面39に付着しきれない前駆体ゾルは、多孔質基材33の下側の端面からセル35外へ排出される。
【0057】
この流下法によれば、前駆体ゾルが多孔質基材33の細孔内に侵入しにくくなり、また、過剰な量の前駆体ゾルが内壁面39に付着しにくくなる。その結果、内壁面39上に前駆体ゾルの薄い膜をつくることができる。こうして、前駆体ゾルの薄い膜をつくると、透過流束の高いシリカ膜フィルタを得ることができる。
【0058】
また、多孔質基材の表面上に付着した前駆体ゾルを乾燥し、次いで300〜600℃で熱処理することにより、特定シリコンアルコキシドに由来した一部の有機官能基を分解することができる。その結果、アルコール選択性能が高いシリカ膜を得ることができる。熱処理温度が300℃より低い場合は、有機官能基の分解が不十分であり、十分な透過性が得られない。また、熱処理温度が600℃より高い場合は、シリカ構造が緻密化することにより、有機官能基が除去されて形成された細孔が小さくなってしまい、透過性が小さくなる。なお、熱処理工程は、大気中、不活性ガス中、真空中などで行うことができる。本実施形態のシリカ膜フィルタの製造方法においては、乾燥・熱処理工程にて、特定シリコンアルコキシドに含まれる炭素数が8以上で且つ分子量が120以上の有機官能基が、40〜100%分解されることが好ましい。これにより、アルコール選択性能が高いシリカ膜を良好に得ることができる。例えば、上記有機官能基の分解が40%未満であると、有機官能基により形成される細孔が少なくなり、透過性が小さくなることがある。
【0059】
また、本実施形態のシリカ膜フィルタの製造方法では、被覆工程と乾燥・熱処理工程を1回ずつに限定しなくてもよい。即ち、最終的に、多孔質基材の細孔がシリカ膜によって閉塞された状態となればよい。そのため、被覆工程を繰り返すことや、被覆工程と乾燥・熱処理工程の双方を繰り返すことにより、多孔質基材の細孔を前駆体ゾルによって徐々に塞いでいき、最終的に多孔質基材の細孔が完全に閉塞した状態にすることもできる。被覆工程を複数回行うことにより、1回の被覆工程における前駆体溶液の使用量を減らすことができる。その結果、多孔質基材の表面上を流下していく前駆体ゾルの量も少なくなるため、前駆体ゾルが細孔内に過度に侵入してしまうことを防ぐことができる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
(1)シリカ膜フィルタの作製:
(
参考例1)
参考例1においては、特定有機官能基を含むシリコンアルコキシドとして、ドデシルトリメトキシシランを用いてシリカ膜フィルタの作製を行った。ドデシルトリメトキシシランの有機官能基は、炭素数が12で、分子量が169のものである。
【0062】
参考例1においては、まず、このドデシルトリメトキシシランと、エタノールを混合して4℃で攪拌し、ドデシルトリメトキシシランとエタノールが十分に混ざり合った混合溶液を作製した。次に、加水分解のために硝酸水溶液を少量ずつ添加し、4℃のまま、更に1時間攪拌した。次に、得られた混合溶液を50℃にして3時間攪拌した。攪拌中に分層が生じた場合、必要に応じてヘキサンを追加した。その後、混合溶液に、溶媒を加えて希釈した。なお、溶媒を加える際には、混合溶液中のシリカゾルの濃度が、SiO
2換算で2.0質量%となるよう溶媒の量を調節した。このようにして、ドデシルトリメトキシシランを含有する前駆体ゾルを得た。
【0063】
得られた前駆体ゾルを、160mLはかりとり、
図2に示した方法で、モノリス型セラミック基材に形成されたセル内に、前駆体ゾルを流下することによって、このセルの内壁面に前駆体ゾルを付着させた。モノリス型セラミック基材は、直径30mm、長さ160mmのものを用いた。また、前駆体ゾルを付着させる際には、セラミック基材の両端部をガラスでシールした。
【0064】
次に、セルの内壁面に付着させた前駆体ゾルを乾燥させた後、乾燥させた前駆体ゾルを、500℃で1時間熱処理した。この熱処理によって、前駆体ゾルからなるシリカ膜が形成される。上記の前駆体ゾルの被覆から熱処理までの工程を3〜6回繰り返し、モノリス型セラミック基材のセルの内壁面において、モノリス型セラミック基材の細孔がシリカ膜によって閉塞された状態となったことを確認した。
【0065】
(
参考例2)
熱処理を450℃で行ったこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0066】
(
参考例3)
特定有機官能基を含むシリコンアルコキシドとして、オクタデシルトリメトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0067】
(実施例4)
特定有機官能基を含むシリコンアルコキシドとして、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0068】
(実施例5)
特定有機官能基を含むシリコンアルコキシドとして、N−フェニル−3−アミノプロピルトリメトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0069】
(
参考例6)
特定有機官能基を含むシリコンアルコキシドとして、ナフタリルトリメトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0070】
参考例1〜
3,6
及び実施例4,5において使用したシリコンアルコキシドの種類、有機官能基の炭素数、有機官能基の分子量、及び熱処理温度を、表1に示す。
【0071】
【表1】
【0072】
(比較例1)
前駆体ゾルを作製するためのシリコンアルコキシドとして、テトラメトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0073】
(比較例2)
前駆体ゾルを作製するためのシリコンアルコキシドとして、フェニルトリメトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0074】
(比較例3)
前駆体ゾルを作製するためのシリコンアルコキシドとして、オクチルトリエトキシシランを用いたこと以外は、
参考例1と同様にしてシリカ膜フィルタを作製した。
【0075】
比較例1〜3において使用したシリコンアルコキシドの種類、有機官能基の炭素数、有機官能基の分子量、及び熱処理温度を、表2に示す。
【0076】
【表2】
【0077】
(2)混合有機液体のパーベーパレーション試験:
参考例1〜
3,6
、実施例4,5及び比較例1〜3のシリカ膜フィルタに対して、以下の方法で、混合有機液体のパーベーパレーション試験を行った。
【0078】
まず、各
参考例、実施例及び比較例のシリカ膜フィルタのセル内に、温度が50℃のエタノールとo−キシレンとn−オクタンの混合液体を流通させた。エタノールとo−キシレンとn−オクタンの質量比は、エタノール:o−キシレン:n−オクタン=33:33:33とした。そして、モノリス型セラミック基材の側面から約1.33kPaの真空度で減圧し、モノリス型セラミック基材の側面からの透過蒸気を、液体窒素にて冷却したトラップにて捕集した。捕集した透過蒸気の液体物の質量から、全透過流束(単位時間あたりに単位面積の膜を透過した流体)を算出した。また、透過蒸気の液体物をガスクロマトグラフィーにて分析し、透過蒸気の組成を決定した。エタノール透過流束(kg/m
2・hr)と、透過液エタノール濃度(質量%)を、表1及び表2に示す。
【0079】
参考例1〜
3,6
、実施例4,5のシリカ膜フィルタは、エタノール透過流束が高く、エタノールとo−キシレンとn−オクタンとが混じり合った流体の中からエタノールを選択的に分離する優れた性能を有していた。比較例1〜3のシリカ膜フィルタは、
参考例1〜
3,6
、実施例4,5のシリカ膜フィルタと比較して、エタノール透過流束が低かった。これは、前駆体ゾルを作製するためのシリコンアルコキシドに有機官能基が含まれていない、又は、有機官能基が含まれていても、炭素数が8未満又は分子量120未満であるため、シリカ膜の細孔が小さくなってしまったためと推測される。